ステイン妹のヒーローアカデミア   作:苗字ちゃん

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体育祭編(下)

 

《最終種目発表の前に予選落ちの皆に朗報だ!あくまで体育祭!ちゃんとレクリエーション種目も用意してんのさ!》

 

 昼休みが明け、静かだったスタジアムには徐々に活気が戻りつつあった。

 出番の終えた者はどのレクリエーションに参加するか話し合っていたり、サポート科はヒーロー科の決勝を見て今後何を発明するのが吟味するのに忙しいし、経営科は経営戦略の情報交換やどの屋台が一番売れているか話し合っていて、とにかく何処もかしこも賑わっていた。

 昼食のため一時的に席を外していた観客も、決勝に進んだ面々を思い出しては優勝者を予想して盛り上がっている。

 しかしそんな中、体操着姿の生徒達に混ざって一際目立つ集団がいた──。

 

《本場アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げ──んん?》

《なにしてんだアイツら……》

《──どうしたA組!?》

 

 プレゼントマイクに拾われなくとも各方面から突き刺さっていた視線が、拾われた事によってより強くなった気がした。

 それになんとか耐えながら、A組女子七人は朱色のチアユニホームを見に纏い、黄色いポンポンを両手に横一列に並んでいたのだった。──あまりに場違いな服装に、(みさお)以外の六人は穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだった。

 彼女たちは心の中で同じことを思っていただろう「──騙された」と。

 

 

 時は少しだけ遡り、昼休み。

 昼食を終えた(みさお)達三人は、八百万に呼び出されA組の控室へと足を運んでいた。控室には既にA組女子全員が集まっている。

 集められたことを不思議に思った芦戸が八百万に理由を問えば「私達はこれからチアとして応援をしなければなりません……」という切羽詰まった言葉が返ってきたのだ。

 

「チア? え、なんで?」

「そんな行事なかったよね?」

「実は──」

 

 そこで語られた内容は「午後は女子全員で応援合戦をしなければならない」というものであった。情報源は峰田と上鳴らしい。

 体育祭自体初めて参加する操ですら「突然言われるのはおかしい」と思う内容であった。

 予めプログラムとして組み込まれているならば、事前に知らされていないのは不自然だ。チアってポンポン振ってりゃいいってもんじゃねぇんだぞ。

 

「絶対怪しいって……!」

「言い出したのは峰田くんに上鳴くんかぁ……うーん確かに怪しいねぇ……」

「むしろ怪しさしかないだろ」

 

 眉を吊り上げる耳郎に、苦笑いをする葉隠。

 二人の言う通り、口に出さずとも女子達は同じことを思っていた。せめて飯田や轟のような、冗談を言わなそうな男子が言うならまだしも言ってきたのは峰田と上鳴(あの二人)である。

 二人の普段の行いを考えれば無視をしてもいいだろう。彼らはチアユニホーム姿を見たいがために言っている可能性が高い。

 しかしそんな中に一石投じたのは八百万だった。真面目さ故に、もし本当だったら?と深読みしてしまうのだ。

 彼らの言っていることが本当だったら、偉大な雄英体育祭の歴史に傷をつけてしまう。それに──。

 

「本当だったら、相澤先生の顔に泥を塗る事になりますわ……」

「それは大変だ! 早く衣装を作るんだ百!!」

「操ちゃん相澤先生好きね」

 

 そして八百万の言葉を聞いて、慌てて援護射撃に加わったのは赤黒操(あかぐろみさお)だった。八百万の肩を揺さぶって、早く衣装を作れと急かしている。

 操はUSJの襲撃で相澤に助けられ、そして礼を言われてからコロッと落ちたのだ。

 勿論恋愛的な意味でコロッと落ちた訳ではない。イレイザーヘッドは操が信頼している数少ない、片手で数えられるヒーローの内の一人なのだ。

 そんな彼の顔に泥は塗りたくないし、もしかしたら頑張った暁には褒めて貰えるかもしれない。

 そんな下心を持ちつつ「でも騙されていたら」「恥ずかしいし……」と言うクラスメイトの意見を「アイツらの嘘ならすぐに着替えればいいだろう」と叩き割り、八百万と共に女子を説得しにかかった。

 

 楽観的な芦戸や葉隠は比較的すぐ衣装に腕を通し、全体の流れに乗るタイプの麗日と蛙吹も問題はなかった。

 最後まで渋っていたのは耳郎だったが、自分以外の全員が着替えたとなると着替えるしか道は残されておらず、不服そうな顔を隠す事なくため息をついた。

 

「相澤先生の顔に泥を塗りたくないって、まったく……仕方ない。 赤黒、アイツらの嘘だったら真っ先に着替えに行くからね?」

「あぁ。私もスカートよりズボンの方が動きやすいから着替えたいし、そうしようか」

「操ちゃん、もし他の先生に言われていたのならどうしていたの?」

「顔に泥塗っとけって言う」

「相澤先生との差が酷すぎる……!」

 

 そんなことがあり、A組女子はチアリーディングのユニホームに着替えグラウンドに集合したのだが──概ね予想通り、彼女たちは騙されていた。

 サムズアップをする上鳴と峰田を見て八百万が「何故こうも峰田さんの策略にハマってしまうの、私……」と落ち込んでいた。麗日が慰めるように肩を叩いているが、効果はなさそうである。

 

 全国放送の晒し者になったことで全員心を無にせざるを得なかったが、楽観的な芦戸や葉隠は比較的早く持ち直し、持ち前の運動神経でチアリーディングを楽しんでいる。

 操は元から気にしていなかったため恥じらいなく佇んでいた。「コレはコレで目立つぞ!」と寄ってきたカメラに向かってドヤ顔でポンポンを振っている。

 蛙吹や麗日も「まあせっかく着てしまったものね」「レクの間はこのままでいっか」と恥じらいを乗り越えつつあったのだが、耳郎はそうもいかなかった。

 元々乗り気じゃなかったこともあるが──何より、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるクラスメイト達と並ぶのは、思春期の女子として恥ずかしいものがあった。

 自身と同じく胸のない操は身長の低さもあってそこまで違和感はないし、堂々としていることから本人も気にしていなそうだ。

 しかし約束通り、自分と操だけでも着替えに行こうと思い、耳郎はノリノリで踊っている葉隠と芦戸を眺めていた操に近付いたのだった。

 

「ちょっと、赤黒……」

「あぁ、着替えに行くか?」

「え!? もう着替えんのかよ!」

「動きにくいからな」

「ふざけんな!空気読めよお前ら!!」

「お前らがふざけるなっつーの!」

 

 慌てて止めようとする上鳴と峰田に、耳郎は眉を顰めて"イヤホンジャック"を近付ける。

 二人は両手を上げて降参のポーズをしたまま一歩身を引くが、そんな二人に援護射撃をしたのは驚くべきことにクラスメイトの女子、葉隠だった。

 

「二人とも似合ってるのに〜!せっかく着たんだからこのままやったろうよ!」

「そうだそうだ!可愛いのに勿体ねぇって」

「えっ……可愛い……?」

「(おや……?)」

 

