魔女狩り聖女   作:甲乙

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この戦いが終わったら

「……それで、いつ言うんだカーリヤには。もう今すぐ言いたまえよ」

「あぁ、うん、そうなんだけどよ」

 

 急に歯切れの悪くなったライアーが、大きな体をモジモジさせながら目を泳がせる。……彼のことは生涯の友人だと思ってはいるが、大変に気色悪い。

 内心で辟易していると、やがて懐から小さな木箱を取り出した。

 

「これはもう買ってある」

「見事な物だが……地味すぎないか」

「言うなよ……」

 

 中には予想通り、二つの指輪が並んで納まっていた。銀色に輝く、だが簡素な意匠の指輪だ。こういった物に疎いレーベンでも上質な物であるとは分かるが、派手な美貌の持ち主であるカーリヤに似合うかと問われれば首を傾げざるを得ない。

 

「つーか、あいつ、いつまであんな恰好してんだ……」

「皆には大好評だろう。俺も含めて」

「俺が嫌なんだよっ!」

「そ、そうか」

 

 カーリヤの派手で際どい改造装束はもはや彼女の代名詞ですらあるが、最初からそうであったわけではない。四年前のあの日以前はシスネのようにきっちりと装束を着こんでおり、化粧気も無い地味な聖女だったのだ。それがあの日を境にああなったものだから、ポエニスの誰もが目を疑わずにはいられなかった。動じなかったのは騎士長ぐらいなものだろう。

 彼女にはもっと慎みのある恰好をしてほしいだの、本当はこういう質素な物のほうが似合うだの、いつ襲われるか気が気でないだのと、頭を抱えるライアーが我に返るまでそれなりの時間を要した。

 

「指輪を買ったことは分かった。……それで貴公、いつ言うんだ」

「実はな、家も買うつもりだ」

「お、おう」

 

 どこに持っていたのか、間取りだの外観図だのを描かれた紙を何枚か取り出し始めるライアーに、流石のレーベンも口を挟めない。彼にはそれなり以上の恩もあるのだから。

 

「聖都の一等地! ……はさすがに無理でな。二等地だけど二階建てだぜ?」

「ほう、高かっただろうに。……あぁ、貴公が倹約してたのはこの為か」

「おうよ。やっぱり新築で決めねえとな」

「部屋数もずいぶんと多い。これがすべて子供部屋か?」

「やめろよ、気が早えな!」

 

 下世話な話にはっはっは、と二人で笑い。だがそろそろ本題に入らなければならないだろう。

 

「――貴公」

「……おう」

 

 左目だけで真剣な視線を向けてやると、ついに観念したらしいライアーが指輪と図面を片付けながら椅子に座り直した。ふう、と息をひとつ吐いてから口を開く。

 

「明日からの仕事が終わったら、言おうと思う」

「そうだな、その方が良いか」

 

 レーベンもライアーも想像するしかないが、聖性の扱いとは精神状態にも大きく影響されるらしい。著しく集中を欠いていたり、動揺しているような状態では聖性を上手く扱えない。それは危険な魔女狩りにおいては命取りだ。

 故に、カーリヤにも今は魔女狩りに集中してもらわなければ困る。ライアーと、何よりも彼女自身の為にも。ライアーの判断は妥当と言えるだろう。

 

「あとな、これもお前に預けておく」

 

 そう言って、なんと指輪の入った木箱をレーベンに手渡してきた。流石にこれは彼自身が持っているべきだと思うのだが。

 

「失くしたり壊したりしたら大変だからよ。部屋に置いておくのも心配だしな」

「不用心だな。金に困った俺が売るとは思わないのか」

「あ゛?」

「全身全霊を以て御預かり仕る」

 

 冗談なのか本気なのか判断に困る殺気にあてられ、思わず掲げ持ちながら承諾してしまった。……だがこれで、少なくとも二人が戻ってくるまでは死ねなくなってしまったか。

 

「……んん?」

 

