ステイン妹のヒーローアカデミア   作:苗字ちゃん

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体育祭編(上)

 

 

 

「HR始めるぞ、席につけ」

「相澤先生復帰早ぇぇぇ!!!?」

 

 USJ襲撃事件から二夜明けた日の朝。

 ホームルームのため教室にやってきたのは右腕を吊り下げ、顔全体に包帯を巻いた担任教師である相澤だった。怪我をしていた筈の左腕と頭部には包帯を巻いておらず、比較的早めに治癒されたのだと生徒たちは安堵の息を漏らす。

 そして同時に、クラスメイト達はこんな大怪我をしても仕事をこなそうとするプロヒーローの責任感に驚いていた。もう少し休んでくれても良いのに、と。

 

「俺の安否はどうでも良い。何よりまだ戦いは終わってねぇ」

「!?」

 

 しかし、相澤のその言葉と真剣な眼差しに彼らは思わず身構えた。

 相澤が大怪我をしても尚、前線に出なくてはならないようなヴィランがまた襲ってくるのではないか? そう思ったからだ。

 一度ヴィランの襲撃を受けたからこそ、そしてそれを乗り越えたからこそ彼らはそう思い込み固唾を飲んで身構えてしまう。

 

「──雄英体育祭が迫ってる!」

「クソ学校っぽいのきたぁぁ!!」

 

 しかし次の戦いとはヴィランとの戦闘ではなく、体育祭のことであった。

 その言葉に生徒たちの何人かは盛り上がり、何人かは不安そうに眉を寄せている。

 それもその筈で、数日前にヴィランが侵入したばかりなのだ。たくさんの来客が敷地内に足を踏み入れる体育祭を開いてもいいものかと、生徒達が不安を覚えるのは当然だった。

 しかし流石は雄英、そこは抜かりなく例年の五倍警備を増やし開催するというのだ。

 理由としては「逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示す」ということらしい。名門校は金のかけ方が違う。

 

「年に一回、計三回だけの最大のチャンスだ。ヒーローを志すなら絶対に外せないイベントだろう」

 

 そうなのだ。

 雄英高校の体育祭はヒーローになるにあたって重要なものである。

 自身の個性はヒーローとして有用であると、プロヒーローにも一般市民にもアピールする大チャンスなのである。この体育祭を見て、人気ヒーローのサイドキックにスカウトされることだってあるのだ。

 雄英高校の体育祭とは、ヒーロー科としては絶対に外すことの出来ない重要なイベントなのである。

 

 (みさお)もこの体育祭が目当てで雄英高校に入ったようなものだ。

 プロヒーローに見込まれ、スカウトされれば自身の経験値も話題性も高くなる。そのためにこの体育祭を足がかりとし、全力で己をアピールしようと考えるのだ。

 これが一般的な考え。──操の場合、アピールする相手はヒーローではなくヴィランであるので少し違うが。

 やる気に満ち溢れたクラスメイト達の顔を眺めて、操も決心する。

 

 雄英高校の体育祭はテレビ中継されるため、兄も見ている可能性が高い。

 見ていなかったとしても、目立てば目立つほどテレビに映るので、なるべく目立って「赤黒操」の名前を兄の小耳に挟む……どころかねじ込まなければならない。

 兄に見てもらうためには、上を目指すしかないのだ。だから操が狙うのは当然優勝である。

 ──待っていろよ、ステイン(お兄ちゃん)

 操が有名になれば、ステインとの関係に気づく者が少なからず出てくるだろう。

 友達に嫌われるかもしれない。それでも、兄のせいで悲しむ人がいるのだと知ってしまったから。

 あの時止めることが出来なかった罪を、この手で清算するのだ。

 ──友達とのことはその時考えよう。今はただ、自分はヒーローを目指しているということを兄に知らしめる事だけを考えればいい。

 操はもう、後には引けない。ただひたすら走り続けるしかなかった。

 

 

 

「体育祭か〜!ついに来たって感じだねぇ」

「まさか自分が出ることになるとは思わなかったよね」

「やるからには優勝するぞ、私は」

「目がマジだねぇ、操ちゃん」

「麗日もうららかじゃない顔してたけど、操ちゃんも中々だね」

「本気だからな」

 

 もぐもぐとトンカツを咀嚼しながら自信と気合いに満ち溢れている操を見て、芦戸はオムライスを食べていた手を止めた。そして小さく息をつく。

 

「優勝狙っていきたいけどさ、爆豪とか轟がいるって考えると中々言い出せないっていうか……」

「わっかる!二人と当たって勝てる自信ないよ〜!」

 

 芦戸も葉隠もせっかく雄英に入ったからには「優勝する」とか「絶対に勝つ」と言い切りたい気持ちはあるのだが、爆豪や轟のようなクラスメイトがいるとやっぱり一歩引いてしまうらしい。

 だから二人は少しだけ、自信満々に言い切れる操が凄いと思っていた。

 

「言っておくけど、私も爆豪や轟相手にはあまり手札がないよ」

「そうなの?」

 

 爆豪と轟は個性だけじゃなく、身体能力も高く、冷静に物事を判断する能力も持っている。慢心することなく、貪欲に勝ちにこだわるところも脅威だと言えるだろう。

 そして操の個性は決め手が無い上に、爆破や氷結といった範囲攻撃にあまり強くは無い。

 大量の血液を用意できたなら話は別だが、用意できるのが自身に流れる血液だけだとすると、手札が少なすぎるのだ。

 

「でもさ、爆豪と轟が決勝前に当たってどっちかが潰れる可能性もあるし、体育祭まで二週間もあるんだ。 諦めるにはまだ早いだろう?」

 

 人とは戦いの最中で成長する生き物である。友の戦いを見てヒントを得ることもあるだろう。

 そして雄英高校体育祭の種目は毎年変わっている。爆豪や轟にだって、ルール次第では勝てるかもしれないのだ。

 最初から諦めて挑むより、勝つつもりで挑んだ方がこの二週間気持ち的にも頑張れる。

 それに勝負はまだ始まってすらいないのだ。諦める必要がどこにある?

 

「まあ、二人が諦めるなら私としては敵が減ってありがたいけどな」

「むっ……じゃあ私も優勝狙ったろ!」

「そうだよね、うん! 負けないから!」

 

 操がトンカツを食べながら「フフ」と笑って持論を語れば、二人は下げていた眉を吊り上げて、瞳に闘志の炎を灯した。

 誰が相手になろうとたった一つの優勝を獲りに行く。瞳や声色からそう言っているのだと、容易に理解することができた。

 ──あれ、なんだか火をつけてしまったな?

 そう思ったが後悔はなかった。二人が燃えてくれた方が、操もより燃えることが出来るから。

 やる気に満ち溢れた二人を見つめて、操は思わず口角を上げた。

 

「フ……お前たち私に勝てると思っているのか……?」

「操ちゃん口にソース付いてるよ」

「──マジ? どこ、ここ?」

「そっちじゃない。 あ〜、もう取るからじっとしてて!」

 

 格好よく決めたつもりが口にソースがついていたせいで格好良く決まらない操に、二人は笑いながらも彼女の頬を指差した。

 的外れな場所を拭う操の面倒を見つつ、三人の昼休みはあっという間に過ぎていったのだった。

 実に平和な昼休みであった。

 

 

 

「何ごとだぁ!?」

 

 本日最後の授業とホームルームが終わって荷物を纏めていると、先に身支度を済ませて教室を後にしようとしていた麗日が声を上げた。

 その声の方へ視線を向ければ、A組を囲うようにして廊下に詰めよる生徒達の姿が見える。どうやら普通科にサポート科に経営科、そして隣のクラスのヒーロー科までいるようだった。

 

「出れねーじゃん、何しにしたんだよ」

「敵情視察だろザコ。ヴィランの襲撃を耐え抜いた連中だもんな、体育祭の前に見ときてぇんだろ」

 

 教室から出ることができずに困惑する飯田たち三人の横を爆豪が通り過ぎる。

 そして爆豪は彼らに一言「どけ、モブ共」と言ってのけた。実に潔い罵倒であった。

 

「知らない人のことモブっていうのやめなよ!」

 

 爆豪の言葉に、廊下にいる人々は眉を顰め口々に文句を言い始めた。やれ「ヒーローっぽくない」だの「ヒーロー科は偉そう」だの。溢れ出した不満は止まる事なく降り積もっていく。

 A組のクラスメイトですら爆豪の言動に問題があると思うのだ、他クラスがそう思うのは無理もなかった。初対面でモブと言われて不快にならない訳がない。

 ここでなんとも思っていないのは操と轟という空気の読めない二人と、敢えて読まない爆豪だけだった。彼ら三人は居心地の悪そうなクラスメイトに混ざりながらも平然としている。

 

「どんなもんかと見に来たが、随分と偉そうだなぁ……ヒーロー科に在籍する奴はみんなこんななのかい?」

「あぁ?」

「こう言うの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ」

 

 そしてそんな最悪な雰囲気の中、一人の男子生徒が爆豪の前に出てきた。制服を見るからに普通科の生徒のようだ。

 操は彼の言葉に「確かにこんなヒーローが助けに来たら嫌だなぁ」と素直に納得してしまった。爆豪は被害者にもモブと言うのだろうか。

 

