魔女狩り聖女   作:甲乙

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六章 炎の中で
炎の嵐


 

 ■■■■■■━━━━

 

 それは吼えた。無数の口が混ざりあった、ただ一つの口で。

 それは吼えた。無数の声が混ざりあった、ただ一つの声で。

 歩みを進める。無数の足がただ一つの足となって、その巨大(おお)きな躰をゆっくりと、だが確かな前へと。

 それの足元に纏わりつく、小さなモノ達。

 それと同じ黒い泥で出来た小さなモノ達がそれに纏わりつき、歩みを共にし、時には踏みつぶされる。

 だがそれに何の問題もありはしない。

 それらは皆が違い、そして同じモノ。すぐに同じモノになって、同じ足となる。

 

 ■■━━

 

 ちかりと、それの無数の目に炎が留まる。

 ちかちかと、青白い炎が。

 

 ■■■■■■■■━━━━━━

 

 それは足を止め、足で地を掴む。無数の足で確と大地を掴み、咢を開いた。

 現れるは筒。巨大きな、あまりにも巨大きな筒。

 それの躰が発火し、青白い炎を帯びる。ちかちかちかと、目に留まった炎と同じ色で。

 ちかり。

 閃光が無数の目を焼き、遠くの炎が消えて失せる。

 ただただ遠くに、ただただ天高く聳える大雲を残して。

 それは進む。

 ただただ、進み続ける。

 

 

 ◆

 

 

 レーベン達が帰り着いた時にはもう、旧聖都ポエニスは喧噪と混乱に満ちていた。街の入り口から中央広場、大通りから路地裏に到るまでを埋め尽くす人、人、人……。老若男女を問わず皆が憔悴しきった顔で歩き、座り込んでいる。

 おそらくは元の住人であろう者たちは不安げな顔でひそひそと囁き合い、子供や赤子の泣き声も響き渡る。時には小競り合いでもあったのか何処からか怒号が届き、疲れ切った顔の警備職員がそれの鎮圧に向かった。そして他の者たちはただじっと、沈痛な沈黙を守っている。

 

「いったい、何が」

 

 レーベンの隣を歩く白髪の女――シスネも不安げに呟く。街全体が陰鬱な灰色に染まったかのような中で、凝った意匠の白服を纏う彼女ははっきりと浮いていた。だがそれを気にする者は誰もいないようだ。もう、そんな余裕も無いのだろう。

 

「まさか、街中で魔女が現れたのでしょうか」

「いや、どうだろうな」

 

 おそらくは違うとレーベンは考えていた。もし彼女の言う通りだったなら、むしろ住人たちは家に籠るはずだ。教会の者たちもそう指示を出すだろう。だが街中は人でごった返しており、明らかに元の住人よりも数が増えている。ならば、魔女が現れたのは街中ではなく……。

 考えながら歩くも答えは確かめられず、その前に街の北端にある教会へと辿りついた。レーベンにとってはもう二度と帰ることはないと思っていた第二の故郷、そこへの帰還に思うところが無いわけではない。だがそれも平時であればの話だ。

 教会の中庭もまた多くの人々が座り込んでいた。入ることを許可されたのか、ただ無断で入りこんだのか。どちらにせよそれを確認できるほど事態は安定しておらず、仮に不法だったとして誰がそれを咎めるというのか。

 

「すこし見てきます、そこにいて下さい」

 

 教会の本棟、その入り口前にレーベンを残してシスネは迷わず中へと入っていった。情報が集まるであろうここならば、今なにが起こっているのか多少は把握できるかもしれない。今のシスネは聖女の装束も纏ってはいないが、元より何かと目立っていた彼女のこと、おそらくは問題ないだろう。

 彼女の帰りを待つことにしたレーベンは適当な段差に腰掛ける。見上げた空は曇天、まるでこの街の雰囲気を模したかのように陰鬱な灰色が広がっている。雨が降らないだけまだマシだろうか。

 視線を下ろせば、座り込む人々の間を警備職員や他の職員が慌ただしく、だが疲れた様子で歩き回っている。その中に幾人かは聖女と騎士もいた。

 

 ――見ない顔だ

 

 いくらレーベンであっても、ポエニスに所属していた聖女と騎士の顔ぐらいは覚えている。だというのに、目の前を行き交う者たちは見知らぬ顔ばかりで、彼ら彼女らもまたレーベンには目もくれない。他の町にいた聖女と騎士、あるいは聖都からも来ているのか。そうだとすれば、事態は思った以上に深刻なのかもしれない。

