魔女狩り聖女   作:甲乙

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友よ、死にたまえ

 

 青空の中で、弾き飛ばされた剣がくるくると宙を舞う。

 剣を失くしたレーベンは両手をあげて降参――する振りをして、眼前のライアーに掴みかかった。まるで騎士らしくもない不意討ち。それこそ縄張り争いに猛る野良犬じみた動きで。

 

『ぐべっ!』

 

 だがそんな浅ましい手はお見通しだったらしい。レーベンの手が彼の脚を取ろうとした瞬間、その脚が膝蹴りの形でレーベンの顔面へと突き刺さったのだ。無慈悲な反撃に悶絶したレーベンは芝生の上を転げまわったが、ライアーはもう油断しない。更に続く容赦のない蹴りで中庭の池に落とされてようやく、レーベンは己の負けを認めた。

 

 

 

『ひどいな』

『てめぇが汚い手ばっかり使うからだろうが』

 

 並んで教会の中庭に座り込み、脱いだ上着を絞りながらレーベンは愚痴を零す。対してライアーはいつも通り、不機嫌そうな顔で吐き捨てた。

 

『心外だな。“魔女は――”』

『“魔女は何をしてくるのか分からない”、だろ』

 

「聞き飽きた」と、嫌そうな顔でライアーがまた吐き捨てる。共に見習い騎士となって既に五年、毎日のように聞かされてきた言葉だ。だからこそレーベンはあの手この手を使ってライアーの修練にも付き合ってやっているというのに、もう少し感謝してほしいものである。……正攻法ではもう全く勝てなくなって久しいということもあるが。

 

『……何をしてこようが知ったことかよ。どいつもこいつもぶっ殺してやる』

 

 ぎちりと、握りしめた鉄剣の柄が軋む音を聞く。横目で見たライアーの鳶色の目はいつも通り、怒りと憎悪に燃え盛っていた。特に珍しいことでもない。家族や故郷を魔女に奪われて騎士を目指すような少年は皆が似たようなものだ。家族も故郷も知らないレーベンには分からない話である。

 分からない話ではあったが、ライアーをこの目のままにしておくと色々と面倒だったからレーベンは話を逸らすことにした。もう一人の友人の為でもある。

 

『早いな。遂に今年か』

『遅えよ。待ちくたびれたぜ』

 

 あと半年も経たずにレーベン達は騎士としての修練を終え、遂に「見合い」の時を迎える。同じく聖女としての修練を終えた見習い達と聖性を通わせ、それを終えてはじめて騎士となれるのだ。

 魔女に復讐する為に騎士を目指すライアーにとってはまさに悲願であり、この五年はまさに雌伏の時だったのだろう。それもまた、ただ流されるがまま騎士の道を選んだレーベンには分からないことだった。

 

『……』

 

 ふと視線を感じ、目だけを動かして中庭の端に向ける。聖女棟の壁、そこから半身を出すようにして佇む金髪の女がいた。やたらと伸ばされた前髪で顔を隠すようにしており、そこから覗く碧眼は相変わらず何かに怯えているように揺らいでいた。その風貌と行動のせいで気味悪がられることも多いが、素顔は意外なまでに端麗であることをレーベンは知っている。あと胸がひどく大きいことも。

 あの見習い聖女――カーリヤの存在に気付いていないのか無視しているのか、ライアーは不機嫌そうに空を見上げている。この二人の関係はひどく複雑なようで、長い付き合いではあるものの賢くはないレーベンには未だによく分からない。これでもまだマシになった方なのだ。彼が彼女に暴力じみた拒絶をしなくなった程度には。

 

『……おい、何やってんだ』

 

 自分を咎められたと思ったのか、カーリヤがびくりと身を竦ませたのが見える。だがライアーの言葉は、いきなり中庭の木を登り始めたレーベンに対するものだ。

 

『いやなに、どの聖女と組もうか今の内に考えておこうかと』

『覗きかよ。落ちて死ね』

『固いことを言うな。カーリヤも中にはいないようだしな』

『あいつは関係ねぇだろうがっ』

 

