魔女狩り聖女   作:甲乙

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一章 魔女のいる国
汝、聖女を愛せよ


 カエルム教国は、広がる大海原と険しい山々に囲まれた国である。気候はやや寒冷だが、豊かな自然の恩恵と容易には攻め込めない地形に守られている。名の無い女神を創造主として崇める女神信仰を国教とし、その教皇が代々国を治め、永らく平和と発展を保ってきた。戦とは縁遠く、信仰に裏打ちされた人々の心は篤い。決して大きくはない土地は地上の楽園とまでは呼べずとも、充分に豊かで平和な国であったのだ。

 

 だが、「魔女禍(まじょか)」が全てを変えてしまった。

 

 それが発生したのは、今からおよそ二百年前だと言われている。正確な時代は不明。どこで、どれだけ発生したのかも不明。根拠となる史料が極端に少ないからだ。それまで正確に記されていた歴史書が魔女禍を境に曖昧になっていることからも、当時の混乱ぶりが窺える。

 原因も不明。分かっていたのは、その病あるいは呪いが女にしか現れないということ。故に、不安と恐怖の矛先が女達に向けられる事は避けられなかった。多くの女達が捕らえられ、幽閉され、意味も無く拷問され、遂には処刑された。魔女禍を根絶する為に女を根絶やしにしろなどと、そんな悪い冗談のような惨事すら時には現実のものとなった。

 皆、恐ろしかったのだ。母が、姉が、妹が、妻が、娘が、恋人が、隣人が、そして自分が。ある時突然、化物に変わってしまうなど。一度魔女になってしまえば、もう二度と人には戻れない。体からは黒い泥が溢れ出し、全身の骨が歪み、異形の姿へと変貌する。そして見境なく人を襲うのだ。

 魔女禍と、その恐怖は国中に広がった。魔女によって多くの人々が殺され、それとそう変わらない程の女達が「予防」と称して殺された。人口は急激に減少し、国力は衰える一方。誰もが疑心暗鬼になり、人心は乱れに乱れた。

 広い世界の片隅で、カエルム教国はひっそり滅びようとしていた。

 

 それを救ったのが聖女。つまりは「聖性」の発見と、それを利用した技術の発展だった。身体能力の劇的な向上、脅威的な治癒能力、聖性形状記憶銀の開発……。聖性技術が、魔女に対抗する為に利用されたのは必然だった。騎士の誕生だ。

 そして、遂に教国は魔女狩りに乗り出した。そこから先は多くの英雄譚で語り尽くされている。幾人もの聖女と騎士たちが果敢に戦い、人々を救い、魔女を狩り、そして散っていった。多大な犠牲を積み重ねた末に、教国はほぼ全ての魔女を狩ることに成功したのだ。

 

 だが、魔女禍そのものを根絶することはできなかった。原因がまったくの不明である以上、完全な予防も治療も不可能なのだ。数こそ減ったが、それでも魔女は現れ続けた。

 魔女がいなくならない以上は聖女も騎士も必要だった。各地の教会に聖女と騎士が遣わされ、断続的に現れる魔女を狩り続けた。やがて教会そのものが魔女に対抗する為の組織へと変わり、人々の心の拠り所となっていくことに時間はかからなかった。

 

 心が荒み切っていた国民も徐々に平穏を取り戻していった。魔女に怯えることこそあれど、聖女と騎士がそれを狩ってくれる。特に聖女は女神の加護を受けた者たちとされ、敬愛を以て人々に受け入れられた。魔女が女からしか生まれないように、聖女もまた女からしか生まれない。もはや害獣のように扱われていた女達の地位も、奇跡的な回復を見せることとなる。

 こうして、二十年以上続いたカエルム教国の暗黒時代は終わりを告げたのだ。

 

 

 ◆

 

 

「大騎士コルネイユは言った。“汝、聖女を愛せよ”と」

 

 コルネイユとは、教国の暗黒時代を終わらせた最初の騎士たち、その一人である。当時はまだ迫害されていた女達にも分け隔てなく接し、また特に己の聖女を愛したことでも知られている。

