ステイン妹のヒーローアカデミア   作:苗字ちゃん

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期末試験編(下)

 

 

 

 雄英高校学期末、演習試験。

 A組は二人一組(チームアップ)で格上の教員と対ヴィランを想定した戦闘を行うことになった。

 演習試験ではそれぞれステージが用意してあり、10組一斉スタートとなる。試験の概要については各々対戦相手から説明されるそうで、クラスメイトたちは不安や緊張を表情に色濃く浮かべながら学内バスに乗り込んだのだった。

 

「で、どうやって勝つつもりなんだよ」

 

 赤黒操(あかぐろみさお)とチームを組んだ砂藤も例外なく、緊張と不安を抱えてバスに乗り込んだ一人だ。しかし隣に座る操は「貴様を王座から引き摺り下ろす舞台が整った!」と自信満々に笑っていたため、他の生徒より少しだけ希望を持っていた。

 操と砂藤はバスの後部座席で身を寄せ合い、小声で話す。何故なら対戦相手であるブラドキングが同じバスの前方に座っているからだ。作戦を相手に漏らすなど、絶対にあってはならない。

 しかし完璧に勝つため、ここで必勝法を聞いておこうと思ったのだが──。

 

「客観的に考えて無理だろうな」

「はァ〜〜!?」

「声がデカい、静かにしろ」

 

 操は戦闘に対しては比較的冷静かつ客観的に状況を判断することができる。それは偏にスタンダールやワイプシの面々と数年経験を積んだおかげなのだが、今回の相手は二対一だとしても「無理」だと言い切れた。

 ルールやハンデがあれば「無理」が覆る可能性は勿論あるが、それを無しに二人がブラドキングと戦って勝つ可能性は客観的に考えるとゼロに等しいと判断したのだ。

 

「いや、おま、諦めるのは違うだろ!」

「諦めてないよ、客観的に判断しただけ。あるかもしれない1%の可能性を今探しているところだ」

「……!」

 

 1%でも可能性があるのなら、操はそれを掴み取る努力をする。しかしそう簡単にいかないのも事実なのだ。

 操とペアを組むのは砂藤、そして相手はブラドキングである。

 操と同じ"操血"を使用するブラドキングは操と違って他者の血液は操れないものの、身体の大きさは操と比べ物にならない。それは即ち、使える血液の多さが違うということだ。

 ただでさえブラドキングより経験値と素の身体能力が劣っているのに、それに加えて"操血"による身体強化までされたら敵うはずがない。操と砂藤はブラドキングよりパワーもスピードも経験も劣っているのだ。

 

「私たちみたいな増強系、相手にもならないだろうな」

 

 それに砂藤は三分間しか身体能力を強化出来ないという致命的なデメリットを持っている。そして操がブラドキングに優っているのは手数の多さと小回りが利くというだけで、それ以外は全てにおいて負けている。

 つまり普通に戦ってもブラドキングには負けるということだ。

 操が足にエネルギーを回して全力で逃げ、砂藤がブラドキングの足止めを「出来るのなら」勝てるだろうが、出来ないから考えているのだ。

 

「これは試験だ。勝てない相手にどう立ち回り、勝つか考えるのも課題の一つ」

「……とはいってもよォ、差がありすぎだろ」

「フ、そう不安になるな」

「何か作戦でも思いついたのか!?」

「いや、思いついてないが」

「ねぇのかよ!!」

「なんであろうと私は勝つ。血の王座は私のものなんだよ」

「根性論じゃどうにもならねぇんだよバカヤロー……!」

 

 ため息を吐き頭を抱える砂藤をよそに、操は前方にいる巨体を見つめた。

 本日操が持っている輸血パックは400ccが三つで1200ccだ。しかしブラドキングも普段から使用する血液があり、全体量として当然操より多いのだろう。操がブラドキングに挑んだところで力任せに捩じ伏せられて血液の質量で負け、砂藤は時間というデメリットがあるので負けるのは目に見えている。

 しかし操には唯一、他者の血液を操作できるという"強み"がある。この強みはブラドキングにとっては警戒すべき最強のカードだろう。

 

「私に合わせろ、と言いたいところだが……私がお前をサポートしてやるよ」

「……頭でも打ったか?」

「適材適所というやつだ。私は勝つためなら喜んでサポートに徹するぞ」

「……!」

「お前は奴と戦うシミュレーションでもしておけ。今回はきっと、お前が主戦力になるのだからな」

「俺が!?」

「心で負けるなよ、砂藤」

「──!」

 

 手数や経験、パワーで負けているからなんだ?勝ちが見えない状況だろうが、操は絶対に負けるつもりはない。こんな所で躓いている時間はないのだ。

 壁は越えるためにある。一人で無理なら、二人で越えればいい。私たちはライバルではなくチームなのだから。

 こうしてバスは減速し、三人は演習試験の会場に到着したのだった。

 

 

 

 

 到着したステージは見渡す限り荒れ果てた風景であった。

 草がなく、剥き出しの赤土は風が吹くたび舞い上がる。倒れ朽ち果てた丸太に折れた切り株、崩れ落ちた建物。視界を遮るものが殆どない、激戦地の跡を思わせる痩せた土地。そんなステージをフェンスが四角く囲んでいる。

 操たちはステージと不釣り合いな、やたらファンシーなゲートを潜りそこに足を踏み入れた。ゲートの真下で二人を見下ろすブラドキングは、仁王立ちをしながら演習試験のルールを説明するため口を開く。

 

「いいか、制限時間は30分だ。お前たちは"ハンドカフスを俺にかける"か、"どちらか一人がステージから脱出"すれば試験の条件達成となる」

 

 それだけでは普段の戦闘訓練と似ているが、普段と違うのは相手が生徒ではなく格上ということだ。しかし格上だからこそ、対戦相手をヴィランだと思って戦闘することが重要である。

 会敵したと仮定し、そこで勝てるなら良し。しかし実力差が大きすぎる場合は戦闘を避け、応援を呼んだ方が賢明だ。それを想定し戦闘をするなら「カフスをかけ」、応援を呼ぶなら「脱出する」という条件になっている。

 

「格上との戦闘は常に命懸けだ。赤黒、お前はわかるな?」

「……」

 

 ブラドキングはステインとの戦闘を言っているのだろう。

 ステインは飯田やネイティブ以外には明らかに手を抜いていた。それでも苦戦を強いられ、応援を呼ぶことすら出来なかったのだ。

 逃げる事は決して恥ずかしい事ではない。状況にもよるが、逃げずに命を落とすくらいなら逃げて応援を呼びヴィランを倒せた方がよっぽど良い。──まあ、それが出来たらの話なのだが。

 この試験が実践に近いと言われる理由がようやくわかった。これは戦って勝つか、逃げて勝つか判断力を試しているのだ。

 

「しかしそれでは難易度が高すぎるからな。俺たち教員は体重の約半分の重量がある超圧縮おもりを付けて、お前たちと戦おう」

「ハンデってことか……!」

「そういう事だ。試験はステージ中央からスタートとなる、お前たちは中央へ進め!」

 

 ブラドキングに見送られ、二人はステージ中央まで歩き出す。

 視界を遮る物のないこのステージでは隠れることができない。だからブラドキングから注がれる視線を気にせず、二人は真っ直ぐ中央へ向かった。

 

「おい赤黒……どうすんだよ?」

「入試の時みたいな住宅街ならよかったが……このステージは最悪だな」

 

 操はどちらかというと室内や入り組んだ地形での戦闘が得意なタイプだ。遮蔽物がなくとも地面がコンクリートなら体育祭と同じように出来たが、どうやら対策されているらしい。そして隠れる場所すら無いとは、嫌なところをついてくる。

 消耗戦に弱い砂藤と、消耗戦に強いが決定打がない操。それに対してブラドキングは二人を完封する術を持っている。たとえハンデがあったとしても、それだけではあまり意味をなさないだろう。

 

「……やっぱりこうするしかないか」

「え?」

「せいっ」

「痛ぇ!何すんだ!?」

「少し血を貰っただけだ……ふむ、O型か」

「"ふむ"じゃねぇ、せめて何か言ってからやれよ!通り魔かお前はよォ!?」

 

 操は小型ナイフを取り出し躊躇なく砂藤を切り付けた。刃についた血を舐め取りながら、傷口に触れてもう少し血液を抽出する。すると彼の傷口から流れ出た血液は石のように固まって、操の手のひらの中に収まった。

 操はそれを錠剤程の大きさにして幾つかポケットにしまう。そして傷口を塞ぎ瘡蓋にすれば準備完了だ。

 

「いいか砂藤、私がお前を無敵にしてやるよ。そのかわり二分半に一秒でもいいから必ず私のそばに来い」

「……!」

「開幕から全力で行くぞ!」

「……おう!」

 

