ステイン妹のヒーローアカデミア   作:苗字ちゃん

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USJ編

 

 雄英高校。

 見上げるほど大きな建物に、一日では到底回りきれない広大な敷地面積。雄英バリアーと呼ばれた絶妙にダサい名前の防壁もあり、セキュリティは万全。

 オールマイトやエンデヴァー、ベストジーニストなどトップヒーローを輩出しているヒーロー科の最先端。

 卒業しただけで活躍が約束されるであろう、夢と希望に満ちあふれた未来のための学び舎。「うちの子、雄英高校に入学したのよね〜」と言うだけでマウントがとれ、嫌味だと思われるくらい全てにおいての最高峰。

 

 そんな雄英高校に入学できた赤黒操(あかぐろみさお)は、初日から絶賛迷子になっていた。

 理由は単純明白、広すぎるから。

 入学前に配られた地図を頼りに辺りを見渡しているけれど、突如現れた街並みには首を傾げるしかない。

 街は静寂に包まれ命の気配は感じられない。誰かが住んでいるというより、訓練のために建てられたのだろう。

 ──そういえば入試の時もこんな街中でロボを破壊したっけなぁ。

 そんなことを思い出しながらのんびり観光していると、突如地面から人が生えてきた。

 ……重要なことなのでもう一度言うが、突如地面から人が生えてきたのだ。

 

「──!?」

「あれ!? こんな所に人がいる!?」

 

 操は驚いて"突然きゅうりを投げられた猫"の様に後方に飛び跳ねた。

 しかし地面から生えてきた人物も驚いたのか、彼は操を見上げ驚きで目を丸くし──驚いていなくても丸い瞳だったが──慌てて地面から飛び出してきた。

 その男は見上げるほど大きく、がっしりとした体付きだった。個性を使わず殴り合えば一撃貰っただけで致命傷を負ってしまうだろう。

 しかし彼はそんな脅威を感じさせず柔らかい雰囲気であった。その雰囲気のまま、自然な笑顔で操を見下ろしている。

 ──制服はヒーロー科。見たことない顔だし、迷子になった一年生ってところかな!

 彼は笑みを浮かべながらも、内心では目の前の人物を観察していた。そして状況を把握し、正解に辿り着いた彼は安心させるよう少しだけ屈んで、自身の後輩となる彼女の顔を覗き込む、が──

 

「あ! 体育祭で全裸になる人だ!」

「そうだけど言い方がまずいね!?」

 

 年上のミリオに対し物応じせず爆弾を投下する操に、コイツは大物の予感がするぞ……と苦笑いをしたのだった。

 

「俺は通形ミリオ!全裸の人じゃなくてこっちで覚えてね!!」

 

 迷子になった。

 そう簡潔に伝えれば、教室まで案内をしてくれると言った全裸の男──今は全裸ではない──通形ミリオと共に、街を抜けて校内を歩いていた。

 自己紹介と他に何か聞きたいことがあったらなんでも聞いてくれ、と言うので教室に着くまでの間は彼と雑談をすることになったのだ。

 自己紹介は大事だとワイプシの面々に言われた私は、この日のためにしっかりと考えていた。ワイプシ曰く「親しみやすさ」が重要らしいので、それをふんだんに盛り込んでいる。

 初披露がクラスメイトではなく先輩というのが少し残念だが、まあいいだろう。彼で掴みを確認することにしよう。

 

「私の名前は赤黒操。 気軽に操ちゃんと呼べ」

「あはは!ユーモアがあっていいね、キミ!」

 

 ──フッ、掴みは上々。

 ミリオの笑顔を見て、操はほくそ笑んだ。この自己紹介はユーモアがあって良いらしい。今後も積極的に使っていこう!

 通形ミリオはコミュニケーション能力が高いので、教室に到着するまで二人の会話が途切れることはなかった。そして懐も深いので、操の偉そうな発言やタメ口にも気を悪くすることなく笑い飛ばす。

 それが良いのか悪いのかはわからないが、とにかく問題なく二人は雑談に花を咲かせていた。

 

「ミリオはヒーロースーツもよく脱いでるのか?」

「好んで脱いでるみたいな言い方やめようか!」

 

 変態予備軍どころか変質者扱いされたミリオは、必死に弁解という名の説明をした。

 彼の個性は透過で、あらゆる物をすり抜けてしまうらしい。扱いが難しく服もすり抜けてしまうため時々全裸になってしまうのだとか。

 だから好きで脱いでいる訳ではないのだと強く言われた。何度も言われた。

 しかしヒーローになって全裸になるのはどう考えても不味い、社会的に死ぬ。そんな事故を防ぐため、彼のスーツは自身の個性因子を含む髪の毛を使った特殊な素材で作っているというのだ。

 故に、透過の個性を使用するとスーツも一緒に透過するため、すり抜けることはないのだとか。

 ──そんなこともできるのか、ととても驚いた。

 個性の研究はまだ進んでいない。人の数だけ個性があるのだ、対応できるわけがない。

 故に、免許がないと個性を使ってはならないのだろう。世の中の秩序と安全を守るために。

 

 ミリオと別れ、私は一人教室の前に立つ。

 正しい社会のため。そんな考えを持つ兄はルールを犯して人を殺している。殺した以上に、たくさんの人の心を深く傷つけている。

 ──これはそれを止めるための第一歩だ。

 深呼吸を一度だけして、それから前を見据えて大きな扉に手をかける。

 扉の先では、何人かのクラスメイトが既に席についていた。そんな彼らの視線を受けながら、操は教室に足を踏み入れる。

 こうして初めての学校生活が幕を開けたのだった。

 

 

「個性把握テストォ!?」

 

 入学式なんて受けている暇はない。

 そう言われた操を含むクラスメイト達は体操着を身に纏い、担任に連れられグラウンドへと集まっていた。

 そこで行われるのは身体能力テストだった。ただし、従来とは違って個性使用可能なもの──故に、個性把握テスト。

 基本学校では個性を使うなと抑えつけられて育ってきたクラスメイト達は口々に「面白そう」だと、さっそく自由に個性を使えるのだと浮き立った。

 しかしそんな楽しそうな雰囲気に一石投じたのは、担任教員だと言うプロヒーローの相澤消太だった。

 ──お前たちはヒーロになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごすつもりでいるのか?と。

 

「よし。トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としよう」

 

 その言葉に、私たちの纏う空気は一瞬にして変化した。口角を上げていたものはそれを下ろし、もしかしたら今日で雄英高校を追放されるかもと考えて冷や汗を流す。そうで無い者も含め皆真剣な表情へと姿を変えていった。

 私はそんな彼らを眺めながら、クラスメイトの中では比較的に落ち着いていた。最下位になるつもりがないので、除籍処分の心配がないのである。

 ──先生の言うことは理解できるな。除籍処分は厳しすぎる気がするが、三年は決して長く無い。このように鼓舞してくれるのは有り難いなぁ。

 

 一人一人顔を見回していると──顔が無い者もいたが──赤と白のおめでたい髪色をした男、背の高いポニーテールの女、イガグリみたいな髪型の男など、数人は私と同じように除籍の心配をしていない者も見受けられる。彼らは自信があるのだろう。

 ──ならばここで個性やその使い方の観察でもしておこうかなぁ。

 操はそう決めて、自分の番が来るまでストレッチをしていたのだった。

 

「プルスウルトラ、全力で乗り越えて来い」

 

 個性把握テストは八種目ある。

 ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50メートル走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈。

 私が気にすべきポイントはこの八種目で血液を使うか否かということだ。

 ──いや、身体能力を上げるために血中成分を操作して効率よく巡らせはするが、そういう事ではなく。自傷するか否かを考えていた。

 左手首には「自傷しないためのおまじない」と称されたレザーバングルが付けられている。

 初日からこれを外して自傷するのは、彼女達四人を悲しませそうで少し抵抗があった。そして彼女たちの顔を思い出して──自傷するのはやめることにした。

 そもそもどの種目も、体外に出た血液を操作したところで伸びるものでは無い。ソフトボール投げは血液をボールに付着させて飛ばすこともできるが、操作の範囲は限られている。

 故に、身体能力を強化させて投げた方が伸びるだろうという結論に至った。

 

 こうして挑んだ個性把握テストの結果は上々で、操はほぼ上位の成績であった。

 それもそのはずで、操が操血の個性により身体能力強化をした場合、個性なしの世界記録と同等、もしくはそれを塗り替えるレベルの身体能力へと変化するのだ。

 常にその数値が出せる訳では無いが、待機時間もあり操作に集中できるこの個性把握テストであれば(・・・)可能である。

 赤血球を増やして酸素やエネルギーを潤沢に回していく。それを脳や筋肉に巡らせることで身体能力全体の強化は可能だが、部分的に集めることで、部分的な強化も可能になる。

 むしろ同年代に比べて異常なほど小さく細い操の身体でそこまで能力が上がるのだ。今後身体が出来上がってくればさらに強くなる、最も伸び代のある部分と言えるだろう。

 

 閑話休題(話が逸れた)

 以上のことから、操は種目によって個性を上手く活かせないクラスメイトの記録を軒並み抜き去っていったのだ。

 五十メートル走をレーザーの男とほぼ同タイムで走ったり、握力で三桁の数値を叩き出したり。特に目立つことはなかったが、全体的にトップ層に食い込んだまま個性把握テストは終了した。

 しかし爆風や大砲でボールを飛ばしたり、エンジンで加速したり、異形型個性故に生まれつき力が強い者には到底及ばない。

 よって、クラスメイトからは"見た目に反映されない地味な増強系個性"だと思われていたのだが、それを操が知ることはなかった。

 

 個性把握テストで目立っていたのは一位の八百万百だろう。

 彼女はボール投げでは大砲、握力では万力、そして持久走ではロードバイクを生み出してみせたのだ。彼女は種目が変わる度にクラスメイトの度肝を抜いていた。私も次は何を生み出すのかとワクワクして見ていた、どんな仕組みの個性なんだろうか。

 

 二位の轟焦凍もよく目立っていた。

 氷を作り出して滑る、なんて一見言葉にすると地味だが純粋に彼自身の身体能力が高かった。しかし握力では装置を丸ごと氷漬けにしていたので、細かい操作は苦手なのかもしれない。氷を溶かしていたことから氷を生み出して操作する個性だろうか?あと単純に赤と白のツートンカラーは目を引くので目立つと思った。

 

 そして三位の爆豪勝己。

 目付きや素行の悪さは早くもクラスメイト全員に知れ渡っていただろうが、彼はそれだけではないのだとこのテストで知らしめてみせた。爆破という個性の威力調節も出来ていたし、爆風を上手く使いこなしていた。そして轟と同じく身体能力そのものが高かった。ちゃんと鍛えていることが窺える。

 

 最後に──緑谷出久。

 彼はずっと個性を使ってこなかった。しかし舐めてかかっているのではない。

 何故ならばその表情に浮かぶのは焦りの感情だったから。彼はほとんどの種目において結果を出せていないことから、この個性把握テストでは最下位が濃厚だった。

 しかしソフトボール投げにて、何故個性を使わなかったのかが判明する。彼は個性を使わなかったのではなく、使えなかったのだ。

 体を破壊するレベルの高火力増強系個性だろうか。個性と体が合わないなんて事はたまに聞く話だが、彼のそれは常軌を逸したものであった。

 故に、私は個性把握テストが終わり下校する際彼に声をかけることにした。

 