 

「故に、聖女とは皆すべからく敬われるべきであると、俺はそう考えたのだ」

「あら、そう」

 

 ポエニスの教会。その本棟の中央広間で座るレーベンは、カーリヤを筆頭とした幾人かの聖女たちに囲まれていた。遠目からは若く美しい聖女たちを侍らせた色男に見えなくもないが、現実のレーベンは広間の隅に追い詰められている上に、聖女たちはみな顔に青筋を浮かべている。中には聖女の武器である短銃や短剣に手をやっている者までいることからも、レーベンが危機に瀕していることは明らかであった。

 カツン、と。踵の高い靴を鳴らしながらカーリヤが前に出る。そのまま、正座させられたレーベンに視線を合わせるように屈んだ。スカートの切れ込みから覗く(なま)めかしい太腿に目をやっていたレーベンの視界を遮るように、幾枚かの小さな金属板をズラリと並べて見せる。

 

「じゃあ、これは何かしら」

「写銀だ」

 

 写銀(しゃぎん)とは、近年になって生み出された聖性技術である。遠眼鏡に精密な発火装置と薬液を仕込み、レンズに映った景色を聖銀の板に焼き付けることで、絵筆で描くよりも遥かに正確な絵を残すことができる。本来はそれなりに大がかりな仕掛けを必要とするが、レーベンはある伝手により小型の写銀器を手にしていた。

 

「もっと詳しく言いなさいな」

「貴公をはじめとした、聖女たちの写銀だ」

「もう一声」

「売り値は銀貨一枚なり」

 

 スパーン! と丸めた紙束で頭を叩かれる音が広間に響く。所詮は紙のため怪我こそしないが、痛いものは痛い。遠巻きに見守っていたライアーをはじめとする男達――レーベンを取り囲む聖女の騎士たちと、騒ぎを聞きつけて来た警備職員たちは、処刑される罪人か出荷される子牛でも見るような目を向けてくる。無論、助けは無い。

 

「つまり、あんたは私達の写銀を勝手に撮って、しかもそれを売ったというのね?」

 

 事実である。とある理由によりレーベンは纏まった金を必要としていた。本来であれば魔女狩りに励んで稼ぐところだが、時期が悪かった。ここ最近は魔女出没の報せも無く、平和な日々が続いていたのだ。当然、依頼も無い。

 そこでレーベンが考えた金策が、聖女たちの写銀を撮って売りさばくというものだった。教会の内外で露店を広げ、売上も上々。敬愛する聖女たちの姿絵を多くの人に届け、教会への信仰と信頼を確かなものとする。更には己も金を得られるという、この上ない名案であった。

 ……と、そのことを掻い摘んで説明したはずだが、気が付けば己を取り囲む聖女たちからは一様に表情が抜け落ちていた。レーベンは知っている。人は本気で怒った時に大声をあげたりはしない。ただただ、無言で暴力を振るってくるのだと。

 

 

 

「だがなカーリヤ。この際に言わせてもらうが、貴公のその姿はあまりに目に毒なのだよ。現に貴公の写銀は銀貨三枚でも売れた。物によっては五枚だ。そもそも女の姿という物はただそこにあるだけで蠱惑的なのだ。貴公のように若く美しい女であれば尚更だ。見るなと言われても無理なのだよ。なあ貴公らもそう思うだろう?」

 

 聖女たちから一通りの制裁を受け、目立たない位置に少なくない量の傷を刻まれたレーベンは半ば自棄になって周囲の騎士や野次馬に声をかけた。

 だが彼等は、その声から逃れるように顔を伏せる。やはり助けは無かった。その中にはレーベンから写銀を買った者も幾人か混じっていたが、今この場でそれを暴露するほどレーベンも人を捨ててはいない。ただ少し泣きそうになっただけである。

 

「……まあ、良いわ」

 

 だがカーリヤの怒りは収まったらしい。何故かわずかに顔を赤らめ、癖のある金髪をいじりながら再びレーベンに視線を合わせる。

 

