ステイン妹のヒーローアカデミア   作:苗字ちゃん

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林間合宿編(上)

 

 

 遠慮がちな蝉の声を聞きながら、まだ人気のない廊下を歩く。

 時刻は午前七時。

 普段なら教員すらあまり出勤していない時間帯だが、特別授業の関係で赤黒操(あかぐろみさお)は既に登校していた。

 校内の居住区域に住んでいるからこそ出来る事だが、優秀なヒーローを育てるためとはいえこのカリキュラムは操だけでなく教員の時間も奪っていくから、雄英高校の"本気"が窺える。

 大きな扉を開けて机が一つに椅子が二つある寂しい教室に入ると、教室内は冷房が効いていて初夏の暑さを忘れさせた。

 分厚い教材を捲れば様々なところに書き込みがあり、カラフルな付箋がモノクロを彩っている。操はそれら一つ一つ確認しながら、担当教員が来るまで静かに文字を眺めていた。

 

 これは、夏休み直前の出来事である。

 

 

「──とまあそんなことがあって。ヴィランの動きを警戒し、例年使わせていただいている合宿先を急遽キャンセル。行き先は当日まで明かさない運びとなった」

 

 場所は変わってA組教室。

 驚きの反応を示すクラスメイト達と同じように、操もワークブックから視線を外して教壇に立つ相澤を見た。

 何故合宿先が変わるのかというと、先日起きた事件──ヴィラン連合の死柄木弔がショッピングモールに出現したこと──が関係しているらしい。

 対話した緑谷曰く、彼はただの愉快犯ではなくオールマイトや今の社会に対して明確な敵意を持っているらしい。雄英高校側からしても再び襲撃されては困るので、生徒を守るために合宿先を変更することになったのだ。

 

「もう親に言っちゃってるよ」

「故にですわね……話が誰にどう伝わっているのか学校が把握出来ませんもの」

「合宿自体をキャンセルしねぇの英断すぎるだろ!!」

「てめェ骨折してでも殺しとけよ」

「ちょっと爆豪!」

「殺すとか言うなよ!」

 

 クラスメイト達は不安を浮かべる者が一部いるものの、ほとんどの生徒が雄英高校の判断に納得していた。

 しかしどうやって親に話そうか、と新たに悩む者が増えたのも事実だった。心配してくれる親族のいない操には関係のない話だが、子どもがどこで何をしているか気になる親は多いだろう。

 しかし相澤は、雄英高校は。何かを危惧して生徒達に行き先を告げる事はなかった。

 その判断が凶とでるか吉とでるかは、この時点では誰にも分からない。

 

「もう夏休みか〜」

「合宿は夏休み後半だし、遊び行こーぜ!」

「みんなでプール行こ〜!」

「お祭りも行きたいわね」

「水着に浴衣……!夏休みって最高だな……!!」

 

 終業式が終わるとクラスメイトたちは居ても立っても居られず、みんなで夏の予定を立て始めた。

 一学期は高校という新しい環境に慣れるのに必死だったし、それに加えて体育祭や職場体験まであったのだ。まだ子どもである彼らには勉強や訓練を頑張るための"ご褒美"が必要なのだろう。一人目の色が変わった葡萄がいるが、それはいつものことなので放置されている。

 そして"プール"の言葉に反応したのは委員長である飯田もだった。彼はやたらカクカクとしたクロールの身振り手振りを披露しながら、一際大きな声を上げる。

 

「プールか!心肺機能を高められるし忍耐力もつくいい訓練になりそうだ!」

「遊び行くんだよ!真面目かテメーは!」

「操ちゃんは夏休みいつ暇?」

「暇な日がないからパス、みんなで楽しんできてくれ」

「ノリ悪ぃぞ赤黒!」

「轟くんは?」

「日によっちゃ俺も無理だな」

「オメェはいつも──!」

 

 不満そうな芦戸に手を振って、操は教材を片手に騒がしい教室を後にした。次にクラスメイトたちと会うのは数週間後の合宿だと思うと少し寂しいが、きっと寂しさを感じさせないほど忙しい夏が始まるのだろう。

 廊下に出ると途端に空気が熱されているから、冷えていた身体は徐々に温くなっていく。操は一息吐いて気合いを入れ直すと、授業を行うための教室へ足を進めていった。

 

 こうして、二度と忘れることのない夏休みは静かに始まったのである。

 

 

 

 

 熱気がこもった夏の朝の風を浴びて、操は雄英高校居住区内を走る。早朝であるにもかかわらず日は顔を出し、じりじりと大地に熱を分けていく。肌はじっとりと汗ばみ、シャツが背中にぴったりと貼り付いている。

 夏休みが始まってからというものの、操の一日は早朝のジョギングから幕を開ける。その後シャワーを浴びて勉強に励み、夕方再びトレーニングをする。夜は汗をかかないような個性の訓練をし、就寝する。

 操はそんな毎日をひたすら繰り返していた。しかしそれが変わったのは、夏休みが始まって一週間が過ぎた頃だった。

 

 蝉は暑さを掻き立てるように鳴いている。

 日によっては外部の講習を受けに行く操だが、その日は学内での授業しかなかったため比較的時間に余裕を持って過ごしていた。

 操はサンドイッチと麦茶を取り出して一人きりの教室で昼食をとる。するとそこに現れたのは、担任教員である相澤だった。

 

「赤黒、ちょっといいか?」

 

 烈々とした空の下を、操は相澤に連れられて歩いている。全てを溶かしそうな熟れた熱気が全身を襲うが、この暑さにもようやく慣れてきたところだ。

 操は手の甲で額の汗を拭いながら「先生は暑くないのだろうか」と涼しい顔をして先を行く男を見つめる。

 そんなことを考えながらしばらく歩き、辿り着いた場所は教室でも演習場でもなく、木が数本に芝生が生えている雄英高校の敷地内だった。そこには体操着を身に纏った一人の男子生徒がいる。

 全身に汗をかいた男子生徒の気だるげな視線が此方を向くが、操は彼を一瞥しただけですぐに相澤へ視線を戻した。

 

「こいつは普通科C組心操人使くんだ」

「……どこかで見たことあると思ったら、トーナメントに出ていた奴か」

 

 相澤曰く、彼はヒーロー科に編入希望で夏休みもほぼ毎日自主練習として雄英高校に通っているらしい。首に相澤と同じ捕縛布を巻いていることから、相澤が教えられる日は使い方を教わっているそうだ。

 心操の説明はここまでで、話は「何故操をここに呼んだのか」という本題に移る。

 それは医療ヒーローとして必須となる「他者の体内に流れる血液を操作する」個性の訓練を行うためだった。

 怪我をしていない状態で行うのは疲労や体力の回復で、怪我をした教員には傷の修復を行う手筈となっている。

 まだ免許を取得していない操はヒーローの許可がないとそれを行えない。だから声がかかるのを待っていたのだが──。

 

「本当は俺や教員で試そうと思ってたんだが、本人たっての希望でな」

 

 相澤がそこまで言うと、黙って話を聞いていた彼は一歩前に出て操の正面に立つ。

 その瞳は凪いだアメジストのように見えて、実は真夏の太陽のようにギラギラと燃えていた。

 

「……正直に言うと、アンタの為を思って立候補したわけじゃありません」

 

 ヒーロー科に入るため、心操が今最も必要としているのは"時間"だ。体力は有限で、一日に使用できる量は限られている。

 しかし操の個性は疲労を取り除き、体力を回復させると聞いている。それはつまり、操の個性を使えば"心操は一日に数日分のトレーニングを積むことが出来る"ようになるのだ。

 ──ならばそれに頼らない手はなかった。

 心操の夢は立派なヒーローになって、自分の"個性"を人のために使うことだ。その夢を叶えるためなら、人を使うことも厭わない。

 

「使えるものは、何でも使います」

 

 心操は真っ直ぐ操を見つめた。

 体育祭の時は騎馬戦でもトーナメント戦でも対峙をしなかったので、二人が会話をするのはこれが初めてだ。

 けれど心操は操を知っている。それはステインの妹とか、動画で見たとか、そんな理由ではなくて──。

 

『でも爆豪の言っていることもわかるな。こんなくだらないことに時間を使うなら訓練でもし──モゴッ』

 

