望乃のおかえり会をするためにかめやにやって来た勇者部は、目の前の光景を見て呆然としていた。
勇者部の前では二人の少女がうどんを食べ続けていた。一人は人の姿をした小木曽望乃。そしてもう一人は精霊の姿をした小木曽望乃。同じ顔をした二人が同じ勢いでうどんを食べていく。
「ちょっと! 食べ過ぎよ!」
二人がうどんを五杯食べ、六杯目にいこうというところで夏凛が止めた。
「え〜、まだ足りないよ〜」
二人の望乃が声を揃えて不満を言う。しかし夏凛は譲らず、二人はそこで止められてしまった。
「望乃はさっき、友奈と何か食べてたじゃない!」
「え〜。私、そんなの食べてないよ〜」
「そっちの望乃じゃなくて、髪が黒い方の望乃に言ってんのよ!」
「ん〜? 私? 私は食べたよ〜。おいしかったよ。ね〜? 友奈ちゃん」
「うん! 望乃ちゃんが買ったのもおいしかったよ!」
「や、やっぱり、食べさせ合いを……」
東郷がそれを聞いて悔しがっていた。
「それにしても、ややこしくない? 理由は知らないけど、望乃が二人いたら。望乃って呼んだら二人とも反応するでしょ?」
「それは私も思ったんよ〜。だから区別するために、精霊姿のコギーを精霊コギーって呼んでいいかな?」
「コギーって私のことですか?」
「疑問を持つの、そっちなの?」
「二人ともコギーなんよ~」
「そういうことなんですね~。わかりました。良いですよ~」
「せ、精霊望乃さん……って変な感じですね」
樹が少し照れながら精霊望乃のことを呼んでいた。
「ねえねえ、園子ちゃん。私は? 人間望乃でいいの?」
「コギーは今まで通りなんよ~」
「そうなの? ざ~んねん」
「何で残念なのよ」
「ねえねえ、私」
そこで精霊望乃が望乃に話しかける。
「どうしたの? 私?」
「その呼び方はどうなの?」
夏凜が二人の呼び方に疑問を口にするが、精霊望乃は気にせず続ける。
「ご主人様のこと、ご主人様って呼んでないし、敬語も使ってないけどいいの?」
「うん、園子ちゃんがね、そうしてって言ったからね~」
「そうなんだ~。私もそうしたらダメですか~?」
「いいよ~」
精霊望乃が園子にそう聞くと、園子は一つ返事で了承した。
そうして、仲良く話していた時、樹が少し遠慮がちに手を上げる。
「あの、そろそろお店を出ませんか? ずっと話してるのもお店に悪いですし」
「でも、精霊望乃のこともあるし、これからどうするのよ」
「じゃあ、私の家に行くんよ!」
「そのっちの?」
「そうなんよ! さあ、行くんよ!」
そうして勇者部は、園子の家に行くことになったのだった。その道中、精霊望乃が望乃のやってきたことを聞きたいと言ったので、それまで望乃がやってきたことを話しながら向かった。
園子の家にやってきた勇者部は、そこで精霊望乃の話を聞くことにした。
「それで、精霊望乃は結局何者なのよ」
「風ちゃん。私は小木曽望乃だよ」
「いやだから、望乃はここにいるのよ」
精霊望乃は考える素振りを見せてから言った。
「私、みんなに聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「聞きたいこと?」
「うん、何でみんな、そっちの私を本物の小木曽望乃だって思ってるのかなって」
「望乃が偽物だって言うわけ?」
「私、何かおかしなこと言った? だってそうでしょ? そっちの私を見て、小木曽望乃とは思わないと思うんだよ」
「望乃ちゃんは私たちの記憶を持っていた。だから私たちは見た目が違くても、望乃ちゃんだと思ったのよ」
「うん、その時はそう思っておかしくないと思うよ。でも、今は違うよね? だって、記憶なら私にだってある」
「つまり精霊コギーはこう言いたいんだよね? コギーに私たちの記憶があることは、コギーが本物である証拠にはならない。だからコギーが本物だとは言えない。そういうことだよね?」
「そうだよ。それに、そっちの私はおかしなことがあるんだよ。何で、髪が黒くなってるの?」
「これは人間になった証拠だよ」
