魔女狩り聖女   作:甲乙

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悪夢を覗きこむ時

 ある命題がある。

 この国の民であれば、特に聖女と騎士であれば一度は疑念を抱く命題。

 聖女は女から生まれ、魔女もまた女からしか生まれない。

 ならば、ならば――――。

 

 

 ◆

 

 

「疲れたな……」

「えぇ……」

 

 昨夜に歩いた道を逆に辿りながら、レーベンはげんなりと溜息をつく。シスネも力なくそれに同意した。

 あの後、宴や宴やと朝から騒ぐ男たちを何とか宥めつつロビンとマリナの腕の埋葬を済ませ、魔女の死骸を改めて焼いてから土に埋め、ポエニスへの報告を記した書の使いを村人に頼み、また宴や弔いやと泣いたり騒いだりする男たちを何とか躱してからようやく、レーベン達はノール村への帰路についた。……あの村に「帰る」というのも妙な話ではあるが。

 

「一泊させてもらうべきだったでしょうか……」

「やめたまえよ、寝かせてもらえんぞ」

「……ですね」

 

 穏やかでのんびりとしたノール村とは違い、逞しく血の気の多いサハト村だったのだ。泊まりなどすれば、明日の朝まで宴に付き合わされることは想像に難くない。ロビン達もきっと苦労したのだろう。

 そういう訳で、一連の事後処理を終えた後ですぐに村を発ったのだが、太陽は既に南から降り始めている。急げば日没までにはノール村に着くかもしれない。だがそれは、急ぐことが出来ればの話だ。

 

「っ、……っと」

 

 また何も無い場所でレーベンは足をもつれさせた。転びこそしなかったが、歩き出すとまた眩暈がする。いつも通りに歩いているつもりだというのに、前を歩くシスネに何故か追いつけない。

 そのシスネがまた振り返り、黒い瞳には珍しく心配の色が見て取れる。

 

「あの、大丈夫なのですか?」

 

 正直なところ大丈夫ではなかった。思えば、レーベンは昨日の朝から不眠不休で動いていたのだ。騎士たるもの一日や二日の不休は耐えなければならないが、今は魔女狩りの最中でもない。加えて、朝に使った薬の副作用が今まさにレーベンを苛んでもいた。体調は最悪と言える。

 

「すこし休みましょう、このままでは、」

「……大袈裟な、歩くだけだぞ」

 

 体調は悪いが、何も戦えというわけではない。歩くだけならどうとでもなり、多少は到着が遅れても問題など無い。休息なら村に着いてからいくらでもとれば良い。そう考えて踏み出したレーベンの腕を、白い手が掴む。

 

「駄目です。休みなさい」

 

 強く厳しい光を放つ黒い瞳。短い付き合いではあるが、この()になったシスネが一歩も退かないであろうことはレーベンにも分かっていた。

 黒い瞳をぼんやりと眺めていると、徐に足を払われる。ただそれだけで体勢を崩してしまい、倒れ伏す直前でシスネに手を引かれる。そのまま、大きな木の陰で緩やかな傾斜に背を預ける形で横にされてしまった。ちょうどレーベンの頭の横に腰を下ろしたシスネが長銃を抱くのが見える。

 

「見張っていますから、好きなだけどうぞ」

 

 休んでいないのは彼女も同じだろうに。否、彼女は昨日にぐっすりと午睡していたのだったか。

 

「貴公は、よく寝ていたから、な」

「その節は、誠に申し訳ありませんでしたっ」

 

 悔しそうな顔でそっぽを向く所作がひどく子供っぽく見え、それを見て笑っていると手で両目を覆われる。「さっさと寝ろ」ということらしいが、目許を包む手の冷たさが心地よく、すぐにでも寝てしまいそうだった。

 

「悪いなぁ、シスネ」

「……どう致しまして」

 

 

 ※

 

 

 レーベンは夢を見ていた。

 魔女狩りの夢だ。いつも通りに大量の武器を身に着けて歩いている。だがその中に機械剣は無い。当然だろう、()()はまだアルバットとも知り合っていなかったのだから。

 隣にシスネはいない。だが一人ではなく、鎧を纏ったライアーと、不安げに長銃を抱くカーリヤがいた。彼の手にある剣は特注品の片手剣ではなく、彼女の手にある銃もまた通常の長銃だ。ついでに言えば、装束もまだ改造されてはいなかった。