 A組に宣戦布告をしに行った時、そう言われたのを今でも覚えているからだ。

 あの時はその言葉の意味がわからなかった。ヒーロー科はお高く止まって、普通科を見下しているのだと思った。だから嘲笑うような意味合いでそう言ったのかと思っていた。

 ──でも今ならわかる。

 あれはヒーロー科落ち(俺たち)を馬鹿にして言ったのではなく、他ならぬ赤黒操の向上心から出た言葉だ。

 ヒーロー科はみんな、体育祭で個性が通用しなくても勝ちを狙って諦めなかった。どれだけ血が出てボロボロになっても、体力が尽きる最後まで闘っていた。

 心操は体育祭が終わってからそれを理解して、彼らが随分先にいるのだと見せつけられた。自分が"個性"に甘え、言い訳をしているのだと実感せざるを得なかった。

 だからこそ遅れを取り戻す必要がある。そしてそのために、心操は()使()うのだ。

 

「俺はアンタを利用する。他ならぬ、俺自身のために」

 

 光があれば影があるわけで、成功者がいれば失敗者がいる。

 そして合格者がいれば不合格者がいるように、生きている全ての人が勝てる世界は存在しない。そんな世界を作ろうと努力していても、今のところ人はそれを作ることが出来ていない。

 挑戦者を嗤う者は多い。泥に塗れて這いつくばって頑張ることは、決して恥ずかしいことではないのに。

 そしてたとえその努力が実にならなかったとしても「目指した未来に向かって貪欲に走る姿勢は嫌いではない」と操は思った。だから正面に立つ心操に、ニッと笑みを返してやる。

 

「そう簡単に利用されるつもりはないが、出来るものならやってみろ、人使」

「……何で名前呼び?」

「四文字の名字と三文字の名前だから、文字数の少ない名前で呼んだだけだ」

「……それ、変わってるって言われない?」

 

 呆れたような表情を浮かべる心操に、操は向日葵のようにカラリと笑った。

 それはきっと夏の太陽のように眩しく、温かな男を思い出したからだろうか。

 

「ユーモアだと言われたことはある!」

 

 

 ──こうして、操の日常に心操人使という男が加わったのであった。

 彼と会うのは主に授業のない昼休みと夕方だ。リカバリーガールが予め採血したものを預かり、相澤の許可を得て体力を回復させ疲労を打ち消していく。

 それ以外にも対人戦闘に慣れていない心操と組み手をしたり、腕立て伏せをしている彼の背中に乗って錘役をしながら勉強したりと、日によって形式は様々だった。

 操に顎を殴打され失神した心操の脳に酸素を送り、数秒で意識を回復させた時「いやぁ、私がお前を利用して悪いな」と笑えば、彼はとても悔しそうにしていた。

 

 個性の関係上"素"の身体能力で立ち回らなければならない心操が今必要としているのは地力だ。そして操は──個性を使用しているものの──対人戦での立ち回りや隙の作り方はA組トップレベル。

 故に疲労回復が出来ずとも、相澤不在の日も二人は訓練に明け暮れていた。

 

「ヴィラン向きの個性ねぇ。で、それがどうした?」

「え……?」

「お前がヒーローになれば洗脳(それ)はヒーローの個性だろう?」

「……簡単に言うなァ。こっちはそれなりに悩んできたっていうのに」

「私たちは気にしていても、案外周りは気にしていないらしいぞ」

 

 ──私がステインの妹でも、"それがどうした"と言う人がいるくらいにはな。

 体力が尽き地面に転がる心操を他所に、操はトレーニングを続けている。

 二人の間に馴れ合いはない。

 趣味嗜好についての雑談をするとか、放課後寄り道をするとか、LiNEを送り合うとかそんな高校生の男女らしいことはなく。二人は太陽の下で汗だくになりながら、夢に向かって走っているだけだった。

 けれど心操の口からこぼれ落ちた悩みを無視せず一蹴するくらいには、彼の背中を押そうと思う気持ちが操にはあった。

 

「……諦めて逃げようって思ったことはないの?」

 

 筋肉や肺が悲鳴を上げて、身体が渇きを訴えて。今日はもういいかな、なんて甘えが心の底から湧き上がる。

 疲労を感じず体力を回復出来たとしても、同じことを繰り返す"作業"を行うのは苦しい事だろう。そして人は肯定的な意見より、否定的な意見の方が記憶に残りやすい。

 だから心操は、ヴィランの妹と言われても尚走り続ける操の強さが少しだけ羨ましかった。そして何故走り続けられるのか、少しだけ気になっていた。

 

「私は、諦めたら死ぬと思ってる」

「──……!」

 

 操は心操の言葉を受けて、過去を思い出した。

 操は実際、一度死んだ。

 それは過去誘拐された時のことだ。助けを求めたけれど「誰も来ない」と諦めて、この世界を受け入れられなかった弱い操はあの時一度死んだのだ。

 そして兄に助けられた操は、狂ったこの世界を享受した操だった。あの日を境に、操は他人事ではなく自分の"世界"としてここで歩むと決意した。

 血だらけになったヒーローを「頑張れ!」と応援するのも、傷だらけで倒れたヴィランをテレビで放送するのも、そういうものだと受け入れた操が今ここにいる。

 

「戦場では目まぐるしく戦況が変わる。そんな中で普段の力を発揮するのは難しい。訓練で出来ないことが、本番に出来るわけがない」

 

 奇跡が起きれば出来るだろうが──そんなものに頼っていられるほど、この世界は優しくない。

 この世界は都合のいいプロットで書き殴られた空想の世界ではなく、一人一人が生きている現実の世界だ。

 自分と人の命が関わっているというのに、誰が奇跡を頼り、信じようか。

 

「"やればよかった"って後悔しながら死ぬのなら、私は今苦しむ(死ぬ)

 

 操が心操にそう告げながらトレーニングを続けていると、寝そべっていたはずの彼は立ち上がり、腰を九十度に曲げて頭を下げた。

 彼の後頭部には芝生が付いていて、髪に砂が絡まっている。

 

「急にどうした……?」

「……これから職員室に行って、ヒーローの許可を得たい。一緒に来て俺の体力を回復してくれませんか」

「……なんで?」

「赤黒にメリットはないよ。ただ俺が──今ここで訓練をやめたら一生後悔するって思っただけ」

 

 ──だから付いてきてほしい、お願いします。

 操はトレーニングの手を止めると、両手で彼の頬を包んで顔を上げさせた。驚きで揺れるその瞳に、ニッと笑みを返してやる。

 この先訪れる未来で誰かを助けるために汗をかき、這いつくばり、プライドを捨て頭を下げる。そうしてでも夢を追いかける()の願いを、誰が断れるのだろうか。

 

「操ちゃんは寛大だからな、それくらい頭を下げずとも付き合ってやる」

「……そ、なら早く行こう」

「いやぁ、人使も立派なプルスウルトラ教だな!」

「は?プルスウルトラ教……?」

 

 そして職員室にいたミッドナイトに経緯を説明すると、彼女は頬を赤らめて「好みなので許可します!」とあっさり許可をくれた。

 職員室に保管されていた心操の血液を片手に、操は彼の身体に触れて疲労を消し体力を回復させていく。

 その後操と心操はプルスウルトラの掛け声と共に、再び体力が尽きるまでトレーニングに励んだのだった。

 

 

 

 

 そして林間合宿当日。

 集合場所となっていた雄英高校には大荷物を持ったクラスメイトたちがいて、操は久しぶりに見る彼らを前に頬を緩めた。

 クラスメイトの何人かは日焼けをしていて、肌は健康的な小麦色になっている。操は「雄英高校のプールを借りてみんなで泳いだんだ!」という葉隠の話を聞きながらバスに乗り込もうと足を進める。

 するとそこには、同じくバスに乗り込もうとしていたB組の姿があった。

 

「え?A組補習いるの?つまり赤点取った人がいるってこと!?ええ!?おかしくない!?おかしくない!?A組はB組よりずっと優秀なハズなのにぃ!?あれれれれ──」

「──ごめんな」

 

 いつも通り物間が一人で騒いでいたが、いつも通り拳藤が首裏を強かに打って彼の意識を刈り取っていた。鮮やかすぎるその行動に、A組のクラスメイトたちは苦笑いを浮かべる暇さえなかった。

 しかし操は物間の言葉など気にせず、ブラドキングの元へ足を進める。そして自身より遥かに大きな彼を見下ろすように見上げ、腕を組んで仁王立ちをした。

 

