ステイン妹のヒーローアカデミア   作:苗字ちゃん

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オリジン:赤黒操


非行少女編

 吐き出した息は白く、吹き抜ける風が体を冷やしていく。

 サイズの合わない薄汚れたコートでは寒さから身を守ることは出来ず、私は無意識に個性を使って体を温めた。

 駅前の商店街はそこそこ栄えているこの街だが、路地裏に一歩足を踏み入れればあら不思議。壁には落書きが施され、地面には潰れた空き缶や中身が入ったままのペットボトル、ゴミが詰められた袋が所狭しと転がっていてとても散らかっていた。

 

 気が付けば、兄がいなくなってから数ヶ月の時が過ぎていた。

 

 あの日、朝日が昇る頃。

 兄が大量に流した血痕を追って家に訪ねてきた警察によって、私は保護された。

 全身傷だらけだったことから、兄によって虐待されていたのではないかと判断されたのだ。そして私は生まれ育ったあの家へ、強制的に帰されることになったのである。

 ──違うんです、兄は私を助けてくれたんです!

 なんて言葉は、私の口から出てこなかった。兄に捨てられたショックから、否定をする余裕も気力もなかったのだ。

 呆然としている間に警察に連れられ都合よく勘違いされ、気付けばあの薄汚れた鳥籠の中へ戻っていた。それに──。

 

≪阿部川天忠會幹部四名、構成員三名を殺害した容疑がかかっている赤黒血染容疑者ですが──≫

 

 あれから数ヶ月経ったが、テレビや新聞では兄の名前が度々報道されるようになっていた。

 それは私が"兄に虐待された被害者"だという勘違いをより強くさせる材料となっていて、警察は私に同情し発言を求めなかった。

 ──何も言わない私にも非があるが、全く聞かれないとはなぁ。

 そんな感じで兄は報道されてはいないものの、妹の虐待という容疑も掛かっているらしい。ごめんね、お兄ちゃん。

 でも早く捕まってしまえと思うから、私は聞かれない限り何も言うつもりはない。許してね。

 とりあえず警察にはちゃんと捜査しろ、とでも言っておこうか。

 

≪──先日殺害されたヒーロー殺しの件にも関わっているとして、警察は赤黒血染容疑者の行方を追うと共に、捜査を進めています≫

 

 寒い中、あてもなく街を彷徨う。

 意味もないこの行為は、家に帰りたくないという心情を表しているようで、私は思わずため息をついた。

 

 

 数年ぶりに戻った八畳間の鳥籠は窮屈で、酷く居心地が悪かった。

 兄の報道のせいで両親は職を失った。家に愛人を連れ込んで昼夜問わず欲を発散するか、酒を煽る日々。

 しかし金は自然に湧いて出てくるものではないので、あっという間に酒すら買えない事態に陥っていた。

 戸籍がちゃんと存在していた私は、バイトでもするかと履歴書を購入する。しかし学校に通っていない為ほぼ空欄になってしまった。極め付きに長所は「ゴミを漁ることです」と、そこまで記入して破り捨てた。虚しすぎる、なんだこの長所。

 そもそもまだ小学生なので雇われるのは不可能だろう、金の無駄遣いだった。

 

 食事が満足にとれない日々も、好きなものを買えない貧しさも経験した事のある私は「苦しいなぁ」と思いつつまだ平気だった。

 しかしそれに慣れていない両親は瞬く間に荒んでいき、それは日を追うごとに態度や言動として顕著に現れていった。

 

 

 (みさお)がこの家に戻ってきて一ヶ月程経った日のこと。夜遅くに帰宅すると、父が母に暴力を振るっている最中であった。

 ──ウワァ、今日は野宿しようかなぁ。 

 と、思ったのだが。殴られ蹴られ、髪がボサボサになって泣いている母を見て、なんとなく過去の自分を思い出したのだ。だから、声をかけた。

 

「やめなよ、それ。痛いし」

 

