魔女狩り聖女   作:甲乙

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少女の笑顔、少年の笑い

 ポエニスの中央広場。そこの長椅子に腰掛けてどれぐらい経っただろうか。雨季も終わり、快晴の続く日々に人々は通りを行き交い、旧聖都の全体が活気づいているのが分かる。陰気な雰囲気を出している者など、こうして何をするでもなく座っているレーベンぐらいなものだろう。

 

「……どうしたものかな」

 

 呟いた言葉に答える者は誰もいない。

 教会から除名され、後始末もすべて終えてこうして出てきたが、その後のことなど何も考えてはいなかった。行く場所も無ければ帰る場所も無い。やる事も無ければ出来ることも多くはない。ついでに金も無い。八方塞がりで笑う他なく、結局は長椅子から立ち上がることもできない。無為な時間を過ごしている内に日も傾いてきた。

 日が沈む前に、せめて夜を明かす場所だけでも見つけておこうと重い腰を上げた時だった。

 

「……騎士さん?」

 

 その声は雑踏に紛れるような呟きで、だが聞き覚えのある声でもあった。声変わり前の独特な高さで響く少女の声。

 上げかけた腰を再び下ろしたレーベンからそう離れていない場所に、幼い少女が立っていた。年相応に小柄な体を包む質素な平服。長い亜麻色の髪を雑に束ねた髪型に、どこか既視感を覚える。何が入っているのか、大きな袋を小さな両手で抱えていた。

 

「……、……」

「……ミラだよ」

「あぁ、ミラだな」

「忘れてたでしょ」

 

 忘れていたわけではない、ただ思いがけない再会に驚いていただけだ。少女――ミラは大きな瞳を不機嫌そうに歪めてから、長椅子に飛び乗るようにしてレーベンの右隣に腰掛けてきた。

 カクトの町での、シスネと初めて共にした魔女狩り。その帰り道で遭遇した謎の亡霊と、森の奥に隠れ住んでいた父娘。ミルスという名の哀れな娘がなり果てた永命魔女。颯爽と現れたライアーとカーリヤ。度重なる不運と不幸に絶望し、魔女となりかけたミラ。それを救ったシスネの姿。

 どれもレーベンには忘れがたい記憶だ。

 

「忘れていないとも」

「そ」

 

 それだけは自信を持って言えたが、当のミラは実にどうでも良さそうだった。……そもそもこの少女の方こそレーベンの名前を覚えているのだろうか。もっとも、自分と父親を殺そうとした男のことなど忘れてくれていた方が良いのだが。

 

「聖女さんは?」

 

 ミラの言う聖女とはきっとシスネのことだろう。キョロキョロと熱心に見回しているあたり、最初から彼女が目当てで声を掛けてきたのかもしれないと、レーベンは考えた。

 

「悪いが、シスネはいない」

「なーんだ」

 

 ミラは案の定、つまらなさそうに頬を膨らませる。そのまま立ち去るかと思ったが、長椅子に座ったままで浮いた両脚をブラブラ揺らしていた。立ち去るでもなく、話しかけてくるでもなく、奇妙な沈黙が二人の間に流れる。

 

「聖女さんは元気?」

 

 口火を切ったのはやはりミラで、話題もやはりシスネのことだった。彼女は事が済んだ後もミラとその父親であるユアンを気にかけており、医療棟を抜け出してまで会いに行っていたのだ。命の恩人でもある彼女を慕うのも当然だろう。

 

「……今は元気ではないかもしれないが、まあ、すぐに元気になるだろう」

「ケガしたの? 病気?」

「怪我だな。だが大したものじゃない」

「よかった。騎士さんは?」

 

 シスネの無事を知って安心したのか、ついでのようにレーベンの怪我も聞いてきた。レーベンの右目には今も包帯が巻かれており、どう見ても重傷だが詳細まで伝える必要も無いだろう。右腕も外套に隠れて見えてはいないはずだ。

 

「すこし怪我をしてしまったが、今はそれほど痛くはない」

「ふーん……」

 

 疑わしげに鼻を鳴らしながら、大きな瞳が細められる。やはり子供というものは鋭いようで、右腕のことを気付かれる前にレーベンは話を逸らすことにした。

 

