魔女狩り聖女   作:甲乙

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あなたに捧げる辱め

 夜の聖都、海沿いに建つ診療所の中でレーベンは途方に暮れていた。

 

「じゃあ、順に紹介するわね」

 

 シスネに似た女が、大きな腹を抱えながらさも楽しそうに言う。

 

「祖父のロシノル」

「また会ったね、君」

「祖母のグースィ」

「ご遠慮なさらず」

「父のパロット」

「会えて嬉しいよ」

「母のメーヴェ」

「堅苦しいのは無しだよ!」

「長男のサラベイ」

「……よろしく」

「次男のエンテ」

「うっす!」

「三女のコトラ」

「……、……っ」

「そして、あたしが長女のウルラよ」

 

「……」

 

 レーベンは頭痛を堪え、隣のシスネがげんなりと溜息をつく。

 

「……良いのですよ、無理に覚えなくても」

「で、そこの乳なしが次女のシスネ。もう知ってるだろうけど! あっはっは!」

「姉さんは黙っててよもうっ!」

 

 シスネとシスネに似た女――ウルラがぎゃあぎゃあと喧嘩のようなことを始める様を眺めつつ、レーベンはまた左手を額に当てた。

 このような事態となった原因は夕方まで遡る。

 

 

 ◆

 

 

「あなたの望むことなら、何でもします」

 

 聖都の路地裏、いつの間にか意識を失くしていたレーベンが再び目覚めた時、開口一番にシスネはそう言った。朦朧としていた意識も一瞬で覚醒するというものである。もしくはまた気絶しそうだった。

 

「私はそれだけのことをしてしまいました。何でもしますし、何をされても抵抗しません」

「待て、落ち着け、落ち着いて待とう」

「あなたこそ落ち着いては?」

 

 彼女の膝から頭を上げ、軋む体を動かして身を起こす。ぐらぐらと揺れる頭は立ち眩みのせいだけではないだろう。対してシスネはといえば、いつもの澄まし顔で正座している。

 

「……あまり、そういう事を言うものではないだろう」

「どういう意味ですか?」

 

 座りこんだまま後退ると、彼女は正座したまま器用に距離を詰めてくる。狭い路地裏でのこと、レーベンの退路はすぐ建物の壁に塞がれてしまった。

 

「誤解されると言っている」

「誤解とは?」

 

 シスネは更に迫ってくる。間近になった黒い瞳は危うい光を放ちながらもどこか虚ろで、つまりは自棄になっているように見えた。白い手が、いっそ蠱惑的な動きでレーベンを壁に押し付けてくる。

 

「償いたいのです」

「あなたのことは嫌いですが、それとこれとは話が別」

「拷問でも強姦でも、好きなだけどうぞ」

 

「…………」

 

 シスネは特別に美人というわけではない。顔立ちこそ整っているが、華というものが決定的に欠けている。加えて、元より華奢だった身体も今は更に痩せており、やつれていると言った方が正しいほど。カーリヤのように万人を魅了する美しさは持っていない。

 だが忘れてはならない、レーベンは彼女に惚れている。

 初めて会った月夜、そしてその夜明けの中で見た彼女の姿。白い髪、黒い瞳、灰色の装束。まるで白黒画から這い出してきたかのような女。陰鬱な雰囲気がそれに負の華を添えた、病んだ美しさ。退廃的で、背徳的で、厭世的な。つまるところ、レーベンにとって彼女は誰よりも美しい。

 だからこそ。

 

 ――勘弁してくれ

 

 正直なところ自制することで精一杯だった。惚れた女が、誰よりも美しいと思う女が、好きにしろと迫ってくるのだ。飢え切った末に、目の前に毒入りの料理でも並べられたかのような悪夢。手を付ければ終わりだと分かってはいても、それを堪えられるかどうかはまったく別の話だ。

 レーベンの葛藤などどこ吹く風とばかり、シスネに左手を取られる。

 