「やぁ、指大丈夫か?」

「え!え、ええと女子!?」

「え? 男に見えた?」

「見えません!!」

 

 ──変なやつだなぁ。

 緑谷出久は目をぐるぐると忙しなく移動させ、両手を体の前で振って全力で否定している。折れていたはずの彼の指はすっかり元通りだった。雄英高校のパンフレットに載っていた、珍しい治癒個性持ちの教員が治したのだろう。

 そんなことを考えているとクラスメイトである眼鏡の男と、ソフトボール投げで脅威の無限を叩き出した女子も合流し一気に賑やかになった。どうやら三人は既に顔見知りらしい。

 

「えっと……赤黒操ちゃんと飯田天哉くんに、緑谷デクくん……だよね?」

「デク!?」

出久(いずく)じゃなかったか?」

「あれ? でもテストの時爆豪って人がそう呼んでなかった?」

 

 悪意のない麗日に、緑谷は「デクとは爆豪がバカにして付けたもの」なのだと恥ずかしそうに説明をしている。それを聞いた三者の反応は別々だった。

 操は「木偶の棒」から来ているのかな?と呑気に考えていた。無個性だったことを知らない故に、その意味の深さにも気付かないのである。

 飯田は「蔑称か」と眉間に皺を寄せ、爆豪のことをよく思っていなそうだった。

 そして麗日は──「デクって頑張れって感じで、響きが好きだ!」と曇りのない笑顔で思ったことを告げていた。

 

「デクです!」

「緑谷くん!?それで良いのか、蔑称なんだぞ!?」

 

 麗日の言葉に、緑谷は顔を真っ赤にして固まっていた。飯田の正論が飛んでいるが全く聞こえていなそうである。

 

「本人が良いならいいんじゃないか?」

「そうかもしれないが……いや、いいのか?」

「じゃあ私はデクくんって呼ぶね!」

「う、うん!」

「くっ……やはり俺は緑谷君と呼ばせてもらおう!」

 

 頑張れって感じの「デク」と呼ぶ麗日に、やっぱり蔑称を呼びづらく思った飯田。

 そんな三人を眺めていると二人の目線がこちらに向いたので、私は少しだけ考える素振りをしてから口を開いた。

 

「お茶子に、飯田に、出久と呼ぼうかな。私のことは気軽に操ちゃんと呼べ」

「何故命令口調!?」

「な、なななな名前!?」

「なんで飯田くんは苗字で、デクくんは名前なん?」

「呼びやすさの関係かな。緑谷は苗字より名前の方が文字数が少ない」

「文字数」

「うん、文字数」

 

 特に深い理由はない。

 納得したのか、さほど気にしなかったのか、お茶子はパッと顔を明るくさせて「私は操ちゃんって呼ぶね!」と両手を合わせて笑っていた。その間飯田は真っ赤になって動かなくなった緑谷の心配をしていた。

 

「そういえば出久に聞きたいことがあるんだけど」

「な、なななんですか!?えっと、あの、み、みさ、赤黒さん!!」

「その壊れたラジオみたいな話し方どうにかなんないの? 叩けば直る?」

 

 私が緑谷の肩を殴るフリをすれば飯田がすぐさま「赤黒くん!暴力はよくないぞ!」と声を上げた。仕方ないので素振りだけで済ませてやった、感謝しろ。

 しかし話がいつまで経っても進まないので、さっさと本題に入ることにする。

 

「出久の個性の話なんだけどさ。そんなリスク抱えた個性ならヒーローをやめるか、別の戦い方考えた方が賢明だと思ったんだけど」

 

 何故こんなことを言うのかというと、個性によって体が破壊される、なんて今後ヒーローをやっていく上では致命傷であるからだ。

 近くで見ればわかるが、彼は多少なりとも体を鍛えている。それでも骨折するということは、鍛えれば良いという個性ではないのかもしれない。

 しかし人を救う度に負傷していくヒーローなんて見ていられないだろう。助けてもらう側としてもそんな骨折ヒーローより、丈夫なヒーローの方が安心するはずだ。

 ──それに出久にも、出久を心配してくれる誰かがきっといるはずだ。

 人を助ける度に怪我をして身近な人を悲しませるのは、ヒーローとしてよくないのではないかと思ったのだ。

 これはあくまで私の考えだけれどね。そう思いながら、私は無意識にそっと左手のバングルに触れた。

 

「個性を使うたび何処かしら折ってたんじゃ、ろくに訓練も出来なくないか? これからどうすんの?」

「えっと、その実は……この個性は最近発覚したもので……」

「──最近?」

「そ、そう。えっと、一年くらい前に……」

「フーン……」

 

 何やら考え込む操に、緑谷は嘘をついた事からバクバクと騒ぎ出す心臓を押さえつけていたのだが、彼女は驚いているだけで不審には思っていないようだった。それに少しだけ安心する。

 

「じゃあ今の出久は子どもの頃みたいな、個性が発現したばかりの状態ってことか」

「個性発現したときって、扱いが難しくてめっちゃ酔った記憶あるなぁ……」

「俺も曲がることが出来ずによく壁に激突していたな」

 

 私が個性を使いはじめた頃は、スタンダールによってボコボコにされていた時だった。

 ナイフで傷付けられ、それを舐められる前に血を操作して回避しようとしても、集中しなくては操作できなかったので、そのせいで隙が生まれて蹴り飛ばされていたっけ……。

 ──私はサッカーボールじゃないんだよ!と蹴り飛ばされながら何回もキレたっけなぁ。

 そんな遠い過去を思い出して、すぐに胸の奥へと仕舞い込んだ。

 

「じゃあ一年、もしくは一年半死に物狂いで訓練しないとね」

「し、死に物狂いで?」

「そう、死に物狂いで」

 

 緑谷の個性がその状態だというのなら、何度か折ることで耐性が付くという感じだろうか?

 そうでないにしろ、ヒーローになるまでに壊れない様にしなければいけない。それが出来ないと、彼はヒーローにはなれないだろう。

 

「だってさ、助けにきてくれたヒーローが怪我してたら全然安心できなくない? むしろ不安が倍増するって」

「まあ、それは……」 

「確かに一理あるな」

「ウッ……」

「ヒーロー免許を取るのは二年生の夏だろう? だったらそれまでに何とかしないとな」

 

 そう言えば緑谷は俯き「一年半……」と治った指を眺めて呟いている。

 私はそんな緑谷の前に立ち塞がり、顔を覗き込んだ。不安そうに揺れる瞳を、まっすぐと見つめる。

 

「ヒーローになれば個性が遅れて発現したとか関係ないよ。ヴィランは止まってくれないし、被害者にとってヒーローはヒーローだからね。

 ──期待だけさせて"やっぱり助けられませんでした"なんて、ならないようにな?」

「は、はひ……」

「操ちゃん目がマジだ……」

 

 言いたいことは言えたので、私は緑谷から目線を外し、立ち止まっていた足を動かした。そんな操に合わせて立ち止まっていた三人も歩みを進める。

 ──手を怪我してしまったら、差し伸べられた手を取れない。そんなの悲しいだろう?

 夕陽が四人を照らし、影が地面に黒く伸びている。一つ大きな影をぼんやりと眺めて、ふと思っていたことを口に出した。

 

「ところで飯田、前に私と会ったことあるか?」

「え?……いや、記憶の限りないと思うが」

「そっか〜、なんか会ったことあると思ったんだけどなぁ」

「操ちゃんそれなんかナンパみたいだ」

「ナンパぁ?」

「揶揄うのはよさないか麗日くん!」

「フフン、ナンパしてやったぞ。感謝しろ?」

「だから何で君は偉そうなんだ!?」

 

 楽しそうに笑う二人につられて操も笑った。ため息をついた飯田はそんな三人に呆れつつも口角は上がっていた。

 同い年と過ごす日々は初めてだけれど、これからの数年間は少しでも楽しくなれば良いと、今日一日を過ごしてそう思ったのだ。

 

 

 次の日。

 本格的に授業が始まった、とはいっても六十分の授業を六回または七回しかやらないので「こんなものか」と少しだけ拍子抜けをしてしまった。今までの勉強時間が普通じゃなかったのだと思い知った。

 授業の進むスピードも驚くほど遅く、問題を解き終わっても時間が余っている為、何度も問題を解き直して答えを確認してしまった。

 指名された人が黒板に解答を書き込み、答えが合っているか確認するシステムも斬新で面白かった。

 わからない所を「先生ここ分かりません!」と聞けば「素直でよろしい!」と詳しく解説してくれた。

 ただ、集団授業で一人のペースに合わせると全体的に遅れが生じるため、今後は授業後に聞こうと思った。反省点である。フフ、こうして私は昨日の私より成長していく……。

 

 そうしてやってきた昼休み。

 私は後ろの席の芦戸三奈と、顔の無いクラスメイトである葉隠透と共に学食へ来ていた。

 なぜこの二人なのかというと──昼休みのチャイムが鳴ったと同時に、ちょんと肩をつつかれたのだ。操が振り返ると、真っ黒な瞳と視線が合わさる。

 

「私芦戸三奈!よかったら一緒にご飯食べよ!」

 

 ニッと人の良さそうな笑みを浮かべた彼女と共に教室を出ようとすれば「私も〜!」と駆け寄ってきたのが透明人間である葉隠透であった。故に、この三人で昼食をとることになったのだ。

 食堂は活気付きとても混み合っていた。誰もが食事をしているためか、食堂内の空気は食べ物の匂いが充満していてそれだけで食欲を唆る。

 厨房ではプロヒーローランチラッシュと、その補佐であろうサイドキック達が忙しなく動き回っていた。

 私たち三人は初めて見る光景に視線を左右へ走らせながらも、食券を購入しようと足速に列へ並んだのだった。

 

「カレー、オムライス、蕎麦、うどん、ラーメン、親子丼、ハンバーグ定食、白身フライ定食……選べるご飯が……こんなにいっぱい……!」

「めっちゃ迷うね〜!どれも美味しそう〜!」

「これから毎日来るんだし順番に食べるのもアリだよね!」

「いいね!食べ尽くそ!」

 

 全身ピンクと透明人間がいるからか、操たち三人は控えめにいっても目立っていた。

 個性による身体の変化は当たり前の時代であっても、ここまで目に見えて変化しているのは珍しいらしい。

 葉隠なんて気付かれずよく人にぶつかっていた。体はともかく、頭の位置は分かりづらいので仕方ないとはいえ難儀な個性である。

 しかし、今はそんなこと重要ではない。

 お盆に温かい食事を乗せた人々が横を通り過ぎるたび、目で追ってゴクリと唾を飲み込んでしまうのだ。

 

「順番に食べる……?日替わり定食があるんだから、全てを食べることは実質不可能では……?」

「ハッ 日替わり定食の存在忘れてた!」

「ど、どうしよう〜!これじゃ全食制覇できないよ〜!!」

 

