ステイン妹のヒーローアカデミア   作:苗字ちゃん

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第二章 「ただいま」
期末試験編(上)


 

 

 職場体験が終わってから初めて訪れた木曜日。A組のクラスメイト達は朝からどこか気もそぞろな様子であった。

 青山と芦戸の間の座席は体育祭後からずっと空席だ。中に教材はなくサイドのフックに何もかかっていないため、使われていないことが窺える。そこは前から二番目の席であり、前の扉から真っ先に目に入るのでクラスメイト達は今までずっと寂しい思いをしてきた。けれどそんな日は昨日で最後。

 職場体験後初めての木曜日。今日はクラスメイトから三日遅れて赤黒操(あかぐろみさお)がA組に復帰する日である。

 

 彼女がいない間も授業は滞りなく進んでいった。オールマイトの元に駆けつける救助訓練や更衣室での覗き未遂事件など、三日とはいえそれなりに色濃い毎日を過ごしてきた。それでもやっぱり一人欠けている状態は寂しかった。

 飯田がいる以上この気持ちに蓋をしなければならない、そう思いながらクラスメイトたちは口を噤んでいたのだが、昨日帰りのホームルームで担任教員の相澤から「明日から赤黒が復帰する」と言われ、学級委員決めの時のように盛り上がったのだ。

 

「……それにしても遅くね?」

「いつもギリギリで登校する麗日ですらもう来てるのに!」

「間違えてあっちの教室に行っちまったとか?」

 

 しかしあまりにやって来ない操に座席の近い上鳴、芦戸、切島が心配してそんな会話をしていると前の扉が「ドンッ」と音を立て揺れた。そのまま続けて「ガッ」とか「ゴッ」とか大なり小なりの音を立てる。──もしかして外側から蹴られている?

 思わず爆豪の席に目を向けるが彼はそこにいる。視線に気付いた爆豪が目を三角に吊り上げて中指を立ててきたが、彼がキレているのはいつものことなので三人はスルーした。

 

「ちょっとちょっと、誰だか知らねぇけど扉は蹴るもんじゃねえから!」

 

 扉を壊されては困るので、上鳴が文句を言いつつも駆け寄ってそれを横にスライドさせる。するとそこにいたのは、積み上げられた本を持つ人物であった。

 頭より高い位置まで本が積み上げられているから顔が見えないが、スカートを履いているので女子生徒である。そして足を軽く上げていることから、どうやら蹴っていたのは彼女らしい。

 

「その声は電気か?おはよう」

「え、赤黒なの!?久々の登場でドア蹴破ろうとしたの!?」

「蹴ったんじゃない、開けようとしたんだ」

「ドアは手で開けなさい!!」

「操ちゃんだー!めっちゃ本持ってる!」

「なんかの教材?授業で使うやつかな」

「つか前見えないだろ、少し持つぜ!」

 

 目の前にいた上鳴や入り口に近い座席の尾白や切島、芦戸が頭より高く積み上げられた教材をいくつか持てば、そこには予想通り職場体験前に顔を合わせたきりのクラスメイト、赤黒操の姿があった。

 三日遅れで姿を現した彼女は、飯田たち三人のように幾らか包帯を巻いているものの元気そうであった。その様子にクラスメイトたちはほっと胸を撫で下ろす。

 

「助かった、前が見えなかったんだ」

「前が見えないほど教材抱えてたらそりゃ見えねえよ」

「ここまでどうやって来たのかしら」

「気合い」

「でたよ根性でなんとかする奴」

「ガッツあるなぁ操ちゃん」

「──赤黒くん!」

 

 座席に荷物を置きながら雑談していれば、後方の席から強く芯のある声が聞こえてくる。

 振り返るとそこにいたのは飯田で──彼は口に笑みを乗せて操を見ていて、それにつられて操も口角を持ち上げた。

 

「おはよう!」

「ああ、おはよう飯田」

 

 二人の様子にクラスメイトたちは顔を見合わせて笑った。「なんだ仲直りしたのかよ」「早く言ってよ〜!」と文句を言いながらも、嬉しそうにしている。

 体育祭前の日常がようやく戻ってきたのだと、操だけでなくクラスメイト全員が感じていた。

 

「スマホは生きてっか?」

「ああ、26%生きてる」

「風前の灯!」

「ちゃんとご飯食べた?」

「今朝は食パン3枚食べたぞ」

「操ちゃん朝食はパン派なのね」

「いや、米とパン両方食べる時もある」

「新しい!」

「つかこの山積みの本は何?」

「Médecineって書いてあるね⭐︎」

「メディスン……って医学ぅ!?」

 

 青山と麗日の声に、遠くの座席に着いていたクラスメイトも反応する。操が朝から大量に持ってきた、机上の山のような教材は医学に関するものだった。

 当の本人は積み上げられた本をどうやってロッカーにしまうか考えていたが、クラスメイトの視線を受けて顔を上げる。

 

「ああ……これから医学を勉強することになってな。これはその教材だ」

 

 そして医学を学ぶことになった経緯を思い出したのだった。

 

 

 

 時間は三十分程前に遡る。

 停学処分明け、操は登校してから真っ直ぐ職員室に向かっていた。何故かと問われれば、担任教員である相澤に呼び出されていたからだ。

 職員室で相澤と約一週間ぶりに対面した操は挨拶もそこそこにすぐ別の場所へ移動することとなった。辿り着いた先は保健室で、どうやら操を呼び出したのはリカバリーガールらしい。酷い怪我は既に治してもらい軽い怪我も傷は塞がっているのだが、一体何だろうか。

 彼女は二人の姿を確認すると「よく来たね」と椅子をぐるりと回転させ、枕詞もなしに本題から切り込んだ。

 

『赤黒、アンタ医者にならないかい?』

『は?』

 

 ──この人何言ってんだ。そんな表情で相澤を見上げれば目を細められたので、操は大人しくリカバリーガールへ視線を戻した。

 停学明け早々ヒーロー科から別の科や学校へ飛ばされるのだろうか、それは困る。この状況をなんとかしてくれインゲニウム、今すぐこの場に駆けつけてほしい。そうでなければ私はお前との約束を守れないかもしれない……!

 操の心中はそんな感じで荒れていたのだが教員二人はどこ吹く風、「まあそこに座りなさい」とこれからの話が長くなることを示唆していた。

 

『なにもヒーローを諦めて医者になれって話じゃないよ。簡単にいうと医療ヒーローを目指さないかって話だ』

『……声かける相手間違ってないか?私の個性は治癒じゃないぞ』

『そうさね、だから"医者にならないか"と聞いたんだ』

『……?』

 

 リカバリーガールは"医療ヒーロー"であって"医者"ではない。つまり個性を使って治療することは可能だが、応急処置の範疇を超えた処置は不可能である。例えば「メスで要救護者の身体を切る」といった行為は、ヒーローは勿論医療ヒーローでも許されてはいない。

 けれど複数の免許を持っていたらそれは可能になる。

 町の治安維持やヴィランとの戦闘に重きを置く【ヒーロー】、災害時の救護活動や戦闘後のヒーローを即座に治療する【医療ヒーロー】、そして患者の身体にメスを入れ適切な処置を行い縫合することが可能な【医者】。

 

『その三つの免許を取ることができれば、アンタは唯一無二のヒーローになれる』

 

 ヒーローも医者も、法律上副業が可能だ。

 普段は医者として勤務し、必要な時はヒーローになる。しかし免許を三つ取ることの旨味はそこではない。

 医療ヒーローや医者、そして警察や救急救命士である消防士はヴィランとの戦闘を許可されていない。つまり、ヴィランが暴れる現場で今すぐ処置を必要とする人がいたとしても、ヒーローが要救護者を運び出すかヴィランを倒すまでは治療をすることが不可能なのだ。

 けれど操が三つの免許を持っていれば、不可能は可能になる。

 

