魔女狩り聖女   作:甲乙

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最果ての再会

 

「あぁ……っ!」

 

 左腕に抱えたシスネが悲痛な声をあげる。それは遥か眼下で広がる青白い爆炎のせいであり、そして致命的な高さまで吹き飛ばされた自分たちの運命を悟ったせいなのだろう。

 巨大魔女ドーラは見事に討伐された。だがその最期に起こった、まるで全てを道連れにしようとでもするかのような大爆発。何を考える間もなくシスネをつれて離脱したレーベンは爆風に吹き飛ばされ、今やポエニス教会の全景が見渡せそうな高度にまで跳びあがってしまった。

 爆発にこそ巻き込まれなかったが、このままでは地面に叩きつけられ二人まとめて大地の染み。なんとかしなければならないが、事態はそんな思考すらさせてはくれない。

 

 焼けつく視線。青白い輝き。

 

 幸か不幸か、運命の悪戯か。上空に吹き飛ばされたことで、二人は「それ」のすぐ近くまで肉薄することに成功した。目を開けることすら困難な風圧の中、今まで点にしか見えていなかった射手の姿が遂に明らかになる。

 蝙蝠の羽を思わせる、白い骨と黒い泥で成された皮膜の翼。その根本で宙を舞う大きな人型と、それが手に構える長大な銃。その銃口からは目を焼かんばかりの聖性が溢れている。そして、輝くような金色の――。

 

「「――――」」

 

 その姿を間近にして、レーベンは全ての感情を忘れた。きっとシスネも同じだった筈だ。恐怖も何もかも。唯一つ抱いたのは懐かしさ。あるいは強烈な意思。

 故にレーベンは機械剣の引き金に指をかけ、シスネは長銃を構えた。

 射手――破戒魔女が長大な銃を向けてくる。聖性を以て放たれる恐るべき銃撃。その威力と弾速を前には防御も回避も不可能に等しく、故に決して撃たせてはならない。

 ならば仕掛けるしかないのだ。

 

 ――外さないでくれ

 ――絶対に当てます

 

 それはただの幻聴だったのか、あるいは繋がった聖性による何かだったのか。言葉も根拠もなく、レーベンはシスネと会話をした気がした。

 ならばもう迷わない。二本目の引き金を弾き、加速した機械剣ごと錐もみするように破戒魔女へと肉薄する。

 高速で回転する視界。過ぎ去っていく青空と大地。眼前に迫った聖性の光、黒い翼、灰色の装束、銀色の鎧、金色の髪。

 シスネの叫びと銃声。

 放たれた散弾。穿たれる黒い翼。ほんのかすり傷。だがそれで良い。骨と泥だけで成された歪な翼。無理をしていない訳もない。

 

『――――!』

 

 墜ちていく破戒魔女。歪んだ叫び。どこかで聞いたことのある声。懐かしい声。

「彼女たち」を追い、レーベンとシスネも真っ逆さまに地面へと――。

 

「つかまれ――っ!」

 

 機械剣を使って無理矢理に軌道修正。再び眼前に迫った魔女の躰をシスネが掴み取り、抱き寄せ、それをシスネごと左腕に抱える。

 暴れる魔女の躰。当然だ、魔女と助け合える訳もない。だがその翼を利用することは出来る。

 機械剣の引き金を弾き、峰からの爆炎を下方へ。片方だけになった魔女の翼がかろうじて風を受け、申し訳程度にレーベン達は減速し、死の速度で迫る地面がもうすぐそこへと。

 

「……う、あああ゛あ゛あぁぁ――――っ!!」

 

 シスネの咆哮。裂帛の怒声。荒れ狂う聖性。機械剣の複雑怪奇な機構はその全てを炎に変え、レーベンとシスネと魔女たちを横方向へと吹き飛ばし、視界の全てが高速で過ぎ去る緑、緑、緑に……。

 

 ――ぐ、ぁ

 

 呻きと悲鳴をあげられたかどうかすら定かではない。

 ナダ平原。旧聖都ポエニスの北側に広がる緑の平原にいくつかの人影が墜落する。柔らかな草地の上を跳ねまわり、転がり、長々と雑草を散らし尽くし、粉塵と砂塵を巻き上げてからようやく、彼らは地面へと不時着した。

 ポエニスの戦場から遠く離れた、彼らだけの戦場へと。

 

 

 ◆

 

 

「……大丈夫ですか?」

「……生きているとも」

 

 たぶん。おそらく。

 見上げた空は非現実的なまでに快晴で、痛みしかない体を包み込むような草花の香り。人が死後に至るという女神の川であると言われた方が納得できそうではあった。

 

「怪我は、無いかと、聞いているのですよ……っ」

 

 痛そうな声をあげながらすぐ近くでシスネが体を起こし、「馬鹿」と脇腹を小突かれる。軋む体に鞭打ち、差し出された白い手を掴んでようやく、レーベンも体を起こす。

 遠くに見えるポエニスの周壁。見慣れていたはずのそれは大きく崩れ、いくつもの黒煙があがっている。微かに聞こえる鬨の声が、未だ全てが終わってはいないのだということをレーベンに教えてくていた。そしてここが女神の川などではなく、まごう事なき現実であるということも。