 葉隠に引き止められた時は興味がなさそうな顔をしていた操だったが、上鳴の発した「可愛い」の言葉に目を瞬かせていた。

 何を言われているのか理解できないような顔をしていて、少しだけ瞳に困惑の色を浮かべている。

 その様子に葉隠と上鳴だけでなく、近くにいた者達はつい視線を向けてしまう。何故なら、赤黒操は堂々としていて偉そうなのがデフォルトだから。「可愛い?当然だろうが!ワハハ!」と言わないのが少しだけ意外だったのだ。

 

「わ、私が? 私のこと可愛いって言ったのか!?」

「え、お、おう! そう言いましたけど!?」

「色気は無ゴファッ」

「峰田くん!?」

「とっても可愛いわよ操ちゃん」

「そうそう、似合ってるよ〜!」

「そ、そうかな……?」

「本当だって!可愛いよ!」

 

 蛙吹の舌で殴打された峰田は右から左へと吹き飛んでいった。吹き飛ぶ彼の背中に、飯田の声が虚しく響き渡る。

 一方操は初めて言われた「可愛い」の言葉に気を良くし、にまにまと持ち上がっていく頬を必死に抑えていた。

 しかし残念なことにどこからどう見ても操が嬉しそうなのはバレバレであった。操は顔に出るタイプなのである。

 

「──まぁ、お前たちがそこまで言うなら? もう少しだけ着ていてもいいけど?」

「(こいつもしかしなくとも……)」

「(チョロい……!)」

「(チョロいな……)」

「(チョロすぎるぞ赤黒君……!)」

 

 しかしそんなチョロすぎる操に待ったをかける人物がいた。お察しの通り、耳郎響香である。

 彼女は操の目の前に立って必死に訴えかけるのだが、コロッとチョロ街道を落ちていった操を戻す術などなかった。

 

「すぐに着替えるって約束したじゃん!」

「今の私は機嫌がいい! だから響香との約束は延期とする!」

「めちゃくちゃ暴論!?」

「う、裏切り者……!!」

「響香ちゃんもとっても似合ってるわ」

「そーそー、耳郎も記念に写真撮ろうよ」

 

 にこにこしている操と不満げな耳郎を芦戸が引き寄せ、未だに落ち込んでいる八百万を葉隠が無理やり立たせて、A組女子七人は記念に何枚か写真を撮ったのだった。

 

「三奈、写真見せて!」

「ハイ、後でスマホに送ってあげるから」

「うん! ありがとう!」

「(ニコニコしとる……)」

「(嬉しかったのね……)」

 

 騙されて落ち込む八百万も、不満だった耳郎もここまでニコニコしている操を見ていると、なんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなってきて──二人は顔を見合わせて小さく笑ったのだった。

 

 

 

《レクリエーションの前に最終種目の発表だ!》

 

 最終種目──バトル。

 第二種目の騎馬戦で勝ち上がった四チーム十六名からなる、トーナメント形式で一対一のバトル。

 レクリエーションの前に決勝トーナメントの組み合わせを決め、レクリエーションが終わってから最終種目が開始される運びとなっている。つまり、レクリエーション前には誰と対戦するのかわかる仕組みになっているのだ。

 決勝に進む十六人のレクリエーションへの参加は自由。参加せずにその時間を利用して作戦を立てるのも良し、息抜きをしたり個性を温存することも良しとされている。

 総合審判であるミッドナイトからそのような説明を受け、第二種目を一位通過した緑谷チームの四人から順番にくじを引こうとしたが──その前に尾白が手を上げた。

 

「俺、辞退します」

「あら……それはどうして?」

 

 尾白が最終種目を辞退する理由、それは大雑把に言うと「騎馬戦での記憶がないから」という事だった。

 おそらく他者から受けた個性による影響なのだろう。クラスメイト達は自分の力を使って本気で戦い、決勝への切符を掴み取ったのだ。記憶のない自分が同じように並び立つのは、プライドが許さない。彼は涙を堪えながらそう語った。

 それを聞いた操は──尾白は真面目だなぁと思った。

 運も実力のうちという言葉があるように、自身の力で道を切り開かずとも切符を手にすることは決して悪いことではない。

 雄英体育祭は年に一度だけの、計三回しかない自身をアピールする大チャンスの場なのだ。尾白のこの選択を「チャンスを無駄にし、馬鹿なことをした」と思う人も少なくはないだろう。

 しかしそれをわかっていて尚辞退を選択した彼は、相当な覚悟と勇気が必要だった筈だ。彼の堪えた涙がそれをありありと証明している。

 尾白は自身の未来より、頑張って戦った人にチャンスをあげたいと思うことの出来る人物だということだ──そういうヤツは、嫌いじゃない。

 操は場違いだと気にする事なく彼の選択に敬意を示し、拍手をした。機嫌がいいので満面の笑みを添えながら。

 

「勇気ある決断だな、尾白!」

「なんで君はチアの格好してるんだ……」

「可愛いだろう?」

「エッ、あ、うん……」

「んふふ」

 

 そして尾白と同様の理由でB組の庄田も辞退を申し出た。

 何もしていない者が最終種目に上がるのは体育祭の趣旨に相反するのではないかと、悔しさを押し殺して主張する。

 そして辞退を受け入れるかどうかは主審のミッドナイトに一任されることになったのだが──

 

「そういう青臭い話は──好み!!」

 

 内容が好みであったため、審判であるミッドナイトの許可は容易く降りた。故に、尾白と庄田ここで辞退となり──彼らの体育祭は一足早く幕を下ろしたのだった。

 その代わりB組の塩崎と鉄哲が新たにトーナメントへ加わることとなり、くじ引きが再開されたのである。

 

「くじ引きの結果──組はこうなりました!!」

 

 ──第一試合、緑谷vs心操。

「心操って確か……」

「あんただよな?緑谷出久って」

 

 ──第二試合、轟vs瀬呂。

「…………」

「マジか、最初っから轟かよ……」

 

 ──第三試合、塩崎vs上鳴。

「与えられたチャンスを無駄にはしません」

「(あの綺麗な子が相手ね……!)」

 

 ──第四試合、発目vs飯田。

「飯田ってあなたですか!?」

「ム? いかにも俺が飯田だ!」

 

 ──第五試合、芦戸vs赤黒。

「操ちゃんと……!」

「ほう、三奈が相手か」

 

 ──第六試合、常闇vs八百万。

「フッ……先程の騎馬戦の続きと行こうか」

「ええ、負けませんわよ!」

 

 ──第七試合、切島vs鉄哲。

「B組の個性ダダ被りの奴!!」

「あぁ!?」

 

 ──第八試合、麗日vs爆豪。

「麗日……?」

「(ヒィィー!)」

 

 大型モニターに映し出されたトーナメント表。それを見て、ある者は対決するものと顔を見合わせ、ある者は酷く緊張し、ある者は個性を使用しようとしていた。

 しかし決勝はすぐに始まらないため、出場者は一旦解散する運びとなり、不安と緊張を孕んだまま時は止まることなく過ぎていく。

 

