ミラの朝は早い。
カーテンにいくつも開いた穴から差しこんでくる朝日を顔に浴びたミラは、すぐに大きな目をぱちりと開く。隣で寝ている小さい子を起こさないようにそっと掛布から抜けだして、三段
孤児院の庭にある井戸から水を汲んで、顔と髪の毛を洗う。ぷるぷると頭を振って水を飛ばす頃になってようやく、教会の朝の鐘がポエニスに響きわたった。
今日もミラの勝ちだ。教会のある方にベッと舌を出してから、朝の日課に取りかかる。
ガリガリ、ガリガリ、と。木の枝で地面の土に文字を書く。何度も何度も、いくつもいくつも、同じ文字を書いていく。もうボロボロになった古い教本に書かれたお手本とにらめっこして、おかしな形になっていないか気をつけながら。
ミラは字が読めないし、書くこともできない。まだ姉が生きていた時にすこしだけ教えてもらったことがあったけど、それももう何年も前の話だ。結局まともに字を覚える前に姉は魔女になって、父といっしょに森の中へと引っ越した。あそこでの暮らしで字を勉強する余裕なんてあるわけも無かったし、ミラもそれが必要だとは思わなかった。……ずっと、あそこで生きていくものだと思っていたから。
「……おっと」
考え事をしていたら文字が変な形になっていた。ぐりぐりと手で土を戻してから書きなおす。
今はあの頃とは違う。ミラは街で暮らしているし、父とはまだ会えないし、姉はもういない。そして何より、ミラにはやりたい事があって、その為にやらないといけない事も山ほどあるのだ。
字の勉強もその一つ。まず字を読めないと本が読めないし、字を書けないと勉強もできない。本をたくさん読んで勉強しないと、お医者さんにはなれない。お医者さんにならないと同じ孤児院の子たちを診てあげられないし、魔女になった人を治すこともできない。
ミラはまだ子どもだけど、きっとすぐに大きくなる。無駄にする時間なんて無い。ミラは忙しいのだ。
百個ぐらい字を書いた頃、裏口の扉が開く音が聞こえた。
「おはよう、ミラ。今日も早起きね」
「おはよ、先輩」
出てきたのは年上のお姉さん。ミラより何年か前に孤児院に来た人で、だからミラの「先輩」だ。他の子供たちは「お姉ちゃん」って呼んでいるけど、ミラはそう呼ばない。
ミラの「お姉ちゃん」は、一人だけ。
「髪はちゃんと乾かした? 編んであげようか」
「いい」
髪の毛なんてほっとけば乾くし、もう自分で束ねている。首の後ろで適当に結んだだけだけど、ミラはこれが良いのだ。簡単で楽だし、そして「聖女さん」と同じ髪型だから。
「ダメよ」
でも、ぴしゃりと先輩から厳しい声が飛んでくる。思わず字を書く手も止まってしまった。
「お医者さんになるんでしょう? じゃあ、ちゃんと身なりも綺麗にしないと」
「……ん」
そう言われればそうだ。ミラだって、髪の毛がボサボサなお医者さんになんて診てもらいたくない。
渡された布切れと櫛を使って、髪の毛を整える。先輩もそれを手伝ってくれた。でも髪型はそのままにする。先輩の言うことは聞くけど、ミラにも譲れないものはあるのだ。
※
「「「いただきまーす」」」
日課の勉強が終わったら、みんなで朝ご飯。もちろん、みんなで用意したものだ。ミラにまだ料理はできないけど、食器を並べたりはできる。
今日も昨日と同じ、薄くて固いパンと具の少ない野菜スープ。正直ものたりないけど、仕方ないことだ。よく噛んでゆっくり食べる。
父と森で暮らしていた頃は、こんなご飯ですら食べられなかった。小さなイモだとか、ミラが採ってきた食べられる草だとか、父がたまに獲ってきた鳥の肉だとかを適当に焼いて食べていた。それだって無い日もあったけど、父は必ずミラにだけは何か食べさせてくれた。
「つらいか?」ってよく聞かれた。ミラはだいたいのことは我慢できたけど、たまに我慢できないこともあったから、首を縦にふる時もあった。
「街に行くか?」って、そういう時は聞かれた。でもそれはつまりミラ一人だけがどこかの街の孤児院に行くってことだったから、首を横に振った。
