「あなたの目の前にいる、小木曽望乃の形をした神樹を――この世から消滅させよ!」
神樹望乃にそう告げられた芽吹は、手に持つ銃剣をギュッと握って一歩近付く。
「もしもの時のために芽吹ちゃんを用意しておいて良かったよ。芽吹ちゃんなら、勇者のみんなみたいなことは言わないだろうからね」
芽吹はゆっくりと進み、神樹望乃の目の前で立ち止まった。
「芽吹ちゃん。あなたが憎んだ神をここにいるよ。今の私なら、その銃剣を突き刺しただけで殺せる。神を殺せる最初で最後のチャンス。芽吹ちゃんは不意にしたりしないよね?」
芽吹は銃剣を持ち上げ、神樹望乃をまっすぐ見つめる。
「私は……あなたを殺す……」
それを聞いた神樹望乃はニコリと微笑み、腕をだらんと下ろして無防備になる。そしてゆっくりと目を閉じた。自分を殺した芽吹が後で苦しまないように。
芽吹は神樹望乃に腕を近づけていく。
そして次の瞬間――芽吹は銃剣を捨てて、神樹望乃を抱きしめていた。抱きしめられて目を開けた神樹望乃は、目をパチクリとさせて状況が理解できていなかった。
「――そんなこと、できない! 友達を、望乃を、殺すなんてできない!」
「……な、何で……私のことを……。記憶は確かに消えてたのに……」
動揺する神樹の望乃が芽吹から少し離れる。
「確かに私からは望乃の記憶が消えてたわ。でも、あなたを覚えている人がいた。だから思い出せたのよ」
「覚えてる人? それって……?」
「私……」
望乃の疑問に、しずくが手を上げた。
「しずくちゃん? 確かに確認はしてないけど、記憶は消したはず……。あっ! もしかして、シズクちゃん?」
そう聞かれたしずくはコクリと頷く。
そうして芽吹は、その時のこと語り出した。
見知らぬ少女に手紙を渡された芽吹は、その手紙を読んで絶句した。その手紙の内容はこうだった。
『やっほ~。この手紙を読んでるってことは、私と会ったよね? 芽吹ちゃんが会ったその人物はね、神樹なんだ。信じられないかもしれないけど、これは真実。あなたは憎んだよね? それなら本能のままに行動するべきだよ。のんびりしてたらその機会を逃しちゃうよ。あなたのやるべきことは一つだけだよ。私のいる場所は地図にして書いておくから、後悔しない選択をしてね』
読み終わった芽吹が思ったことは一つだった。
――私たちを苦しめた神が今の子。あの状態なら倒せるかもしれない。
「神樹様……。死んでいなかったんですね」
亜耶が嬉しそうにそう言う。それを見て倒していいのか、と悩んだその時だった。
「メブー! メブメブメブー!」
芽吹の名前を何度も呼びながら雀が走ってきた。その後ろには夕海子としずくもいた。
「どうしたのよ、雀。家にいたんじゃなかったの?」
「うん、でもおかしいんだよ! この服を着たの、メブじゃないよね?」
そう言って雀が見せてきたのは、ボロボロになった訓練用の服だった。
「服? 私じゃないわ」
「あややは……違うよね?」
「はい」
「やっぱりおかしいよ! 二人も違うって言うし、私でもないのにこんなにボロボロになってるなんて! あっ! もしかして、怖い方のシズクちゃん?」
「違う……と思う……」
「でももう他にいないよ! 絶対そうだよ!」
そう言って雀がしずくを揺する。それにストレスを感じたしずくはシズクに代わる。
「揺するな! 雀!」
「怖い方のシズクちゃん。これ着なかった?」
「俺じゃないって。つーか、雀の服を着てたのって小木曽だろ」
「小木曽?」
「はあ? もしかして、覚えてないのか? 一緒に戦った、小木曽望乃だよ!」
「……それって、髪の短い小学生みたいな見た目の子?」
「楠もかよ。ああ、そうだよ」
芽吹たちはシズクから話を聞いて、望乃のことを思い出した。
「何で、忘れちゃってたんだろ……」
「仲間失格ですわ……」
「芽吹先輩、これって?」
「ええ。みんな、私たちが望乃のことを忘れてたのは、望乃の仕業よ」
「望乃さんの仕業、ですか?」
「まずはこれを読んで」
そう言って芽吹は手紙を見せる。それを読んだ三人は驚きを隠せなかった。
「望乃ちゃん、神様だったの?」
「衝撃ですわ」
「小木曽が神の力ってやつを使ったわけか」
「そうよ。そして、望乃はきっと死のうとしてる。だから……行きましょう。望乃を救いに」
その芽吹の言葉に、全員が頷いた。
芽吹たちは望乃が用意した地図と、雀の記憶を頼りにして讃州中学の近くまで来ていた。
「本当にここでいいのよね? 雀」
「た、多分……」
「望乃の地図はわかりづらいから、あなたが頼りなのよ!」
「そ……そんなこと言われても……」
「ねえ」
そこに一人の生徒が話しかけてきた。その生徒はどこか見覚えのある姿をしていた。
「私のこと、呼んだ~?」
「望乃! 探したのよ!」
「え……? えっと……あっ! もしかして芽吹ちゃん? 久しぶりだね~」