 風が吹く、砂が痛いほど吹き付ける。

 舞い上がる砂埃に視界は遮られるのに、地平線が見えそうなこのステージは視界を遮るものは何もない。

 目を凝らさなくとも、敵はそこにいた。

 彼にもずっと、私たちの姿は見えているのだろう。

 

 

《みんな位置についたね。それじゃあ今から雄英高校1年A組期末テストを始めるよ》

 

《レディィィ──……GO!!》

 

 

 こうして開戦の狼煙は上がった。

 ブラドキングは真っ直ぐ此方に向かっている。対して操と砂藤も迎え撃つため、それぞれ準備を行った。

 砂藤は糖分を摂り個性"シュガードープ"を発動する。操は個性把握テストや体育祭の時と同じく、血液を回し身体能力を底上げする"赫血飛動(せっけつひどう)"を使用し脳を極限まで活性化させた。

 

「逃げずに戦う、その姿勢は認めてやる。愚かだとは思うがな……!」

 

 開幕から全力で。

 砂藤は個性のデメリットがあり、操も一人でブラドキングを抑えられない以上「脱出」はほぼ不可能。

 ならば戦って勝つ、それだけの話だ。

 

「ハ、愚かかどうかは……」

「戦ってから言ってくれ!!」

 

 "シュガードープ"でパワーが五倍となった砂藤は経験が劣るものの、そのパワーはブラドキングと拮抗する。ならばその経験という穴は操が埋めればいい。

 操は自身の血液で作られた小型ナイフを操作して、ブラドキングの背中から腕に伸びるチューブを狙っていく。それを切られたら不味いのでブラドキングはナイフを叩き落としてから飛び退き、二人から距離をとる。

 しかしそれを二人が簡単に許すはずもなく、砂藤が正面から殴りかかる。操は砂藤の影に隠れるように移動し、ブラドキングの死角からナイフを飛ばす。そして本体は逆方向から飛び出してナイフを振り抜いた。

 

砂藤(そっち)に集中してていいのか?」

「──!」

「俺から視線を逸らしたな!食らいやがれ!!」

 

 ブラドキングは"操が他者の血液を操れる"と知ってか、操の攻撃を警戒する。そこを砂藤が力押しして一撃を与えれば、彼は衝撃を受け止めながらも押し負け、砂埃を舞わせて後方に滑っていった。

 操では力負けする、砂藤が個性を使用していれば力負けしない。けれど、砂藤一人では動きは単調ですぐに負けてしまう。

 ──だったら操が隙を作り、砂藤が決めればいい。作戦は単純、「最初から全力で」だ。

 

「……成程、大きな口を叩くだけあるということか」

 

 通用する、そう感じた砂藤は口に笑みを乗せてブラドキングの正面に立っていた。

 対して操はその斜め後ろでブラドキングに見えないよう砂藤の身体(・・)に触れる。その表情は真剣そのものだった。

 

「よし、このまま押せば……!」

「そう簡単にもいかないらしい」

「!?」

「──ならば俺も全力を出さねばお前達に失礼だ……!」

 

 ブラドキングの背中から腕にかけて伸びたチューブから、大量の鮮血が飛び出した。

 それは意志を持っているかのように蠢き、不思議なことに重力や自然の法則に逆らって宙に浮いている。

 

「そういや先生まだ"個性"使ってなかった……!」

「早くも第二形態といったところだな」

 

 ブラドキングの上半身を覆い隠すような血の量に砂藤は一歩下がってしまう。しかし後ろから操に背中を叩かれ、ハッとして気を引き締めた。

 ──心で負けるな、私がお前をサポートしてやる。

 操の言葉と、自分は一人じゃないことを思い出したから。

 

「砂藤、オーダー追加だ。全力で戦い……(あれ)に捕まるなよ」

(あれ)は赤黒がどうにかしてくれるんだろォ?」

「ハ、簡単に言ってくれるな……でもまあ、期待されて断る私は解釈違いだ!やってみせよう!」

「よし、なら俺はさっきみてぇに戦うだけだ!」

「……話は済んだか?」

 

 砂藤に血液が、操にブラドキングが襲い掛かる。

 瞬間、操の所持していた輸血パックを突き破り血液が飛び出したかと思うと、それはブラドキングの眼前に迫り視界を塞ぐ。その一瞬の隙に二人は位置を入れ替え、ブラドキングには砂藤が、大量の血液には操が対応する。

 

「チッ……!」

 

 ブラドキングは操相手に血液を使えない。何度も言うが、それは操が"他者の血液を操作できる"からだ。

 舐められるリスクを冒してまで別々に対処するのは不合理である。ならばまず、邪魔な方から潰すしかない。

 

 ブラドキングはすぐさま砂藤の腹部に拳を叩き込んだ。そして倒れるのを確認する前に動き出し、操に向かって拳を振るう。

 操はその拳を赤壁(せきへき)──鉄に変化させた血液──で壁を作り受け止める。左右からブラドキングの血液が襲いかかってくるが、自身の作り出した赤壁を軸に手をついて前方倒立転回跳びでそれを避けた。

 操はブラドキングの真上を跳び空中で足場がない状態だが、ナイフを操作し追撃は許さない。空中で身体をひねりながらブラドキングから視線を外さなければ、操の死角から血液が襲いかかってくる。それを自身の血液でいなして、操は無事着地した。

 

「赤黒……!」

「合流させると思うか?」

「くそ……っ!」

 

 立ち上がった砂藤が操の側に駆け寄ろうとするが、ブラドキングはそれを阻むよう即座に立ち塞がった。

 ──これはバレているな。

 そう感じた操はブラドキングの視線が砂藤に向いている隙をついて駆け出し、スライディングで彼の股下を潜り抜けた。ご丁寧にナイフと血液で視線を誘導し自身から意識を逸らしている。

 

「そういうのは私を止めてから言うんだな」

「流石に素早いな……!」

 

 ブラドキングはナイフと血液を対処してから、操達二人の元へ走り出す。

 操はバレているので堂々と砂藤の身体に触れ、彼の体内に流れる僅かなエネルギーを増やしていった。

 

 砂藤の個性"シュガードープ"は糖分を摂取し、それをエネルギーとして通常の五倍の身体能力を発揮する個性だ。しかし体内にある糖分を消費してしまうと脳機能が低下し、凄まじい眠気や倦怠感に襲われるという強烈な副作用(デメリット)を抱えている。

 それ故彼は個性を使わなくともある程度戦える身体を作ってきたのだが、相手が格上となれば個性を使わざるを得ない。けれど操がいれば、そのデメリットは打ち消せる。

 

 操の個性"操血"は条件さえ満たせば他者の血液を操作することが可能だ。体外の血液は制限時間内であれば特にデメリットなく操作でき、体内の血液は身体に触れていれば操作が可能となる。

 だから三分経つ前に砂藤の身体に触れて糖分を増やす必要がある。──言い換えると、それさえクリア出来れば砂藤は常に通常の五倍の身体能力を発揮できるのだ。

 だから操は試験前に砂藤の血液をとっておいたのだ。常に時間を念頭におきつつ砂藤の血液を摂取し、彼の身体に触れて体内の糖質エネルギーを増やしていく。彼に告げた「無敵にしてやる」とはこのことであった。

 

「ふんッ!!」

 

 砂藤は倒れた丸太を掴むとブラドキングに向かって投げた。そのまま走り出し、血液で丸太を受け止めた彼に殴りかかる。ブラドキングの左側は常に刃物で狙われ、思うように血液を噴射出来ない。

 ブラドキングは砂藤の拳を受け止めたまま腕を捻り、そのまま体勢を崩した。そして意識が疎かになっている足元を払えば砂藤は地面に倒れ込む。砂藤のフォローに回ろうとした操には血液で掴んだ丸太を投げて妨害した。

 丸太を避けた操は血液で作った弾丸──赤弾(せきだん)を飛ばすが、ブラドキングが砂藤の陰に隠れてしまえばそれは意味を成さない。

 そしてブラドキングは立ち上がろうとした砂藤に強烈な蹴りを放った。

 

「砂藤が荷物になっているようだな」

 

 腕を交差させ防御したとしても、ブラドキングに勢いよく蹴られた砂藤は再び膝をつく。

 そんな砂藤を視界から外しつつ「操の次の手を防がねば」と顔を上げたブラドキングの眼前には、いつのまにか丸太が迫っていた。

 ──赤黒が投げたのだろうか、そう思いつつブラドキングはそれを片腕で払う。しかしその後ろに隠れるように迫っていた操に顎を蹴られ、彼は真上を向いてしまった。

 操は丸太に隠れ接近し、膝をついた砂藤の背中を踏み台にブラドキングに蹴りを入れたのだ。

 

「ハ、その砂藤がいなければこの蹴りは当たらなかったけどな!」

「うおおお──!」

 

 砂藤は痛みを堪えて立ち上がり、ブラドキングに肉薄しようとした。隙が出来たここで抑え込み、倒し、カフスをかけようと思ったからだ。

 ──しかしそれは出来なかった。

 

赤縛(せきばく)だったか?いい技だな……何より少量の血液は敵にバレにくい!」

「──しまっ……!」

 

 砂藤の右腕と左足は、この短時間でブラドキングの血液により封じられていて立ち上がれなかったのだ。ブラドキングの背後で蠢く多量の血液に気を取られ、気付かなかったのだろう。

 ──人の技使いやがって……!