 その言葉は、案の定火に油を注ぐ結果となった。

 逆上した父が母を投げ捨て、操の胸ぐらを荒々しく掴んだ。そして腕を大きく振りかぶる。

 

『いいか、操』

 

 ──その時、私の脳裏に浮かんだのは兄の言葉だった。

 何を言っているのか聞き取れず、呂律の回っていない父の怒号を聞きながら、操は殴られて床に叩きつけられる。

 それでも、兄の言葉は曇りなく聞こえていた。

 

『お前が力を使うのは、その身を守る時だけだ』

 

 そして父が馬乗りになったところで──私は反撃を開始した。

 個性で身体能力を向上させる。勢いをつけて上体を起こして父に頭突きを食らわせれば、彼は呆気なく怯んだ。反撃されると思わなかったのだろう。

 その隙に腕を掴んで捻り上げ、お返しと言わんばかりに床に叩きつけた。

 

『──約束できるか?』

 

 お兄ちゃん。

 約束は染み付いて取れそうにないよ。

 

「あはは、」

 

 乾いた笑いが、部屋に溶けては消えていく。

 ──父はこんなに小さかったっけ?と、そう思いながら床に倒れ込んだ彼を見下ろした。

 私を見上げるその目に恐怖の色を見つけて、私はもう一度笑ったのだった。

 

 

「こうして私はアパートの害虫から、ゴミの王になったワケだ」

 

 あの日から、私はあの家の王となった。

 父は私がいる時は露骨に怯えるので鬱陶しく、今更擦り寄ってくる母は気持ちが悪い。

 猿山のボスザルの方がはるかに立派な地位であろう。ゴミ山のゴミキングになったところで嬉しくもなんともないわ。クーリングオフを希望する。

 なので、そんな居心地の悪い家に帰ることは少ない。風呂に入るためや雨が降っているときに寝たりするくらいは、流石に帰るけれど。

 そんな経緯があって、私はあてもなく街を彷徨う日々を過ごしている。

 もしかしたら意味のない灰色の日々から抜け出すために、何かを探し彷徨っているのかもしれない。

 吐き出した息は白かった。

 

 

 ──さて、それではここで問題です。

 両親の稼ぎはなく、私自身も働くことができない。

 それでは一体、私はどこから収入を得ているでしょうか?

 

 意味もなく街を練り歩いていれば、遭遇するのは"弱い者いじめの現場"だ。そして今回も数人で野良猫を虐めている現場に出くわした。

 個性だろうか。粘液を飛ばす者、爪を長く伸ばして傷つける者、そしてそれを笑って眺める者がいた。

 必死に威嚇し逃げようとする猫を追い込んで、彼らはゲラゲラと楽しそうに笑っていた。

 ──兄のように悪を裁く断罪者になる、なんてことは思ってないけどさぁ。

 ただ、気に食わないと思った。自分の身を守る力すらない者を、意味もなく(・・・・・)虐げるのは。

 

 だから、因果応報ということにしよう。

 そう一人で頷いて、私は彼らの背後から近付いて容赦なく頭部を殴った。驚いて目を丸くした彼らと視線がかち合えば、開戦の狼煙は上がった。

 粘液を飛ばされる前に顎を殴打して気絶させた。

 爪が私の皮膚を切り裂く前に折った。そのまま腕の骨も折ってやった。

 逃げようとした一人を追いかけて顔面から地面に叩きつけた。

 そうして気絶し、痛みで動けない彼らのポケットに手を突っ込んでは財布を取り出して中身を抜いた。不要になった財布は彼らの目の前に落として返しておく。

 ──答え合わせだが、これが私の収入源だ。完全に悪党である。ゴミの王の名も案外似合っているかもしれないな。

 

 弱い者虐めをしているのは私も同じ。

 いつか兄は、私を裁きに来るだろうか。

 