「おはようブラド、合宿はよろしく頼むよ」

「ブラドキング(・・・)だ。あの結果で俺が王座を明け渡すとでも思ったか?」

「……よろしい、ならば今すぐにでも──」

「はよ乗れ」

 

 腕を捲ってブラドキングに掴みかかろうとした操の首根っこを、相澤が掴んでひょいとバスの方へ投げた。

 相澤に注意されたため、操は大人しく荷物を預けてバスに乗り込む。そして空いている席に座ると、腕を組んで目を閉じた。

 暫くするとバスが緩やかに動き出したので、どうやら合宿所に向けて出発したらしい。

 

「操ちゃん眠いの?」

 

 前に座る芦戸と葉隠が振り返り、目を閉じる操を覗き込む。

 バスの中では「しりとりのり!」「りそな銀行!」「ウン十万円!」といったしりとりやお菓子の交換会が行われていてとても賑わっているが、操は腕を組んだまま一人で静かにしていた。

 操は食べ物を前にしない限り基本的に静かだ。ドヤ顔をしたり偉そうにしたりはするが、それでも彼女がはしゃぐのは基本的に食べ物を前にした時というのが、クラスメイトたちの認識であった。

 しかし会話の輪に入らず、そして勉強すらせず一人で眠るのは、少しだけ珍しいと思ったのだ。

 

「もしかして車酔いするタイプ?」

「いや……昨日楽しみ過ぎて眠れなかったんだ」

「餓鬼かオメーは!?」

「初めてなんだ、みんなでお泊まりするの……」

「そういや赤黒、激重過去だったわ……!」

 

 リュックサックから合宿のしおりを取り出して「楽しみすぎて付箋を貼ってマーカーを引いてしまった」とドヤ顔をしている操のことを、クラスメイトの一部はにこにこと優しく見守る。

 しかし疲労や体力を回復出来るとはいえ眠くなったのか、その瞼は重そうだった。

 

「寝ちゃえば?着いたら起こすよ!」

「うぅーん……そうしようかな……」

「オイ赤黒寝るな!みんなで一発芸大会やるぞ!!」

「グースカピー‼︎」

「もう寝てる!?」

「のび太かアイツは!?」

「のび太って誰だ?」

「3秒で寝る天才のことだよ轟くん」

 

 こうして操は騒がしいバスに揺られ、一時間ほど熟睡する事が出来た。どんな場所でも、そしてどんな体勢でも眠れる過去の経験が、ここではしっかりと活きていた。

 しかし肩を揺すられて、休憩所に到着したのだと起こされる。

 動きを止めたバスの外は見渡す限りの木々と山があった。なんだか見覚えがある風景の様な気がして操は目を擦るが、まあ山なんてどこも似たようなものだろうと特に気にせずバスを降りる。

 

「休憩だ──……!」

「ずっと座ってると疲れちゃうねー」

「おしっこ……おしっこ……」

「つか何ここパーキングじゃなくね?」

「アレ、B組は?」

「どっかで逸れたんかな?」

「お……おしっこ……」

 

 クラスメイトの中でも比較的最後にバスを降りた操は身長差もあってか、クラスメイトの背中と見上げた青空しか見えなかった。

 森のせいか、遠くで蝉が鳴いている。冷房の効いたバスの中と違って太陽光が降り注ぐ外は、少しいるだけで汗ばんでしまう。

 しかしそんなゆるりとした操の思考は、とある人物の声によって掻き消されることになる。

 

「よーうイレイザー!」

「ご無沙汰してます」

「!? シッ……マッ……リュ、ピッ……!?」 

「どうした赤黒!?」

「突然壊れたラジオみたいになったぞ!?」

 

 ──シノさん、いや違うマンダレイ!?リュウコさん……じゃなくてピクシーボブ!?

 操はそう言いたかった。しかし起き抜けの喉は張り付いていて言葉はつまり、歪な擬音を吐き出すばかり。

 彼女たちはそんな操を見て、そしてA組のクラスメイトを見渡してニッコリ笑う。そして──。

 

「煌めく眼でロックオン!」

「キュートにキャットにスティンガー!」

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

「今回お世話になるプロヒーロー"プッシーキャッツ"のみなさんだ」

 

 彼女たちはお馴染みのポーズをビシッと決めて、A組のクラスメイトたちに披露した。

 しかしあまりのインパクトにクラスメイトたちの反応は薄く、唯一反応したのは「連盟事務所を構える四名一チームのヒーロー集団!山岳救助などを得意とするベテランチームだよ!キャリアは今年で十二年にな──」とブツブツ呟き出した緑谷だけで、その彼も「心は十八!!」と言ったピクシーボブに殴られ黙ることになった。

 

「ここら一体は私らの所有地なんだけどね、あんたらの宿泊施設はあの山の麓ね」

「遠!?」

「え……じゃあなんでこんな半端なところで降ろされたんかな……」

 

 マンダレイが指差した先には山と木があるだけで施設など見えない。しかし"宿泊施設"というくらいだから、今回はここが合宿先なのだとほとんどのクラスメイトが気付いた。

 そして、何故こんな所で下ろされたのか"気付きたくないし信じたくない"けれど、薄々感じ取ってしまったのだ。

 

「……いやいや、まさか」

「バス……戻ろうか〜……な?早く……」

「今は九時半。早ければぁ……十二時前後かしらん」

 

 ──何が?とは言わない。

 ただクラスメイト達はマンダレイの言葉にサッと青ざめた。そして一歩後退りをし、情けなく彼女たちに背を向けバスに向かって走り出す。

 

「ダメだ……おい……」

「戻ろう!早く戻ろう!!」

「バスに戻れ!!早く!!」

「無意味だ、諦めろお前たち……」

「赤黒が諦めたァ!?」

「諦めないのがウリじゃねーのか!?」

「プルスウルトラ教はどうしちまったんだ!戻ってこい!!」

 

 ほとんどのクラスメイトが背を向けてバスに向かって走る中、操は天を仰いでこれから起こるであろう出来事に備える。

 だってピクシーボブが口角を上げてしゃがみこんでいるから。その手は、地面についている。

 

「十二時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」

 

 個性"土流"。

 ピクシーボブの個性によってA組の生徒たちが踏みしめていた大地は姿を変え、彼らを森の中へ無理やり押し流していく。

 アアアとかウワアアとかそういった悲鳴を聞きながら、相澤は彼らを見下ろしてポツリと呟いた。

 

「──悪いね諸君、合宿はもう始まっている」

 

 そう言うことは早く言え。操は隣に立つ相澤にそう言ってやりたかった。

 しかし既に森の中へ押し流されてしまったクラスメイトたちには聞こえていないのだろう。

 

「私有地につき個性の使用は自由だよ!今から三時間!自分の足で施設までおいでませ!この、魔獣の森を抜けて!!」

「……意地悪だなぁ」

「これは強化合宿よ?簡単にクリアできる課題を用意したってなんの意味もないじゃない」

 

 ──三時間で辿り着けるわけないのに、と操が言葉を漏らせば「チッチッ」と舌を鳴らしたピクシーボブに論破される。

 操は地形の変わった山肌を眺め、そしてプロヒーローの三人に視線を移した。何故操だけ流されずにここにいるのだろうか。

 

「……私だけ居残りか?」

「んなワケねえだろう。ほら、輸血パック」

「……わぁ……心遣いがうれしいなー……」

「そうか。じゃ、プルスウルトラ」

 

 相澤から投げ渡された400ccの輸血パック二つを、操は難なく受け止める。

 そしてにっこりと笑い地面に手を着くピクシーボブと目があったかと思うと──操が立っていた地面は隆起し、形を変えて襲い掛かってきた。

 

「ちょ、まっ……オギャーーー!!」

 

 宙へ投げ出された操は血液を離さないよう抱えながら、木の葉のカーテンを抜けて人為的に柔らかくなった土に上半身から突き刺さる。慌てて起き上がれば、制服は土だらけでとても汚れていた。

 しかし既にその場にいたクラスメイト達も同じような状態になっていて、「砂だらけだぁ……」とか「クリーニング代どうするんだろ」とぼやいている。

 

「あ、操ちゃん降ってきた」

「オギャーって何だよ……」

「産まれたのか?」

「おめでとうございます!元気な操ちゃんですよ!」

「誰が元気な操ちゃんだ!というか前を見ろ!」

「え?」

「合宿はもう始まってるぞ!」

 

