私が生まれたのは結城友奈を御姿にした少し後。神の力を使い過ぎた神樹は、自身の寿命が尽きそうになってきていることを理解していた。だからまだ力のある内に、私を作り出した。力を蓄えさせるために。
私が生まれた理由は、今の神樹の寿命が尽きて枯れ果てた後、新たな神樹になること。だから私の為すべきことは力を蓄えつつ、生き続けること。ただそれだけだった。
その力のエネルギーを蓄えるには食物を摂取する必要があり、そのためには動ける身体が必要だった。とはいえ神樹と言えど、人間を作り出すわけにはいかなかった。しかしそこにはまだ小木曽望乃がいた。小木曽望乃の精霊の部分だけ取って勇者部の元に返すことを考えていた神樹は、返す期間を遅らせて小木曽望乃の完全なるコピーを作り、私の身体にした。こうして、もう一人の小木曽望乃が誕生した。
小木曽望乃の身体は、私にとって都合がとても良かった。
なぜなら、小木曽望乃は精霊の力も勇者の力も使える。しかも自我を持つ精霊は他にいないので、多少おかしなことがあっても、本物の小木曽望乃と乃木園子以外なら『精霊の力』と言えば丸め込める。それ以外にも、エネルギーとなる食物を大量に摂取しても違和感を覚えられることはなく、元々の性格上信用も得られやすい。これほど私がコピーするのにうってつけの存在は他にいないだろう。
そうして私は動ける身体を手に入れ、壁の中で力を蓄えることにした。しかし大赦に私の存在が知られれば、私の持つ神の力を利用するだろう。だからと言って、本物がいる勇者部のところには行けない。だけど丁度良いことに、大赦が防人というものを作ってお役目を与えていることを神樹から聞いた。私は神樹だから神樹から直接話を聞けたのだ。とは言っても、あくまで主導権は向こうだから教えてくれなければ知ることはできない。そして私はそこに大赦に気付かれないように参加することにした。
私の最優先事項は私が生きること。勇者でもない防人なら犠牲にしても問題はないし、そういう意味でも丁度良かった。
防人の一員になってから、私は小木曽望乃として振舞うようにしていた。防人の中に小木曽望乃を知る人物がいたからそうする必要があった。小木曽望乃に関する知識は申し分ないから、それを行うことに問題はなかった。
小木曽望乃の性格上、防人の子を守らなければ違和感が発生するため、極力守るように尽力した。星屑と戦うだけなら精霊の力である身体能力向上だけで問題がなかったからだ。バーテックスが現れた時だけ防人を犠牲にして逃げれば、それで良かった。そう思っていた。
防人のお役目は、意外にも私の養分になっていた。あのお役目のおかげで私も力を大きく蓄えることができた。大赦は神樹をわかってるようだったけど、神樹が先に対策をしてたとは欠片も思っていなかったみたい。
そんなわけで、私は小木曽望乃を演じながら防人の子たちと日々を過ごしていった。そんなある時、国土亜耶が奉火祭の生贄になることを知った。その時は神樹から聞いていなくて何でって思ったけど、後から考えたら当然のことだった。所詮巫女の一人にすぎない国土亜耶が生贄になるなんてこと、神樹にとってわざわざ伝えるようなことではなかったのだ。しかし私はそれがわかってもなお、なぜか憤りを覚えずにはいられなかった。
そしてお役目が始まり、想定外のバーテックスが現れた。楠芽吹が立ち向かい、私がそれを追おうとした時、私の精神だけが移動させられた。
「……ここは?」
突然目の前の光景が代わった私は、すぐに犯人を理解した。犯人はもちろん神樹だった。
「……あなたが私の精神をここに連れてきた理由はなんとなくわかるよ。私にバーテックスと戦ってほしくないんでしょ? バーテックスと戦うには勇者の力を使わないといけない。そしてその勇者の力を使うには私の神樹の力が必要になる。せっかく蓄えた力を使ってほしくないんだよね?」
神樹は言葉を発さないけど、同じ神樹である私には言葉を伝えることができた。
「予定と違うって? 確かにそうだね。本来の予定なら、バーテックスが現れた時は自分の身の安全だけを優先して、防人は捨て置く。最悪、防人が全滅しても構わないから、自分が死なないことだけを考えろ、だったよね? たった数十人の命と神の命、比べるまでもなく神の命の方が大事だからって。それはわかってるんだけどね、ダメなんだ」
私はなぜ憤りなんてものを覚えたのかわかっていた。私は小木曽望乃として生きる内に、小木曽望乃の感情を得てしまっていた。小木曽望乃の感情を得てしまった私は、神樹と同じ思考ができなくなっていた。
「ねえ……。私のコピー対象として、小木曽望乃以上の存在はいなかったとは今でも思ってるよ。でも、私たちは間違ったんだよ。小木曽望乃をコピー対象にするべきじゃなかった。だってそのせいで私は神樹の考え通りに動けなくなってるんだから。私にはもう、芽吹ちゃんを犠牲にして逃げるなんてできそうにないよ」
私は神樹に背を向ける。
「どこに行くって? もちろん芽吹ちゃんを助けに行くんだよ。あなたが戻さなくても、私の力で戻るくらいは簡単にできるからね。安心して。役目を忘れたわけじゃない。でもこれは譲れない。だから――邪魔を……しないで! 私は、私のやりたいようにやるから!」
そうして私は戦いの場に戻って、楠芽吹に代わってバーテックスと戦った。その時に国土亜耶のことを何とかするために天の神のところに行こうとしたけど、神樹に邪魔をされてしまった。