 心なしか赤い顔で表情を歪めたライアーは、ちらと聖女棟の陰に目を向けた後で、何故かレーベンの後に続いてきた。

 

『なんだ、結局は見るのか。この浮気者(コルネイユ)め』

『ただの鍛錬だよっ』

 

 吐き捨てたライアーが木に登りながら枝を揺らし始め、負けじとレーベンも彼を蹴落とそうとする。わたわたと木に駆け寄ってきたカーリヤが木の下で右往左往する様を見て、レーベンは灰色の目を細めた。

 

『俺も少しは楽しみになってきた』

『はっ! てめぇみたいな馬鹿の聖女になる女なんざ、とんでもない不細工か、頭のおかしいイカれ女のどっちかだろうよ!』

『勘弁してくれ』

 

 

 

 あと半年も経たず、レーベンは「見合い」の時を迎える。こんな何も無かった、今も大して何も持っていない自分でも、騎士となるのだ。

 その先までは分からない。考えたこともない。初めての魔女狩りで死ぬのかもしれないし、案外それなりの歳になるまで騎士を続けるのかもしれない。もしそうだとすれば、自分などよりよほど強いライアーも生き残っているのだろうし、彼の聖女はきっとカーリヤだろう。

 ライアーと、カーリヤと、レーベンと、そして誰か――レーベンの聖女。四人で魔女を狩って、たまに酒でも飲んで、今みたいに下らない話をして。

 そんな未来が、レーベンは少しだけ楽しみに思えたのだ。

 その日、その時、非現実的なまでの青空の下で。

 たしかに、そう思えていたのだ。

 

 

 ◆

 

 

 はじまりはシスネの銃撃だった。今なおレーベンの奥底にこびりついた迷いを断ち切るかのように響いた銃声と共に、一直線にレーベンは駆ける。

 

「ぬんっ!」

 

 様子見などしない。手加減も、躊躇も、慈悲も一切を捨てなければならない。故にレーベンは機械剣を振り上げ、引き金を弾きながら渾身の力で振り下ろした。

 吹きあがる青い炎。弾ける火花。交わる黒銀と聖銀の刃。

 

「……貴公っ!」

 

 だが当然、あの魔女を害そうとする相手を見逃す「彼」ではない。

 見上げるような長身。重厚な鎧。聖銀の片手剣。立ちはだかる首なし騎士(デュラハーン)

 血を噴き出すこともないその首からは黒い泥が「線」となって伸び、魔女の右手と繋がっていた。その泥線が、青白い光を奔らせる。

 

「ぬ……、が……っ!」

 

 ぎちぎちと、眼前の騎士の鎧が軋む。全身が青白い聖性を帯び、鎧の内側で死肉となった筋肉が膨張している。刃の上下を入れ替えられ、レーベンを機械剣ごと押し潰さんと迫ってくる。

 

『ごめん――』

 

 騎士の背後で座り込む、脚のない魔女。背中から生え出でた骨の翼を脚のように地面に突き立て、両手に構えた長大な魔銃をレーベンに向けていた。銃身に滾る聖性。遥か上空から幾人もの聖女を狩った魔の銃撃を、この近い間合いで放とうと――!

 

「動かないで!」

 

 シスネの叫び。

 

『――ライアー!』

 

 魔女の叫び。

 重なる銃声。

 レーベンの二色の双眸は青白い閃光に塗りつぶされた。彼女の声に従い動かさなかった頭を、何かが恐るべき速さで掠めていったのが分かる。シスネの放った散弾が魔女の銃口を逸らさなければ、今の一撃で決まっていた。そう確信してしまうほどの銃撃。

 

「すこしは、加減したまえよ!」

 

 あんな物を至近距離でくらえば、レーベンの体など一瞬でバラバラになる。聖性の治癒にも限界はあり、そしてあの銃撃はその限界を遥かに超えている。一撃でも受けてはならない。

 八つ当たり交じりに騎士へと斬りかかるも、それも全て弾かれた。騎士の握る片手剣。その体躯からは短剣のようにすら見えてしまうほど小振りな、だが分厚い刃を持つ特注品。受けと弾き、防御に特化された片手剣が鉄壁の盾となってレーベンの剣戟を寄せ付けない。

 ならば――!