 ヴィランがいても即座に駆けつけ、要救護者を連れて戦線を離脱するかその場で処置を行うことが出来る。

 要救護者の四肢が瓦礫に挟まれ動かせない状況であったら? 通常は救急科専門医の到着か、瓦礫の撤去を待つしかない。その間に救護者は体力や血液を失うだろう。

 しかしたとえヴィランがいようと操が駆けつければ、その場で瓦礫を撤去するか──人命を優先して挟まれた四肢を切除することが可能になる。要するに現場での手術が可能になるのだ。

 

『赤黒、これはアンタの個性が"操血"だから出来ることなんだよ』

 

 操血とは、血液を操作する個性だ。

 実はこの個性、雄英高校体育祭で披露した際医療界で話題になったのだ。操がブラドキングとは違って「他者の血液も操作できる」と知ってからは、余計に凄かった。

 

 血液は流体の臓器だ。各臓器に()を運ぶ大切な器官だ。操血の個性は想像以上に人を救うのに向いている。

 血中成分を操作し、傷ついた血管には強化させた血小板を集めて高速止血。赤血球の量を増やして酸素と栄養素の供給量を上げエネルギーを回し続けることで体温上昇、傷の再生を通常より何倍も早くする。これにより血管の修復、傷口の止血は秒単位で可能となる。

 白血球は病原菌を分解し病気を防ぐ免疫機能を持っていることから、白血球を強化させ毒にも対応可能である。

 救護者が呼吸をしていない状態でも、血中成分の酸素量を増やし酸素を各臓器に行き渡らせることで命を繋ぐことができる。つまり人工呼吸いらずである。

 けれど万能ではなく欠損の再生といった人智を超えた回復や、血液ではない臓器の病気は治せない。しかしこれだけでも医療界にとっては出来ることが増えるのだ。

 

 輸血による合併症や感染症を防ぐだけでなく、体力がなく手術を諦めざるを得ない患者の体力を常に回復しながらの手術が可能になる。つまり成功率が跳ね上がる。

 血中成分の操作が可能であることから、白血病や溶血性貧血などの"血液の病気"の進行を遅らせ一時的に病状を改善することが可能になる。

 そんな病気に絶望し、暗い未来を歩いていかなければならない患者がこの世界にどれだけいるのだろうか。

 そんな人々にとって、操の存在はきっと暗闇の中で光る星になる。

 

『アンタはオールマイトが助けられない人を助けることができる、そんな立派な個性を持っている』

『私の、個性が……?』

『そう。だから私と校長とセントラル病院監修の元、アンタのカリキュラムを大幅に作り直したんだよ』

 

 免許を三つ取得するために具体的に何をするのかというと──。

 一つ、クラスメイトと共にヒーロー免許を取得すること。

 二つ、個性"操血"による一般市民の血液操作とそれを行うために必要な採血の許可を得るため、医療知識を学び外部講習に参加して医療ヒーロー免許を取得すること。

 三つ、雄英高校に通いながら大学医学部の授業も並行して学ぶこと。雄英高校卒業後一定の学力が見込まれれば特例として医学部五年生に編入し、セントラル病院での研修を経て二年後には国家試験を受験し医者になること。

 ──以上の三つである。

 

『……(絶句)』

『卒業しても面倒見てやるさね。それに万が一勉強が追いつかなくても、医者になるまでちゃあんと雄英高校とセントラル病院で責任持ってやるさ』

 

 ほほほと笑いながらお茶を飲むリカバリーガールに、操は言葉を詰まらせた。

 通常のヒーロー科カリキュラムでさえ相当忙しいのに、それに加えて医療ヒーロー免許の勉強と大学の勉強まで行うというのだ。控えめに言って頭がおかしいと思う。

 

『あの、馬鹿なんですか?』

 

 それはあの操が敬語を使ってしまうくらいにぶっ飛んだカリキュラムであった。流石は最高峰(雄英)、考えることが普通の人とは違う。

 しかしリカバリーガールは操の言葉に気を悪くすることなく、真っ直ぐと瞳を見つめていた。

 

『多くの人を助けるには知識と時間、そして経験が必要さ』

『……』

『全てはアンタの頑張り次第。勿論、強制じゃないから断ってもいい』

『……わたしは、』

『アンタの個性は数多の命を繋ぎ止める可能性の塊なんだよ。それにアタシと組めば、さらに多くの命を救える。怪我人を早く日常に戻してあげることができる』

『──!』

 

 操はUSJ襲撃事件を思い出した。

 操が相澤の止血と輸血をし、血液とエネルギーを回して体力をひたすら回復させる。その体力を使って、リカバリーガールは個性の治癒を使用することが出来たのだ。

 あれは対象の体力を使って治癒するリカバリーガールと、対象の血液さえあれば体力を無限に生成できる操の個性が噛み合ったからこそ成し得た技だ。

 リカバリーガールとタッグを組んだのはあれが最初で最後だと思っていた。操が免許を取れば「今後もタッグを組んで人を救おう」と彼女は言っているのだ。

 

『断るのか赤黒。たくさんの人を救うヒーローになるんだろ?』

 

 ──私はお兄ちゃんが殺したり、不幸にした人よりたくさんの人を助けるヒーローになるよ。

 つい一週間前、相澤に向けて紡いだ言葉を思い出す。煽るような意地の悪い笑みに、操も口角を上げて無理矢理笑ってみせた。

 "出来ない"とか"出来ないかもしれない"なんて最初から諦めるのは、私らしくないから。

 

『あ、煽りやがって……!そんなに言うならやってやる!カリキュラム通りの、最短ルートで!!』

『よく言った』

 

 赤黒操は天才ではない。けれどやると決めたら一直線に走り続ける根性がある。

 相澤たち教員は彼女が道を違え迷わないよう、手を差し伸べ背中を押すだけだ。

 

 

 ステインが捕まってから一週間が過ぎた。

 ステインが引き起こした事件は未だ世間を騒がせているし、その妹である操の話題もSNS上では尽きていない。ネット上では賛否両論それぞれの派閥が日々争っている。

 しかし被害者家族である飯田天哉が「赤黒くんをA組に戻してほしい」と直談判してきたため、雄英高校は彼女をクラスに戻すことに決めたのだ。だから操は停学が明けた木曜日、数週間ぶりにクラスの敷居を跨ぐことになった。

 

 しかしA組はともかく、他クラスや他学年がどう思うかわからない。本人も覚悟しているようだが、操には一生批判がついて回るだろう。もしかしたらヒーローになっても、彼女は一生世間に認められない可能性だってある。

 ステインは塀の中に入りある意味社会のバッシングから守られるが、操はそうもいかない。これからもずっとステインの代わりに、その身に誹謗中傷を受けるだろう。

 赤黒血染(ステイン)という名前は永久に操に付き纏い、彼女は一生その鎖に縛られることになる。

 故に──足掻け、赤黒。

 ヒーローとしての素質と必要性を世間に認めさせろ。そのために力になれる事は何だってしてやろうと、相澤をはじめとした雄英高校のヒーロー達は思っている。

 

 だから相澤は机上の教材の山を、操の細く小さな手に積み上げていく。

 この生徒が見かけによらず力持ちであることは知っているので遠慮はいらない。

 

『ということで、コレ教材な』

『多い!重い!』

『後コレはお前専用のカリキュラムだ』

『……あれ?土日も授業が入ってるように見えるんだが……』

『休んでる暇があると思うのか?』

『ヒェ』

『プルスウルトラ』

『プ、プラスウルトラ……!』

 

 操は徐々に積まれて高くなる本のタワーによって相澤の顔が見えなくなるまで、気合いで笑顔を維持した。相澤は操が強がっているのをわかっていて敢えて放置している。

 リカバリーガールはそんな二人を見ながらお茶を飲み、楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 ──と、そんなやり取りがあって操は山のような教材を抱えてA組の教室にやって来たのだ。

