もう一人の小木曽望乃と出会った次の日。放課後に望乃はとある場所に向かっていた。そうしてやってきた場所は、夏凜がよく鍛錬をしていた浜辺だった。冬の浜辺は異常なまでの寒さだった。そこでコートも着ずに、讃州中学の制服だというのに寒そうには全く見えない人物が待っていた。
「待ってたよ」
そこで待っていたのはもう一人の小木曽望乃だった。
「びっくりしたよ~。まさか私に呼び出されるなんてね~」
「……もう知ってるんだよね? 私が本物の小木曽望乃じゃないことに」
「そうだね」
「まあ、そうだよね。園子ちゃんが言わないわけないもんね」
「そりゃあ、そうだよ~。小木曽望乃じゃないんだから~」
「そうだよね。それじゃあ、本題に入ろうか」
「その前にちょっといいかな~?」
「ん~?」
「場所、変えない? 流石に冬の浜辺は寒いよ~」
「そんな暖かそうなコートを着てるのに?」
「着てても寒いよ~。あなたはそんな薄着で寒くないの?」
「私は寒いのとか無視できるしね。でもまあいいよ。移動しようか」
精霊望乃が承諾し、二人は望乃が指定したそれほど寒くない場所に移動する。
「それで、本題なんだけど、予想通りだけど一人で来たんだね。園子ちゃんは私があなたを消そうとしてるって言わなかった?」
「言ってたよ。でも、だからこそ私は一人で来たんだ」
「そうだろうね。小木曽望乃はこういう時、誰にも相談せずに一人で抱え込む。一応私も小木曽望乃だからあなたがそうするってわかってたんだ」
「ねえ、何であなたの本当の目的は何なの?」
「そうだね。なら、全部教えてあげるよ」
そう言って、精霊望乃は大きく深呼吸をする。
「まず、私の正体はね、天の神の化身だよ」
「……天の神の化身?」
望乃は首を傾げて聞き返す。
「勇者が倒した天の神。その天の神が復讐するために送り込んだのが私。目的は勇者を絶対的な絶望を与えてこの世から消すこと。その手始めに、あなたを消して小木曽望乃に成り代わる。そして内部から絶望に突き落とす。それが私の目的」
「何で私に?」
「それは確かな生命体である人間をコピーすると、世界に影響を及ぼしてしまうからだよ。でも小木曽望乃は違う。人間として、確かな生命体として生まれたわけじゃないあなたをコピーするのは問題ない。そういう意味では小木曽望乃以外になかったと言えるね」
「なるほどね。でも私は園子ちゃんコピーだったし、私の精霊部分だった妖狐は銀ちゃんの姿をしてたよ」
「それは完全なコピーじゃないからね。全くの同じって言うわけじゃなかったでしょ? 私が小木曽望乃をコピー対象にしたのは、精霊の力とか勇者の素質とかその辺もコピーするためだしね」
精霊望乃は両腕を伸ばして、その両方の手に木刀を出す。そしてその片方を望乃に投げ渡した。
「これは?」
「私の正体も、私の目的も話した。これ以上話すことは何もないよ。あとは、決着をつけるだけ」
「……戦うの?」
「そうだよ。同じ姿をした私たちは互いに干渉することができる。相手を本気で消そうと祈れば消すことができるんだよ。そして私が記憶を操作すれば、私は小木曽望乃に成り代われる。だからこの戦いは、私が勝って小木曽望乃になるか、あなたがそれを阻止するか、そのための戦いだよ。私が最後の敵で、これが最後の戦いだよ」
そうして、小木曽望乃対小木曽望乃の戦いが始まった。先に仕掛けたのは精霊望乃だった。精霊望乃の攻撃を防ぎ、望乃が反撃するが、難なく躱されてしまう。それから望乃は防戦一方になってしまう。
人としては運動能力が高い方の望乃だが、精霊の力も勇者の力も持っている精霊望乃と渡り合うのは不可能に近かった。
精霊望乃の連撃をギリギリで防ぎ続けていた望乃だったが、隙を突かれて木刀を精霊望乃の後方に飛ばされてしまう。そしてその反動で望乃は尻餅をついてしまった。精霊望乃が望乃を見下ろし、望乃に向かって手を伸ばした。
「思ったより早く終わったね。これでもう、終わりだよ。最後に何か言い残すことはあるかな?」