「それがおかしいよね? だって、この髪は園子ちゃんの髪色だよ。それが変わって、人間になった証拠はおかしいと思う」
「コギーの髪色が変わったのは、私の精霊じゃなくなったからだと思うんよ」
「でも、それは推測だよね? それにおかしいのはそれだけじゃないよ。そもそも、精霊が人間になることがおかしいし、さっき聞いた神の力を使えるのもおかしい。精霊にそんなことはできないし、神樹様が精霊にそんなことをするとは思えないよ」
「でも望乃は実際に……」
「夏凜ちゃん、もしそれが全て嘘だとしたら?」
「嘘……?」
「そう、神樹様が精霊にそんな特別扱いをするなんてありえない。だからそっちの私の言ってたことが全部嘘だって考えるのが普通じゃないかな?」
「でも私は見たのよ! 望乃が神の使いとかいうのを話してるのを!」
「近くで見たの?」
「いや……遠くから」
「それならそれが本当にその神の使いだったかなんてわからないよね?」
「それなら、精霊に戻ってたのは? 神の力だって使ってたわ。それはどう説明するつもりよ!」
「これはあくまで推測なんだけどね。私はそっちの私の正体は、神様だと思ってるんだよ」
「神様?」
「うん。精霊だとはいえ、全く同じ存在になれるとしたら、神様くらいしかいないと思う。しかもそうだとしたら辻褄が合うんだよ。私と同じ記憶を持つこともできるだろうし、精霊の力も使えると思う。神の力も当然使えるし、あとはそれらしい行動をすればみんなを騙すことはできるよ」
「私、もうみんなに嘘は吐いてないよ」
「そうよ! 望乃は私たちを騙してなんか――」
「じゃあ、こういうことだね。あなたは神様が作った存在。だから特別な扱いも受けられる。そして神様は小木曽望乃の性格を考えて、それらに関する記憶をなくした。間違っても言うことがないように」
「……そうなの、かな?」
「そうだよ。本物の小木曽望乃は私。あなたは小木曽望乃じゃないんだよ」
精霊望乃の言い分に、勇者部は抗議を続けていたが、どれだけ話してもこれまで一緒にいた望乃が本物であるという証拠は見つからなかった。
その間、望乃は一言も話さず考え続けていた。そして望乃はこう思っていた。
精霊望乃の言う通り、自分は小木曽望乃ではないのかもしれない、と。
結局、望乃の問題については後日ということになり、勇者部は解散した。行き場所のない精霊望乃は、園子の家に泊まることになった。
「あの精霊望乃さんが言ってたことって、本当なのかな?」
帰路に就いていた樹は、隣を歩く風に話しかけた。
「わからないわ。でも望乃が本物だっていう証拠がないのも確かよ。今まで一緒にいた望乃が望乃じゃないなんて思いたくないけどね」
「でもお姉ちゃん。私、精霊望乃さんが望乃さんじゃないみたいに思うの」
「それは私も思うわ。なーんか違和感あんのよねー、あの望乃」
犬吠埼姉妹がそんな話をしていたのと同じ頃、友奈と東郷も望乃について話していた。
「ねえ、東郷さん。あの精霊望乃ちゃんのことどう思う?」
「そうね……。精霊望乃ちゃんが言っていたことには、辻褄が合っていたわ。言われてみたら、望乃ちゃんにはおかしな点が多かったわ」
「じゃあ、東郷さんは精霊望乃ちゃんが本物だと思うの?」
「思わないわ。精霊望乃ちゃんの言っていたのことは、一見正しいように見えるけど、確実におかしなところがあった」
「おかしなところ?」
「ええ、そのっちは気付いていると思うけど……」
「?」
友奈は東郷の言っていることがわからず、首を傾げた。
自宅へ帰ってきた望乃と夏凜。その玄関で不意に望乃が足を止めた。
「どうしたのよ」
「夏凜ちゃん、私入ってもいいのかな?」
「何言ってんのよ。ここはあんたの家でしょ?」
「だって、私は小木曽望乃じゃないのかもしれない。そうだとしたら、私に入る資格はないから……」
「……入りなさいよ。そんなところにいたってしょうがないでしょ」
「……夏凜ちゃん!」
入れと言われた望乃は、靴を脱いで目の前にいる夏凜に勢いよく抱きついた。