 ──なんて、馬鹿なことを考えている自分に笑ってしまう。

 ひとしきり笑ってから猫を見れば、傷と粘液まみれのまま怯えるように、小さくなってこちらをじっと見つめていた。警戒しているのだろう。

 そんな猫を撫でようと手を伸ばしたら勢いよく引っ掻かれ、猫はそのまま逃げていく。私の指先には一筋の赤い線が走り、存在を主張していた。

 

「……ま、正しい選択だね」

 

 これから、自分の身は自分で守れるように強くなるんだぞ。

 そんなことを思いながら、私は猫の後ろ姿を見送った。そしてその後ろ姿が完全に見えなくなると、その場を後にすべく身を翻す。

 

「今日は豪華に牛丼でも食べるか」

 

 路地裏を抜けて、安さと速さが売りのチェーン店に向かって歩き出したのだった。

 

 

 

 気が付けば、兄がいなくなってから一年以上時が過ぎていた。

 

 八畳間のゴミだらけだった部屋は、今はフローリングが見えてちゃんと足の踏み場がある綺麗な姿へ姿を変えていた。

 それは物をすぐ床に置いては片付けない母に対して操が注意をしているからだ。母は王になった操には逆らわなかった。

 ──母は心が満たされていないのだろうなぁ、と思う。

 部屋を散らかすことで心の穴を埋めようとしているのだ。憐れだとは思わない、何故なら操は母が好きになれないから。

 母に対して一つだけ思うことは、彼女のようには絶対になりたくないということ。だから彼女の姿をしっかりと見て、胸に刻んでいる。

 

 開かれた窓から風が入り、カーテンが揺れる。

 まだ明るい昼間であるから、薄暗い部屋にも太陽の光が届いていた。

 

 赤黒家に対して世間はいい目を向けていない。何故なら兄が捕まっていないから。

 しかしそんな両親に憐れみ、手を差し伸べてくれる人もいた。彼らの好意で働かせてもらうことになった両親は一生懸命働いてその地位を確立した──なんて、上手くいけば良かったのだが。

 精神的に不安定な両親は仕事が長続きしなかった。酷い時は問題を起こして解雇をされている始末。おい、しっかりしろ〜!

 それ故光熱費を払うお金を少しでも減らすため、日中は電気を点けずに生活しているのだ。ガスも水道も出来る限りケチっている。もしかして私、今までで一番シビアな暮らしをしていないか?

 

 母は夕方からスーパーで働く予定になっているので、声をかけて準備をさせた。父は只今無職であるため何処かをほっつき歩いているのだろう。問題を起こしてなければいいのだが。

 しかし、悪い予感は当たるもので。

 母が安い化粧品を使って肌の色を変えている。それを後ろからぼんやり眺めていると、突然外へ繋がる扉が叩き壊された。

 ……嘘みたいな本当のことなのでもう一度言うが、外へ繋がる扉が叩き壊された。そしてその破片が、廊下に音を立てて散らばっている。

 ──修理代、いくらだろうなぁ。

 頭を抱えたい気持ちを堪えつつそんなことを考えていると、破片を蹴散らし、土足のまま部屋に上がってきた男が二人。

 そして部屋の中央には、袋叩きにされた父が投げ捨てられた。

 

「よぉ、邪魔するぜ。お前らコイツの家族だよなぁ?」

 

 違かったらどうすんだよ、と思いつつ私は冷静に彼らを観察していた。

 高そうな時計、品の良いスーツ、磨かれた革靴。目元を覆うサングラスに、派手なゴールドアクセサリー。うーん、ヤクザかな?

 どうやら父は想像通り問題を起こしてボコボコにされたらしい。ほんとクソ!そして母はいつの間にか私を盾にするように避難をしている。お前もクソ!