 操と芦戸もその例に漏れず、二人並んで観覧席へ戻ってきたものの終始無言であった。

 それは緊張しているわけでも、怯えているわけでもない。昼休み前に交わした「絶対に負けない」という言葉が早くも実現されることに──ただただ燃えていたのだ。

 

「ひゃあ〜……最初っから操ちゃんと三奈ちゃんが当たるなんて……!」

「三奈か……個性無しなら瞬殺される自信がある」

「言い切った……!」

「運動神経良いものね、三奈ちゃん」

「けどよぉ、戦う前から負け腰になるこたねぇって」

 

 切島の言葉に、操は不敵に笑って返した。

 

「馬鹿め、私は誰にも負ける気なんてない。言ってるだろう──個性無しなら、と!」

「──操ちゃん、勝っても負けても恨みっこなしだよ」

「勿論だ、全力で叩き潰してやろう」

「台詞が悪役……!」

 

 操と芦戸は出席番号が前後であり、昼食も共にしている事から比較的仲が良いとクラスメイトからは認識されている。

 その通り、自由奔放な操と上手いこと付き合い、面倒見が良くも大雑把な芦戸は慎重である操と相性が良かった。

 そこに葉隠も加わって、クラスの中で三人はいつも楽しそうに笑っているのだ。

 そんな操と芦戸の仲良し対決にどうなる事かとクラスメイトは注視していたが、思っていた以上に二人の眼差しは真剣であった。友達だから戦いにくいなんて、微塵も感じさせなかった。

 友達だからこそ──全力で倒しに行くのだと。

 

 

《よーしそれじゃあトーナメントはひとまず置いといて、イッツ束の間!楽しく遊ぶぞレクリエーション!!》

 

 今更だが、操が体育祭を経験するのは初めてのことである。

 学校自体が初めての経験なので当然といえば当然なのだが、バトルメインの体育祭だけではなく、本来の体育祭も体験できるのは非常に良い仕組みだと思った。

 A組の女子はチアリーディングのユニホームを着てしまったことから自主的に応援団として楽しんでいる者が多かったが、操は他クラスや決勝に進出しなかったクラスメイト達のレクリエーションをじっと見つめて楽しんでいた。

 そんな風に心なしかワクワクしている操の背中に気付き、声をかけたのは葉隠だった。

 

「操ちゃんは決勝に向けて準備しなくていいの?」

「バトルはいつも通りやればいいからな。そんなことより、体育祭を楽しまないと」

「え〜、こういうの中学とかでやらなかった?」

「……実はね、初めてなんだ。体育祭に参加するの」

「えぇ!? そうなの?」

 

 轟や爆豪、緑谷といった決勝に進む者たちの姿が見えないことからそのように提案した葉隠だったが、驚きの返答が返ってきて思わず声を上げてしまう。

 体育祭がなかった中学校にいたのだろうか?そう聞いてみようかと思ったが──視線をグラウンドに戻した操の瞳がとても羨ましそうに見えて、何故か言葉が出てこなかった。

 

「だから普通のもやってみたかったなぁと思ってな……とても楽しそうだ」

「……操ちゃんがいいなら一緒にやる?」

「え? いいの?」

「いいよ!やろ!レクの参加自由だしね!」

「──うん!やろう!」

 

 パッと明るくなった瞳を見つめて、葉隠はほっと胸を撫でおろした。

 今みたいに、時々大人びたような、何かを諦めたような顔をするのだ、操は。

 それは周りからは見えない葉隠だからこそ気付いた表情だろう。基本操は誰かと話している時、そういった色を隠しているように感じるから。葉隠がどこを見ているかわからないからこそ、その色に気付くことができたのだ。

 操が何故そのような表情をするのか、そしてそれを隠しているのかはわからない。けれど──自身に向けられる笑顔は本物だから、葉隠はそれを大切にしたいと思うのだ。

 

「操ちゃんどこ行くの?」

「透とレクしてくる!」

「えっ!? あ、行っちゃった」

「チアのままじゃんアイツら……」

 

 クラスメイトの言う通り、チアのユニホームのままレクリエーションに参加した操と葉隠はとても目立っていた。

 単純に紺色の体操着の中で、朱色のチアユニホームは色的に良く栄える。それに加えてお腹が出ていてスカートが短い衣装なのだ。これが目を引かないわけがない。

 何よりも楽しそうな声と表情に、全力で楽しむその姿に、視線を追わずにはいられない──そういう者も多かったという。

 

 

 

 借り物競走。

 レースの途中でお題が書かれたカードを拾い、そのお題通りのモノを探してゴールする競技。

 葉隠と同じ組みで走り出した操は一番にお題を手にし、そしてそこに書かれたお題を目に通して──。

 

「瀬呂!一緒に来てくれ!」

「俺ぇ!?」

「え、なんだこれ」

「少女漫画みたいな展開……!?」

「羨ましいんだよォ瀬呂……!!」

 

 瀬呂は操に腕を引かれ、そのままグラウンドを一周して共にゴールテープを切る。

 そして操が自信満々にミッドナイトへ手渡したお題に、クラスメイト達はワクワクを隠しきれずにいたのだが、そのお題は──。

 

「お題"セロテープ"!瀬呂君はセロテープではないので赤黒さん失格よ!」

「そんな!? こんなにもセロテープに近い人間なのに!?」

「セロテープに近い人間はセロテープじゃねぇんだよなぁ」

「くそ……私としたことが……不覚ッ!」

「次頑張りなさい!」

 

 

 二人三脚。

 二人で並び、隣り合った足首を結び合わせて三本足で走る競技。

 操は葉隠と共にこの競技に参加しているので、自身の足首と葉隠の足首に紐を巻き、お互いの肩を組んで準備万端。いつでも走れる状態であった。

 

「いくよ操ちゃん!」

「ああ、せーの!」

「いっちに──うぎゃあ!?」

「いっちに、いっ──ウボワァ!?」

 

 スタートの合図を確認し、二人で息を合わせて一歩踏み出したのだが──操が容赦なく個性を使用して走ってしまったため、ついてこれなかった葉隠はバランスを崩して転んでしまったのだ。

 そして結んだ足に引っ張られた操も勢いよく地面にダイブし、二人はスタート地点から数歩しか進んでいない所で地面とキスをしていた。

 

「操ちゃん速すぎィ!!」

「ごめんな透、つい」

「も〜、みんなゴールしてるし!」

「悔しいが、最後まで走りきろう……立てるか?」

「もっちろん!」

 

 二人は砂だらけのまま立ち上がり、そして降り注ぐ拍手と声援の中、最後まで諦めずに走り切ったのだった。

 目指していた一位は取れなかったが「最初から転ぶとかある?」「だって操ちゃんが──」とゴールしてからも二人は終始楽しそうであった。

 

 

 玉入れ。

 垂直に立てられた籠の中にボールを入れていく競技。一定時間内に多く入れられた方が勝利となる。

 なんでこんな小学生染みた競技が雄英高校の体育祭にあるんだ?と疑問視され人気のない競技だったが、今の操と葉隠はフルスロットル。人気があろうがなかろうが関係なしに、この競技にも参加しようとしていた。