 過去の経験からかわりと食い意地の張っている操と、なにかとノリのいい女子高生である芦戸と葉隠は真剣に悩んでいた。

 ──どうやったら学食を全部制覇できるのかを。

 日替わり定食という思わぬ伏兵に、彼女たちは今日の昼食すら決めかねる状況となっていた。実に平和な悩みであった。

 

「──閃いた!毎日誰かが日替わり定食頼んでさ、みんなでシェアすれば制覇できるんじゃない!?」

「三奈、お前……頭がいいな!」

「いいね〜!みんなでシェアしよ〜!」

 

 ワッと盛り上がる彼女たち三人の後ろに並んでいた上級生は「好きなもの食えよ」と思っていたのだが、三人には知らぬことである。

 くだらないことを真剣に悩み、考えることは学生の醍醐味ともいえるだろう。

 そんなこんなで温かい食事にありつけた三人は、学食制覇の小さな夢を目指しつつ、早くも明日の食事を何にするか話し合っていたのだった。

 

 

 

「私が普通にドアから来た!!」

 

 そんな平和な昼食が終わって、次に始まるのはバトルの時間。ヒーロー基礎学の授業である。

 担当教員がオールマイトということもあり生徒たちの士気は上がり、初めて見た実物のオールマイトに瞳を輝かせていた。

 

 雄英高校ヒーロー科ではヒーローになった時のために個性を用いたバトル訓練、個性なしの格闘訓練、救助訓練など、経験を補う訓練を授業の一環として行っている。

 そのため各自要望を出したヒーロースーツを身に纏い、この三年間でスーツやサポートアイテムを改良しつつヒーローになっていくのだ。

 自分だけのスーツをお披露目し、クラスメイトたちは何処となく浮き立っている。

 しかし個性故か性格故か、露出が高かったり──葉隠に至っては脱いでいる──憧れのヒーローのスーツに似ていたりと、見ているだけで面白かった。紅白ヘアーの男子は紅が消えて白単色になっている。目からビームが出てきそうなスーツだと思った。

 

 こうして全体的にフワフワとした気持ちの中始まったはじめてのバトル訓練。

 内容は至ってシンプルで、ヒーローチームとヴィランチームに分かれ二対二で戦うということだった。

 ヒーローチームはヴィランチームが隠した核兵器に触れるかヴィランを捕獲すれば勝利となり、ヴィランチームはヒーローチームを捕獲するか制限時間まで核を守りきれば勝利となる。

 ──ヒーローの方が多少有利かもしれないが、最終的には個性の相性次第だろうなぁ。

 と、操は説明を聞きながら考えていた。

 例えば葉隠がヒーローチームになり、ヴィランチームに索敵が得意な個性持ちがいなければヒーローチームは優位に傾くだろう。しかし索敵個性持ちがいた時点で一気に不利になる。

 葉隠はスーツやサポートアイテムを身につけていない事から「バレない事」以外のカードがなく、居場所がバレた時点で役割がなくなってしまうからだ。

 故に重要なのはヒーローチームになるかヴィランチームになるかという事ではなく、誰と組み、誰が相手になるという事だと思った。

 

 ──やるからには勝ちたい、誰もがそう思うだろう。

 そんな命運を分けるくじ引きの結果、操は砂藤力道という男とペアを組み、ヒーローチームに割り振られる事となった。

 対するヴィランチームのメンバーは切島鋭児郎と瀬呂範太という男子であった。

 

「マジかー!やるからにはヒーローチームが良かったぜ!」

「わかる、俺たちヒーロー科だしなぁ」

 

 ──うん、相手は深く考えていなそうだ。

 私はヴィランチームの二人をこっそり観察しつつ、近付いてきた砂藤と共に先に始まったバトル訓練を眺めることにした。

 

 第一試合

 ヒーローチームの緑谷と麗日に対し、ヴィランチームは爆豪と飯田が割り振られた。

 初めての訓練ということもあり、今後の訓練の空気は彼らが作ることになる重要な場面だが──控えめに言って最悪だった。

 八百万の評価の通りだが、爆豪の独断と私怨による攻撃が何よりも酷かった。実力がある故に敵も無視できず、彼に立ちはだかった緑谷も腕をぶっ壊し、二人で屋内を破壊しまくっていた。

 麗日も笑って吹き出したり核に向かって瓦礫を打ち込んだりと、訓練をめちゃくちゃ荒らしたとんでもない試合になっていた。

 

 第二試合

 ヒーローチームである轟と障子に対し、ヴィランチームは葉隠と尾白が割り振られる。

 ──透はヴィランチームだったか、まあヒーロー側の個性によっては優位に立ち回れるかなぁ。

 と、思っていたのだが。

 思っていた以上に紅白ヘアーである轟焦凍の個性がヤバかった。彼は三人に個性を使わせるまでもなく、自身の個性"氷結"でビルを凍らせ、ヴィランチームを完封してしまったのだ。

 操の個性なら足が封じられても戦えはするが、全身を凍らされたら意味はない。

 ──とんでもないのがクラスメイトにいるなぁ、と。寒さで震える葉隠に上着をかけてやりながら、自分だったらどうするかを考えていた。

 

 そして第三試合。

 オールマイトに名前を呼ばれ、操達の訓練の順番が回ってきた。

 地下モニター室から四人で抜け出して、ヒーローチームである操たちは外で待機。ヴィランチームである男子二人はビルの中へと入っていった。

 五分後にヒーローチームが潜入することから、五分間は作戦会議をすることが出来る。

 ──ならばこの五分、一秒たりとも無駄にしてはならない。

 

「私の名前は赤黒操、気軽に操ちゃんと呼べ。ついでに個性は"操血"で血液を操ることが出来る。お前の個性は?」

「増強系の個性じゃないのか!?」

 

 ──私って増強系だと思われているの!?

 操の勢いしかない自己紹介と個性の説明に驚く砂藤だったが、操も増強系だと思われていたことに驚いていた。

 ──そういえば個性把握テストでは血を操っていなかったな、と思い出す。

 なのでそう思われても仕方がなかった。握力で三桁を叩き出して「ゴリラ!」って言われていたしな。

 

「すまねぇ、俺は砂藤力道だ。個性は"シュガードープ"」

 

 シュガードープ──糖分10gの摂取につき、三分間だけ通常時の五倍の身体能力を発揮する個性。

 戦闘中に糖分をどう補給するのか疑問だが、それさえしっかり出来れば使いやすい個性だろう。砂藤元々の身体能力の高さ……というより、ガタイのよさから攻撃力は相当なものになると窺える。

 デメリットとして戦闘中に時間をしっかり把握しておかなきゃならない事と、糖分が尽きた時、またはキャパオーバーして脳機能がダウンすると一気に使い物にならなくなる所だろうか。

 

「ならば糖分を食べる時間は自分で考えられるな? 自分で上手く調整するんだぞ?」

「お、おう」

「よし、では相手の個性についてお互いわかる事を話そうか」

 

 ──なんかコイツ偉そうだな。

 と砂藤は思ったが、見下しているような雰囲気は感じられず、至って真面目そうに見えるためその思いは口にしなかった。偉いぞ。

 

「赤黒は二人の個性を知ってるか?」

「あの黒髪のヒョロイ方は紐みたいなのを伸ばしてたな。もう一人は知らない」

「瀬呂な、紐じゃなくてテープって言ってたぜ」

「セロテープなのか……?」

「切島は硬化って言ってたっけな」

 

 瀬呂の個性はテープ──個性が発覚してから名字を変えたのか、瀬呂という名字だからセロテープなのか。気になる所なので、今度聞いてみることにしよう。

 そんなことより、相手の個性はテープと硬化だということがわかった。これは大きな収穫だろう。

 

「んー……二人で核を防衛か、それとも片方は前に出てくるかなぁ」

 

 核兵器は瀬呂のテープで覆ってしまえば迂闊には触れられないだろう。

 瀬呂が自分の個性に自信を持っているなら核兵器を置いて前に出てくるかもしれないし、警戒しているなら核兵器の前にいるかもしれない。

 

「どちらにしろ瀬呂は私の敵じゃない」

 

 伸ばす、貼り付ける、くっつく以外にも使い道はあるかもしれないがあの速度ならまず捕まらないし、テープを切る手段もある。肉弾戦になっても負ける気はしない。

 切島は尾白と葉隠チームのように核兵器の前で防衛するか、爆豪のように飛び出してくるかは読めない。

 そして硬化の個性がどこまで硬いのかわからない以上、確保テープを巻くことなら出来るだろうが倒すのは難しいかもしれない。

 

「俺は力に自信あるから切島を相手にするぜ!」

「それがいいだろうな。じゃあ、私が瀬呂の相手をしよう」

 

 砂藤が個性を使えば私の力より強くなることは明白である為「硬化しないで攻撃を食らったらヤバい」と思わせることもできるだろう。

 核兵器は見つけた方が触る形で、相手がどう動こうがなるべく一対一に持ち込み各個撃破をする。

 実にシンプルな作戦を立て五分が過ぎ、私たちはビルの中へと潜入した。

 

「前には進ませねぇよ!!」

 

 潜入して一つ階段を登った廊下で立ち塞がるのは切島鋭児郎──硬化の個性を持つ男だった。近くに瀬呂がいない事から、彼は核兵器の前で防衛に徹しているのだろう。

 ──ならば私はここで足止めを食らっている場合ではない。

 即座に状況を理解した私は切島の言葉に足を止める事なく、むしろ走り出して正面から彼に突っ込んでいく。

 「お、おい!」砂藤の声が背後から聞こえたが構わずに懐からナイフを取り出して、切島の顔面目掛けて勢いよく投げた。

 

「っぶね!?」

 

 思わず腕を顔の前でクロスし、硬化を発動してガードする切島。

 ──予想通りの動きだ。

 ナイフを注視し操から視線が外れたのを良いことに、操は個性で身体能力を強化して切島の真横を通り抜けた。

 

「あっ!?」

「じゃ、砂藤。そっちは頼んだぞ」

 

 砂藤に手を振れば、彼はサムズアップをして「任せろ!」と笑う。それを横目で確認し、私は階段を数段飛ばして駆け上がった。

 核兵器をどこに隠したか悟られないようにするためか、部屋の扉は全て閉まっている。

 全ての扉を開けて中を確認してもいいが、私は敢えて一番狭い部屋を選んで、その扉を開けた。

 ──理由は単純。私の個性がテープなら、勢いよく突っ込んできたヒーローを絡めとる為に部屋中にテープを張り巡らせたいから。ならば広い部屋より狭い部屋だ。

 だから扉を開けても突っ込まず、私は斜め後ろに一歩下がった。

 その横を、一枚のテープが通り過ぎていった。

 

「惜しい、当たんなかったか〜」

 

 想像通り、彼のいる部屋は入り口から核兵器の周り、そして窓までもがテープで封じられていて外からの侵入者を絡めとるような構造になっていた。

 テープを出せる張本人が部屋の中央にいる事から、赤外線センサーを避けるように部屋に侵入しても意味はないだろう。

 彼は肘から伸びたセロテープを巻き上げて回収し、ニヒルに笑う。

 

「赤黒だっけ?」

 

 テープに守られた部屋の中央で、ヒーローがどうやって自分を捉え、核を回収するのか高みの見物でもするつもりでいるのだろう。

 自分の個性に自信があるから。砂藤と私の個性は──ただの増強系だと思っているから。

 