おかしくなっていても父はミラのお父さんだったし、魔女になっていても姉はミラのお姉ちゃんだったし、どんなに狭くて汚くて寒くても、あそこはミラの家だったから。
「「「ごちそうさまー」」」
食べ終わった食器をみんなで片付けていると、玄関の扉が叩かれる音が聞こえた。呼び鈴なんて上等な物は無いから、つまりはお客さんだ。大人の先生が玄関で何かを受け取って、まっすぐミラの所までやってくる。
「はい、これはミラに」
「!、んっ」
手紙だった。ミラに手紙を出す人なんて一人しかいない。すぐにでも開けて読みたいけれど、ミラにはそれができないのだ。
「……先輩」
ミラが覚えた字は十個もない。手紙を読むにも、誰かに読んでもらわないといけない。でも、それだって簡単にはいかない。
「ごめんね、もう行かないと」
「……ん」
先輩はお仕事へ行く時間だ。先輩だってまだ大人と呼べる歳じゃないけど、働けるようになったら働かないといけない。ミラだって、他の子たちだって孤児院の中の仕事を手伝っている。ただ食べて遊ぶだけの子どもを置いておく余裕なんて、ここには無い。
それが分からないミラじゃない。それも分かった上で、教会の孤児院から出てきたのだ。
「いってらっしゃい」
「夜になったら一緒に読もうね」
「ん……」
だから、はやく字を覚えよう。そうすれば自分で手紙を読める。返事だって自分で書ける。先輩の時間をもらうことも無いし、先輩の代わりにミラが他の子たちの読み書きをしてあげられる。
その為には字の勉強をする時間が必要で、自分の時間が欲しかったら仕事をはやく終わらせないといけない。手紙をポケットにしまったミラは、足早に自分の仕事場へ向かった。
掃除と洗濯は終わった。今日の最後の仕事はお使いだ。最近、ミラがよくお使いを任されるようになったのには理由がある。
「本当に大丈夫? 忘れない?」
「ん!」
食べ物や薬の買い物が何件かに、嫌だけど教会に手紙も持って行かないといけない。何を何個どこの店で買うのか、他の子みたいに紙きれに書く必要はない、ミラはぜんぶ覚えられる。それは最近になって気付いたミラの得意技だった。
「いってきます!」
お金と手紙を大きなカバンに入れて、ミラは街の中へと出た。
※
買い物はちゃんと間違わずに買えた。残るは教会だ。でもミラはなかなか教会の入り口を通ることができないでいた。
――なんだろ、あの人
理由は、変な人がいたから。
入り口からすぐの所で、一人の大人が寝そべっていたのだ。今日も天気は晴れ。ポカポカと暖かそうな芝生の上で大の字になっている。
――寝てる?
その大人――たぶん男の人は死んでいるのかと思ったけど、胸が少しだけ上下に動いている。ただ寝ているだけだった。仕事もしないでお昼寝なんてイイゴミブンだなと思いながら、ミラは忍び足で男の人の傍を通る。元々、教会の人とあまり関わりたいとは思わない。変な人なら尚更だ。
でもその時、風がミラに意地悪をした。
「あ!?」
急に吹いた強い風。ミラの長い髪が暴れて前が見えなくなって、元から重い荷物を担いでいた体がよろめく。そして、ポケットから顔を出していた手紙が飛ばされてしまった。
「――んぁ?」
でも幸か不幸か、手紙が遠くへ飛んでいってしまうことはなかった。手紙は狙いすましたみたいに、昼寝中の男の人の顔に貼りついたのだ。
いろいろな意味で顔を青くしたミラの目の前で、男の人がむくりと起き上がる。貼りついたままの手紙を大きな手がゆっくりと引っぺがして、その顔が明るい陽射しにさらされた。
「……っ!」
悲鳴はなんとか堪えた。
その男の人には、目が無かった。もっと正確に言えば、目を汚れた包帯でぐるぐる巻きにしていた。何日か前に会った「騎士さん」と同じだったけど、あの人は右目だけ。でもこの人は両目だ。
髪の毛は黒と白がごちゃまぜになっていて、遠くからなら灰色に見えたかもしれない。同じ色の髭がモジャモジャ生えていて、口はほとんど見えなかった。