 故にレーベンは立ち上がり、最後まで手放さなかった機械剣を構える。弱々しくも流される聖性が、おそらくは折れていただろう何ヵ所かの骨も治してくれた。

 隣のシスネもふらつきながら立ち上がる。奇跡的にも、彼女に致命的な負傷はないようだった。あの墜落の最中でも、己はなんとか彼女を守ることが出来たらしい。

 

 レーベンもシスネもまだ生きている。まだ戦える。今この瞬間、あの魔女を相手にできるのだ。

 名の無い女神に畏敬を。今ならもう、その存在を心から信じても良い。良い意味でも。悪い意味でも。

 

「やれるな、貴公」

「あなたこそ」

 

 頼もしい返事にレーベンは笑った。笑って、顔を上げた。上げて、今まで見ないようにしていた魔女の姿を、二色の双眸で確と捉えた。

 

 

 

 

 

 

『ごめん……ごめんなさい……』

 

 美しい魔女だった。

 何よりも目を惹く、背中から大きく広がった四本の白い骨。所々に黒い泥の皮膜も纏ったそれはまるで翼のようで、現にアレで空を漂ってもいたのだ。既に役目を終えたその翼はそれでも、主を守るかのように形を保っている。

 赤い血に汚れた灰色の装束。聖女の証であり、聖女らしくもない改造装束。誰をも魅了したそれは、彼女の代名詞だった。

 豊麗で、それでいて均整のとれた肢体。両腕の手首には腕輪が、細い指には十の指輪が光り、だが手に構えるのは長大な狙撃銃。それも今は銃身が泥に塗れ、恐るべき魔銃と化している。

 人の姿こそ保っているが、その両脚だけは何処にも見当たらない。深く切り込まれた長いスカート、その裾に染みついた夥しい血痕が、彼女の至った苦痛と絶望を物語っていた。

 

『――――』

 

 失くした両脚の代わりのように、別の存在が魔女を抱きかかえている。地を踏みしめる長い両脚、魔女の躰を支える逞しい両腕。その全てを包み込む重厚な鎧。完全な人型を保ちながらも、一つだけ致命的な欠損があった。

 その存在――騎士には首が無く、だがそれでも、その騎士の正体をレーベン達は確信している。

 

『ごめんなさい……』

 

 魔女が顔を上げた。両目を黒い泥で塞がれ、それでもなお損なわれることのない美貌。波打つ金の髪は、陽光を反射して太陽の如く輝いていた。

 

『ごめん……ライアー……』

 

 聖女カーリヤと騎士ライアー。

 破戒魔女と成り果てたかつての友人たちが、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

「……あぁ、そんな気がしていたとも」

 

 レーベンは驚かなかった。今その姿を目の当たりにする前から、空からの視線を感じる前から、もしかすれば二人の死を聞いた時から、こうなることを確信していたのかもしれない。

 彼なら、きっとカーリヤを守っただろう。どんな事があろうと、例え自身を盾にしようと、彼はきっと最期までカーリヤを守り抜いただろう。

 彼女なら、きっとそれに絶望しただろう。例え自身だけが生き残ろうと、彼女はきっとライアーの死に絶望し、その絶望は魔女に至るほどに強かっただろう。

 彼はそれだけカーリヤを想い、そして彼女もまたライアーを想っていたのだろうから。彼がもう少しだけ弱ければ、彼女がもう少しだけ薄情だったならば、きっとこんな事にはならなかった。彼が彼だったから、彼女が彼女だったからこそ、こうなってしまったのだと。

 レーベンは驚かなかった。だが、それでも。

 

「…………くそが」

 

 その悪態は笑えるほどに声が笑っていた。

 

 

 言ったじゃないか

「帰ったら蹴る」と、貴公はそう言ったじゃないか

 だから死なずに待っていろと、そう言ったじゃあないか

 なのに何なんだ、その様は

 貴公のあの綺麗だった脚はどうしたんだ

 その様じゃあ、もう蹴ってはくれないじゃないか

 なあ

 

 

 ぎゅう、と。白い手がレーベンの腕を掴んだ。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 ほとんど耳元で囁かれた声はいつも通りに澄んでいて、そしてかつてない程に優しかった。掴まれた手からじわじわと流される聖性が、冷え切ったレーベンの心身に染みわたっていく。

 

「……あぁ、やれる。やれるとも」

 

 あの時、シスネは聖女マリナに迷わず銃を向けた。最後に引き金を躊躇ってしまってはいても、それでも狩ることを決意してみせたのだ。

 ならばレーベンもやらなければならないのだ。彼女の隣に立つならば。

 シスネが手を離し、だが「線」は繋がったまま。

 レーベンは機械剣を構える。構えて、その黒銀の切っ先を二人に向けた。

 かつての友。唯一無比の友人たち。それでも。だからこそ。

 

 

「貴公を、狩るぞ」

 

 

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