 飛ばした弾もナイフも血液による壁で防がれてしまう。そして操が砂藤に駆け寄る前に、ブラドキングの左側から大量に噴射された血液によって砂藤は完全に拘束されてしまった。

 

「砂藤!」

「一人確保」

 

 血液はたちまち形を変えて、砂藤は赤黒い檻に閉じ込められてしまった。性質変化して鉄となった血液は、二人の行手を冷たく阻む。

 砂藤が力技でどうにかしようとするけれど、歪んでもすぐ元の形に戻ってしまう檻の前ではどうすることも出来なかった。

 ──こじ開けるより先に個性のデメリットが襲いかかるだろうな。

 操はこの戦況を打開すべく一旦距離をとりたかった。けれど目の前の相手はそれを許してくれそうにないし、このステージに隠れられるような場所はない。 

 

「ハハハ!逃げてばかりじゃないか!先程の威勢の良さはどうした!?」

「……」

「それで俺の王座を奪おうとは片腹痛いわ!」

「楽しそうなところ残念だが、私は挑発に乗らないぞ」

 

 操はブラドキングから視線を外さぬまま、最小限の動きで後方に下がって攻撃を避けていく。

 彼の攻撃は重く、一撃でも食らったら操の意識は飛んでしまうだろう。けれどその動きは()より遅いと思った。だから操は冷静に観察し、避けることが出来ていた。

 

《報告だよ!最初の条件達成チームは轟・八百万チーム!》

「!?」

「どうやらクラスメイトはクリアしたようだな!お前達にその兆しはないがなァ!!」

 

 しかし回避に集中し追い込まれているのも事実だった。あまり砂藤から離れすぎると次の一手に支障が出るため、円を描くように避けていくしかない。

 しかし操は荒れ果てたステージの地形把握が完璧に出来ておらず、朽ちた切り株に足を取られてしまった。咄嗟に地面を蹴って後ろ宙返りをしつつブラドキングを下から蹴り上げようとしたが、彼はそれを見抜いていたのか足首を掴み、操を勢いよく地面に叩きつけた。

 

「──ッ」

 

 受け身は取ったが、痛いものは痛い。

 しかしすぐに動かなければ次の攻撃が飛んでくると"身体に染み付いている"操は飛びのこうとするけれど、足首は掴まれたままで自由に動けない。そしてそのまま再び持ち上げられる。

 ──また叩きつけられる……!

 そう思った操は腹筋を駆使して足首を掴む腕をどうにかしようと身体を丸めたのだが、それがいけなかった。

 

「捕まえたぞ」

 

 ブラドキングの左腕から噴射された血液に捕らえられ、操の手首は封じられた。それだけなら舐めてしまえば問題ないのだが、舐められない為の対策か手首に巻きついた血液は無理やり腕を引っ張って操の背面で固定される。

 操は直ぐにナイフを操作してブラドキングを引き離そうとした。彼はナイフに対処するため足から手を離したが、それによって操は地面に落とされ土の上を転がり、両腕を背後で固定されたまま急いで立ち上がる。

 しかしナイフを撃ち落としたブラドキングは立ち上がった操の首を掴んでそのまま持ち上げた。

 

 力任せに首を掴まれ、声帯を振るわせることすら出来ない。舌が喉の奥で詰まっているように感じ、空気が一切入ってこない事から肺が新鮮な酸素を求めて暴れ回る。

 あまりの苦しさに身体と意識を繋ぐ何かが途切れそうな気がして、操は必死になって身体を捩り、足をバタつかせて抵抗した。しかしその行為は首に負担をかけるだけでなんの効果もなかった。

 暗転し途切れそうになる意識の中、ブラドキングの声が静かに鼓膜を揺らしていた。

 

「体育祭3位もこれで終わりか、随分と呆気なかったな……!」

 

 ブラドキングは操が己の個性と違って"他者の血液を操れる"と知っている。その発動条件が経口摂取ということも、勿論知っている。

 首を掴んだのは舌のある頭を動かさないようにする為だった。手を背後に固定したのも、それが理由だった。

 苦悶の表情を浮かべ徐々に身体の力が抜けていく操を見下ろし、ブラドキングは背後で囚われている砂藤に視線を移した。

 細い首を折らないように気をつければ、あと数秒で操の意識は落ちるだろう。砂藤はエネルギーが切れたデメリットで脳機能が低下しているのか、理性のない獣のように檻の中で暴れている。

 ──彼らの試験はこれで終わりか、ブラドキングはそう思った。

 そもそも何故ブラドキングがこの二人の相手をしているのかというと、時は数日前に遡る──。

 

 

 

 数日前、雄英高校会議室。

 ここでは期末演習試験に向けての会議が行われていた。対ヴィランを想定した実践形式の試験にすることは既に決まっており、今は生徒と教師の組み合わせを話し合っている最中であった。

 

『ブラド、お前に任せたい生徒がいる』

『俺に?』

 

 相澤の口から出てきたのは赤黒操と砂藤力道の名前だった。彼は消耗戦に強い操と弱い砂藤を組ませ、ブラドキングに相手をしてほしいというのだ。

 ブラドキングは腕を組み、少しだけ目を丸くした。砂藤は兎も角、操に関しては自分より相澤の方が適任だと思ったからだ。

 

『確かに赤黒は誰よりも個性に頼り切った戦い方をしている』

 

 操の得意分野は撹乱して相手の意表を突き、持久戦に持ち込む戦い方だ。手札の多さと処理能力の速さを駆使して、武器に出来るものは何でも使って勝ちに行く揺れない心の強さだ。しかし個性を使えなくなると、途端に彼女は何もできなくなる。

 相澤と操の得意なステージは入り組んだ地形と似ており、操は上手いこと視線から逃れて個性を使用するだろう。だったらわざわざ個性を封じなくとも「倒せないほど強い敵」を当てた方が操のためになると相澤は考えたのだ。

 操より轟や八百万の適任が自分以外いないと思う気持ちも少なからずはあったのだが。

 

 決定打のない操はブラドキングと正面から戦っても勝てないし、砂藤なら力は拮抗するが時間という巨大な壁が立ち塞がる。しかし操はその"壁"を打ち壊す力を持っている。

 ──おそらく赤黒は砂藤をうまくサポートして勝ちに来るだろう、とあの時相澤は言っていた。そこまでは予測通りだった。

 操も砂藤も個性によって強化された身体能力で戦い雄英(ここ)まで来た実績があり、通用しない相手と戦う機会は少なかった。だからブラドキングはここで二人を抑えつつ「新たな動きや作戦を引き出してほしい」というオーダーだったのだが──。

 

 

 

 ──熱くなってやり過ぎた、とブラドキングは内心思っていた。

 彼の背後には血の檻に閉じ込められ暴れる砂藤がいて、正面の操は己の手で首を掴まれ宙に浮いた足は力無く揺れている。

 しかしやり過ぎたとはいえ、それなりに観察はしていた。

 砂藤がブラドキングを抑え、操が隙を突く。そのやり方で突破口を開けなかったからこう(・・)なったのだ。

 

 格上相手に戦意を失わず、立ち向かった気概は認めよう。しかしそれだけではどうにもならないのが現実だ。

 砂藤の攻撃は威力が高くとも単調で、これ以上続けたところで勝てる見込みはないだろう。何より操は意識を失っているので、砂藤はデメリットを克服することができない。

 ここはさっさと引導を渡すか。ブラドキングは暴れる砂藤を見てそう判断し、この戦いに幕を下ろそうとしたのだが──。

 

 刹那、ブラドキングの腕に痛みが走った。

 

 視線を己の腕に向けると、ナイフが二本刺さっている。一本のナイフが引き抜かれ、鮮血が心臓の鼓動に合わせてどぶりと傷口から溢れ出した。

 血の滴るナイフはまるで意志を持っているかのように一人で動き出す。ブラドキングはその行方を、目で追ってしまう。するとそこには──。

 にっこり笑って血のついた刃を舐めとる赤黒操がいた。

 

「──!?」

 

 ブラドキングは咄嗟に首から手を離して距離を取った。

 その行動は生存本能によるものであった。血を舐められた一瞬で、操がブラドキングの体内に流れる血液を操作したからだ。

 ──何故意識がある……!?