「お前にこの包囲網が突破でき──うぉぉ!?」

 

 制限時間もあるので格好良く決めている所申し訳ないが、テープの隙間からナイフを投げたら彼は慌てて避けていた。

 ──喋っている途中? 知るか、そんなの待つヒーローがいるわけないじゃん。

 

「なぁんだ、切れるじゃないか」

 

 瀬呂が避けた事により核兵器を守っていたテープの一部が切れ、役目を終えたナイフは音を立てて地面に落ちる。「は?ナイフ!?」という声が聞こえたので、にっこりと笑みを返しておく。

 私は懐からナイフを一本、二本、三本と次々に取り出しては宙に浮かせていく(・・・・・・)

 そして宙に浮く計十本のナイフは即座に入り口のテープを切り裂き、私はコツコツと靴音を慣らして部屋に入った。

 

「……マジ?」

「さあ瀬呂よ、お前はこのナイフの追撃から逃れられるかな?」

 

 迫り来るナイフに視線を走らせて冷や汗を流す瀬呂を目掛けて、十本のナイフは容赦なく飛んでいく。

 ──フッ、かっこよく決まったな。

 

『ヒーローチームWIN!!』

 

 ナイフで瀬呂を脅かしてからは簡単だった。

 核兵器を守るテープも新たに迫り来るテープもナイフで切り裂き、隙だらけの本体を操がぶん殴る、それだけ。

 腹部を押さえて踞る瀬呂に近付き、個性を使われぬよう発射口を地面に押し付けて捕獲テープを腕に巻く。

 そして悠々と歩きながら核兵器に触れば、耳元の無線からオールマイトによる勝利コールが響き渡ったのだった。

 

「くっそー!負けた!」

「あれは女の力じゃねえって……!」

 

「やったな赤黒!俺たち勝ったぞ!」

「!?」

「……? 何してんだ?」

「……それはこっちの台詞なんだが?」

 

 突然腕を振り上げた砂藤に驚き身を引いてしまったが、砂藤は手のひらを此方に向けて肩の位置で固定したまま動かしそうにない。

 首を傾げる砂藤に、一瞬殴られるのかと思って飛び退いた操。そんな二人を見ていた切島が、閃いたように声を上げた。

 

「ハイタッチだろ? いいよなぁ〜俺も初訓練勝ちたかったぜ!」

 

 ──あぁ、勝利のハイタッチというやつか。

 この世界で生まれてから一度も体験したことのないそれに、操はドキドキしながらも砂藤の手の平に自身のそれを合わせて、お互い軽い力で叩き合う。

 

「改めて──よくやった、褒めてやろう」

「ずっと思ってたんだけどよ、なんでお前そんなに偉そうなんだ?」

 

 パチンと、乾いた勝利の音が部屋に響く。

 こうして初のバトル訓練は、勝利という結果で幕を下ろしたのだった。

 

 

 

「操ちゃんって増強系の個性じゃないの!?」

 

 放課後。

 訓練の反省会をしようという事になり、それといって放課後の予定がない操は教室に残る事にした。この場にいないのは、コミュニケーション能力に問題のある爆豪と轟の二人だけである。

 そんな中第一試合から全員で意見を交わし、第三試合の操達の番になったところで「増強系の個性じゃないの?」と葉隠にそう問われたのだ。

 

「ナイフ浮かせてたよな?超能力的な?」

「いやでもあのパンチと握力は女じゃねぇって……増強系と超能力二つ持ってるとか?」

 

 ワクワクという効果音が背後に見えそうなくらい興味津々なクラスメイト達に、私は自身の個性"操血"について簡単に説明した。

 増強系ではなく血液という事に驚かれたが「いや、でも血液に含まれている酸素やエネルギーを操作できるとしたら?それが操作できるなら赤黒さんの力の強さにも説明がつくし、デメリットはあるけれどいろいろな事に応用が利く個性──」と一人淡々と喋り出す緑谷に全員でドン引きをしていた。

 

「え?でもナイフは?」

「ナイフに血液を付着させて操った」

「なんでもありかよ!」

「んー……でも重いものは無理かなぁ」

 

 ──今の所は(・・・・)だけどね。

 内心そう付け足しておきながらも、今はそう答えた。いつかでっかい船を空に浮かばせて、広大な空を悠々と泳いでやると決めているのだ。

 

「そういえば出久、壊すような使い方をすると癖になるからやめたほうがいい。制限時間や核の回収がなければ、あの試合お前たちは負けていたからな?」

「ウッ……善処シマス……」

「え、何、赤黒って緑谷のこと名前で呼んでんの?」

「爆豪と一緒で幼馴染的な?」

「いや、文字数の関係だな」

「「「文字数」」」

 

 緑谷の腕を指差してチクチクと心を突いていれば、数人のクラスメイトによって囲まれる。

 ブドウ頭の男子の目付きがバキバキに決まっていて、それに睨まれている緑谷は酷く当惑していた。

 

「オレ、上鳴電気!」

「電気か。 私は赤黒操、気軽に操ちゃんと呼べ」

「だからなんでキミは命令口調なんだ!?」

「キャラ濃いわね操ちゃん」

「女子に名前で呼ばれるチャンス! オイ赤黒ォ! オイラの名前は峰田実だ!」

「峰田か、私のことは赤黒でいいぞ」

「なんでだよ!?」

「名字も名前も三文字だからじゃね?」

「なぁなぁ、俺、瀬呂範太」

「お前は瀬呂」

「知ってた」

「蛙吹梅雨よ、梅雨ちゃんと呼んで」

「わかった、梅雨ちゃん」

「それはいいんだ……」

 

 そんな流れから反省会は自己紹介へシフトし、和気藹々とした放課後の教室。

 何人かがスマホを取り出して連絡先を交換し始めれば、全員で交換しようという流れになった。それをぼんやりと眺めていた操の元にも、上鳴がスマホを片手にやってくる。

 

「赤黒、LiNE交換しようぜ!」

「悪いけどスマホ持ってくるの忘れた」

「ナチュラルに断られた……」

「いや、ほんとに持ってないんだ。三日くらい触ってないから電源入ってないかも」

「え、本当に高校生?」

「スマホは携帯しろ?」

 

 遠回しに拒絶しているわけではなく、本当にスマホを持っていていない私は教室内でとても浮いていた。「マジで言ってんの?」と現在進行形であり得ない物を見る目で見られている。

 雄英高校に入学する前、ヴィランの家族を支援する会の会長からスマホを買ってもらったが、スマホを持っていない事に慣れすぎていて携帯していなかったのだ。

 ──連絡しろと言っていたワイプシ、度々連絡をくれるヴィランの家族を支援する会の人たちに怒られるだろうなぁ。

 そう思いながらも、スマホがなくてもやってこれた今までの環境のせいでどうも荷物のように感じてしまうのだ。

 ──明日は持ってきてね!約束だよ?

 しかし、そうやって連絡先を交換したいと思ってくれるクラスメイトの気持ちを無碍に出来ず、私は頭の中でスマホがどこにあるのか部屋を捜索するのだった。

 

 次の日、冷たくなったスマホを持ってきた操に何人かが「昨日の話マジだったんだ」と思ったのだとか。

 上鳴が充電したおかげでスマホは息を吹き返し、芦戸や葉隠に教わりながら操はLiNEをインストールしたのだった。

 その手つきは覚束なく、フリック入力が出来ずに画面を何度もタッチしている。

 

「赤黒操作遅え!」

「本当に今を煌めく高校生なのかい?」

 

 そんな言葉を言われつつも、面倒見の良いクラスメイト達に教わって徐々にスマホを使いこなすようになるのだが──それは別の時に語るとしよう。

 

 

 

 雄英高校に入学し、数日経った日のことだった。

 学校に近付くにつれ辺りが騒々しくなり、校門前には多くの人が詰め寄せている事に気が付いた。彼らはどこからどう見ても生徒ではなく、マイクやカメラなど機材を持っている者が多く見受けられるので──マスコミだろうか?

 雄英高校生の制服を見分けているのか、ヒーロー科の生徒を中心にマイクを向けてインタビューをしているように見える。

 何のインタビューかはわからないが、操の足は動きを止めてしまって何故かその場から動かせずにいた。

 ──マスコミが、私とステインの関係について知っていたら?と思ってしまったのだ。

 それの何がいけないのか、どうして足が動かないのか考えてみる事にする。

 

 私は元々バレる覚悟でこの高校にやってきた。兄に気付いて欲しくて、ヒーローになるのだと知って欲しくてここにいる。

 けれど入学する前から薄々感じていた"バレた時に周りがどんな反応をするのか"という恐怖が、思った以上に色濃く心を渦巻いることに気がついた。

 笑顔を向けてくれるクラスメイト達が、ゴミを見るような目で見下してきたら?──そんなことを考えてしまって、足が地面に縫い付けられたように動かない。

 ──私は友を、今の環境を失うのが怖いと思っているのかもしれない。

 自分の気持ちに気がついて、思わず鼻で笑ってしまった。兄はこの間にも、たくさんの人から幸せや未来を奪っているというのに、自己保身に走るだなんて。

 本当に身勝手で自己中心的で、そんな自分が嫌になる。

 

「赤黒」

「……あれ、先生だ。おはよ〜」

「おはよう。こんな所で突っ立っていたら遅刻するぞ」

 

 考え事をして立ち止まっていた操の前にいつの間にか立っていたのは、担任の相澤消太だった。

 操はすぐに取ってつけたような笑みを浮かべて、彼に軽く手を振る。

 

「そうだけどさぁ〜、アレどうにかならないの? 超迷惑なんだけど」

「……全くだな」

 

 マスコミを指差して眉を顰めて見せると、彼はため息をついた後静かに私を見下ろした。

 ──俺について来い、と。

 その言葉を添えて、そして操の返事を待たずに彼は歩き出す。慌ててその背中を追えば、彼はマスコミを適当にあしらいつつも操の背中を押しやって校舎の中へと押し込んだ。

 その行動に思わず振り返るけれど、彼はこちらに背を向けたまま手だけ追い払うような仕草をしている。

 ──ここは俺に任せて先に行けってか?

 狙っているのか否かはわからないが、相澤の背に隠されていたおかげで操の姿はあまり注視されなかっただろう。

 その事実に気が付いて少しだけ驚きつつも、一歩踏み出せない私は逃げるように身を翻して、ろくに礼も言わず足速に教室へ向かったのだった。

 

『あなたは一人じゃない、それだけは忘れないで』

 

 彼女達の言葉を思い出しながら。

 ──あんないいヒーローがそう簡単に転がっているもんか、と自分に言い聞かせた。

 ヒーローを信頼するな、期待するな。そう自分に言い聞かせないと、後で心をズタズタに切り裂かれるから。

 出会ったばかりのヒーローを手放しで信じる勇気を、操はまだ持ち合わせていなかった。

 

 

 

「今日は君らに学級委員を決めてもらう」

「学校っぽいの来たー!!」

 

 そんなマスコミ騒動で精神的に疲れていても、時は止まることなく流れていく。

 私は心に渦巻いた一種の恐怖をどう克服するかを考えながらも、一日一日を大切に過ごしていかなければならない。

 ──だからこの話はひとまずここで終わり。

 周りに気づかれないように深く息を吐いて、気持ちを切り替えた。どうやら周りは盛り上がっていて、操を気にかける様子はなかったので安心した。

 クラスメイト達は皆学級委員になりたいとこぞって手を上げている。学級委員とは懐かしい響きだが、雑用係のようなものだと記憶している。何故みんなやりたがっているのだろうか?

