シスネレインという女は聖女には相応しくなかった。
三年前のあの時からではない。その前から、聖女になった時から、聖女に憧れを抱いてしまった時から何もかも間違いだったのだ。あるいはもう、生まれた時から相応しくなかったのかもしれない。シスネの性根はそれほど歪んでいて、誰よりも穢かった。
シスネは、そう思っている。
レグルスという青年は模範的な騎士だった。
騎士を父に持ち、幼くして母を失くし、まだ赤子だった妹の親代わりになりながら修練を積み、周囲の期待を一身に背負い、見事それに応えてみせた。恵まれた才を慢心なく磨き上げた実力は折り紙つき。勇敢でありながら油断も無い。更には人柄だけでなく容姿にまで優れていた彼が、大騎士コルネイユの再来と呼ばれるまで時間はかからなかった。
そんな彼が聖都でただ「優秀な部類」などという評価に甘んじていたのは、偏にシスネが足を引っ張っていたからだ。シスネの聖女としての実力は低くはなかったが、決して高くもなかった。聖性の適合率も同様で、その相性は良くも悪くもない。何者でもない凡百の聖女。それがシスネだったのだ。
彼がなぜ自分などを選んだのか。それを聞いたことは無く、そのまま永遠の謎となってしまった。あるいは理由など無かったのかもしれない。ただ「見合い」の際に目の前にいたから、ただ近くにいたから、ただの偶然。そんな程度の理由だったのかもしれない。
何故なら彼はシスネなどとは比べものにならない優秀な騎士で、何よりも模範的な騎士で、それ故に聖女は誰でも良かったのだろうから。
シスネはどこまでも愚かだった。
憧れていた聖女になることができて舞い上がり、現実など何も見えてはいなかった。英雄譚から飛び出してきたかのようなレグルスの聖女となり、自分まで英雄譚の聖女になったかのように錯覚してしまった。
見習いを終えたばかりで門番か雑用程度しかしていないにも関わらず一端の聖女を気取って。初めての魔女狩りの際は恐怖にただ泣くばかりで、レグルスの初陣を汚してしまったというのに彼は怒ることもなくて、そしてまたそれを自分に向けられた特別な想いなどと勘違いしてしまった。
シスネは、レグルスに恋をしていた。
そもそも医療者の家系に生まれたというのに、ただ憧れだけでその道を捨てる浅慮な娘だったのだ。更に聖女の素質だけは並程度に持っていたものだから質が悪い。
自分は特別……そんな愚かしい考えはどんどんシスネから正気を奪っていき、そして遂には彼に愛を囁くなどという愚行に至る。契りを交わして一年と経ってはいなかったというのに。
シスネは愚かだった。だがレグルスはそうではなかった。
盛った雌猫のようであっただろうシスネを笑うことも蔑むこともなく、彼は最後まで話を聞いてくれた。そしてその上で、シスネの気持ちには応えられないとはっきり拒絶した。
シスネの初恋は、あっさりと終わった。
なぜどうしてと泣き喚く愚かな小娘にも、彼は最後まで付き合ってくれた。シスネの涙と声がかれるまで傍にいてくれて、でも決してシスネには触れなかった。それが彼の優しさで、誠意で、そして壁だったのだ。
レグルスは語った。聖女と騎士は魔女狩りを共にする戦友であって、決して恋人ではない。どちらが大事などという話ではなく、どちらも大事だ。だが混同してしまえば互いを不幸にするだけなのだと。
彼の父親は騎士だったが、母親は聖女ではない。父は騎士として聖女と共に戦いながらも恋人と想いを通わせ、そして婚姻と同時に役目を降りた。二人を祝福する人達の中にはその聖女もいて、最後まで良き友人であったのだと。
それこそが教会が語り、そしてレグルスが目指す「模範的な騎士」の在り方。彼は理想的な騎士を体現したようでありながら、極めて現実的な感性も併せ持っていたのだ。
彼には騎士として一生を終える気は無く、亡き父の想いを成就し、妹のエイビスを育てあげ、騎士としての義務を充分に果たした後で、今度こそ己の人生を歩むのだと語った。彼の愛する人と共に。
レグルスには恋人がいた。
シスネと会う前から、騎士となる前から、彼がまだ幼かった頃からの長い付き合いなのだと。シスネはまるで気が付かなかった。一年間、仮にも誰よりも傍にいたというのに。まったく、気が付かなかった。