 

 話を聞いてみると、彼らは借金取りらしい。

 父が飲み歩くために借りたお金がたいそう膨らんでいるが、収入がないので返せない。故に話を聞こうと家に案内してもらった、との事だ。

 

「しかしなんもねェなこの部屋!」

 

 勝手に部屋を物色した彼らはそう笑って、母の安い化粧品が並んだ机をなぎ倒した。後ろで母のか細い悲鳴が耳をつく。

 そして彼らの視線は机から流れるように私と母に向けられる。その視線は舐めるように、私たちを見つめていた。

 

「金が払えねぇとは言わねえよな? 売り飛ばされたくないもんな?」

 

 ──うわ、本当にあるんだ、こういうの。

 ニヤニヤと笑う二人組を見て、私は気が遠くなりそうだった。そして人間、世界の闇に心底失望した。

 兄風に言うならば「腐敗した人々」に失望した、とかだろうか。いやイマイチだな。私は厨二病語彙力検定を持っていないからなぁ。

 ……今はそんなことを考えている場合ではないが。

 

「む、娘の方が若いわ! 売るなら私じゃなくて娘にして!」

 

 おいふざけんな。ナチュラルに私を差し出そうとする母に苛立った。そして部屋の中央では目を覚ます事のない父が、顔を腫らして伸びている。

 父も母も、兄も。

 どこまでいっても身勝手で、自己中心的。

 ──なんか疲れちゃったなぁ。

 ため息を噛み殺した。二人を前にしたまま「どうしようかなぁ」と呑気に思っていると、どうしようもないこの空間に新たな乱入者が現れた。

 

「お前たち!何をやっている!」

 

 それは一人のヒーローだった。

 光沢のある、体にフィットしたスーツを着ている三十代くらいの男。驚くことに、彼は十年ほど前に私を見捨てた"あの"ヒーローだった。

 ──意外と顔を覚えているもんだなぁ、私は他人事のようにそう思った。

 ヒーローは背後にサイドキックを三人引き連れている。そして離れたところには通報した人だろうか、野次馬が数人。

 

 彼は「暴力で解決するのはやめるんだ!」と声高らかに言っている。しかしそんな説得でヤクザが帰ったら苦労しないんだよ、と思っていたのだが。

 ヤクザは舌打ちして「覚えてろ!」と私たちを凄んで撤退。え、ええー……呆気な……。

 まあ、一旦帰っただけでまたやって来るのだろうな、と直感で思った。

 だってこのヒーローは──

 

 私の後ろで小さくなっていた母は、ヤクザ達が帰るのを確認すると慌てて立ち上がり、ヒーローへ縋ったのだ、「助けて」と。

 しかし、激化しなかった事件に興味を無くした野次馬がその場を離れたら、ヒーローは瞬く間に豹変した。いや、本性を表したと言ったほうがいいだろうか。

 それに気付かない母は、何度も何度も助けを乞うている。

 

「あのさぁ、ヒーローって忙しいんだよね。いちいちこんなことで呼ぶなっつーの……たっく……」

 

 愕然とした母を振り払って、私を見て、父を見て、彼は私たちを嘲笑う。

 サイドキック達も同じように笑っているので、彼らも似たような本性を持っているのだろう。

 

「ヤクザ追い払ったって金にならないし、話題性に欠ける。地位も名誉も貰えない!」

 

「そもそもヴィランの家族を助けて何になるってぇんだ? あぁ?」

 

「社会のゴミはゴミらしく、底辺で生きていればいいんだよ!アハハ!」

 

 

 ──腐敗したヒーロー、英雄紛い。

 兄の言葉を思い出す。

 ──正しき世界に蔓延る社会の癌。

 兄の言葉を思い出す、けれど。

 私は彼らを裁こうとか、粛清しようとは思わなかった。期待するだけ無駄だから、そもそも期待していなかったし。

 ただ、十年経っても人って変わらないものだと思った。

 あのヒーローも、父も母も。

 

「……あの人達、何のためにヒーローやってるんだろうね?」

 

 泣き崩れる母に、痛みで呻き声を上げる父。

 私の独り言は二人に届いたのか、二人は溢れた涙を拭っている。

 私は壊された扉を眺めながら──もう、考えるのをやめた。

 