 

「よし透!次は玉入れだ!」

「それなら私も参加しようかしら」

「梅雨ちゃん!よっしゃ、三人でいこー!」

 

 得意分野だからか、それとも楽しそうな二人に触発されたからなのか。操と葉隠の中に蛙吹も加わり、三人で玉入れに参加することとなった。

 輸血パックがない操は葉隠同様、普通に投げて籠に入れるしかなかったが、蛙吹はうまく舌を使って入れていたので大量得点を稼ぐとこが出来たのだ。

 

「やったぁ〜!ようやく一位だ!」

「梅雨ちゃんのおかげだな!偉いぞ!」

「ケロケロ、玉入れでこんなに本気を出したのは初めてよ」

 

 借り物競走、二人三脚と惨敗続きだった操は両手を上げて喜んだ。

 そして自然と三人で手を合わせて勝利のハイタッチ。もはや手慣れたそれに、より一層笑みを深くするのだった。

 

 

 ムカデ競争。

 複数人が一定の物に繋がった状態で一組になり、動きを合わせながら前進して速さを競う競技。

 今回はサポート科が開発したムカデちゃんという謎の機械を使って速さを競うことになったのだが──。

 

「四人必要みたいだね〜」

「私たちは三人だし、一人足りないわね」

「よし響香、お前もこい」

「え゛」

「いいね!耳郎ちゃんも一緒にやろ!」

「いやチア……!」

「今更よ響香ちゃん」

 

 恥ずかしそうに渋る耳郎だったが、根負けしたのか操たち三人の元へとやってくる。

 こうして耳郎を含め四人でムカデ競争に参加することになったのだが、まさかムカデちゃんが空を飛ぶとは思わず──四人は度肝を抜かれたし、同じようにグラウンドのあちこちで参加者の悲鳴が響き渡っていた。

 

「わあ゛ーーー!?」

「アッハッハ!今日は二回も空を飛んだぞ!」

「驚いたわ、でもここをこうして……こうすればいいのね」

「ちょっと二人とも!ちゃんと操縦してってば!」

 

 しかし流石は困難を乗り越えた来たA組ヒーロー科。最初こそ突然空を飛び出したムカデちゃんに四苦八苦したが、蛙吹と耳郎が冷静に分析したおかげで操縦方法を理解し、一番にゴールテープを切ったのだった。

 競技が終わったら「もう一回やろう!」と走り出した操の首根っこを掴んで、耳郎が必死に止めていたのだが。ぶっ飛んだ雄英高校の片鱗を見た気がしたのだった。

 

 

 綱引き。

 左右二組に分かれ、一本の綱を引き合い相手を引き込んだ方が勝ちとする競技。

 相手の組を見るとどうやら力自慢が参加しているのか、体格のいい者が多いように感じる。

 操は個性を使用することで見かけによらず怪力になるが、他の三人は違う。見た目同様の身体能力しか有していない為、負けるのが濃厚であった。

 どうしたものかと三人が思案していると、背後からクラスメイトの砂藤と障子がやって来て隣に並んだのだった。

 

「俺たちもやるぜ。な、障子!」

「そうだな、参加しよう」

「ゴリラ三銃士が揃ったじゃねーか!」

「なんだよゴリラ三銃士って」

「A組握力トップスリーのゴリラ達のことだよ!」

「誰がゴリラだ!」

「失礼よ、峰田ちゃん」

 

 峰田が言っているのは入学初日に行った個性把握テストのことである。

 握力検査で三桁という驚異的な数字を叩き出したのがここにいる障子と砂藤、そして操なのだ。この三人をゴリラ三銃士というらしい。

 

「ゴリラの大半はB型らしいんだけど、実は私もB型なんだよねぇ」

「赤黒、それは自分がゴリラだと認めているのか?」

「強くてかっこいいという事だろう?」

「違うと思うが……」

 

 キレる砂藤と打って変わって少しだけ嬉しそうな操に、障子は思わずツッコミを入れてしまった。彼はゴリラと呼ばれて喜ぶ女子を初めて見たのだ、無理もない。

 そのまま数人で話していればスタートまでのカウントダウンが始まり、近くにいた耳郎や葉隠も咄嗟に綱を掴んで参加することになってしまった。

 

「え、ウチらも?」

「ここまで来たらやったろ!」

「仕方ないな……!」

 

 耳郎はそう言いつつも、何だかんだ楽しくやっていた。

 操や葉隠につられて渋々レクリエーションに参加したが、バトルではなくこういった競技での勝敗も、全力でやるのは楽しいと思ったのだ。

 ──綱引きの結果は言わずもがな、ゴリラ三銃士の圧勝であった。

 

 

《──決勝に進む赤黒!レクリエーションは楽しんでるかァ!?》

《オイ私情》

 

「あっ先生〜!」

 

 突如プレゼントマイクの実況で名前を呼ばれたので顔を上げれば、実況席にいる相澤の姿を見つけて操は精一杯手を振った。勿論、相澤に向かって。

 相澤はその様子に手を振り返すことなく小さく息をつくだけだったが、操が気を悪くすることはなかった。彼女は今とても機嫌がいいのである。

 

「──なんかさ、操ちゃん見てると緊張してるこっちが馬鹿みたい!」

 

 観覧席からグラウンドを眺めていた芦戸がそう呟けば、近くで同じようにグラウンドを眺めていたクラスメイトの面々が続けて口を開いた。

 

「飯ん時以外結構大人しいのに、今日はえらくテンション高いな」

「赤黒君はトーナメントもあるというのに、あんなに参加して大丈夫なのだろうか……」

「でも、すごく楽しそうですわ」

「そうだな、本当に楽しそうだわ!」

 

 全力で楽しむ操を見守っていたのは芦戸、上鳴、飯田、八百万、切島であった。

 決勝に進む男子の一部は時々レクリエーションに参加をしていたが、流石に操のように殆どの種目に参加するようなことはなかった。

 勿論緊張しているし、体力を温存したいし、作戦だって立てたいし、精神を統一したいし──理由は人それぞれだが、決勝で勝つためにレクリエーションは控えていたのだ。

 だからといって操が楽観的だとか、決勝を諦めているとか、そんなことは思ってはいない。

 目の前のことを全力で楽しむその姿は、見ているだけで飽きないモノであったので──少しだけあんな風に自分たちも楽しみたかったと、そう思ったのだ。

 偉そうで自由奔放、はっきりと物事を口にする彼女だが、竹を割ったような性格であるからこそ、楽しそうな時は見ているこちらも楽しくなるのだろう。

 時々変わっているが不思議と憎めない操を眺めながら、クラスメイト達は時々振られる手を振り返して、彼女たちに声援を送ったのだった。

 

 

 

《──さァ遂にこの時間がやって来たぜ!アァユゥレディ!?》

 

 午前の二種目と午後のレクリエーションを経てついにやって来た、体育祭のメインディッシュ。

 

《頼れるのは己のみ!ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ!わかるよな?》

 

 自分の身は自分で守らなくてはいけない。幼い頃から何度も体験したから、それはわかっている。

 第一種目のように障害物を利用することも出来ず、第二種目のようにチーム戦でもない次の種目は、まさに己の実力が試される事だろう。

 