着ている服は変な柄なのかと思ったけど違う。元がどんな色なのか分からないぐらいに汚れているのだ。はっきり言って、すごく汚い。あとすこし臭い。
「……?」
男の人は、手に持った手紙を見ながら首を傾げている。目を両方とも包帯で塞いでいるのに、本当に見えているのかミラには分からない。もし、紙クズか何かだと思われたりしたら……。
「あ! ……の」
「うん?」
ぐるりと、包帯で塞がれた目がミラの方を向く。目の無い視線を向けられて勇気が萎みそうになった。
ミラは覚えることは得意だけど、喋ることは苦手。「聖女さん」や「騎士さん」となら何でかスラスラ喋られるのに、他の人が相手だとてんで駄目だった。お医者さんになるなら、それも直さないと駄目だって先輩から言われているけど、それもまだ練習が足りていない。
「それ、あの、返し……」
「んん? あぁ、これかい」
男の人は怒ったりすることもなく、ただ手紙をミラに返してくれた。そのまま何を言うでもなく昼寝を再開するみたいに寝転んで、ミラも小声で「ありがと」とだけ言って立ち去ろうとした。
立ち止まったのは、男の人の周りにたくさんの本が散らばっていたから。表紙に書かれている題名は読めなくても、それが絵本や英雄譚みたいな本じゃないことは分かる。思わず、ミラは声をかけてしまった。
「おじさん、お医者さんなの……ですか?」
「……すこし違うね。ワタシは技術者さ」
だらしなく寝転んだまま、その変なおじさんは答える。「まあ医療も齧ってはいるがね」と言いながら、本の一冊を手渡してきた。ズシリと重くて分厚い本。パラパラと
「読んでいても構わないよ。ワタシはもう少し寝ているからね」
「……よめない」
ミラの小声に、おじさんが顔を向けてくる。本当に見えているみたいな動きだった。
「わたし、字よめない」
「……でも医療に興味があると?」
「……ん」
「それは大変だ」
馬鹿にしている口調じゃなかった。「無理だよ」と否定することも、「がんばってね」と無関心に肯定することもなく、ただ「それは大変だ」と、どこまでも真剣な答え。
「まず何よりも字を覚えないと、お話にもならないね」
「そして金だ。医学書を買うにせよ、医療学校に通うにせよ、金がいる」
「金が欲しければ働くしかないけれども、働くほど勉強する時間は減る」
「ただ生きているだけでも金はいる。何をしなくても歳はとる」
「そうこうしている内に、君はあっという間に大人になるだろうさ」
「君のその夢は、それだけ厳しい道なのだよ」
「…………」
ぎゅう、と。唇を噛みながら医学書を抱きしめる。
簡単な道じゃないことは分かっていた。叶えるのはとても難しい夢だって分かっていた。でも、こうして突きつけられると自分がどれだけ苦しい道を歩こうとしているのか思い知らされる。
やっぱり、ミラなんかには――。
『ミラは、何がしたい?』
分厚い医学書をおじさんに返して、ミラは鞄を背負い直した。はやく先生に頼まれた手紙を教会の受付に持っていかないといけないのだ。はやくお使いを終わらせて、はやく家に帰らないといけない。
ミラは忙しいのだ。遊んでいる暇なんて無い。悩んでいる暇も、泣いている暇も。
「待ちなよ」
でも、おじさんはミラを呼び止める。無視して行ってしまうのは簡単だったけれど、ミラは目を拭ってから振り返った。お医者さんになるなら礼儀もちゃんとしなければいけない。
「……なに、ですか」
「そう怖い顔をしないでくれよ。確かに時間という物は貴重だが、それでも息抜きは必要なのさ」
「だからワタシもこうして昼寝なぞしている」と続けながら、体を起こしたおじさんが隣の芝生をポンポン叩いてくる。座ってお喋りをしようということだろうか。でも。
「変な人とは、喋っちゃダメって、先生が」
「……言うじゃあないか、君ぃ」
モジャモジャの髭から引きつった口が見える。ちょっと言い過ぎたかもしれない。ミラは少しだけ反省した。
「では交換条件といこう」と、おじさんがよく分からないことを言い出す。
「ワタシの話を聞いてくれたら、君のその手紙を読んであげようじゃないか」
「……」