 

 

 

『赤黒血染容疑者がまた(・・)ヒーローを殺した模様です。警察は彼を凶悪ヴィラン"ヒーロー殺しステイン"として全国に指名手配しました。彼は未だ逃亡中であり──』

 

 追い討ちをかけるように、兄が人を殺した。

 そして古びたラジオから聞こえたのは「ヒーロー殺しステイン」の名前。その名前を聞いて、私の目の前は真っ暗になった。

 

 廃墟の窓辺で一人、膝を抱える。

 手首からは出血はしていないものの、生々しい傷跡が一筋。

 そして辺りを飛び回る三匹の赤い蝶が、月明かりに赤黒く照らされていた。

 

「──どいつもこいつも……!」

 

 身勝手で、自分勝手で嫌になる。

 見下す視線も、嘲笑われるのも、何もできない自分にも。全てに無性に苛立って嫌になる。そもそも!

 ──兄は原作キャラだったの?

 その事実が、一番操の胸を荒立てていた。

 

 正直オールマイトが出て来るヒーローの漫画なんて昔過ぎて覚えていないし、どこで誰がどうなるなんて全く知らないけれど。

 何故か「ヒーロー殺し」の名前は聞き覚えがあったのだ。ということは、兄は主人公が関わる重要な人物なのかもしれない。

 ──そんな事はいい、どうだっていい。

 私が無性に苛立っているのは、そこじゃない。

 

「お兄ちゃんは、私がいてもいなくても、人を殺す運命だったの……?」

 

「──私がいてもいなくても、ヴィランになる運命だったの!?」

 

 私、何のために生きているんだろう。

 何のために、血染()の妹として生まれてきたんだろう?

 

 自問自答したって、答えなんてわからなかった。

 それにまた苛立ってコンビニの袋を漁るけど、こんな状況でお腹なんて空いているわけがない。そんなどうでもいいことにすら苛立って、思わず頭を掻きむしった。パサついた髪が視界を覆ってイラつく。苛つくことが、また腹立たしい。

 もうどうしたらいいのか、わからなかった。

 

 

 しかし遠くから視線を感じて、私は顔を上げる。そこにいたのは、一匹の猫だった。

 

「……お前もしかして、あの時の?」

 

 痩せ細って薄汚れた、傷だらけの惨めな猫。

 猫は警戒しているのか近寄ってはこなかった。しかし視線はじっとこちらを射抜いて離さない。

 私は放り投げられたままのコンビニの袋から菓子パンを取り出して、封を切った。そしてパンをちぎって小さい方を投げて寄越せば、猫は一心不乱にそれを食べ始める。

 それを見て──食べないと何かあったときにやっていけないもんなぁ、と思って。

 私は残ったパンを無理矢理口の中に押し込んだのだった。

 

 

 

 ──とりあえず両親と話し合って、ちゃんと働いてもらおう。じゃないと私達は近いうちに死ぬ。

 良くも悪くも昨日の件は彼らが変わるきっかけになるだろう。

 そんなことを考えながら朝日が登る空を眺めて、家路につく。

 しかし家の前には規制線が張られていて、私の家を中心に警察が忙しなく駆け回っていた。

 

「──赤黒操さんだね?」

 

 微かな血の匂いが、鼻腔をつく。

 数人の警察が私を囲んで、そして。

 

「署までご同行願えますか?」

 

 私が廃墟で黄昏ている一夜に、両親は死亡した。

 母が父を刺し、そしてそのまま飛び降りたらしい。

 アリバイのない私は捜索されていたらしく、警察署に連れて来られたという事だった。

 

「どいつもこいつも、ほんと、身勝手で自己中なんだから……」

 

 捜査の結果父は他殺、母は自殺として処理された。

 他殺や自殺に至った経緯、家庭環境の酷さ、前日借金取りが訪れた事を話した所で──私が「ヒーロー殺しステイン」の家族であることを指摘されて。

 