 教材の間に挟まっていたカリキュラムを手に取ってクラスメイトたちが絶句している。操はそれを横目にロッカーの中に教材を詰め込んでいた。しかしどう頑張っても全部入り切らないので、ロッカーを増やしてもらおうと決意した。

 

「通常授業の後にもやんの!?9時間目と10時間目って初めて見たよ!?」

「マジで土日も授業入ってんじゃねーか……」

「うわぁ、年間スケジュールでカリキュラムが組まれてる……」

「文字通り休みなくない?」

「プルスウルトラだそうだ」

「死ぬぞ!?」

「根性論は今時流行んないって!」

「で、でも心強いよね!」

 

 ソワソワしながらも離れた席で立ち上がったのは緑谷だった。彼は両手の拳を握りしめ、目をキラキラと輝かせている。

 

「リカバリーガールは個性の関係上前衛には出れないけど赤黒さんなら前衛でも戦えるし、それにスピードとパワーもあるから救護者をその場で回復させることも下がらせることもできるんだ!僕らは戦闘中出血が多いとどうしても力が入らなくなるし痛みや恐怖から戸惑ってしまう事もあるけれど、赤黒さんがいるってだけで安心感があるよね。それに条件さえ整えば戦闘中も体力の回復が可能になる、えっ待ってこれって本当に凄い事だよ!?それに赤黒さんの個性で血中成分のエネルギー量を増やすことで集中力の──」

 

「誰か三日分のノート見せてくれないか?」

「緑谷をガン無視!?」

「悪い、いつもの発作だと思って……」

「まさかの発作扱い!?」

「まあでも大体合ってる気がする……」

「これぞデクくんって感じだもんね」

「赤黒くん!いなかった分のノートはまとめておいたぞ!」

「準備がいいな飯田。ありがとう」

 

 キレた爆豪の爆発音を背後に操は【赤黒君専用ノート】と角ばった字で書かれたノートを受け取った。パラパラと捲ればとても見やすく要点がまとめられていて、頭のいい人はノートから違うと思った。今後の参考にしよう。

 操は座席に戻りながら、爆破によって髪の毛が普段よりモサモサになった緑谷に視線を合わせる。

 

「お前は凄いと言うが、私はリカバリーガールのようにはできないぞ。医師免許も雄英在学中には取れないし、彼女や医者に命を繋ぐ橋渡しみたいなものだろう」

「でも……やっぱり凄いよ。簡単には出来ないし、誰にだって出来る事じゃないと思う」

 

 それはナンバーワンヒーローと謳われるオールマイトにだって出来ないことだ。

 普通のヒーローとは逸脱した道を進むことになるだろう。けれど──。

 

『お前は正しき社会の為、オールマイトのような本物の英雄になれ。なれないのならヒーローなどやめてしまえ』

『私は私の道を行く、私がなりたいヒーローになる。お兄ちゃんに、私の未来は奪わせない』

 

 自分が頑張ることで数多くの悲しみを笑顔に変えられるのなら、それはきっと私が望む道になる。

 操の夢はヒーローになることではない。ヒーローになった先で、数多くの人を救うことだ。

 

「うん、そうだな。ありがとう」

 

 頑張るよと拳を作って笑えば、緑谷も拳を突き上げた。まだ話足りなそうなクラスメイトは数多くいたが、相澤が教室に入って来たことにより皆口を閉じ行儀よく席に着く。

 こうして慌ただしくも色濃い朝から、今日という日常は始まったのだった。

 

 

 

 英語、数学、現代社会、化学と四つの授業を終わらせ休み時間となった。

 芦戸が前に座る操を見ると、彼女は化学のワークブックにチェックを入れている。所々付箋が貼ってあることから真面目に勉強していることが窺える。

 芦戸は勉強から視線を逸らしつつ、操の頬に貼ったままのガーゼを視界に入れた。目尻からこめかみにかけても薄らと傷があることから、そこも怪我をしていたのだろう。

 一週間前画面越しに見た血塗れの操を思い出し、芦戸は重い口を開いた。

 

「操ちゃん、怪我大丈夫なの?」

「……怪我?」

「ほら、刃物刺さってたやつ……」

「そうだよ〜!いっぱい刺さってて凄い心配したんだから〜!!」

 

 会話に入って来た葉隠も加わり、操は二人に囲まれた。リカバリーガールに治してもらったため今の操に大きな怪我はない。せいぜい治していない頬にガーゼを貼っているくらいだ。

 けれど二人は"刃物"と言っている。それはステインと戦った際、操が自分に刃物を埋め込む事で武器奪った事を指しているのだろう。

 ──何故、二人はそれを知っている?

 報道でステインの映像は流れていたものの、操たち四人の姿は上手い具合にカットされていたはずだ。

 操があの場にいた緑谷たち三人に視線を走らせると、二人はかぶりを振って否定していた。轟には伝わらなかったようで、彼は不思議そうな顔をしている。しかし反応から見て彼ら三人が話したわけでは無さそうだ。

 すると前の席の青山がシャララ〜と優雅にポーズを決めて振り返り、操が求めていた答えをくれた。

 

「みんなあの動画を見たのさ!」

「動画?」

 

 話を聞くと、どうやらあの時の様子は隠し撮りされていたらしい。逃げた脳無が緑谷を拐って飛び上がり、それをステインが助ける様子が。──そしてその後、操がステインを殴り続ける様子も撮られていたらしいのだ。

 そして撮影者はそれをSNSに上げるという暴挙。警察が見つけ次第消しているらしいが、探せば見つかる動画として日々アップロードされ続けているらしい。

 しかしそれだけではなく、とある雑誌で操の過去が明け透けに語られたためクラスメイトたちの殆どがそれを知っている状況となっていたのだ。故に、朝から皆そわそわしている。

 

「いや隠し撮りはダメだろ」

「操ちゃんが珍しく常識的や」

「私はいつだって常識的だろうが」

「いひゃ〜ほっぺ引っ張らんといて〜!」

「三奈、透。深い傷は治してもらったから平気だよ。雑誌については……ま、出てしまったものは仕方ないだろう」

「出版は止められたみたいだから持ってる人は少ないと思うけど……」

「ねー……」

「……」

 

 クラスメイト達はそわそわしていても、後一歩踏み込めずにいた。

 聞ける事なら聞きたかった。両親から虐待されていたこと、学校に一度も通っていなかったこと、ステインと六年一緒に暮らしていたこと、そして「幼女連続誘拐殺人事件」の被害者であったこと。それらは本当なのかと、真偽を確かめたかった。

 けれど内容が内容だからこそ、誰も踏み込めずにいたのだが──。

 

「体育祭ではしゃいでたり、いつも食い意地張ってんのはそういう過去があったからなんだな」

 

 ここで空気の読めない轟が"みんな気になっていたけど聞けなかったこと"を平然と切り込んでいた。

 思わずクラスは静まり返り、皆轟に視線を向けている。彼は不思議そうに頭を傾けた。

 

「……どうした?」

「(どうしたじゃねーよ!)」 

「(馬鹿野郎見ろこの凍った空気を!個性使ってんじゃねえ!!)」

「別に使ってねえよ」

「これは持論だが……"飯は食える時に食え"だ。いつ飢えるかわからないからな」

「クソ重マジレス返ってきた!?」

「赤黒が凍った空気を平然と叩き壊していったぞ……!」

「いやむしろ北極になったよ!より凍ったよ!!」

「さっきから何を言ってるんだお前たち」

「そういや赤黒も空気読めないマンだったな……」

「空気読めないウーマンだろ」

「そこ重要?」

「重要!」

 

