魔女狩り聖女   作:甲乙

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騎士レーベンの日常、その夜

 暗い街道を馬車は進む。月明りの乏しい夜であったが、大型のランタンと夜道に慣れた馬によって危なげなく進み続けた。この国にも野盗の類はいなくもないが、わざわざ教会の騎士が乗っていると分かる馬車を襲う命知らずもいない。魔女と渡り合う騎士にかかれば常人が束になっても敵いはしないのだから。

 もっとも、今この馬車に乗っているのは半壊した装備を身に着けながら眠りこける騎士が一人だけなのだから、御者としては戦々恐々である。だが幸い馬車は何事もなくポエニスへと到着した。

 

「騎士さま、着きましたよ」

 

 目を開ければ、あの小汚い御者ではなく別の男がレーベンを見下ろしていた。そういえば帰りは別の馬車が迎えに来ていた……気がする。まだ薬が抜けきってはいないらしく寝起きも相まって意識に靄がかかったようだが、あまり居座っても彼にも迷惑だ。転ばないよう注意しながら、なんとか馬車から降りた。

 もう夜更けだがレーベンの仕事はまだ終わらない。魔女狩りを完了した報告、貸与されていた装備の返却、消耗または破損させた場合はその報告。特に装備破壊の常習犯であるレーベンには気が重い。すべて明日の自分に丸投げして寝てしまいたいが、ヴュルガ騎士長の顔を思い出してなんとか重い足を動かした。顔も恐ろしければ中身も恐ろしいのだ、あの騎士長は。

 

 

 

「お、帰ったのか」

 

 受付には先客がいた。茶髪の騎士――ライアーが、己の聖女を肩に凭れさせて長椅子に座っている。

 

「貴公も、仕事帰りか」

「まあな、なかなか手強かったぜ」

 

 見れば、ライアーの大柄な体が纏う鎧は左腕の部分が破損している。その左腕にしなだれかかる、金髪の聖女。

 

「またか。酒を()りながら魔女狩りとは恐れ入る」

「ちげーよ、仕事の後はすぐ飲みに行くって聞かねえんだ」

 

 意識の無い金髪の聖女――カーリヤの顔は赤く、完全に酔いつぶれているようだった。酒精で上がった体温に煽られた香水の匂いと酒臭い吐息が入り混じって、場末の酒場のような匂いが漂ってくる。暑いのか、ただでさえ大きく開いていた胸元を更に(くつろ)げようとする手をライアーが掴んで止め、太腿がむき出しになったスカートをライアーが整えるという攻防が続いていた。二人とはもうそれなりに長い付き合いのレーベンであっても、相変わらず目に毒な光景である。

 

「よし良いぞ、もっとやりたまえよ」

「……頼むから、あまり見ないでやってくれ」

 

 夜間の受付担当らしい職員の青年が、書類に目を落としながらもチラチラ視線を送っている。レーベンは特に意味もなく彼の視線を読み、胸と脚のどちらを好んでいるのかを見抜こうとした。どうやら脚のようだった。

 ライアーはそんな他人の視線に悩まされているようで、頭を抱えながら溜息をついた。そうしている間にも、またカーリヤがスカートの切れ込みから脚を伸ばす。さっさと手続きを済ませれば良いのではないかとも思ったのだが。

 

「いや、破損の報告が面倒でよ……」

「――ん、うーんにゃ……」

 

 ライアーの願いが通じたのか、気の抜けた声と共にカーリヤが目を開く。切れ長の碧眼はいつになくとろりと垂れ下がっており、普段とは別人のようだった。

 

「らいあー?」

「おいカーリヤ寝るな! 寝る前に直してくれ頼むから!」

「いいよー」

 

 別人のような笑顔で別人のような声を漏らすと、カーリヤの手がしゃなりとライアーの左腕に触れる。

 そして、聖性が開放された。

 カーリヤの指先から溢れる青白い光。まるで青い炎のようだと常々レーベンは思っている。鎧を構成していた聖銀に聖性が流され、メリメリと金属音をたてながら記憶されていた元の形状に戻っていく。半分程度が欠損していた手甲が完全に修復されるまで、五秒とかからなかった。

 鎧の修復を終え、聖性の光が消える。カーリヤの手がぱたりと椅子に落ち、少女のような寝顔を見せながら再び意識を手放した。「世話のやける……」とぼやきながらも、ライアーの顔に険は無い。

 その光景を、レーベンは灰色の目でじっと見続けていた。

 

「……じゃあな、お先」

「ああ、おやすみ」

 