 つまり、これは過去の記憶なのだ。

 視点は己のままでありながら体は勝手に動き、その中でレーベンはぼんやりと確信する。これは確か四年前、レーベンら三人が聖女と騎士になってから一年ほど経った頃の記憶だ。

 

 当時、ライアー達は若くして頭角を現しつつあり、教会の上層部からも注目されていた。そしてその時は指名での依頼という、特別な魔女狩りへと赴いていたのだ。他とは一線を画す強力な魔女の討伐。それが二人の実力を見定めるための試金石であることは明らかであった。

 だがそのような試験じみた行為で貴重な人材を潰すわけにもいかないと、審査役を兼ねた護衛として当時すでに騎士長の座にあったヴュルガが同行し、更に一組の聖女と騎士を伴うことが許された。予想外だったのは、ライアーとカーリヤが揃って指名したのが、よりにもよってレーベンだったということだ。

 

 当時のレーベンの評判と扱いはひどい物であったが、それも自業自得ではあった。

「聖女なき騎士」というだけで異例の存在だというのに、毎日のように依頼を受けようとする。成功率はごく低く、だからといって死体になって帰ってくるわけでもない。つまりは逃げ帰ってばかりであり、教会にも苦情が殺到していたという。

 その内に依頼を受けることを禁止されるようになり、そうなると今度は無断で魔女狩りを行った。ならば武器の貸出しも禁止となると、倉庫から武器を盗み出した。更にその依頼のほとんどを失敗し、武器のほぼ全てを残骸にして帰ってくるのだから幾度も懲罰を受け、それでも行いを改めることはなかった。

 最悪の問題児、教会はじまって以来の汚点、悪騎士ジャック・ドゥの再来……。レーベンの悪評は日に日に増え、近いうちに処刑でもされるのではないかという噂まで広まっていた。

 はやく死ねば良いのにと、きっと皆が思っていたことだろう。

 

 あの時、二人が何故レーベンなどを指名したのか。確かに同じポエニスの孤児院で育ち、共に訓練を受けた仲ではあったが、それだけだ。特に互いが聖女と騎士になってからは疎遠になり、話をすることすら稀になっていたというのに。

 その理由はライアーもカーリヤも遂に教えてはくれなかったが、いま思えば彼らはレーベンを救おうとしてくれていたのかもしれない。困難な魔女狩りを共に成し遂げれば、レーベンの悪評も多少は雪げるであろうと。本当に、己などには勿体ない友人なのだ。あの二人は。

 

 

 

 夢の中で意識が飛び、場面も変わる。

 一行が辿りついたのは、既に滅びた小さな村。魔女によって住人が鏖殺された、この国ではありふれた悲劇の跡。

 既にヴュルガ騎士長は到着していた。その巨躯を更に重厚な鎧で覆い、背には彼の得物と並ぶようにして金属製の(はこ)が背負われていた。稀にしか見られない完全武装だが、聖女の姿は見えない。廃村を感情の無い目で眺めていた騎士長が、事も無げに言い放つ。

 

 ――この村を滅ぼした魔女を狩れ

 ――(おれ)は審査役として同行するが、手助けは一切しない

 ――例え、貴様(おまえ)たち全員が死のうともだ

 

 話が違った。

 ライアーは抗議し、だが当然それは認められず、カーリヤは今にも泣き出しそうな顔をしていた。レーベンだけは全てが腑に落ちたような気分でいたのを覚えている。

 これ以上の押し問答は無駄であり、そうすればこの騎士長は何の躊躇いもなく三人を処分するだろう。そう確信したレーベンが二人の背を押し、暗い廃村の中へと踏み入った。

 

 

 

 屍、屍、屍。

 騎士となってからの一年で無残な死体など見慣れてしまっていたはずが、その村の惨状に比べればなんと生易しいものだったのか。男も女も、子供も老人も、老若男女の頭が、手足が、(はらわた)がそこら中に散乱し、降り注ぐ雨によってできた赤い川が村の中を流れている。