「芽吹さん。この望乃さん、髪色が違いますわ」
「望乃先輩ではないんでしょうか?」
「でも、望乃ちゃんの名前に反応してたよ」
「別人……?」
そこで芽吹は以前望乃が大赦と話していた内容を思い出した。
「もしかして、あなたがもう一人の小木曽望乃?」
「もう一人って、二人いるんですの?」
「ええ、前に望乃がそう言ってたわ」
「確かに小木曽望乃は二人いるけど……芽吹ちゃんが言ってる望乃って、もう一人の私のこと?」
そこで望乃は芽吹たちの話を聞き、手紙を見せてもらって真実を知った。そして望乃は芽吹たちを勇者部に連れて行き、神樹望乃を救うことを決めたのだった。
芽吹の話を聞いた神樹望乃は、納得した様子だった。
「失敗したな〜。しずくちゃんとシズクちゃんの二人分の記憶を消さないといけなかったなんてね〜。それに、小木曽望乃や勇者部が、私が神樹であることを知ってたのはそういうことだったんだね。でもいいの? 芽吹ちゃんが勇者になれる最後のチャンスだよ」
「勇者? 勇者なんてどうでもいい! 望乃を殺すくらいなら、勇者になんてなれなくてもいい!」
「ホントにいいの? だって神だよ? 神樹だよ? 芽吹ちゃんは憎んでたでしょ?」
「……そうね。神を憎んだことはあったわ。でも、望乃を憎んだことは一度もないわ」
「芽吹ちゃんはあなたを殺さない。あなたの企みは終わりだよ」
夏凜の隣に移動した望乃がそう言う。
「終わり? 私は神だよ? もう一度記憶を消すことだってできる」
「何度繰り返しても、無駄よ。何度だって私たちは望乃を思い出すわ。だから、私は絶対に望乃を殺さない」
「確かに、勇者部には神の力で消した記憶を何度も思い出されてるし、私の望んだようにならないかもしれないから、まだやるべきではないね。でも私は諦めないよ。だって私は死なないといけない。誰も殺してくれないなら、やっぱり自分でやるしか――」
「させないわ!」
芽吹は銃剣を出した神樹望乃の右手を掴んだ。
「望乃……何で、そこまで死のうとするの?」
「何で? 私が神だからだよ。これから人は神に頼らずに生きていく。なのに、神が生きてたら意味ないでしょ? それに神樹は人類を守る過程でいろんな罪を犯してきた。その償いもしなくちゃいけない。だから私は――」
「望乃先輩」
神樹望乃の言葉を遮ったのは、亜耶だった。
「私、前に大切なことを教えてもらいました。この世に犠牲になっていい人間はいない、という言葉です」
「!」
「望乃先輩は人ではないのかもしれません。ですが、犠牲になっていい神もいないんですよ」
「そうよ。望乃の犠牲なんて認めない。望乃が死なないといけない世界なんて認めない! そんなものは絶対に認めない! だって私は、望乃を救うと決めたのよ!」
「救う? そういえば言ってたね。それなら芽吹ちゃん。私を救ってよ」
「だから今――」
「私を死なせないことが救いのつもり? 違うよ。私を殺して、神樹の役目から解放して。それが私の救いだよ。だから、私を救うって言うなら、私を殺してよ」
「望乃を殺すことが救い? ふざけるな! それが……そんなことが……救いだって言うなら……私は望乃を救わない! 絶対に!」
「……仕方ないな」
神樹望乃は芽吹に掴まれていた腕を強引に外して、にこりと笑う。
「いくら芽吹ちゃんでも、この場のみんなが痛い目に合ったらそんなことも言ってられなくなるよね?」
「みんなを痛い目に合わせる? そんなこと、あなたにはできないわ」
「できないことないよ。これだけの人数が相手でも、今の私なら勝てるよ」
「いいえ。できないわ。望乃に、友達を傷つけることなんてできないわ」
その時、神樹望乃は初めて苛立ちのようなものを見せた。
「何を言ってるのかな? 友達? それは対等な者同士がなれることでしょ? 神と人が対等になれるわけないでしょ! 友達になれるわけないでしょ!」
「友達になれない? 最初に友達になってって言ってきたのは誰よ!」
「そんなの、小木曽望乃を演じるためのごっこ遊びだよ! ただの友達ごっこだよ!」
「友達を守りたいって言ってたのは誰よ!」
「だからそれも友達ごっこだよ!」
「なら! その友達ごっこの相手を死ぬ気で守ろうとしてたのは誰よ!」
「それは……。でも、私は神だから、対等じゃないから、友達には――」
「――そんなことはないよ」
「え? 小木曽、望乃?」
望乃が神樹望乃に微笑みかける。
「神だから対等じゃないわけじゃないよ。私はみんなに教えてもらったよ。対等だから友達なんじゃなくて、友達だから対等なんだって。人も、精霊も、神様も、友達はみ~んな対等なんだよ」
「友達はみんな対等……?」
「みんなもそうだよね?」
望乃が防人の四人に聞く。
「はい。私は望乃先輩が神樹様だって聞いて、とても嬉しかったです」