「普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入った奴結構いるって知ってた?」

 

 そのように語り出した普通科の男子は、ヒーロー科から落ちた他の科の生徒は「体育祭のリザルトによってはヒーロー科への編入も検討され、また逆にヒーロー科から落とされる可能性もある」のだと、薄ら笑いを浮かべながらA組全体に忠告をする。

 

「敵情視察? 少なくとも普通科(俺たち)は、調子乗ってると足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつ──宣戦布告をしに来たつもり」

 

 その言葉に賛同するものは多く、その場にいた普通科の生徒やB組の生徒までA組を敵対してしまった。──お前達を引き摺り下ろしてやるから覚悟しろよ、とその瞳が語っている。

 クラスメイト達は「爆豪のせいでA組全体がヘイトくらっている」と辟易していたのだが、ここで思わぬ伏兵が現れることになる。

 クラスの中でも空気を読まないトップスリーのうちの一人、赤黒操が閉じていた口を開いたのだ。

 

「でも爆豪の言っていることもわかるな。こんなくだらないことに時間使うくらいなら訓練でもし──モゴッ」

 

 操は芦戸に口を塞がれるが、時既に遅し。

 爆豪に向いていた鋭い視線のいくつかは彼女に向かって飛んできてしまった。

 芦戸が首を横に振って否定しても無駄であった。だって操と爆豪(火種の二人)が全く悪びれないのだ。それが着火剤となり、よりA組に対するヘイトが増える原因となっている。

 しかし火種のうちの一人、爆豪は空気を読むことなく我が道を行く。苛立ちを募らせる彼らを気にすることなく押し退け、その場から立ち去ろうとしていた。

 

「待てコラどうしてくれんだ!オメーのせいでヘイト集めまくりじゃねぇか!」

「……関係ねぇよ」

「はぁ!?」

「上に上がりゃ関係ねぇ」

 

 クラスでトップレベルの爆豪の言葉に、クラスメイトの何人かは感動して納得してしまった。確かに、上に上がれば問題ないのかもしれないと。

 ──残りの何人かは「いや、A組を巻き込むなよ」と「上に上がったところで口の悪さは関係ないだろう」と思っていたのだが、立ち去った爆豪は知るよしも無い。

 良くも悪くも、爆豪の言葉はクラスメイトと廊下にいた他クラスの人々を燃え上がらせたのだった。

 

「ここまで言い切ったなら決勝まで行かないと格好つかないな!」

「言ったのは俺たちじゃなくて爆豪だけどな」

「爆豪さんの意見がA組の総意だと思われるのは不服ですが……上を目指すという点では同意ですものね」

「お、お前ら何でみんなそんなやる気なんだよ……」

 

 峰田を除いた殆どのクラスメイト達は体育祭までの二週間、自身を追い込むためにトレーニングをしなければと意気込んでいた。

 操も普段の血液操作やジョギングなどの反復訓練だけでなく、本格的な対人戦がしたいと思い──とある人物の顔が浮かんだ。

 そして思い立ったらすぐ行動だ、と操は慣れない手つきでスマホを操作してそれを耳に押し当てる。

 何度目かのコールが鳴った後で聞こえた声に、早くも懐かしさを覚え、操は自然と口角を上げたのだった。

 

「もしも〜し、ヤワラさん? 土日暇? そっち行ってもいい?」

 

 そんな電話を受けたプロヒーロー、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの一員である虎ことヤワラは、数ヶ月前と変わりない操の声色に呆れつつも、どこか安心したのであった。

 

 

「おかえり、操」

「……ただいま、」

 

 ──慣れない言葉を使うのは緊張するなぁ。

 そう思いながらも数ヶ月前まで使用していた部屋に荷物を置いて、操はワイプシの四人に挨拶をした。

 金曜日の夜から夜行バスを乗り継いでやってきたこの山奥に、操はもはや懐かしさを覚えてしまう。それほど雄英での一ヶ月は色濃かったのだろう。

 平日は一人でトレーニングか雄英の施設を借りて友人と訓練をしていたが、やはり格上相手の対人戦も体育祭前にやっておきたかったのだ。そういう事で、彼女たちの力を借りて特訓するためここに来たのである。

 

 クラスメイトによっては警戒しているのか、訓練に誘っても断る者も多いのだ。特に酷かったのが爆豪と轟の二人だった。

 爆豪に声をかけたら無視をされ、轟に声をかけたら「興味ねぇ」と跳ね除けられた。視線すら合わなかった。これだからコミュニケーションが取れないやつは……。

 葉隠や芦戸は勿論の事、操より力が強くガタイの大きい障子や砂藤、速い飯田、硬くてダメージの通らない切島や、意外と対人格闘が得意な尾白などは快く承諾してくれた。

 女子相手に最初は遠慮していた男子が多かったが、操が容赦なくボコボコにすれば本気でぶつかってくるようになった。やれば出来るじゃねぇか……。

 

「お、洸汰じゃん久しぶり〜」

「お前、何しに来たんだよ」

「訓練!偉いだろう?」

「ケッ!」

 

 ──ケッとはなんだ、ケッとは。

 着替えて外でストレッチをしていると洸汰がやって来て、鋭い目付きで睨みつけてきた。

 なんだかその目付きと言動がクラスメイトの爆豪に似ていて少しだけ悲しくなった。成長した時「クソを下水で煮込んだような性格」と言われなければ良いのだが……。

 そんな操の心配を他所に、洸汰は操から視線を外して身を翻して歩き出してしまう。操がなんとなくその後を追いかければ彼は走り出したので、操も洸汰のペースに合わせて並走した。

 そんな操に洸汰はギョッとしながらも睨みをきかせ、短い足を必死に動かした。

 

「な、何なんだよお前!」

「逃げるから、つい」

「ついじゃねぇ!あっち行け!」

「……そう言われると追いかけたくなるなぁ! 待て待て〜、アハハ!」

「ついてくんな!!」

 

 そうやって暫く洸汰と遊んでいると、突然目の前に現れた虎に「子どもを追いかけ回すな」と怒られ操は回収されたのであった。

 彼の肩に担がれたまま「また遊ぼうね〜」と手を振れば「うるせぇ!」と罵声が飛んでくる。クソガキが……元気そうで何よりだよ!

 ──その後の訓練? 勿論、ボコボコにされましたとも、ええ……。

 暇をしていたのかリュウコさんことピクシーボブも参戦し、個性"土流"によって不安定な足場の中で虎と戦うことになったのだ。時々岩や木が飛んでくるので本当に大変だった。鬼キャットめ!

 

 訓練でボロボロになっても労わることなく「料理を作れ」と当然のように言ってのける彼女達がなんだか懐かしくて、操は疲れた体を引き摺りつつもニコニコしながら料理を作っていた。

 「大丈夫かしら……頭でも打った?」「なんかニヤついてるにゃん……」背後からそんな言葉が聞こえたが無視した。操はジャガイモの皮を剥くのに必死だった。

 久しぶりに振る舞った料理は「美味しくはないけど不味くもない!」と言われ及第点であった。お米も彼女達が炊くのと違って少し柔らかくなってしまった。

 ──けれどみんなで食べるご飯は美味しいと思ったので、操的には満点だった。

 

 そんな土曜日が終わって日曜日、朝から夕方まで訓練に明け暮れ満足した操は屋根の上に登って夜空を見上げていた。

 先ほど一番風呂に入り、今は夕食を待っているところだ。夕飯を食べたらすぐバスに乗らなければならないので、夕飯はトモコさんとリュウコさんが作ってくれるらしい。やったね!

 

「こんなところにいたの?」

「シノさん」

「外にいて湯冷めしない?」

「個性で体温調節できるから平気〜」

「便利ね……」

 

 よいしょと操の隣に腰掛けたシノことマンダレイは、夜空を見上げることなく操の瞳を覗き込む。

 

「学校はどう?」

「ご飯が美味しいぞ」

「まさかのご飯!? そうじゃなくて、友達とか他にないの? あと襲撃事件もあったでしょ、大丈夫だった?」

 

 襲撃──そう言われて思い出すのは血だらけの相澤と、涙を流す芦戸と麗日。怯えて震える青山に、口には出さずとも不安そうなクラスメイト達の姿。

 そしてはじめて操作した、他人の体内を流れる血液の感覚。その操作は凄く怖くて、とても大変だったこと。

 冷たい手が温もりを取り戻す瞬間に、誰かの助けになれたことへの喜び。

 拙いながらも思い出したことを順番に話していけば、シノは驚きで目を丸くしていた。

 

「免許ないからもうやっちゃダメって言われたけど……んふふふふ……」

「?」

「先生にありがとうって言われたぁ〜」

「──よかったね」

「うん!」

 

 シノが驚いたのは襲撃事件の内容ではなく、操についてだった。

 事件を語る声色は淡々としている時もあったが、友人や担任の話になると語尾が強くなったり弱くなったりしていたのだ。さらに表情も、眉を顰めたり目を伏せたりと変化している。

