旧聖都なだけあって、ポエニスの教会は広い。一般の国民も出入りし女神に祈りを捧げる聖堂、魔女狩りの依頼を管理する本棟、聖女と騎士がそれぞれ住まう居住棟、負傷者や一般の傷病者も治療を受けられる医療棟、その他にも様々な棟が建ち並び、慣れない者であれば道に迷うことは請け合いである。
今レーベン達が向かっているのは、教会の中でも隅の方に建てられた棟だった。
「そもそも何故、貴公らがついてくるんだ」
「レイがいったい何に無駄遣いしたのか、ちゃんと見ておかないとね」
「まあ、俺も興味はある」
そこに用があるのはレーベンだけであるが、好奇心を丸出しにしたカーリヤとライアーも共に歩いていた。もっとも、カーリヤについては先の写銀騒動でレーベンから回収し損なった金銭のことを根に持っているのかもしれないが。
そうこうしている内に、高い石壁で囲まれた武骨な棟に辿りつく。一見、牢獄か何かに見えなくもないが、その石壁は人の侵入や脱走を防ぐ為の物ではない。今も石壁の向こう側からは銃声や、時には爆発音までもが聞こえてくる。
「技術棟」と、過剰なまでに分厚い鉄板に、その建物の名前が刻まれていた。
魔女禍によって進歩したのは聖性技術だけではない。冶金技術、火薬をはじめとした薬学など、当時は開発途上であった技術も魔女に対抗するため急速に進歩した。非聖性技術などとも呼ばれるそれらは、銃や炸裂弾といった聖性に依らない独特の武器を生み出すこととなる。技術棟とは、そういった非聖性武器の研究と開発が行われている場所であった。
武骨な外観と変わらず、技術棟の中もまた飾り気が無く雑然としていた。見慣れた形の銃から、見慣れない形の銃、あるいはもはや意味不明な鉄の塊などが無秩序に並び、鉄と油と火薬の匂いが充満した廊下を三人で歩く。
ライアーは滅多に入らないであろう技術棟の内部をきょろきょろと見回し、今日も派手に着飾ったカーリヤは色々な意味で浮いていた。この中でただ一人通い慣れたレーベンだけが迷いなく道を進み、やがて一行は階段を降りて薄暗い地下室へと入った。
足の踏み場も無いとはこのことか。机の上、椅子の上、床の上、あらゆる場所が鉄の何かで埋め尽くされた部屋だった。同じくそこら中に散乱した紙には何かの図面と、ひどく読みづらい文字が所せましと書きこまれている。部屋ではなく倉庫、倉庫ではなくゴミ置き場と言われた方が納得できそうな場所。その奥の暗がりで、ゴソゴソと何かが動いていた。
「入るぞ、アルバット」
積み上げられた何かで開け閉めすらできなくなっていた扉に形だけのノックをし、三人は中に足を踏み入れる。レーベンの声に手を止めた動く何かが、ぐるりと振り返った。
「おお、おお、君か。待っていたよ」
ひどく小汚い男だった。着ている服は元が何色だったのかも分からないほど油に汚れており、伸びっ放しの髪と髭は混ざり合った上にやはり油に塗れている。
だがまず目立つのは、その顔の上半分を覆う何かだった。仮面と呼ぶには武骨に過ぎ、兜と呼ぶには繊細に過ぎる。目があるであろう位置には細長い円筒が伸び、その先端のレンズがランプの光を反射している。
一目で不審だと分かる男――アルバットの姿を目にして、ライアーとカーリヤが顔を引きつらせているのが見なくとも分かる。だが既に知古と言って良い仲のレーベンは、常と変わらない無表情でアルバットに声をかけた。
「また物が増えたんじゃないのか。少しは片付けたまえよ」
「バカを言うんじゃないよ君ぃ、これでも大量に処分したじゃあないか」
「そうなのか」
山積みされた何かに触れないよう慎重に、だが慣れた足取りで奥に進むレーベンの後を、大きな体を縮こませるようにライアーが続く。更にその後ろを歩くカーリヤが時折「うえぇ」とえずくような声を漏らしていた。その二人に顔を向けたアルバットの眼が、チュイィ……と奇怪な音をあげる。
「おや、おや、珍しい。ワタシの他にも友達がいたのかね君ぃ」