「レイ、私も鬼じゃないの。稼いだ分を全部渡せば、それで許してあげる」

 

 慈悲深い微笑を浮かべながら、眼前の聖女は調略を始めた。だがつい今しがたレーベンに加えられた凄惨な暴行は贖罪に数えられないらしい。金も名誉も全てを毟り取らないと気が済まないというのか。レーベンは内心で憤慨したが、今は雌伏の時と己を納得させる。第一、無い袖は触れないのだ。

 

「悪いが、もう全て使った」

 

 交渉決裂。眼前のカーリヤが笑みを濃くした。笑みではあるが、その実その表情は悪意そのものにしか見えない。いかにしてレーベンを痛めつけるか、レーベンが最も嫌がり恐れるものは何か、今まさにそれを考えている顔だ。

 

「……あの」

 

 聖女の悍ましい微笑に戦慄していると、人垣の外から澄んだ声が響く。カーリヤが首を巡らせ、それに続いたレーベンは目を見開いた。

 

「通してもらえますか」

 

 聖女たちの間を縫って現れた、白髪の聖女。同じ灰色の装束を纏っている為か、他の聖女たちに比べて華奢な痩身が際立って見えた。その聖女――シスネは周囲の聖女たちにしきりに頭を下げながらこちらに歩いてくる。そんなシスネに対し聖女らは自ら道をあけるが、それは親切によるものというより、どこか他人行儀さを感じさせる動きだった。

 シスネがポエニスに来てから七日。カーリヤが言うには、未だに彼女は一人で過ごしているらしい。聖都からの異動、しかも騎士のいない聖女など明らかに異質であり、どこか近寄りがたく思われているのだと。その上、シスネ自身も他者と必要以上に関わろうとはしない為、ポエニスの聖女の中で彼女は既に浮いてしまっていた。

 ようやく人垣を抜けたシスネはカーリヤに目礼し、レーベンには一瞥もくれず通り過ぎた後、依頼が貼り出される掲示板の前に立つ。だがそこには何の依頼書も貼られてはいない。かすかに肩を落としたように見える細い背中を眺めていたカーリヤの赤い唇が吊り上がるのを見て、レーベンの脳が警鐘を鳴らす。

 

「ねえぇ、ちょっとシスネさん聞いてもらえるかしらぁ?」

 

 身の毛もよだつような猫撫で声で、カーリヤがシスネの肩を抱く。「ひっ」と小さな悲鳴が聞こえたが、残念ながらシスネの顔は見えなかった。女としては長身なカーリヤに絡みつかれるシスネの姿は、それこそ悪漢か何かに絡まれる薄幸の少女のようである。こそこそと耳元で囁かれるのがくすぐったいのか、か細い体を更に縮こまらせている。是非カーリヤと替わらせてほしいと、レーベンは考えた。

 だがカーリヤが例の写銀をシスネに見せ、後ろ手にレーベンを指さし、更に別の聖女が大袈裟に泣き真似を始め、シスネの肩が震えはじめたのを見て、ようやくレーベンは己の危機を悟った。逃げ出そうにも背後は壁、周囲は最初から聖女たちに囲まれている。退路は無い。

 

「あなたという人は……!」

 

 振り返ったシスネの黒い瞳は、抑えきれない怒りに揺れているようだった。その背後に並ぶカーリヤと聖女たちが三日月のような笑みを浮かべる。もはや彼女たちが本当に聖女であるのかレーベンは自信が無くなってきた。

 

「あぁ、その、なんだ」

 

 レーベンは元より口下手だが、シスネの前ではそれが更に顕著だ。ならば黙っているべきかもしれないが話はしたい。言葉を選んでいると、シスネの手に丸めた紙束が手渡される。ほんのわずかに躊躇う様子を見せていたが、周囲の聖女たちがうんうんと頷くと吹っ切れてしまったようだ。

 

「貴公の写銀は、売っていないぞ」

 

 本日二度目の、紙束で頭を叩かれる音が広間に響く。

 だがまあ、シスネが聖女たちと打ち解けたのだから良しとしよう。レーベンは、前向きにそう考えた。

 

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