 飛び交う会話の応酬に、操は自然と口角を持ち上げた。

 初めて通った学校が雄英でよかった、そして初めてのクラスメイトが彼らでよかったと心の底から思ったのだ。

 操の過去は普通ではない。まえ(・・)の常識が僅かに残っているから、それくらいはわかっている。それでも普段通りに接しようとし、話しかけてくれる彼らは優しくとても強いのだろう。だから操はこの縁を自分なりに大切にしようと決めたのだ。

 

「体育祭も、楽しかった。だから来年はみんなでレクに参加しような!」

 

 満面の笑みを咲かせる操に、クラスメイト達は顔を見合わせつられて笑う。

 どんな過去があったって、ステインの妹だからって──彼女が赤黒操である事には変わりはないのだ。

 

「仕方ねぇなぁ〜」

「私も楽しかったわ。来年もやりましょうね」

「そうですね、折角の学生生活ですもの。来年は私も是非ご一緒させてください!」

「来年もチアやってくれ!」

「反省しろ馬鹿!」

「オイラと二人三脚しようぜェ……赤黒ォ!」

「あ、チェンジで」

「なんでだよ!?」

「あ、お決まりの流れきたわ」

「やっぱ赤黒はこうでなくちゃな」

 

 彼らにとって赤黒操とはヴィラン(ステイン)の妹ではない。食い意地が張っていて、偉そうで、冷静に見えて意外と無邪気なところが、彼らにとっての赤黒操だった。

 だからA組では大丈夫だろう。教室の外では相澤が様子を窺い胸を撫で下ろしていたのだが、操たちには知らないことである。

 

 

 

 しかし学校内に賛成派がいるという事は、勿論反対派もいるわけで──……。

 それを理解している操は教室以外ではなるべく口を閉ざし、無表情を貫いていた。彼女なりに"楽しそうにすること"へ後ろめたさを感じているのだが、その状況を少しでも改善したいと思う男が立ち上がる。

 

「赤黒君!よかったら一緒に食事をしないか!」

 

 それは飯田天哉であった。

 被害者家族の飯田がいるのに普通に過ごしている、という意見を払拭するため彼は立ち上がったのだ。俺たちは被害者家族と加害者家族ではなく、共に学ぶ友であるのだと。

 食堂に向かおうとしていた操と一緒にいた芦戸と葉隠は立ち止まり、彼を見上げ目を瞬かせる。ちなみに飯田の背後にいた緑谷、麗日、轟、蛙吹も同じようにしていた。

 

「……一応聞くけど、食事って昼食のこと言ってるんだよな?」

「そうだが?」

「堅苦しい誘い方だなぁ。ま、折角だし一緒に食べようかな」

「いいね!今日は大人数だ〜!」

 

 そのまま八人で会話をしながら食堂に向かう。

 操や飯田がいることでかなり視線を集めていたのだが、人数のおかげかあまり気にならなかった。職場体験前と違って非難の声も飛んでこない。

 

「堅苦しくない誘い方ってどんなだ?」

「え?……『ヘーイ!飯いこーぜ!』とか?」

「ヘーイ……?」

「あはは何それ!ヘーイ!」

「ム、では次はそのようにしよう!」

「真面目か!」

「飯田くんが言ってるの想像するとおもろいなぁ」

 

 食堂に入れば食べ物の匂いが肺いっぱい広がって、操の食欲をかき立てた。

 ふわとろなオムライス、サクッとジューシーな豚カツ、野菜がたくさん乗ったタンメンなど、食べたいものがたくさんあって目移りしてしまう。

 操は食べることが好きだ。飢えを経験したからこそ、食べるという行為に幸せを感じている。そして今日のお昼は唐揚げ丼に決めた。

 白米の上には付け合わせのキャベツとポテトサラダと共に、豪快に唐揚げが転がっている。それは生姜とニンニクの香りをしていた。衣はキツネ色をしていて、歯を立てると口の中いっぱいに肉汁の旨味と染み込んだ味が広がってご飯が進む。

 あまりの美味さに"幸せでいる事"の後ろめたさを一瞬忘れ、操は笑顔のまま厨房にいるランチラッシュにサムズアップした。彼はそれを、眩しい笑顔で返してくれる。

 

「なんだ、唐揚げが欲しいのか?」

「いや、いらねぇ……ただ、」

「?」

「手、大丈夫か?」

 

 斜め前に座っていた轟から視線を感じたので唐揚げが食べたいのかと思ったが、轟が見ていたのは操の左手であった。

 その左手はステインによって傷つけられ、刃が貫通してしまった場所である。右手も刃を掴んで深く傷付いたが、左はそれと比べ物にならないくらい大怪我をした。よって、操の左手は傷跡が消えず残ったままになるらしい。

 

「大丈夫だよ」

 

 そう言ってヒラヒラと動かしても轟の顔は浮かない。

 決して嘘など付いておらず痛みを感じていないのだが、何故だろうか。

 

「轟くんはまだ気にしているのか?」

「気にしてるって何を?」

「俺と関わるとみんな手がダメになるから……俺はハンドクラッシャー的な何かなんじゃないかと思ってる……」

「ブフォッ」

「なにそれウケるー!」

「轟くん面白い〜!」

「でも轟ちゃん、とても深刻な顔をしているわ」

 

 面白そうに笑う麗日や芦戸、そして葉隠を嗜めるように蛙吹が口を開く。彼女の言う通り轟は深刻な顔をして飯田の腕と緑谷の拳、そして操の手に視線を向けている。しかし三人は轟のせいだなんて微塵にも思っていなかった。

 しかし操は「お前は破壊神なのか?」「そうかもしれねぇ……」とやり取りをし、深刻な顔をしている轟が少しだけ面白かったので思わず笑みを深めてしまう。

 

「だ、大丈夫だよ轟くん!」

「そう言った出久の拳には消えない傷があった……」

「ナレーションするのやめなよ赤黒くん!」

「そんな飯田の腕にも……いやそれは兄のせいだった……申し訳ない……!」

「自分で言って落ち込んだ!?」

「自爆しとる……!」

「大丈夫だ赤黒くん!この怪我は前にも話したが移植すれば──!」

 

 机に突っ伏しダメージを受ける操とカクカクしながら必死に説明をしている飯田を見て、その場にいた者は自然と笑った。麗日なんて全くうららかではなくゲラゲラと笑っている。

 だから操も気持ちが楽になり、身体を起こして轟にちゃんと向き合った。「これは兄と戦って出来た傷だから、気にするな」と。どう考えても100%兄のせいなので、轟が気にする事はない。

 

「そういえばお前とはあまり話してこなかったな」

「……そういやそうだな」

 

 先程のやりとりを経て気付いたのだが、轟とちゃんと話したのはこれが初めてではないだろうか。

 思い返せば彼とは体育祭第一種目で並走したのと、ステインと戦う前に並走したくらいでろくに喋っていなかった。喋るより並走している印象が強いのも珍しい。

 

「ならばここで自己紹介でもしてやろう。私の名前は赤黒操、好きな焼きそばパンは食べ物だ!気軽に操ちゃんと呼べ!」

 

 自己紹介は"親しみ"が大切だ。そんなワイプシの教えを守り、操はドヤ顔をしていた。

 一方それを見守っていたクラスメイトたちは「ツッコミどころが多いな」と思っていた。上鳴や切島といったツッコミ役がここにいたら即座にツッコミを入れていた事だろう。

 しかし少しだけ考え込んだ轟は周りの反応など気にせず続いて口を開く。

 

「そうか、わかった操ちゃん(・・・・)

「(呼ぶんだ!?)」

「俺の名前は轟焦凍。好きな食べ物は温かくねぇ蕎麦。拘りはねぇから好きに呼んでくれ」

「と、ど、ろ、き、しょ、う、と……じゃあ焦凍と呼ぼうかな。これからよろしくな!」

「おう」

 

 指折り数えて轟の"文字数"を確認する操を、クラスメイトたちはにこにこと優しく見守っていた。ツッコミ所は多いが、楽しそうなので良しとする。

 しかし時は有限、そんな長閑な昼休みは早くも過ぎ去っていく。

 