「さあ」

 

 手を導かれた先は、白い首筋。上まで締められていた襟は既に胸元まで寛げられていた。己よりも格段に細いそれは容易に縊ることができそうで、澄ました表情とは裏腹に高く脈打っている。

 

「――」

 

 ぐらりと視界が揺れた気がした。

 レーベンがシスネに触れたことなど数える程しかない。それも大抵は魔女狩りの最中でのことで、互いに気にする余裕など無かった。今日はやけに甲斐甲斐しく世話を焼いてくるせいでその手に触れることは多かったが、それすらも意識しない為に相応の苦労を強いられていたのだ。そこにいきなりこれである。

 耐えられるはずも、なかった。

 

「――っ」

「――ぁ」

 

 小さな二つの呻きが重なる。

 レーベンは己の内で破裂した衝動が何であるのかも理解できないまま、彼女の首に爪立て。

 シスネは色を変えた彼の目を見返しながら、黒い瞳をすと歪め。

 

 

 カア、と(カラス)が鳴いた。

 

 

 シスネの首を絞める寸前とも体を押し倒す直前ともつかない体勢のままレーベンは固まっていた。己を見つめる黒い瞳は、恐怖とも喜悦とも侮蔑ともつかない光を放っている。

 見上げた鴉は二人を嘲笑するかのようにもう一度鳴いたあと、今度こそ夕焼けの空へと飛び去って行った。

 

「……、……何でもすると言ったな」

「……はい」

 

 シスネの首に手をかけたまま、だが力は込めずに言う。彼女はレーベンの左手首を掴んだまま、だがそれ以上なにかをするでもなく答える。

 

「二言はありません」

「あなたは聖都の生まれだったな」

「? はい」

「家族との仲は良いのか」

「……悪くはない、と思います、けど」

 

 受け答えする内にシスネの顔が青褪めてきた。それが何故なのかはレーベンに理解できない。己は家族というものを知らないのだから。

 彼女の表情も己の疑問も差し置いて、レーベンは「要求」を告げる。

 

「あなたの家族に、会ってみたい」

 

 シスネの顔に、かつて見たことのない表情が浮かんだ。

 

 

 ◆

 

 

「……でかいな」

「はい、そうですね……」

 

 日が沈み切る前になんとか目的地に着くことができた。聖都の西方、漁船らしき船が何隻も停泊している港からもほど近い海沿いにその建物――シスネの生家はあった。

 聖都の建物はどれも大きかったが、その中にあっても更に大きな一軒家。窓の数も異様に多く、その列は三段。つまりはなんと三階建てであった。ポエニスでも三階建ての建物など教会の本棟ぐらいしか無かったというのに。

 だがそれはただ豪勢なだけの屋敷ではない。その大きさも部屋数の多さも必要あってのものだということを、正面玄関に掲げられた看板が高らかに示している。

【ロシノル診療所】

 それがこの建物の名前だった。

 

「あなたは医療者の家系だったのか」

「はい、そうですね……」

 

 心ここにあらずといったシスネに対して、レーベンはいくつも腑に落ちていた。彼女の持つ本格的な医療道具も知識も技術も、すべてこの家を見れば納得というものだった。あとついでに薬への厳しさも。

 

「ロシノルとは創設者の名前か?」

「はい、そうですね……」

「大丈夫か?」

 

 路地裏からここに来るまでの間、シスネはどうにも様子がおかしい。……そもそも今朝がたに再会してからというものずっと様子はおかしかったのだが、今は特におかしかった。おかしさの方向性は違ったかもしれないが。

 

「あなたやっぱり本当は私のことを恨んでいるのでしょう? だからこんな惨い仕打ちをするのですよね? たしかに拷問でもなんでもしろとは言いましたがこれはあんまりではないですか。そこまで私を辱めたいのですか。本当に最低です。やっぱりあなたは穢い人です。すこしだけ安心しましたとも、えぇ」

