魔女狩り聖女   作:甲乙

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四章 騎士なき聖女
シスネレイン


【報告】

 

・ノール村周辺の捜索は約七割で中断。魔女およびその痕跡は発見されず。

・サハト村に出没した魔女を討伐。状況から共喰魔女と推測。サハト村への被害は無し。

・街道沿いで魔女化した聖女マリナと遭遇。同日に討伐。ノール村への被害は無し。

・騎士ロビン…死亡。

・聖女マリナ…魔女化の後、死亡。

・騎士レーベン…重傷。意識不明。複数箇所の身体欠損あり。

・聖女シスネレイン…軽傷。規律違反の疑い。聴き取りのため身柄を拘束中。

 

 

 

 旧聖都ポエニス。その教会の本棟。自らの執務室にて、騎士長であるヴュルガは報告書に目を通していた。一字一句を逃さずに流し読み、判を押す。

 つい、と。確認済みの書類が入れられた箱に書類を流す。数十枚が重なったそこに新たな一枚が追加され、反対の手で新たな書類を手に取った。そのまま八枚ほどの書類を処理した頃、入り口の扉を叩く音が室内に響く。

 

「入れ」

 

 書類から目を上げないまま、ヴュルガは答えた。

 

 

 ◆

 

 

「悪名高きジャック・ドゥは、騎士となった時すでに右目と左腕を失っていたそうだ」

「彼はその行いから悪騎士の名で語られることが多いが、最初は別の名も持っていた」

「隻眼のジャック、または隻腕のジャック・ドゥと、そう呼ばれた時期もあったのだよ」

 

 ノール村での魔女捜索と、サハト村での魔女狩りと、そして破戒魔女の討伐から二日後。レーベンが目覚めたのはノール村ではなく、馴染み深いポエニスの医療棟だった。

 目覚めはしたが全身を襲う痛みやら何やらに悶絶し、もしレーベンが聖女の自決道具を所持していたら三度は使っていたかもしれない。そんな生き地獄を味わうこと更に二日、半分は痛みが引き、もう半分は痛みに心が麻痺した頃、ようやく面会が許されるようになったのだった。

 

「そういうわけで、俺はこれから隻眼隻腕の騎士レーベンを名乗ろうと思う」

「……」

「……」

 

 特に重篤な者のみ入れられる病室。他の患者は誰一人いないその個室の寝台に横たわったまま、レーベンは二人の友人に語って聞かせていた。

 レーベンの体は包帯が巻かれていない箇所の方が明らかに少なく、特に右半身のほぼ全てに負った火傷の痕ははっきりと残っている。灰色だった右目を潰した裂傷は右側頭部まで続き、途中にあった右耳も焼き潰されたように無くなっていた。治療の際に黒髪をいくらか剃り落とされたが、それはその内に生えてくるそうだ。不幸中の幸いである。

 そして何よりも目立つのは――あるいは目立たないのは、二の腕の半ばから無くなった右腕だった。

 

「……、やはりどちらかにした方が良いだろうか。貴公たちはどう思う?」

「……」

「……」

 

 面会が許されるや否や駆け込んできた二人の友人――ライアーとカーリヤだったが、レーベンの姿を見てからというもの黙りきりである。ライアーは椅子で項垂れたまま両拳を握っており、カーリヤに至っては両手で顔を覆ってしまっている。沈黙に耐えかねたレーベンが一人で喋り続けているが、一向に返事は無かった。

 

「あー、あれだ。義手を着けてみようとも思う。アルバットあたりに言えば何とかなるだろう」

「……レーベン」

「あの男のことだからな、頼むまでもなく面妖な仕掛けを仕込むに違いない」

「なあ、レーベン」

「こう、剣が出てくるのはどうだろうか。こう、この辺から」

「レーベン!」

 

 滅多に聞かないライアーの大声が静かな病室に響く。レーベンは口を閉じ、カーリヤは元より震えているばかりだ。

 

「笑えねえって……っ」

「……誠に申し訳ない」

 

 沈痛な面持ちのライアーが再び頭を抱え、レーベンは「彼女」に咎められたはずの定型句を思わず使ってしまっていた。

「彼女」がどうなったのか。それは目覚めてからというものレーベンが気にしている第一のことではあったが、こうしてライアー達を前にすると何故か言葉にすることが出来ない。そうこうしている内にカーリヤが病室を飛び出し、「また来る」とだけ言い残したライアーも走り去っていった。