 そこにいたのは見たこともない生物だった。

 皮膚は乾いた土のように罅が入り、つるりとした大きな頭には不釣り合いな丸い瞳があって、其れはギョロリと此方を向いている。

 大きく裂けた口からは牙が覗いていて、噛まれたらひとたまりもないと嫌でも理解してしまう。そして犬のような四足歩行の癖して、その手足は一振りで人を薙ぎ払えるだけの大きさと鋭さを持っていた。

 そんな形容し難い生物に、クラスメイト達は──。

 

「マジュウだーーーー!!!?」

 

 そう叫んだ。

 しかし一部の生徒は違った(・・・)

 個性を使用して飛びかかり、魔獣が襲い掛かる前に破壊する。

 そんな風に直ぐ動けたのは飯田、轟、爆豪、緑谷、そして魔獣に慣れている操の五人だった。

 

「まてまてまて!こんなのがいるのに宿泊施設まで行かなきゃなんねぇの!?」

「落ち着け、これはただの土くれだ」

「えッ土ィ!?」

「確かに、さっき殴り飛ばした時凄く脆かった……!」

「ハッ、俺たちを足止めしてくるお邪魔虫ってとこか……!」

「ドラクエじゃねーんだぞ!?」

 

 A組全体を囲むように出現する魔獣に、クラスメイト達は背中合わせになって各個撃破を目論む。

 しかしそれでは時間がかかり過ぎる上に、体力はきっと保たない。操はそう思ったから、魔獣を破壊しながら声を上げた。

 

「これはピクシーボブの個性だ!だから私たちが辿り着くまでに何体も出てくるし、どこに出現するか考えられている!層が薄く痛い所を突いてくると思え!」

「マジ!?」

「三時間戦いっぱなしってことかしら?」

「いや、三時間以上かかるだろうな」

「……!?」

 

 操は以前、似たような訓練をした事を思い出す。

 現地点から宿泊施設への距離間、そして行手を塞ぐ魔獣を考慮すると到底三時間では辿り着けないだろうと伝えれば、青ざめていたクラスメイトたちはもはや顔を白くした。

 

「なんで知って──」

「そこ!」

「うひゃぁ!?」

「……っ、魔獣どんどん現れるじゃん……!」

 

 クラスメイトたちは"何故知っているのか"気になるようだが、魔獣は話を遮るように群がるからそれを聞く時間はなさそうだった。

 操は地面に落ちていた長い枝を拾うと、そこに血液を纏わせて凝固する。それで葉隠の背後に現れた魔獣を殴り倒せば、それは土となって地面に還っていった。

 

「……操さんの話を信じますと、このまま戦っては私たちの体力は保ちません」

 

 八百万の言葉に、クラスメイトたちは戦いながら耳を傾ける。

 それはみんな理解していた事だった。三時間個性を使い戦い続けるほど体力は保たないし、個性の許容量超過(キャパオーバー)は確実だろう、と。

 だから安全かつ最短ルートで駆け抜けるには、クラス全体で一丸となり共闘する必要がある。

 

「ここはみなさんで連携して着実に進んでいきましょう。僭越ながらこの八百万百に、作戦がございます!」

 

 

 

 八百万が指示した配置に、クラスメイトは即座に移動した。

 全体を引っ張り道を切り開く前衛、司令官がおり全体のサポートを行う中衛。そして背後から接近する魔獣を迎え撃ち全体を守る後衛に、居場所を定めず立ち回る遊撃の四箇所だった。

 

 前衛中央は独断で突っ走る爆豪が担った。

 しかし彼とて当てずっぽうに進むのではなく、ちゃんと宿泊施設の位置を考えて最短ルートを切り開いている。

 その後ろに障子が着き、索敵で敵の出現位置を周囲に知らせつつ持ち前のパワーで魔獣の撃破も担っていく。

 

 前衛右翼、左翼を担うのは飯田と緑谷だ。

 彼らはクラストップレベルのスピードとそこから繰り出されるパワーを持って広範囲を守りつつ、取りこぼした魔獣はその後ろに控えた砂藤や芦戸、蛙吹や常闇が対応する。

 もちろん緑谷や飯田、そして爆豪──本人は認めないだろうが──の体力次第では前衛を交代し、彼らが主体となって堅実に前へ進んでいくための重要なポジションである。

 

 そして中央には司令塔兼装備や武器生成役を担う八百万がいた。

 彼女は制服姿のクラスメイトを補助するサポートアイテムを作りつつ、戦況を見極め的確に指示を出す役割を務めた。

 そんな八百万の生み出した爆弾や鈍器を使って"痛いところをついてきた"魔獣を撃破するのは葉隠、上鳴の役目だった。彼らは個性の関係上普段通りに上手く立ち回れないが、数ヶ月訓練してきた体術で魔獣を撃破していく。

 同じく切島も八百万を守る最後の砦として中央にいる。しかし彼の場合突如中央に現れた魔獣に突っ込んでいくので──その時は他のクラスメイトがサポートをし、中央は何とかなっている。

 

 後衛を担いクラスメイトの背後を守るのは轟だ。

 魔獣は後ろからも例外なく現れる。森ということもあり炎が使えない轟は八百万にヒーターが搭載されたタクティカルベストを作ってもらい、それを装備。次々と魔獣を氷漬けにしていく。

 後衛中央寄りにいるのは耳郎で、彼女は中央から離れないよう後衛のクラスメイトに指示を飛ばしつつ、敵の位置も知らせる重要な役目を担っている。

 そして轟の補佐と耳郎を守る役目は青山、麗日、尾白、峰田が担当した。

 青山はクラスメイトのいない後方に向けてレーザーを放って魔獣を撃破し、麗日は魔獣に触れることで彼らを遠くに飛ばした。そして峰田が足止めした魔獣を、尾白が残さず破壊していく。

 

 最後に、遊撃を担うのは操と瀬呂だ。

 木という障害物が多いこの地形で、瀬呂は個性であるテープを伸ばし巻き取り巧みに立ち回る。中央を中心に、層の浅いところをカバーしつつ届いていない八百万の司令や、足りなくなった武器やサポートアイテムの運搬も行っていく。

 そして全範囲の遊撃を担当するのが操だった。

 彼女は疲れない。そしてそれなりの速さと力を持っているため、苦戦しているクラスメイトの元へ駆けつけ即座に魔獣を撃破する。

 

「フ、つまらぬ物を斬ってしまった……!」

「赤黒ォ!」

「ケロ、助かったわ操ちゃん」

 

 ──赤刃(せきじん)太刀蓮華(たちれんげ)

 操は拾った長い枝に血液を纏わせて凝固し、それを武器として戦っていた。血液の残量が限られているため弾丸のように撃ち出す赤弾(せきだん)では効率が悪いと思ったから、このような武器になったのだ。

 それに操は足の取られやすい森での戦闘に"慣れている"。そして疲労を感じないことから、遠距離で攻撃するより走り回った方が効率は良いと考えていた。

 

 この武器が【赤刃(せきじん)太刀蓮華(たちれんげ)】という名前なのは、まだ元気だったクラスメイトが「カッケー!刀みたい!」と言ったことから由来している。

 今は凝固させた血液を鉄にしているだけなので刀というより鉄パイプに近いのだが、もちろん刀にすることも可能だ。

 しかし鉄パイプだろうか棍棒だろうが、操が"刀"といえば刀なのである。名前は特に気にしなくて良いのだろう。

 

「赤黒!後衛がちょいピンチ!」

「任せろ──フンッ!」

「"太刀"って言ったのに槍みたいに投げてる!?」

 

 瀬呂からの報告を受け、操は後方に向かって武器である太刀蓮華を投げた。

 それは真っ直ぐ魔獣へ向かい、一瞬にして土の塊に変えていく。魔獣を砕いた太刀蓮華は意志を持って一人で動き、半円を描きつつそのまま辺りにいた魔獣を薙ぎ倒す。そして中央で別の魔獣を破壊していた操の元へ戻ってくる。

 それを目視する事なく掴んだ操は振り向き様に襲いかかってきた魔獣を砕き、別の魔獣の攻撃は身体を捻ることで避け、太刀蓮華を再び投げる。

 上鳴の「ゲイ・ボルグが飛んできたァ!?」の声を聞きつつ、操は魔獣に後ろ回し蹴りを喰らわせた。

 

「う、キッツ……、」

「無理せずに下がれ、お茶子」

 