「貴……ミラの方こそどうだ。孤児院では上手くやっているのか」

「おいだされちゃった」

「そうか。…………なんだって?」

 

 あまりにもあんまりな答えに、思わず聞き直してしまった。隣に顔を向けるも、ミラは澄まし顔だ。

 詳しく話を聞くと、正確には追い出されたのではなく別の孤児院に移ったらしい。ミラが教会の孤児院に入れられてすぐに聖女の素質があるかを調べられ、結果としてミラにそれは無かった。更にミラ自身が教会に対してひどく反抗的であった為、早々に市井の孤児院に身元を移されたのだと。

 

「わたし教会なんて嫌いだもん。清々(せーせー)したよ」

「そ、そうか」

 

 教会も、聖女の素質もなく反抗的な孤児を受け入れるほど寛容ではなかったということだ。だが幼い少女を放り出すほど冷酷でもなく、それが双方にとっての落とし所だったのだろう。

 この少女の過去を思えば、教会というもの自体に良い感情を持っていないことは頷けるが、この旧聖都のど真ん中で嫌いだと言い放つことは感心しない。レーベンは辺りを警戒するが、幸い誰にも聞かれてはいないようだ。……ただ、警備職員の二人組がじっとこちらの様子を窺っていた。レーベンは無実である。

 

「それで、新しい孤児院では上手くやっているのか」

「まあまあ」

 

 見た限り、ミラの身なりは整っており飢えた様子も無い。孤児院などどこも火の車だろうが、それなりに上手くやれているのだろう。何より、ミラの瞳は強く輝いていた。あの夜に見た、夜のような暗さはもう微塵も見られない。……今は己の方が、よほど暗い目をしているのだろう。

 

「騎士さんは? 調子はどうなの?」

 

 それを見透かしたようにミラが顔を覗き込んでくる。大きな瞳に、片目の無い男が映っていた。適当に誤魔化すこともできたが、気が付けば口走ってしまった。

 

「実はな、もう騎士じゃないんだ」

「クビになったの?」

「その通りだ」

「だから昼間からボーッとしてたの?」

「お、おう……」

 

 ぐうの音も出ないとはまさにこの事で。ミラの抱えていた袋には食料がぎっしり詰まっており、おそらくはお使いに出ていたのだろう。こんな幼い少女でさえ働いているというのに己ときたら……。レーベンは更に落ち込んだ。

 

「ミラは偉いな。俺なんかとは大違いだ」

「子ども扱いしないでったら。……?」

 

 体を捩じり、左手で右隣に座るミラの頭を撫でてやるとペシリと払いのけられた。だがレーベンの不自然な動きに気付いたのか、ミラが怪訝そうな顔を向けてくる。

 

(そっち)の手、ケガしたの?」

「……」

 

 あっさりと気付かれてしまった。何も答えられずにいると、ミラは無遠慮に外套をめくり上げてくる。ひっと、すぐに息を飲んだ声が聞こえてきた。

 

「……手、なくなっちゃったの? 目も?」

「あぁ」

「だからクビになったの?」

「……あぁ」

「ひどいっ!」

 

 突然の甲高い怒声にレーベンは肩を跳ねさせる。見ればミラは顔を真っ赤にして体を震わせている。大きな瞳には涙すら滲んでおり、傍目から見ればレーベンが泣かせているように見えただろうか。周囲を見回すが、何人かに白い目で見られていただけで大事にはならなさそうだ。兄妹喧嘩だとでも思われたのかもしれない。……二人の警備職員が徐々に近付いてきているが、もう失う物も無いかとレーベンは開き直った。

 

「役たたずになったら追いだすなんて……やっぱり教会なんて嫌いっ」

「……そう言ってやるなよ。追い出されてはいない、俺が自分で出てきたんだ」

 

 役立たずと呼ばれて非常に傷つく思いだが、ミラに他意は無いのだろう。そしてレーベンがもはや騎士として役立たずなのは事実であり、教会もすぐに追い出そうとまではしなかった。ミラに対してそうだったように寛容ではないが冷酷でもなかったのだ。ただレーベンが、もうあそこに居ることに耐えられなかっただけで。