 

「シスネ!」

 

 返事の代わりに短銃が連続して火を吹いた。それすらも当然のように騎士の剣は弾き落とし、だがそれでも限界はある。剣は一振りしかなく、故に一度で防ぐ攻撃もまた一度だけ。半ば銃撃に飛び込むような形で機械剣を振るい、騎士が銃弾を弾いたと同時に斬りかかる。

 

「ぐ――っ」

 

 だがそんなレーベンの浅知恵などお見通しだったのか。騎士の長い脚がレーベンの腹へと突き刺さった。不安定な姿勢で放たれたその蹴りは間合いを外させる為のものであり、故にそこまでの威力は無い――それでも臓腑を抉られる思いだったが。

 だがレーベンもそれで終わる気は無い。

 

 ――くらえ

 

 弾かれる引き金。刀身から青炎が伸び、間合いを倍近くまで延長する。後ろに倒れ込みながら振るった炎の斬撃は騎士へと届き、そして炎の刃は弾くこともまた出来ない。

 

『――――』

 

 炎刃に胸を焼き斬られても、騎士は何ら声をあげない。口どころか頭すら無いのだから当然だが、そもそもアレは魔女に操られたライアーの死体でしかない。例え二本の脚で立ち、その手で彼の剣を振るおうとも、所詮は人形遊びのようなもの。

 そう、思っていた。

 

「おあぁっ!」

 

 魔女狩りの定石に漏れず、眼前の騎士にも炎が有効であることに気付いたレーベンは更に機械剣を振るった。間合いを詰める必要はない。こちらの炎刃は届き、相手の剣は届かない、そんな距離で引き金を弾く。防御は出来ず、回避するならその隙を狙う。そしてその瞬間こそが仕留める絶好の機。

 だが。

 

「……な、」

 

 鈍い金属音。動かない黒銀の刀身。空に向かって無意味に伸びる炎。

 機械剣の刃は、騎士の左手にがっちりと掴み取られていた。噴き出す炎に焼かれながらもまるで動じず、手を包む聖銀の手甲もまた熔けることはない。騎士の躰に奔り続ける青白い光。泥の「線」の先にいる魔女は聖性を発しながら、魔銃の銃口をレーベンに、

 

「伏せて!」

 

 シスネの声と共に雷鳴のような銃声が二つ重なり、皆が同時に動いた。

 レーベンは動かない機械剣を手放し、両脚に全力を込めて後方へ跳び退る。過剰な聖性によって弾け飛んだ体でなんとか草地を掴み、十歩ほどの距離で動きを止めた。

 シスネは片手で撃った大短銃を持ち替え、震える右手で短銃を構えて魔女たちを牽制する。

 騎士は飛来した銃弾を片手剣で打ち払う。代償として分厚い刀身が砕けたが、あの強力無比な銃撃を無傷で切り抜けた。

 魔女は必殺の銃撃を再び躱され、だが何を感じた様子もなく銃身に聖性を注ぎ始める。

 四者がそれぞれの攻撃を躱し躱され、場にごく短い静寂が訪れた。

 

 

 

「厄介な……」

 

 シスネの傍まで駆け戻ってきたレーベンは、片手剣を抜きながら小さく悪態をついた。二色の双眸を向けた先では、騎士が魔女を守るような位置に陣取っている。その手に握る片手剣は既に修復を終えていた。

 あの騎士が見せた動きを振り返る。剣を防御にこそ用いるという異質な剣技。前衛の騎士が相手を押さえつけ、後衛の魔女が撃ち抜くという連携。それは紛れもなく、ライアーとカーリヤが用いていた戦術そのものだ。

 そして機械剣の炎にもすぐさま対応してみせた機転。あの瞬間、騎士は自ら間合いを詰めて機械剣の刀身を掴み取った。後ろに退いても横に躱しても炎の刃は避けきれないと見切り、最適解を実行してみせたのだ。