私は防人の元に戻り、国土亜耶が無事であることを知り、神樹に確認した。そしてそこで東郷美森の件を知り、後のことは勇者に任せることにした。その時に神樹が奉火祭のことを防人から消していたけど、楠芽吹には忘れてほしくなかった私は彼女の記憶だけ残しておいた。
目を覚ました楠芽吹に私が神樹であることを除いて全て話した。これを言える日はきっと来ないだろうと思っていた。
防人の子には頼るように言われた。しかしそれはできないことだった。誰にも相談せず、誰にも頼らず、自分で考え自分で決めて、友達を救うためなら自分の命も使う。それが小木曽望乃だったから。
あのお役目以降、神樹が私に情報を伝えることがなくなった。だけど何かをしようとしていたことはわかっていたので、私は大赦の会話を盗み聞きして、神婚のことを知った。神樹の知識として、神婚のことは全て知っていたので、それだけで何をしようとしていたのかがわかってしまった。神樹と話そうとしたけど、向こうが拒否して話すことは叶わなかった。
最終作戦が始まる前にみんなに神婚の全てを話そうとも思ったけど、神の一族になることを言ったら、なりたくないと言うと思った。それを言われると、私が否定されてしまうような気がして、話すのが怖くて言えなかった。
そうして始まった最終作戦。私は防人から離れてとあるところに向かった。それは神樹のところだった。
「やっほ~。私、ちょっと聞きたいことがあるんだ。あのね、今回の神婚なんだけど、結城友奈と神婚して人を神の一族にさせる。そうしないと神樹の寿命が尽きて人類が絶滅するって話だけど、それっておかしいよね? だって、あなたはその対策のために私を作ったんでしょ? 今の神樹の寿命が尽きたら私が新たな神樹になる。それで人類の平和は守られるんじゃなかったのかな?」
神樹は何も答えない。
「まあ、こういうことだよね? あなたは私を信じられなくなった。だから代替案を用意した」
私はフウと大きく息を吐いた。
「私はちゃんと神樹になるつもりだったし、勇者のみんなは神の一族になるために戦ってきたわけじゃない。生きるために必死に戦って、その結果世界を救ってきた。…………昔、郡千景っていう勇者がいたことを覚えてる?」
神樹は私に言葉を返す。
「知らない? 歴史から抹消されたとはいえ、私の記憶と同じだから知らないはずないんだけど……。もしかして、そんな名前の『勇者』は知らないってこと? ……そうなんだね。確かに、千景ちゃんがやったことは勇者として間違っていたのかもしれない。でも、立派に勇者だった。勇者じゃなかったなんてことはなかった! 私は小木曽望乃の感情を持って、初めて千景ちゃんをそんな風に思った。千景ちゃんのことは許さなかったのに、自分は許すの? 誰かを傷つけて、苦しめて、それで世界が本当に救われると思ってるの? そんなの私は認めない。勇者部のみんなが、防人のみんなが、苦しまないと救われない世界なんて、私は認めない!」
私は神樹に一歩近付く。
「あなた、こうしてる今も勇者の邪魔をしてるでしょ? この世界を救ってきたのは
私は指をパチンと鳴らした。
「あなたが勇者にしていた妨害を止めさせてもらったよ。もう、いろんなことに力を使ったあなたよりも、蓄えてきた私の力の方が上だから、あなたが逆らうことなんてできないよ」
私は神樹の目の前で立ち止まる。
「でもここまで来た以上、神婚を完全になかったことにはできない。だから私は、選択はずっと世界を救ってきた勇者に任せる。きっとみんななら友奈ちゃんを救ってくれると思うけど、もしも死を恐れて神婚を望むなら――」
私は神樹にそっと触れる。
「――その時は私が友奈ちゃんと結婚するから、あなたはもう必要ないよ!」
そうして私は神樹から力を奪った。もう余計なことができないように。でも今神樹の姿がなくなると、みんなが絶望してしまうかもしれないから、神樹が形を維持できるだけの力を残した。
これで神樹の主導権は私になり、私は正式な神樹になった。
私が神樹になっておけば、勇者を助けることもできるだろうし、勇者が神婚を選ばなくても私が神樹になれば、誰も死なずに済む。結局これが最善なのだと思った。
神の力も十分に持っていたから、自分を勇者の姿にすることも、祈りが足りなくても千景砲を発射することも、勇者を守ることも容易にできた。
そして防人の役目が終わって、しばらくしてから私にとある声が聞こえてきた。
『私は精霊の頂点に立つ者。神樹様。私は人間になろうとしました。大切な人たちと、対等な存在になりたかった。その結果私は、精霊にあるまじきことをやってしまいました。しかし後悔はしていません。彼女たちと過ごした時間は無駄ではなかった。そう思うから。私は笑って、怒って、泣いて、楽しんで、友を想えるようになれました。その感謝として、友の力になりたい。神樹様、私に神に等しき力を授けてください! この……讃州中学勇者部、勇者、小木曽望乃に!』
それは小木曽望乃の声だった。勇者であることを否定し続けてきた彼女がそんなことを言うなんて、と少し笑みを浮かべて手を伸ばした。
――勇者。あなたが自分を勇者だと言うのなら、守ってみせてよ! 友達を! 世界を! あなたが守りたいと思ったものを! 私に、見せてよ!