 しかし陣形を組みクラス一丸となって戦っているとはいえ、体力は徐々に尽きていく。

 操はふらりと身体を傾けた麗日の腕をひいて中央陣営付近に下がらせつつ、目の前にいた魔獣目掛けて太刀蓮華を横一文字に振り抜き、首を落とした。

 そのまま──タクティカルベストがあるとはいえ──身体が冷え動きが鈍くなった轟の近くにいる魔獣に向かってそれを投げ、中央で硬化しているが反撃をする元気のない切島の元へ走り出す。

 そして木を利用して三角飛び蹴りで魔獣の頭を蹴り飛ばしつつ、投げた太刀蓮華を操作し動けないクラスメイトの周りにいた魔獣を一掃した。

 

「すまねぇ赤黒……助かった……!」

「気にするな。ナイスガッツだ切島」

「疲れないって、マジでアドバンテージだな……」

「つかほんと、戦い慣れてね……?」

「お前たちは無駄口を叩く余裕があるなら手足を動かしたらどう、だ!」

 

 着地した操はその隙を狙っていた魔獣の腕を受け止めて、そのまま木に向かって投げ飛ばす。

 幹に叩きつけられ木っ端微塵になった魔獣の砂埃を浴びて、クラスメイトたちは心を無にしていた。明らかにオーバーキルである。

 

「うわゴリラ……」

「ゴリラがあんなことできるかよ……ありゃターミネーターだよ……」

「ハ、疲れている割に褒め上手じゃないか!」

「多分褒めてないと思うよ……」

 

 操は手の中に戻ってきた太刀蓮華を構えて飛び、目の前にいた魔獣の頭部を目がけて振り下ろす。もはや刀で斬るというより棍棒で叩き潰すスタイルであった。

 そして叩き潰しながらも、視線はクラスメイトに走らせていく。

 

 ──青山、腹部を抑えて歩くのも辛そう。芦戸、最初に暴れたせいでペース配分を間違えダウン寸前。蛙吹、未だに上手く立ち回っているが疲労で集中力が乱れている。飯田、戦力の一人だがエネルギーが切れたのかスピードは出せていない。麗日、酔っていてフラフラ。休息が必要。

 

「……操さん、私たちの体力を回復する許可は……?」

「残念ながら得ていない」

「……そう、ですか……!」

「クッ……流石は雄英高校(最高峰)!僕達のために敢えて過酷な試練を与えるというのだな!?」

「ポジティブすぎるだろ飯田ァ……」

 

 疲労困憊の生徒たちの中で唯一動き回る操の周りには、動けなくなったクラスメイトたちが数多く集まっていた。

 操は彼らを守りつつ、未だ戦っているクラスメイトのサポートを行っていく。

 

 ──尾白、戦力の一人だが疲労の蓄積と尾のダメージが目立つ。上鳴、いつの間にかウェイ。切島、硬化してクラスメイトの盾になっているが、倒すまでの体力がない。砂藤、低血糖でイライラしている。障子、素の力で殴り倒しているが疲労が目立つ。耳郎、疲労が目立ち歩くのでやっと。索敵があまり機能していない。

 

 ──瀬呂、テープの速さが落ちて体力的に遊撃が出来ていない。常闇、ダークシャドウがひたすら頑張っている。偉い!轟、魔獣を完封しているが流石に冷えてきたのか動きが鈍い。葉隠、体力の限界か歩くので精一杯。緑谷、戦力の一人で善戦しているが疲労が目立つ。峰田、頭部からの出血が酷く個性を使えない。八百万、脂質が足りず指示出しで精一杯。

 

 ──そして爆豪。無駄な動きをせず、無駄口を叩かず黙々と魔獣を倒している。しかし手のひらを度々抑えていることから、限界が近いと窺える。

 それでも弱音を吐かず先頭を行くのは流石と言えるだろう。目立ちたがり屋のクラスメイト達が文句を言わず、前衛中央を任せただけある。

 

「終わりが見えないよ〜!」

「なに、目的地は直ぐそこだ。気張って歩け」

「え……?」

「本当に言ってる?本当の本当に言ってる?」

「ウェイ……」

「本当だ、ここは見たことのある景色だからな」

「さっきから木ばっかで景色なんてわかんねぇよ……」

 

 少しだけ気の緩んだクラスメイトの横を通り抜け、操は魔獣に向かって太刀蓮華を勢いよく振り抜いた。破壊され土に還った魔獣の先に、建物が見える。

 嘘偽りなく宿泊施設は目と鼻の先だった。

 開けた道から見えた建物の存在に、クラスメイト達の士気が上がっていく。それでもその道に立ち塞がるよう魔獣が現れるから、操は武器を構えて走り出す。

 

「安心しろ、道は私が切り開く」

 

 操はそう告げてクラスメイトを守りつつ戦っていたのだが──突如、近くで鳴ったのは聞き馴染みのある爆発音。

 そちらに視線を向けると、汗だくで泥だらけで疲労困憊の爆豪が、その瞳に闘志を燃やして魔獣を爆破した。

 

「俺の前に出んじゃねぇ……!」

「ハ、息が切れてるぞ勝己。無理はしなくていいんだぞ?」

「俺の辞書に"無理"なんて単語はねェんだよ!!」

 

 そう言うと一層激しく個性を燃やすから、操だけでなく最後まで戦っていた飯田に緑谷、常闇に尾白、そして轟と障子も同じように火がついて気力を振り絞る。

 歩くのが辛い者たちは泣き言を言わず歯を食いしばって立ち上がり、それを支える者と共に歩き出す。

 自分達に今できる精一杯のことをやろう。それぞれが支え合い補いながら、A組は前に進んでいく。

 

 こうしてA組は14時10分。

 予定より2時間10分遅れで宿泊施設に到着したのだった。

 

 

 

 

「やーっと来たにゃん」

「でも予想より早かったわね」

 

 森を抜けた先にある宿泊施設に辿り着くと、ピクシーボブが腰に手を当てながら待っていた。

 彼女は笑みを浮かべながらA組を眺めて「もう少しバテさせたかったのにな〜!」とぼやいている。クラスメイトたちは「充分バテてるよ……」と思ったが、言い返す気力すら残っていなかった。

 

 ──教育し甲斐がある。プロヒーローであるピクシーボブとマンダレイはA組を見てそう思っていた。

 土魔獣を簡単に攻略されたのは飯田、轟、爆豪、緑谷の躊躇のなさと慣れている操が原因だろう。そして八百万が即座に陣形を組み、クラスメイトたちがそれを信頼して従ったからここまで速く辿り着くことが出来たのだ。

 それぞれの持ち味を活かした、実に頼もしい連携だった。

 ピクシーボブはそう思ったから、目星をつけていた男子生徒に「三年後が楽しみ!今のうちに唾を付けておこう!」と本当に唾を飛ばす。プロヒーローとして、そして年上の女性としてそれはどうなんだと誰もが思ったが、口にする元気はなかった。

 

 そんな中操は腹部を抑える青山の背中を撫でていたのだが、ふと視線を感じて振り返るとそこには真っ直ぐ操を見つめる洸汰がいた。

 なので笑みを浮かべて手を振れば、ぐりんっと思いっきり顔を逸らされる。元気そうで何よりだが、そんな勢いよく逸らさなくてもいいだろう。

 近付いて声をかけても良かったが、その瞳が安堵の色を灯していたのが不思議で操は思わず首を傾げた。

 

「ずっと気になっていたんですが、その子は誰かのお子さんですか?」

「ああ違う、この子は私の従甥だよ。洸汰!ホラ挨拶しな。一週間一緒に過ごすんだから……」

 

 しかし緑谷が洸汰について尋ねたため、クラスメイトたちの視線が一気に集中してしまった。だから操は動かず、同じように成り行きを見守る事にする。

 緑谷は子どもと話すのは苦手ではないのか、それとも性格故の真面目さか「あ、えと僕雄英高校ヒーロー科の緑谷。よろしくね」と洸汰に手を差し伸べて握手を求めていた。

 しかし洸汰の手はそれを握り返すことは無く、正拳突きが緑谷の緑谷を狙って勢いよく繰り出された。

 

「緑谷くん!おのれ従甥!!何故緑谷くんの陰嚢を!!」

「ヒーローになりたい連中とつるむ気はねぇよ」

「つるむ!?いくつだ君!!」

 