 何よりもお礼を言われたのだと、それだけなのに嬉しそうな笑みを浮かべる操の変化はシノにとって嬉しいものであった。

 操は出会った時よりずっと子どもっぽくなった。それは悪い意味ではなく、年相応になったという意味で。

 出会った時は全てを信用していないような瞳をしていて、取り繕った笑みを浮かべた大人び過ぎた子どもだったから──雄英という環境はこの子にとって、良い環境なのだろうと思った。

 操を見ればそうなのだと、聞かずとも理解することができたから。

 

「私の個性って、誰かを救うことが出来るんだね」

「免許を取ったら、もっとたくさんの人を救うヒーローになれるわよ」

「……うーん、それはどうだろうなぁ」

 

 嬉しそうな表情とは一変して目を伏せる操が、シノは不思議でならなかった。

 操のことだから「ならばたくさんの人を救ってやろう!感謝しろ!ワハハ!」とでも言うと思っていたから。

 

「……どうしてそう思うの?」

 

 昔だったら、彼女は答えなかっただろう。取り繕った笑みを浮かべるだけでシノに本音を打ち明けることはなかっただろう。

 けれど今の操は何度か口を閉じたり開いたりして迷いながらも、シノの問いかけにちゃんと答えようとしていた。

 

「……私はいい社会のためとか、思ってなくて」

 

 ──信念なく力を使うことは許さないとか、より良い社会にするためにヴィランを倒そうとか、そんなことは思っていない。

 

「ただ、近くで怪我をしたり悲しんでいる人がいるのが、嫌なだけ」

 

 両親を失って空っぽになってしまった洸汰。

 恐怖で足がすくんで、青ざめながら震えていた青山。

 不安と恐怖に押しつぶされ、泣いていた芦戸や麗日。

 そしてあり得ない方向に曲がった腕に、赤黒く血に染まった相澤。

 ──彼らを見て、私はこの力を使おうと決めたのだ。兄との約束を破って、信念もなく戦うことにしたのだ。

 

「そんな風に悲しむ人たちを見ていると、耐えきれなくて」

 

()が悲しくなるから、何とかしたいだけ」

 

「──身勝手で自己中心的な考えだろう?」

 

 それを聞いて、送崎信乃は絶句した。

 ──世界中の人々を救う、そこまで言わなくとも手の届く範囲の人を助けたいと思うのはヒーローとして立派な理由だと思ったから。むしろ今のご時世では珍しいほど真っ当な理由だろう。

 それなのに操は過ごした環境のせいなのか、それとも()の影響なのか、自分の考え方は身勝手で自己中心的だと──そう思い込んでしまっている。

 ヴィランの家族ということで罪悪感を募らせているのも、その考えに一石投じているのかもしれない。兄を止められなかった事への後悔が、ステインが罪を重ねるたびに操の首を絞めている。

 なにより操自身が、自分はヒーローに向いていないと誰よりも思ってしまっている。シノはそのことに二年間気付けなかったことを後悔した。

 それでも今気付いたからこそ、このままではいけないと思った。

 ──このままにしておくといつか絶対に、彼女は折れてしまうから。

 ヒーローとして、なによりも大切に思う操の未来のために。彼女の考え方を変えなければならないと思った。

 

「ご飯だよ〜!」

「──ご飯!?」

 

 しかしタイミングが悪く、シノが口を開こうとしたところをトモコの明るい声が遮ってしまった。どうやら夕食が出来たらしい。

 "ご飯"の単語を聞いた操は勢いよく立ち上がり、目を輝かせて屋根の下にいるであろうラグドールに声をかけている。

 

「今日のご飯何!?」

「カレーだにゃん!」

「トモコさん大好き!」

「コラ! 手ぇ洗ってきなさい!」

「ねこねこねこ、カレーは逃げないよ!」

 

 カレーに釣られ勢いよく屋根を飛び降りて駆け出していった操に、一人残されたシノは困ったように息を吐く。

 そして──彼女の担任はイレイザーヘッドだっけ。そう思って、彼の連絡先を知っていたことに安堵した。

 カレーを前に目を輝かせている操を見つめながら、シノは後で彼に連絡を入れようと決めたのだった。

 彼女の行く未来を案じながら。

 願わくばその瞳が、いつまでも輝いたままでありますようにと。

 

 

 

 雄英体育祭、本番当日。

 控え室で待機するA組の生徒には、緊張している者、集中している者、そして雑談に花を咲かせている者達がいた。

 操もいつも昼食を共にしている芦戸や葉隠の近くで、400㏄の輸血パックを片手にどうしようかと思案している所だった。地味にポケットに入らない大きさなのである。

 

「それ、持ち込みオッケーだったの?」

「全国放送で自傷されても困るからって、先生から貰った。けど400㏄のパック一つだけどね」

「青山くんのベルトみたいなもんかな?」

「そんな感じかなぁ」

 

 操は雄英高校に入学しても定期的に採血をしていて、訓練ではその血液を使用している。

 今回の体育祭でも各ステージごとに400㏄の輸血パックを一つずつ与えられることになったが、正直なところ貰えるならばもう少し量が欲しかった。貰えないより貰えるだけマシだが……。

 

「緊張するね〜!」

「じゃあおまじないする?」

「おまじない?」

「そそ、手に"人"って書いて飲み込むヤツ!」

「の、飲み込む……??」

 

 足をバタつかせて緊張を解そうとしている葉隠に、芦戸は桃色の手のひらを見せておまじないを提案していた。

 操もそれに乗っかって自身の手のひらに"人"と書いてみたが、飲み込むの意味がわからず首を傾げてしまった。

 思わず葉隠を見たけれど、彼女は"見えない"ため手が飲み込まれたのか、飲み込まれていないのか、どうなったのかはわからない。

 操が見えない葉隠をじっと見つめたまま首を傾げていると、ずっと黙っていた轟が立ち上がって緑谷の目の前へ立ち塞がった。

 

「緑谷、お前オールマイトに目をかけられてるよな。別にそこを詮索するつもりはねぇが……客観的に見ても実力は俺の方が上だと思う。でも、お前には勝つぞ」

 

 クラスの中でも寡黙で話しかけにくい轟が、緑谷に対して宣戦布告をしたのだ。クラスメイトの殆どが「何故轟が、緑谷に?」と思っただろう。

 それは緑谷本人も思っているようだったが、彼は彼なりに体育祭で優勝を狙う信念があった。だからその宣戦布告を受け取って、轟に叩き返したのだった。

 

「轟くんが何を思って僕に勝つと言っているのかはわからないけど……でも、みんなが本気でトップを狙ってるんだ。僕も本気で獲りに行く!」

 

 そんな二人の熱いやりとりは、それを見ていたクラスメイト達の心にも火を灯した。

 例え自分達が轟の眼中になくとも、負けるつもりはないのだと。

 

「私らは眼中にないって感じか〜……」

「でもやったろ!目に物見せてやろ!」

「うん!透ちゃんにも負けないよ!」

「私だって三奈ちゃんに負けないから!」

 

 やる気満々の二人が操に向き直る。操にも負けるつもりはないのだと、その空気から察することが出来た。

 ──ならばこちらも答えよう。

 何故ならば、優勝を狙う操は二人に負けるつもりは一切ないのだから。

 

「フフ、お前たち私に勝てると思──」

「みんな!準備は出来てるか!?もうじき入場だ!!」

「「「……」」」

 

 しかし台詞の途中にも拘らず、委員長としてクラスメイトを先導しようと声を上げた飯田に邪魔をされてしまった。

 まさかのアクシデントに操たち三人は少しの間を置いてから、顔を見合わせて思いっきり笑った。何が面白いのかさっぱりわからなかったが、なんだかとても面白かったのだ。

 だが有難い事に、その笑いは体を縛り付けていた多少の緊張を解きほぐしてくれた。それはいい意味であり、いつも通りのパフォーマンスが出来そうだと思った。

 

「何笑ってんだお前ら……」

「ったく、緊張感ねぇよな〜」

「なんでもないよ、ね!」

「あぁ」「うん!」

 

《群がれマスメディア!今年もお前らが大好きな高校生たちの青春暴れ馬──雄英体育祭が始まるぜ!アァユウレディ!?》

 

 雄英体育祭とは。

 ヒーローの卵達が我こそはと鎬を削る年に一度の大バトル。

 特に今年は、ヴィランの襲撃を受けたにも拘らず鋼の精神で乗り越えた、奇跡の新星がいる。

 

《──ヒーロー科!1年A組だろぉぉぉ!!》

 

 そうして私たちは、プロヒーロープレゼントマイクの合図を皮切りに歩き出す。数多くの歓声を浴びながら、操たちA組は競技場へ入場する。

 その歓声と熱量に吹き飛んだ筈の緊張が戻って来そうだったが、操は上手い具合に気を引き締め歩みを止めることはなかった。

 降り注ぐ期待と歓声の中、見上げれば大きなスクリーンに操の顔が映し出される。

 ──もう後には引けない、走り続けるだけなのだと胸に刻みつける。

 そしてグラウンドで出席番号順に並び、選手宣誓が行われた。

 