 そして何よりも。多くの聖女と騎士が集められている中で、あの二人の姿が見えないことにレーベンは徐々に胸騒ぎを覚えていた。

 無意識に左手で胸元を探る。指先に求めていた固く小さな感触は無く、それはシスネに預けたままであったことを今更になって気付き、そのシスネはいつの間にかレーベンの前にいた。

 

「シ……」

 

 本棟から戻ったらしい彼女に声をかけようとして、だが思わず口を噤む。それ程に彼女の雰囲気は一変していたから。

 瞳は光を失くしたかのように黒々とした影だけを映しており、冷水でも浴びたかのように青白い唇が戦慄いている。引きつりきったその顔は、どこか歪な笑みを浮かべているようにすら見えた。半開きになった口が幾度か開け閉めを繰り返し、異様な沈黙にレーベンが耐えかねた頃にようやく出た言葉は。

 

「お、おちつ、落ち着いて、き聞いて、ください……」

 

 ――まず、あなたが落ち着いてくれ

 

 そんな彼女の姿を見てレーベンが抱いたのは、そんな呑気な感想で。

 そして彼女の話を聞いた後はきっと、己も引きつった顔をしていたのだろう。あるいは、もう何の感情も表せなかったのかもしれない。

 

 

 ※

 

 

 事の始まりは四日前。ちょうど、シスネがひとりポエニスを発った日まで遡る。

 騎士も乗せず密かに発車した教会の馬車と入れ違うようにして、傷だらけの男が馬に乗って現れたのだ。男はその体から血を滴らせながらも教会に入り、駆けつけた警備職員の前で倒れ伏した。握りしめていた血塗れの手紙だけを遺し、そのまま目を覚ますこともなく。

 手紙――伝令書の内容は驚くべきものだった。いっそ質の悪い悪戯なのではないかと疑われ、だがそんなことの為に命を捨てる者がいる訳もない。伝令書は警備職員から本棟へと届けられ、それはすぐに上位職員たちとヴュルガ騎士長の元へと届くこととなる。

 

【サハト村に大量の魔女が出没。至急、応援を求む】

 

 騎士長たちの対応は迅速だった。ポエニスに残っていた聖女と騎士たちの出立を準備させると同時に、数名の警備職員による先遣隊を編成。更に護衛として一組の聖女と騎士を伴い、その日の内にサハト村へと早馬で向かった。

 

 到着した先遣隊が見たのは村の残骸だった。元々、魔女を含む外敵へと備えていたのか村を囲っていた柵は所々が破られ、乾いた血や泥がこびり付いている。元はどこが入り口であったのかも分からない中、破られた箇所から村の中へと入った。

 サハト村の中は死で満ちていた。人の死体……家畜の死骸……そして聖女と騎士と、大量の魔女の死骸。家の外に、家の中に、農舎に、(うまや)に、井戸に、そこら中に死体と死骸が散乱していた。

 誰もが村の壊滅を確信し、だが希望を見出してもいた。予定ではサハト村に滞在していた聖女と騎士は六組。見つかった死体は一組のみだ。資料によれば村の人口は二百名を超えており、それも死体の数が足りない。

 おそらくは村を捨て、生存者のみで脱したのだ。それを裏付けるように、多くの足跡が東へと続いていた。東にあるのはノール村、そこでもまた聖女と騎士が魔女の捜索を行っているはず。一行は足跡を辿って街道を進んだ。

 そして見たのだ。

 地を揺るがす轟音と共に立ち上った、巨大な茸じみた大雲。

 それを成したのであろう、アスピダ山脈に座する黒い竜のような――巨大魔女を。

 

 先遣隊はその役目を果たした。すぐさま撤退を決めた彼等は不休で馬を走らせ、最後は聖女と騎士が自らの足でポエニスへと帰還した。遠征の準備を終えた本隊が出発する直前のことだった。

 二人の口から語られた信じがたい情報も、すぐに裏付けを得ることとなる。ポエニスの北側の町や村から続々と人々が押し寄せてきたのだ。彼らは皆が口々に「大量の魔女が現れた」「巨大な竜のような何かが町を破壊してしまった」と訴え、追われるようにしてポエニスへと逃げのびてきた。