全てを語り終えたレグルスは改めてシスネに応えられないことを詫び、頭まで下げた。彼には非なんて何ひとつ無かったというのに。
全てを聞いたシスネはまた泣いた。泣いて、泣き止んだ後、シスネはようやくほんの僅かに現実を見ることができて……でも、愚かなままだった。
それでもいいと、シスネは言った。
想いに応えられなくてもいい、恋人になれなくてもいい、ただ聖女として近くにいられればそれでいい。そんなことを言った。
それが、最後の別れ道だったと言うのに。
本当の意味で、シスネは彼の聖女となった。
それからの一年間は穏やかに過ぎていった。多少は謙虚さも取り戻したシスネは聖女としての務めを果たしながら、常に一歩下がった場所からレグルスを見ていた。彼は相変わらず理想的で模範的な騎士として働き、家に帰ればエイビスには優しい兄として接し、そしてシスネの見えないところで恋人と逢瀬を重ね続けた。
これで良いのだと、シスネは思った。
だって全ては順調だ。自分は憧れた聖女となって、不相応なまでに優秀なレグルスと共に戦うことができている。あんな事は無かったかのように彼との関係も良好で、唯一の家族であるエイビスとも気軽に話をできる仲だ。「姉ができたようで嬉しい」だなんて、そんな勿体ない言葉まで貰っている。
全ては順調。だからこれで良い。これで……。
『はじめまして』
その女性を初めて見た時、まずはその綺麗な髪に目を奪われた。化粧っけの少ない顔立ちは地味でも整っていて、容姿にまで優れていた癖に着飾ることは好まなかった彼とよく似合っていた。
何より、彼女を見るレグルスの眼差しはとても綺麗で、優しくて。こんな素敵な女性が彼の伴侶になるのだと思えば、シスネも……。
『――はじめ、まして』
彼女はシスネよりも綺麗な髪をしていて、シスネよりも女性的な身体つきをしていて、シスネよりも美人で、シスネよりも、シスネよりも……。
それで良かったと、シスネは思った。
全てにおいて、何もかもシスネより優れた女性だった。きっと彼女のような女性こそレグルスに相応しい。何ひとつとして勝てなかったからこそ、シスネは悔いなく諦められる。
彼女になら、負けても納得できる。
もし何かひとつでも、自分より劣った点を見つけてしまえば。
シスネはもう、自分が何をしてしまうか分からなかった。
そして、その時が来た。
『来て、こっちに来て』
あの日、聖都の中で魔女が現れたという報せを受けて、レグルスと共に街中を走った。すれ違い、逃げ惑う人々の顔はみんな恐怖に歪んでいて、そして隣を走るレグルスの顔からもだんだんと血の気が引いていくのが見えた。
魔女の現れた場所。そこは彼の生家の近くで。でもエイビスは見習い騎士として大聖堂にいる筈で。ならば、ならば。
『来てよ』
綺麗な髪の魔女だった。まだ泥に覆われていない顔立ちは地味でも整っていて。その髪も顔も身体もすべてシスネよりも……。
『――……』
レグルスが、呆然と「彼女」の名を呼んだ。
あの瞬間。
自分の中から湧き上がった悍ましい感情を、シスネは忘れることができない。
立ったまま死んだように動かないレグルスの傍で、シスネは手で顔を覆っていた。顔を覆って、小刻みに体を震わせていた。
逃げ遅れた人々や駆けつけた警備職員たちの幾人かには見られていたが、それは涙を堪えているように見えただろう。自身の騎士が、魔女と化した恋人と対峙するという悲劇に心を痛めていると、そう見えたのだろう。
だが違う。断じて違う。
あの時、シスネは泣いてなどいなかった。心も痛めてはいなかった。堪えていたのも涙ではなかった。あの時シスネは、シスネは……。
『来て』
『こっちに来て』
『一緒に来て、』
レグルス。
魔女が、歪んだ声で彼の名を呼んだ。
それを聞いたレグルスは無言で歩き出し、シスネもそれに続いた。彼に並び立つように歩き、必要もないのに彼の手をとって聖性を流した。彼の聖女であることを誇るかのように、見せつけるかのように。
今、彼の体に流れているのはシスネの聖性だ。他の何者でもなく、彼女の物でもない。シスネの聖性をその身に流して、シスネが彼に力を与えて、その力で彼は、彼は!