《心・技・体に知恵知識!総動員して駆け上がれ──最終種目、バトルの始まりだァ!!》

 

 最終種目、バトル。

 ルールは簡単、相手を場外に落とすか行動不能にする。もしくは「まいった」と言わせれば勝ちとなる、一対一で行う本気のバトル。

 命に関わるような攻撃でなければ、相手にどれだけ怪我を負わせても大丈夫らしい。道徳倫理は一旦捨ておけと教員が言ってしまうような、改めて考えればぶっ飛びすぎなルールである。

 ──ヒーローはヴィランを捕まえるために拳を振るうのだ。プレゼントマイクのその言葉に、操は目を閉じ思案する。

 

 弱い者は、強い者に蹂躙される世界。

 薄汚い鳥籠から飛び出してすぐの幼い頃、操はこの世界の在り方に疑問を抱いていたが──今ではすっかり染まっていて、思わず笑ってしまう。

 個性を使って戦い、血を流し、それを頑張れって応援できる世界。イカれていて、狂っていると思う。でもこの世界はそういう世界なのだ。

 幼い操は力がないから捉えられ、なす術なく抑えつけられていた。

 操にとって強者だった男は、さらに強者だった兄によって断罪されたのだが──あの日から、操はこの世界の現実を受け入れざるを得なかった。

 

 身近な人を、側で苦しんでいる人を守りたいと思うなら、まずは他者を蹴落として強くならないと話にならない。

 こうやって、見せ物のようにヒーローとしての価値を示さないといけないのだ。

 この体育祭の果てに、私達はいったい何を得るのだろう。何を得たいのだろう。

 

 正確な答えなんてない。

 人は千差万別で違う生き物だから、真実はそれぞれ心の中にある。

 ──兄に認知してもらうために目立とうとし、この切符を手にした私は、兄のように誰かの未来を潰したのかもなぁ。

 操は尾白のような選択はせず、己の為にこの舞台を利用する。──本当に身勝手で自分勝手だと、改めて思ったのだった。

 

 

 

 第一試合、緑谷vs心操

 第一種目・第二種目共に一位をとった緑谷と、特に活躍せずパッとしない心操との試合は客観的に見ると「何が起こっているのかわからない」ものだった。

 相澤の解説にて心操の個性が"洗脳"だと判明したのだが、緑谷は自力で洗脳を解いたため、二人は殴り合いで勝敗を決めることになる。

 そしてその殴り合いの末、勝利をもぎ取ったのは緑谷だった。

 ──まぁ、予想通りだな。

 操は試合を眺めながらそう思っていた。

 洗脳を解かれなければ心操の勝ちだったろう。しかし個性なしでの純粋な戦闘力はどう見ても緑谷の方が上だ。一ヶ月ヒーロー科で学んでいるし、何よりも体の出来上がり方が違う。

 しかし試合を観覧しているヒーローが言うように、普通科にしておくには勿体無い良い個性だと思った。彼がいれば、兄は簡単に捕まえられるだろうか──……。

 

 

 第二試合、轟vs瀬呂

 この試合は「どんまい」、この一言に尽きる。

 瀬呂も初動はよかったのだ。特訓したのか、伸ばしたテープの速度は格段に速くなっていたし、そのまま押し出してしまえば勝てる試合だったろう。

 ただ、相手が悪すぎた。

 そもそもあんな氷塊をどうにか出来る個性を持っている人物が、今回のトーナメントに参加しているのだろうか。どうにか出来たとしても、二撃、三撃と続いて攻撃されたらどうしようもない。

 操たちA組は眼前に迫っている氷塊を眺めて寒さに震えながら、次の試合を待っているのだった。

 

 

 第三試合、塩崎vs上鳴

 B組の塩崎は第一種目でも上位であり、第二種目も真っ先に1000万ポイントを狙ってきた女である。故に操は彼女を強者と認定し、この試合でも注視していた。

 対する上鳴は基本的に敵無しの強個性であるが、彼女はどう攻略するのだろう。

 操はそれを少しだけ楽しみにしていたのだが結果は呆気なく──上鳴が瞬殺されて終わっていた。

 塩崎の個性"ツル"により電撃は防がれ、それに焦った上鳴が個性を使いすぎて自滅するという何とも言い難い試合であった。

 しかし伸ばして切り離すことが出来るツルは文句なしに強く、次の相手──恐らく飯田になるだろう──とはどう戦うのか、今から楽しみであった。

 

「……さて。では行くか、三奈」

「ついに来たか〜……!」

 

 第四試合出場者である飯田と発目が入場する前に、操と芦戸は共に席を立った。何故なら、二人の試合は五番目であるからだ。

 むしろ移動するのは遅い方だろう。第二試合、第三試合のように瞬殺で終わってしまったら、操と芦戸は走って入場することになるだろう。それはなんとも情けない。

 

「二人とも──頑張れ!」

「あぁ」「うん!」

 

 葉隠に見送られ、観客席を離れる。

 そして操と芦戸は途中の廊下で左右に分かれ、お互い背を向けて別の道へ進むのだった。

 

 

 

《さっきはサポートアイテムの解説試合だったが……気を取り直して次いくぜ!》

 

 降り注ぐ歓声の中、操は真っ直ぐ前を見つめてステージの中央へ向かった。

 同じように芦戸も、操から目を離すことなく中央に向かって歩いている。

 

《ピンクの悪魔!アシッドガール、芦戸三奈!!

 ──バーサス

 4位に1位にチアととにかく目立つ!小さな巨人、赤黒操!!》

 

 立ち止まった二人は数メートルほど距離をあけて開始の合図を待った。そして──。

 

《スタート!!》

 

 第五試合、芦戸vs赤黒。

 開戦の狼煙が上がると、二人はすぐさま動き出した。操は芦戸に向かって前進し、芦戸はそんな操を近付けさせまいと酸を放つ。

 操は酸を避けながらも芦戸から絶対に視線を外さなかった。

 ──赤黒操は対人戦には滅法強い。

 センスの良さ、体力、腕力とクラスメイトに負けているところは多々あるものの、操が誰よりも勝っているのは"経験"だった。兄による暴力じみた訓練を始め、プロヒーローによる指導を受けてきたのだ。

 轟も似たような環境にいるが、彼の場合は氷結の個性による完封が得意であって、操ほど対人相手にうまく立ち回れるわけではない。操の個性は扱いづらいからこそ、それ以外をレベルアップする必要があったのだ。

 普通に過ごした子どもでは経験できないものを、彼女はこの場にいる誰よりも多く積み重ねている。

 本物の殺意も、容赦のない攻撃もその身に受けてきたから知っている。──故に彼女はどれだけ傷つこうと怯まない。

 個性を使って人を傷つけることにまだ戸惑いを覚える生徒達。すでにその段階を超えて来た操は、無意識にセーブする彼らの隙を突くのがうまかった。

 

 芦戸もそれをわかっているから近付けさせないのだ。操の射程圏内に入ってしまったら、自身には勝ち目がないと理解している。

 レクリエーション前に話した通り、個性なしで戦えば芦戸が圧勝するだろう。芦戸三奈は贔屓目なしに、男女合わせたクラスメイトの中でトップレベルの運動神経を持っている。

 しかし個性によって身体能力を底上げした操には敵わず、経験も足りない為にこのような戦い方をするしかないのだ。

 一方の操も、血液で防壁を作ったとしても酸によって溶かされる為に迂闊に近付けない。

 近寄っても避けられ、酸を飛ばされ、それを避けての繰り返し。

 操の対人格闘を警戒しての動きなのだが、いつまでもこのままでは日が暮れてしまうし──戦いの最中で突破口を見つけられないなんて、お話にならないだろう?

