小木曽望乃。その名前は今でもよく覚えている。
勇者候補として日々鍛錬する私たちの中に、後から入ってきた人物。
小木曽さんはある日突然、三好夏凜と一緒にやってきた。大赦からの説明は「勇者候補が一人増えた」ただそれだけだった。一人増えようと、私のやることは変わらなかった。しかしその小木曽さんは異常な人物だった。
初日であの三好さんに圧勝しておきながら、勇者を目指そうという気は欠片も見えなかったからだ。相手を頼まれない限りは木刀を持つことすらせず、常に誰かに話しかけていた。人と仲良くなるのがうまいようで、いつも誰かと楽しそうに話していた。あの三好さんともいつの間にか仲良くなっていた。
三好さんにも勝った私なら、と小木曽さんに勝負を挑んだけど、結果は惨敗。小木曽さんは私の攻撃を全て避けて、木刀を弾き飛ばすことで私を傷つけずに勝利を収めた。小木曽さんは勝負が終わった後、友達になろうと言ってきた。勇者になることで頭がいっぱいだった私はそれを受け入れなかった。
結果的に小木曽さんは、勇者候補の中で唯一誰にも負けなかった人物で、唯一誰も傷つけなかった人物だった。
小木曽さんは勇者の素質が高い人物だと感じていた。そのことは三好さんも認めていたようで、私も小木曽さんを認めていた。小木曽さんが選ばれるのなら納得できるほどに。
しかし勇者になれる一枠に選ばれたのは三好さんだった。小木曽さんは特例で勇者に選ばれた。私は納得できなかった。小木曽さんだけならまだしも、三好さんが選ばれたことに納得ができなかった。
私は荒れたけど、それを大赦が受け入れるわけもなかった。
「芽吹ちゃん」
「……小木曽さん」
「なんか、まさかって感じだよね~」
「そうね。私は勇者になるとしたら、小木曽さんか私だと思っていたのに、まさか三好さんが勇者に選ばれるなんて」
「違うよ。私が選ばれたことだよ~」
「? 小木曽さんは誰にも負けなかったし、勇者の素質も十分でしょ?」
「そんなことないよ。私は、誰よりも勇者から遠い存在なんだよ。そのことは大赦もわかってるはずなんだけどな~。まあ、だから特例なのかもしれないけどね」
「そういえば、小木曽さんが選ばれた特例って?」
「それは私にもわからないな~。だから大赦の人に聞かないと。……まあ、なんとなく想像はできるけどね」
「それは?」
「ん~。秘密、かな。じゃあ、私はそろそろ行こうかな。芽吹ちゃん、またね」
そうして、勇者になって別れた小木曽さんと会うことはないと思っていた。まさか、こんな形で再会することになるとは思ってもいなかった。
大赦に呼び出された芽吹は、大赦特別指定施設であるゴールドタワーに来ていた。そこには勇者の素質を持った少女たち、三十二人が集められていた。
「今ここに集まってもらっているのは、候補生の中でも、勇者適正が高かった者たちです。あなたたちにはその素養を生かして、新たなお役目に就いてもらいたいのです」
そうして、大赦は人類が隠し続けてきた壁の外の真実を映像で見せた。それに対して疑問を投げかけた少女は、弥勒夕海子だった。
「壁の外は致死性のウイルスで滅んだと習っています。これがウイルスの仕業だというのですか?」
「人類が隠してきた、真実の歴史を話しましょう」
そうして大赦は、全ての真実を三十二人の少女に教えた。その真実を知った少女たちは、混乱を極めていた。初めに口を開いたのは太眉の少女、加賀城雀だった。
「ちょっと待ってください! 私たちが! そんな化け物と戦えって言うんですか! いやいやいやいや、無理! 無理! 無理! 無理!」
それに続くように、他の少女も口を開いていく。
「正式に勇者でもないのに」
「こんなのだって知ってたら、私訓練頑張らなかった!」
「もっと神事に携わる仕事だと思ってたのに!」
「これが、隠されていた神事」
壁にもたれかかっていた少女、山伏しずくがボソリと言った。
「ないないないないないない! 死ぬ死ぬ死んじゃうー! え……えっと、頭痛が痛くなってきたので帰ります」
雀がそう言って帰ろうとするが、大赦に呼び止められる。そして大赦は説明を続ける。
「バーテックスとの戦いは勇者たちが終わらせてくれました。あなたたち防人には、これから世界を復興するために、外界の調査をお願いしたいのです」
大赦の説明が終わり、芽吹たちは施設内の食堂に集まっていた。
――失格にしたくせに今になって呼び出すなんて、都合の良い道具扱いだ。量産型だなんて、馬鹿にしてる。
そこにしずくと話している雀がやって来る。
「ないないないないない! 戦いがないって言ったって、危険なことには違いないわけでしょ? あなたはやるって言うの? 化け物がいるんだよ!」
「お役目」
「やーだー! 死にたくなーい!」
その様子を見ていた芽吹の元に夕海子が現れる。
「前回は惜しくも力及びませんでしたが、惜しくも、あくまで惜しくもですわよ! このお役目では、私、弥勒夕海子がトップとなって、指揮を取らせてもらいますわよ!」