 ライアー達の手続きはすぐに済んだ。どこかばつの悪そうな顔をレーベンに向けながら、眠るカーリヤを横抱きにして去っていく。あの破損の仕方から見て彼の左腕も負傷していたはずだが、それはきっと既に治されていたのだろう。

 ……未だ再生剤の痛みと副作用に苛まれるレーベンの左腕とは違って。

 心なしか増してきた左腕の痛みを堪えつつ、レーベンも受付に向かう。壊した鎧、斧、盾の破損報告。消耗した焼夷弾、炸裂弾、長銃の弾丸の使用報告。服用した各種薬物の量の報告と、規定を超えた服薬を行った理由の報告、その他諸々。すべての手続きを終えた時にはもう、早朝と言って良い時間になっていた。

 

 

 

 騎士は誰でもなれる。

 聖女の聖性を受け入れれば、誰もが超人になれる。重厚な鎧を身に纏い、それでいて獣のように俊敏に駆けまわり、鳥のように跳び回る。武器の損耗も気にせず、己が信頼を置く唯一にして最高の得物を一振り携えて戦いに向かう。どれだけ傷つこうと聖女に癒され、それ故に恐れることなく魔女に立ち向かう。皆が憧れる騎士の姿。男の夢。

 だがそれは聖性を受け入れられればの話だ。レーベンは誰の聖性も受け入れられなかった。どの聖女とも適合できなかった。ごく稀にいるらしい落ちこぼれ。古い時代においては処刑すらされていたという異端者。

「聖女なき騎士」それがレーベンだった。

 

 

 

 朝霧に包まれた薄暗い中庭を、ひとり歩く。旧聖都であるだけあって、教会の中庭はそれなりに広く見事な物だ。庭師によって整えられた木々や草花、大きな池などが白い霧に包まれている様は幻想的ですらある。

 だがそこを歩くレーベンの気分は最悪と言って良い。魔女狩りから約半日、過剰な服薬と無理な狩りのツケが後遺症という形で回ってきたのだ。再生剤を打ち過ぎた左腕はひどく熱を持ち、ドクドクと脈打つように痛む。それなのに指先は震えが止まらなかった。中和剤は使ったが、それはそれでまた副作用があるのだ。どの薬をどれだけ使ったのか、ついさっき報告したはずなのに思い出せない。そもそも報告が正しかったのかさえ怪しい。

 痛みと熱に耐えかねて、袖も捲らないまま池の中に左腕をつっこむ。熱さと冷たさが()い交ぜになって、感覚の麻痺という形でわずかに痛みが遠のいた。今の内に飲んでおこうと、一錠だけくすねていた鎮痛剤を懐から取り出そうとするが、死体のようになった手では上手く取り出せない。どうしようもなくなって、破り捨てるつもりで乱雑に上着を脱ぎ、薬を取り出そうとして。

 

「う……ぉ」

 

 目の前が暗くなり、池の中に転げ落ちる。

 

 

「あぶないっ!」

 

 

 転げ落ちる前に、左腕を強く引かれた。高い声と掴まれた左腕の痛みに、飛ぼうとしていた意識が覚醒し、なんとか池への転落は避ける。かわりに腕を引いた誰かの影が間近に迫り、衝突は避けようとして、だが避けられず抱きつくような形になった細い影ともんどりうって芝生の上に転がった。

 

「大丈夫ですか! 怪我は!?」

 

 柔らかい芝生とはいえ、打った後頭部が痛む。だが頭の後ろ側が痛むということは、レーベンを助けた誰かを下敷きにすることだけは避けられたらしい。その誰かは既に起き上がり、仰向けになったレーベンに声をかけ続けている。視界は未だ霞がかっており、朝霧と夜明け前であることもあって顔はよく見えない。

 

「……あぁ、すまない、ありがとう」

「まだ起きないでください。いま誰か人を……」

 

 正直このまま寝てしまいたいぐらいだったが、寝転んだまま礼を言うわけにもいかない。レーベンでもそれぐらいの礼節は弁えている。だが起き上がろうとする体を華奢な手が押し留め、その手の感触と、目の前で揺れる真っ白な髪に、今度こそレーベンの意識が完全に覚醒した。

 

「き、こう」

「医療棟はどこだっけ……。ああもう聞いておけばよかった!」

 

「私の馬鹿!」と焦ったような小声を漏らしている誰か――シスネは、介抱している相手が誰なのか気付いていないようだった。まるで見たことのない不安そうな表情を浮かべながら、落ち着きなく辺りを見回している。

 

「医療棟は、あっちだ」

「分かりました! すぐに戻りますから、うごか、ない、で……?」

 