 

「埒が明かないな──っと、」

「えぇっ!?」

 

 ならば、酸を防ぐ防壁を他に用意すればいい。

 ゴリラ的脳筋発想に至った操はステージを叩き壊し、大小様々な瓦礫を量産した。そして人の頭よりも大きなそれを軽々と片手で持ち上げると、芦戸に向かって勢いよく投げつける。

 

「──わっ!」

「さぁて、お前には避けるか溶かすしか選択肢がないわけだが……この猛追に耐え切れるかな?」

 

 瓦礫を投げ、芦戸の視界が瓦礫でいっぱいになった頃合いを見計らって前進する。溶かすには酸を大量に用意しなくてはならないし、避けた方が楽だろう。

 しかし敢えて追い込むように瓦礫を投げ続け、死角に移動し、そして──芦戸が避けた先に、待ち構えていた操がいた。

 

「(──動けない!?)」

 

 普段の芦戸だったら、それでも避ける事ができたかもしれない。瓦礫の被弾覚悟でなら、確実に避けることができただろう。

 しかし避けようとした芦戸の軸足の、足首と膝の関節が何かに固定されていて動かなかったのだ。故に──避けることができなかった。

 

「初お披露目だな、赤縛(せきばく)というのだ──覚えて帰れ!!」

 

 操は瓦礫と前進する自身に敢えて意識を集中させ、その隙に血液を地面に這わせていたのだ。

 そしてその血液で芦戸の足首と膝の関節を封じ、思うように動けないという一瞬の隙を作る。そしてその隙に掴みかかり、背負い投げを決めた。

 緑谷と心操の時とは比にならないほど強い力で叩きつけられた芦戸は、思わずその場に蹲った。

 

《赤黒!相手は女子だが容赦なし!!》

 

 腕や脚はわからないが、少なくとも背骨を折るほどの力を入れたわけではない。

 しかし操は慢心せず、そのまま関節技や締め技をしようと、抑え込むために背中に乗った。

 ──だって三奈は「まいった」と言っていないから。

 少しでも負ける可能性は潰しておきたいと、早まったのがいけなかったのかもしれない。

 

「──っ!?」

「げほ、ごほ……っとに、容赦ないなぁ操ちゃんは」

 

 乗った背中に付いた手が痛みを訴え、操は慌ててその場を離れる。

 痛みを堪えて立ち上がった芦戸の右足は、膝から下の体操着が溶けていた。固定していた血液も、酸によって溶かされていたのだ。

 それを見て、操は手のひらの痛みの理由を理解した。

 

「でも知らなかったでしょ?私は全身から酸を出せるんだよ!」

 

 芦戸三奈は意識して隠していたわけではないが、今までの訓練では手や腕からしか酸を出してこなかった。

 足から出せば靴下や靴は溶けてしまうし、同じように背中からだせば服が溶ける。今回も背中に乗られて負けを覚悟したが──例え服が溶けたとしても、負けたくないと思ったのだ。

 

「……これはちゃんと考慮していなかった、私のミスだな」

 

 手のひらの突っ張るような感覚を感じながら、操は笑った。

 痛みで体を庇いつつも、芦戸の闘志は消えていない。ならば遠慮することはない。

 

「いいだろう──次で仕留めてやる」

 

 芦戸の弱点は強すぎる酸という個性故、対人戦においての粘度や溶解度をまだ把握出来ていない事だ。

 万が一相手の皮膚が溶けてしまったら?そうならないために、彼女は弱い酸しか使えない。

 しかしそれさえ把握できれば、攻撃を溶かし、相手を近付けずに遠距離から酸の弾丸を放つといった恐ろしい戦い方ができるようになるだろう。

 ──来年三奈に勝つのは、手こずるかもなぁ。

 

「芦戸さん戦闘不能、赤黒さんの勝ち!」

 

 操は意識を失った芦戸の近くに立ちながら、そう思ったのだった。

 

 

 

「やぁ、おはよう三奈」

 

 芦戸が目を覚ましたのは体育祭に限り特別に用意された保健室、通称リカバリーガール出張所であった。

 ベットで寝かされている自分、そして近くの椅子に腰掛ける操を見て──先程までの記憶を思い出し、思わず顔を歪めた。

 

「悔しい……!」

 

 目の前の少女に、手も足も出なかった。

 彼女を牽制できたとしても、一撃与えることはできなかった。

 それを思い出して、気が付けば大きな黒い瞳からは涙がこぼれ落ちていた。

 しかし操はそんな芦戸を笑う事も慰める事もなく、目の前で彼女の涙や悔しさを受け止めていた。

 

 ──次で仕留めてやる。

 その言葉の通り、決着はあれからすぐに着いた。

 瓦礫の投擲や血液による拘束を駆使して再び芦戸の懐に入った操は、思いっきり彼女の腹部に蹴りを叩き込んだ。

 そして痛みでくの字になった芦戸の顔面を鷲掴みにして「全身から酸を出せるとはいえ、顔から出すのは怖いよなぁ?目に入ったら嫌だもんな?」とヴィラン染みたことを言いながら、くの字とは逆方向に力を加え頭を地面に叩きつけたのだ。

 その衝撃で脳が揺れ、芦戸の意識は落ちていく。

 こうして芦戸三奈の体育祭は、目の前の少女によって幕を下ろされたのだった。 

 

 ──悔しかった。

 自分でも「実力が決勝に見あっているのかわからない」と言ったけれど、ここまで何も出来ずに負けるとは思っていなかった。

 こんなにも呆気なく、決勝の舞台が音を出て崩れ落ちていくとは、思っていなかった。

 それでも悔しいと思いっきり泣けるのは、言葉の通り操が容赦なく叩き潰してくれたからで。

 

「来年は……いや……これからの授業でも!もう絶対に負けないから!!」

 

 本気で戦って負けることがこれほど悔しいのだと、初めて知った。

 芦戸は涙を拭う事も忘れ、邪魔な布団を跳ね除けて真っ直ぐ操を見つめる。正面からそれを受け止めた操は、いつものように不敵に笑っていた。

 

「──フ、お前が私に勝てるわけないだろう」

「勝つの〜!絶対勝つんだもん!!」

「フフ、いいだろう。迎え撃つのは勝者の宿命(さだめ)!いつでもかかってこい!」

 