「ム、みんなあと15分で次の授業が始まる!そろそろ移動しよう!」

「次の授業なんだっけ?」

「確か現代文だったと思うよ」

「午後一の現代文は眠くなっちゃうよ!」

「梅雨ちゃん、三奈が寝てたら容赦なく椅子を蹴ってやれ」

「操ちゃんが後ろの席じゃなくてよかった〜!」

「ケロケロ、肩は叩いてあげるわ」

 

 こうして八人は教室に戻ろうとしていた障子や常闇とたまたま合流し、十人という大人数のまま午後の授業に向けて足を進めるのであった。

 大人数だからか、クラスメイトたちのおかげなのか。不思議なことに視線はもう気にならなかった。

 

 

 

 

「そういえば操ちゃんのヒーロー名って決まってるん?」

 

 授業が終わり放課後。

 帰りの支度をしているクラスメイトに反し、操はロッカーから医学に関する教材を取り出して次の授業の準備を進めている所であった。しかし麗日に声をかけられたことでその動きを止める。

 体育祭後、操がA組から去ったあとの授業でヒーロー名を決めたのだが「操のヒーロー名は知らないな」と麗日は思ったのだ。職場体験に参加していることから通常(・・)なら決まっている筈だろう。

 

「実は決まってなかったんだ。けどこの一週間で形になったから、次の授業前に相澤先生に報告しようと思ってる」

「なるほど、では俺も一緒に行こう!」

「飯田は"テンヤ"じゃねーの?」

「それを変更してもらおうと思ってな」

「え、ヒーロー名変えんの!?」

「飯田くんのも操ちゃんのも知りたい〜!」

 

 操と飯田のヒーロー名を聞こうと一部のクラスメイトが集まってくる。集まっていない者も視線は合うので聞いているだろうし、爆豪は視線すら合わないが帰る気配はないので、なんだかんだで聞いているのだろう。

 操は飯田を見上げると手で先に発表するよう促した。

 

「発表は私がトリだ。その方が印象に残るからな!」

「ナチュラルに俺を踏み台にしないでくれ!」

「仲良いなお前ら」

 

 職場体験前は殺伐としていた二人がここまで仲良くなると思わず、クラスメイトたちはまるで自分のことのようにニコニコしていた。操も飯田も真っ直ぐだからこそぶつかり、そしてわだかまりを残さず和解したのだろう。

 そうして咳払いを挟んでから飯田が紡いだヒーロー名は「ターボヒーロー・インゲニウム」であった。兄の名と意思を継ぎ、兄に恥じない行いをすると告げた彼を笑うものはおらず、彼は拍手喝采を浴びていた。

 

「ありがとうみんな!けど次は赤黒くんの番だ!」

「そうだぞお前ら!耳を傾け心して聞くがいい!」

「相変わらず偉そう!」

「でもなんだろう、凄い気になる」

「フフ、そうだろう? 私のヒーロー名は"ステンレス"だ!気軽に"ステンちゃん"と呼べ!」

「ここでもその自己紹介!?」

「親しみは大事だろう?」

「だから親しみを辞書で引けって!」

「つーかステンレスってステンレス鋼のこと?」

「──違いますわ!」

 

 首を傾げたクラスメイトに、八百万がいち早く声を上げる。

 ステンレスという単語は、日本ではステンレス鋼として表されることが多いけれど違う意味もある。汚れのない、染みのつかない、清浄な、潔白な……といったStain(ステイン)とは逆の意味を指す単語だ。

 

「私は飯田と違って兄の名を継ぐのではなく、背負っていく」

 

 けれど兄のようにヴィランには染まらない。そんな意味を込めて── Stain(・・・・・)less。

 操はステインではない。ステインの妹だけど、人は殺していない。──けれど家族だから。

 

「罪は一緒に背負ってく。消えることはないけれど、それでも背負って受け止める。この名前はその決意なんだ」

 

 それを聞いて困ったように眉を下げた芦戸は、それでも笑みを浮かべて操を見つめた。

 全てを背負おうとする友人がまた潰れてしまわないか不安になるけれど、こういう所が眩しいと感じるのだ。きっと自分じゃ同じ選択はできなかっただろうと、彼女の強さを実感する。

 だからこそ応援し、その背中が折れぬよう支えたいと思うのだ。

 

「操ちゃんはさぁ、勉強だけじゃなくヒーロー名まで茨の道を行くんだから」

「何かあってもお前たちが支えてくれるだろう?」

「──うん、もっちろん!」

「嫌がっても支えてやるんだから〜!」

「フフ、なら何も問題はないな!」

 

 操を挟むように芦戸と葉隠が並んで、左右両方から体当たりをして身を寄せ合う。

 その光景は「操を支えている」というより「操が潰されている」のだが、彼女たち三人はとても楽しそうなので誰も口にはしなかった。

 

「ステンレスは可愛くないし親しみを感じないからな。だからお前ら、気軽にステンちゃんと呼べ!」

「ならステンちゃんと呼ばせてもらうわ」

「フフ、そうしてくれフロッピー!」

「ステンちゃん……輝きが足りないね!」

「なんだI can not stop twinkling」

「略してCan't stop twinklingだよ⭐︎」

「なるほどCST」

「略しすぎ⭐︎」

「でもブラッドとか使わなかったのはちょと意外だなー……」

「わかる、赤黒そういう単語好きそう」

 

 操の脳裏には、過去ラグドールから見せてもらったブラドキングの映像が過ぎった。

 彼は同じ"操血"の個性でB組の担任教員だが、驚くほど関わりがない。A組や操が忙しかったのもあるが、雄英高校に通っていればいつか話すタイミングはあるだろう。

 ──それに、為さねばならぬ事がある。

 

「ブラッドが付くとブラドキングと被るからな。ま、私が奴から(キング)の称号を奪ってしまえば話は早いが」

「とんでもねぇ事言い出したぞ」

「先生に奴とかいうなよ!」

「ブラッドじゃなくてキングの方を奪うんだ?」

「フ、王座に腰掛けた方がKing of blood(血の王)だからな!」

 

 耳郎達とそんな話をしていると、心なしかワクワクし目を輝かせた常闇がスッと近付いてくる。

 ──厨二病の波動を察知した。操はゴクリと唾を飲み込み、常闇の言葉を聞き逃さぬよう耳を傾ける。

 

「それでいいのか赤黒。王とは孤高であり、孤独な者であるというのに」

「フフ、その(ことわり)を崩すのも王であろうよ」

「フッ……お前は過去の王達も凌駕しようというのか……面白い!」

「なんだこれ」

「なぁ尾白、今の上手く返せていたか?」

「俺にはちょっとレベルが高くてわかんないかな……」

「赤黒くん!楽しそうなのは何よりだが時間は大丈夫なのか!?」

 

 時計を見るとだいぶ時間が迫っていたので操は慌てて教材を持つ。放課後はクラスメイト達が教室を使うことがあるため、操は以前一人で使っていた教室で別授業を学ぶのだ。

 本日は外部から招いた講師と顔合わせをする関係で職員室に行かなければならないので、そのついでにヒーロー名を伝えに行こう。そう飯田に声をかけて共に教室を出ようとしたところで、同じく帰ろうとした爆豪と目があった。

 

「これで決まってないのは勝己だけだな!」

「上から目線がうぜえんだよクソチビ」

「クソチビではなく、私の名前は赤黒操だ。気軽に操ちゃんと呼べ!」

「誰が呼ぶか!!」

「爆豪に対してもブレない赤黒がスゲーよ」

 

 操は爆豪を見送ってからクラスメイト達に手を振って、飯田と共に職員室へ急いだのだった。

 勿論、走ったら飯田に怒られるため競歩である。

 

 

 

 