「近所に住む人から聞いたけれど、君は五年くらい家にいなかったんだって? そして赤黒血染……いや、ヒーロー殺しステインと共にいた──話してくれるね?」

 

 うん、結果は勿論。

 過去家にいなかった期間兄といましたって話しましたとも。

 兄の思想も、行動理念も、個性についてもぜーんぶ話しました。

 連続幼児誘拐犯を殺したのも兄だし、私は虐待されていたわけじゃないって事も、全部全部話しましたとも。

 ──話しても何一つスッキリしなかったのが、印象的だったかなぁ。

 

 テレビでは兄の事件が忙しなく報道されている。私はそれを聴きながら、目を閉じて思い出していた。

 舌打ちで目を覚ました赤ん坊の頃。

 開けられなかったパンの封を開けてくれた大きな手。

 寄りかかった冷たい背中。

 血に塗れた手で助けてくれた夜。

 そして、覚悟が足りないと信念を切り捨てられ、お前の兄ではないと捨てられた日の事を。

 

 ──こうなる運命だったとか、必然だったとか。

 そんな言葉であの日々を片付けたくないと思った。

 

『贋物が蔓延る世界を粛清する』

 

 私のヒーローは、もういない。

 兄は全てを捨ててヴィランになってしまったから、もういないのだ。

 

 お兄ちゃん、私ね。裕福な暮らしがしたいとか、良い学校に通いたいとか、イケメンと結婚したいとか、そんなことは望んでいなかった。

 

 ただ、ずっと一緒にいてくれれば、それでよかったのになぁ。

 

「──運命なんてクソ!!」

 

 気に食わない。

 私は別の世界でもなく、ブラウン管の向こう側でもなく"この世界"で生きているというのに。

 

 こうなるのが"当たり前だった"なんて思いたくない。

 私が兄と過ごした日々に、意味なんてなかったのだと笑われたままじゃ終われない。

 必ず意味があったのだと、証明してやる。

 

『信念もなく力を振るうのは許さない。約束できるか?』

 

 ──決めた。

 あの日の私でダメだったなら、あの時より何倍も強くなって追いかけてやる。

 殴り飛ばして手足を切り落としてでも、歩みを止めさせてやる。

 

「──私、ヒーローになる」

 

 私は赤黒血染の妹として生まれた意味を知るために。

 それに意味があったのだと実感するために、ヒーローになってやる。

 

 

 

 警察署から外へ出る。

 扉の向こうへ、たった一人で。

 

 見上げた空は青くはなかったけれど、雲の切れ間に光が差し込んでいて。

 私はその眩しさに思わず目を細めた。

 

 

 

【非行少女編:了】

 

 

 

 


 

【間話:1000ccのモルヒネ】

 

 

 赤黒血染の一日は太陽が起きる前から始まる。

 清掃のバイトをする血染は太陽と顔を合わせることなく小さな家を出ていく。何故ならば担当するのは駅ビルで、開店前に清掃を終えなければならないからだ。

 そして清掃が終わればコンビニで朝食を購入し、その足で家ではなく人通りの多い駅へ向かう。そして向かった先で通勤、通学の時間帯を狙って自身の根幹たる信念『英雄回帰』について語るのだ。

 ──お前達も目を覚すべきだ、社会に蔓延る癌をそのままにしてはいけないのだ、と。

 

 人通りの少ない時間は他のバイトに心血を注ぎ、そして月が顔を出す頃に再び自身の信念を語る為だけに駅へと向かう。日本の未来のために、血染はそんな毎日を過ごしていた。

 しかし最近は完璧なスケジュールに水を差すような手間(・・)が増えている。

 

「お兄ちゃん!雨がふってきた!!」

 

 それは小さな足を動かして軒下へ一直線に走り出した自身の妹、赤黒(みさお)の存在だった。

 酷く痩せ細り、栄養が摂れていないせいか肌や髪は荒れている。力を加えれば簡単に折れてしまいそうな手足でどうやって体を支えているのか、血染はいつだって疑問に思っていた。