レグルスが、武器を捨てた。
――――え?
意味が分からなかった。訳が分からなかった。シスネの意識に生じた空白はその聖性も乱し、レグルスと繋がっていた「線」もあっさりと切れてしまった。それでも彼は歩みを止めない。止めてくれない。
『――』
レグルスが名前を呼んだ。シスネではなく、「彼女」の名前を。
レグルスは笑っていた。涙を流しながら、それでも笑顔を向けていた。シスネにではなく……。
待って
待って
待って!
なぜ!? どうして!? こんなのおかしい! おかしい! おかしい!
だって彼は騎士で! 私は彼の聖女で! 彼女は……あの女は! もう魔女じゃないか!
シスネの混乱は収まらなくて、頭の中はぐちゃぐちゃのままで、そして時間も待ってはくれない。
魔女の眼前まで歩いたレグルスが両手を広げた。
――やめて
魔女を抱きしめるみたいに、魔女のすべてを受け入れるみたいに。
――やめて
魔女はそれに応えるみたいに両手を広げた。その手の爪はギラギラと刃の光を放っている。
――やめ……
レグルスは、
魔女は、
――やめろ!
銃声。
気が付けば、シスネは血塗れで座り込んでいた。
目の前には、騎士だったモノの残骸と、魔女だったモノの残骸が綯い交ぜになって散乱している。
握ったままの大短銃――彼から送られた自決銃は何発の弾丸を放ったのか白煙を吐き出していた。周りに散らばる、短銃と薬莢、血と泥に塗れて折れた短剣、レグルスの武器、尖った魔女の骨……。
胸元がやけに熱くて冷たくて、見れば装束と肌がざっくり斬り裂かれている。シスネはそれを他人事のように眺めて、もう一度だけ周りを見回して、全てを思い出して……。
『――ふ』
口の奥から、肚の底から湧き上がったのは、引きつった笑いだった。
『ふ……ぁは』
いい気味だった。
だってそうでしょう?
自業自得だ、当然の報いだ、女神の
裏切ったから!
私を捨てたから! 私を選ばなかったから! 私を愛してくれなかったから! 抱いてくれなかったから!
だからこんなことになった!
死んで当然だ! あの男も! あの女も!
だから!
だから!
みんな! わたしが! ころしてやった!
いい気味だ! いい気味だ!
『は、あっははは…………っ!』
シスネは、わらっていた。
気の触れた女そのものの声で、どこまでも聖女らしからぬ笑みで。
声も血も涙も、何もかも流し尽くすまで、シスネはわらい続けていた。
全ては、ありふれた悲劇として処理された。
騎士レグルスは魔女化した恋人に戦意を喪失し、無抵抗のまま魔女の手に身を貫かれた。
聖女シスネレインは彼を介錯し、だが撤退することも自決することもなく魔女狩りを続行した。その狩りはあまりに凄惨で、応援として駆けつけた聖女と騎士たちは一人として近付けなかった。
討伐後もシスネは魔女の死骸を解体し、蹂躙し、その後はあろうことか騎士の遺体をも傷つけ始めた。それ以上は危険と判断した騎士たちに押さえつけられ、武器を取り上げられてからは意味不明なことを泣き叫んでいたという。
客観的に見れば、それは本当にありふれた事例でしかなかった。魔女化した身内に騎士が戦意を喪失することも、騎士が介錯されることも、騎士を失くした聖女が恐慌状態に陥ることも、全てはありふれた魔女禍の被害でしかなかったのだ。
違いがあったとすれば、聖女が単身で魔女を狩ってしまったということだろう。