「えー……そろそろ夏休みも近いがもちろん君らが30日間一ヶ月休める道理はない」

「まさか……!」

「夏休み林間合宿をやるぞ」

「知ってたよー!やったーー!!」

 

 朝のホームルーム、今日も今日とて気だるげな担任教員相澤の言葉に、クラスメイト達は歓喜の声を上げた。

 その声に操は単語帳から目を離し視線を上げるが、前の席の青山も隣の尾白も、斜め前の麗日もみんな表情を明るくしていた。しかしその三人より後方の芦戸や斜め後ろの切島、上鳴が一際騒がしかった。

 

「肝試そー!」

「風呂!!」

「花火」

「カレーだな……!」

「自然環境ですとまた活動条件が変わってきますわね」

「いかなる環境でも正しい選択を……か、面白い」

「寝食みんなと!ワクワクしてきたぁ!」

 

 委員長の飯田や副委員長の八百万まで周りの空気に充てられて、年相応に楽しそうにしているのが印象的だった。むしろ騒いでいないのは操に障子、轟、爆豪くらいである。

 しかし騒がしかった彼らは相澤の「──ただし」という一言を聞いて口を噤んだ。

 

「その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は……学校で補習地獄だ」

「みんな頑張ろうぜー!!」

 

 切島の熱い言葉を背後に、操は再び単語帳に視線を落とした。その後相澤から語られる業務内容も聞こえている(・・・・・・)ので問題はない。

 夏休みも林間合宿も、操にとって初めての行事だ。大好きなクラスメイト達と寝食を共にし、花火や肝試しが出来るなんて夢のような時間だろう。それはきっと高級ブランドのバックや宝石なんかより価値のあるものになる。

 しかしそんな"未来"に思いを馳せる時間があったら勉強に費やしたい、今の操はそう思っていた。何故ならば余裕がないからだ。

 

「全く勉強してねー!!」

「体育祭やら職場体験やらで全く勉強してねー!」

「確かに……」

 

 六月最終週にもなると、どんなに腰の重いクラスメイトでも期末テストに対して焦りが強くなった。言わずもがな、腰が重いのは芦戸と上鳴の中間試験クラス下位の二人である。

 期末テストまで残すところ一週間を切った。普段から真面目に勉強している者でさえ訓練時間を減らして勉強に費やす、所謂追い込みの時期だった。そんな一週間前になってようやく焦り出すのだから、二人が下位を取るのも納得してしまう。

 

「中間は入学したてで範囲狭いし特に苦労なかったんだけどなー……」

「行事が重なったのもあるけど、やっぱ期末は中間と違って演習試験もあるのが辛いところだよな!」

 

 頭を抱える芦戸と上鳴にそう声をかけたのは、余裕な表情を浮かべた峰田であった。ちなみに彼は足も組んでペン回しまでしている。

 この男、見かけによらず中間テストは9位とそれなりに勉強が出来るのだ。

 

「あんたは同族だと思ってた!」

「おまえみたいな奴はバカではじめて愛嬌だるんだろが……!どこに需要あんだよ……!」

「"世界"かな」

「芦戸さん上鳴くん、頑張ろうよ!やっぱ全員で林間合宿行きたいもんね!」

「うむ!」

「普通に授業受けてりゃ赤点は出ねえだろ」

「お前ら言葉には気をつけろ!!」

 

 峰田に噛み付く芦戸と上鳴を見かね、座席の近い緑谷が声を上げた。それが火に油を注ぐ事になるとは一切考慮せずに。

 緑谷は4位、飯田は2位、轟は5位とクラスでは上位だ。それは轟の言う通り、彼らが日頃から努力している結果なのだが──追い詰められた二人にとってその言葉は神経を逆撫でするだけだった。

 

「確かに範囲広いけどさぁ〜、お前ら騒ぐ元気あんなら勉強しろって。見ろ赤黒を、こんな中でも一人で勉強してるぞ」

 

 瀬呂が指差した先では、振り返って頬杖を付き至近距離でジッと眺める青山の視線をものともせず、ひたすら問題を解く操の姿があった。

 A組に復帰してからというものの、操の休み時間の様子は基本こうであった。鬼気迫る様子で机に齧り付く姿に皆最初は驚いていたが、最近ようやく見慣れてきたのである。

 

「僕の視線に反応しないなんて……⭐︎」

「煌めきが足りないんじゃね?」

「いつも思うけど、凄い集中力よね」

「赤黒って意外と真面目だよな〜」

 

 勉強に集中しているとはいえ、操は彼らの言葉をちゃんと聞いている(・・・・・)。 

 だから問題集から顔を上げ、目の前にある青山の顔を押しやり、珍獣を見るような目を向ける芦戸や上鳴に視線を合わせた。

 

「これでも二年間で九年分の勉強を詰め込み、雄英に受かった実績がある。やればできるんだよ。二人はやってないだけだろう?」

「正論の刃!!」

「グハァ!痛い!!モロにダメージを喰らった!」

「わかってるけどそれが難しいんだよ〜!!」

 

 峰田から緑谷たちに、そして操に狙いを定めた二人は「慰謝料を請求します!心に傷を負ったから!」と騒ぎ出すが、操は無視して違う問題集に手を伸ばした。

 操は過去学校に通っていなかった為、ワイプシに保護された二年間で九年分の義務教育と雄英に受かるための応用問題を脳に叩き込み、ここにいる。とはいえ操も勉強が得意ではない。操がここにいるのは"操血"の個性による恩恵が大きかった。

 

 操は常日頃から血液を巡らせ、増加させたエネルギーを身体に回して身体能力を強化している。そしてそれは勿論"脳"にも適応される。

 脳を極限まで活性化させ集中力を上げると、複雑な情報処理や指示出しを明確かつ素早く複数同時に行うことができるのだ。

 それをうまく利用して操は体()の血液を巡らせ、体()の血中成分を自由に増減し、体()の血液を流動的に操作し、体()の血中成分を操作して性質変化させ、尚且つ操自身が動いたり話をしたりと数多くの事を戦闘中にこなしている。つまり戦闘中じゃない今、勉強をしながらクラスメイトの会話を聞くくらい造作もない事である。

 それに操は個性が許容量超過(キャパオーバー)しない限り、血中成分を操作して"疲労"を打ち消すことができる。勿論食事や睡眠をはじめとした休息は必要になるが、個性によって他者より効率がいいのは間違いない。

 ワイプシに保護されて真っ先に行ったのが脳の活性化であった。ラグドールにはつきっきりで面倒を見てもらった日々が、今はとても懐かしい。

 

「プルスウルトラだ、三奈」

「プ、プルスウルトラ?」

 

 操はA組に復帰してから、既に数多くの困難を乗り越えてきた。

 やっても終わりの見えない勉強、土日に行う本格的な救助訓練、個性や体力向上のための自主訓練などエトセトラ。

 わからない、上手くできない、時間が足りない!そうやって操が挫けそうになった時、側で励ます相澤に何度も言われた言葉がある。それは──!