 

 滅多に帰らない実家へ顔を出したあの日。ゴミの山の中、隅っこでゴミのように転がる操と目が合ってからそう時間は経っていない。

 ただ、自身の日常の一部として彼女が転がり込んできたのは、単に血染の両親に対する落胆からくる気持ちと──あの日見た操の瞳が、信念を灯す良いものだと思ったからだ。

 そんな単純な理由で、血染は一人の未来を良くも悪くも大きく変えたのである。

 

「ねぇお兄ちゃん。雨が降り続けたら陸は沈まないのかな?」

 

 操は兄である血染と軒下で雨宿りをしながら空を眺めていた。

 季節は梅雨、五月の蒸し暑さが一気に霧散するような冷たい雨が降り注ぐ。灰色の雲に沈んだ空は重く薄汚く、大地に打ち付ける雨音が絶え間なく鼓膜をゆらす。

 そんな空を眺めながら"幼女っぽいこと"を口にしてみるのだが──口にした相手が悪かった。

 

「沈没するわけがない。雨は川や海に流れた後太陽光にて蒸発し、蒸気となって再び空へと登るのだ。空に登った蒸気は冷やされ、再び雨となる。そうやって循環しているから雨が降っただけでそう簡単に大陸は沈没などしない」

「私、幼女だから!お兄ちゃんが何言ってるのかわからない!」

「……」

 

 ──子どもの疑問に漢字を並べて返答するんじゃない。わかりやすく五文字で説明しろ?

 良くも悪くも真面目な兄に苦笑いをしつつ、操はやみそうにない雨を眺めてため息を吐いた。

 

 操は先ほどまで兄が演説している近くでぼんやりと座って人々を眺めていたのだが、雨が降ったことから演説は中止。傘を持っていない二人は急いで軒下に避難したのである。しかしこの雨では、帰るまでにずぶ濡れになってしまうだろう。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、隣にいたはずの兄が軒下から出て、雨にうたれたまま歩き出す。そして建物と建物の間にあるゴミ捨て場から青い傘を拾い上げたのだ。

 

 灰色に沈んだ空に、歪な青い花が一輪咲く。

 広げた傘はお世辞にも綺麗とは言えず、骨が何本か折れて惨めだった。布が破れていないからなんとか役割を果たせるくらいの、ゴミ同然の傘だった。

 しかし兄はそれを差したまま操の目の前にやってくる。

 見下ろす視線はいつもと同じように温度はなかった。けれど操は軒下から飛び出して、その青い傘の中へと迷うことなく飛び込んだ。

 

「雨止まないし風ひどいし最悪!」

 

 言葉の通り、雨は強く風が吹き荒れるので最悪な天気だった。アスファルトを跳ねた水滴が足下を濡らして靴の中は水浸しだし、吹き付ける雨風で身体は冷たい。そして大好きな青空は姿を隠していて見ることができない。

 けれど操の心は何故だか、澄み渡る青空が広がっていた。

 

「ねぇねぇお兄ちゃん。雨が降ると変な匂いがするのってなんで?」

「……ペトリコールだな。アスファルトが濡れるとそこに付着していたカビや排気ガスが雨と混ざって蒸発するからだ」

「ぺりとこーる?」

「違う、ペトリコールだ」

「ぺとりこーる……お兄ちゃんは物知りだねぇ」

 

 降り注ぐ雨の中、操は物知り博士な兄に疑問を投げかけて知識を埋めていた。

 血染とは身長差があるため、操は全身ずぶ濡れだった。しかし家に着いた時、血染の片方の肩も濡れていたので、操は少しだけ気分が良くなった。

 

「赤黒なのに傘は青!だからお前はクビだ!」

 

 しかしなんの役にも立たなかったボロい傘を、変な理由でクビにしてやった。

 明日朝一番に、ゴミ捨て場に連れて行くと決め、玄関の外に放り投げたのだった。

 