私は小木曽望乃にそう送って、神の力を渡した。でも私は本気でできると思っていなかった。まさか、天の神を倒してしまうなんて……思っていなかった。
戦いが終わり、私は予定通り防人から私に関する記憶を消した。でもその後にすることは私にはなかった。私の運命は生まれた時から決まっていた。みんなの記憶を消して神樹になること。
しかし天の神が倒され、壁の外の炎が消え、世界が元の姿へと戻る。世界は、神樹がいなくても大丈夫になってしまった。神樹になれないのなら私はどうすればいいのだろう。私は神樹になるために生まれ、神樹になるためだけに生きてきた。それなのに神樹になれず、その存在意義を失った私は、ただの神樹の成れの果てだった。
私はこれからどうすればいいのだろう。そもそも私は生きていていいのだろうか。否。人はこれから神に頼らずに生きていく。それなのに神が生きていたら何の意味もない。それに神樹はいろんな人を苦しめてきた。その罪を償わないといけない。そのためにも私は死なないといけない。
そして私は思いついた。小木曽望乃に私を消させよう。同じ存在である小木曽望乃にはそれが可能だし、私を敵だと思わせればやってくれるだろう。もしくは――。
私は幸せになってはいけない。神として生まれた私にそんなことは許されない。私にできることはたった一つ。私を消すこと。だから私は――。
「……私は――死なないといけないんだよ!」
神樹望乃がそう叫んだ。なぜそこまでして死ななければならないのか、勇者部にはわからなかったが、望乃はそんな結末は求めていなかった。
「私は、誰にも死んでほしくない。誰かが死なないと訪れない平和なんて、私は認めない! だから私は、私たちは、あなたを絶対に殺さない」
望乃が偽りのない瞳でそう言った。望乃のその言葉に勇者部もウンと頷いた。
「……そっか。じゃあ、仕方ないね。なら――」
神樹望乃はそう言いながら手に武器を出す。
「! それって、芽吹が使ってた……」
神樹望乃が出した武器は、防人が使っていた銃剣だった。神樹望乃はそれを自身の首に当てる。
「――自分で自分を殺すしかないよね!」
神樹望乃がグッと手に力を入れようとした、その時だった。
「待ちなさい!」
そう言って現れた人物を見て、神樹望乃は首に当てていた銃剣をスッと下ろし、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「来てくれたんだね。芽吹ちゃん」
そこに現れたのは芽吹だった。そしてその後方には亜耶、雀、夕海子、しずくがいた。
「みんなも来たんだ。まあ、見ておくべきことではあるからね。芽吹ちゃん、来たってことは、手紙読んでくれたんだよね?」
「ええ。まさか、あなたが神だったなんて思わなかったわ」
「うん。私が、芽吹ちゃんが何度も憎んでいた神だよ」
神樹望乃が芽吹に向かって銃剣を投げる。
「これは……」
「必要でしょ? 使い慣れたものの方が良いだろうし」
芽吹はその銃剣を手に取る。それは今まで自分たちが使っていたものと全く同じだった。
「さあ、芽吹ちゃん。いや、防人のリーダー・楠芽吹。正真正銘、最後のお役目だよ」
「最後のお役目?」
「そう。この最後のお役目を、天の神を倒した勇者たちは放棄した。これをあなたが達成することができれば、誰もが認めるだろう。――楠芽吹は勇者である、と」
「……勇者」
「楠芽吹よ! これが、最後の神託である」
神樹望乃は芽吹の目をまっすぐ見て、次の言葉を口にした。
「あなたの目の前にいる、小木曽望乃の形をした神樹を――この世から消滅させよ!」
二期の時に神樹様にとって精霊の望乃が都合が良いみたいなことを書いてたのに、その内容を書いてなかったので、今回回収しました。
次回、小木曽望乃の章、クライマックスです。