「せんせー、俺が一位になる」

「絶対やると思った!!」

 

 前代未聞の選手宣誓のせいで観客も選手もどよめく事態に陥ったが、問題なく会場のボルテージは上がっていく。一人一人が、心に炎を燃やしているから。

 自身を追い込み完膚なきまでの一位を目指す者、因縁のため片方の力で頂点を目指す者、受け継がれた力を胸に一位を目指す者、そして頂点に立ち兄への叛逆を示す者。

 誰もが己の信念の為に、絶え間なく心に薪をくべ、その炎を燃え上がらせていた。

 ──見てろよ、ステイン(お兄ちゃん)

 操は決意を胸に、ただ前だけを見た。

 兄を待つだけの、暗い部屋で一人ぼっちの小さな彼女はもういない。あの部屋から飛び出して、赤い(わだち)を追いかけているのだから。

 

 こうして、体育祭の幕は開けた。

 

 

 第一種目、障害物競走。

 一学年全員での総当たりレースであり、ゴールまでは四キロあって障害物を避けながら走り抜ける必要がある。そしてコースさえ守れば何をしたって構わない、そんなルールであった。

 ──それは、入学試験と違って他者への妨害も可能ということだろうなぁ。

 これは予選であり、本戦や決勝に進むためにはただゴールすればいいというわけではない。例年通りなら人数制限がある筈なので、上位を目指す必要がある。

 必然的に、スタート地点であるゲートは満員電車のようなすし詰め状態になっていた。誰もが有利な条件でスタートしたいと思うのは当然である。

 ──必ず狭いゲートを通らなければならないから、そこを突破できるかがまず試されるというわけだろう。

 操はそう考えながらも体内の血液を操作し、循環させて身体能力を上げていく。

 そして小さい体を利用してなるべく前に出ようとするが、その度に睨まれたり舌打ちが飛んできたのでとても治安が悪いと思った。

 

《スタート!!》

 

 合図と共に沢山の生徒が押し合って前に進むので、スタート地点では体の自由が利かない状況となっていた。

 ──妨害ありの競技なら、出来るだけ邪魔者は早めに排除したいと思うだろう。

 操の個性では大人数を相手にすることはできないが、クラスメイトにそれが可能な個性を持っている者がいる。

 そこまで考え操は前ではなく上に飛んだ。そしてその狙い通り、足元を氷が駆け抜けて辺り一帯を氷漬けにしていく──勿論、人の足をも巻き込んで。

 ──私が轟ならこうやって邪魔者を減らすだろうから、なんとなくわかっていた。

 

「クラスの連中は当然として、思ったより避けられたな……」

「前が凍れば後ろは避けやすいからな」

「──!?」

「やぁ、前に誰もいないっていうのは走りやすくて良いな!」

 

 後方を確認しながら独りごちた轟の言葉を、並走しながら拾ってやれば驚いたような視線がこちらを向く。操はそんな轟の丸くなった瞳に気分を良くしてニヤリと笑ってみせた。

 操が個性を使って走れば、50メートル走を5秒で走り抜ける速度になるのだ。それは氷を使わず普通に走る轟よりも速く、こうやって並ぶのは別に不自然なことではない。

 

《さぁ実況していくぜ!解説アーユーレディミイラマン!》

《無理矢理呼んだんだろうが……》

 

 操は過去の家庭環境の劣悪さと女性という性別故、あまり体格が良い方ではなく、むしろ平均を大きく下回る体格である。それ故、基本的に個性を使って身体能力を強化していないとまともに戦えないのだ。

 ──それは裏を返せば、訓練中は常に個性を使用しているということ。そして個性を常に使わなければならない事から、訓練以外でも個性を使用しキャパシティを底上げしてきたのである。

 ワイプシとの二年間、寝ている時以外は殆ど個性を使用し体や脳を活性化させて生活をしていた。今更四キロの間ずっと個性を使う事など、どうってことはない。

 流石に個性のキャパシティを回復することはできないが、疲労の回復はできる。

 つまり、操は個性が尽きるまでは疲労を伴うことなく個性を使い続けることができるのだ。

 

《ゲートを抜けて先頭に躍り出たのはA組の赤黒と同じくA組の轟だァ!》

「お、カメラが寄ってきたな。ピースでもしておくか?」

「……、」

「いえーい、ぴーす……って危な!」

 

 ギロリと視線に鋭さが伴ったと思ったら、轟から氷塊が飛んできたので操はピースをやめてそれを一つ一つ叩き落としていった。勿論血液ではなく拳である。

 しかしそれでは芸がないので、操は輸血パックを取り出して宙へ投げた。その中から大量の赤い蜂が飛び出して、勢いよく轟に襲いかかる。

 そして凍らされる前に操作して回避させ、再び飛んできた氷塊を叩き落とす。そのように、二人は少しの間睨み合いと個性による牽制をしていた。

 

《さぁいきなり障害物だ!まずは手始め──ロボ・インフェルノ!!》

 

 しかし隙をついて飛び出してきた峰田が何かに殴り飛ばされて別の方向に吹き飛び、操と轟も思わず足を止める。

 それは峰田を心配したわけではなく、目の前に立ち塞がるロボットを見上げたからであった。

 二人の前に立ち塞がるロボットは、入試の実技試験で最後に出てきたゼロポイントのお邪魔虫。ビルほど高いその大きさに思わず圧倒され、足を止める生徒は数多くいる。

 フィールドを埋め尽くさんばかりの大量のロボットに、操と轟は睨み合いをやめて左右に分かれロボットと対峙する。

 ──関節を固定するにも血が足りないし、避けていくしかないかなぁ。

 向こう側ではロボットが凍りついているため、轟が上手い事やっているのだろう。しかし操はそのような個性の使い方はできないため、地道にやっていくしかなかった。

 大型ロボットの横を通り抜けるように走れば、大きな足が操を踏み潰そうと振り下ろされるのでそれを避ける──が、避けた先には小型のロボットがいて、操の行手を阻んでいた。

 

「ブッ殺──」

「範囲攻撃いいなぁ……ま、ないものねだりしても意味ないけど、なっ!」

「ブッ──」

「ハイハイ壊しちゃおうねぇ〜」

 

 そんな風に行手を遮って邪魔をしてくる小型のロボットを容赦なく叩き壊し、ヒットアンドアウェイでは無いが、操は殴って避けてを繰り返して地道に前へ進んで行く。

 轟だけでなく上空を駆け抜けていった者達にも追いつかれてしまったが、こればかりは仕方ないと思い黙って体を動かした。

 

 

 

《第二関門、落ちればアウト!それが嫌ながら這いずりな!──ザ・フォール!!》

 

 そして続いて現れたのは大きな穴と、それを繋ぐ多数のロープだった。

 空を飛べる個性ならなんてことはない障害物だが、陸を走るしかない人からすれば不安定なロープを握りしめて前に進むしかない障害物。

 他者からの妨害もあり、落ちたらタダじゃ済まないとなれば、足がすくむのは無理がないステージであった。

 操も不覚ながら、一瞬足を止めてどう切り抜けるか考えてしまった。

 ──ロープを這っていたんじゃ時間がかかってしょうがない!

 そうは思っても操に飛ぶ手段はない。あるにはあるが、400㏄の血液では出来ないのだ。

 どうすべきかと思案していれば、視界に前を行く轟の姿が映る。彼はロープを凍らせ、その上を驚異的なバランスで滑っていた。──それを見て、操は閃いた。

 操は身体能力を強化させたまま、なるべく足にエネルギーを集中させていく。

 そしてそのまま、走り幅跳びの要領で向こう岸に向かってジャンプした。

 

《距離足りてねぇぞ赤黒ォーー!!》

 

 プレゼントマイクの実況を聞きつつも、操は集中して血液を操作した。この血液とは体内のものではなく、宙に浮かぶ血液のことだ。

 操作した血液を着地点のロープに絡め、瞬間的に凝固させる。そしてそこを足場に、操はもう一度跳躍した。

 

《って再び飛んでるーー!!不安定なロープの上をよく足場にしたなァ!》

《赤黒の個性"操血"で一時的に足場を作っているんだろう》

《成る程!器用だな、A組赤黒操!》

 

 ──いいぞプレゼントマイク、何度でも私の名前を呼べ!