「えっと、誰だっけ?」
「え!? あなたや三好さんや小木曽さんと切磋琢磨した私ですわよ」
「ごめん。そういえばいましたね。上級生の弥勒さん」
「アウトオブ眼中だったということですか!? 嘘でしょ? 嘘ですよね?」
芽吹が返答に困っていると、そこに雀がやって来る。
「ああ、あなた、確か最後まで候補だったって言う楠さんだよね? 強いんでしょ? 守ってね! 絶対だからね! 守ってくれないと、死んじゃうんだからー!」
涙を浮かべてそう訴える雀に、芽吹がさらに困っていた、その時だった。
「なるほどね~。みんなが話してることを聞いて、どういうことかなんとなくわかったよ~」
そう言いながら現れた人物の姿を見て、その場にいる全員が驚愕し、固まった。
「まさか、こんなお役目があるなんて、思いもしなかったよ~」
その人物は、しんと静まり返っている食堂を見て、首を傾げた。
「あれ~? もしかして、私のことわからない? なら自己紹介するね。私の名前は小木曽望乃。よろしくね~」
そう言いながら微笑む少女は、三好夏凜と共に勇者に選ばれた小木曽望乃だった。
「小木曽さん!? なぜここに?」
「何でって、ん~みんなのサポートのためかな~」
「勇者の小木曽さんが? 私たちの?」
「違うよ。私は勇者じゃない」
「え? でも勇者に選ばれて……」
「あれはね、初めから仕組まれてたことなんだよ」
「初めから?」
「私が訓練に参加した時点でね、大赦は私を勇者に選ぶことを決めてたみたい。たとえ、私がみんなに全敗したとしてもね」
「出来レースだったってこと?」
「夏凜ちゃんは違うよ。夏凜ちゃんはちゃんと選ばれた勇者。初めから決まってたのは私だけ。だっておかしいでしょ? 勇者の空きは一つなのに、二人選ばれるなんてさ~」
「確か小木曽さんは特例だと言われてましたわね」
「うん。じゃあ、その特例って何だと思う?」
望乃の問いには誰も答えない。答えが出ないことはわかっていた望乃が言葉を続ける。
「勇者は端末を使って変身する。だから、簡単に勇者を増やすなんてことはできない。だけど、私は元々ある端末を使うことができた」
「元々ある端末って?」
「先代勇者、乃木園子の端末だよ」
「先代勇者の端末を使えるの?」
「普通は無理だよ。だけど私だけにはそれが可能だった。しかも私は大赦の監視下にあったし、丁度良い人材だったんだと思う」
「ちょっと待って。話が見えないんだけど。なぜ小木曽さんだけには可能だったの?」
「それはね、私が先代勇者、乃木園子の二十一体目の精霊だからだよ」
「精霊?」
「まあ、簡単に言ったら、勇者をサポートするための存在かな。私は精霊の中で唯一自我を持っている精霊であり、乃木園子――ご主人様のコピー。そして、ご主人様の勇者の素質もコピーしていたから、ご主人様の端末も使えたの」
芽吹を始め、その場の全員があまりのことに絶句していた。
「確か、芽吹ちゃんには言ったよね?」
「え?」
「私は誰よりも勇者から遠い存在だって。どう足掻いても勇者になることは叶わない。なぜなら私は精霊で、人間ですらないから。これが、私の真実だよ。それとついでだから、私が今まで体験したこととか、知ってること全部話すね」
望乃は自分の知っている限りの情報を全て話した。
「それでね、私は精霊として消滅したんだけど、なぜか戻れたの。でも大赦は私が消滅したと思ってるから、黙っててほしいんだ~。今なら大赦の監視もないから自由に動けるからさ~」
「小木曽さん!」
雀が望乃に駆け寄る。
「小木曽さんってすごく強いんだよね? 私を守ってーー!」
「もちろんだよ」
「本当? 絶対だからね!」
「今の私は勇者の力は使えないし、精霊の力だけだけど、守るよ。だから、お友達になってほしいな~」
「なるなる! それくらいならいくらでもなるから!」
「ありがと~。勇者のみんなみたいに、お友達のために一緒に戦おうね」
「友達? 勇者はお役目のために戦っているんじゃないんですか?」
夕海子の問いに、望乃は首を横に振る。
「違うよ。勇者は誰もお役目のためになんて戦ってない。お友達の、大切な人のために戦ってるんだよ。だから、どんなに辛い時でも前を向ける。それが勇者なんだよ。……あ、それと雀ちゃん」
「へ?」
「私、うどん食べたい」
「うどん?」
「私、大赦では存在しないことになってるから、もらえないんだよね~」
そう言われた雀は、大慌てでうどんを持ってくる。それを受け取った望乃はのんきにうどんを食べ始めた。
その光景を見ていた芽吹きが視線を移すと、その視線の先には離れて座っていた、国土亜耶が微笑んでいた。
――不思議な子。巫女?
「芽吹ちゃん!」
急に声を掛けられた芽吹はそちらを見る。そこにはうどん一杯を数秒で食べてしまった望乃が立っていた。
「これからよろしくね~。芽吹ちゃん」
こうして、お役目を言い渡された防人に、さらに一人が加わったのだった。