 その答えを求めるべく、私は後ろの席の芦戸に聞いてみる事にした。

 

「学級委員になると何かあるの?」

「内申点貰えるじゃん!」

「えぇ……興味な……」

「なんで!?クラスの代表だよ!? 実質雄英ヒーロー科のトップみたいなもんじゃん!」

 

 芦戸は両手の拳に力を入れて力説しているが、操の心には響かなかった。

 面倒だなぁという気持ちの方が優っていたのである。

 

「じゃあ操ちゃんは私を推薦して!」

「は!? 芦戸ズルい! 赤黒、俺を推薦してくれ!」

「いや俺に!」

「操ちゃん私も推薦してほしい〜!!」

「──フフン、推薦して欲しかろう? それにしては、人に頼む態度がなってないんじゃぁないか?」

「なんか調子に乗りはじめたぞ」

「くっ……トップになるにはプライドを捨てて土下座をすべきか……!」

「そんな簡単にプライド捨てるなよ!」

「静粛にしたまえ!!」

 

 収拾がつかない教室内に、一段と大きな声が響き渡る。思わずそちらに視線を向けると、そこには片手を真っ直ぐ天井へ伸ばした飯田の姿があった。

 お手本のような、見事な挙手である。

 

「多を牽引する責任重大な仕事だぞ……!やりたい者がなれるモノではないだろう!周囲からの信頼あってこそ務まる聖務……!

 民主主義に乗っ取り真のリーダーはみんなで決めるというのなら──これは投票で決めるべき議案!!」

 

「そびえ立ってんじゃねーか!何故発案した!?」

 

 投票で決めるべきだといいつつも切島の言う通りで、飯田はなんだかんだいって学級委員になりたいのか挙手をしている。素直なのか真面目なのか、面白い奴である。

 自身の地位より全員が納得のいく選択肢を提案する──そういうのは嫌いじゃない。

 

「日も浅いのに信頼もクソもないわ飯田ちゃん」

「そんなんみんな自分に入れらぁ!」

「だからこそここで複数票を獲った者こそが真にふさわしい人間という事にならないか!? どうでしょう先生!」

「時間内に決めりゃ何でもいいよ」

 

 面倒なのかどうでも良いのか、無責任にも寝袋に入って目を閉じた担任を放置して、私たちはお互い顔を見合わせる。

 実質的なリーダーがいない中、私たちはリーダーの座をかけて学級委員を決めることになった。とりあえず多数決を取るために八百万が投票用紙を作って全員に配りだす。

 多数決とはいっても、殆どの人間が自分に投票するのだ。自身への投票を放棄した操がキーマンになることは変わりない。

 故に操には懇願の視線が多々向けられていた。──一つだけ鋭いものも混ざっていたが。

 

「オイ! テメェ俺以外に入れたら許さねぇからな!」

「うるさい、イガグリ!」

「アァ!? イガ……ハァ!?」

「(かっちゃんがイガグリって言われている!?)」

 

 遠くの席から鋭い視線を向けられるが、目つきの悪さナンバーワンの兄と十年共にしてきた操からすると、爆豪の目付きなど可愛いものであった。

 操は既に誰に入れるか決めている。誰に土下座されようと靴を舐められようと、この決定を変えるつもりはなかった。

 

 そして開票の結果、三票を獲得した緑谷が委員長になり、二票獲得した八百万が副委員長となった。

 困惑しつつも喜びを隠しきれない緑谷と悔しそうな八百万が壇上に立ち、他のクラスメイト達から祝福されている。

 緑谷は熱い男だから委員長に向いている、と一部のクラスメイトは言うけれど、どちらかというと操は反対意見だった。緑谷は暴走しがちだから委員長の座に座ってほしくなかった。

 ──ま、多数決だから仕方ないかぁ。

 個性による骨折も責任感が伴えば慎重になるかもしれない。その期待を込めて、操も周りと同様に拍手を送ったのだった。

 クラスメイトの中では飯田だけが、彼らに拍手を送っていなかった。

 自身の名前の横に付けられた一本の線を見つめて、感極まっていたから。

 

 

 

「今日の日替わり定食なにー?」

「えーっと……チ、チーズインハンバーグだと……!?」

「チ、チーズインハンバーグ!?」

「ど、どうしよう〜!そんなのみんな食べたいに決まってるよ〜!」

 

 あれから律儀に三人で昼食を楽しんでいる操と芦戸と葉隠だったが、今日の日替わり定食がチーズインハンバーグということで三者には衝撃が走っていた。

 ──誰がチーズインハンバーグを食べるのか、そこが重要なポイントになってくるからだ。

 みんなで分けるとはいっても、やっぱり自分が頼んだものを多めに食べ、友人のものは一口か二口食べるのが当たり前。

 しかし今日の日替わり定食はチーズインハンバーグである。誰だってチーズインハンバーグは食べたい。

 故に三人は誰がチーズインハンバーグを食べるのか、それを勝ち取るための戦いをしなければならなかった。

 

「恨みっこなしだよ……」

「負けないからね!」

「フ、私に勝てると思っているのか……?」

 

 ジャンケンをしている三人の後ろに並んでいた上級生は「好きなもの食えよ」と思っていたのだが、三人には知らぬことである。

 勝負の結果、日替わり定食を勝ち取ったのは葉隠で、両手を上げて喜ぶ彼女に負けた二人は涙を呑むのだった。

 

「ここ座ってもいいか?」

「上鳴じゃん」

「勿論いいよー!」

「オイラもいるからな!」

 

 三人で昼食をとっていると、トレーを持ってやってきたのは上鳴、峰田、瀬呂の三人だった。どうやら席を探していたらしい。

 その流れで食事をしながら六人で会話に花を咲かせていたのだが、自然と先日の戦闘訓練の話になっていた。

 初めての実践訓練は色濃く記憶に残っているものである。

 

「透ちゃん風邪ひかなかった?」

「大丈夫だったよ!めっちゃ寒かったけどね!」

「そりゃなんも着てなきゃ寒いだろ……」

「思ったんだけど、流石に何も着ないのは危なくないか?」

 

 拳を握りしめているかピースサインをしているであろう葉隠を見て、操は食事の手を止めた。思っていたことを言えば葉隠だけじゃなく全員の視線が操に集まるが、構わず続けた。

 葉隠のスーツは手袋と靴だけで、あとは何も着ていない状態だ。それが個性を活かす最高の状態だとしても、リスクが高すぎると思ったのだ。

 聞いてみたところ血も透明らしいので、彼女は怪我しても見つけてもらえない可能性がある。

 動けなくなったら? 声を出せなくなったら? 出血が酷くて意識がなくなったら?

 彼女の透明人間という個性は強みでもあるが、同時に仲間に気付いて貰えないといった弱みにもなる。

 

「ある程度自分の身は、サポートアイテムやスーツで守れるようにしといたほうがいいと思うけど」

「怪我してもこっちがわかんねぇっていうのはヤバいな」

「雄英にいるうちは、何があっても血さえ流してくれれば私が見つけてやろう。でもそれが出来ない時は必ずやってくる」

 

 私は個性"操血"のおかげなのか、血の臭いには敏感なのだ。どのくらい出血をしているのか、ある程度離れていても臭いで感じ取れる。

 ──でもヒーローになったら、自分で何とかするしかないのだ。

 誰にも見つけて貰えず、声も上げられずにいるなんて、あんな(・・・)苦しい思いはしてほしくない。

 

「うーん……でも服着ちゃうと居場所バレちゃうからなぁ」

「……あ。そういえばミリオが言ってたが、髪の毛使ったスーツを作ればいいんじゃないか?」

「髪の毛のスーツゥ?」

「ミリオ? えっ、ミリオって三年の通形ミリオのこと!?」

「そう、それ。えっと、ミリオの個性は透過だから洋服もすり抜けてしまうらしいんだが──」

 

 私が勝手にミリオのスーツについて語れば、五人は興味津々なのか前のめりになって話を聞いてくれた。

 葉隠の髪の毛は透明で見えないが、触ってみるとちゃんと髪はあるのだ。ならば髪にも個性因子は存在しているということだ。

 ミリオが髪を使ったスーツを着ているなら、葉隠だって同じ作りのものを着ることは理論上可能なはず。──透明だけれど、それを見るための装置などサポート科なら開発できるだろう?

 

「髪の毛も透明なんだけどいけるかな?」

「なんのためのサポート科だよ!そのくらいやってくれるって!」

「後で後悔するくらいなら、この三年間で色々試してみた方がいい」

 

 ヒーローになった後だと実費で開発してもらうことになりそうだが、私たちはまだ学生である。よって、これらの経費は学校持ちになるのだ。

 学生のうちにサポート科と協力して最高のスーツやアイテムを作り上げれば、葉隠の怪我の危険性も格段に減るだろう。

 水を飲んで「フフ、」と笑っていれば、目の前に座る葉隠は勢いよく立ち上がった。そして自身と操の分のトレーを持ち上げる。

 

「じゃあ操ちゃん!今から一緒にサポート科いこ!」

「え、なんで? 一人で行きなよ」

「言い出しっぺは操ちゃんじゃ〜ん!付き合ってくれるよね?」

「……ま、別にいいけど」

「やった!決まりね!」

「──ちょっと待ったァ!」

 

 立ち上がって葉隠と共に移動をしようと思った操を止めたのは峰田だった。彼は大きく見開いた目をバキバキにさせて、操を睨みつけている。

 握った拳が震えていることから──理由はわからないが、怒っているのだろうか?

 

「オイ赤黒ふざけんな!オイラ達の夢を壊すんじゃねえ!」

「ユメ?」

「あたりめーだろ!見えないとしても葉隠が裸ってだけでオイラ達は!元気になれるんだよォ!」

「おいふざけんな、お前と一緒にすんな!」

「峰田サイテー!」

 

 夢だというから何かと思ったが、芦戸の言う通り最低な理由であった。「オイラ達」と一括りにされた男子二人も全力で否定している。

 思春期の男子として人並みの欲求を持つのは別にどうでもいいけれど、今の峰田の発言には一つ気に食わないことがあった。

 

「……フーン? 峰田は友達の安全より自分の欲求を取るんだ? へぇ?」

「せ、正論の刃……!」

「な、なんだよ!悪いかよ!!」

「悪いよ。透の命が懸かってんだぞ?」

 

 遊びじゃないのだ。

 訓練もスーツの改良もサポートアイテムの追加も、遊びでやっているわけじゃない。かっこいいからやっているわけじゃない。

 誰かの命を救うため、自分の命を救うために必要なものなのだ。

 ──それを蔑ろにされたみたいで、酷く腹が立った。

 

「峰田、お前は何のためにヒーロー科に来たんだ? 何を学びたくてここに──」

「操ちゃん!これ持って!!」

「え? ちょ、押し付け──」

「早く行こ!ね!行こう!」

「待って押すな、危な、押すなってば!」

 

 峰田に怒った操だったが、葉隠のおかげで喧嘩になる前になんとかその場は収まった。

 しかし残された四人の空気はお世辞にも良いとは言えず、責めるような視線が峰田を貫いていく。

 

「正論だけどさ、赤黒はちょっと考えすぎじゃね?」

「でも一理あるよな〜」

「悪い奴じゃないのはわかるけど、なんか変わってるよなぁアイツ」

 

 四人はそんな会話をしながら、皿に残った食事をかき込むのであった。

 一方、一足先に席を立った操は葉隠に押されながらも、返却口へと辿り着いていた。

 

「も〜!突然怒りだすからびっくりしたよ!」

「アレは峰田が悪い、私は悪くない」

「ん〜、まあ私は嬉しかったけどね!」

「え……? 峰田の言葉が……?」

「ちっがーう、そっちじゃない!ドン引きしないで〜!」

 

 ──操ちゃんが私のことを考えて、怒ってくれたのが嬉しかったの!