 そこで、はたとレーベンは気付いた。今までのライアーの話を頭の中で取りまとめる。

 彼は明日からの仕事を最後の魔女狩りと定め、それを期に役目を降りるつもりだ。更にカーリヤにも結婚を申し込むつもりであり、その為の指輪も家を買う為の資金も調達済み。だがその指輪はレーベンに預けていくという。そしてこの戦いが終わったら、全てをカーリヤに打ち明けるのだ。

 そう、()()()()()()()()()()……。

 

「き、貴公……」

「いや、うん……言わなくても分かるぜ? 不吉だって言いたいんだろ?」

 

「俺もそう思ったわ」と冷や汗を流しているライアーを見ながら、レーベンも内心で冷や汗を滝のように流していた。

 曰く、「このような危険な場にはいられぬ」と単独行動を始めた騎士は生き残らない。

 曰く、「ここは我に任せて先に行け」と魔女の群れを足止めした騎士は生き残らない。

 曰く、「この魔女狩りが終わったら己の聖女と結婚する」と言った騎士は生き残らない。 

 そういった展開は英雄譚では何度も見かけ、一種の約束事と化している。所詮は物語の中だけだと、戯言だと断じるのは簡単だが、レーベン自身もシスネに似たようなことを言ってしまった結果がこの様である。不吉な迷信(ジンクス)というモノも案外馬鹿にはできないのだと、己で証明してしまったのだ。

 

「貴公、悪いことは言わんから今すぐカーリヤに言いたまえよ。もしくは仕事を辞退だ」

「そういう訳にもいかねえんだよ……」

 

 そう言って、ライアーは項垂れながら右手の人差し指と親指で円を象って見せる。つまりは金だ。

 

「家を買うのに、あとちょっとが足りねえんだ……」

「カーリヤに出してもらえばどうだ」

「あいつが金持ってると思うか?」

「そうだった」

 

 聖女と騎士は生活の全てを教会に保障されており、魔女狩りの報酬で得た金はすべて自分の為に使うことができる。だが所詮は明日も知れぬ身と、それぞれの趣味や嗜好に散財してしまう者も少なくはない。カーリヤなどその典型で、高価な化粧や香水そして酒にすべて使ってしまっているのだという。ライアーのように貯め込んでいる者の方が稀なのだ。

 レーベンとて、アルバットをはじめとした技術棟の面々から最新の武器や薬を購入しているのだから、ある意味では趣味に使っているとも言える。……そういえば、シスネは何に使っているのだろうか。

 

「それに俺だって教会に恩が無いわけじゃねえしよ。どうせなら最後にひと働きして、さっぱり辞めたい」

「……そうか。まあとにかく気を付けたまえよ、これで死んだら笑えるぞ」

「おう、どうせならシスネと二人で思いっきり笑ってくれや」

 

 不安を吹き飛ばすように笑い話をしていると、もうずいぶんと長く会っていない気がする聖女の名前が出てきた。……否、もう聖女ではないのだったか。

 

「彼女は、まず笑わんだろう」

「いやどうだかな。シスネって結構アレだぞ? お前のこと罵倒してる時とか、結構楽しそうだからな?」

「なんと」

 

 あの潔癖そうなシスネでも、そういう面があるのだろうか。決して長い付き合いではないレーベンには思い当たる節など……案外あったかもしれない。もしかしたら加虐趣味(サディスト)の気でもあるのだろうか。

 

「厄介な。確かに彼女からはよく殴られたり踏まれたりしているが」

「お前いったい何やったんだよ……」

「あぁ、だがな、ノール村では新妻の真似事もしてくれたのだよ」

「お前ら本当に何やってんだ!?」

 

 

 

 そうして、くだらない話を駄弁っている間に日も落ちてきた。窓から差し込んでくる赤い夕陽を眺めていると、また右手が痛みだす。彼女も今頃、鞭打たれた背が痛んでいるのだろうか。

 

「悪い、長居しちまったな」

「いや、構わんよ」

 

 話題も尽きた頃合いでライアーが腰を上げる。大柄な彼には椅子が合わなかったのか、痛そうに腰を撫でていた。二人だけでこれだけ話をしたのは久しぶりのことに思える。今までは大抵、カーリヤがいたのだから。