 ライアーの大きな体が震えて鎧が音を鳴らし、カーリヤは何度も嘔吐した。レーベンだけは、もう何も感じなかったことを覚えている。騎士長もまた何も感じていないように見えた。

 

 死屍累々、屍山血河の中を進み、進み、進んで。その最奥に、アレがいた。

 何体もの騎士の死体と、何体もの聖女の残骸が散乱した中に、あの魔女がいた。

 降りしきる雨と、鳴り響く雷鳴の中で。

 魔女はその躰に、青白い炎を纏っていた。

 

 

 ◆

 

 

 地を揺るがすような雷鳴にレーベンは飛び起きた。

 

「んあっ!?」

「ぐあっ!?」

 

 飛び起きたが、その際に頭の真上に位置していたシスネの顎を額で強打してしまった。お互いに痛みで悶絶した後、憎々しげなシスネから脇腹を小突かれる。

 

「……おはよう。誠に申し訳ない」

「おひゃようごじゃいます……っ」

 

 舌を噛んでしまったらしい涙目のシスネが、それでも律儀に挨拶を返してくる。更に変な座り方でもしていたのか、足が痺れて立てないようだった。彼女が回復するまでは待とうとも思ったが、同時に雨が降ってくる。

 

「どれぐらい寝ていたんだ?」

「いちじぇかん、ぐりゃい」

「充分だ。行こう」

 

 体調は万全とは言い難いが、だいぶマシにはなった。雨足も強くなってきており、これ以上ここに留まる訳にもいかない。火除けの外套を頭から被り、シスネも鞄から外套を取り出して羽織る。既に本降りとなってきた雨の中を足早に歩き出した。

 夢の中でも、このような雨が降っていた。

 

 

 

 雨の中を無言で歩く。互いに一言も発さず、ただ雨音と水溜まりを踏む音だけが響いていた。二時間ほど歩いただろうか。道程は既に七割を越えており、夜道であった昨夜よりは早く到着しそうだった。

 

「……あの、」

 

 後方から聞こえた声に、足は止めないまま振り返る。シスネは思ったよりも離れた位置にいた。

 

「もうすこし、ゆっくり歩きませんか」

「……あぁ」

 

 いつの間にか速足になっていたらしい歩みを緩める。すぐに追いついてきたシスネと並び、努めて足並みを揃えた。

 

「……」

 

 だがすぐに彼女の歩みがやけに遅く感じ、焦燥と苛立ちが募っていく。

 焦燥? 苛立ち? 何に対してだ?

 強化剤の副作用も抜けているはずだというのに、どうにも感情が波立っている。内心穏やかでないことを自覚しながらも、その原因がはっきりとしない。否、本当は分かっているのだ。分かりたくないだけで。

 マリナの遺体はどこに消えた?

 ロビンの武器は誰が持ち去った?

 そして、そして。

 あの廃村の奥で己は何と対峙した?

 レーベンが対峙した中で最も手強かったあの魔女は、何者であった?

 またシスネの声が後ろから聞こえた。

 

「――っと! ちょっと、待ってください!」

 

 駆け寄り、レーベンの腕を掴もうとしていたのであろう手を逆に掴み取る。そのまま、彼女の手を強引に引いて歩き出した。

 

「痛……っ、あなた、何の真似っ」

「黙れよ。さっさと歩け」

 

 焦燥も苛立ちも限界で、口調を取り繕う余裕すら無い。ともすれば彼女を放りだして一人走るか、彼女を担ぎ上げて走り出すかしそうな心地であった。

 故に、レーベンは忘れていたのだ。己が手を引く聖女が、存外に短気であったことを。

 

「黙れとはなんですかっ!」

「おぶえっ!?」

 

 平手ではない。紛うことなき拳である。シスネが振り抜いた左拳は見事にレーベンの鼻っ柱に直撃し、目の前がチカチカと赤く明滅する。思わず蹲り、足元の水溜まりに鼻血が何滴も落ちていった。

 シスネはシスネで、慣れない暴力に左手を押さえながら呻いている。だが当然レーベンより復活は早く、涙で輝く黒い瞳でキッと睨み据えてきた。

 

「なんですかさっきから勝手に苛々鬱々と! 言いたいことがあるならはっきり言いなさい!」

「ま、まひょとひもふしわへなひ」

「はっきり言えと言っているでしょう!」

 