「私、望乃じゃないのかな? もうみんなといたらダメなのかな? せっかく、もっとみんなといたいって、もっと生きたいって思えたのに……そんなの許されないのかな?」
そう言う望乃は肩を震わせていた。夏凜は震える望乃の頭を優しく撫でた。
「大丈夫よ。あんたはちゃんと本物の小木曽望乃よ。小木曽望乃の親友である私が保証するわ」
「夏凜ちゃん……。でも、そんな証拠どこにも……」
「証拠なら今見つけたわ。決定的なやつをね」
「あったの?」
「そうよ。そもそも、あの精霊望乃の行動はおかしかったしね。だからもう、自分を追いつめなくていいのよ」
「……私には全然わかんないよ?」
「そりゃそうでしょ。あんたは自分のことを客観的に見たりしないでしょ。見てたら人前で抱き付いたりしないだろうし」
「え~。抱きつくのはおかしくないよ~?」
「そう思ってんのは、世界であんただけよ! とにかく、大丈夫だからさっさとご飯にしましょう」
夏凜は抱きついていた望乃を引きはがして微笑みかける。
「……うん! 夏凜ちゃん!」
夏凜の顔を見て、夏凜の言うことを信用した望乃も同じように笑みを浮かべた。
「それで、夏凜ちゃん。今日のご飯、にぼしでい~い?」
「何でよ!」
「だって、晩御飯の材料を買ってないから~」
「ちょっ! もっと早く言いなさいよ! すっかり忘れてた私も悪いけど……。とにかく、早く買いに行くわよ!」
「は~い」
慌てて家を出る夏凜の後を、望乃はのんびりと付いて行った。
一方その頃園子は、精霊望乃と二人きりになり、待ってたと言わんばかりに話しかけた。
「ねえ、精霊コギー。あなたのことについて、聞きたいことがあるんだ~」
「聞きたいこと?」
「精霊コギーはさ、コギーが本物のコギーじゃないって言ってたよね?」
「うん」
「それはつまり、あなたが本物のコギーだって言いたいんだよね?」
「そうだよ〜」
「でもさ〜、コギーだったら、私たちの前で言ったりしないと思うんだよね〜」
望乃はいつも一人で問題を抱えていた。園子はそのことを言っていたのである。
「そうだね〜。流石にみんなと会った後だったから、言わないのは無理かなって思ったんだよ」
「それは、確かにそうだね。じゃあ、もう一つ聞いてもいい?」
「いいよ〜」
「コギーに精霊が人間になるなんてありえないって言ってたよね? ってことは、精霊コギーは精霊なんだよね?」
「うん、そうだよ」
「それじゃあさ、何で他の精霊みたいに消えてないの?」
「!」
そう聞かれた瞬間、精霊望乃は図星を突かれたような表情になった。
「だっておかしいよね? 神樹様が消えて、あのアプリも使えなくなった。だからもちろん精霊も消えた。それなのに、あなただけがまだ存在してるなんて、おかしいよね? 神樹様が何かしたって言うのはなしだよ。それこそ、特別扱いになるからね」
「……」
精霊望乃はどう答えるか考えているようだった。そして大きく息を吐いて言った。
「ダメだな~。そう聞かれた時の返答も考えてたんだけど、乃木園子は騙されてくれないかな~」
「認めるんだね?」
「そうだね。警戒が足りなかったよ~」
「じゃあ、教えてくれない? 精霊コギー、あなたは何者なの? 目的は何なの?」
「ん~。何者かはまだ答えられないかな。まあ、言ってもいいんだけど、まだ言わない」
「目的の方は?」
「それは答えるよ。私の目的はね――小木曽望乃をこの世から消すこと、だよ」
それを聞いた園子は大きく目を見開いた。
「消す? コギーを? 何でそんなことを……」
「それはね、もう必要がないからだよ」
「そんな……私、あなたがそんなことをするような、悪い人には見えないんよ」
「……さてと、そろそろ私はここから離れるよ。私の思惑が外れてほしくないからね」
精霊望乃はそう言って窓から外に出て行った。精霊の力を使えるであろう、精霊望乃に追いつけないことがわかっていた園子は、後を追うことはしなかった。
園子は今の出来事を勇者部に伝えながら、精霊望乃の真意を考えていた。
次回、随分と引っ張りましたが、望乃が二人いる理由、判明です。