 距離を取れば操作は不可能なので、ブラドキングは離れたまま操の様子を注意深く観察した。しかし刺さったままのナイフが腕に深く沈もうとしていて、ブラドキングは慌ててそれを引き抜いた。その隙に、操は腕を拘束していたブラドキングの血液を"破壊"して自由を得る。

 そしてそのまま彼が操作している血液を操作しようとして──その力は拮抗する。

 

「貴様……ッ!」

「フフ、フフフ……」

 

 血液の操作権を、操とブラドキングで奪い合う。二人の間で蠢く血液は形や性質を歪に変えていく。

 しかし突如操作権がブラドキングに戻ったと思えば、後方の檻が壊れて砂藤が解き放たれたのだった。その檻は"破壊"され、既に操作できなくなっている。

 

「これで役者は揃ったな。さぁ、第二ラウンドといこうか」

 

 

 

 

 生物は生きるために呼吸を必要とする。

 呼吸によって取り込んだ空気が血液に溶け、各細胞に行き渡る。簡単に説明するとそういうシステムで生物は生きている。

 ブラドキングによって首を掴まれた操は生き物として必要な【呼吸】が出来なくなってしまった。意識がどろりと闇の中に溶けていく最中、まるで電源を一つ一つ切っていくように手足の感覚が無くなっていく。

 授業の一環なので死ぬ事はないだろうが、「このまま意識を落としたら試験に落ちる」という気持ちは彼女を酷く焦らせ、そしてその気持ちは個性を躍動させた。

 

 ──生き残るために、時に生物は進化を強いられる。

 象が密猟者から種を守るため牙を捨てたように、ハドソンリバー・フィッシュが川の汚染から種を守るため汚れに耐性をつけたように。

 操もこの時自身を守るため、呼吸を捨てた。 

 

 赫血の恩恵(カーマイン ギフト)

 呼吸が出来なくなった操は血中に存在していた酸素を増殖させ、全ての臓器に滞りなく行き渡らせた。不必要な二酸化炭素は消滅させ、肺から吐き出す必要性を無くす。

 これを使う事で、血中に酸素が残っていれば水中だろうが土の中だろうが、操は呼吸を捨てて活動することが出来るようになったのだ。

 これは操の意識が途切れる最中で自然と編み出した、生き残る"術"であった。

 

「……」

 

 操は首を掴まれたまま、砂藤に視線を向けるブラドキングの後頭部を眺めた。砂藤を見ているため、彼は操の状態に気付いていない。

 増殖させた酸素のおかげか、掴まれた首は痛いが不思議なことに苦しくなかった。操の"これ"は、生き物という理から外れた歪な進化だろう。勝ちたいという思いに個性が応えた結果だろう。

 しかし勝つには、一つ問題点がある。

 

「(……首を掴まれたままじゃいつか落とされるな)」

 

 気道閉塞は個性でどうにかなっても、動脈閉塞はどうにもならない。

 今は一時的に酸素とエネルギーを増やして脳や臓器のダメージを防いでいるが、このまま血流が途絶えてしまっては元も子もない。血液は心臓を中心に身体を巡っているので、首を掴まれていたら血液を回すことが出来ないのだ。

 だから操は自身の血液で作られたナイフを操作し、首を掴むブラドキングの腕に突き刺した。そして血に濡れた刃を舐めとれば、驚愕の色を浮かべた彼と目が合って──思わず笑った。

 

「──チッ!」

 

 手首を拘束していた血液は破壊した。

 そして同じように、宙に浮かぶブラドキングの血液の操作をしようとすれば、"操血"の個性を持つ彼は阻止しようと躍起になり、二人は血液の操作権を奪い合う。

 一方、血液で作られた檻に閉じ込められた砂藤は文字通り理性のない獣のように暴れていた。

 彼は閉じ込められてからというものの、すぐにデメリットである意識の低下が精神を蝕み、それに抗えず物事を深く考えることが出来なくなってしまった。それでも彼が暴れたのは、決して狂ってしまったからではない。

 ──心で負けるな。

 ──あるかもしれない、1%の可能性を。

 その二つの言葉が、何も考えられなくなった砂藤の脳裏でくるくると回っていた。

 だからとにかく、砂藤は暴れ続けたのだ。共に戦うクラスメイトの負担を少しでも減らしたかったから。

 

「(──出て来い、砂藤!)」

 

 だから気付けたのかもしれない。目の前の檻は鉄ではなく、そんなものより脆くなっていると。そして暴れ続けていたからこそ、簡単に壊せたのかもしれない。

 檻を壊して立ち上がった砂藤の動きは、とても単調でゆっくりだった。しかしその瞳から闘志の炎は消えておらず、ゆらりと燃えている。

 

「眠い……怠い……!」

 

 砂藤が檻を壊せたのは操が血液を操作したからだ。

 ブラドキングは目の前で繰り広げられていた操作権の奪い合いに集中し、檻への意識を欠いていた。だから操はバレないよう操作し、鉄から性質を変化させていたのだ。

 複数操作は操の方が上手だ。それは身体能力が低いが故に、手札を増やすために訓練を積んだからできることだった。

 

「これで役者は揃ったな。さぁ、第二ラウンドといこうか」

 

 ブラドキングは二人に視線を走らせ、面白そうに笑った。見込みがないと思っていた二人は未だ諦める様子はなく、自身が用意した壁を壊してきたからだ。こういう展開はブラドキングの"好み"であった。

 しかし砂藤が、そして目の前の操が距離を縮めているのに気が付いてブラドキングが動かないわけがなく、彼は走り出す。

 好みであろうがなかろうがこれは試験、ブラドキングは二人に立ち塞がる格上のヴィランとして戦わなければならない。

 

「血を舐める隙を与えると思ったか!?」

 

 手始めに近くにいた操を地面に押し倒し、その上半身を操血による凝固で固定した。

 ブラドキングの血液は操も操作出来るが、操作権の奪い合いを制すれば問題ないのだ。つまりB型であるブラドキングは残りおよそ五分ほど耐えれば勝ちが確定する。

 しかし操の武器はそれだけではなく、他にもある。

 

「ハ、私が対策をしてないと思うのか!」

「──!?」

 

 操はブラドキングの血液を放置し、自身の血液を操作してブラドキングの目を覆うように顔に纏わせた。そしてそれを一瞬にして凝固する。

 ブラドキングは操の血液を操作できない。まるで目隠しのように視界を封じられたブラドキングはそれを壊さない限りどうすることもできず、操はその一瞬の隙を突いて自由な足で彼を蹴り飛ばす。そして自身を拘束する血液を即座に"破壊"した。

 これは動き出した砂藤や操作権の奪い合い、そしてナイフといった手札の多さで彼の意識を散らしたからこそ出来た、絶好の機会であった。

 

「砂藤!」

赤黒(眠い)……!!」

 

 操は試験前、砂藤を切りつけた際に得た血液を口に放り込んだ。凝固されたままポケットにしまっていたそれは、口の中で砕けて操の個性に反応する。

 お互いに伸ばされた手は触れ合って、そして──砂藤の血中で枯渇していたエネルギーが溢れ出す!

 

「おおおおお!!!!」

 

 赫血飛動(せっけつひどう)・共鳴。

 ステンレスが触れていることで、シュガーマンは秒針を跪かせ強くなる。そして触れ続けることで、彼の身体能力は更に勇躍飛動する。

 それは通常時の五倍が可愛く思えるほど強大な力となって、ブラドキングに立ち塞がった。

 

「予定通り、主戦力はお前だ砂藤!アイツを捻じ伏せろ!!」

「ああ!いくぜ……"シュガーラッシュ"!!」

 

 一人では力も武器も足りず敵わない。力は拮抗できても、タイムリミットがあって敵わない。

 ──一人で戦って敵わないのなら、二人で戦って勝てばいい!