 

「プルスウルトラ!」

「だ、だめだ赤黒は手遅れだ!」

「洗脳されてる!プルスウルトラでどうにかなると思ってる!」

「口を動かす暇があるなら教科書を読め!そして問題を解け……!」

 

 勉強は「わからないから出来ない」のではなく、「わかるまでやる」ものだ。

 一度教わっても身に付かないのは当然だ。教わったことは月日が経てば忘れてしまうので、忘れないためには反復して何度も繰り返す必要がある。興味関心を持つ事なら一度で覚えられるだろう、しかしそうでないのなら数をこなして脳に刻みつけるしかない。

 何度もいうが、操は勉強が得意ではない。

 だから個性と根性を駆使し、挫けそうになりながらも反復してとにかく回数をこなすのだ。「文句はやる事をやってから言え」、これは相澤に教わった言葉である。

 

「私はクラスで一位を取るとか、そんな大きなことは言えない」

 

 情けないことに、操は八百万や飯田といった上位のクラスメイトにはどう足掻いても敵わない。中間試験は11位だったが勉強する科目が増えた今、期末試験は順位を落とす可能性だってある。

 脳を活性化させ勉強量を増やしても余裕がないくらいギリギリなのだ。文字通り"休む暇なんてない"状況で、ついて行くのに必死である。このカリキュラムを作った者は個性を使う前提で組んだに違いない。それでも──。

 

「自分自身には絶対に負けたくない……!」

 

 出来ないと決めつけて諦める事はしたくなかった。だから机に齧り付いて、個性をフル活用して、プルスウルトラ(魔法の言葉)を唱えてでもやるのだ。

 他ならぬ自分自身(・・・・)が後悔しないために。

 

「熱血ガリ勉……」

「言ってろ。その間に私はお前たちの先を行く」

「いいな赤黒!俺も燃えてきたぜ!!」

「それはなによりだ。で、誰か数学のこの範囲教えてくれないか?」

「それなら俺が教えよう!」

 

 再び勉強を始めた操の元に飯田たち三人が集まり、そこに青山や麗日も加わってわからないところを教えあっている。

 それを見た芦戸と上鳴は少しだけ眉を下げた。やらなきゃいけないことも、このままではいけないことも自分たちが一番わかっている。しかし勉強という苦手な事に打ち込む努力は、想像以上に難しいのだ。

 

「お二人とも、座学なら私がお力添え出来るかもしれません」

「ヤオモモー!」

 

 そんな二人を見かねた八百万が声をかけると、二人は涙を流しながら駆け寄った。A組一の才女の元へ、耳郎や瀬呂、尾白などが続々と集まる。頼られたことに喜びを隠しきれない八百万はプリプリしながら勉強会の企画を立て始めた。

 クラスメイト達は成績上位の八百万や飯田が中心となり、大きく二手に分かれた。そんな中、中間試験3位の爆豪に近寄った切島は「これが人徳の差……」「るせェ!」といったやり取りをしつつも、勉強会まで漕ぎ着けたのであった。

 

 

 

 

「三奈ちゃん大変だよ……!」

「操ちゃんが遂に……食事まで疎かに……!」

「ご飯はちゃんと食べてるだろう」

 

 学食にて、操は単語帳を片手に温玉ポークカレーを食べていた。そんな操の前では芦戸と葉隠が手を取り合って震えている。

 操とて食べる時くらい勉強をしたくないのだが、昼休みを犠牲にするほど追い込まれているのだ。個性により集中力や理解力が活性化されても、覚えるためには何度も反復しなければならない。

 妥協は許さず「やるからには全力で」がポリシーである操は、良くも悪くもやると決めたら一直線になるきらいがあった。

 

「食ってる時くらいやめとけよ」

「もっと言ってやってよ轟ィ!操ちゃん全然やめないんだから!」

「そうだそうだ〜!勉強反対〜!反対〜!!」

「さっさと食ってから勉強した方が効率いいだろ」

「……確かにそうだな」

「まさかのそっち側!?」

「轟くんそれは裏切りだよ〜!」

 

 操にとってはいつものことなので前で騒ぐ二人を放置し温玉ポークカレーをかき込んでいたのだが、轟は「裏切り……?」と言葉を律儀に拾って返している。

 そんな騒がしい四人とは対照的に──騒いでいるのは二人だが──穏やかに食事をとっていた緑谷たち四人は、演習試験について話をしていた。

 

「普通科目は授業範囲内からでまだなんとかなるけど……演習試験が内容は不透明で怖いね」

「突飛なことはしないと思うがなぁ」

「普通科目はまだなんとかなるんやな……」

「お茶子ちゃん、私たちも頑張りましょうね」

 

 期末試験は中間試験と違って筆記だけでなく演習試験もある。しかし相澤は「一学期でやったことの総合的内容だ」としか教えてくれなかったのだ。

 一学期でやった事といえば戦闘訓練に救助訓練、あとはほぼ基礎トレーニングである。

 

「試験勉強に加えて体力も万全に──あイタ!」

「ああごめん、頭大きいから当たってしまったよ!」

「B組の……えっと、物間くん!よくも!」

 

 会話の途中で緑谷の頭が傾いたと思ったら、その背後にはトレーをもった物間がいて彼を見下ろしていた。状況的に物間が"わざと"緑谷の後頭部にトレーを当てたのは明白である。

 芦戸と葉隠は会話をやめ、口出しはしなくとも彼らの様子を注視していた。操と轟は緑谷たちのやり取りに興味がないのか、すぐに視線を逸らして目の前の食事を再開している。

 

「君らヒーロー殺しに遭遇したんだってね。体育祭に続いて注目を浴びる要素ばかり増えてくよねA組って。ただその注目って決して期待値とかじゃなくて、トラブルを引き付ける的なものだよね?」

 

 その内容に、興味のなかった操と轟も思わず手を止め物間を見上げた。物間のいう"君ら"に自分達が含まれていたからだ。

 その動きに物間は笑みを深め、操と轟をニヤリとした眼差しで射抜いていく。そしてその場にいるA組八人をぐるりと見渡すと、わざとらしく肩をすくめた。

 

「あー怖い!いつか君たちが呼ぶトラブルに巻き込まれて僕らにまで被害が及ぶかもしれないなぁ!ああ怖──ふっ!!」

「シャレにならん、飯田と赤黒の件知らないの?」

「拳藤くん!」

「ごめんなA組、こいつちょっと……心がアレなんだよ」

 

 物間の声に食堂にいた人々が視線を向け始めたところで、背後から音もなくやってきた拳藤が彼の首を強かに打った。躊躇のない一撃は物間の身体の自由を奪い、その場の空気を一瞬にして塗り替えていく。

 力の抜けた彼の身体を片手で支え、彼女は眉を下げてもう一度謝った。ヒーロー殺しと深く関わりのある操と、飯田に向けて。

 しかし二人は気にしていなかったので特に気を悪くすることはなかった。拳藤が早急に対処(物理)し、誠意を込めて謝ったのも大きいだろう。

 

「あんたらさっき期末の演習試験不透明とか言ってたね。入試ん時みたいな対ロボットの実戦演習らしいよ」

「え、本当!?なんで知ってるの!?」

「私先輩に知り合いいるから聞いた。ちょっとズルだけどな」

 

 しかしそれでも罪悪感は拭えなかったのか、彼女は話題に上がっていた演習試験について知っている事を教えてくれたのだ。

 A組に敵対心を抱いているB組が何故?と思ったが、きっと敵対心を抱いているのは一部だけで大半の人はそんな事を思っていないのかもしれない。

 

「ズルじゃないよ!そうだきっと前情報の収集も試験の一環に盛り込まれてきたんだ。そっか先輩に聞けばよかったんだ!なんで気付かなかったんだろうヒーローになったらこういうのも自分の力で──」

「……!?」

「気にするな、これは出久の発作だから」

「発作!?」

「バカなのかい拳藤、せっかくの情報アドバンテージを!ココで憎きA組を出し抜くチャンスだったんだ……!」

「憎くはないっつーの」

 

 拳藤は復活した物間を再び手刀により沈めると、彼を引きずってこの場を去っていった。

 結局物間は"緑谷の頭にトレーをぶつけた事"について謝らなかったのだが、緑谷本人が気にしていないのでとりあえず大丈夫なのだろう。彼はあれからずっとブツブツと何か呪文を唱えている。

 

「緑谷くん!今のをみんなに伝えなくていいのか!?」

「ハッそうだ!早く教えてあげないと!」

「食い終わってねぇの緑谷だけだぞ」

「えっ……ほんとだごめん!急いで食べるね!」

「ゆっくりでいいのよ緑谷ちゃん」

 