「お、おう……?」

 

 何処ぞから飛んできた珍鳥のように同じ台詞を繰り返しているかと思えば、俯きながらぶつぶつと呪詛じみた愚痴をレーベンに聞かせてくる。暗がりの中、垂れた白髪から覗く瞳は黒々と輝いており非常に怖い。だが美しいとレーベンは思った。

「シスネの家族に会ってみたい」

 あの土壇場で咄嗟に思いついた適当な要求だったが、だからこそ己の胸の内にあった欲求だったのかもしれない。レーベンにも二人の友人にも、もう家族はいなかったのだから。

 

「今からでも考え直しませんか。この際もう爪を剥がしても脇腹を触っても構いませんから」

「なんだか分からんが申し訳ない」

 

 それにしても、他人を家族に会わせるということはそこまで苦痛を伴うものなのだろうか? 家族のいないレーベンには分からない。彼女を徒に傷つけることも辱めることも本意ではなかったのだが。

 シスネは更に何かぶつぶつと自分を奮い立たせるようなことを呟いた後、意を決したようにレーベンの手を引いて歩き出す。立派な玄関の前に辿りつき、震えてすら見える手で真鍮製のドアノッカーをゆっくり三度、打ち鳴らした。

 程なくして、ゆったりとした足音が近付いてきた後、(かんぬき)を外す音と共に内側から扉が開かれる。開かれながら、中から出てきた人影は落ち着きのある女声でレーベン達に告げた。

 

「ごめんなさい、今日はもう休診なの。もし朝まで待てないなら裏口の方か、ら……」

 

 休診を詫びる声は尻切れに消え、声の主は目と口を大きく開いたまま固まってしまった。その原因は右目と右腕を失くしたレーベンの姿ではなく、扉の前に立つシスネの姿であるようだった。

 

「…………シスネ?」

「た、ただいま……」

 

 絞り出すような口調で女性がその名を呼び、シスネも引きつった顔で帰宅を告げた。二人が共に固まってしまい、ひとり残されたレーベンは女性の姿を観察する。

 ゆるく編まれた赤毛の三つ編みと、見開かれた茶色の瞳。三十路に到るかどうかの年延(としば)え。温かみのある色彩の女であったが、誰かに似た面影もある。

 ゆったりとした衣服に包まれた体は腹部が膨らみあがっており、だがそれは肥満によるものではない。その身に新たな生命(いのち)を宿している証だ。

 母親という歳には見えない。ならば彼女はきっと、シスネの姉なのだろう。その姉の目がようやくレーベンの姿を捉え、数泊の間を置いた後で高らかに声をあげた。

 

「ちょっとみんなぁ! シスネが男を連れ帰ってきたわよ――っ!」

「なぁ!? ちょ――!」

 

 どよっ、と。扉の向こう側からいくつもの声が聞こえる。レーベンはそれらの声の主たちが続々と近付いてくる気配を感じながら、隣に立つシスネが真っ赤な顔でばたばたと両手を振る姿を眺めていた。

 

 

 ◆

 

 

 レーベン達が通されたのは、居間というにはいささか広すぎる部屋だった。ポエニスの教会の広間ぐらいはあるのではないだろうか。三人は腰かけられそうな長椅子がいくつも並んでおり、ここは診療所の待合室なのかもしれない。

 

「じゃあ、順に紹介するわね」

 

 シスネに似た女――シスネの姉が、大きな腹を抱えながらさも楽しそうに言う。そして順に紹介される、彼女の家族たち。シスネの祖父、祖母、父、母、姉、兄、弟、妹……。

 

「……多いな」

「ほっといてください……」

 

 断じて貶してはいないのだが、当のシスネは唇を尖らせていた。彼女に家族が多いらしいことは知っていたが、まさか三世代の五人兄弟姉妹とは。いきなり八人分もの名前を突きつけられて、賢くもないレーベンの頭は既に限界である。