 

「眠れ、血の王よ。お前の目が覚めた時、その王座は私のものだ!」

 

 砂藤の攻撃を受けたブラドキングはその場から吹き飛び、砂埃を舞い上げて倒れた。彼の視界を覆う血液すら威力を吸収できず崩れ落ちている。

 二人はピクリともしない彼を見下ろし、最大限の注意を払ってその屈強な腕にカフスを掛けた。その瞬間、ブラドキングが小さく笑ったような気がした。

 

 

《──赤黒・砂藤チーム条件達成!》

 

 

 個性"シュガードープ"と"操血"「赫血飛動(せっけつひどう)・共鳴」の合わせ技により、身体能力がさらに強化された砂藤は「シュガーラッシュ」でブラドキングを戦闘不能にした。

 あの強靭な肉体を持つブラドキングですら耐えきれず倒れたままなのだから、相当な威力だったことが窺える。この技はむしろブラドキングでなければ受け止められなかったかもしれない。

 試験終了の合図を聞いた二人はブラドキングに声をかける。彼は意識こそあったものの身体が痛くて動かないらしい。どうやら腕の骨や肋骨がいくつか折れているようで、二人は顔を見合わせて内心「やりすぎた」と思い冷や汗を流した。しかし直ぐに気持ちを切り替え、ヒーローらしく適切な行動をとるのだった。

 

「赤黒、悪かったな」

「ん?」

「この試験、どう考えても赤黒の負担が大き過ぎたと思ってよ……」

 

 ブラドキングを背負う砂藤とそんな彼に触れて体力を回復させる操は、リカバリーガールのいる出張所に向いながらそんな話をしていた。

 砂藤は「自身の動きや攻撃は単調でブラドキングに手も足も出なかった」と続ける。砂藤の個性故、三分間で敵を仕留めなければならないので動きが単調になるのは当然だ。持久戦や手札の多さで翻弄する操と違う戦い方になるのは仕方ないと思ったのだが、勝ったというのにその表情は浮かない。

 

「なんだ砂藤、ブラドキングに"お荷物"だと言われたことを気にしているのか?」

「うっ……」

「馬鹿だな、あんなのお前を煽っただけだろう」

「でもよ、実際──」

「第一、私はお前をお荷物だと思ったことはない」

 

 砂藤がいなければ、ブラドキングは今頃操に足首を掴まれ引き摺られていた事だろう。それほど二人の体格差は大きい。

 試験中だって、砂藤のパワーが脅威だと判断したからブラドキングは正面から攻撃を受け防御する必要があった。操が狙われた時も隙を作れば、場所を入れ替えブラドキングの相手を引き受けてくれた。

 

「お前はブラドキングの攻撃を受けても何度だって立ち上がった」

 

 強烈な拳や蹴りを受けても立ち上がったし、個性のデメリットにより脳機能が低下しても「1%の可能性」にかけて諦めずに、ずっと一人で戦っていた。

 だから操も砂藤に任せて自分のすべき事に集中出来たし、彼が操を信じて駆け寄ってきてくれたから勝機を見出せたのだ。

 それに謝るなら操もだ。サポートすると大口を叩いておきながら拘束されるのを予期できなかった。

 ──でも、きっと。二人とも諦めなかったから、心で負けなかったから勝てたのだ。

 

「砂藤がいなければ勝てなかったよ。だから、これは二人で掴んだ勝利だ。一緒に戦ってくれてありがとう」

 

 謝罪はいらない。

 だって反省点はお互い理解しているから。それは今後の課題として、今は勝ったことを喜ぼう。

 

「他クラスの教員より、二度共に勝利した操ちゃんの言葉を信じろ!」

「……そういや、赤黒と組むのは二度目だっけな」

「ああ。最初の授業でも私たちはチームで、勝利した!」

 

 はじめて行ったヒーロー基礎学のバトル訓練でも、操と砂藤はチームを組んで瀬呂と切島チームを下した。

 あの時はまだ入学して日が浅かったが、それでもお互いを信じて託し、ちゃんとやるべき事をやったから勝利できたのだ。

 

 先程まで浮かない表情をしていた砂藤は、雨上がりの空のように晴れやかであった。

 課題をたくさん見つけた試験だった。けれど「心で負けない」「最後まで諦めない」、そんな初歩的だけど簡単に出来ないことをやり遂げた、濃密な試験だった。そしてそれを乗り越えられたのは、隣にいるクラスメイトのおかげだと思ったから。

 砂藤は片手でブラドキングを支え直すと、空いた手のひらを操に向ける。

 

「勝ったならやる事はこれしかねぇな」

「フ、改めて──よくやった、褒めてやろう」

「相変わらず偉そうなこった!」

 

 ──勝利のハイタッチというやつだ。

 パチンと、乾いた勝利の音が辺りに響く。

 こうして二人の演習試験は、条件達成という結果で幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 しかし全員が笑顔で試験を終えたわけではなかった。

 コスチュームから制服に着替えたA組の生徒たちは、一部の生徒が醸し出す雰囲気が異様に暗いことに気付く。言わずもがな、演習試験で条件達成出来なかった者たちだ。

 

「操ちゃぁん……ごめんね……本当にごめんね……」

 

 操の目の前で俯き涙を流す芦戸は、時間切れによって演習試験をクリアできなかったらしい。ペアだった上鳴も怖いくらいに無表情で石のように固まっている。

 操は涙を流す芦戸を前にどうしたらいいのかわからず視線を泳がせた。すると着席する八百万と目があって、以前彼女が涙を流す芦戸に対しハンカチを差し出していたのを思い出す。しかしポケットの中に手を突っ込んでもハンカチは見当たらず、やはり操はどうしたらいいのかわからず、涙を流す芦戸を見上げることしかできなかった。

 

「土産話……っひぐ、楽しみに……ううしてるっ……がら……!」

「えっと……三奈のぶんまで楽しんでくるな……?」

「ううっ……うえええ……!」

「(もっと泣いてしまった……)」

「まっまだわかんないよ!どんでん返しがあるかもしれないよ……!」

「緑谷それ口にしたらなくなるパターンだ……」

 

 ぽろぽろと泣き出す芦戸を見て操はもう一度ポケットの中に手を入れたのだが、やはりハンカチは入っていなかった。

 そんな二人の横で緑谷が精一杯のフォローを入れているが、その言葉は再び上鳴の神経を逆撫でてしまい「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄!そして俺らは実技クリアならず!これでまだわからないのなら貴様の偏差値は猿以下だ!!」とやたら長い反撃を食らっている。

 

「落ち着けよ上鳴」

「そうだよ、わかんねぇのは俺たち(・・・)もさ。峰田のおかげでクリアしたけど寝てただけだしな」

「俺も耳郎が何とかしてくれたけどよォ、俺自身は何もできなかった……!不甲斐ねぇ……!」

「同情するならなんかもう色々くれ!!」

 

 情緒が著しく不安定な上鳴に形だけ"条件を達成"した瀬呂と切島が声をかける。

 採点基準が明かされていない以上、二人のうちどちらか一人が条件を達成すればチームとしてはクリアになる。しかし個人としてはどうなのだろうか?

 瀬呂はミッドナイトの個性"眠り香"によって眠っていたし、切島もプレゼントマイクの"ヴォイス"と自身の"硬化"の相性が悪く、ペアの耳郎に頼りきった試験となっていた。

 悔しくて泣く者、キレる者、不安になる者と条件を達成出来なかったクラスメイト達は三者三様の気持ちを抱えていたが、それも相澤が教室に入ってきたことにより一旦形を潜める。

 

「おはよう。今回の期末テストだが残念ながら赤点が出た。したがって──」

 

 憧れの雄英高校に入学できたのに、林間合宿に行けないのは悔しかった。クラスメイトの半分以上が試験をクリアしているのに、条件達成出来なかったことが情けなかった。

 そう嘆いても時は止まることを知らず、残酷に過ぎていく。林間合宿というビッグイベントを、指を咥えて眺めるだけの切ない夏休みが始まる。

 

「──林間合宿は全員で行きます」

「「「どんでん返しだぁ!!」」」

 

 相澤はいつものように「合理的虚偽」を使い生徒を追い込んでいただけだった。

 林間合宿はヒーロー科として重要な強化合宿。親睦を深めるために寝食を共にするのではなく、寝食を共にするほど時間をめいいっぱい使って訓練するためのもの。赤点を取った生徒たちが不参加だなんて、一番あってはならない。

 

「筆記はゼロ。実技では芦戸、上鳴……あと切島と瀬呂が赤点だ」

「やっぱ俺も赤点か……!」

「クリア出来ずの人より恥ずいぞコレ……」

「でも林間合宿行けるよ〜!よかったよぉ〜!!」

 

 喜ぶ芦戸と上鳴の二人に、近くに座るクラスメイトたちも笑顔を向ける。しかしそれに対して切島と瀬呂の表情は暗く、視線は下を向いていた。

 そして真面目すぎるこの男も「またしてやられた……!さすが雄英だ!」とわなわなと震えている。

 

「相澤先生!二度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!」

「わぁ、水差すなぁ飯田くん」

「飯田、そこはプルスウルトラで乗り越えれば問題ないだろう」

「操ちゃんはプルスウルトラを何だと思っとるんやろ……」

 

 飯田の言葉を受け、相澤は「全てが嘘というわけじゃない」と語り出す。

 林間合宿は全員参加だが、それとは別に赤点を取った者たちには「学校に残るよりキツイ補習」が用意されるらしい。ただでさえ「強化合宿」と名前からしてキツそうなのに、彼らには別途時間をとって補修時間が設けられるそうなのだ。