 普段のレーベンなら余計な悪戯のひとつでも仕掛けるところだったが、さすがに今その余裕は無かった。だが何かするまでもなく、シスネの黒い瞳がレーベンの顔に焦点を結び、そして固まった。

 

「……」

 

 さっきまでレーベンを介抱していた慈悲深い聖女はどこにいってしまったのか。今やシスネの瞳は池の水のように冷たい。だがその手が、上着を脱いだままのレーベンの胸――つまりはむき出しの胸板に置かれていたことに気付くと、ぶわっと顔を赤くした。おそらく反射的に振り上げられた平手にレーベンも反射的に身構えるが、頬を打たれることはなかった。明らかに本調子でない相手に平手打ちを見舞うのは気が引けたのか、手を下ろしたシスネが立ち上がる。

 

「……人を呼んできますから、そこで大人しくしていてください」

 

 だからついてくるなと、言外にそう言っているような声。故に、軋む体に全霊を注いでレーベンは立ち上がった。足早に医療棟へと向かうシスネの後を追い、こちらを見ないまま足を速める華奢な背に追いすがる。

 

「いや、本当に助かった。礼を言う」

「あなただと分かっていれば助けませんでしたが」

 

 まさかの特別扱いであった。内心で膝をつき両腕を広げながら天を仰ぐレーベンを引き離さんと、ほとんど小走りになったシスネが上ずった声で続ける。

 

「だいたい、なんで、また、裸なんですかっ」

「服を着れば今ここで貴公が介抱してくれるだろうか」

「そういう、問題じゃ、ないでしょうっ」

「ところで貴公、膝枕というものを知っているだろうか」

「……元気そうですね?」

 

 怒りが裏返った末の、笑いを含んだような声。振り向きざまの平手が直撃し、レーベンが池に転落する水音が早朝の中庭に響いた。

 

 

 ◆

 

 

「おはよう貴公ら、今日も空が綺麗だ」

「いきなりどうした」

「……ぁー、ぇー」

 

 既におはようという時間ではない昼下がり。閑散とした食堂を訪れたレーベンを出迎えたのは、疲れ果てた顔のライアーと、変わり果てた姿のカーリヤであった。特にカーリヤはボサボサに乱れた金髪といい、青白い顔といい、色気の欠片もない野暮ったい寝間着といい完全な別人であった。昨夜に見た、あどけない少女のような姿ともまた異なる姿。要するに二日酔いである。

 

「聖女カーリヤは三人いるらしい。羨ましいことだ。炸裂弾をやるから爆発したまえよ」

「また変な薬でもキメたのか?」

「ぃー、ぅー、ぇー……」

 

 机に突っ伏して意味不明な言葉を漏らしているカーリヤを後目に、パンとスープとサラダとベーコンとチーズとその他諸々を盆に乗せられるだけ乗せて席に着く。いつになく空腹を覚えていた。

 

「……お前、何かあったか?」

「ぉー……、ぁー……」

 

 かきこむように食事を始めるレーベンを見て、ライアーが心配そうな顔を向けてくる。ひどく世話焼きなこの男は、魔女狩りの後はほとんど何も口にしないレーベンのことも気にかけていたのだろうか。精悍な顔に浮かんだ濃い隈からも、昨夜から寝ずにカーリヤを介抱していたことは容易に想像できる。当の聖女は、目の前に置かれた大量の食事に顔を青くしていたが。

 何があったか。思い出すのは、白い髪、黒い瞳、赤い顔。そして慈悲深い聖女の姿。未だに左腕は痛み、抜けきっていない薬が体を重くしているが気分だけは晴れやかだった。珍しく食欲もある。

 

「シスネに殴られて池に落ちた」

「それで元気になるお前と友人(ダチ)を続けるべきか一度考える必要があるな」

「……、ぉぉぅ……っ!」

 

 カーリヤの口から危険な声が漏れた。ばっ、とライアーと共に首を巡らせると、蒼白な顔で口を抑えている聖女。ライアーと目が合う。目配せは一瞬。

 

「池だ。池に行こう」

「無理だっての! 桶だよ桶もってこい!」

「――っ! ――――っ!」

「カーリヤお前ほんと勘弁してくれよ頼むから!」

「これは無理かもしれないな」

 

 

 

 旧聖都ポエニスの教会には、変わり者の騎士がいる。

 どの聖女とも適合できず、だが騎士を続け、独りで魔女を狩り続ける、変わり者。

「聖女なき騎士」レーベン。未だ彼の隣に立つ聖女はいない。

 今は、まだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

魔女狩り聖女

Witchhunt Saint -Prequel-

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから池に行こうと言ったんだ」

「うるせえ、黙って手ぇ動かせ」

「ほんと、ごめん……」

 

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