 

「ねえお兄ちゃん」

 

 温かいシャワーを浴びて、古くて硬いけれど清潔なマットレスの上に丸まった。重たい毛布を引き寄せて兄を見上げれば、まだ何か作業をしていた兄は少しだけこちらに振り返る。

 返事はない。だけど視線が合うのが嬉しくて、操は無意識に口角を上げるのだ。

 

「おやすみ」

「……あぁ」

 

 微睡む私の耳が拾ったその言葉に、たった1ミリグラムの幸せを感じて。

 それを両手で大切に包んで、私は夢の中へと旅立つのだ。

 

 学校にも通わず、好きなことすら出来ない子どもを幸せだと思う人は何人いるのだろうか。

 きっと殆どの人が操を見たら眉を顰めて、兄を非難するだろう。彼女は不幸せだと、声を上げるだろう。

 それでも操はこんな朧げな夜が好きだった。冷たい背中に語りかけるのが好きだった。たった1ミリグラムの幸せが愛おしかった。

 

 ──幸せの定義なんて人それぞれだろう?

 ありふれた幸せは、必ずしも全ての人にとっての「しあわせ」とは限らない。 

 だから──。

 

「おいていかないで。必要ないなんて、そんなこと言わないで……お兄ちゃん」

 

 鼻腔をつく血の匂いが、幸せに終わりを告げる。

 望んでいたはずの明日は崩れ落ちて消えていく。

 両手で大切に包んでいたはずの「しあわせ」は、いつの間にか手からこぼれ落ちていた。

 

 

 

 兄がステインとなってからそれなりの月日が経った。

 綻び始めた日々は酷く退屈でつまらないものだった。怪我もしていないのに、果てしなく痛みは流れ続けている。

 目を閉じて朝を待っても、その明日に兄はいない。

 ──そんな日々を何度繰り返したのだろう?もう数えることも億劫で、操は酷く疲れてしまった。

 

 手首の傷口がじくじくと痛みを主張する。

 1000ccのモルヒネをバスタブいっぱいに溜めて飲み干してしまえば、この痛みは麻痺してくれるだろうか。 

 

 見上げると剥き出しのコンクリートを背景に、赤い蝶が舞っていた。

 見て、と誰に自慢するわけでもないのに。私は誰に見てもらいたくてこれを作ったのか。

 誰もいない廃墟で操は一人、無限にも思える時間をただひたすら消費していた。

 

「……雨か」

 

 空を分厚く灰色の雲が覆っていたから、いつか降るとは思っていた。雨は嫌いではない、しかし好きでもなかった。

 ──雨が降ると、思い出すことがある。

 

「ペリト(・・)コール……だったっけ」

 

 降り注ぐ雨は大地を濡らす。辺りはペトリ(・・)コールの独特な匂いが充満している。

 確かその匂いは排気ガスとカビという事を思い出して、操は思わず眉を顰めた。

 

「家に帰らないとなぁ……」

 

 流石に雨が降っている中廃墟で夜を過ごすのは嫌だった。ゴミキングらしく、ゴミだらけのあの家に帰るか、と操は廃墟から飛び出した。

 傘を差さずに歩けば自然と服は水を吸って重くなっていく。操の周りでは色とりどりの花が咲き、人々を雨から守っている。

 ぼんやりとそれを眺めていると、その中に一輪の青い花を見つけ思わず足を止めてしまった。

 

 体を濡らす雨は、循環してあの時と同じはずなのに。操の心はあの時と違って、真っ暗闇で何も見えなかった。

 

 ──ありふれた幸せの定義なんて人それぞれだ。

 私は、お金持ちになりたいとかイケメンと結婚したいとか思わない。ただ──。

 

 

「あの時間が、続けばそれで──」

 

 

 私は今でも兄の影に縋っている。

 あの日の幸せな夢に、飢えている。

 

 

 

 

【間話:1000ccのモルヒネ 了】

 

 

 

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