 赤点組は一瞬にして喜びから地に落ち、表情を強ばらせた。雄英高校が作成した操の狂ったカリキュラムを知っているからこそ、自分たちの身に降りかかる未来に少しだけ絶望してしまったのだ。

 

「お前たち……プルスウルトラ!」

「うるせー!プルスウルトラ教は黙ってろ!!」

 

 何はともあれ、A組全員で林間合宿に行くことになったのである。

 操は青山から回ってきた林間合宿のしおりを青ざめた芦戸に回し、その中身に目を通していった。合宿は夏休み後半、一週間行われるらしい。

 

「でも全員で行けてよかったよね」

「みんな、今から気を引き締めて行こう!」

「まだテスト終わったばっかじゃねーか!」

「一週間だと結構な大荷物になるね」

「暗視ゴーグル」

「何に使う気だ……?」

「水着とか持ってねーや、色々買わねぇとなぁ」

 

 操は帰りの準備をするクラスメイト達の横で次の授業の準備をしながら、彼らの会話を盗み聞きしていた。

 すれ違った耳郎がギョッとして「赤黒これから授業なの……?」「フ、私に休みはないからな」「さっき試験終わったばっかじゃん!」と会話を交わし教室を出ようとするが、その背中は葉隠に呼び止められる。

 

「操ちゃーん!明日の休みにみんなで買い物行こうって話してるんだけど、一緒に行こうよ!」

 

 顔は見えないが、葉隠はにっこり笑って操に手を振っていた。反応を見る限りクラスメイト達の殆どが参加するみたいだが、爆豪や轟はいつものように不参加らしい。

 少しだけ考え込む操を見て、耳郎が気遣わし気に口を開く。

 

「あー……赤黒、やっぱ勉強忙しそう?」

「明日も授業はあるんだが……買い物に行かないと鞄すらないから、行きたい気持ちはある」

「!なら、相澤先生に相談してみたら?」

「うん、そうしようかな」

 

 操が耳郎を見上げて笑えば、耳郎もつられて笑った。

 林間合宿のしおりを見て思ったのだが、持ち物欄に記載されている半数以上のものを操は所持していなかったのだ。未だ一人で外出出来ない操はこの機会を逃したらプロヒーローである教員の手を煩わせる事になるだろう。それは避けたかったし、何より友達と初めて外出してみたいと思ったのだ。

 

 相澤に正直に話し許可を得られれば参加し、得られなければ諦めるしかない。葉隠には簡潔にそう告げて、操は手を振って教室を出た。

 そして数分後、相澤からあっさりと許可を得て操は笑顔の花を咲かせたのであった。

 

 

 

 

 

「おはよう、ハウンドドッグ先生」

「おはよう゛……グルルル……外出がルルルル……!」

「ん?外出届けは昨日ちゃんと出したぞ」

 

 今日は土曜日。クラスメイト達とショッピングモールで買い物をする日だ。

 今日が来るのを昨日から心待ちにしていた操は早朝に起きてトレーニングをし、既に数時間勉強をしてから出かける準備を済ませたところである。

 今日行う筈だった授業は無くなり、その代わりに課題をたくさん出されたのだが──楽しみすぎて既に三分の二程終わらせてしまった。あとは帰宅してからやれば問題ないだろう。

 

 操は現在、雄英高校を出るため本日の警備担当である猟犬ヒーロー・ハウンドドッグと顔を合わせていた。

 操は職場体験前から雄英高校の敷地内に住んでいる。とはいっても校内とは別のセキュリティが設けられている場所であり、夜中校舎に立ち入ることはできない。逆も然りで、雄英高校の生徒はセキュリティ上操の居住区に立ち入ることが出来ないようになっている。

 操が寝泊まりしている建物は立派なもので、大浴場があるだけでなく個室一つ一つにトイレとお風呂がついているマンションに近い建物だった。しかしキッチンや冷蔵庫は共同であるため、自分のものには名前を書いておく必要がある。

 ここまで話して分かる通り、学内に住んでいる者は操だけじゃない。操以外は住んでいる、というより「泊まって」いるという表現の方が正しいかもしれないが……。

 

 雄英高校は現在館内のセキュリティを強化していることから、生徒がいなくなった夜間にその工事が行われている。そのためサポート科の教員や外部の人間が同じ施設を使って寝泊まりしているというわけだ。

 外部の人間がいる事から雄英高校所属のヒーローも最低二人は常駐し、常に目を光らせている。

 操はあの職場体験前の誹謗中傷を受け「一人で住まわせるのは不合理の極み」だと相澤に言われ、この施設に居候しているようなものだった。根津校長の善意にはたいへんお世話になっている。

 他者の冷たい視線から守られるこの環境は操の心に安息を与えた。しかしセキュリティ上外出する際は必ず「届書」を出さないとならない面倒臭さがあり、それは操を引き籠らせる一つの要因となっていた。

 

 閑話休題(話が逸れた)

 とにかく操は本日外出するため、セキュリティ前で警備するハウンドドッグと顔を合わせていたのだ。

 

「気をつけて行って来バウワウッアオーーン!!」

「ああ……うん、ありがとう」

 

 操はセキュリティカードを翳して校門とは別のゲートから外に出る。そして背後で遠吠えをするハウンドドックに手を振って、扉を閉めた。

 見上げた空は綺麗に澄み渡り、空高く登る太陽が肌を焼く。

 まだ蝉は鳴いていない。しかし蒸し暑い気候にじわりと汗が滲むから、夏の訪れを感じざるを得ない。

 操は眩しい日差しに目を細めつつも帽子を深く被り直し、集合場所に向かって歩き出した。

 

 

 

 待ち合わせ場所となっているのは県内最多店舗数を誇る最先端のショッピングモールだった。電車での移動が必須になるため、操は雄英高校の近くに住んでいる麗日と先に合流してからそこに向かうことになっている。

 操が駅に到着すると、改札前には私服姿の麗日お茶子が立っていた。半袖にショートパンツという服装だが、素足はタイツによって隠されている。暑くないのだろうか?

 

「お茶子、待たせたな」

「操ちゃ──って不審者!?」

「不審者じゃない、操ちゃんだ」

 

 麗日の前に現れた操は制服ではなく私服姿だった。

 彼女は普段結いている髪を下ろし深くキャップを被っていた。しかし不審者と思わせたのはそれが原因ではなく、サングラスに黒いマスクと表情が一切読み取れないアイテムを身につけていたからだ。

 それ以外は至って普通で、Tシャツにジーパンというラフな格好である。

 

 ステインと操の事をよく思わない人は依然として多く、操は外出する際このようにして顔を隠すことが多かった。

 悪い事をしていないのだから堂々とするべきだ、そう考える人もいるだろう。しかし操がこうしているだけで誹謗中傷は飛んでこないし、操を見て不快に思う人も格段に減るのだ。

 ──自分の心を守り、誹謗中傷を無理に受け止めない。これは以前相澤に言われた事を、操なりにやった結果であった。

 それにクラスメイトと出かけるのだから、少しでも気を遣わせないように行動するのは決して不自然ではない。

 

「でも逆にめちゃくちゃ目立っとるけどなぁ、その格好」

「フ、こういう個性だと当たり前の顔をして堂々としていればいいんだ」

「それどんな個性やろ……」

 

 けれど麗日の言う通り、電車の中で操は異彩を放ちとても目立っていた。しかし人の興味はすぐに失せるもので、視線を感じたのは一瞬だけであってその後特に問題は起こらなかった。操は内心、周りの様子に胸を撫で下ろしていた。

 操が"赤黒操"だと知られ誹謗中傷でも投げられようものなら、正義感が強く友達思いのクラスメイト達は操を守ろうとするだろう。

 勿論その気持ちは間違っていないし、とても嬉しい。しかし楽しむために今日は出かけたのだから、そんなことで時間を取られたくないと思ったのだ。

 

「みんなお待たせ〜!」

「待たせたな」

「お茶子ちゃんに──誰!?」

「麗日後ろ後ろ!不審者いるぞ!?」

「不審者じゃない、操ちゃんだ」

「赤黒!?私服のセンスヤバすぎだろ……」

「うるさいぞドンマイテープ」

「セロをドンマイに置き換えんなよ!」

 

 みんなで笑って過ごせるのなら、操は自分自身が不審者と言われようが構わない。いつか堂々と歩けるようになった時、歩けばいいのだから。

 怪しい服装について聞いてくるクラスメイトたちに操がそう告げれば、その場にいた者は不服そうにしていたり、応援してくれたりと十人十色の反応を示した。けれど最終的に操の気持ちを汲んでくれた。

 受けてきた誹謗中傷によってどれだけ操が追い詰められたのか見たからこそ、彼らは強く言わなかったのかもしれない。

 

 操たちがショッピングモールの最寄駅で雑談をしながら全員揃うのを待っていると、テレビに出た影響か「雄英一年じゃん!ウェーイ!」と遠くから声をかけてくる者が多く、A組は大人数なこともありとても目立っていた。