 怒りで肩を震わせるミラの頭を左手でまた撫で、ミラも手を跳ねのけることはしなかった。他人の為に怒りを露わにできる優しい少女を敬いながら、レーベンはあやすようにその頭を撫で続けていた。

 

 

 

 ミラが落ち着いた頃には、夕日がポエニスを照らし始めていた。通りを行き交っていた人々も疎らになり、帰路につく労働者たちの姿も目立つ。

 

「もう帰る。おそくなると怒られちゃう」

「あぁ、気をつけてな」

 

 赤くなった目許を擦りながらミラが長椅子を降り、重そうな袋を抱える。代わりに運んでやりたいところだが、もうレーベンの手は杖だけで塞がってしまうのだ。他に何も持てはしない。

 

(うち)にくる? 先生にも言ってあげるから」

「……大丈夫だ。宿はとってある」

 

 もちろん嘘だ。宿代すら持っていないのだから、何処か夜を越せそうな場所を見つけなければならない。その嘘を見抜いたのかそうでないのか、ミラの大きな瞳はじっとレーベンを見据えている。

 

「聖女さんがね、わたしに聞いたの。“何がしたい?”って」

 

 それは、あの宴の夜にシスネから聞いた話だった。「焼き菓子をまた食べたい」と、つまりは生きたいと、少女はそう答えたのだと。だが今は違うらしい。

 

「聖女さんに言って。――わたし、お医者さんになりたい」

「お医者さんになって、家のみんなのケガも病気もタダで治したい」

「そうすれば、みんな、もっとお腹いっぱい食べられるから」

 

 それは少女の、実に子供じみた夢だった。最低限の教育すら受けられていないミラが医療者になることはひどく困難で、その為の具体的な道筋とて何も考えてはいないのだろう。

 だがその瞳は、強く輝いていた。

 

「それと、魔女になった人も治したい」

「治れば、元に戻れば、ころされないから」

「お母さんと、お姉ちゃんみたいには、ならないから」

「お父さんだって、ぜったい分かってくれる」

 

 それはもはや完全な夢物語だ。魔女化した女を元に戻す方法は無く、故に殺してしまうか、魔女となる前に「予防」するしか無いのだ。

 だがその声は、強く響いていた。

 

「お医者さんになるよ、絶対に。だって、わたしがそうしたいから」

 

 その夢はきっと叶わないのだろう。だがそれが何だと言うのか。

 医療者になるかどうかが重要なのではない。重要なのはこの少女が、ミラが何をやりたいのか。

 孤児院の子供たちにもっと良い暮らしをさせたいと、魔女禍で女たちが死ぬことを無くしたいと、そう願う意思こそが。

 あの夜、魔女に到る程の絶望をも跳ねのけた、この少女の強い意思が。

 

()()()()()()()()()()()?」

 

 レーベンにはひどく眩しく見えた。

 

「俺は――」

 

 

 ※

 

 

 レーベンは騎士になりたかったわけではない。

 魔女を狩りたかったわけでもなく、魔女に復讐したかったわけでもない。まして、教国を守りたかったわけでもない。

 ずっと見つけられなかった、己のやりたかったこと。それは皮肉にも、騎士となる道が途絶えてはじめてはっきりと形を得た。

 医療棟を抜け出し、本棟の地下倉庫へ忍び入る。初めて握った聖銀の剣は修練用の鉄剣よりも軽いはずが、ひどく重く感じた。馬車の待合所から馬を引き、闇夜に紛れてポエニスを発つ。

 盗んだ剣を手に、盗んだ馬で目指すのはライアーから聞いた町。そこに魔女がいる。

 

 聖女と騎士の物語は、いつだって悲劇で終わる。

 騎士は騎士である限り魔女を狩り続け、故にいつか必ず魔女狩りの中で死ぬ。

 ならば騎士として生きることと、騎士として死ぬことに何の違いがあるというのか。

 レーベンはきっと、騎士として死にたかったのだ。

 