「私……神様って怖いなって思ってたけど、望乃ちゃんは神様って聞いても怖くないよ」
「弥勒家の人間として、神だって受け入れますわ!」
「神でも、関係ない……」
四人の答えを聞いた望乃はウンと頷いて、最後に芽吹を見る。
「芽吹ちゃんは?」
「私は……防人でなくても、人でなくても、神様だったとしても、望乃を友達と思っているわ。だから、望乃。私たちはあなたに死んでほしくない。一緒に生きていきたい」
「一緒に……生きる……」
「望乃。あなたはどう思ってるの? 神としての言葉じゃなく、小木曽望乃としての言葉で教えて! 本心を言え! 小木曽望乃!」
「どう思ってるって言われても、よくわからないんだ。ただわかるのはこれから生きることはできないかなってことくらい」
「神がいたらいけないのなら、神としてじゃなく、人と同じように生きたらいい。罪を償いたいなら、死ぬんじゃなく、生きて償え!」
「芽吹ちゃん……。違うんだ……。神が生きてたら意味がないとか、罪を償いたいとか、嘘……っていうわけじゃないけど、本当の理由ではないんだよ……。私はね、もう、生きる意味を見出せないんだ」
「生きる意味?」
「うん。私はね、生まれた時から神樹になるために生きてきた。過程がどうであれ、最終的には神樹になる。それが私の運命で、私の生きている意味だった。でも、私は神樹になれなかった。神樹になれない私は、もうどうやって生きていいかわからないの。生きる意味を失った私は、死ぬ以外の選択肢はなくて、だからせめて私の命を使って小木曽望乃を、もしくは芽吹ちゃんを勇者にしようと思ってたんだよ」
「生きる意味なんて、これから探せばいいのよ。一人で悩む必要なんてない。私だって、みんなだっているから」
「そんなことできないよ。だって私にはみんなと違って未来がない。私は人として生まれることのできなかった存在だから」
「――それって必要かな?」
「え?」
神樹望乃にそう言った人物は友奈だった。
「友奈ちゃん?」
「急にどうしたのよ、友奈」
「生きる意味っているのかなって」
「当然だよ。だって人は生きる意味があるから生きてるんでしょ?」
「……私も、みんなのために死のうとしたよ。それは神樹様望乃ちゃんも知ってるよね?」
「うん」
「でもみんなに、東郷さんに助けられて生きたいって思ったけど、生きる意味なんて考えなかったよ。だって、みんなと一緒にいたいってことが生きる意味になると思うから!」
「一緒に、いたい……」
それを聞いた望乃は、フフッと少し笑って神樹望乃に語り掛けた。
「ねえ、私。私たちは人として生まれることができなかった。私たちには生まれた時点で役割があって、だからその役割のためだけに生きている存在で、その役割がなくなった時に自分の全てがなくなったように思ってしまう。私もそしてあなたも、そんな存在だから自分がこの世から消えることに抵抗なんてない。だって、私たちは人じゃないから。でもね、私は勇者部のみんなに教えてもらったよ。人じゃなくても生きていいんだって。大好きなみんなと、友達と一緒にいてもいいんだって。だからあなたも、心の奥底に閉じ込めてる気持ちを言っちゃっていいんだよ」
望乃にそう言われた神樹望乃は、自分の思考と向き合った。向き合って出てきたのは、防人と過ごした記憶とたった一つの気持ちだった。
「…………私……。私は……防人のみんなと……一緒にいたいよ……。これからも……ずっと……」
「うん、同じ小木曽望乃として断言するよ。生きる意味なんてもう考えなくてもいいんだよ。生きる意味は、友達と一緒にいることで十分なんだから」
「でも……でも……私、神樹だよ? それなのに、そんなこと言っていいのかな? みんなとずっと一緒にいたって思っていいのかな?」
そう問われた芽吹は優しく微笑んだ。
「当然でしょ!」
そう言う芽吹の後ろの防人四人が笑顔でコクリと頷き、望乃を含めた勇者部も笑顔でコクリと頷いた。
「そっか……そっか……」
神樹望乃はフラフラと前に進んで、芽吹にゆっくりと抱き付いてその胸に顔をうずめた。
「……ねえ、望乃」
「どうしたの? 望乃」
「私ね、あなたの記憶で、これは悲しい時に出るものだと思ってたんだ」
「うん」
「でも、違うんだね。だって……こんなに嬉しいのに、涙が止まらないんだもん!」
神樹望乃の目からは涙が溢れていた。しかしその姿は嬉しそうだった。その姿を見た望乃は満面の笑みを浮かべた。
「うん! そうだね」
神樹望乃は芽吹の胸の中で数分間泣き続けた。まるで、これまで流すことのできなかった涙を、一緒に流すように。
次回は今回の話に入れようと思ってたけど、長くなって分けることになった、小木曽望乃の章のエピローグ的な話です。
話の都合上、勇者部はほとんど空気でした。勇者部と防人が混ざって喋ってたらわけがわからなくなるので……。