魔女狩り聖女   作:甲乙

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騎士レーベンの日常、その昼

『おかあさんよ』

『おかあさん、今かえるからね』

 

 食虫植物のように開かれた、魔女の巨大な右手。レーベンの体をまるごと掴み喰らわんとしていたそれに左手の盾を割りこませる。つっかえ棒となった聖銀の盾がメキメキと折れ曲がり始め、その前に首を落とそうと右手の斧を振り下ろした。

 

『おがっ、えげっ!』

 

 一度、二度、三度目で刃に亀裂が入り、四度目で砕けた。舌打ちする間も無い。次の武器を手にしようとして、同時に盾も砕けた。ばきり、と盾とレーベンの左腕が潰れた音が響く。当然、激痛が走るがそれに悶えてはいられない。そうやって動きを止めてしまえば、そのまま左腕を咀嚼(そしゃく)されるだろう。再生剤にも限界はある。隻腕になるのは御免だった。

 ベルトから炸裂弾を二つ掴み取り、辛うじて残骸がぶら下がっていた胸当てに叩きつける。火打石の要領で着火したそれを、斧で割った魔女の首に突きこんだ。

 

『まってて、まってて』

 

 本来は遠くから投擲する炸裂弾だが、この至近距離、しかも左腕は咥えられたままで離れることもできない。どうしようもなく、ただ外套で頭を覆った。

 

『おかあさん、いま――』

 

 爆風が魔女の首とレーベンを吹き飛ばした。

 

 

 

 吹き飛んだ魔女の首を見つけ、剣は構えたままで十数える。首も体も動き出さず、炎に焼かれて蠢くこともなくなった黒い泥がぐずぐずと崩れていくのを見て、ようやく剣を下ろした。念のためにもう一度燃やしておこうと、焼夷弾で火を放つ。ごうごうと燃える赤黒い炎が周囲の木々に広がらないよう見張りながら、手近な岩に腰をおろした。

 今回の魔女狩りは、まあ上手くいった方だろう。武器の損耗は半分程度。鎧は壊れたが服は無事だ。だが薬はすこし使い過ぎたかもしれない。再生剤を打った左腕が痛みだして、飲み過ぎは悪いと分かってはいてもどうにも耐え難い。一錠だけにしようと鎮痛剤を取り出して、だが震える指はそれを落としてしまった。

 白い錠剤が、コロコロと転がっていく。

 

「――ふへ、」

 

 それがやけに可笑しくて、腹の底からこみあげてきた笑いで肩を震わせながら、それでまた傷が痛みだす。感情の振れ幅が大きくなるのも薬の副作用だ。再生剤か、鎮痛剤か、強化剤か、中和剤か、どれの副作用だったかはよく思い出せない。大事なことだから覚えていたはずなのに。記憶が混濁するのも薬の副作用だ。どの薬の副作用だったかは――。

 思考が何巡もしているのに気付いた時にはもう、魔女の死骸は燃え尽きていた。

 

 

 ◆

 

 

「ありがとうございます騎士さま。これで皆、安心して眠れます」

「は? え、 ああ、はい」

 

 意味のない笑いが収まるのを待ってから、依頼主である町長の家を訪ねた。出迎えてきた初老の男性に見覚えはなかったが、口ぶりからして町長なのかもしれない。

 

――まずいな

 

 まだ記憶が混濁している。あまりボロを出さない内に退散することに決め、礼がしたい泊まっていけせめて食事だけでもと引き留めてくる町長らしき男性の言葉を、のらりくらりと受け流す。

 

「女神の導きのあらんことを」

「女神の導きのあらんことを」

 

 お互いにお決まりの聖句を言い交わしてから、足早に町の出入口に向かった。

 

 

 

 迎えの馬車はいなかった。そういえば夕方に迎えに来る予定だったかもしれない。いや朝だっただろうか? 次からは紙に書いておこうと決める。とりあえずここで待っていれば、いつかは迎えに来るだろう。そう考え、木陰で仰向けに寝転んだ。

 太陽は、まだ南からわずかに下りはじめたあたり。昼寝にはちょうど良い。寝ている間に薬が抜けて、起きたあたりで迎えが来れば理想的だ。なかなか冴えた計画だと自画自賛して、目を閉じる。

 

「あなた、騎士さま?」

 

 計画はさっそく頓挫した。目を開ければ、赤毛の幼い少女がレーベンを見下ろしていた。その隣には少女と同年代だと思われる少年もいる。まさかとは思うが、念のために聞いておくことにした。

 

「貴公ら、教会の迎えか?」

「なに言ってんだ、あんた」

 

 違ったようだ。正直、起き上がるのも億劫だったが寝転んだまま話すわけにもいかない。レーベンも一応は教会の名を背負っている身だ。子供相手であっても礼を失すれば苦情が送られてしまうかもしれない。レーベンでも教会に対してそれぐらいの恩義は感じている。立ち眩みを堪えつつ、少年と少女の前に膝をついて座った。

 

「いかにも、こう見えて教会の騎士だ」

「聖女さまはー?」

「生憎、ここにはいない」

「どこにいるのー?」

「どこにいるんだろうなぁ」

 

 レーベンの方が聞きたい。

 

「いねーのかよ、偽物じゃん!」

「失礼な。この鎧の紋章を見るがいい」

「壊れてんじゃん!」

「そうだった」

 

 少年の無邪気で残酷な言葉に怒りは覚えない。偽物と、そう呼ばれるのも初めてではない。騎士には聖女が常に共にあるのだと、こんな子供でも知っているのだから。現に、この町に着いてすぐに訪ねた町長からもひどく疑われたものだ。