 そんなレーベンに、長女ウルラが悪戯っぽい笑みを浮かべながら近付いてくる。その手には小さな幼子が掴まっていた。……三世代でもないらしい。

 

「あとこの子がシュカ。それで今お腹にいる子なんだけど、もし男の子だったら――」

「…………」

「姉さん、姉さん。そんなに一気に覚えられないから」

 

 長女ウルラと、その息子シュカ。つまりはシスネの甥。ぶつぶつと名前を呟いているとシスネが助け船を出してくれるが、それもあえなく沈没することとなる。

 

「“姉さん”? なんでいつもみたいに“お姉ちゃん”って呼んでくれないの?」

「~~~~!」

 

 シスネは表情を変えないまま顔だけを真っ赤に染める。そのままふるふると震えながら姉を睨みつけていた。対してウルラは楽しくて仕方がないと言った顔だ。家族仲は悪くないとシスネは言っていたが、成程たしかに仲は悪くないように見える。ウルラから悪意は感じられず、親愛が故の揶揄いというものだろう。……シスネがどう思っているのかは別として。

 

「俺は誰か覚えてます?」

「ちょっと! エ……んん――っ!?」

 

 長女の悪戯に便乗したように、赤毛の青年がひょこりと顔を出してくる。たしかシスネの弟だったが彼女とはあまり似ていない。むしろウルラとよく似ていた。

 彼の悪戯を咎めようとしたらしいシスネは、だがウルラに羽交い絞めにされた挙句に口を塞がれる。ついでのように脇腹を弄られている様から目を逸らし、レーベンは青年を目を合わせた。

 

「たしか、エンテさん……だったか」

「正解! あと呼び捨てで良いっスよ。あんたの方が年上っしょ」

 

 親しげに笑う次男エンテ。差し出された左手を握り返すと、白い歯を見せながら更に笑みを深めた。ずいぶんと陽気な青年だが、レーベンの傷を見ても動じない。さすがは医療者の家系ということだろうか。

 

「つーかさ、つーかさ! あんたこそシス姉とどういう関係なんスか?」

「……あぁ、失礼をした」

 

 見たこともないような大家族に呆気にとられていたが、最初に名乗るべきは己だったのだ。至極もっともな疑問に頭を下げると、こちらを見つめる二十もの瞳と目を合わせる。

 

「俺はレーベンと言います。ポエニスの元騎士で、シスネ……レインさんの同僚でした」

 

 一瞬、場の空気が変わった気がした。

 ウルラに羽交い絞めされたままのシスネが、居たたまれなさそうに瞳を床に向けている。いつの間にか肩を組んできていたエンテからも「あぁー……っスか」と曖昧な声が漏れた。

 

「騎士か。……道理で」

 

 ぼそりと響いた、固く冷たい声。左目を向ければ、レーベンを取り囲む輪から外れた壁際に佇む男性がこちらを見据えている。

 男性は、この場でもっともシスネと似ていた。中性的な顔立ちと特徴的な白髪もそうだが、レーベンを拒絶するような雰囲気が何よりも彼女を彷彿とさせるのだ。ポエニスでは珍しい装身具――眼鏡を通した眼光は、腐っても客人のレーベンに向けるには鋭すぎる。

 

「ちょっと、サラベイ」

 

 シスネを抱えたままのウルラが咎めるように彼の名を呼ぶ。眼鏡の男――長男サラベイは両目を伏せた後、だが何も言わずに廊下の奥へと消えていった。

 広間に沈黙が漂う。去っていった長男(サラベイ)の後ろ姿に長女(ウルラ)次女(シスネ)が沈痛そうな眼差しを向け、その二人の陰に隠れるようにして三女(コトラ)だけがレーベンを見ていた。

 

「――はい、やめやめ!」

 