まさに前代未聞のこの事件は、聖都をそれなりに騒がせることとなった。将来有望な騎士と目されていたレグルスの死もまた一因で、関心の目は必然的に生き残ったシスネへと向けられた。
シスネが彼に女としての感情を向けていたことは周囲の目にも明らかで、そして彼に将来を誓いあった恋人がいたことも、その恋人が魔女となったことも皆が知っていた。それらを繋ぎ合わせてしまえば、三者の間に何があったかなど容易に想像できる。
嫉妬に狂った“騎士殺し”
シスネがそう呼ばれたのは必然だった。
低俗な邪推だと、そう言う人たちもいた。レグルスは不運な巡り合わせによって命を落とし、その聖女であったシスネはあくまで自身の務めを果たしただけなのだと。
確かにレグルスの直接の死因は魔女の手によるものだ。シスネが彼を撃ったのはその直後のことで、それを目撃していた幾人かは証言までしてくれた。その後のシスネの醜態は決して誉められたものではないが、初めて騎士を失った未熟な聖女では致し方なし。大聖堂の上位職員たちはそう判断し、シスネは不問に付されることになった。
だが違う。それをシスネだけが知っている。
低俗な邪推。それは全て事実だったのだ。
シスネは嫉妬に狂い、ただ衝動のままにレグルスを撃った。結果として彼を殺めたのは魔女が先だったが、殺意を抱いたのはどちらが先だったのか。同時だったのか、それとも……。
逃げることも自決することもなく魔女に立ち向かったのも、決して聖女の務めを果たそうとしたからではなかった。ましてレグルスの仇を取ろうとしたわけでもなかった。全ては私怨。ただの私怨だ。そうでなければ、彼の遺体まで滅茶苦茶にしようとした理由がつかない。
大怪我を負ったシスネには簡単な聴き取りしか行われず、過程と結果以外のことまでは聞かれなかった。寝台から起き上がれるようになった頃には事件そのものも風化し、聖都は何事も無かったかのように平穏を取り戻していた。
だが当然、シスネに刻まれた傷は何ひとつ癒えはしなかった。
胸元から腰まで斬り裂かれた痕は消えなかった。こんなに醜い傷が残ってしまえば、もう誰にも肌は見せられない。服を脱ぐ度、鏡を見る度に、傷痕がシスネを責めるようで……。
シスネは眠りの安息を失った。眠ってしまえば確実に悪夢を見た。レグルスが背を向け、魔女に向かって両手を広げ、そして最後はシスネがその背中に向けて――。その最後の瞬間、シスネの罪そのものの光景を何度も繰り返し、繰り返し……。
姉のように慕ってくれていたエイビスの態度も急変した。殴られ、詰られ、憎悪と侮蔑の視線を向けられる度に死んでしまいたくなった。何もかも全て当然の報いだった。
日を追うごとに自責と後悔と羞恥だけが大きくなっていった。父からの手紙には「時間が解決してくれる」と書かれていたが、とてもそうは思えなかった。昨日よりも今日は苦しかった。明日はきっと今日よりも苦しい。その次の日も、その次の日も……。
そして何よりも、シスネは聖性を扱えなくなっていた。
どれだけ繰り返しても、どれだけ集中しても、シスネの聖性は指先にすら灯らなかった。大聖堂の書庫で何冊の本を掘り返そうと、そんな症例は見つからなかった。誰にも相談はできない。聖性が扱えないということまで知られてしまえば、今度こそ本当にシスネは聖女ではなくなってしまう。
聖女でなくなることが怖かった。
こんな、聖女に相応しくない女だというのに。
だって、聖女ですらないのならシスネは、シスネは……?