 

「……っ」

 

 病室に静寂が戻り、そのせいかぶり返してきた痛みにレーベンは顔を歪める。無くなったはずの右腕が何故こうも痛むのか、死にたくなるほどの謎に悶えながら、レーベンは寝台にひとり身を沈ませた。

 

 

 ◇

 

 

「入れ」

 

 部屋の主の声と共に、前を歩いていた若い警備職員が扉を開ける。ただそれだけの仕事だというのに彼の顔は緊張に強張っており、だがシスネの内心は自分でも意外なほどに凪いでいた。それとも、もう麻痺してしまっているのかもしれない。

 後ろに立つ年配の警備職員の視線に促されて中に入る。一歩進むたびに、両手首に嵌められた手枷の鎖が音を立てた。その鎖は長く、拘束と呼ぶには緩いがシスネが自分の立場を再認識するには充分ではあった。

 久しぶりに入る騎士長の執務室は以前、「彼」と組んで仕事をするよう命令された時と何も変わっていない。整然とした室内。ただ置くべき場所に置かれた調度品。何の感情も感じられない、部屋の主と似た冷たい部屋だ。その最奥で、部屋の広さを感じさせないほど巨大な影が書類にペンを走らせている。

 二人の警備職員は執務机の前にシスネを立たせると、そそくさと部屋の隅に退避した。代わりに、既に室内で待機していた数名の上位職員たちがシスネを取り囲む。彼らは皆が温度の無い目でシスネを凝視し、その一挙手一投足を余さず監視するのだ。シスネが偽りを述べれば、すぐさま看破する為に。

 元より視線に弱いシスネはその場に座り込みたい衝動に駆られたが、奥歯を噛みしめてそれに耐える。

 準備が整ったと同時にヴュルガ騎士長がペンを置き、尋問が始まった。

 

 

 

 尋問とは言っても、それはごく紳士的なものだった。暴力どころか体に触れることすらしてこない。シスネもわざわざ嘘を吐く理由も無く、ただただ問われたことに答えていくだけ。

 いっそ拷問にでもかけてくれた方が清々するのに。そんなことすら考えていた。

 

「それで、撤退を提案した騎士レーベンに対し、貴女は魔女狩りの続行を進言したのですね?」

「はい。私は彼の忠告を無視し、私情によって合理的な判断を行いませんでした」

「しかし結果として、貴女は聖女マリナ……破戒魔女を狩った。素晴らしい成果です」

「はい。ですがそれは彼の成果であり、私は魔女を狩ることを躊躇いました」

「……どういうことですか? 手短に述べなさい」

 

 シスネを取り囲む上位職員たちは、そういう決まりでもあるのか一人ずつが順に問いかけてくる。細かなところまで根掘り葉掘り尋ねてくる彼らに内心で辟易しながらも、シスネは淡々と答え続けた。

 騎士長だけは、巌のように動かない表情のままシスネを眺めていた。

 

「聖女マリナは私の友人でした。彼女に止めを刺す機会を、私情によって私が逃がしました」

「そして魔女の反撃によって彼は重傷を負い、魔女狩りの続行は困難になりました」

「その為、私が魔女を陽動し、彼がノール村の村民を避難させる作戦に変更したのです」

 

 ひそひそと上位職員たちが言葉を交わす。度し難い、よく生きていた、妥当な判断である、そんな言葉が聞こえてくる辺り、彼らの意見も二分されているようだった。シスネにとってはどうでも良いことだったが。

 

「しかし、結局は騎士レーベンが魔女を狩ったのでしょう? 彼がまた作戦を変えたのですか?」

 

 その問いに、凪いでいたシスネの心に初めて波が立った。それを見抜かれるのが癪で、努めて体の力を抜きながら口を開く。

 

「……詳細は分かりかねます。その時、私は気を失っていましたから」

「つまり、騎士レーベンが貴女を気絶させたと?」

「……はい、そうです」

 

 またあの男か、やはり問題が、だが結果として。ひそひそと交わされる言葉にシスネも徐々に内心穏やかでなくなってくる。さっきから「彼」の名前が無遠慮に連呼されることも無性に腹立たしい。自分に堪え性が無いことを自覚しているシスネは、怒りの矛先を自分に向けることで平静を保とうとした。