 

「……カーリヤには謝れずじまいだったな」

「……まあな。でももう殴られてんだから良いんじゃねえか?」

 

 明日は早朝から出発すると言うのだから、カーリヤにもおそらくは会えないだろう。あの少女のような泣き顔が最後に見た彼女の姿だ。心残りではあるが仕方がない。二人が無事に帰ってくることを祈るしかないのだ。

 

「じゃあな。……約束、忘れんなよ」

「あぁ。……約束だ」

 

 もしかしたら、ライアーともこれが最後の別れになるかもしれない。否、今までもいつだってそうだったのだ。そして彼らが帰って来ようと帰って来まいと、近い内にレーベンは死ぬのだろう。

 扉が完全に閉ざされるまで、ライアーの目はじっとレーベンを捉えていた。

 

 

 ◆

 

 

「それで結局は来るのか」

「文句はあいつに言ってくれよ……」

 

 翌朝の早朝、右手の痛みに眠れない夜を過ごしていたレーベンは突然に訪ねてきたライアーに叩き起こされていた。あんな今生の別れのようなやり取りをした手前、半日と経たない内に果たされた再会にはお互いに気まずいものを感じる。

 既に旅支度も整えた恰好のライアーは、ひどく場違いな物を手に抱えていた。「ほらよ」と渡されたそれは、左手だけでもなんとか持つことができる程度の大きさだ。その表面では、右目を失くした男がこちらを見返している。

 

「なんだこれ」

「鏡」

 

 見れば分かる。木製の枠を持つ、それなりに大きな置き鏡だ。花を象った意匠から見ても、おそらくは女性に向けて作られた品。これで身繕いでもしろと言うのだろうか? 生憎、左手だけで出来ることは知れているのだが。

 

「カーリヤから……つーかシスネからの贈り物と伝言だ。“左手を右手だと思え”……だってよ」

 

 意味が分からない。左手だけで戦えるように訓練しろということか? それは言われるまでもないことだが、それとこの鏡に何の関係があるのだろうか。

 

「悪い、もう行くわ!」

「お、おう」

 

 出発時間が近いのだろう。慌てて部屋を出ていくライアーの大きな背中を見送りながら、なんとも締まらない別れだとひとり苦笑する。ある意味では己らしいだろうか。そう考え、鏡に目を落として。

 

「あぁ、それとな!」

「今度は何だ」

 

 出て行って五秒と経たない内にまた戻ってきたライアーが扉から顔を出す。忙しいことだ。

 

「カーリヤが、“帰ったら蹴る”ってよ!」

 

 それだけを言い残して、今度こそライアーは去っていった。バタバタと響く足音が遠ざかっていくのを聞きながら、レーベンは彼と彼女の言葉を反芻する。

 帰ったら蹴る。空恐ろしいことだが、つまりは「帰るまで死ぬな」ということだろうか。本当にあの二人は、どこまでも己には勿体ない友人だった。苦笑したつもりでそう考えながら、また鏡に目を落とす。

 

「左手を、右手。……?」

 

 それなりの大きさがある鏡にはレーベンの半身もなんとか映すことができる。鏡に映った己の左手を見ていると、奇妙な感覚を覚えた。

 当然だが、鏡の中に映る姿は左右が反転している。鏡の中のレーベンが失くしているのは左目と左腕であり、右目と右腕はしっかりと残っている。その右腕を見ていると、

 

「――う、お?」

 

 右手の痛みが止んだ。この病室で目覚めてからというもの、レーベンを苛み続けていた謎の痛みが嘘のように消えたのだ。元より存在しないはずの痛み、錯覚が解けたと言った方が正しいのかもしれない。

 

「左手を右手だと思え、か」

 

 鏡の中のレーベンと手を合わせる。もう二度と触れられなくなった己の右手にも、こうして鏡の中でなら触れることができた。こんなこと、レーベンだけではきっと気付かなかっただろう。シスネの技術や知識には助けられてばかりだ。