 とても人形遊びなどとは呼べない。これではまるで……。

 

「すべて生前のまま、というわけですか」

 

 大短銃の装填を終えたシスネが代弁した。

 理屈など分からない、この場で考える時間も必要も無い。知識や技術が肉体そのものに染みつく、そんな事もあり得るのかもしれない。相手は元より常識外の存在。何をしてくるのか分からない、それが魔女の恐ろしさなのだから。

 だがそれならそれで、やりようはある。

 

「ひとつ考えがある。だからカ……魔女を押さえてくれ」

「必ず」

 

 決然とした声と共に銃を構える聖女の肩をひとつ叩き、レーベンは駆けだした。

 

 

 

 あの騎士を相手に正攻法で勝てるとは思わない。故にレーベンは正面からではなく、騎士の側面へと回り込む。

 それに対して騎士はゆらりと、首が無いにも関わらず首を巡らせるような動きをした。何を以てこちらの姿を捉えているかは分からないが、それもまた騎士が生前の動きを再現しているという証左でもあった。

 レーベンは尚も横に走り続け、ちょうど騎士と魔女が並んで視界に並ぶ、そんな位置に達した時。

 

『ごめんなさい……』

 

 向けられる魔銃。だがその銃口が光る前に、シスネの短銃が火を吹く。弾倉をすべて撃ち尽くすまで続いた銃撃は六発。その全ては魔女の躰に届くことは無かった。

 魔女の背中から生えた骨の翼。今となっては脚の無い躰を支えるぐらいしか出来ないと思われたそれが銃弾を尽く弾いてしまったのだ。雨の中で戦った破戒魔女(マリナ)の剣を思い出し、その雑念も追い払ってレーベンは鋭く踏み込んだ。シスネは自分の役目を果たしてくれている。己もそれに応えなければならない。

 

「もらったぞ!」

 

 レーベンの視線の先にあるのは魔女ではなく、騎士でもない。狙いは二体を繋ぐ泥の「線」だった。魔女の躰はともかくとして、騎士の躰はただの死体でしかない。どうやって動いているのかなど考えるだけ無駄だが、あの「線」を通じて何かをしている可能性は高いだろう。賭ける価値はある。

 それを裏付けるかのように、騎士は鋭い動きでレーベンの前へと立ちはだかってきた。弱点だと分かったところで、そう容易くはない。何事もそう上手くはいかない。特にレーベンは。

 だからこそ、それは本命であると同時に囮だった。

 

「ふんっ!」

 

 走る勢いのまま握った片手剣で突く――振りをして、左手で抜き放った手斧を投げつける。魔女狩りの中でレーベンが幾度も用いた小手先の奇襲。ライアーも見たことはあるはずだった。

 故に騎士は手斧を剣で弾くことはせず、ただ躰を横に傾けるだけで躱してみせる。必要最低限の小さな動き。あとは正面から突っ込んでくる無謀な相手を迎え撃てば良いだけ。破れかぶれで突きこまれた剣をあっさりと弾き、そして隙だらけの身をその拳で――。

 レーベンは、機械剣の引き金を弾いた。

 

 

 

 すべて本命であり囮だった。「線」を切れたならそれで良かった、手斧が当たるならそれで良かった、剣で貫けるならそれで良かった。その全てが失敗に終わり、そしてこれが最後で最大の一手。

 手放し、草地に埋もれたままだった機械剣。それを足で蹴り上げ、掴み取ると同時に二本目の引き金に指をかける。

 騎士は――()()()()()()()()()()()()()。故に一度は炎にその躰を焼かれ、そして二度目には対応してみせた。だが炎の刃はこの剣の持つ力の半分でしかない。

 二本目の引き金。刃を加速させ、振動させることで全てを斬り裂く、破壊の刃を彼は知らない!

 

 ――くたばれ、ライアー

 

 加速した刃が、騎士の躰を深々と斬り裂いた。

 

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