 声をかけられる度に口を閉ざし出来るだけ無言を貫いていた操に、一際大きな影が差す。見上げるとそこにいたのはクラスメイトの障子であった。

 

「どうした?」

「赤黒は今日何を買う予定なのかと思ってな」

「フ、ほぼ全部だ」

「全部か……」

「とりあえずウチ大きめのキャリーバック買わなきゃだから一緒に行く?」

「行く!」

「あら、では一緒に回りましょうか」

 

 A組のみんな──二名不在──で買い物するとはいえそれぞれ購入したい物は異なるため、一先ず時間を決めて自由行動ということになった。

 操は鞄を購入すべく耳郎と八百万、そして障子と尾白の五人で行動することになり、活気にあふれたショッピングモールの中へ足を踏み入れる。

 外とは違って冷たい空気が熱のこもった身体を冷やしていく。土曜だからか些か人が多い気もするが、空調のおかげで快適に買い物が出来そうだった。

 

「あ、制汗剤買ってもいい?」

「俺もプロテイン切れそうだったからついでに買おうかな」

「それ気になってたやつ。味どんな感じ?」

「飲みやすくて美味しいよ、俺的にはおススメ」

 

 鞄を探している途中、ドラッグストアがあったため五人は自然と立ち寄った。

 合宿中は汗をかくため制汗剤を購入する耳郎に倣い、操も籠の中に同じものを入れる。そしてオススメのプロテインを購入する尾白に倣い、操も籠の中に同じものを入れた。

 味は抹茶とココアの二種類あったので操はココア味を選んだ。会計後障子が「牛乳と水を半々にして飲むと美味しい」と教えてくれたので、今度やってみようと思う。

 

「ふふ、操さん今日は真似っこなんですね」

「お前たちが使ってるものならハズレはないだろう」

「プレッシャーを感じる理論だ……」

 

 そんな会話を挟みながら、五人は寄り道をして徐々に荷物を増やしながら歩き続けた。

 洗濯が出来ない事からタオルは多めに購入し、でも荷物になるからとバスタオルは干すのを前提に一枚に留める。汗をかく事からTシャツやインナーも多めに10着持っていくといいかも、と話したところで五人はようやくキャリーバックが売っているお店に辿り着いた。

 店員に「一週間分の荷物を入れる鞄が欲しい」と要望を伝え、操と耳郎はそれぞれ気に入ったものを購入した。操のキャリーバックは光沢のある黒地に赤い線が入っているスタイリッシュなもので、思わず一目惚れしてしまったものだった。

 

「買った荷物は(それ)に詰めたらどうだ?」

「頭いいな障子、そうしよう!」

 

 操は今まで購入したものをキャリーバックに詰め、大きなそれを転がして買い物を続けた。

 耳郎と八百万、尾白の背中を追いかけ障子と二人並んで歩く。しかし隣を歩く障子は操と違って、その手に殆ど荷物を持っていないことに気付いたのだ。

 ──気に入ったものがなかったのか、それとも鞄以外のものを買いに来たのだろうか。

 

「私の買い物に付き合わせて悪いな。次は障子が欲しい物を見に行こうか」

「いや……これといって買い足すものはないから気にしなくていい」

 

 話を聞くと、どうやら障子は必要な物を買いに来たというより"クラスメイトと出かける"ために来たらしいのだ。驚く操に、意外とそういう人は多いと彼は視線を前方に向けた。

 確かに先を歩く八百万も何かを買うわけではなく、クラスメイトの買い物に付き合っているだけだったのだ。彼女の場合、金持ち故もっといい店で購入するのだろうが──。

 そんな八百万に気付いた通行人が「ヤオヨロズだ!」「本当だ美人!」と騒ぎ出し、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめていた。八百万はB組の拳藤と一緒にCMに出演したため、知名度が飛躍的に上がっているのだ。

 それ気付いた操は少しだけ歩くペースを遅くして、帽子を深く被り直した。

 それは無意識にやっていた事なのだが、その様子を見ていた障子は小さく口を開く。

 

「赤黒」

「なに?」

「隠すということは、己や他人を守るために悪いことではない……と俺は思う」

「……?」

「隠さずとも堂々と歩けるようになるのが一番いいのだろうがな」

 

 障子は"隠す"選択をした操に対し「堂々として欲しい」と不満げにしていたクラスメイトの姿を思い出したのだ。

 彼らがそう思う気持ちもわかる。しかし障子は、自分と他人のために"隠す"気持ちもよく理解している。だから差別が無くなり、誰もが己を隠さずありのままの自分で生活できる世界がくればいいと思っていた。

 

 あまり察しの良くない操は彼が何を言っているのか理解できなかった。

 ただ、「そういえば障子もマスクで口元を隠しているな」と思って口を開こうとしたのだが──。

 

《お買い物をする皆さまにお知らせいたします──!》

 

 突如流れた館内放送に、切羽詰まった様子で走り回る従業員や警備員。焦りや不安は伝染し、それは状況のわからない買い物客に徐々に広がっていく。操達も例に漏れず、何事かと辺りを見渡した。

 ──何か事件でも起こったのだろうか、そう思って状況を把握しようと努めていたらふと前を歩いていた耳郎がスマホを片手に振り返る。

 その表情は険しく、只事ではないと二人は気を引き締めた。

 

「何が起こってるんだ……?」

「みんな、これ見て!」

「麗日からのメッセージか?」

「A組のグループラインにきてますね」

「えっと、なんだ……"デクくんがヴィランに遭遇した"……!?」

 

 

 ──ヴィランが現れた。

 その通報を受けて駆けつけた警察官に誘導され、買い物客は安全な場所へ避難する事になった。そしてショッピングモールは一時的に閉鎖される運びとなる。

 ショッピングモールに現れたのは雄英高校に襲撃して来たヴィラン連合の一人、死柄木弔だったそうだ。

 彼はヴィラン連合という組織に所属しており、"崩壊"という危険な個性を持つことから駆けつけた警察官やヒーロー達の表情は真剣そのものであった。そして彼と対話した緑谷はパトカーに乗せられ、警察署にて事情聴取を受ける事となる。

 死柄木弔の姿は警察やヒーローが捜査にあたるも結局見つからず、けれど幸いなことに被害者はいなかった。しかし彼の出没は不気味な出来事として人々の心に不安という墨を残していったのだった。

 

 ショッピングモールにいたA組の面々はその場で解散することになり、まっすぐ帰宅するよう警察から連絡を受けた相澤から達しがあった。

 ──死柄木の姿が見当たらないのは、十中八九ワープの個性を持った黒霧がいるからだろう。

 身をもって体感したA組のクラスメイトたちはそう思いながら帰路に着く。楽しかった休日はあっけなく終わりを告げて日は沈み、辺りは暗くなっていく。

 

 

 

「よ!災難ガール!」

「……プレ先か」

 

 ゲートにセキュリティカードを翳して雄英高校に帰宅した操を出迎えたのは、プレ先ことプレゼントマイクだった。

 彼は一瞬で操の表情や身体を見ては怪我をしていないと察知する。しかし操が沈んだ表情をしていたため、腰を折ってなるべく視線を合わせて声をかけることにした。

 

「直接会ったのは緑谷と麗日だって聞いたが、大丈夫か?」

「私は特に問題ないよ。ただ──」

「?」

「みんなともっと一緒にいたかったな……」

 

 操は直接会えなかったのだが、緑谷の元に駆けつけた麗日や飯田によると彼は首を掴まれていたらしい。しかし崩壊の個性は使われず、痣すら残らないほど軽傷であったそうだ。

 麗日の発見があと少し遅く、ヴィランが緑谷を殺そうと思えばいつだって殺せただろう。そんな状況に、嫌な汗が背中を流れたのは記憶に新しい。

 そして折角楽しみにしていたクラスメイトとの休日は彼によって"崩壊"したため、操は少しだけ機嫌が悪かった。

 

 プレゼントマイクはそんな操の変化が嬉しくて、自然と口角は持ち上がっていった。

 少し前までは一人で生きていくと覚悟を決め、傷付きながらも全ての手を跳ね除け歩いていたというのに。

 ヴィランとの接触は教員としてもヒーローとしても見過ごせず、肝の冷える出来事だった。しかし幸い怪我人は居らず全員無事なのだから、今は気持ちを切り替えていくしかない。

 

「そう落ち込むなって!今から一緒に外食でも行こうぜ?」

「……届書、書くの面倒くさい」

「そう言うと思って予め用意しといたぜ!ほら、準備はいいかガール?アァユゥレディ!?」

「いつもテンション高いなプレ先は……」

 