 次こそは。

 次こそは先をゆくその肩を掴んで、後ろに引き摺り落としてやるのだ。

 芦戸は泣き止むまでずっと側にいた操の横で、そう決意したのだった。

 

 

 

「てか次の相手は!?」

「百が負けて常闇だ。切島の試合もさっき終わって今は──お茶子と勝己が戦っている」

 

 出張所から出た二人は、観覧席へと向かう最中の通路でグラウンドを見下ろした。

 そこには何度爆破されても立ち上がる麗日と、そんな麗日を容赦なく爆破し続ける爆豪の姿があった。

 しかし上空から見ている二人は気づいたのだ──宙に浮かぶ、無数の瓦礫の存在に。

 

「麗日……!」

「凄いよな。こんな風にされるなら瓦礫を量産するわけにはいかないな。お茶子と戦うときは気を付けないと」

「そんなこと言っている場合じゃ──」

 

 そんな風に話していると、麗日が個性を解除してステージに瓦礫が降り注ぐ。

 その光景は流星群のようであったが──絶望を感じたのも束の間、爆豪の放つ最大火力の爆破によって流星群は瞬く間に木っ端微塵になってしまったのだ。

 ステージには熱風と大量の砂埃が舞い、お互いが放った攻撃力の大きさを観客に知らしめる。

 しかし諦めずに立ちあがろうとした麗日の体は限界を訴え膝をつき──爆豪の勝利で第八試合の幕は閉じたのだった。

 

 

 二回戦第一試合、緑谷vs轟。

 観覧席へと戻った操と芦戸は、クラスメイトに混じってその試合を眺めていた。

 緑谷は繰り出された氷結を自身の個性を持って打ち消すが、その代償は大きく指の骨を何本も折っている。

 緑谷が自損覚悟で氷結を打ち消すのは轟を攻略するにあたって仕方がない事とはいえ、見ていて気分のいいものではなかった。

 

「操ちゃん顔すごいよ!?」

 

 こうクラスメイトに指摘されるほどには、不快な顔をしていたらしい。

 個性把握テストの時から思っていた。そして、USJでの顛末を聞いて緑谷だけ自滅によって怪我をした時も思っていたのだが──

 

「私は出久の戦い方が嫌いだ」

 

 入学してから日は浅いし、個性が発覚したばかりなら仕方がない事なのかもしれない。実際操が轟と戦うことになっても氷塊を叩き割る必要は出てくるので、同じようになるかもしれない。

 けれど操は自損覚悟で立ち向かい続ける緑谷に、言いようのない気味の悪さを感じてしまうのだ。

 

「ボロボロになるまで戦い続けることと、自身を破壊しながら戦うことは別だろう」

 

 あんな風になるまで何故戦い続けるのだ?

 それが疑問で、理解できなかった。緑谷が何に突き動かされているのかわからない。だから気味が悪いと感じたのかもしれない。

 だって既に右手の指も、左腕も折れているのだ。これ以上どう戦うのか疑問だし、手を失って戦った先に何があるというのだろう。

 もし守るべき人が側にいた時、あれじゃ緑谷は伸ばされた手をとれないだろう。

 ──むしろ被害者が、緑谷に手を伸ばすのを躊躇するだろうな。

 

「出久の戦い方は見てられない。私は、見たいと思わない」

「赤黒、言い過ぎだぞ」

 

 平坦な声でそう言われハッとしてステージから視線を外し、みんなの顔を見れば──クラスメイト達は驚いていたり困惑していたり怒っていたり、様々な表情をしていた。

 その表情に、心の中を巣食っていたモヤのようなものがスッと冷えていく。

 

「……それもそうだな」

「操ちゃん、どこにいくの?」

「ちょっと頭を冷やしてくる」

 

 操はそう言うと立ち上がり、グラウンドに背を向けて歩き出した。

 このまま見ていても嫌な気分になるだけだし、何よりもあの場の空気を悪くする。そして何よりも──非難の色をした瞳に怖気付いたのだ。

 

「本当、自己保身ばかりで嫌になるな……」

 

 操は独りごちて、コンクリートで囲われた廊下に背中をついて耳を塞ぐようにしてしゃがみ込む。

 また緑谷が自損したのだというプレゼントマイクの実況が手のひらをすり抜けて耳を突き、意味のない手のひらに無性に苛立ちを覚えてしまう。

 先ほどまで楽しい体育祭だったというのに、今は何故だか心の中が真っ黒に染まってしまって、全く楽しいとは思わなかった。

 

「操ちゃん」

「……三奈か、試合を見なくていいのか?」

「私はもう試合ないし、操ちゃんが気になったから」

 

 そんな操の元にやってきたのは芦戸だった。彼女は操と同じように壁に背を預け、ぴったりと寄り添うように隣に座る。

 操は地面に視線を落としたままなので、芦戸がどんな顔をしているのかわからなかった。どんな顔をしているのか、見るのが怖かった。

 芦戸はそんな操から視線を外し、コンクリートの天井に埋まる蛍光灯を眺めた。

 

「操ちゃんはさ、緑谷のこと心配してるんだよね」

「……心配?」

「緑谷が怪我する度やめろとか言ってるじゃん?」

 

 ──でも誰かにやられた時じゃなくて、言う時は緑谷が自滅した時だけだもん。

 芦戸の声色はやさしいものだった。駄々をこねて不貞腐れる子どもに言い聞かせるような、そんなやさしさを孕んでいた。

 その言葉が心に染み渡って、操は理解できなかった感情の名前を知ることになる。

 ──そうか、私は。出久のことを心配していたのか。

 自らを破壊してまで勝とうとする彼に不安を覚えるのも、見たくなかったのも。心配していたからなのか。

 真っ黒な心の中に、何かがストンと落ちたような気がした。

 

「だからさ、言い方変えてみようよ。私も緑谷が怪我してていい気はしないし……その戦い方をやめろじゃなくて"心配だから怪我をしてほしくない"とかさ!

 緑谷も頑張ってるのに、戦ってるところ見たくないって言われたら悲しいよ」

「……」

「もうちょっと愛のある言葉の方が、緑谷もきっと嬉しいよ」

「……」

「ね?」

「……うん」

 

 のろのろと顔を上げれば、芦戸は穏やかな笑みを浮かべて操を見下ろしていた。

 その瞳に酷く安心して、操は思わず眉を下げた。

 確かに今、芦戸に「その言い方やめろ」と言われたら顔を上げられなかったかもしれないから。彼女が笑みを浮かべず眉を吊り上げていたら、悲しいと思ったから。

 操は自分がされて嫌なことはせず、して貰って嬉しいことをするべきだと思ったのだ。

 

「ほら、まだ試合あるんだから戻ろう」

「うん」

 

 先に立ち上がった芦戸が伸ばした手に自分の手を重ねて、操は同じように立ち上がる。

 そして手を引かれたまま、観覧席へと戻った。

 その間ずっと繋がれていた手は温かかった。

 

 

 

「あれ?何人かいなくない?」

「あー……緑谷のお見舞い行ったよ」

「そっか〜。操ちゃんの試合終わったら一緒にいこっか!」

「うん」

 