 

「おそらくは、私が足手まといになると彼は判断したのでしょう」

「私が寝ている間に、彼は破戒魔女を単身で狩りました」

「だから、彼の判断は、正しかったのだと思います」

 

 自分で言っておきながら傷ついている自分が滑稽で仕方がない。そんなだからお前という女は、あんな渾名を付けられるのだ。今だけじゃない。あの日だけでもない。ずっと前から、お前という女は――。

 そうやって、内心で自傷か自慰じみた自虐を繰り返すシスネの脳裏に、あの日の光景が蘇った。

 

 

 ※

 

 

 気が付いた時、私は見慣れたノール村の村長宅に寝かされていた。

 寝台の周りには村長の奥様をはじめとした村の女性たちが並んでいて、今まさに私の傷の治療と清拭を行ってくれていたようだった。

 

『気が付いたんか?』

『聖女さんが起きたよ!』

『動いたらあかんで!』

 

 騒がしくて温かい声に囲まれて、私は顔が綻ぶのを止められなかった。もう何年も帰っていない生家を思い出して、久しく感じなかった郷愁のような想いに浸る。

 ……あろうことか、この時の私は薬の副作用で記憶を混濁させていた。死んでしまったロビンのことも、魔女になってしまったマリナのことも、そして「彼」のことも忘れて、呑気にヘラヘラと笑っていたのだ。

 そんな様だったから、すぐに女性たちとも話が噛み合わなくなった。きっとこの女は頭がおかしくなったのか、ひどく薄情な女なんだろうと思われていたに違いない。怪訝な顔になった女性たちを疑問にも思わないまま、何故か痛む体も無視して自分の荷物の整理を始めて。

 その中に、そこにあるはずのない騎士証を見つけて、ようやく私は全てを思い出した。

 

 

 

『あかんって! 動いたら!』

『やめとき! 見ん方がいいって!』

『はよ止め! 見せたらあかん!』

 

 なだれ込んできた記憶。今しがた飲んだばかりの薬湯を嘔吐した私は、口も拭わないまま、衣服も碌に身に着けないままで村長の家を飛び出した。

「彼」はすぐに見つかった。村の外れの共同墓地。夜中だというのに松明の灯りが集まっているそこに駆け出して、私を止めようとする男性たちを押しのけて、そして、私は自分がまた罪を重ねたことを知った。

「彼」はもう焼死体も同然の状態で、村の誰もが何も出来ずにただ看取ろうとしていた。あんな辺境の村に医療者なんていない。死が日常だったあの人たちにとって、それはもう死者と同じだったから。

 死んでも死にきれないようなその姿を見て、私は絶叫した。絞め殺される豚みたいな声だった。

 

 

 

 また気が付けば朝日の中、血と膿に塗れた手で「彼」に包帯を巻いていた。

 血に汚れた村長の家、辺りに散乱する私の医療道具、力尽きたように眠る村人たち。たぶん、きっと、私は村の人たちに強要して治療を手伝わせた。焼け焦げた皮を剥がして、包んで、張り合わせて。千切れ飛んだ右腕を切り刻んで、縫い合わせて……。子供の頃に齧っただけの、医療とも呼べないような処置を施して、奪い取るように借りた馬にその体を括りつけた。

 

『気をつけてな!』

『なんも出来ずにごめんの!』

『着いたら手紙くれや!』

 

 でもそんな、こんなどうしようもない女を、村の人たちは温かく送り出してくれた。石でも汚物でも罵声でもなく、食べ物と着る物と声援で送り出してくれた。あの人たちは本当に温かくて、心が綺麗で。

 そして、私なんかとは正反対だった。

 

()()()()!』

 

 だから、その言葉を聞いた時に私は。

 

『今までありがとうな、()()()()!』

 

 呪いのように温かい言葉に、きっと私は引きつった笑みで村を発ったのだ。

 

 

 

 慣れない乗馬に四苦八苦しながらひたすらポエニスを目指した。訓練された教会の馬でも丸一日かかる距離を無事に走り切れるかは心配だったけれど、珍しく運が私に味方してくれた。