 そして再び放たれた偵察隊により、その情報の全てが間違いではないことが分かったのだ。

 

 今もまた巨大魔女は南進を続けている。まるで軍勢のような魔女の群れを付き従えて。

 それはあたかも、暗黒時代を終わらせた最初の聖女と騎士たち、彼らの戦いを再現するかの如く。

 

 

 ◆

 

 

 赤い空の下、暗い顔の人々が列を成して進んでいく。彼らの影は長く伸び、まるで切り離された影が亡霊となって歩いているかのような姿を想像する。

 座り込むばかりだった人々に動きが見え始めたのは昨日から、つまりはレーベンがポエニスに帰った次の日からだ。

 

「荷物は諦めろ! 荷台には乗せられないぞ!」

「詰めてくれ! まだ乗れる!」

「歩ける奴は歩け! ……おい、あんたもだ! 降りろ!」

「指示を待つな! さっさと行け!」

「時間が無いぞ! 急げ急げ!」

 

 北から逃れるように押し寄せた難民たちも元の住人たちも区別は無い。教会の関係者以外は全員が南へ、つまりは聖都へと送られる。馬も馬車も、手押し車までかき集めてもまるで足りない。大荷物は容赦なく捨てられ、馬車の荷台には女が特に優先して詰め込まれる。……これは人道云々が故ではなく、新たな魔女を生み出さない為だろう。

 歩ける者は皆がその足で歩くことを余儀なくされ、歩けない老人や傷病者は「後回し」とされた。何もかもすべて仕方のないことだ。

 そして右目と右腕を失くしたレーベンもまた後回しとされ、だからといって歩いて列に加わることもなくただ座っていた。中央広場の長椅子、騎士でなくなって途方に暮れていた時とまったく同じように。

 

 ――こんな事になるとはな

 

 あの時は雨季も明けたばかりの晴天で、ポエニスそのものが活気づいていた。誰もが活き活きとした顔で道を行き交う様を妬ましくさえ思っていたのだ。だが今はもう、赤い空の下で陰惨な光景ばかりが広がっている。

 行き交う暗い顔の人々、疲れた顔の職員たち、張り詰めた顔の聖女と騎士。その中に、あの二人の姿は無い。きっともう、見ることはない。

 

『カーリヤと、ライアーは……死んだ、そうです』

 

 二日前、教会の本棟から出てきたシスネはそう言った。震える唇から、震える声で。それを聞く己は震えていただろうか。

 

『二人、だけじゃなくて。ノール村も、サハト村も、みんな』

『死体は、見つかっていませんが、でももう、()()()()()()()()()()()、と』

『全滅、だと』

 

『――――』

 

 そのまま、二人で顔を見合わせながら石のように沈黙していたと思う。

 嘘だとは、何かの間違いだとは思わなかった。そんな風に思えるほどレーベンもシスネも死を遠くに感じてはいなかった。魔女狩りはいつも命がけで、誰もが簡単に死んでいくのだから。

 それでも二人の沈黙は日が沈むまで続いた。その現実を受け入れるにはそれだけの時間が必要だったのだ。

 現実を。ライアーの死を。カーリヤの死を。

 

「……だから、やめておけと言ったんだ」

 

 長椅子に深く腰かけ、項垂れながらレーベンはひとり零した。

「この戦いが終わったらカーリヤと結婚する」などと、不吉極まりないことを言い残してライアーは戦いに向かった。そして結局は死んだ。「死んだらシスネと二人で笑ってくれ」などと、そんなことまで言っていたか。

 まったく、笑えもしなかった。

 

「……くそが」

 

 何に対してかの罵声を絞り出し、残った左手を強く握りしめる。掌の中にはもう何も無いというのに。

 赤い空に照らされた赤い石畳。そこに赤い雫が二滴だけ滴り落ちた。

 

「くそが……っ」

 

 空を赤く染める太陽が傾き始め、震えるレーベンの影は長く伸びていく。

 いつどこで誰がどうなろうと、太陽は寸分違わず沈んでいく。ただただ(ことわり)のままに。

 日は沈みかけ、空は燃えあがるように赤く染まっていく。

 

「――ぐ、ぅ……っ」

 

 ポエニスは、カエルム教国は赤く染まっていく。

 夕焼けがすべてを飲みこんでいく。

 何もかもを焼き尽くす、炎の嵐のような夕焼けが。

 

 

 

 

 

 

「――ここにいましたか」

 

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