ずりずりと足を擦るように近付いていくアルバットに対し、二人はおそらく無意識に後ずさっていく。そんな態度に気を悪くした様子もなく、アルバットは髭に隠れた口をニタリと歪ませた。
「いや、いや、イイ体をしているじゃあないか。ウフッ、ウッフフッフ……」
いったいどちらのことを指しているのか、レーベンは割と真剣に悩む。ライアーは平均的な男性より頭一つ分以上は高い体躯に筋肉を万遍なくつけた、騎士としては理想的な体型をしている。カーリヤは言わずもがな、男も女も視線を向けずにはいられない艶めかしい肢体の持ち主だ。
当の二人はまったく同じように顔を青ざめさせ、まったく同じような動きで自分の体を抱きながらじりじり後ろに下がっていく。カーリヤはともかく、ライアーは大変に気色悪い。
「そろそろ見せてくれ。もう出来ているんだろう」
「おう、おう、そうだった、そうだった」
二人の友人を変人の魔の手から救う為にも、レーベンは本題に入ることにした。アルバットも興味を失ったのか、あるいは最初から冗談のつもりだったのかあっさりと踵を返す。その後ろで、二人がまた同じ動きで胸を撫でおろしていた。
「ついさっき調整を終えたばかりさね。イイ仕上がりだよ、君ぃ」
涎でも垂らしそうに口を歪めながらアルバットが向かった先は、部屋の中央の大きな机だった。どこもかしこも物に溢れた部屋の中で、その机の上だけはぽっかりと穴が空いたように片付いている。そこに汚らしい布をかけられた何かが置かれていた。「さ、どうぞ」と手をやられ、レーベンはその布を取り去る。
「……ふへ」
思わず、レーベンは薬でも無ければ滅多に見せない笑みを漏らし。
「へぇ……?」
興味を抑えられない様子でライアーが覗き込み。
「何これ」
カーリヤは気の無い声で切り捨てた。
それは、剣だった。
黒光りする武骨な片刃の刀身。大きさはひどく中途半端で片手剣とも両手剣とも言えないが、柄は長く両手持ちだ。
だが何よりも目を引くのは、鍔の部分に
機械仕掛けの剣――機械剣が、三人の視線を浴びながら鎮座している。
「……重いな」
「でも頑丈だよ。だいたい、重くないと吹き飛んでしまうじゃあないか」
手に取ってみると、見た目以上に重い。片手で掲げれば腕が震える程で、強化剤なしで振り回すのは難しいだろう。だが重心の位置は悪くなく、奇怪な仕掛けを取り付けられていることを考えれば上々と言える。様々な角度に掲げながら
「これ、聖銀じゃないのか?」
たしかに、この黒光りする輝きは聖銀のものとは明らかに異なる。聖銀が見せる白銀の輝きは、騎士の武具の象徴でもあるのだ。チュイィ、と。聖銀という言葉を聞いて、アルバットが顔を顰めたように見えた。
「聖銀だなんて、あんなもの脆くて使い物にならんよ。これは東のシデロス鋼、混ぜ物なしさね」
「おいおい……」
仮にも教会の中で公然と聖銀を貶める発言に、ライアーが周囲を見回す。だが当然、地下室にはこの四人の他に誰もいない。
「だいたい、聖女がいなければ碌に使えもしないじゃあないか。未だに聖銀武器なぞ使う騎士の気がしれんよ」
「……その騎士と聖女の前で、ずいぶんな言い草ね」
カーリヤが切れ長の目を更に尖らせながら腕を組む。アルバットの言葉が気に障ったらしく、靴の高い踵を苛立たしげに鳴らしていた。ライアーは己が貶されたことよりも、むしろカーリヤの機嫌が損なわれたことを恐れているようだ。一触即発とまではいかないが険悪な雰囲気。だがまたアルバットの眼が鳴る。
「勘違いしちゃあいけないよ、お嬢さん。ワタシは聖女も聖性技術も好かんが、君のように美しく豊麗な女性は大好きなのさ」
チュイイィィン。アルバットの眼が激しく駆動し、カーリヤの姿――主にその胸のあたりに伸びる。その複雑怪奇な眼にか、あるいはアルバットそのものに戦慄した顔のカーリヤが、胸元を両腕で隠しながらライアーの背に隠れた。見られたくないのならば何故わざわざ晒すのか。カーリヤの考えがレーベンは時々わからなくなる。
「あー、で、その引き金は何だ? まさか銃でも仕込んでんのか?」