 あまりの痛みに、緑谷はその場に崩れ落ちていく。その側に膝をついた飯田が声を上げるが、操は彼らの会話を聞きながら過去の出来事を思い出していた。

 それはまだ操がワイプシや洸汰たちと一緒にいた頃の事だ。

 操は過去誘拐された経験から、洸汰に【怪しい人の撃退法】を教えたことがある。普段は声をかけてもまともに聞いてくれない洸汰が渋々ながらも話を聞いてくれたので、嬉々として伝授したのが"正拳突き"だった。

 

『いいか、突然近付いてくる大人は何をするかわからない。誘拐されたら敵わないから、危険を感じたらこうやって急所を狙うんだぞ』

 

 ──と、むかし彼に教えたのだ。

 操は緑谷に向かって手を合わせた。洸汰がそれを覚えていて実行してくれたのは嬉しいが、教えなければ緑谷の陰嚢は無事だったかもしれないから。しかし腰の入った、いい正拳突きだった。

 そんな操の背後で轟と爆豪が「マセガキが」「お前に似てねえか?」と話をしている。操も以前洸汰に爆豪の影を見てしまったので、同じ考えの人がいて良かったと思った。

 それと同時に、将来"クソを下水で煮込んだような性格"と言われないか心配になった。

 

「茶番はいい、バスから荷物を降ろせ」

「ええ……」

「疲れてるのに……」

「部屋に荷物を運んだら軽く清掃し、食堂に集合しろ」

「ま、まさか……」

「昼飯!?」

「そうよ!予想以上に早く到着したからサービスしてあげる。夕飯食べられなくなったら困るから軽食だけどね」

 

 その言葉に、クラスメイトたちは勢いよく立ち上がってバスに向かって行った。操はその様子を見て「どこにその力を隠していたのか」と思ったが、きっと疲労を感じない彼女にはわからないものだろう。

 ヘロヘロなクラスメイトに代わって操が率先してバスから荷物を降ろしていると、「操ー!」と遠くから声がかかる。名前を呼んでいたのはマンダレイだった。

 

「あなた元気でしょ?ご飯作るの手伝って!」

「えぇ……ま、別にいいけど」

「じゃあ荷物置いたら野菜取ってきてくれる?」

「……最初からパシる気満々だったな?」

「違うわよ。ほんとに予定より到着が早くて準備が間に合わなかったんだってば」

 

 マンダレイのお願いポーズにひとつ息を吐いた操は、キャリーバッグを持ってさっさと部屋に向かおうとした。すると八百万が「こちらは私たちで運びますわ」とスマートに荷物を攫っていく。

 他の女子たちも拳を握りしめて笑って頷いていたので、操は有り難くその厚意に甘えて野菜を取ってくるべく施設の中へ足を踏み入れた。

 そして野菜の入った段ボールを運んでいると、前を歩く洸汰を見かけたので操は彼を片手で軽々しく抱き上げる。驚いたその目が、大きく開かれた。

 

「なっ……何すんだよ!離せよ!」

「これからご飯を作るんだ、洸汰も巻き添えにしてやろうと思ってな」

「ふざけんな!てかお前汚いんだよ!」

「シンプルに悪口!?」

 

 確かに今の操は五時間森の中を駆け回っていたため汗や土でとても汚れているが、洸汰の発言にムカついたので肩に担いだまま離さなかった。絶対に巻き添えにしてやると操は決意した。

 洸汰は逃げだそうと手足をバタつかせながら必死に抵抗をしている。しかし何の痛みも感じなかったため「ハハハ、何かしたかァ〜?」と笑っていれば、髪の毛を思いっきり引っ張られた。このクソガキ……!

 

「何やってるのよ貴方たち……」

「洸汰が暇そうだから連れてきた」

「お前と違って暇じゃねえんだよ!」

「奇遇だな、私も暇じゃないんだ」

 

 野菜を机上に置いて洸汰を椅子に座らせれば、彼は口をへの字にしながら腕を組んで座っている。どうやら怒っているようだが、世界一目つきの悪い兄を持つ操に対して効果はゼロだった。

 洸汰はレタスを千切り、操はトマトやハムを切っていく。それが終わると二人でパンにマーガリンを塗って、食材を挟んで味を付けて、それをラップに包んでいく。

 サンドイッチが完成すると今度は大量のじゃがいもを渡された。それは晩ご飯に使うらしく、洸汰はピーラーで、そして操は包丁で黙々と皮を剥いていく。

 

「じゃがいもってことは晩ご飯はポテトサラダかな?それともカレーか、肉じゃがとかかな?」

「知らねーよ」

「あ、芽があるのは私が取るからそこに置いておけよ」

「……ケッ」

「ニワトリの真似か?」

 

 操が冗談を言えば、洸汰は目を三角に吊り上げ睨みつけてくる。それを見てやっぱり爆豪に似ているなぁと虚しくなった。

 そんな会話を挟みつつ二人で黙々とじゃがいもを剥いていると、食堂には次第にクラスメイトたちがやって来て操たちの前からサンドイッチが消えていく。お礼を言うクラスメイトの中で「俺の方が美味く作れるわ」と嘲笑う爆豪に、洸汰の未来を案じて悲しくなった。操の反応が気に食わなかったのか、爆豪にはキレられた。

 その間洸汰はずっと無言だったが、先程とは違って眉間に皺が寄っている。まだヒーローが嫌いなんだと操は改めて実感した。

 

 

 

 

 軽食をとった後、A組の生徒たちは体育着に着替え身体をほぐすため柔軟やストレッチを行なっていた。長時間慣れない山の中で戦い続けたため、身体は悲鳴をあげているらしい。

 これを怠ると次の日が辛いのだとみんな必死にやっていた。その気持ちがわからない操はクラスメイトたちに合わせ、同じようにストレッチをしていく。

 

「てかさ、操ちゃんワイプシと知り合いなの?」

「そーだよ!魔獣とか立地とかに詳しかったし、なんか親しげだったし!」

 

 そして芦戸が"忘れていたが気になっていたこと"を切り込んだ。会話に入っていないクラスメイトも、横目で操を見て答えを待っている。

 マンダレイやピクシーボブと話す操に食事中のような笑顔はないが、いつもより気さくで気取っていないように感じたのだ。なんというか──安心して心を預けている。

 普段感じることのない操の雰囲気に、クラスメイトたちは少しだけ驚いたのだ。「あの赤黒が、相澤先生以外の大人の言うことを聞いた」とか「じゃがいもの山に文句ひとつ言わない」とか「芽をとってあげても偉そうにしない」とか。

 操はアキレス腱を伸ばしながら、隣で太ももの筋肉を伸ばす芦戸を見下ろして口を開く。

 

「ああ……雄英に入る前の二年間、ここで保護されてたんだ」

 

 ──クラスメイトたちは良くも悪くも忘れてしまうのだが、操はステイン(ヴィラン)の妹である。

 "保護"の言葉にどんな背景があったのかわからない。ただ操の雰囲気や反応を見る限り、その二年間が悪いものではなかったのだとクラスメイトたちは察する事が出来た。

 

「だから操ちゃんは対人戦が得意なのね」

「訓練つけてもらったのは確かだな」

「いいなぁ、ずる〜い!」

「プロヒーローの訓練か!羨ましいぜ!」

「明日からお前たちも味わえるだろう?」

「いや普段から関わるのと合宿じゃ全然違うでしょ……」

「四人が鬼キャットなのは変わらないさ」

「鬼キャット……?」

 

 鬼と言いつつも、その表情は柔らかく笑顔だ。

 だからクラスメイトたちも笑顔で「そうか鬼キャットか〜」と返してしまう。操が"疲労を感じず"、"狂ったカリキュラム"をこなせる事など最早忘れていた。彼らは明日になれば鬼キャットの意味を理解することだろう。

 そんな中、洸汰が気になる緑谷は操にそのことを尋ねた。緑谷の緑谷を殴られたと言うのに怒ることなく心配するのは、洸汰の境遇を気にしてしまったからなのだろうか。

 

「洸汰との関係?」

「う、うん。一緒にじゃがいも剥いてたし、知り合いなのかなって」

「確かに二年間一緒に暮らしてたけど……関係と言われると……うーん……同族かなぁ」

「……同族?」

「保護仲間ってやつだな。洸汰はシ……マンダレイの従甥だから少し立場は違うけどな」

 

 操と同じで洸汰も両親を亡くし、ここに引き取られた過去がある。彼の両親はヴィランに殺害されたため全く同じというわけではないが、それは兎も角。

 操にとって出水洸汰とは「本音を殺されてしまった子ども」だと思っている。

 幼い頃に両親を亡くして「立派」と言われ、悲しむことが出来なくなった。知らない大人に囲まれて、年相応に甘えることが出来なくなった。そうやって殺されてしまった心を保つには、彼は大人びたふりをするしかなかったのだと思う。

 けれど悲しみや苦しみを消化できるほど大人じゃない。

 両親が亡くなったのはヴィランのせいだ。それなのに、彼はそれを受け入れられずヒーローという職業、ひいては個性そのものに嫌悪感を抱いてしまっている。そんな、やさしい(・・・・)子ども。

 

 兄を殴る。殴ってでも止める。

 以前そう話した操に、洸汰は「そんなことに命を掛けなくていい」と怒った。

 ワイプシがヒーローとして出動し家を開けたときは、言葉にせずとも不安を隠せていなかった。

 そんな優しい子どもだから、笑ってほしいと思う。けれど操には彼の助け方がわからない。

 ──ヒーローになって死なずに洸汰の元へ帰れば、彼は笑ってくれるだろうか?