 操は気をよくしたまま、近寄ってきたカメラに向かって両手でピースした。《見ろこの赤黒のドヤ顔!ピースして余裕って感じだなァ!》とか何とか言われているが気にしない。少しでも目立つためである。

 400㏄の血液では量が足りず、操を支えて運ぶのは無理がある。しかしロープに絡めた上で一瞬足場にするくらいなら問題はないのだ。

 なので操は瞬間凝固、そして足場の役目を終えたら融解させて再び着地点へと操作し凝固させる。それをひたすら繰り返し、ぴょんぴょんと飛びながら前へと進んで行った。

 体内の血液だけでなく宙を漂う血液も細かく操作しているため、ピースとドヤ顔をしている場合ではなく、内心はとても集中していた。集中しないと奈落の底に堕ちる可能性があるので、カメラが離れたら操の表情は真剣そのものになる。

 そんな操の上空を、爆豪が勢いよく通り過ぎて行った。

 

 

《そして最終関門!かくしてその実態は一面地雷原──怒りのアフガンだ!!》

 

 トップであれば後続をいかに追いつかせないか考えなくてはならないが、残念なことに操は第一関門で時間がかかったためトップではない。

 故に、後続を気にせず前に出ることを意識した方がいいと判断した。何故ならば、操が目指しているのは二回戦への切符ではなく、この種目の一位なのだから。

 

《地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!目と足酷使しろ!!》

 

「俺には関係ねぇー!!」

 

《おっと!ここで爆豪が空中から追いついた!先頭が変わったー!!》

 

 先を行く爆豪と轟を追いかける次点の集団は主に四人。操と飯田、そして他クラスの二人だった。

 飯田は地雷を無視して個性"エンジン"を使って走っているが、爆風によって上へ打ち上げられバランスを崩し上手く前へ進めていない。

 他クラスの男子は地面を軟化させているのか、理論は不明だが不安定な足場の中地雷を処理して走っているようだった。

 他クラスの女子は荊のような長い髪の毛で先に地面を叩き、爆発させてからその道を進んでいる。

 そして操は凝固させた血液を弾丸のように撃ち出して、自分が走る前の地面に着弾させていた。爆風で血液が吹き飛ばされ残量がどんどん減っていくが、気にしている場合ではない。

 まるでマシンガンのように血液を撃ち出して地雷を爆発させ、かつ爆風が消える前に凄まじい速度で駆け抜ける操には荊が飛んできたり、地面が軟化したりと妨害があったのだが──そのお返しとして血液を飛ばし相手の足元の地雷を爆発させてやった。

 前を見れば、轟と爆豪も後ろの四人に負けないような激しい攻防を繰り広げている。

 

 ──しかしそんな攻防をまるで嘲笑うかのように、後方から凄まじい爆発音を伴って緑谷出久が飛んできたのだった。

 

《A組緑谷爆発で猛追──っつーか抜いたぁぁぁ!!》

 

 後方から一気に追い上げた緑谷は着地の際に再び地雷を爆発させ、爆豪と轟の二人を妨害しつつ自身は爆風によって前に出る。

 そしてそのままスタジアムに向かって走り抜き、一位のゴールテープを切ったのだった。

 

《さァさァ序盤の展開から誰が予想できた!? 今一番にスタジアムへ帰ってきた男──緑谷出久の存在を!!》

 

 降り注ぐ歓声の中、地雷原を抜けた操は最速で走るが轟と爆豪に追いつくことは叶わず四位という形でゴールをした。

 雄英高校での四位という順位は、喜び誇っていい数字だろう。しかし操だけでなく、二位の轟も三位の爆豪も、誰一人として喜んでいなかった。

 

「…………」

「また……くそっ……くそが……!」

「まったく、課題が多いなぁ……」

 

 何故なら、彼らは一位を目指していたから。

 意外性を発揮し個性を使わずに一位を獲っていった緑谷に、悔しさを滲ませるしかない。

 操は個性を使わずにギミックを利用して戦う考えはなかったので、その発想力を凄いと思いつつも、やはり悔しい思いを隠しきれなかった。

 何より緑谷が一位をとらなくとも、操は爆豪と轟の二人には追いつけなかっただろうから。それを理解して、一筋縄ではいかないなぁと再度気合を入れ直すのだった。

 

 

 

「──ようやく終了ね、それじゃあ結果をご覧なさい!」

 

 四位でゴールした操は、続いてゴールしてきたクラスメイト達と共に棄権していない全参加者がゴールするまで待つこととなった。

 そしてしばらく経つと第一種目が終わり、大きなスクリーンには第一種目の順位と名前が映し出される。その順位は四十二名までであり、それ以降の名前はない。

 

「予選通過は42名!よってここからはこの42名のみが、本戦に参加することが出来るわ!」

 

 見渡す限りA組は全員いるようで、流石ヒーロー科だと思った。ここで落ちたら普通科の男子生徒が言っていたように、ヒーロー科から降格させられる可能性もあっただろう。

 そんな中、発表された第二種目の競技は騎馬戦であった。

 

「参加者は二人から四人のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ!基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど、一つ違うのが先程の結果に従い各自にポイントが振り当てられること!」

 

 ミッドナイトの説明を聞きながら、操はいち早く誰と組むべきか思案していた。

 上鳴の"放電"のような、仲間が被弾してしまう個性とは出来るだけ組むのは避けるべきで、攻守共にバランスのいい個性を持っている者と組むのが理想である。

 しかし自分が組みたい相手と組めるわけではない。何故なら皆勝ちを狙っているから、お互いにメリットがある個性でないと組んでもらえないだろう。

 例えば轟なんかは攻守共にバランスが取れているので、誰だって組みたいと思う。だから轟はその中で自分の好きな個性を選別することができるのだ。残念ながら操が立候補したところで、轟に選ばれることはないだろう。

 故に、操はとあるクラスメイトに狙いをつけていた。これならお互いにメリットがありつつ、上手く立ち回れるからだ。

 

「与えられるポイントは下から5ポイントずつ!42位が5ポイント、41位が10ポイント……といった具合よ!」

 

 そしてポイントが振り当てられるとなると、なるべく高いポイントを持っている人と組んだ方がいい。

 後から奪えばいい話だが、どのようなチームになるかわからない以上、はじめから持つポイントは高い方がいいに決まっている。

 操は四位であるためポイントが高い。故に、基本的には組んでもらえる立場であるが──。

 

「そして一位に与えられるポイントは1000万!」

「……1000万?」

「えぇ、そうよ!この騎馬戦は上位の奴ほど狙われちゃう下克上サバイバルよ!」

 

 ──それにしても、1000万はやりすぎてはないか?

 操は他の参加者と同じくコケシのように固まった緑谷を見つめた。緑谷の周りからはみるみるうちに人が離れていき、その様子に流石に同情してしまう。ぶっ飛びすぎだろ雄英高校……。

 一位の緑谷が1000万なら、この第二種目は実質1000万の奪い合いになる。誰だって安全に決勝まで勝ち進みたい、そう思うだろう。だから緑谷と組みたく無いのだ。

 しかしこれだけの人数がいれば、勿論例外もいるもので。操は周りから距離を置かれる緑谷をみてほくそ笑んだ。

 

「上をいく者には更なる受難を。雄英に在籍する以上、何度でも聞かされるよ──プルスウルトラ!」

 

 

 第二種目、騎馬戦。

 制限時間は十五分。個人に振り当てられたポイントの合計が騎馬の持ちポイントとなる。

 騎手はポイント数が表示されたハチマキを装着し、終了までにハチマキを奪い合って保持ポイントを競うのがこの騎馬戦のルールだ。

 たとえハチマキを奪われゼロポイントになったとしても、騎馬が崩れたとしても失格にはならず、十五分の間は全ての騎馬が戦い続ける事になる。

 

「個性発動アリの残虐ファイト!でも、あくまで騎馬戦だから悪質な崩し目的での攻撃はレッドカードとみなします」

 

 ──それじゃこれより十五分でチーム決め交渉タイムスタートよ!

 その言葉を皮切りに、参加者たちは動き出していく。人気なのは想像通り轟、そして意外な事に爆豪の周りにも人が集まっていた。

 しかし操が組みたいのはその二人ではないので、目当ての人物を探し出し、そして──。

 

「や〜い!1000万〜!!」

「赤黒さん!?」

「なんか冷やかしにきた!?」

「フ、そんなわけないだろう。お茶子、出久。私と組もうか!」

「いいの!?」

 

 操は麗日お茶子と緑谷出久の目の前に来ていた。仁王立ちをし、偉そうな出立である。

 しかし緑谷は気を悪くする事なく、ブサイクな顔で涙を流し喜んでいた。その様子に「わっ、また泣いた」と麗日が苦笑いをしている。

 

「で、でも僕1000万だから超狙われると思うけど……」

「それがどうした? 全て迎え撃ってやればいいだろう」

「はわ……操ちゃん自信満々だね」

「もしかしてなにか作戦が……?」

「まあな、キーマンはお茶子だ」

「私?」

「とりあえず後一人くらいは欲しいだろう、先にチームメイトを決めよう。候補はいるのか?」

「えっと、実は──」

 

 緑谷がチームを組むなら意思疎通がスムーズにできて、1000万というポイントを保持し続ける為の個性を有した者が希望らしい。

 そのためまずは逃げる為の機動力を確保したかったのだが、最有力候補であった飯田からは「キミのライバルとして挑戦したい」と断られてしまい、途方に暮れていたそうなのだ。

 

「機動力は心配するな、私とお茶子で何とかできる」

「え、私!?」

「ああそうだ。だから現状私たちのチームに足りないのは……」

 

 操とお茶子による合わせ技の機動力、そして操の操血による遠距離、中距離攻撃に緑谷の超火力。

 ──緑谷の超火力は衝撃が強すぎて自身の騎馬を崩す要因になる為、必然的に緑谷は騎手が望ましいだろう。

 そうなると必要なのは騎馬になる人物だ。操とお茶子の女性二人が既にいることから、なるべく男性の方が安定するだろう。

 ポイントが高い故にいろいろなチームから狙われることを考えたら、なるべく遠距離や中距離で攻防出来る個性が望ましい。操だけだとその役目は荷が重いから。

 そして幸運な事に、そのすべての条件に当てはまるクラスメイトがいる。

 