 どこかに向かう途中だったらしい教会の馬車を見つけたのだ。でも御者はひどく頭の固い男で、何度頼んでも乗せてはくれなかった。これならまだあの嫌らしい顔をしていた御者の方が良かったかもしれない。規則がどうのとうるさい御者に銃を突きつけて引き返させると、揺れる荷台の中で「彼」の治療を続けた。

 

 

 

 ポエニスに着いてすぐに「彼」を医療棟に担ぎ込む。私なんかとは違う、本物の医療者たちに連れていかれる姿を見送って、ようやく私は一息ついた。

 そして、私は警備職員たちに捕縛されたのだ。

 

 

 ◇

 

 

「ひとつ聞こう」

 

 ずっと黙っていた騎士長の言葉に、段々と騒がしくなっていた上位職員たちはしんと押し黙った。追憶に浸っていたシスネも、表情は変えないままで意識を切り替える。

 

貴様(おまえ)は、あの男に聖性を使ったか」

 

 声には出さないまま上位職員たちが困惑している気配を感じる。聖女が騎士に聖性を使うことは当たり前のことで、何故わざわざそのようなことを聞くのだと。

 だがシスネにとってその問いは核心に近く、動揺に瞳を揺らせるには充分だった。

 

「……いいえ」

 

 また無言で彼らが動揺する気配を感じる。本当にただひとつの質問で雰囲気を一変させた当の騎士長は再び沈黙し、代わりのように上位職員たちが騒がしくなる。

 どういう意味だ、知らないのかあの男は、拒絶反応が、だがそれにしても。勝手に推論を並べ、そして結局は当人であるシスネに対し、遂にその問いが投げかけられた。

 

「貴女は何故、騎士レーベンに聖性を使わなかったのですか?」

「……」

 

 それは、シスネがもう聖性を使えないから。聖女ではないから。

 言い訳なら何個でも思いつく。全て「彼」のせいにしてしまえば良い。適合する可能性が低かったから、拒絶反応を起こせば更に痛めつけてしまうから、もし使っても勝てる見込みは無かったから、と。

 だがシスネが嘘を吐けば、上位職員たちはすぐにそれを見破るだろう。視線の揺らぎや呼吸の乱れに到るまで、嘘つきの反応という物を彼らは知悉(ちしつ)しているのだから。

 

「どうしました、聖女シスネレイン」

 

 特に隠そうとは思っていない。もう三年も隠し通してきたのだ。今ここで全てを吐露して楽になるのも悪くはない。聖女を騙るなど重罪もいいところだが、こんな女にはどんな罰であろうとお似合いだと、そんな気分だった。

 そんな気分、だったのだが。

 

「なぜ答えないのですか。何か疚しいことでも?」

 ――うるさい

 

「やはりあの男に何か問題があったのですね?」

 ――うるさい

 

「正直に申しなさい。悪いようには致しません」

 ――うるさい

 

 うるさい。なんださっきから私のことばかり擁護しようとして。「彼」のことばかり悪者にしようとして。「彼」がそんなに疎ましいのか、嫌いなのか。

 あなた達よりよっぽど、私のほうが「彼」のことを――。

 

 

「――()()()()()

 

 

 騒々しい上位職員たちの声が止んだ。機械式の置時計すら止まったように錯覚した。それ程の静寂。

 

「…………は?」

 

 シスネを取り囲む彼らの内の一人が気の抜けた声を漏らす。だが皆が似たような顔でシスネを凝視していた。騎士長だけが表情を変えなかった。

 そんな彼らを見回して、シスネは現実を突きつけてやった。聞き間違いではない、と。

 

「彼のことが、嫌いだったから」

「嫌いだから、聖性を使いたくなかった」

「だから、使いませんでした」

 

 何を言っているのだ、正気か、そんな理由で。予想通りに彼らは取り乱し、だが嘘であるとは誰も言わない。当たり前だ。シスネは嘘なんて吐いていない。全てシスネの本心だったのだから。

 

「聖女シスネレイン、撤回しなさい!」

「そのような理由が許されるとお思いですか!」

「聖女シスネレイン!」

 

 聖女? どこに聖女がいる? あなた達の目は節穴だ。

 くっ、と。シスネの喉が引きつった笑い声を漏らした。口の端をひん曲げて、シスネは笑ってみせた。どこまでも聖女らしからぬ笑みで。当たり前だ。だってシスネはもう。

 

「そんなこと、私の勝手でしょう?」

 

 もう、聖女ではないのだから。

 

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