 

「でもなんか姉弟みたいに見えたけどな!」

「……え?」

「ちょっと、切島!」

「あ……悪い!そんな変な意味じゃなくってよ!!」

 

 姉弟みたい。

 その言葉に操はキョトンとし、目を瞬かせた。慌てて芦戸が割り込み、切島が手を左右に降って弁解し、上鳴が「つか反抗期っぽいよなァ〜!めっちゃツンツンしてたもんなァ〜!」と話題を逸らし、瀬呂が「あの年齢で反抗期は早すぎだろ!」と突っ込んでいる。

 あまりにも交通ルールを無視した方向転換にクラスメイトたちは「ナイス!」と心の中でエールを送った。

 しかしクラスメイトたちが気にするほど操の心に負の感情は生まれてなくて、形容し難い不思議な感情に埋め尽くされていた。

 

「ガムシロ・レジスタンスか……」

「……ガムシロ?」

「……ん、ああ、そうなんだ。まあいろいろ事情があってな……」

「様々な苦難を、あの小さき身体で……」

 

 深刻そうな顔をした常闇が、腕を組み斜め下を向きながら真面目にアキレス腱を伸ばしている。

 突然鼓膜を揺らした常闇語に顔を上げた操は、同じくアキレス腱を伸ばしながら頷いた。そんな二人の会話を聞いていたクラスメイトたちは思わず首を傾げる。

 

「待ってくれ。ガムシロ・レジスタンスとは一体なんのことだ?」

「反抗期のことだよ。そんなこともわからないのか?」

「わかるかッ!!」

 

 その後もA組は身体を休めながらストレッチやトレーニングを続け、比較的穏やかな時間を過ごしてB組が到着するのを待った。

 操は再びマンダレイに呼ばれ夕飯作りを手伝い、洸汰と並んで野菜を盛りつけたり、人数分の食器を用意したり、ご飯をよそってテーブルに運んだりした。

 

「……何さっきからジロジロ見てんだよ」

「……いや、なんでもない」

「気持ち悪ぃな」

「だからシンプルに悪口!」

「ちょっと!遊んでないで準備して!!」

 

 ただふわふわと浮ついた心が、なんだか落ち着かなくて。

 操は洸汰の頬を摘んで左右に引っ張ってやった。そうしたら髪を掴まれ、思いっきり引っ張られた。このクソガキ……!

 無言で引っ張り合う二人をマンダレイが慌てて止めに入り、ピクシーボブが呆れ、ラグドールが笑い、虎が見守る。そんな二年前のような日常がなんだか懐かしくて、操は自然と口角を上げていた。

 

 

 

 

 燃え盛る太陽は沈み、辺りはうんと暗くなった。それなのに空気は依然として生温かく、少し動いただけで額に汗が浮かんでしまう。

 そんな蒸し暑い夏の夜、A組女子の七人は少量の荷物を持ってとある場所に向かっていた。その足取りは軽く、雰囲気はとても明るい。

 

「待ってました〜!お風呂の時間!」

「汗もかいたし砂だらけだし……」

「早くひとっ風呂浴びたいねー!」 

 

 そう、やって来たのは風呂の時間だった。

 朝から酷い目に遭い、女子も男子も汗だくで泥だらけだった。身体を酷似して筋肉が悲鳴をあげているし、教員の視線から逃れゆっくりリラックスしたい。──そんな自分たちを包み込んで癒してくれるのは、お風呂しかない!

 

「どんなお風呂だろ〜!」

「露天風呂だぞ」

「えっ露天風呂!?すっごい楽しみ〜!」

「──え、なに風呂って男女隣なの?」

 

 操の発言に目を輝かせた芦戸と葉隠がその場で飛び跳ねる。

 しかしそんな楽しい気持ちに不安要素を落としたのは、隣の扉を開ける男子の姿を見つけたからだ。飛び跳ねていた芦戸と葉隠も思わずその場で硬直する。

 少し困惑したような尾白がこちらを見つめているが、それはいい。彼の背後で目をバキバキに見開いた峰田を見つけてから、女子たちの表情から笑顔は消えた。

 困惑した男子と、扉の向こうに消えるまで瞬きせずにずっとこちらを見つめていた峰田を見送って、耳郎がポツリと呟いた。

 

「……もう一度確認するけど、露天風呂なんだよね?」

「峰田くん大丈夫かなぁ……」

「不安しかないわ」

「……全く大丈夫じゃないな、ちょっと見張りしてくる」

「え?」

「お前たちは風呂に入っていろ」

 

 不安そうに眉を下げるクラスメイトを見て、操は決意した。彼女達の笑顔を守らなければならないと、心に決めた。

 だから全員を脱衣所に押し込んでから、操は一人廊下に出る。そして露天風呂の間にある隠し通路の扉を開けたところで、背後から声をかけられた。

 

「操、何してるの?」

「シノさん、洸太!」

 

 そこにいたのはマンダレイこと送崎信乃と洸汰だった。

 二人に隠すことは何もない。なので操はクラスメイトの峰田が過去に行った様々な悪行を説明し、女子の笑顔を守るため彼女達が風呂を出るまで見張りをするのだと正直に説明する。

 それを聞いた洸汰は眉を顰めて「クズだな」と言っていた。返す言葉もない。操は被害に遭っていないが、停学処分中には更衣室も覗こうとしていたらしい。きっと峰田の三大欲求は性欲が八割、他が一割ずつなんだと思う。

 

「フン、俺が行く」

「見張ってくれるのか?」

「元々イレイザーに言われて見張るつもりだったしね。それに操が見張るのは男の子たちに酷でしょうよ……」

「別に私は気にしない」

「向こうが気にするの!ほらあなたも泥だらけなんだから早くお風呂入ってきなさい!」

 

 操はマンダレイに背中を押され脱衣所に詰め込まれてしまった。なので操は衣服を脱ぎ、常につけている左腕のレザーバングルも外し、脱衣所と露天風呂を隔てた扉に手を掛ける。

 扉の向こう側は、都会では見ることの出来ない満天の星が散りばめられていた。

 玉砂利の床に松の木が植えられ、見上げれば夜空も楽しめる見事な露天風呂。岩肌に囲まれた温泉は自然の偉大さを知らしめるような見事なもので、ここが私有地であるのは勿体無いと思うほどだった。

 

「あっ操ちゃんきた!」

「先に入っちゃってごめんなさいね」

「気にするな。峰田(例の件)はなんとかなったから、安心して寛ぐといい」

「本当!?頼りになる〜!」

「ふ……ふふ、ふふふ!それほどでもないぞ〜!」

「めっちゃ嬉しそうやなぁ」

 

 ほっと胸を撫で下ろした女子達を横目に、操はドヤ顔を披露した。そしてにこにこした温かい視線を受けながら、洗い場で身体を洗い髪をまとめてから温泉に浸かる。

 汗と土を流した後の温泉は格別だった。さらりとした熱い湯が身体を芯から温め、筋肉を緩くほぐしていく。水面からは白い湯気が漏れ、宙にたゆたう。

 操が肩まで湯に浸かって息を吐いていると、隣にいた耳郎から視線を感じて瞳を向けた。控えめな三白眼と操の紅瞳が交差する。

 

「バングル外してるの初めて見たんだけど、それってどういうのか聞いて平気なやつ?」

 