「えっと、そうなると?」

「常闇君!」「常闇だな」

 

 操と緑谷の声が重なり、二人で深く頷き合う。

 そして辺りを見渡せば一人でいる常闇を発見したので、他に声をかけられる前に操は彼の肩に腕を回したのだった。

 

「やぁ、常闇。勝ち馬に乗る気はないか?」

「──ほう、俺を誘うか。血に染まりし者よ」

「…………!」

「ち、血に染まりし者……?」

 

 麗日が不思議そうに首を傾げているが、操はなんだか懐かしく感じてしまった。何故ならば、兄と似たような匂いのする発言が飛び出してきたからだ。

 彼の瞳には一切ふざけている様子はなく、至って真面目だった。これは──厨二病語彙力検定上級者と見た。

 操は思わず唾を飲み込んで、恐る恐る口を開く。

 

「漆黒の共存者よ、我らと共に覇王となる気はないか? この戦いを制し、蒼穹を仰ぎ見る覇者だ」

「赤黒さん何言ってるの!?」

「フッ……面白い……いいだろう!」

「いいんだ!?」

 

 こうして、操の言葉に瞳を輝かせ満足そうに頷いた常闇は仲間に加わる事になった。操は自身の厨二病語彙力に自信がないため、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。

 そしてそこで明かされたのは彼の個性──ダークシャドウについて。

 ダークシャドウは操の操血による操作とは違って、常闇の意識と関係なく動き回る個性なのだ。発動するというより伸縮可能なモンスターを身に宿している、といった方がわかりやすいだろう。

 常闇はそんなモンスターであるダークシャドウを制御する立場なのだ。

 彼の個性ダークシャドウは光や火に弱く、日中では力を充分に発揮できない。それ故、轟や爆豪、上鳴の個性とは相性が悪いらしいのだ。

 

「ある程度なら、私が轟や爆豪を近付けさせないように出来る。電気の攻撃は無理だけどな」

「そこはダークシャドウに頑張ってもらうしかないか……」

「常闇くんに防壁に徹してもらって、赤黒さんの操血で遠・中距離攻撃をして牽制する!」

「フフ、ハチマキを確実に奪う秘策もあるぞ! クラスメイトなら警戒して近寄りたくても近寄れないだろうよ」

「しかし俺たちは確実に追われるが、その場合どうするのだ?」

「私がキーマンなんだっけ?」

 

 不安そうに首を傾げる麗日に、操は笑いかけた。

 

「そもそも、私が声をかけたのはお茶子と組みたかったからなんだ」

「デクくんじゃなくて私と?」

「そう。私の個性は血が付着したモノも操れる。けど重ければ重いほど大量の血液が必要になってくるんだ。

 ──で、今手元にあるのは400㏄の輸血パック一つだけ。普通(・・)ならそれでは到底人を動かすことはできないんだけど……」

「そうか!麗日さんがいれば赤黒さんは人を自由自在に動かすことができる!」

「ご名答!お茶子の個性があれば私たちは空を飛べるぞ!」

 

 お茶子の個性"ゼログラビティ"で全員の体重をゼロにすれば、400㏄の血液でも問題なく宙を舞うことができる。

 それに常闇とダークシャドウがいれば移動中の攻防も万全となり、より安全に移動することが出来るのだ。

 ──唯一の問題として、麗日が自分自身を軽くするのは得意では無いということだろう。

 本来なら操が騎手を務め、一人空を舞うことを想定していた。しかし緑谷が騎手であり、尚且つ1000万のポイントを所持しているとなると騎馬単位の移動が必須になってくるだろう。

 その場合、操はハチマキを気にする騎手を務めるより、操作に集中できる騎馬の方が都合はいい。

 麗日に無理をさせる事になるが、ほんの数秒でも自身を浮かせてくれれば騎馬単位での移動が可能になるのだ。重さがゼロならそれなりの速度で移動できる為、一瞬にしてその場を離脱することが可能になる。

 

「麗日さん、いけそう?」

「やるよ!だって勝ちたいもん!」

「フッ、よく言った」

「ならば目指すのは頂点だ!」

 

 四人で拳を突き出した。

 轟チームや爆豪チームは手練れ揃いだ。そしてA組だけでなく、個性がわからないB組も脅威となるだろう。

 それでも勝ちを譲る気は無いのだと、操たち四人は円陣を組んで気合を入れた。

 こうして緑谷チームの四人はミッドナイトによって手渡された10000500ポイントのハチマキを受け取り、次の戦いへと身を投じるのだった。

 

「あ、出久ちょっとハチマキ貸して」

「?」

「これは私たちのモノだと印をつけておかないとな」

 

 奪わせる気は無いが、たとえ奪われたとしても返してもらうために。

 操はニヤリと笑って、ハチマキに()を付けたのだった。

 

 

 

《さァ上げてけ(とき)の声!!血で血を洗う雄英の合戦が今──狼煙を上げる!》

 

「麗日さん、赤黒さん、常闇くん……よろしく!」

「あぁ、目指すは一位だ!勝ちに行くぞ!」

 

《準備はいいかなんて聞かねえぞ! いくぜ!残虐バトルロワイヤル──スタート!》

 

 開戦の狼煙が上がる前から、熱い視線が向けられていた事には気付いていた。実質1000万の奪い合いという事から、狙われる事も分かっていた。

 

「それの争奪戦だ!覚悟しろA組!」

「はっはっはっ!緑谷くん、操ちゃん!1000万はいただくよー!」

 

 そしてその予想通り、合図と共に駆け出してきたのはB組のチームと葉隠チームだった。

 B組チームは名前と顔が一致しない者が多いが、操にもわかる人物が二人だけいた。それは、障害物競走で最後鎬を削った者たちだった。そしてその二人が、操たち四人に襲い掛かってくる。

 ──アイツらは、塩崎茨に骨抜柔造!

 塩崎は遠距離攻撃が可能である上に、骨抜は地面を軟化させる事が出来た筈だ。二人の個性により、動けなくなったところでハチマキを奪われる可能性がある。

 これは単なる無謀な突撃ではなく、獲れると判断した上での襲撃だろう。

 葉隠チームも葉隠が上着を脱いでいる事から動きがわかりにくいのが厄介だし、騎馬には中距離攻撃が可能な耳郎と、遠距離攻撃が可能な青山がいる。砂藤は気にしなくていいだろうが、開戦から直ぐに厄介な個性持ちとぶつかるとは──流石は雄英!

 

「早速来た!?」

「いきなりの襲来とはな……まずは二組だ、追われし者の宿命(さだめ)、選択しろ緑谷!」

「勿論逃げの一手!」

「お茶子離脱の準備しろ!動けなくなるぞ!」

「えっ──うわぁ!?」

 

 操の言葉が終わるや否や、予想通り地面が軟化し騎馬は沼に沈んでしまう。

 操はバランスをとりつつも血液を弾の様に撃ち出して襲い掛かる二チームを攻撃するが、塩崎には弾かれてしまった。しかし葉隠チームの足を止めることは出来た。

 

「麗日さん合図を!」

「うん!……操ちゃんいけるよ!」

「よしきた!」

 

《っと早速狙われた緑谷チームだが──飛んだァ!!》

 

 個性"ゼログラビティ"と"操血"の合わせ技のお披露目だ。

 予め血液を全員の膝と太もも辺りに這わせてあったので、操はそれを操作して一気に上空へと退避した。

 耳郎の"イヤホンジャック"と塩崎の"ツル"が後を追いかけてくるが、常闇のダークシャドウが難なくそれを弾いていく。

 操はなるべく人の少ない場所を目指して着地をし、緑谷チームは一時的に戦線を離脱して仕切り直すことが出来た。

 

「アッハッハッ〜!空を飛べるとは、最高だなお茶子!」

「う……っ」

「大丈夫、麗日さん?」

「ほんの数秒やったし……まだいける!」

 

《さァまだ二分も経ってねぇが早くも混戦!各所でハチマキを奪い合いだァ!!》

 

「奪い合い……? 違うぜこれは、一方的な略奪よぉ!」

「一難去ってまた一難、とういうヤツだな」

 

 比較的誰もいない所に着地したとしても、自分達だけでなく他の騎馬も動いていて常に戦況は変わっている。

 操が横から飛んできた物体を撃ち落としてそちらに視線を向ければ、クラスメイトの障子がこちらに向かって走ってくるのが確認できた。

 しかし障子の個性に遠距離攻撃は不可能である。それにこの騎馬戦では最低二人でチームを組まなければならない。故に個性"複製腕"によって覆われている背中に、誰かが隠れている可能性が高い。

 そう判断した操は血液を操作して、容赦なく複製腕に覆われた空間へと撃ち出した。

 