 魔女はすぐに見つかった。まるでレーベンを待っていたかのように襲ってきた。

 その日はじめてレーベンは魔女と対峙し、はじめて魔女を狩り、そして死ぬつもりだった。

 騎士として生きられなくても、聖女がいなくても、魔女と刺し違えれば騎士として死ねる。

 誰に認められなくても、レーベンがレーベンを認められる。そう信じていた。

 もう、そう信じるしかなかった。

 

 

 

 レーベンは魔女を狩った。だがレーベンは死ななかった。

 剣はとうに砕け散り、血が涸れるほどに傷ついても、レーベンは生き残ったのだ。

 

『――は』

 

 こんなものかと思った。

 なんてことはない。どんなに悍ましくても、どんなに恐ろしくても、魔女も元は人間だったのだ。

 同じ人間に狩れない道理はない。

 

『は……っは』

 

 魔女を狩ろう。

 誰に認められなくても良い。理解されなくても良い。

 魔女を狩って、狩って。いつか刺し違えられるその日まで狩り続けよう。

 このどこまでも下らない命に、最高に笑える結末をくれてやろう。

「聖女なき騎士」には、きっとそれがお似合いなのだから。

 

『は、っははは…………っ!』

 

 町に到着したライアーとカーリヤが見たのは、無残な魔女の死骸と。

 答えを得て笑い続ける少年(レーベン)の姿だった。

 

 

 ◆

 

 

「邪魔するぞ」

「ううぇあぁっと!? ……って、アンタですかい。驚かせないでくだせえや」

 

 ポエニスの教会、その馬車の待合所に戻ったレーベンは停まっていた馬車に乗り込んだ。顔見知りだった御者は異様な驚きを見せながら何かを懐に仕舞い、レーベンの顔を見るなり安堵の息をつく。何かしら違法なことをしていたのだろうだが、今となっては好都合だ。

 

「で、何か御用ですかい。クビになったアンタを乗せるわけにはいかねえんですけど」

「そう言うな。これをやろう」

 

 教会の馬車にもう騎士ではないレーベンが乗れるわけもなく、故にこの御者を選んだのだ。何よりも先にレーベンは「運賃」を差し出す。

 

「! こいつは……っ」

 

 それはレーベンの数少ない私物である、小型の写銀器だ。滅多に見られない珍品に御者は目の色を変え、レーベンはしてやったりとほくそ笑む。

 

「聖銀板と薬液は技術棟の連中から買える。これでどう稼ぐかは――」

「あっし次第ってわけですな」

 

 ニタリと御者が嫌らしく笑い、あっという間に商談は成立した。嫌味なほどに恭しい動作で席に案内され、それに乗ったレーベンもどかりと腰掛ける。

 

「して、何処に向かいやしょうか?」

 

 御者の言葉に、レーベンは残った左目を閉じる。つい先刻に再会した少女の姿が脳裏に過った。

 

 

 

『じゃあね騎士さん。聖女さんにもよろしく』

『俺はもう騎士じゃないんだがな。あと彼女はシスネという』

 

 更にはシスネも聖女ではない。それをレーベンの口から言うわけにはいかないが、ミラは首を振った。

 

『聖女さんは聖女さんだもん。わたし教会は嫌いだけど、聖女さんは……すきだし』

『俺は?』

普通(ふつー)

『あぁ、そう……』

 

 つまり好きでも嫌いでもないと、それは喜ぶべきなのだろうか。本来であれば恨まれているはずなのだから、喜ばしいことであると思うことにした。通りを歩き出す小さな背中を見送ってから、レーベンも踵を返し、

 

『騎士さん!』

 

 振り返ったレーベンの左目には、黄昏に沈もうとしている旧聖都と、

 

『またね!』

 

 夕日の中で見た、少女(ミラ)の笑顔が焼き付くようだった。

 

 

 

「どうしやした?」

「……」

 

 ライアーとカーリヤは「死ぬな」と言った。ミラは「またね」と言った。

 

 ――あぁ、本当に

 

 己などには勿体ない言葉なのだ。

 レーベンは左目を開け、すべてを振り切るように目的地を告げた。

 

「聖都へ」

 

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