シスネには二つの道があった。
一つは贖罪。全ての罪を告白して、教会の裁きを受ける。きっと聖女ではなくなる上に厳しい罰を下されるだろうが、それも当然のことだ。
一つは忘却。全てを忘れて、聖女の役目を降りる。あとは生家に帰って、教国の民としてのうのうと生きれば良い。傷のある体では嫁の貰い手など無いだろうが、医療者として働けば家族も追い出しはしないだろう。
贖罪か忘却か。だがシスネが選んだのはどちらの道でもなかった。
シスネは一人で魔女狩りを始めた。
聖性が無くても、騎士がいなくても魔女は狩れる。シスネ自身がそれを証明した。してしまった。
銃なんて聖女であった頃には碌に触らなかったというのに、訓練を始めてみれば驚くほど手に馴染んだ。聖女としての才能より、銃を扱う才能の方がよほど恵まれていたらしい。あまりの皮肉に吐き気がする思いだった。
瞬く間に三年が経ち、その間シスネは一人でひたすら魔女を狩り続けた。どれだけ止められても、どれだけ傷ついても、どれだけ詰られてもやめようとはしなかった。やめてしまえば、止まってしまえばシスネはきっともう正気ではいられなかったから。
それは惰性であり、そして逃避だった。贖罪でも忘却でもない、シスネが選んだどうしようもなく愚かな道。自分の罪を自覚しながらも直視はできない。聖女には相応しくないと自覚しながらも、聖女の名前は捨てられない。本当にどうしようもない、虚飾にまみれた現状維持。
でもそれで良かった。もうそれしか残っていなかった。
「騎士なき聖女」にはそれがお似合いで、そしてレグルスから送られたあの銃は本物の自決銃だった。
あの銃の引き金を弾いた時に、聖女シスネレインは死んだのだから。
ある日、シスネは旧聖都への異動を命じられた。
その道中で魔女出没の報せを聞いて、もう一組の聖女と騎士と共に森に入って。
そして、そこで――。
◇
「聞いていますか? それとも死にましたか」
握り塞いでいた腹の傷を指先で撫でてやると、シスネに組み敷かれていたレーベンが呻く。まだ死んではいないらしい。それがやけに可笑しくて、シスネはまた笑った。
「聞かせてください」
「今、どんな気分ですか?」
「あなたが何もかも捨ててまで守ったのは、こんな女だったのですよ?」
「聞かせてくださいよ、ねえ」
くつくつとした笑い混じりに問いかけても返事はない。胸倉を掴み上げて、血の痕も新しい頬を二度張った。
「あなた言いましたよね? “俺の聖女になってくれないか”って」
「大変でしたよ。笑いを堪えるのに精一杯で」
「見る目が無いにも程がありますよ、あなた」
虚ろな左目を間近で睨めつければ、灰色の光彩に映る白髪の女。どこまでも穢らしく嗤う、穢らしい女。シスネレイン。
「あぁ駄目ですよ、まだ死なないで」
「死ぬ前に聞かせてください、見せてください」
「まだ答えてもらっていませんから」
死体じみた体を引きずり上げて、本棟の壁に押し付ける。俯こうとする頭を両手で包みこみ、口付けるようにその目を覗き込んだ。シスネは視線に敏感で、だからレーベンのその目に現れた感情も読み取れる。表情ではなく目に出るのだ、この男は。
灰色の左目。そこから読み取れたのは、怒りと……そして大きな、失望。
それを見て、シスネは。
「――――っふ」
「は、はは、あっはは……っ!」
シスネは、わらった。晴天の青空を見上げながら、薄暗がりの中でわらった。あの時みたいに。
だって、その表情は、その表情をシスネは、ずっと、ずっと。
「あなたのその顔が見たかったんですよ――!」
「聖女だとでも思いましたか! この服を着て! 白い髪なら聖女だとでも!」
「残念でしたね! 私はあなたが思っているような女じゃなかったんですよ!」
「いい気味です! いい気味です――っ!」
晴天の下で、シスネの笑い声と叫びだけが響く。狂った女そのものの顔と声で。
だってそうでしょう?
シスネの性根は歪んでいて、その心はどこまでも穢い。
きっと元からそうだったのだ。生まれた時からずっと。
そうでなければ、あんなことをしておいて正気でいられた筈がないのだから!
「なんとか言ったらどうですか! ねえ、ほら!」
「私に言うことがあるでしょう? 言いたいことがあるでしょう?」
「さあ、はやく――――」
「穢い」って、
「騙された」って、
「恨んでやる」って!
「殺してやりたい」って!
「死ねば良かったんだ」って!
言ってみろ――――!
「それだけか?」
「…………ぇ?」
心臓が止まりそうな声だった。それ程にレーベンの声は冷たくて、鋭くて、何よりも確信に満ちていて。
「違うだろう」
「まだ終わりじゃない」
「続きがあるはずだ」
ひゅっとシスネの喉から音が漏れて、同時にレーベンが死体のように立ち上がった。暗がりの中、黒い髪と黒い外套の、影のような男の影がシスネに覆いかぶさってくる。
「
灰色の視線に貫かれて、シスネは今度こそ顔を青褪めさせた。
もう何も、わらえはしなかった。