 トレーを返却口に置いてから、葉隠は嬉しそうにそう言った。表情はわからないが、声色から笑っているのだと察することができる。

 

「嬉しい?」

「嬉しいよ!だって心配してくれたってコトでしょ?」

「!」

「ありがとうね!」

 

 ありがとう、その五文字を受け取った途端体の中が一気に温かくなったような気がした。

 個性で温めたわけではない、それなのにじわじわと熱くなるのは何故だろうか?額に触れても熱が出たわけではなさそうだった。

 その答えを探すため、操は口を開こうと思ったが──そんな思いを一瞬でかき消すような警報音が鳴り響いた。

 

「え?なに?」

《セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください。繰り返します──》

「みんな逃げろ!ヴィランが校内に侵入したかもしれない!」

「ええっ!?」

 

 耳を劈く警報音に急かされた人々は慌てて立ち上がり、我先にと出入り口へ移動をする。

 しかしその行動はあまりにも周りを見ておらず、自分の事しか考えていないため出入り口には人が密集し、身動きが取れない状況になっていた。

 ヴィランが侵入したのなら大問題だろう。しかしここはプロヒーローが在籍している学校なのだ。そう簡単に危険は及ばない。むしろ危険なのは──

 

「イタッ」

「透、私の手を掴め」

「う、うん」

 

 ──人の波に飲み込まれることだろう。

 男性ならまだしも、身体の小さい女子や見えない葉隠なんかは怪我をする可能性がある。転倒しようものなら踏まれたり蹴られたりと、悲惨な目に会うことは容易に想像ができる。

 故に、ここは身を守るための行動をとるべきだ。

 

「よし、こっちだ」

「机の上に土足は不味くない?」

「そんなこと言ってる場合か?」

 

 私は葉隠の手を引いて机の上へと避難した。

 彼女は抵抗があったようだが、堂々と机の上に乗って辺りを見渡す操の勢いに押され、机の上に足をかける。

 学食の周りはどこもかしこも人が押し合って、逃げられずに焦って余裕がなくなっている。皆パニックに陥っているのだろう。

 

「私がヴィランなら人が多く混乱しているところに一発ぶち込むな。ちょうど、ここのような場所にな」

「んな事言ってる場合じゃないって〜! みんな、落ち着いてください〜!!」

 

 事実、ヒーローが集結している学校に攻め入るということはそれなりの目的があるのだろう。

 歪んだ承認欲求を持っているヴィランであれば、数多くの生徒を殺して雄英高校やヒーローに傷を付けたほうがテレビや新聞に取り上げられるため、このような事件を起こしてもおかしくはない。

 侵入してきた者がそのような考えを持つかはわからないが、こうもパニックに陥ってしまってはヴィランに殺される前に生徒同士で傷つけあってしまうし、避難に時間がかかりすぎる。そこを狙われてはたまったものではない。

 例えヒーローが近くにいたとしても、命を落とす可能性はあるのだ。

 

「何かあった時、自分を助けられるのは自分だけだよ」

「──……」

「だから透も、気をつけ──」

「大丈ー夫!!」

 

 言葉の途中で、人が密集している廊下側から飯田の声が響き渡った。

 人混みに負けないような大きな声で、そして何故か非常口付近の壁に張り付いたまま、彼は大きな声で警報の理由を語る。

 警報が鳴ったのはヴィランが侵入したからではなく、マスコミが敷地内に入ってきたからだというのだ。だから安心して、雄英の名に恥じぬふさわしい行動をするべきだ、と。

 それを聞いた人々は落ち着きを取り戻して、安堵の息を漏らす。そして日々校門前に密集するマスコミに対して一層の苛立ちを募らせた。

 今回の件に関しては警報が鳴った以上、不法侵入に当たるだろう。しっかりマナーを守って仕事をしてくれと、操はため息をつきながら机の上から降りたのだった。

 ──サポート科にも行けなかったし、ほんと迷惑だなぁ。

 こうして、いつも以上に騒がしい昼休みはなんとか幕を下ろしたのであった。

 

 

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」

 

 マスコミ侵入事件の次の日。操と葉隠はサポート科に行ったのだが、流石にすぐ出来るような案件ではなくあの日は葉隠の髪の毛をいくつか提供するだけで終わった。

 そのうち試作品ができるだろうという言葉に、葉隠は嬉しそうに飛び跳ねていた。

 なので本日のヒーロー基礎学「人命救助訓練」では、まだ新しいスーツを身につけることはできない。まあ、戦闘訓練じゃないだけまだマシだろうか。

 そう思いながら操はスーツに着替え「バスは出席番号順で二列になって座ろう!」と新たに委員長となった飯田の指示に従ってバスに乗り込んだが──。

 

「こういうタイプだった!くそう!」

 

 正面を向くタイプの座席配置ではなく、前方は横向き向かい合わせの座席配置だったため、彼は悔しそうに頭を抱えていた。

 しかしクラスメイト達は特に気にすることなく雑談に花を咲かせている。操は初めて乗るバスに心なしかワクワクしていた。

 

「私思ったことを何でも言っちゃうの、緑谷ちゃん」

「あ!?ハイ、蛙吹さん!」

「あなたの個性オールマイトに似てる」

「そ、そそそそそうかな!?いや、でも、僕はその、えーっと」

「待てよ梅雨ちゃん、オールマイトは怪我しねぇぞ。似て非なるアレだぜ」

 

 また壊れたラジオのようになっている緑谷に、切島が割って入る。

 彼のスーツは個性故かほぼ上裸なのだが、冬は寒くないのかなぁと操は一人で違うことを考えていた。

 

「しかし増強型のシンプルな個性はいいな!派手で出来ることが多い!派手で強ぇっつったらやっぱ轟と爆豪だな!」

「──ケッ」

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなさそう」

「んだとコラ!出すわ!!」

「ホラ」

 

 蛙吹の言った通り直ぐにブチ切れた爆豪を見て、操はなるほどなぁと深く頷いた。

 

「人気は出すものではないからな、無理だろうな」

「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」

「てめぇのボキャブラリーは何だコラ! 殺すぞ!」

「あまり強い言葉を使うなよ──弱く見えるぞ」

「うるせぇ!ドヤ顔してんじゃねぇ!!」

 

 顔を顰める者、寝ていて会話に入らない者、そしてこの状況に「(かっちゃんがイジられている……!)」頭を抱える者もいたが、比較的楽しそうな雰囲気のままバスは進んでいく。

 しかし「もう着くぞ、いい加減にしとけ」という相澤の言葉で、クラスメイト達は一瞬にして静かになるのだった。

 

 

 そして到着したのはウソの災害や事故ルーム──通称USJ。

 ここは水難事故、土砂災害、火事などあらゆる事故や災害を想定した訓練を行える演習場である。

 そこで待ち構えていたのは宇宙服のようなスーツを見に纏ったプロヒーロー、13号であった。授業冒頭で相澤が言っていた"もう一人"が13号なのだろう。

 ──オールマイトの姿は見えないが……。

 辺りを見渡しても、オールマイトがどこかに隠れている様子はない。しかしオールマイト不在のまま、時間は有限であるため授業は進んでいく。

 救助訓練を始める前にプロヒーロー13号からいくつか話があった。

 

 ──個性とは簡単に人を殺せる力で、我々にもそういった他人を殺せる個性を持つ者はいる。

 個性を規制することで成り立っているように見える社会だが、一歩間違えれば容易に人を殺せてしまうという事を忘れないでほしい。

 そしてどうか、この救助訓練の授業では人命のために、個性をどのように活用するか学んでいきましょう。

 君たちの力は、人を傷つけるためにあるのではないのだから。

 

 その言葉を聞いて、操は真っ先に自身の個性について考えていた。

 個性"操血"──この個性は自身の血液だけでなく、他人の血液も操ることができる。他人の血流を止め、そのまま息の根を止める事だって可能なのだ。

 その可能性をラグドールから聞いた時、操は恐ろしくて「他者の血を操りたくない」と思ってしまった。

 表面上の出血を止めるくらいならいい。

 しかし、操自身が行っている身体能力の強化のような、体内の血液はどうしても抵抗があったのだ。

 ──兄のように、人を殺そうと思う気持ちはない。

 ただ、拒絶をされたり一度でも疑われてしまったら、立ち直れなくなるような気がする。万が一のことがあったらと思うと酷く恐ろしいのだ。

 故に、操は他者の体に流れる血液を一度も操ったことがなかった。

 

「一塊になって動くな!!」

 

 ──しかし、そんな思いを全てかき消すような途方もない悪意が、何も知らない我々を嘲笑うかのように襲い掛かってきたのだった。

 

「何だアリャ?また入試の時みたいなパターンか?」

 

 USJのセントラル広場に突如現れた人々。

 彼らの表情、そして醸し出す雰囲気は到底一般的なものには感じない。

 

「動くな、あれは──ヴィランだ!」

 

 担任である相澤消太──プロヒーローイレイザーヘッドは13号に生徒を託し、武器を構え一人で多数のヴィランの中に突っ込んで行く。

 普段のだらしなく無駄をとことん嫌った雰囲気とは違い、肌で感じるのは緊張感の走った戦場の空気。

 彼のその空気に触発されて、現実味が増してきたのか生徒達の雰囲気も次第に変わっていく。

 ──ヴィランが侵入したのに何故警報は鳴らないんだ?