「テメェ赤黒!危ねえだろうが!」

「峰田ちゃんハチマキは?」

「無事だよ!アイツらに逃げられたけどな!」

「操ちゃんと常闇ちゃんがいるから迂闊に近寄れないわね」

 

 そこでは目をバキバキにかっ開いた峰田がブチ切れていたのだが、既にその場を離脱した操たちに届くことはなかった。

 しかし操たち四人に休む暇などなく、一難去ってまた一難は再び訪れる事になる。

 上空から聞こえた爆発音に、四人は嫌な予感がして視線を上空に向けざるを得なかった。

 

「──かっちゃん!?」

「調子乗ってんじゃねぇぞクソが!!」

 

《おおおお!? 爆豪が騎馬から離れたぞ!?良いのかアレ!?》

 

 そこには爆豪勝己がいた。騎馬単位の移動ではなく、一人で空を飛んで。

 当たって砕ける特攻どころか、その瞳からは緑谷を粉々に打ち砕かんばかりの闘志が見てとれる。

 常闇のダークシャドウは火が苦手だ。ならば、ここで爆豪を抑えるのは操の役目だった。

 

「飛んで火に入る夏の虫、という言葉を教えてやろう」

「──!?」

 

 操がすべての血液を網目状にし、爆豪を捕獲しようとわざと(・・・)大きめに広げて展開する。

 爆風の勢いで移動していた爆豪に避ける術はなく、血液が付着するのが目に見えていたが──これはチーム戦である。爆豪の後方からテープが勢いよく飛び出し、それは爆豪の腕に巻き付いて血液に触れる事なく彼を回収した。

 操の目的は爆豪の捕獲ではない為、それを残念には思わない。しかし速さと攻撃力を兼ね備えた爆豪を牽制するのは操の役目なのだ。

 故に、もう一段階踏み込む事にする。

 

「もう一発だ。ほら、食らえ!」

「──チッ」

 

 操は爆豪のハチマキ目掛けて血を撃ち出した。

 それは難なく爆破されて弾かれるが、それでいい。勘のいい爆豪と、操とよく訓練する芦戸の表情が変わったので牽制は出来ただろう。

 ──やはり爆豪は察しがいいな。

 敵ながらも思わず感心してしまう。爆豪は今の流れで私がハチマキを狙った事を察した。そして、私の血液がハチマキに被弾したら確実に奪われると一瞬で気付いたのだ。

 緑谷ではなく操に向けられる鋭い視線に、操はニヤリと笑って返す。

 

《やはり狙われまくる一位!だがしかし!全員の頑張りで1000万を保持し続けている!!》

 

 しかし爆豪の背後でB組のチームが動いたのを横目に、私たちは再びその場から離れる事にした。

 他のチームも残り時間が半分に差し掛かった事から1000万に固執せず、別の騎馬と対峙している。

 

「赤黒さんの遠距離牽制、常闇君の防御、麗日さんの超必の移動を見てるからか、みんな他のポイントを狙い始めた!」

「1000万を狙い続けても獲れなければ勝ち上がることは不可能。故に勝ち上がるためのポイントを稼ぎに行ったわけか……」

「このまま行けば逃げ切れるんちゃう!?」

「そう簡単にいけば良いんだけどな、まだ挨拶に来ていないチームがいるだろう?」

 

《さァ、残り時間半分を切ったぞ!》

 

 そんな少しの間をおいて操たち四人に立ち塞がったのは、轟チームの騎馬であった。

 騎馬は飯田、八百万、上鳴の三人からなり、騎手は言わずもがな轟だ。

 圧倒的な機動力と広範囲攻撃が可能な氷結と雷を有し、その広範囲攻撃から自軍を守る補助が可能な八百万まで兼ね備えている。

 この第二種目において轟チームは機動力、そして攻守共にトップレベルの騎馬だろう。

 

「噂をすればなんとやらだな。挨拶に来たようだぞ」

「このまま逃げ切れるなんて、そう上手くは行かないか……!」

「そろそろ獲るぞ、緑谷」

 

《B組隆盛の中、果たして1000万ポイントは誰に頭を垂れるのか!!》

 

 轟チームの背後から1000万を狙ってか、それとも轟チームの隙を付いてか複数の騎馬が押し寄せている。

 しかしそれは悪手だろう。上鳴と八百万が組んだ時点で放電の無差別攻撃は絶対に飛んでくるし、動けないところで凍らされてしまえば騎馬として死んでしまうのは目に見えている。

 そして操の予想通り、轟チームは背後から邪魔をする騎馬を電撃と氷結で一掃。ついでに四チームぶんのハチマキを奪って再び此方に立ち塞がった。

 操たち四人はダークシャドウが身を挺して守ってくれたおかげで電撃を浴びることはなかったが、それはダークシャドウの弱点故に何度も出来ないとわかっている。

 

「クスン……クスン……暴力反対……」

「奴の放電が続く限り相性最悪だ、ダークシャドウが及び腰になっている」

「強すぎるよ!逃げ切れへん!」

「どうする出久、飛ぶか?」

「いや、八百万さんと上鳴くんがいる以上迂闊に飛びたくない!空中で体勢を崩される危険がある!」

「ならば狙いは百だな」

「牽制する!」

 

 常闇の声を合図にダークシャドウが手を伸ばすが、八百万の"創造"によって塞がれてしまう。悔しそうに歯を食いしばる常闇に、八百万の不敵な笑みが返される。

 しかし轟チームが一歩前進しようとしたところで操の"操血"による攻撃が飛んでくる。

 先ほどと同じように八百万が防ごうとするが──着弾した血液は八百万が"創造"した鉄塊ごと操作して、容赦なく八百万に襲い掛かったのだ。

 轟が間一髪でそれを防ぎ八百万を守るが、その隙にダークシャドウの手がハチマキへ伸びる。故に、轟チームの騎馬は迂闊に前進することが出来なかった。

 

「操さん……ッ!」

「赤黒と常闇のコンボが厄介すぎねぇ!?」

「みんな!騎馬の位置を僕達から見て轟くんの右側にキープしよう!」

「了解!」

 

 緑谷の言葉に、騎馬である三人は轟の右側──轟からしたら左側へと移動した。

 そうすれば皮肉な事に前騎馬である飯田が壁になり氷結は飛んでこず、轟が何故か炎の個性を使わないので必然的に攻撃手段が上鳴のみになる。

 そして上鳴の個性は使用制限があるのだ。迂闊に無駄打ちできる個性ではないし、上鳴が使い物にならなくなればその隙を突かれる可能性がある。おまけに上鳴の攻撃はダークシャドウによって防がれる。

 故に轟チームは五分もの間、緑谷チームを攻めあぐねていた。

 

《残り時間約1分!轟、フィールドを利用しあっちゅー間に1000万を奪取──すると思ってたが!なんと緑谷この狭い空間を5分間も逃げ切っているーー!!》

 

「このままキープすれば行ける……!」

「甘いな出久」

「え?」

「ここまでの間、飯田は一度も個性を使ってないぞ」

「そういえばそうだ!」

 

 緑谷が飯田と騎馬を組みたかったのはその機動力と、体格の良さからなるフィジカルが目当てだった。

 しかし現時点で飯田の役割はただの前騎馬で、一度も個性を使用していない。飯田の個性は個性把握テストの時に確認しているが、その機動力を活かしてハチマキを奪う可能性があるのだ。

 

「飯田の速さならダークシャドウで防御が可能だが?」

「それを分かっていて使わない可能性も無くはないが、私は念には念を入れておきたいタイプでな。不安要素は消しておきたいんだ」

「……確かに赤黒さんのいう通り、残り時間が少ないから一か八かの賭けに出る可能性は高いと思う」

「デクくんどうする?氷のフィールドの外に出ればなんとかなるんちゃうかな」

 

 上鳴が捨て身の特攻をし、万が一轟が炎の個性を使用したらダークシャドウは使い物にならなくなる。操の牽制を恐れずに氷結が襲ってきたり、飯田が攻めてくればハチマキを獲られる可能性はあるのだ。

 

「私は、1%でも負ける可能性があるなら潰しておきたい」

「……なら赤黒さんにやってもらいたい事が──」

「──成る程、それはいいな!」

 

 そして緑谷チームがそんな話をしている最中、轟チームもまた制限時間が迫っていることから焦りが生まれていた。

 持ちポイントと奪ったポイントを合計すれば決勝に進むのは確実だ。しかし轟チームには何としてでも片方の力で勝ちたい轟と、緑谷に挑戦して勝ちたいと思う飯田がいた。

 彼らが望むのは決勝へと進む切符ではなく緑谷チームが保持する1000万ポイントの奪取なのだ。

 故に、飯田は轟を信じて捨て身の策に走る事にした。

 

「みんな、残り1分弱……この後俺は使えなくなる。頼んだぞ」

「飯田?」

「しっかり掴まっていろ!」

 

 ──トルクオーバー・レシプロバースト。

 それは飯田の個性"エンジン"の、本人曰く誤った使用法。

 トルクと回転数を無理矢理上げて爆発力を生み、瞬間的な超加速を可能とする。しかしこれには反動があり、使うとエンストして動けなくなってしまうのだ。

 それ故飯田は残り時間の少ないここで使うべきだと判断した。判断したのだが──。

 