「……私ね、今までみんなに隠してばっかりだったんだ。精霊だったことを始め、後遺症を治せるかもしれない方法とか、美森ちゃんの記憶とか、友奈ちゃんのこととか、精霊に戻ることとか、神の力やそれを使った後のこととか……いろんなことを隠してきたんだ。嘘を言って誤魔化して、誰にも相談しなかった」
「それがどうかしたの? それが、小木曽望乃でしょ?」
「うん、でも、私はそんな私が嫌いだった。だから……ちゃんと相談したよ」
「……え? それって」
「こういうことよ!」
突然後ろから聞こえてきた声に、精霊望乃は反射的に振り返って木刀を向けた。しかしその向けた木刀は、声の主――夏凜によって弾き飛ばされた。その夏凛が持っていた木刀は、先ほどまで望乃が手にしていた木刀だった。
「夏凛、ちゃん? もしかして、一人で来たっていうのが嘘だったってこと?」
「私は一人で来たよ」
「望乃ちゃんが一人で来たのは嘘じゃないわ。ただ、私たちも望乃ちゃんに相談されて場所を聞いていただけ」
夏凛の後方から他の勇者部が現れる。
「なるほどね〜。みんな、私が偽物だってわかってるみたいだね」
「当たり前よ! こっちは決定的な証拠だって見つけたのよ!」
「決定的な証拠? そんなミスはしてないと思うけど……」
「抱きつきよ!」
「私、抱きついたよ?」
「抱きついた? バカにすんのも大概にしなさい。望乃はね、抱きつくのが癖なのよ。だから毎日抱きついてんのよ。そんな望乃が、相手に尻餅をつかせるような抱きつき方をするわけないでしょ! あんたの抱きつき方は私の抱きつき方と同じだったわ。そう、抱きつき慣れてないやつのね!」
「夏凜ちゃん抱きついたの?」
「私が消えてから帰ってきた時にね~」
「そんなことはどうでもいいのよ! それで私はあんたが偽物だってわかったのよ!」
「学校で聞いた時も思ったけど、それ夏凜以外にわからなくない? 樹、望乃の抱きつき方の違いなんてわかる?」
「え? わかんない」
「みんなは?」
風が樹に聞いた後、勇者部に聞く。勇者部はその問いにフルフルと首を横に振った。
「つまり、夏凜にしかわからないから意味ないのよ!」
「あんた、どっちの味方よ!」
「でもすごいね、夏凜ちゃん! 抱きつかれマスターだね!」
「抱きつかれマスターって何よ!」
「抱きつかれマスターの夏凜ちゃんか。それなら納得かな~」
「二つ名みたいに言わないで!」
夏凜は勇者部のノリに当然のように加わった精霊望乃に、少し疲弊しながら木刀を向けた。
「とにかく、あんたの負けよ。観念しなさい」
木刀を向けられた精霊望乃は、フフッと笑った。
「それ、本気で言ってるの? 夏凜ちゃん」
「え?」
「本気で、勝てると思ってるの? 勇者が揃ったところで、もう勇者の姿にもなれないみんなが、精霊の力も勇者の力も使うことができる私に、勝てるとでも思ってるの?」
そう言って夏凜に余裕の笑みを見せる精霊望乃の背中に何かがくっつく。精霊望乃がそれを確認すると、望乃が抱きついていた。
「確かに、みんなの力を合わせてもあなたに勝つのは難しいかもしれない。でも、あなたを倒す方法ならある。あなたは言ったよね? 私たちは互いに干渉できるって。あなたが私を消すことができるのなら、その逆も可能だよね?」
「し、しまった!」
「これで、終わりだよ!」
望乃がそう言って二人の身体が光り始める。しかしその光はすぐに収まり、望乃が精霊望乃から離れる。
「……え? 何をやって……」
望乃の行動に、精霊望乃は理解が追いついていなかった。
「ここで私があなたを消して、あなたという最後の敵を倒して、世界と勇者部の平和は守られて、めでたしめでたし。それが、あなたの本当の目的だよね?」
「何で……それを……」
「私、あの後思ったんよ。精霊コギーが偽物だってわかった後に小木曽望乃を消すことが目的って言ったから、コギーが目的だと思ったんよ。でも、小木曽望乃を差す人物は一人じゃない」
「つまり、精霊望乃ちゃんの本当の目的は、精霊望乃ちゃん自身を殺すこと。そうよね?」
確信を持っているような園子と東郷の言葉に、精霊望乃は動揺し始めた。