 そこで操が疑問に思ったのは、数日前の昼休みでの出来事だった。あの日は警報が鳴ったのに、今は鳴っていない。

 それに気付いたのは操だけじゃなく、八百万が真っ先に口を開いた。

 

「先生!侵入者センサーは!?」

「勿論ありますが……!」

「現れたのはここだけか学校全体か……何にせよセンサーが反応しねぇなら、向こうにそういう事ができる個性(ヤツ)がいるってことだな」

「わざわざ人を集めて授業中に来たってことは、冷やかしにきたのではなく何か目的がありそうだな。電気、外部と連絡できそうか?」

「いや、無理っぽい……!」

「連絡を妨害しているなら、増援が来るまでに目的を達成したいのかな? ここに侵入出来たなら、ここから出る方法もある筈だ。生徒を殺すか、誘拐が奴らの目的かな?」

「淡々と怖いこと言わないでよぉ……!」

 

 怯える芦戸に軽く謝って、操は13号の後に続いてこの場から退却するため移動を開始する──が、そう簡単にいく筈もなく。

 私たちの目の前、そして周りには真っ黒な霧が広がった。

 その中に怪しく光る瞳に、思わず身を固くしてしまう。

 

「初めまして、我々はヴィラン連合。僭越ながらこの度はヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは……平和の象徴、オールマイトに息絶えて頂きたいと思っての事でして」

 

 黒い霧状のヴィランに真っ先に反応したのは13号だけではなかった。生徒である爆豪と切島も反応してしまった(・・・・・・)

 彼らは13号とヴィランの間に入ってしまい、奇しくも13号の邪魔をしてしまう。そのことに13号が声を上げるが、そう簡単に動けるような状況ではない。

 

「……まずいな」

 

 ──オールマイトを殺しに来たということは、オールマイトを殺せるだけの戦力と自信があるということだ。

 プロヒーローは二人、守らなければならない生徒(お荷物)が二十人。そしてヴィランはパッと見ただけで二十人以上いる。

 外部との連絡が取れず、脱出しようとした我々を黒い霧のヴィランが止めに来たということは、少なくとも六十分以内の短期決戦で済ませるつもりでいるということ。

 

「な、何がまずいの?」

「透、三奈。お前達はなるべく強いやつの近くにいろ!」

 

「──散らして、殺す!」

 

 その言葉が言い終わるや否や、視界は闇で覆われ、私たちは言葉の通り散らされる。

 瞳は閉じない、それは命取りになるから。

 それでも瞳を閉じているかのような、闇一面に覆われた先にあったのは灼熱の炎の中だった。

 

「──あっつ!?」

「ギャハハハ!炎の中に落ちてきたぜ!」

「来た来た!狩りの時間だ!」

 

 ──火災ゾーンか!

 燃え盛る炎と崩れ落ちた建物。そんな中で操はただ一人、ヴィランに囲まれて立っていた。

 息をすればするほど肺は熱された空気で満たされ、気管は焼けるように痛い。

 眩い炎の光は目を焼き尽くすように燃えている。額から吹き出た汗が顎を伝って、落ちていった。

 

「なんだなんだぁ、怖くて声も出ねぇってか?」

「助けてママって叫んでもいいぜ〜?ハハハ!!」

 

 距離を詰めてくるヴィランは火に強い個性持ちが多いのか、平然とした顔をしている。

 そんなヴィランに囲まれた操は冷静に状況を分析していた。

 ──オールマイトを殺す手段はある、けれど生徒を散らすということは邪魔をされたくないか、助けを呼ばれないように散らしているのだろう、と。

 そして自身を囲むヴィランを見渡した。

 

「さて、どう調理してやろうかなァ!」

 

 ──これは持論だが、強い言葉を使う奴ほど弱いと思う。何故なら虚勢を張っているから。

 そういう奴ほど身の危険に晒されると尻尾を巻いて逃げるのだが、一対多数という状況故に強がってしまうのも無理はないと思う。

 救助訓練故に、武器になる輸血パックは持ってきていない。でも不安はなかった。

 何故ならば、負ける気がしなかったから。

 

「──な、」

「遅い!!」

 

 血を巡らせて身体能力を強化する。

 瞬時に相手の懐に飛び込んで頭部に蹴りを入れれば、ヴィランは壁に吹き飛ばされていった。

 

「アイツ増強系か!?」

 

 見た目から想像もつかない速さとパワーを繰り出した操に、ヴィラン達は動揺する。

 ──しかし、落ち着くまで待ってやる義理はない。

 狼狽えた者の足を崩し、時にはヴィランを盾にし、振り下ろされた刃物の柄を掴んで奪い、飛んでくる武器を撃ち落とし、殴るために突き出された腕をへし折った。

 口から吐き出された個性の炎を避け、隙だらけの腹部に拳を埋め込ませた。

 投げつけられた瓦礫を叩き割り、ヴィランの頭部を掴んで壁に叩きつけた。

 

 操は多数相手に格好いい戦い方なんて出来るほど器用ではない。

 それでもただ多いだけで、一人一人強くはないヴィランを相手取るには輸血パックがなくても充分であった。

 彼らが時間稼ぎとして戦うのではなく、本気で操を倒そうとしているのも功をなしていただろう。

 しかし、現実は上手くいかないもので──。

 

「おい見ろよ!ここに一人隠れてやがるぞ!」

「死にたくなくて隠れてたのかぁ〜?」

「ヒーロー科の卵が情けねぇなぁ!!」

 

 瓦礫と瓦礫の間に出来たスペース。そこに身を縮こまらせ、震えていたのは青山だった。

 青ざめた顔で怯える彼を、指差して嘲笑うヴィラン達。

 そして彼を引き摺り出そうと伸ばされるその手に、操はナイフを投げつけた。

 勿論"操血"を使っているからコントロールに問題なく、ナイフはヴィランの腕に突き刺さった。

 

「死にたくないと思うのは当然だ、私たちは生きているんだから」

 

 私はヴィランを睨みつけた。

 とても嫌な事を、思い出したから。

 

 両親に殴られ続けた時、そしてペド野郎に襲われた時。

 痛くて怖くて苦しくて、私は確かに死にたくないと思った。

 ──それの何がおかしいんだ?

 

「私たちはまだヒーローじゃない。ヒーローになるために訓練を受けている途中なんだよ」

 

 私たちはまだ戦い方を教わっていないのだ。だから戦えないことは恥ずかしい事じゃない。

 自身を守るために身を隠すことは賢い行動だ。

 それを、嘲笑って馬鹿にするのが心底気に食わない。

 ただ生きたいと願っているだけなのに!

 

「これからヒーローになろうと思ってる私たちの、未来を邪魔するなよ!」

 

 ──信念なく力を使うことは許さない。

 脳内の兄が操に語りかける。

 うるさいと思った。

 信念とかそんなもの、どうだっていい。

 私はただ、目の前で怯えている友達がいるのが嫌なだけ。そんな自分勝手な理由で力を使うと、今決めた(・・・・)

 

 それは明確な、兄に対する叛逆だった。

 

 

 

「大丈夫か?」 

 

 数十人のヴィランを倒し終わって、操は隠れていた青山に手を差し伸べた。

 炎のせいか、そんな苦戦した覚えもないのに汗が酷かった。時々炎に触れたせいか所々焦げていた。

 

「終わったぞ、一緒に先生のところに戻ろう」

「……まだ敵がいるかもしれないよ?」

「心配するな、全員私が倒してやる」

 

 手を差し伸べても、相手がその手を取らなければ助けられない。

 それでも操は、降りかかる火の粉くらいは払ってやろうと思った。

 彼は怯えた顔より、いつもの笑顔でいてほしいと思ったから。

 

「……僕は、」

「というかコイツら目を覚ましたらお前襲われるぞ?」

「よし、早く行こうか!」

 

 立ち上がった青山は、操の手を取らなかった。それでも立ち上がったことに安心したため、操は特に気にしなかった。

 そして二人で火炎ゾーンを抜け、駆け足で入り口へと向かうが──。

 

「青山、もう少し速く走れるか?」

「走れるけど、どうかしたのかい?」

「──血の臭いがする、誰か大怪我してるぞ……!」

「……!」

 

 操のその予想は当たっていた。

 青山と共にセントラル広場へ向かえば、そこにはオールマイトがいて一人のヴィランと戦っているところだった。

 ──しかし注視すべきはそこではない。

 

「相澤先生!?」

 

 蛙吹と峰田が入り口の階段を登って運んでいた担任である相澤は、酷い状態であった。

 両手からは血が滴り落ちていて、あり得ない方向に曲がっていた。

 あるはずの肘の一部がなくなっていて、そこから酷く出血していた。

 頭部も顔面も負傷していて血だらけで、表情が窺えなかった。

 相澤を運ぶ蛙吹の両手も真っ赤に染まり、足を持ち上げていた峰田は今にも泣き出しそうだった。

 

「赤黒ぉ!先生の血が止まんねーんだ……!」

「落ち着いて峰田ちゃん……」

「この状況が落ち着いていられるかよぉ!」

 

 近くの広場ではオールマイトが戦っている音が聞こえるが、それが酷く遠くに感じる。

 操も青山も、血だらけの相澤に釘付けになっていた。

 

 滴り落ちる血を止めようと、私はダラリと垂れ下がった相澤先生の手に触れた。

 大きな手だった。硬くて分厚くて傷だらけの、ヒーローの手。

 

「青山、峰田と運ぶの代わって」

 

 こうなるまで戦ったのは、彼がヒーローだから、教師だから。

 彼は子どもと、生徒を守るために戦ったのだ。

 ──身を挺して、命を懸けて。

 

「峰田は先に階段登って、先生が寝られるスペース作っておけ。百がいるなら担架作ってもらってくれ」

「お、おう!」

 

 駆け出した峰田を見送って、私は手に付着した血を舐めた。

 

「……B型」

 

 少しだけ冷たい手を握って、彼の体内に流れる血液を意識する。

 ──意識、できる。

 血管が破れている場所、血液の残量、血流の巡りの悪さ。全て意識出来るのに、怖くて操作ができない。 

 

『他人の体内を流れる血液を操作するってことは、命を操作する事と同じにゃん』

 

 ラグドール──トモコさんは、私の個性"操血"の危険性について教えてくれた。

 そして他人の命に直結するような個性は、ヒーローであったとしても迂闊に使ってはいけないという事も。だから免許を持った医者がいて、医療ヒーローがいるのだと。

 免許があるからみんな安心して身を任せるのだ。だから相手を少しでも不安にさせるようなことはしてはいけないよ、と彼女は教えてくれた。

 ──命を操作するなんて、そんな恐ろしいことはしたくないと思った。

 話を聞いた後も、するつもりなんてなかった。怖いからしたくなかった。

 

 入り口付近に寝かせた相澤先生の、頭部や腕部の欠損が激しいところに触れて血を凝固させる。

 出血は止めても、血管の修復はまだ出来ていない。傷は治ったわけではない、出血は止まったわけではない。

 

「なぁ先生大丈夫なのか?」

「操ちゃんどうにか出来るん?」

「先生死んじゃうの?」

 

 握ったままの冷たい手が、酷く恐ろしい。

 ──失敗はできない。上手くいきませんでした、なんで通用しない。だからやりたくない。

 けれど聞こえたクラスメイトの声がいつになく震えていて、私は思わず顔を上げた。

 三奈とお茶子は不安と恐怖で泣いていた。

 泣いていない者も、不安そうな瞳でこちらを見ていた。

 だから、気が付けば私は笑っていた。

 

「私の個性を忘れたのか? 操血だぞ?」

 

 のしかかる責任と重圧に押し潰されそうだった。

 それでも冷たかった手が、少しだけ温かさを取り戻していると感じて、もう一度強く握りしめる。

 

「他人の血液を操るなんて楽勝(・・)だ、だから安心するといい!」

 

 歪な笑顔だった。ちゃんと笑えていなかった。

 それでも操のその笑顔と言葉は、その場にいるものを安心させ、自身を奮い立たせる力があった。

 

 