 操はプレゼントマイクから一枚の紙を受け取って、それに目を通す。

 そこにはプレゼントマイクと外出する旨が既に記載されていて、操は少しだけ顔を綻ばせた。

 

「奢るから遠慮はするなよ!赤黒は何食べたい?」

 

 『何でもいい』。

 職場体験前、ステインの犯行を知った操はプレゼントマイクにそう答えた。彼はそれを覚えているからこそ、操にあの時と同じ質問をする。

 車のトランクにキャリーバックを積めて振り返れば、操はパッと表情を明るくさせて自身を見上げていた。ワクワクという効果音が目に見えるようで、年相応な姿に思わず笑ってしまう。

 

「ウナギ!」

「おおそうか、鰻か──って鰻!?」

「うん、鰻!鰻って美味しいんだろう!?食べた事ないから食べたい!!」

 

 辺りは既に暗く、星の見えない空は大地を照らすことはない。

 しかし顔を上げた操は両手を握りしめて、瞳をキランキラ〜ンとめいいっぱい輝かせている。まだ見ぬ鰻に思いを馳せてとても楽しみにしている。それだけはよくわかった。

 そんな彼女に「嫌だ」なんて、いったい誰が言えるのだろうか──。

 

「ったく、仕方ねぇなァ!遠慮するなって言ったのは俺だしな、行こうぜ!」

「やった〜!鰻だ〜〜!」

 

 両手を上げて喜ぶ操が見られただけで、鰻なんてお釣りが出るほど安いものだろう。そう思ったプレゼントマイクは車を発進させながら、助手席に座る操と会話に花を咲かせていく。

 そして個室のある鰻屋に向かってハンドルを切るのだった。

 

 

 

【期末試験編下:了】

 

 

 


 

 

 

【間話:四つの一等星】

 

 時は少しだけ遡り、六月初旬。

 ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの四人は雄英高校から連絡を受け、操に何度も電話をかけている所であった。

 凶悪なヴィランである兄ステインと操が戦闘をし、彼女は心身共に酷く傷ついたというのだ。それを聞いた彼女たちはぐつぐつと煮えたぎるような怒りを感じ、電話口で厳しく彼らを非難した。

 ステインが近くに潜伏していると知りながら職場体験先を認可した雄英高校も、監督不行き届きであった職場体験先のヒーローも、誹謗中傷への対応を遅らす警察官も、至極真っ当な非難を受けて皆電話越しであるものの誠心誠意をもって謝罪の言葉を口にした。しかし──。

 

「貴方が謝るのは私達じゃないでしょう!?」

『……はい、仰る通りです。本当に申し訳ございません』

 

 彼女たちは何も期待せず、誰も信用していなかった操を知っている。それでも少しずつ心を取り戻し、笑うようになった操を知っている。学校に通うという「当たり前の出来事」を、宝物を見せるように語った操を知っている。

 だからこそ許せなかった。

 飛び降りようとするまで追い詰められた事も、メディアの食い物にされた事も許せなかった。何より──直ぐに駆けつけて助けてあげられない自分達が許せなくて、とても悔しかった。

 

「操、こっち帰ってくるって」

「……そう」

「なら唐揚げとポテトサラダでも作ってやるかにゃん!あ、でもカレーかオムライスの方がいいかな?」

「全部作ってやろう、その方が喜ぶ」

 

 電話の繋がったピクシーボブがそう告げて、三人は安堵の息を漏らす。「あんたは充分頑張ったから」、そう告げた彼女と同じ気持ちでいるからこそ帰ってくる操を笑顔で迎えようと思ったのだ。

 ニュースを見たのか口には出さないものの、操の心配をしていたであろう洸汰は四人の言葉を聞いて部屋に戻っていった。

 連絡が取れるまで落ち着かない様子で夜更かしをしていたから、きっとこれからぐっすり眠るのだろう。

 

 操とワイプシたちの関係性は一言で表せない複雑さを孕んでいる。

 保護された子どもとそれを監督する大人というほど距離は遠くないけれど、家族や友達という言葉を使うには少し違う。他人ではないけれど血の繋がりもない、けれど数年間共に暮らした不思議な存在だった。

 ただ操は彼女たちにとって「守るべき存在」であり、どんな被害者よりも身近で「幸せになってほしい存在」だった。再び帰ってきて共に過ごそうと思うくらい「大切な存在」なのだ。

 きっとこの関係に、完璧に一致する言葉なんて必要ない。

 ただ操が、そして洸汰が。笑って「ただいま」と言える場所になればいいと、四人はいつだって思っている。

 

 

 だから突然鳴った電話の先で、操が「やっぱり帰らない」と言った時は驚いた。

 けれどピクシーボブは──土川流子は。

 自分達の元から旅立ち雄英高校へ真っ直ぐ走って行った操に「背中を押す」と以前約束をしたから、折れてしまいそうな彼女が「諦めない」のだと決めたから、それを応援してあげようと思ったのだ。

 

「操、頑張れ!」

『うん……!』

 

 遠く離れた自分達にできるのは、ありったけの声援を送る事。そして彼女が今後何かあった時、安心して帰ってこれる場所になる事だ。

 通話を終えたピクシーボブは穏やかに笑っていた。

 電話先の操がどういう表情だったのか、見えないから彼女にはわからない。けれど一度目の電話より前を向いているのだと声色からよく伝わってきたから、ピクシーボブも釣られて前を向いたのだった。

 

「操大丈夫だったかにゃん?」

「うん──ほんと、子どもってあっという間に遠くまで走って行っちゃうんだから」

 

 その言葉に、ラグドールは笑った。

 操は暗闇の中、ずっと走っていた。その途中で自分達のところに寄り道したけれど、凄まじい勢いで知識を吸収したら直ぐに飛び出していったのだ。

 しかし操の中で四人は大きな支えとなって、暗闇の中で光る星となった。彼女はこれからもたくさんの「光」と出会い、それでも満天の星の中を駆け抜け続けるだろう。

 ──そしてきっと、操は誰かの「光」になる。

 

「我らも負けてられないな」

「そうね。応援要請が来ないことが一番だけど、もしものために訓練しよっか」

 

 四人は猫を模したヘッドホン型の無線機と手袋を嵌めて外に出る。

 助けを求める人たちの為にいつだって駆けつけられるよう準備をするのもヒーローの仕事だ。そして彼らを導く存在になれるように、彼女達四人はこれからも走っていく。

 

「ん……何の音だ」

「マンダレイの電話じゃない?」

「あらほんとね、一体誰かしら」

 

 四人はそんな日々を過ごし、季節は早くも夏を迎えた。

 蒸し暑い気候に燃える太陽。初夏の強い日差しは肌を刺すように焼く。そんな気候の中トレーニングを行なっていると、マンダレイのスマートフォンが着信を知らせて大きく鳴いた。

 それは蝉の声にかき消されてしまいそうだったが、彼女はコールが切れる前に何とかそれを取る事が出来たのだった。その電話の向こう側にいたのは──。

 

「……雄英高校?」

 

 

 梅雨は終わり、夏が来る。

 悲劇と災難は突然降りかかる。伏線など貼る暇もなく、それは私たちの背後に迫って嘲笑う。

 

 命を燃やして蝉が鳴く。

 それと同じようにヒーロー(私たち)ヴィラン(彼ら)も、譲れないものがあるから心を燃やして戦うのだろう。

 

 みんなが幸せになれる解決策がないから、きっと私たちはもがくのだ。

 その身が燃え尽き、焼き焦がされる最期まで。

 

 二度と忘れられない、夏が来る。

 

 

 

【間話:四つの一等星 了】

 

 

 

 





▼演習試験で操が使用した技一覧
赤弾(せきだん)・・・弾のように飛ばす技。よく使っている。
赤壁(せきへき)・・・血液を凝固させ壁にする技。過去体育祭編爆豪戦で使っていた。
赤縛(せきばく)・・・相手の関節を固定し動きを封じる技。今回はブラキンが使った。

赫血飛動(せっけつひどう)・・・身体能力を底上げする技。寝ている時以外ずっと使っている。普段から使用しているのは意識しなくとも血とエネルギーを巡らせ、呼吸のように無意識的に操作出来るようにするため。
赫血飛動(せっけつひどう)・共鳴・・・他者の身体能力を底上げするバフ技。他者の血液を摂取した後、対象に触れていないと発動できない。今後使う機会は一応ある。

赫血の恩恵(カーマインギフト)・・・呼吸しなくてもある程度生きていられる、という生物の理を超えた技。気絶すれば個性は使えないので、気絶させてから水中に沈めれば普通に死にます。今後使う機会は今の所ない。

 技名が厨二病なのは兄の影響だが、本人に自覚はない。砂藤くんとのコラボ技は上手い名前が思いつかなかった。

▼ブランドキングの個性ついて
 ヒロアカ原作の作中で詳しく明記されてないのでアレンジしております。


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