 緑谷はそんな些細なことより、クラスメイト達に情報を共有しようと思っているようだ。

 操の目の前にいる芦戸も「ロボなら楽勝〜!」と手を挙げて喜んでいる。操は単語帳を閉じて、芦戸と視線を合わせた。

 

「ならあとは勉強をどうにかするだけだな」

「うっ……それは、ヤオモモとなんとかするもん!」

「そうしてよ。私は三奈と林間合宿に行きたいんだ」

「……!なら、頑張らなくちゃね!」

「うん、お互い頑張ろう」

 

 その後教室に戻りクラスメイトに情報を伝えれば、芦戸と同じく試験に不安を感じていた上鳴は「ロボならラクチンだぜ!」と喜んでいた。心なしか勉強の意欲も上がったようだ。

 上鳴や芦戸のような「対人相手だとうっかり死なせてしまうかもしれない個性」は、ロボが相手だと思い切り使えて文字通り"楽"なのだろう。──今後のためにも対人戦に慣れておくべきだと思ったが、やる気を出した二人にそれを告げるのは野暮だろうと操は口を噤んだ。珍しく空気を読んだのである。

 

 

 こうして月日はあっという間に過ぎ去り、それぞれ不安や葛藤を抱えながらも操たちは試験当日まで歩みを進めていった。

 筆記試験では個性の使用が許可されていないため操は"脳の活性化"をやめていたのだが、念のため相澤が個性を使用し操を監視する事となった。彼は「俺はドライアイなんだよ……」と静かにキレている。

 操も相澤に見られてはやり辛かったので、次からは個性を封じるサポートアイテムでも持ってきて欲しいと切実に願った。

 

「筆記試験終わったーー!!」

「ヤオモモ〜!教えてくれたとこ出来たよ〜!!」

「ねぇ数学のあれ、答え何にした?」

「問六か?あれ難しかったよなー……」

 

 筆記試験が終わりクラスメイトたちが勉強から解放され顔を綻ばせる中、操は教室を移動して次の試験に向かう。

 操が行う試験は医療ヒーローになるためのものと、短期間だろうと今まで学んできた医学についてだ。ギリギリまで参考書を確認しながら教室を出ようとする操に気付いた芦戸が、その背中に声をかける。

 

「あっ、操ちゃん!」

「ん?」

「頑張れ!!」

 

 芦戸の声に合わせ、クラスメイトのほとんどが拳を突き上げて操を激励した。それを見た操は正面に拳を突き出して、ニッと笑ってそれに応える。

 そしてクラスメイトたちに背中を押されながら、次の戦い(試験)に挑んだのだった。

 

 

 

 

「それじゃあ演習試験を始めていく」

 

 こうして訪れた演習試験当日。

 それぞれコスチュームに着替えて集合場所へ向かうと、相澤の横に並ぶ雄英高校の教師たち──もといプロヒーローが、操たちA組を待ち構えていた。

 彼らの表情にいつものような優しさや感じの良さはない。真剣味を帯びた表情にクラスメイトの一部(・・)は既に何かを感じとっていた。

 

「この試験でも勿論赤点はある。林間合宿行きたけりゃみっともねぇヘマはするなよ」

「先生多いな……?」

「ご、ろく……はち人?」

「諸君らなら事前に情報を仕入れて何をするか薄々わかっているとは思うが──」

「入試みてぇなロボ無双だろ!?」

「花火!カレー!肝試しー!!」

「残念!諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

 芦戸と上鳴の言葉を跳ね除けるようにして飛び出してきたのは雄英高校の校長であるハイスペックネズミ、根津だった。彼は何故か相澤の捕縛布の中からひょっこり出てきて、その捕縛布を使い地面に降り立つ。

 芦戸と上鳴は喜びを表していたポーズのまま、石像のように固まっている。

 

「校長先生!?」

「変更って……!」

「それはね──」

 

 何故試験内容を変更したのか。

 根津から語られた内容を簡潔にまとめると「ヴィランが活性化しているおそれがある」ということだった。

 学校としては生徒を守り、ヒーローとして事件を未然に防ぐのが大前提である。しかし以前のUSJ事件、そして保須市のヒーロー殺しや脳無出現など「突然」は前触れもなく、伏線など貼る暇もなくやって来る。

 ──念には念を。何も対策をせず後悔するくらいなら、対策して「何もなかったね」と笑えた方がよっぽどいい。

 だから雄英高校では現状以上に対ヴィランの戦闘が激化すると見据え、より実戦に近い「格上との対人戦」を試験として実施することにしたのだ。

 

「これからは対人戦闘・活動を見据えたより実践に近い教えを重視するのさ。というわけで諸君らにはこれから二人一組(チームアップ)でここにいる教師一人一人と戦闘を行ってもらう!」

「先生と……!?」

「尚ペアの組みと対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度……諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表していくぞ」

 

 

 ──轟・八百万チーム vs イレイザーヘッド

 

 ──爆豪・緑谷チーム vs オールマイト

 

 ──芦戸・上鳴チーム vs 根津校長

 

 ──青山・麗日チーム vs 13号

 

 ──切島・耳郎チーム vs プレゼントマイク

 

 ──蛙吹・常闇チーム vs エクトプラズム

 

 ──瀬呂・峰田チーム vs ミッドナイト

 

 ──葉隠・障子チーム vs スナイプ

 

 ──飯田・尾白チーム vs パワーローダー

 

 

 クラスメイトが続々と名前を呼ばれる中、最後に残った操と砂藤の二人は顔を見合わせて頷く。同じ増強系としての括りなら組む理由もわかる。そして操と砂藤のどちらも、越えるべき課題を持っていた。

 そんな二人に対戦相手となる教員が立ち塞がり、影が差す。操は()を見上げてほくそ笑んだ。

 

「……来たか」

「赤黒、砂藤。お前たちの相手は──」

「俺だ」

 

 ──赤黒・砂藤チーム vs ブラドキング

 

 そこにいたのはB組担当教員にして屈強な肉体、そして個性"操血"を持つプロヒーロー・ブラドキングだった。

 身長194センチである彼は砂藤よりも10センチほど背が高く、操とは50センチも差がある。二人を見下ろす視線は熱く、そして刃物のように鋭い。

 操はとうとう耐えきれず、喉を鳴らして笑ってしまった。

 

「フフフ……」

「……赤黒?」

「ハハハ!ようやくだ!ようやく貴様を血の王の座から引き摺り下ろせる!!」

 

 その言葉にブラドキングの眉がピクリと動く。

 遠くから「先生に貴様とか言うなよ!」という声が飛んでくるが、最早操には聞こえていなかった。

 

「覚悟しろ king of blood(血の王)よ!既に舞台は整った──貴様を王座から引き摺り下ろす舞台がなぁ!」

「──ほう?」

「おい乗るなブラド」

「ダメだ、みんな絶望してるのにあの二人だけめちゃくちゃ楽しんでる!」

 

 壁は乗り越えるためにある。

 乗り越えたその先で、前よりも強くなった自分が見下ろしている。

 ──ここまで這い上がって来い、と。

 

「貴様が王でいる時代は今日をもって幕を下ろす!何故なら、次の王がここにいるのだからな!」

「──いいだろう。俺から王座を奪って見せろ、赤黒。全力で受けて立つ!」

「お前らそれ後でやれ、話が進まん」

「……!」

「なんか常闇ちゃん羨ましそうね」

 

 良くも悪くも操とブラドキングにより雰囲気も緊張感も崩れていったが、それは兎も角、これから演習試験が始まる。

 林間合宿参加券を掛けた壮絶なバトル。生徒は勿論、教員も本気で生徒を潰しにくる。

 これはただの戦闘ではなく、先を見据えた格上との戦闘だ。A組の生徒たちはそれぞれの課題を克服し、困難に立ち向かえるのか?

 

 そして新たな king of blood(血の王)の座は、どちらの手に──?

 

 

 

【期末試験編上:了】

 

 

 

 

 

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