 赤黒操の個性"操血"は、血液や血中成分を操る個性だ。

 感じ取った相澤の血流が、破れた血管の外に流れ出ていることなど容易に気付くことができる。

 ──けど、血管なんてなくても私には関係ない。

 操は相澤の血液を"操作する"。

 血管がなくとも、正しく全身に血液を巡らせてみせる。

 血中成分を操作し、傷ついた血管には強化させた血小板を集めて高速止血。

 赤血球の量を増やし酸素と栄養素の供給量を上げ、エネルギーを回し続ける。体温上昇、傷の再生を通常より何倍も早くする。

 

 そして操は自身の手のひらを切り裂いて、相澤の腕の損傷が比較的軽い部分にそっと押し当てた。

 ──大丈夫、私なら出来る、先生と同じ血液型だし、大丈夫。

 

「……何してるの?」

「ここで輸血する」

「で、出来るのか?」

「私は先生と同じB型だから、問題ない」

 

 自身に流れる血液を、相澤の血液を操作したまま同じように操作する。

 他者に流れる血液を操作するだけでも集中しなければならないのに、自身の血液も操作するのはとても難しかった。

 ──でも、できる。だからやれ、諦めるな。

 そう何度も自分に言い聞かせた。

 酸素とエネルギーを回せ。疲労回復、高速止血、傷の修復を意識しろ。

 自分の体で出来るんだから、他人にだってできるはず。

 ──操は命を懸けて守ってくれたヒーローを、死なせたくなかった。

 

 

 

「A組クラス委員長飯田天哉! ただいま戻りました!!」

 

 一足先にUSJから脱出し、応援を呼んでいた飯田がプロヒーローを引き連れて戻ってきた。

 プロヒーローの到着によってヴィラン連合の主犯格と思われる人物は逃走、各地に散らばった生徒も救出され、誰一人欠けることはなかった。

 ヴィランとの戦いは終わった、しかし操の戦いはまだ終わっていなかった。

 

「赤黒!イレイザーの状態は!?」 

「両腕と顔面の骨折、目の周りの状態も酷い!脳と臓器の損傷は多分無し!止血は第二止血まで完了、今輸血しながら血液を回して傷の再生と体力の回復を試みてる途中だ!」

「お前そんなこともできんの!?」

「舐めんな、私の個性は"操血"だぞ!」

 

 ──正直、もはや根性と気力で操作しているようなものだった。

 クラスメイト同様、プロヒーローの到着に安堵し一息つきたかった。今すぐ操作をやめて「疲れた」と叫びたかった。けれど──。

 

「──よくやった!ありがとな!」

 

 プレゼントマイクによって乱雑に頭を撫でられる。「ありがとう」のその五文字が、心に染み渡って元気をくれる。

 だからまだ頑張れる、そう思って私は少しだけ口角を上げた。

 

「いま集中してるから触んないで」

「シヴィ〜な、オイ!」

 

 USJに駆けつけたヒーローの中に医療ヒーローであるリカバリーガールの姿はなかった。よって、操は相澤と共に一足先に保健室へ向かう事となった。

 それは操による血液の操作が信用に値すると、相澤にとって良いものであると判断された瞬間でもあった。

 

 保健室で相澤の怪我を診たリカバリーガールは顔を顰めることはしても、酷く落ち着いていた。

 怪我は酷いが、死に至るようなものではなかったから。

 そして表面的な怪我は既に治癒しており、エネルギーを回し続けることによって体力を回復させているため、リカバリーガールの個性"治癒"が使える状態だったのだ。

 

「アンタが体力を回復してくれれば、私がその体力を使って治癒できる。もう少しだけ頑張れるかい?」

 

 口元に差し出されたチョコレートを遠慮なく食べれば、甘さがじんわりと口の中に広がった。

 操が、プロヒーローリカバリーガールと臨時タッグを組んだ瞬間であった。

 それは救急車が到着するまで行われた。リカバリーガールの個性の治癒力は凄まじく、操の個性の再生力とは比べ物にならなかった。

 それでも「アンタが体力を回復させてくれないと出来ない事なんだよ」その言葉を信じて、操は相澤が運ばれるその瞬間までずっとずっと手を握り続けていた。

 

 

 走り去る救急車をリカバリーガールと共に見送って、操は全身に染み付いた血液を操作して体や衣服を綺麗にした。

 

「なぁ。私はヒーロー免許も医療免許も持ってないけど、あれってヤバかったか?」

「そうさねぇ……一般人にやっていたら捕まってたかもねぇ」

 

 それが守るための行為だとしても。

 免許を持っていない者が他人に個性を使うのは、どんな状況下でもやってはいけないことである。

 

「でも今回のアンタについては私が指示した。プロヒーローリカバリーガールの名を持って、アンタに指示したんだ。だから安心しなさい」

 

 まだ手の中にある相澤の血液は操作できる。

 宙に漂う彼の血液が、その証拠であった。

 けれど、距離が遠いせいか体に触れていないからか、体内の血液を操作することは出来なかった。

 

「アンタはよくやった。襲撃もあったのにここまでやってみせた。自分の今日の行動を、しっかりと褒めてやりな」

 

 彼女はしわくちゃの顔で、とても優しそうな瞳をしていた。

 

 

 

 翌々日。

 操は登校する際職員室に呼び出されたため、教室に行く前にそちらに向かわなければならなかった。

 ──リカバリーガールにはああ言われたけど、やっぱり怒られるのかなぁ。相澤先生、私のせいで後遺症とか残っていたらどうしよう。

 と、不安に苛まれながら職員室の扉を開けたのだが、視界に映った相澤の姿に操は目を瞬かせる事となった。──何故いる?

 

「おはよう、赤黒」

「……おはよ、先生。ハロウィンはまだ先だよ?」

「……知ってる、これは婆さんが大袈裟なんだよ」

 

 右腕にギプス、そして目の周りに包帯を巻いた相澤はため息をつきながら椅子に座っていた。

 ──仕事をするつもりなのだろうか、酷い怪我なのに。

 そんな操の視線に気付いたのか、相澤は鬱陶しそうに包帯を眺めた。しかし、すぐさま操に視線を移す。

 

「赤黒のおかげで助かった、ありがとう」

「……お礼、言われるようなことしてないよ?」

 

 後から話を聞いたが、操が止血や輸血をしなくても相澤は死ぬような怪我ではなかったらしいのだ。

 もちろん放置すれば出血多量で死んでいただろうが、プロヒーローが到着したあの状況では死ぬことはなかった。

 操は免許もなく人の体内を弄りまわしたようなものなのだ。人に命を握られていただなんて、とても恐ろしかっただろう。

 相澤にとってあの時の操の行動は、無駄な行為だった筈だ。

 そう思っていたから、お礼の言葉を素直に受け取れなかった。

 

「してたよ。あれは、人を助けるための行為だった。無駄なんかじゃない」

「……」

「お前が個性を使わなかったら、今よりもっと酷い状態だった」

「……、」

「もう一度言うが、助かった。ありがとう」

「──うん、どういたしまして」

 

 ありがとうと言われて温かくなるのも、元気がでるのも、やっと理由がわかった。

 ──誰かの役に立てた事が、嬉しいんだ。

 操はそれに気が付いて、だらしなく眉を下げ、頬を緩ませながら笑った。

 それは取り繕った綺麗な笑顔ではなく、心からあふれた笑顔だった。

 相澤はその笑顔を見て、少しだけ、本当に少しだけ口角を上げたのだった。

 

 

「──なんてことがあってさ、先生に褒められちゃった〜へへへ……」

「だから嬉しそうなのね」

 

 にこにこしながら教室に入れば、何人かのクラスメイトに指摘されて操はつい自慢話をしてしまった。

 しかし優しいクラスメイト達はそんな操の話を最後まで聞いてくれたのだ。それがまた嬉しくて、頬は緩んだまま元に戻りそうにない。

 

「でも確かにあの時安心した!先生死なないんだって」

「赤黒スゲー!」

「そ、そう? そうかな??」

「そうだよ!」

「えへへ……」

「(照れてる)」

「(めっちゃ嬉しそうや)」

 

 しかしそんな空気に水を差す男がいた。

 その男の名は、峰田実という。

 

「怪我したら赤黒に舐めてもらえる可能性がある……?」

「──お前、二度と私に近寄るな?」

「なんでだよ!?」

「赤黒の顔、スンッて戻ったな」

「もうこの流れはお約束感あるよなぁ」

 

 笑いが溢れるこの教室で、私たちは今日も過ごしていく。

 恐怖も、涙も、無力さも、奮い立たせた勇気も全てを背負って更に向こうへ。

 

 ──あの日、私たちは身の危険を肌で感じた。

 

 身を挺するヒーローの覚悟、残忍なヴィランの悪意を見せつけられた数十分間は、消える事なく今後も色濃く記憶に蓄積されるだろう。

 

 ヒーローが相手にしているヴィランとの世界、そして背負う責任はまだ十五歳の学生にとっては早すぎる経験であった。

 

 しかし、この経験は彼らをより一層強くするだろう。

 

 あの日自分達を守ってくれた、ヒーローのように。

 

 

【USJ編:了】

 

 


 

 

【間話:赤と青】

 

 

「赤黒くん」

「青山か、どうした?」

 

 人通りの少ない廊下、話しかけてきたのは青山だった。

 

「キミはUSJで僕が戦わなかった事、どうして誰にも言わないんだい?」

「……誰かに言う必要があるのか?」

 

 出席番号が並んでいることから、教室の座席も前後であるためわざわざ廊下で話さなくてもいつだって話をする事ができる。

 しかしクラスメイトがいないところで声をかけたということは──みんなには聞かれたくない事なのだろう。

 

「でも、戦わず震えていた僕はクズだろう?」

「クズではないだろう」

「……」

「あれ、疑ってる? 私は嘘をついてあげるほど優しくはないぞ?」

 

 例えばあの時、私がヴィランによって袋叩きにあっていたとする。

 青山はそれに気付いていながらも、我が身可愛さに隠れていた。その場合だったらクズだと言っていたかもしれない。

 

「少なくとも私は、身を守るために最適な行動をとることは間違ってないと思ってるよ。ヒーローになったら別だけどな」

「……最適じゃない行動だったら?」

「ん?」

「身を守るためにとった行動が、最適じゃないものだったらキミはどうする?」

「え、えぇ……なに?クイズか何か?」

「秘密さ!」

 

 謎にポーズを決める青山をスルーしつつ、操は律儀に考える。

 ──身を守るためにとった行動が、最適じゃなかったらどうするか。

 

「知らない、その時考える」

「……」

「でもその行動に後悔したなら、次は戦うんじゃないかな」

 

 青山は、戦った私やクラスメイトを見て焦っているのだろうか。

 しかし、他人と比べる必要はない。

 焦って頑張って努力するのはいいけど、個性も体格も過去も違うのだ。明確に比べる必要なんてないのだ。

 

「青山は私じゃない、過去も信念も違う生き物なんだから、自分のペースで頑張ればいいんじゃないか?」

 

 誰かを助けたいと思ったその時に、胸張って助けられるようになればいい。

 ──フッ、いい事を言ってしまったな。

 操はそう思ったのだが、青山は何故か表情を変えなかった。

 

 

【間話:赤と青 了】

 

 




「梅雨ちゃんと呼んで」カアイイ
「気軽に操ちゃんと呼べ」偉そう
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