少しだけ考える。いつも忙しいのに、いつも優しい先輩の顔がミラの頭に浮かんだ。
「……ん」
ミラはおじさんの隣に腰を下ろした。コウショウセイリツだ。おじさんも髭の中からニタリと口を覗かせる。
「――ワタシもね、最初から技術者になろうとした訳ではないのだよ」
「元は全然違う仕事をしていてね、頭より体を使う仕事さ」
「それで……まあ、
「どうしても、やらなければいけない事ができたんだ」
「でもそれは長くて厳しい道だ。死ぬほどね」
「ワタシがよぼよぼの爺になってくたばってもまだ、届かないかもしれない」
「……」
塞がれた目を青空に向けながら、おじさんは締めくくった。話は終わりみたいだけど、ミラに何か言ってあげられるとは思えなかったし、おじさんもそんなもの最初から期待していないのかもしれない。
おじさんはそれ以上何も言わず、ただミラに手を差し出す。
「おじさん、目みえるの?」
「まあ、なんとかね。いつもはちゃんとした
よく分からないことを言うおじさんに首を傾げながら、ミラは手紙を手渡した。
それはやっぱり、父からの手紙だった。
そのほとんどはミラのことを心配する内容で、前に出した返事で教会の孤児院を出たことは書いていたから、お腹はすいていないか、風邪はひいていないかと不安で仕方ないみたいだった。
父のことは少しだけ書かれていた。最近は木を削って食器を作ったり、たまに机や椅子なんかを作ったりもしているらしい。そういう物は教会で安く売られているから、もしかしたらミラも使うことになるかもしれないと。
また手紙を出す。また会えた日、大きくなったミラの姿を見ることを何よりも楽しみにしていると、前の手紙にも前の前の手紙にも書かれていた言葉がまた綴られていた。
※
変わったおじさんと別れたミラは、足早に教会の本棟に向かった。ミラは教会が嫌いだけど、お使いはしっかりとやらないといけない。時々、灰色の服の女の人と黒い服の男の人が二人で歩いているけど、それは「聖女さん」でも「騎士さん」でもなかった。
歩きながら、ミラはあの二人の姿を探していた。
『ごめんなさい』
あの日、馬車に乗せられた父が遠くへ行くのを見送った後、聖女さんはミラに言った。見上げた姿は包帯だらけで、そんな傷だらけなのに聖女さんは見送りに来てくれた。お医者さんに怒られるから内緒にしてとも言われたけど。
いったい、何が「ごめん」なのかミラには分からなかった。それをそのまま伝えると、本当はミラたちが離れ離れにならないようにしたかったんだって、聖女さんは言った。
たしかにミラは哀しかった。寂しかった。なんで自分やお父さんばかりこんな目にって。でもミラは知っていた。この世界はいつもミラに厳しくて、たまにしか優しくしてくれないんだって。その「たまに」が聖女さん。だからミラはそう伝えて、こう言った。
『ありがとう。
でもそれを聞いた聖女さんは、なんでかすごく哀しそうな顔をした。ミラはもう泣かなかったのに、聖女さんの方が泣きそうな顔になって、ぎゅっと抱きしめられた。
「ごめんなさい」って、また謝られて。あの時きっと、聖女さんは泣いていた。
「お使い? 偉いわね。気を付けて帰るのよ」
「……ありがと」
本棟の受付の人に手紙を渡すと、かわりにアメ玉をくれた。教会からのホドコシなんていらないと思ったけど、貰えるものは貰っておこうとミラは考え直す。アメは先輩にあげよう。いつものお礼だ。
背が低くて受付に頭が届かないミラに踏み台を置いてくれたりとか、教会の人は優しい。教会のことは嫌いだけど、良い人もいる。世の中はフクザツだ。
「――い、聞いたか」
「本当に――。そんなの――」
「至急、――と騎士たちを――」
「……?」
教会には何度か来たことがあるけど、今日はやけに人が多い。それになんだか忙しそう……いや、慌てていると言った方が良いのかもしれない。いつもと違う雰囲気になんだか不安になってきたミラは、また足早に出口へと向かった。
夕日の中、ポエニスの街中を歩く。