 よく通る声と、打ち鳴らされる掌の音が広間に響き渡る。ドスドスと力強く歩み出てきた女性はシスネと同じ白髪で、だがその横幅はシスネの倍以上はありそうな恰幅。

 

「若いもんが辛気臭い顔してんじゃないよ! えぇコラ!」

「痛えよ! なんで俺!?」

 

 ズパーン! と何故か尻を叩かれて飛び上がる次男(エンテ)。その悲鳴と抗議を呵々(かか)と笑い飛ばすと、恰幅の良い女性はずずいとレーベンと距離を詰めてきた。暗がりの中でも輝く茶色の双眸がレーベンを見下ろす。なんとこの女性、レーベンよりも長身であった。

 

「メーヴェだよ! このガキ共の母親さ! あとこれが旦那のパロットさね!」

「やあ、よろしく」

 

 縦にも横にも大きく、ついでに声まで大きな母親メーヴェ。そのメーヴェから人形でも扱うように引っ張り出されたのは、ひょろりとした赤毛の男性。長男(サラベイ)と同じ眼鏡の奥からは、黒い瞳が柔らかな視線を向けてきていた。シスネの瞳の色は父親譲りらしい。

 色々な意味で対照的な夫婦に圧倒されていると、更に二つの影がゆったり近付いてきていた。

 

「また会ったね、君」

「……お、」

 

 若かりし頃はさぞ女から持て囃されたであろう、彫りの深く整った顔立ち。老いを感じさせない引き締まった体型の老紳士と、その隣で上品に微笑む白髪の老女。見間違えようもない。三日前に出会った老夫婦がそこにいた。

 

「改めて名乗ろうか。私はロシノル、そして妻のグースィだ」

「どうも、孫がお世話になっております」

 

 祖父ロシノルと、祖母グースィ。近くで見れば、双方ともに理想的な老い方をしたような男女だった。そして「ロシノル」とはつまり、この診療所の創設者なのだろう。

 

「こちらこそ、聖都に来て右も左も分からない有様でしたので」

「そうかそうか。それで、大聖堂には行けたのかね?」

「……えぇ、まあ」

 

 大聖堂で何をしてきたのかまで言うわけにもいかず、適当に言葉を濁す。だがレーベンの顔にも服にも血の跡がついたままなのだから、碌でもないことをしてきたことは見抜かれていそうだ。

 話を逸らすべきかと周囲を見回し、相変わらず揉み合っているシスネとウルラの陰に隠れた双眸と目が合う。だがその持ち主はサッと二人の陰に引っ込んでしまった。

 

「彼女は?」

「ん? 珍しいな、どうしたのだねコトラ」

 

 祖父に声をかけられた小柄な影――三女コトラ。極度な人見知りなのかと思えば、どうもそうではないらしい。

 

「ほーら、何してんの」

「! ……っ」

 

 羽交い絞めしていたシスネを放りだしたウルラが、今度は自分の陰に隠れている三女(コトラ)を引っ張り出す。更に面白そうな顔をしたエンテもそれに加わり、コトラがレーベンの前まで連行されてきた。

 白髪の華奢な少女だった。シスネの瞳を茶色にして幼くすればこのような姿になるかもしれないが、雰囲気はまるで違う。レーベンを見上げる瞳はキラキラとどこか異様な光を放っており、その目を見返していると朱の差していた顔が更に真っ赤に染まった。

 

「……?」

「え? あんた……本気(マジ)?」

「ちょ、おまえ、本気(マジ)で?」

 

 コトラの異様な反応に首を傾げていると、ウルラとエンテは何かを察したようだった。どちらも半笑いのような表情に冷や汗を流しながら、レーベンとコトラの顔を見比べている。

 いったい何事かと佇むレーベンを押しのけるようにして、解放されたシスネがつかつかとコトラへと歩み寄る。その細い肩をがっしりと掴んで、

 