場の空気を変えたい意図が半分、好奇心が半分といった様子でライアーが話を向ける。眼の長さを戻し、待ちかねたかのようにアルバットが語りだした。
「ここに注目。鍔の所に穴があるだろう?」
「ああ」
「ここに炸裂弾か、焼夷弾を入れるだろう?」
「ほう」
「そして引き金を弾くだろう?」
「へえ」
「すると、刀身から炎が噴き出る」
「馬鹿じゃないの?」
最後はカーリヤが真顔で言い放った。ライアーはただ無言で天を仰ぐ。
「馬鹿とは心外だね。魔女には炎が有効なのだと君らも知っているだろうに。これ一つで斬ると同時に焼くこともできる優れ物だよ。しかもあえて既存の装備を燃料に選んだことで補給も容易な設計だ。どうだい親切だろう。威力は一つで充分だが二つ入れることもできるよ。ここ一番で決めたいという時におすすめさ。炸裂弾と焼夷弾の組み合わせで炎の性質も変わるという汎用性まで兼ね備えているのだよ。シデロス鋼を材質に選んだのもこの金属が炎に強い特性を持っているからだ。通常の鋼よりも重いがむしろその重さが炸裂時の安定性に繋がってだね――」
チュイイイィィィ!
全ての眼を動かしながらまくし立てるアルバットに、二人は抱き合うような姿勢で壁際まで後ずさっていく。あれでも手練れの騎士と聖女なのだが。
レーベンはただ機械剣を構え、振り、引き金を弾いて澄んだ金属音を楽しんだ後、満足げな息をついた。
「良い仕事だ、アルバット」
「そうだろう、そうだろう、分かってくれるのは君だけだよ、友よぅ」
「馬鹿じゃないの……」と再び呟くカーリヤの目はレーベンにも向けられていたが、冷たい視線などもう慣れたものである。だが改めて機械剣の出来を検めていると、あることに気付いた。
「アルバット、この――」
◆
「馬鹿じゃないの」
「そう言ってやるな。ああ見えて腕は確かなのだよ」
「あんたに言ったのよ。ていうか両方よ」
機械剣を受け取るとすぐにアルバットは一行に興味を失い、レーベンも長居は無用とばかりに外に出れば太陽はもう南まで上がっている。薄暗い地下に慣れた目には眩しい。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど、そんな馬鹿な物にいくら使ったのよ、この馬鹿」
「俺はいったい何度馬鹿と言われるんだ」
「だけどまあ、相当に値が張っただろ。貯金とかしないのかよ」
聖女と騎士は、役目を降りない限りその生活は全て教会に保障される。だがそれは衣食住を現物で支給されるという意味であり、金銭は別だ。稼ぎたければ依頼、つまりは魔女狩りをこなす必要がある。稼いだ金銭をどう使うかは個人の自由だが、明日をも知れぬ身の聖女と騎士である。それぞれの趣味嗜好に散財してしまう者も少なくはない。例えば目の前のカーリヤなど、その化粧や香水が上質で高価な物であることはレーベンにも分かる。……あとは酒か。
対照的に、ライアーは何についても倹約している節があった。彼が今までこなしてきた魔女狩りの数を考えれば、その蓄えは相当ではないだろうか。
そしてレーベンは、稼ぎのほぼ全てをアルバットを始めとした技術棟の面々に気前よくばら撒いてしまっている。この機械剣や小型写銀器、実用化前の武器や薬物など、魔女狩りに必要な装備をそろえる為だ。
「貯金か。無いな」
「無いって、お前……」
「ねえ、ちょっと」
カーリヤの声に顔を向ければ、道の向こうから誰かが走ってきていた。教会の職員服を纏ったその男はレーベンの前で立ち止まると、膝に手をつきながら息を整える。下を向いた顔から滴り落ちる汗が地面にいくつも染みを作り、長い時間を走り回っていたことが窺えた。明らかに尋常でない様子に、三人ともに意識を切り替える。
「こ、ここに、居られましたか……っ」
「大丈夫か、落ち着けよ」
「何かあったの?」
「騎士レーベン!」
突然の名指しに、レーベンは思わず自分を指さす。ライアーとカーリヤも、困惑したような顔を向けてきた。職員の男が続ける。
「ヴュルガ騎士長がお呼びです!」