 苛立たしげに踏み鳴らされた足が水溜まりを踏み、飛沫がレーベンの顔の鼻血を洗う。彼女も相当に鬱憤が溜まっていたのか、ここぞとばかりに怒鳴り始めた。

 

「いつもいつも余計なことばかり言うくせに、肝心なことは何も言わないのですね! もう本当にあなたという人は!」

「まことにもうしわけない」

「またそれですか! そう言っておけば許されるとでも!?」

「……」

「そこで黙らない!」

 

 レーベンは鉄拳制裁と雨の冷たさで既に頭は冷えていた。シスネは未だに怒り心頭だが、これだけ叫んでいればその内に落ち着くだろう。

 雷鳴と、雨音と、彼女の怒声を聞きながら。不思議とレーベンは穏やかな心地となった己に気付いた。

 

 

 

 未だ止まない雨の中をゆっくりと歩く。レーベンの左手首は白い手にがっちりと掴まれており、手を繋ぐというよりは手枷でも嵌められている気分だ。

 

「殴ったことは謝りませんよ。今回ばかりは本当に全部あなたが悪い」

「誠に……」

「何ですって?」

 

 いつも通りの謝罪で流そうとしたが黒い瞳が睨みあげてくる。頭に被った外套の陰から覗く瞳には、普段よりも迫力があった。「さっさと吐け」と迫る瞳に促されるまま、レーベンは口を開いた。

 

「……貴公は、聖女キノノスの最期を知っているか」

「はい?」

 

 いきなり何の話だと、怪訝な視線が横顔に突き刺さる。レーベンとてこんな回りくどい言い方をしたい訳ではないが、いざこうして口を開こうとするとなかなか本題に入ることができない。

 アレの名は口にすることすら憚れるのだ。

 

「……もちろん、知っていますが。彼女は――」

 

 はたと、シスネの表情が固まる。おそらくはレーベンと同じ考えに至ったのだろう。

 

「あなた、まさか」

「杞憂だと、そう思いたいんだが、な」

「不安だと?」

 

 不安。

 そう不安なのだ、己は。先程までレーベンの中で荒れ狂っていた感情は、焦燥でも苛立ちでもなかった。不安と、そして恐怖だったのだ。

 もし仮に己の予想が杞憂でなかったのなら、アレは何処に行った? サハト村にいなかったのなら、何処に向かった? サハト村から、もっとも近い村は、何処だった?

 

「……なら、急ぎましょうか」

「いや、良い」

「どうしてっ?」

 

 シスネが非難の目を向けてきているのが分かるが、レーベンはそれを直視できない。

 己の中で渦巻いていた恐怖。それはあの村を――ノール村を案じてのものではない。何故なら、もしもそうなっていたのであれば、レーベンなどが駆けつけたところでどうにもならない。己などにどうにか出来る存在ではないのだ、アレは。

 四年前のあの廃村でも、己にはどうにも出来なかったのだから。

 

 

 ◆

 

 

「どうして……!」

 

 ひどい雨の中だというのに、シスネが頭の外套を下ろしながら呟く。信じたくないと、見間違いであってほしいと願うように。

 

「……くそが」

 

 レーベンはただ諦めていた。最悪の予想をそのままの形で実現してくれた女神に恨み事を吐きたい気分であった。唯一の違いはノール村がまだ幾分離れた場所にあったということだろうか。だがそれは救いではないということを、レーベンは知っている。

 

 

『見て、見てよ』

 

 

 雷鳴が魔女を、彼女の姿を曇天の元に暴きだす。

 幼さを残した相貌、蠢く黒い泥、清貧を現す灰色の装束、歪な骨、聖銀の刃。

 その躰に纏う、青白い炎――聖性の光。

 

「――マリナ!」

 

 シスネの悲鳴。

 

「――破戒魔女」

 

 レーベンの諦観。

 

 

 

 聖女は女から生まれ、魔女もまた女からしか生まれない。

 ならば、聖女が魔女となることも当然あり得る。

 そして皆が恐れと共に知っている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。

 その悍ましい皮肉によって生まれた魔女のことを、

 

『わたしを、見て』

 

破戒魔女(はかいまじょ)」と、呼ぶ。

 

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