 耳郎は遠慮がちに操の左手首を指差していた。

 そこには横一文字に深く刻まれた傷跡があった。周りの皮膚より黒ずんでいて、皮膚が引き攣っている。見ているだけでゾッとしてしまうような、深く大きな傷だった。

 

「平気だよ。これは追い詰められて自傷したわけじゃなくて、個性使う時に切っただけだから。太い血管の方がたくさん血が出るだろう?」

「うわぁ痛そう……」

「……そっか、自分で止血できるもんね」

「まぁ、自傷するヒーローなんて怖いからやめろって言われて……それからやってない」

 

 操が普段から左手首につけているレザーのバングルは、雄英高校入学前にワイプシの四人から貰ったものだった。

 ──傷付けないためのおまじない。

 ──これを外すときは、本当に危機が迫った時だけにしてほしいな。

 そう願いを込められて腕に巻いてくれたから、あれから操は自傷をしていない。そして彼女たちの想いを無駄にしたくないと思ったから、危機的状況に陥らないよう訓練を積むのだ。

 

「もしかして体育祭の時、爆豪戦でやろうとしてた?」

「バレてたか?あの時は昔の癖が抜けてなくて咄嗟にやってしまったんだよなぁ」

「でもその御守りがあったから、操さんは無事だったわけですね」

「トーナメントは負けたけどな」

「でも……なんかいいね!そういうの!」

「わかるなぁ。操ちゃんへの愛が伝わってくるね」

「……愛?」

 

 はた、と操は目を瞬かせた。

 あれは愛ではなくヒーローのお節介だと思っていたから、そういう風に言われるとは思っていなかったのだ。しかし女子たちの顔を見渡しても、みんな笑っていてだれも疑問に思っていない。

 だからどう言うことなのか深掘りしようと思って口を開いたのだが──操がそれ以上言葉を紡ぐことはなかった。

 

「峰田くんやめたまえ!君のしている事は己も女性陣も貶める恥ずべき行為だ!」

 

 ──何故ならば、飯田の馬鹿デカいクソデカ大声(ボイス)が聞こえてきたからだ。

 一瞬にして女子たちの纏う空気が警戒の色に染まる。飯田の言葉に含まれていた"峰田"の三文字が、彼女たちに警告を発していた。

 

「……え、こっち登って来る気?」

「や、流石に男子止めてくれるでしょ〜……よね?」

「流石にそこまで卑劣な犯行をなさるとは……思いたく、ないのですが……!」

「峰田ちゃんは信じられないわね」

「安心しろ、万が一此方に来たのなら……容赦なく握り潰す」

「なにを?」

「操ちゃん目がマジや……」

 

 全員が万が一を備え胸元を手で隠し、此方と男子風呂と隔てる壁を眺める。

 そしてごくりと唾を呑んだ時──それは此方に向かって迫って来た。

 

「壁とは超える為にある!プルスウルトラ!!」

「速っ!校訓を穢すんじゃないよ!!」

「──ヒーロー以前に人のあれこれから学び直せ」

 

 風呂を隔てる壁がミシミシと音を立て、峰田の声が徐々に近づいて来る。

 予想通り、個性を使って壁を登っているのだろう。考えたくないがある程度は予測していた事態に、女子たちは心がスッと死んでいく。

 しかし突如壁の間から小さなシルエットが飛び出したかと思うと、峰田に正論を突きつけながら容赦なく男風呂の方へ突き飛ばす。それはあの時見張りを買って出てくれた洸汰だった。

 突然現れた刺客に、峰田は落下しながら「くそガキィィィィ!!!?」と血の涙を流す。こうして女性陣の平穏は小さなヒーローによって守られたのであった。

 

「やっぱり峰田ちゃんサイテーね」

「ありがとー!洸汰くーん!」

「──わっ……!?」

 

 しかしそんな小さなヒーローも意図せず見てしまった女性の裸体に驚き、男風呂に向かって落ちていく。

 先程まで洸汰がいた所には何もなく、美しく星が煌めいているだけだった。

 

「……あれ、落ちた?」

「うそ、大変!洸汰くーん!大丈夫?」

「だ、だだだ大丈夫!気を失ってるけど、頭は打ってないよ!」

 

 洸汰を心配しみな一度は腰を浮かせたが、受け止めたであろう緑谷の声が聞こえてホッと胸を撫で下ろした。

 緑谷は洸汰をマンダレイの元へ連れていくと言うので、操も追いかけようと一足先に湯船から上がる。峰田のことは瀬呂が簀巻きにし、障子と砂藤に挟まれて風呂に入っているそうなのでとりあえず大丈夫だろう。

 操は寝巻き用のTシャツとハーフパンツに着替え髪を軽く乾かすと、急いで脱衣所から飛び出して行った。

 

 

 

 操が事務室に飛び込むと、そこにはソファに寝かされた洸汰とその近くに座るマンダレイ、そしてお盆に飲み物を乗せたピクシーボブと下半身にタオルを一枚巻いただけの緑谷の姿があった。

 事務室にほぼ裸体の男がいる不釣り合いさに、操は思わず不躾に緑谷を眺めてしまう。

 

「赤黒さん!」

「出久……着替えてきたらどうだ?風邪ひくぞ」

「え?……わぁぁ!?ごめ、ごめんなさい!」

 

 顔を真っ赤にして全身から汗を流し、慌てて走り抜ける緑谷にピクシーボブは「ウブねぇ」と楽しそうに笑った。

 操はソファで眠る洸汰に近付くと、その顔を覗き込む。マンダレイ曰くどうやら落下の恐怖で失神したとの事らしい。とりあえず怪我がなくて良かったと、操はひとつ息を吐いた。

 濡れた緑谷が運んだからか、それとも男風呂に落ちたからかなのか、洸汰の服は少し濡れていた。このままでは身体が冷えてしまうだろう、そう思って操は「部屋から着替え持ってこようか?」と提案する。

 ここでいう部屋とは、操の部屋ではなく洸汰の部屋だ。

 

「……うん、お願い」

「お願いされた!ちょっと待ってろ」

 

 パッと笑ってこの部屋から飛び出した操は、洸汰の部屋に入っても怒られない唯一の存在だ。

 その領域に踏み込むまで色々とあった。けれどそれを経て「操に言っても無意味」だと洸汰は怒る気すら失せたらしい。それが良いのか悪いのかわからないけれど、二人には二人なりの距離感があって洸汰は踏み込むことを良しとしたのだ。

 マンダレイはそこまで踏み込む事なく接してしまうから、時にはその豪胆さが羨ましいと思った。

 

「邪魔するぞ」

 

 一方、操は家主のいない部屋を律儀にノックしてから扉に手をかける。

 電気をつけて、子どもらしくない寂しい部屋に足を踏み入れた。そして見知った位置にあるタンスを開け、そこから新しい洋服を取り出す。

 ──さあ部屋を出て事務所に戻ろう。そう思った操の視界に映ったのは、彼の部屋にあるのが珍しいものだった。

 

「……図鑑?」

 

 机上にある開かれたままの図鑑には、カブトムシやクワガタの精密なイラストが描かれていた。操はそれを手に取って、まじまじと眺めていく。

 黒く艶があり三本の角を持つコーカサスオオカブト、黒い頭部に金の羽を持ったヘラクレスオオカブト、そして玉虫色をしたニジイロクワガタ。

 操も見たことがないような珍しい昆虫が数多く描かれていて、見ているだけで楽しくなる図鑑だった。そしてこの部屋にある唯一の子どもらしさと言えるだろう。

 ──虎あたりに貰ったのだろうか?

 操はそう思いながら図鑑を元の位置に戻して部屋を出る。

 そして何かに尾を引かれながらも、三人が待つ事務室に向かって走り出したのだった。

 

 

 

【林間合宿編上:了】

 

 

 

 




操の使っていた技紹介
赤刃(せきじん)シリーズから
太刀蓮華(たちれんげ)・・・一振りの刀を作り出し武器とする技。格好良いから「太刀」という名前を使用しているが、今回のように鉄パイプもどきでもいいらしい。判定はガバガバ。

 赤刃シリーズは現時点で四つ技があり、そのうち【千本桜】と【太刀蓮華】は作中で使用済み。残る二つは【飛梅】と【徒花】という名前で、今後登場予定。
 お察しの通り全て【花】に関する名前だが、特に理由はない。
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