「駄目よコトラ考え直しなさいねえ本当にお願いだからこの人だけは本当にやめた方が良いのよ絶対に後悔するわ何か悩みがあるならお姉ちゃんが聞いてあげるから」

「おい」

 

 ひどく必死な様子で三女(コトラ)を説得し始める次女(シスネ)。ここまでされてコトラの反応の意味を察せられないほどレーベンも鈍感ではなく、だがそんな経験とも無縁だったのは確かだ。

 正直なところ、こんな男に惚れるのはやめた方が良いとレーベン自身も思う。シスネにがくがくと揺らされながらも己を捉えて離さない眼差しから目を逸らしていると、両脇をウルラとエンテに固められた。

 

「すげえ、コルネイユみてえ」

「で、どっちにする?」

 

 兄弟姉妹の中でも、この赤毛の二人は特に気が合うのだろうか。レーベンに対しても出会って半時間と経っていないというのに、まるで昔ながらの友人であるかのように親しげであった。

 だがレーベンはかの大騎士のように九人もの相手を平等に想えるほど器用ではなく、ウルラからの問いにも答えを迷う必要はない。

 

「では、シスネで」

 

 ダッ! とコトラが廊下の奥へと駆けていく。その軌跡に(きらめ)いて見えたのは涙の粒であっただろうか。その際に突き飛ばされたらしいシスネがそのまま床に突っ伏し、ぶるぶると震えたまま起き上がろうとはしなかった。白い髪から覗く耳は赤い。

 

「若いとは良いなぁ」

「僕はちょっとコトラを見てくるよ」

「ようし! 晩飯を作り直すよ! 手伝いな!」

「へいへい」

 

 順にロシノル、パロット、メーヴェ、エンテ。グースィはにこにこと上品に微笑むばかりで、ウルラはひいひいと大きな腹を抱えて笑っていた。シスネはまだ起き上がらない。

 そうこうしている内に皆が食卓があるらしき部屋へと消えていき、広間にはレーベンとシスネのみが残された。

 

「これで、満足ですか……」

 

 突っ伏したままのシスネがくぐもった声をあげた。その傍らにしゃがみ込み、床に垂れた白髪を背中へと乗せながら答えを考える。

 レーベンは元よりシスネを恨んではいない。傷つける気も辱める気も無い。だが彼女は何故かそうされることを望んでいるようで、だが今こうして恥辱に打ち震えてもいる。己は馬鹿なのだと思うが、彼女の面倒な性分も大概だとレーベンは思う。

 ならばもう、何も考えずに答えるしかないのだろう。

 

「あぁ、満足だな」

「……それは良かったです」

 

 やっと身を起こしたシスネの顔は赤く、今朝に再会した時からもっとも顔色は良く見える。黒い瞳は涙に潤み、強い光でレーベンを睨んでいた。その瞳も、レーベンの心を掴んで放さないのだ。

 

「あなたがそうやって、恥じらいながら怒っている姿が特に」

「変態」

 

 吐き捨ててから脇腹を小突かれ、立ち上がったシスネは靴音を響かせながら大股で去っていく。

 レーベンは穏やかな心地でそれを見送ってから、壁に手をつきながら後を追いはじめ、すぐに戻ってきたシスネに左手を引かれて歩き出した。

 

「やっぱり、あなたは穢い人でしたっ」

「それは誠に申し訳ない」

 

 ふん、と。鼻息を漏らしたシスネは空いた左手で髪をかき上げる。

 白く、長く、真っ直ぐな、美しい白髪。

 

「“白髪の聖女は、良い聖女”」

「何か言いましたか?」

「……いや」

 

 それが本当であろうと、なかろうと。

 彼女が聖女であろうと、なかろうと。

 この先、己の生きる道があろうと、なかろうと。

 そこに彼女の姿はきっと無いのだとしても。

 

 

 ――あなたに会えて、良かったな

 

 

「元気になって、何よりだ」

「……馬鹿」

 

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