 ……記憶が戻ったのは良いが、よりによって嫌な記憶だった。

 

「わたし聖女さまになるー!」

「つまり俺の聖女になってくれると」

「おれのだっての!」

 

 顔を赤くした少年が、夢を語る少女を守るように立ちはだかる。腰帯に差していた木の剣を構えるのを見て、レーベンはかすかに笑った。薬の副作用ではない、本物の笑いだった。

 

 聖女の素質とは、決して珍しいものではない。

 聖性自体は誰もが持っている物であるが、それを体外に放出するには特殊な才能が必要となる。だが才能とは言っても、十人も集めれば四人か五人は見つかるという程度のものだ。この少女が聖女になれる可能性も充分にあるだろう。

 だが、その才能は女にしか無い。理由は定かでなく、定かでないが故に「女神の加護である」とされているのが現状だ。女神の力が宿るのは女のみ。なんとも分かりやすい。

 

「つまり貴公は騎士になると」

「おうよ!」

 

 騎士は誰でもなれる。

 聖女から体に聖性を流されることで、体内の聖性が励起(れいき)される。身体能力は劇的に向上し、体の傷もすぐに治癒される。そうなれば誰もがほぼ不死身の超人。特殊な才能など必要ない。強いて言えば体格に恵まれた頑強な男が望ましいというぐらいだ。ヴュルガ騎士長やライアーのような。見たところ、この少年も年齢の割りに体格は良い。鍛えれば良い騎士となるだろう。

 

「では、そんな貴公にはこれをやろう」

 

 教会の紋章が刻まれた片手剣……の鞘を少年に差し出す。どうせ中身は折れてしまったのだ。再利用するから持ち帰れと言われてはいるが、鞘ごと壊れたとでも言っておけば良いだろう。

 

「中身ねーじゃん!」

「礼ぐらい言いたまえよ。親が見たら泣いてしまうぞ」

「おかあさん、まだかえってこない……」

 

 危機は思わぬところからやって来た。ばっ、と少年と共に首を巡らせると、大きな目から涙をこぼしそうになっている少女。少年と目が合う。目配せは一瞬。

 

「すっげー! すっげーかっこいい剣……の入れ物! ありがとう騎士さま!」

「はっはっは、では稽古もつけてやろうではないか、かかってきたまえよ」

「うおーいくぞー!」

「ぐはーやられたー」

 

 少年の迫真の演技に応える形で剣を交えていると、少女の涙はひっこみ、徐々に笑顔が戻りはじめる。だが少年とは違い、レーベンに演技の才能は無かった。

 

 

 ◆

 

 

 結局、町が夕日に照らされるまで少年と少女に付き合うことになってしまった。ようやく迎えに来た教会の馬車に乗り込み、町の出入口で手を振る二人に見送られながら町を後にする。荷馬車とそう変わらない簡素な馬車に揺られながら、レーベンは彼らの言葉を思い出していた。

 

『わたし聖女さまになるー!』

 

 聖女の素質とは決して珍しいものではない。だがそれでも聖女の数は常に不足している。理由は単純で、聖女になりたがる者が少ないからだ。確かに、あの少女のように憧れの目で聖女を見る者も多いだろう。皆に敬われ、愛される立場だろう。報酬も市井で働くよりは遥かに多くを得られるだろう。

 だが、やはりそれ以上に危険なのだ。常識外の存在である魔女と対峙し、それを狩る。しかも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。聖性によって超人と化す騎士とは違い、彼女らは只人のまま魔女と戦う必要がある。

 それに加え、魔女は聖女を簡単には殺さない。魔女に捕らわれた聖女は、拷問じみた残虐な方法でゆっくりと時間をかけて嬲り殺されるという。聖女が自決用の武器や道具を多く持つのはその為だ。

 ならば全てを分かった上で、それでも聖女となる道を選ぶ理由とは。憧憬、崇拝、名誉、報酬、だがやはり最も多いのは、憎しみだ。

 魔女に家族を殺された、魔女に故郷を滅ぼされた、あるいは家族が魔女となった。同じ悲劇を減らす為に、魔女に復讐する為に。そういった理由で教会の門を叩いた聖女をレーベンは何人も知っている。そしてまた、あの少女もそうなろうとしているのかもしれない。

 少女の母親は七日も前から帰ってきていない。だからああして毎日、町の入り口で帰りを待っているのだと。そう言っていた。

 ……そういえば今日レーベンが狩った魔女が初めて出没したというのは、その頃ではなかったか。

 少女の母親は、少女と同じ赤毛をしている。もし町の外で見かけたら教えてほしいのだと。そう言っていた。

 ……そういえば今日レーベンが狩った魔女の首には、赤毛らしき髪が残ってはいなかったか。

 考えても仕方がないことだ。事実がどうあれ、レーベンにはどうしようもないのだから。

 

「……?」

 

 ポエニスに着くまで一眠りしようと、座席に寝転ぼうとした時、懐から折りたたまれた紙片が舞い落ちる。拾い上げたそれは「迎えの馬車は夕方」と記された、自筆の覚え書きだった。書いた覚えは、まるで無かったが。

 

「……ふ、へ」

 

 こみ上げてきた笑いに口を歪める。薬の副作用ではない、本物の自嘲だった。

 レーベンは今日、新たな聖女が生まれる切っ掛けを作ったのかもしれない。だが、それを自分が知ることは無い。レーベンはそう考えて目を閉じる。

 あの少女が成長し、聖女となる。自分がそれまで生きているとは、思わなかった。

 

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