「そ、そんなわけないよ! 私は自分じゃなくて本物の小木曽望乃と殺そうと……」
「殺す? 本気でそんなことを考えてるやつが、武器に木刀を選ぶわけないでしょ! それに、あんたはどう見ても望乃に攻撃を当てるつもりがなかったわ」
「そもそもおかしかったんです。望乃さんを騙っていたのに、それがバレても大丈夫そうでした」
「それって全部、私たちが精霊望乃ちゃんを敵だって思わせるためにしてたんだよね?」
「天の神の化身って言ったのも嘘よね? 天の神って言った方が敵だと思わせやすそうだしねー」
「わ、私は……」
汗を掻いて反論の言葉が出ない精霊望乃を見て、望乃が口を開く。
「もう隠さなくていいんだよ。ねっ? 神樹様」
「! そんなことまで……」
「うん、知った時は驚いたけど、納得もしたよ」
「そっか……。じゃあ、もう白状しちゃおうかな。そうだよ。私は神樹。正確には、次の神樹になるために神樹が作り出した存在だよ。ここに来た目的はみんなが言ってた通りだよ。私はもうこの世に必要ない存在。だから私は勇者に殺される。それが私の目的」
正体が明らかになったにもかかわらず、精霊望乃――もとい神樹望乃は笑みを崩さなかった。
「そんなこと、できないよ」
「本当に? それでいいの? だってこれは、神を殺せる千載一遇のチャンスなんだよ。みんなあるでしょ? 神を、神樹を憎んだことが。恨んだことが。それを晴らせるのは今しかないよ。武器なら私が用意してあげる。何なら、勇者の姿にしてもいいよ」
神樹望乃のその言葉に対して、否定の言葉は出なかった。しかし、誰も動こうとはしなかった。
しびれを切らせた神樹望乃がフウと息を吐く。
「美森ちゃん」
「え?」
「美森ちゃんは神樹を殺さなくていいの?」
「……ええ」
「おかしいな。美森ちゃんが一番恨んでそうなのにな。だって考えてみてよ。みんなが満開の後遺症で苦しんだのも、小木曽望乃が悩んでたのも、友奈ちゃんの神婚のことも、全部私のせいだよ? ほら、そう聞いたらさ、怒りが沸いてくるよね?」
神樹望乃が勇者部にそう言うが、やはり誰も動こうとはしなかった。
「何で? 何でみんな何もしないの?」
動揺し始める神樹望乃を見て、友奈が口を開いた。
「……私、知ってるよ。精霊望乃ちゃん、ううん、神樹様望乃ちゃんが悪い人じゃないって」
「何を根拠に……」
「友奈ちゃんに聞いたんだ」
「友奈ちゃんって……ああ、高嶋友奈ちゃん?」
「やっぱり知ってるんだ。聞いたんだ。友奈ちゃんは私の近くにいたけど、話すことはできなかった。でもそれをできるようにしてくれた、とても優しい子がいたって。それって神樹様望乃ちゃんのことだよね?」
「……」
神樹望乃は黙ったままだった。代わりに東郷を口を開いた。
「私も知ってるわ。神樹様は友奈ちゃんの元に向かっていた私と風先輩を攻撃していたのに、突然止んで私たちを守るようになったわ。突然心変わりするなんておかしいと思っていたけど、神樹様の攻撃をあなたが止めたと考えたら、納得がいったわ」
「……」
神樹望乃はまだ黙っていた。そこに畳みかけるように望乃が口を開いた。
「私もね、ずっと疑問だったんだ。私は神の力を使ったけど、本当に神樹様が私にそんなことするかなって。でもそれがあなただったとしたら、おかしくないかなって思う。だってあなたは、こんな状況になっても私たちに襲い掛かろうともしない、優しい人だから」
「違う。全部違うよ! 私じゃないよ! 優しいだなんて、そんなことは絶対にないよ!」
「勇者部六箇条~!」
「勇者部六箇条? 五箇条じゃなかった?」
「増えたんだよ。勇者部六箇条、一つ、無理せず自分も幸せであること! あなたは勇者部じゃないけど、小木曽望乃だから。死ぬなんて言わないで幸せになってほしい。あなたが幸せでいられるところもきっとあるから」
「……幸せ?」
神樹望乃はそう聞いて、頭に思い浮かべる。それは芽吹、亜耶、雀、夕海子、しずくが一緒に笑っているところだった。
「……私は――」
次回は神樹望乃視点の話です。防人での行動で、謎だった部分が明らかになります。