「エンジンが……塞がれている!?」

「機動力が厄介なら潰せばいい、簡単なことだろう?」

「──ッ赤黒くん!!」

 

 飯田の足にある排気筒が操の個性によって塞がれていたのだ。そのため、飯田は奥の手を使用することが出来ない。

 攻めようにも緑谷チームは轟チームの苦手とする右側の位置をキープし、どうも攻める事が出来なかった。

 

「……ッ」

「敵わないと言うのか……緑谷くんに、俺は──!」

「……」

 

 上鳴電気は、緑谷チームを攻めあぐねていた五分間に思っていたことがあった。

 持ちポイントに加え奪ったポイントがあるので、自分達のチームはこのままいけば決勝に進むことが出来る。それで充分ではないか?と上鳴は思っていた。

 しかし轟も飯田も1000万を奪って勝利をするのだと、残り一分なのに諦めることはなかった。

 ──そんな諦めない二人の姿を見せられたら、火がつくのは当然で。諦めずに最後までやってやろうと思う自分がいるのだ。

 同じことを思っていたのか、同じく後ろ騎馬をしていた八百万と視線があって、二人は頷き合った。

 チームを組んだのだ、最後までとことん付き合ってやろうじゃないかと、八百万と上鳴は心の炎に薪を焚べた。

 

《さァ残り時間はもうわずかだ!!》

 

「まだですわ!轟さん、飯田さん!」

「諦めんのはまだ早いっしょ!!」

「しまった──!」

 

 こうして行われた無差別放電に、緑谷チームはダークシャドウの防壁に頼るしかない。

 しかし轟チームは放電だけで終わりではなく、すぐさま後ろ騎馬の二人が率先して走り出す。故に、前騎馬の飯田も走り出した。

 

「エンジン使えねぇなら走りゃあいい!」

「まだ時間があります!最後まで諦めずに行きましょう!」

「──八百万くん、上鳴くん!」

「あぁ、行くぞ!」

 

 轟チームは緑谷チームの一瞬の隙をついて前進する。

 思った以上に近付いたその距離に、ダークシャドウが涙を流しつつも手を伸ばすが──。

 

「アホなっけど、頼んだぞ!!」

「ダークシャドウ!!」

「不味い──ッ!!」

 

 再び訪れた電撃に、電光に屈したダークシャドウの防壁が消えてしまう。電撃を防ぐ手立てがなくなり、操たちはついにそれを食らってしまった。

 全身を駆け巡る電流に、四人の体はなす術なく痺れて動けなくなる。そんな中では牽制や防御どころではなく、騎馬を維持するだけで精一杯だった。

 そんな操たちに容赦なく轟チームは近付いて、そして──操の視界の端で、轟の手が緑谷のハチマキへと伸びるのが見えた。

 

《残り10秒──!》

「緑谷くん!俺はキミに挑戦するぞ!」

 

 体は痺れて動かない、けれど──意識があれば問題はない。

 操は全身を強化していた操作を全て止め、たった一つの操作に集中した。

 

《残り5秒!》

 

 轟の手がハチマキに触れようとしたその時──ハチマキはひとりでにその手を避けた(・・・)

 そして、轟の手は空を切る事になる。

 

《──タイムアップ!!》

 

 呆然とする轟を嘲笑うかのように、宙に浮いたハチマキは緑谷の頭の上に乗っかった。

 しかし操は個性を解除した為か、やけに重たく感じる緑谷に押し潰されて地面に倒れる。

 そしてそんな操につられて騎馬は崩壊し、残る三人も電流が走る体を労わりながらも地面に膝をついたのだった。

 そんな中、ひとりでに動いたハチマキのカラクリに気が付いた八百万が声を上げる。

 

「操さん、もしかしてハチマキに血液を!?」

「自分の持ち物には名前を書いておくべきだ、そうだろう?」

「はじめから奪わせる気なんてなかったってことか……!」

 

 轟と八百万、そして飯田の悔しそうな視線が突き刺さる中で、操は地面に転がったままニヤリと笑う。

 緑谷は自身の頭の上乗っかった1000万のハチマキを手に、感極まって震えていた。

 

『あ、出久ちょっとハチマキ貸して』

『?』

『これは私たちのモノだと印をつけておかないとな』

 

 そして第二種目直前に操と話した内容を思い出したのだ。

 ハチマキの数字の横に付着した血液を見て、地面に転がる操を見て、大型スクリーンに映された「一位」の文字を見て、とうとう彼の涙腺は決壊し、緑谷は涙を流したのだった。

 

《早速上位4チームを見てみようか!》

 

 一位、緑谷チーム

 二位、轟チーム

 三位、爆豪チーム

 四位、心操チーム

 

《以上4組が最終種目進出だぁぁーーー!!!!》

 

「やったぁぁあ!」

「あぁ、やったな! 狙い通りの一位だ!」

「フッ……俺たちはこの戦いを制し、蒼穹を仰ぎ見る覇者となった……」

 

 立ち上がった操たち四人は、大型スクリーンに映された一位の文字に喜びの花を咲かせた。

 麗日によって差し出された手。操はその手に自身の手を重ね、そのまま常闇と緑谷とも同じことを繰り返す。

 ──勝利のハイタッチってやつだな!

 そんな四人に向かってカメラが近寄ってきたので、ダークシャドウを含めた五人は顔を見合わせる。

 そして指で「いち」を作って、カメラに向かって全員で横並びになり、空高く手を掲げるのであった。

 

 

 

《一時間ほど昼休憩挟んでから午後の部だぜ!じゃあな!!》

 

 激闘の騎馬戦を終えて。

 A組のクラスメイト達の殆どは自然と集まり、昼食を取るべく食堂へと移動していく。

 話す内容は人それぞれだが、殆どが先ほどの騎馬戦についてだったろう。そして、決勝に進めなかったものは悔しさを顔に滲ませたり、決勝出場者を鼓舞していたりした。

 

「うううう〜!負けた〜!!悔しい〜!!」

 

 そしていつも昼食を共にする葉隠透も例に漏れず、悔しがるうちの一人であった。

 操と芦戸が二人とも決勝に進んだのも原因の一つだったろう。

 操はそんな葉隠の、おそらく顔があるだろう部分をまっすぐ見つめた。

 

「決勝に進んだ者達は、来年の体育祭も脅威である可能性が高い。今からちゃんと見ておけよ、透。来年はそこに立つんだろう?」

「……うん! 来年は絶対に負けないんだから!」

「良い心意気だな!そんな事よりご飯食べよう!」

「そんなことより!? 操ちゃんひど〜い!」

 

 元気を取り戻した葉隠を確認して、操は勢いよく身を翻した。行先はもちろん食堂である。葉隠はそんな操の後を追いかけ、その背中をぽこぽこと軽く殴っていた。

 しかしそんな二人を後ろで眺める芦戸の存在に気がついて、思わず足を止める。芦戸ならば、こういう時は必ず乗ってくるので不思議に思ったのだ。

 

「三奈、どうした?」

「三奈ちゃん?どこか痛いの?」

「ううん、その、私さ──」

 

 芦戸三奈は、自身の手にした決勝行きの切符が実力に見合っているのかわからなかった。

 障害物競争では、操や轟が進んだ道をなぞるだけだったのだ。ロボットはみんなで協力して倒したし、後はただ先を行く人の後を追いかけるだけ。

 騎馬戦だって轟の氷対策要因として選ばれただけで、たくさん活躍したわけではない。

 目の前にいる赤黒操は、第一種目から自分の個性で道を切り拓き、第二種目でもチームに貢献して決勝への切符を勝ち取っているのだ。

 その差は、歴然としている。そう思ってしまった、それでも──

 

「決勝に進んだからには負けない。操ちゃんにも、絶対に負けないから!」

 

 真剣な眼差しだった、真っ直ぐな声だった。

 それらは操の心を真っ直ぐに貫いて、じわりと広がっていく。

 操は芦戸の覚悟に触れたような気がして、自然と口角が上がった。

 

「三奈、お前私に勝てると思っているのか?」

「勝てるか勝てないかじゃなくて、勝つよ!絶対に!」

「フフ、フフフ……いいぞ三奈! 私もお前には絶対に負けないぞ!」

 

 操と芦戸は不敵な笑みを浮かべ、拳を突き合わせた。

 そんな青春の一ページを目撃した葉隠は少しだけ羨ましいと思いつつ、二人の努力を知っているからこそ、素直に応援したいと思っていた。

 勝ち負けがあるのだから、二人のどちらかは必ず負ける。それでも二人の戦いを最後まで見届けようと、そして来年こそは自分もここに混ざるのだと、悔しさを心に強く刻みつけた。

 ──しかし、そんなことより(・・・・・・・)も今は大事なことがある。

 

「まあ二人とも、そんなことよりさ」

「まず腹ごしらえだね!」

「腹が減っては何とやらだ!行くぞ!!」

 

 空腹を訴える体が、食べ物を欲している。

 三人は自然と横並びになって、学食に向かって走り出したのだった。

 

 

【体育祭編 上:了】

 

 

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