 ひとしきり鏡を眺めて腕の痛みを引かせると、レーベンは寝台から体を起こした。床に両足をしっかりと着け、ゆっくりと立ち上がる。

 

「ぬお……っ」

 

 ただそれだけで体勢を崩しそうになり、たたらを踏みながら窓際まで歩く。壁にしがみつくようにして立ち、なんとか転ばずには済んだ。

 二階にあるレーベンの病室からは、教会から出発する馬車もよく見えた。およそ十台ほどの馬車が次々とポエニスの外へと向かっている。あれのどれかにライアーとカーリヤは乗っているのだ。

 

「……」

 

 それを左目に焼き付けるようにしてから、レーベンは訓練を始めることにした。

 

 

 

 訓練とは言っても、ただ歩くだけだ。だがその歩くということが、今のレーベンにはひどく難しい。

 まずは萎えた両脚。もう七日ほど寝てばかりの生活を送っていたせいですっかり肉も落ちてしまっている。だが怪我をしたわけでもなく、これはすぐに何とかなるだろう。

 問題は失くした右目だった。視野が半分になるだけで済むかと思えばそうではなく、遠近感が掴めずひどく歩きにくい。壁に手をつこうとして届かず、何度も転ぶ破目になった。

 そして何よりも、失くした右腕。腕一本分の重みが片方だけ無くなった結果、平衡感覚の変化も著しい。腕を使って体勢を整えることもできないのだから、やはり何度も転ぶ破目になった。

 そうこうしている内にまた右腕が痛みだし、休憩も兼ねて鏡を眺める。そしてまた歩き出す。

 

「たしか、四日だったか」

 

 シスネは今日から四日間の謹慎と、ライアーからはそう聞いていた。病室でひとり過ごすには長いが、こうして訓練する時間があると思えばそう悪くはない。四日もあればなんとか歩けるようになり、そしてシスネに会いに行けるだろうか。

 

「また殴られそうだがな」

 

 彼女はどんな顔をするだろうか? 怒るだろうか、それとも泣くだろうか。またレーベンを詰るだろうか、あるいは許しを乞うのだろうか。それとも、何事もなかったようにレーベンを拒絶するだろうか。

 なんでも良かった。ただ彼女に会いたくて、その為にレーベンは歩き続けた。

 

 

 ◆

 

 

「失礼」

 

 朝から訓練を続け、ようやく転ぶことも少なくなってきた夕方。見覚えのない男がレーベンを訪ねてきた。見覚えはないが、着ているのは教会の上位職員の装束だ。立ち上がって対応しようとするが、「そのままで」と手で制される。

 寝台に腰掛けながら男の話を聞くが、言い方が冗長でどうにも頭に入ってこない。今回の貴方の働きはどうのこうの、身を挺して魔女を狩ってどうのこうの、だが聖女との相性はあまり良くなかったようでどうのこうの。シスネの名前が出てきたあたりの話だけは聞いていたが、レーベンを誉めているのか貶しているのかよく分からない話はほとんど右から左だ。彼女が尋問を受けた際にレーベンを庇うようなことを言ったということは、ひどく意外ではあったが。だんだんと眠くなってきたあたりで、男がようやく本題を口にする。

 

「騎士レーベン、これまでよく教国に尽くしてくれました」

 

 男の声音がわずかに変わり、レーベンも落ちそうになっていた瞼を持ち上げる。

 

「聖女にも恵まれなかった貴方が身を削ってまで守った平穏を、我々は決して忘れないでしょう」

 

 残った左目で、男の目を見る。その目にあったのは、安堵であっただろうか。

 

 

「もう充分です。これ以上、貴方が身を捧ぐ必要はありません」

「よって――」

「今ここに、貴方を騎士の任から解くことを宣言します」

 

 

 淡々と男は語った。レーベンもまた、それを淡々と聞いた。

 

「これよりは教国の民として、どうか己の道を歩んでください」

 

 安堵の目。厄介な虫を、恐ろしい獣を駆除した時、人はこのような目をするのだろう。

 

「女神の導きのあらんことを」

 

 この日、レーベンの戦いはあっけなく終わりを迎えた。

 

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