ミラは夕日が嫌いじゃない。もうずっと前、ミラがまだ故郷の村で暮らしていた頃、夕日の中でよく姉と遊んでいたから。いなくなった母と部屋から出てこなくなった父の代わりに働いていた姉は、仕事が終わってから暗くなるまでのほんの短い時間をミラの為に使ってくれた。それがどれだけ大変なことだったのか、今なら痛いほど分かる。
その姉にミラは何も返せなかった。何も返せないまま姉は魔女になって死んでしまった。「騎士さん」たちに、殺されてしまった。
姉を殺したのは聖女さんと騎士さんとその友達と、そして父だった。聖女さんに、そう聞いた。
「恨んでもいい」って聖女さんは言った。聖女さんも騎士さんもその友達も父も、みんな恨んでいいって。でも覚えていてほしいって。みんな、誰も、ミラを哀しませたくてそうしたんじゃないって。もう、そうするしか無かったんだって。
それで納得できるほどミラは大人じゃなかったけど、聖女さんの話をまったく聞けないほど子どもでもなかった。あの時の姉はもう「お姉ちゃん」じゃなくなっていたんだって、もうどうしようも無かったんだって、ミラは少しずつ自分に言い聞かせてきた。
中央広場の真ん中、みんなが座ってお喋りしている中で、長椅子が一つだけがぽつんと空いていた。何日か前、ミラはここで「騎士さん」とばったり再会したのだ。
『俺はアレを殺す。邪魔するなら
怖い人だと思っていた。
はじめて会った夜、あの人はすごく怖い目をしながら父とミラにそう言った。あの言葉はきっと脅しなんかじゃなくて、もしあの後すぐ聖女さんが父を止めていなかったら、ミラ達は……。
だからあの人はミラにとっての教会の騎士そのもの。魔女とその家族を殺しにくる、怖い「騎士」そのものだった。
でもその人は、変わり果てた姿でここに座っていた。
鎧も騎士の服も着ていなくて、剣のかわりに杖を持っていて、右目と右手が無くなっていて。そしてその隣にはもう、誰もいなかった。
「いい気味だ」なんて、とても思えなかった。片っぽだけになった灰色の目には怖い光なんて欠片もなくて、それどころかもう、何の光も残っていなかった。
ミラ達を教会が見捨てたみたいに、この人も教会に見捨てられたんだと思った。それが無性に悔しくて、哀しくて。だからミラの夢を、何がしたいのかを話して、そして騎士さんにもそれを聞いた。
『俺は――……』
騎士さんはなかなか答えなかった。左目を地面に向けて、夕焼け空に向けて、目を閉じてまた開けてから、やっと答えてくれた。
『また、シスネと一緒にいたいな』
※
「ただいまー!」
色々とあって遅くなってしまったミラは、急いで家に帰った。あまり運動は得意じゃない、すこし走っただけで汗が噴き出てくる。井戸で顔を洗いたいけど、その前に買ってきた物を先生に渡さなければいけない。
でも先生たちの姿はどこにもなくて、他の子供たちもいなかった。
「……みんな?」
嫌な静けさに不安になってきた時、奥の扉が静かに開く。そこから現れた先輩の姿にミラはほっと胸を撫でおろした。脅かさないでよ。
「あ、ごめん先輩。ちょっと遅く――」
「ミラ、こっちに来て」
夕日が差し込んでいる家の中は橙色に染まっていて、でも先輩の顔は真っ青だった。見たことのない表情に言葉をなくすミラの手を先輩が黙って握って、鞄も下ろせないまま奥の部屋へと連れていかれる。
「な、なに、ねえ、いたいよ」
たまに厳しいけどいつも優しい先輩が、今日はまるでミラのお願いを聞いてくれない。何も言ってくれないし、手も放してくれない。ほとんど引きずられるみたいにしてミラは家でいちばん広い部屋、つまりは食堂へと入った。その間、先輩の手はずっと震えていた。
食堂の机には、いつもみたいに子どもたちがみんな座っていた。でも机の上には何も乗っていなくて、みんな不安そうな顔をしている。ミラもそれを不安そうに見回しながら、自分の席に座った。
全員が揃ったことを見た先生が、いつも「大事なこと」を言う時みたいにみんなを見回す。でも先生の顔だって、先輩と同じぐらいに青白い。
「みんな、よく聞いて」