 二人が戻ったA組の観覧席は人が少なかった。どうやら大怪我をした緑谷のお見舞いに行ったらしい。

 ──確かに初めて会った時から言い方悪かったなぁ。

 操は芦戸の隣に座りながらぼんやりとそんなことを考えていた。入学式の時に声をかけた時も「ヒーローやめたら?」と言ったような気がする。

 今まで同年代とろくに関わってこなかったから、人に配慮することを忘れてしまっていたのだ。これは反省点であり改善点だな……。

 

「赤黒しょんぼりしてね?」

「元気出せって」

 

 先程のやりとりを見ていたはずなのに、上鳴と瀬呂は何事もなかったかのように操に声をかける。珍しく落ち込んでいるような操に気を遣っているのだが、疎い操がそれに気付くことはなかった。

 そしてそんな操の様子に、砂藤は鞄からとあるものを取り出し差し出した。

 

「チョコ食うか?」

「食べる」

「食いつきいいな……」

「こっちには飴があるよ!」

「そいつも貰おうか」

「食いもんのおかげでいつもの赤黒に戻ったな……」

 

 チョコで頬を膨らませ、飴を噛み砕いてペロリと平らげる操を見てクラスメイト達は胸を撫で下ろしたのだった。悲しむ友人を見過ごせないのもヒーロー科ならではの特徴かもしれない。

 ──体育祭が終わったら出久に謝ろう。

 操はそう思いながら今は優しいクラスメイトに甘えて、次の試合に向けて気持ちを切り替えるのだった。 

 

 

 

 

《第二種目の騎馬戦では共に戦ってきた仲間!しかし今は──己の前に立ち塞がる敵となった!!》

 

 二回戦第三試合、赤黒vs常闇。

 操は正面に立つ常闇を見て、どう攻略しようか思案する。

 ダークシャドウは伸縮自在である。操に炎は出せないからダークシャドウの弱点をつくことはできない。しかし常闇本体は弱く、操の敵ではない。

 ──とにかくダークシャドウが邪魔なんだよなぁ……。

 そう考えているとプレゼントマイクの合図があって、開戦の狼煙は上がった。

 先程の試合と打って変わって前進する常闇を牽制するように、操は凝固させた血液を弾丸のように打ち出すが──

 

「ヤル気アンノカ!?コンナノ鉛玉ダナ!」

「そうなるよねぇ……」

 

 それはダークシャドウによって薙ぎ払われていた。

 薙ぎ払われた血液は地面に花を咲かせるように付着しているが──それでいい。

 

《ここまで無理なく勝ち進んできた赤黒操!流石に常闇には敵わないのかァ!?》

 

 操は一回戦の時のようにステージを叩き壊して瓦礫を投擲、血液を飛ばしながらダークシャドウの攻撃を避けていく。

 操の攻撃はダークシャドウによって薙ぎ払われてしまう。しかしダークシャドウの攻撃も、操に当たってはいなかった。

 追い詰められているのは操のように見えるが、彼女は伸縮自在で動きの早いダークシャドウの攻撃を最小限の動きで避けている。

 時には伸ばされた腕を足場に跳び上がり、そのままダークシャドウの頭を踏みつけて常闇の背後を取ったり──そういった戦い方をして、お互いがダメージを与えられない状況となっていた。

 

《赤黒の攻撃は防がれるが、あのクソ速ぇ攻撃を難なく躱している!!頑張れー!》

《私情で実況すんな》

 

 そんな操の動きはプロヒーロー達に評価されていた。無駄のない回避行動は相手をよく観察できている証拠であるから。

 しかしダークシャドウのリーチは長く実質二対一、決め手がない上に範囲攻撃もなく、弱点をつけない操は徐々にステージギリギリまで追い詰められていく。

 

「──もう少し楽しめると思ったんだがな、赤黒」

「アバヨ!」

 

 あと数歩下がれば場外となってしまうだろう。そんな位置にいる操の行く手を塞ぐように、正面ではダークシャドウが大きく手を広げている。

 常闇はそのダークシャドウの後ろで余裕をもって立っている。操の瞳を真っ直ぐ見つめたまま、彼は勝利を確信していた。

 ──だから常闇自身は私の敵ではないのだ、と操はほくそ笑んだ。

 

「常闇、背後には気をつけたほうがいいぞ?」

「──グアッ!?」

 

 その言葉を皮切りに、常闇の背後から大小様々な瓦礫が飛来して彼の頭や体に勢いよくぶつかっていく。

 彼はあまりの勢いに前のめりに倒れるが、その上にも容赦なく瓦礫が降り積もっていく。

 

「フミカゲ!?」

「まぁ、もう遅いか」

 

 血液の弾丸を飛ばし、ステージを破壊しながら操は瓦礫に血液を付着させていたのだ。そしてそれを背後が疎かになったタイミングで操作して、常闇にぶつけただけ。

 ダークシャドウは操に攻撃しようと後ろに意識を割いていなかったし、常闇は勝利を確信して瓦礫や地面に散らばった血液を注視していなかった。

 そして操は敢えて追い込まれているように見せて二人を誘導していただけ。それに気付けないとは──今まで相当ダークシャドウに頼っていた事が窺える。

 

「もう少し楽しめると思ったんだがな、常闇。地力を鍛えて出直してこい」

「──常闇くん戦闘不能!赤黒さんの勝利!」

 

 轟や飯田と違って地味な勝ち方をした操だが勝ちは勝ち。寄ってきたカメラに手を振って、ステージを後にする。

 しかし一回目と二回目の試合で手札を相当晒してしまった。おそらく次上がってくる爆豪相手には苦戦するだろうなぁ、そう思いながら操は観覧席へと戻るのだった。

 

 

 

 

《準決勝行くぜ!既に決勝で待ち構える轟と戦うのはどちらになるのか!容赦のない者同士の戦いだァ!!》

 

 準決勝第二試合、赤黒vs爆豪。

 操の正面に立った爆豪はポケットに両手を突っ込み、抜かりなく手を温めている。

 対する操の武器である血液は400㏄と少なく、そしてそれは爆破で散らされてしまう。凝固させて爆風に逆らう事もできるが普段よりも操作が難しくなり、操作をすることに集中してしまって隙を作ることになるだろう。

 瓦礫戦法は麗日の試合を見ていることからあまり当てにしないほうがいい。赤縛も一回戦で見せているから警戒されていると考えた方がいいかもしれない。

 純粋な殴り合いなら個性のブーストもあるし、経験もあるから負ける気はしないが──爆破込みとなると、私の体重は軽いから吹っ飛びやすいんだよなぁ。

 まあ、負けないようベストを尽くそうか。

 爆豪に負けているようじゃ、兄を倒す事はできないから。

 緊迫した空気の中、チリチリと肌を焼くような緊張を全身に受けて操は真っ直ぐ爆豪の瞳を見つめていた。

 いつでも動き出せるように、血液を回して。

 

《──スタート!》

 

 合図と共に両手を爆破させて突っ込んでくる爆豪に対し、操は前試合と同じようにステージを破壊して瓦礫を投げつけた。

 勿論瓦礫は爆破によって木っ端微塵になるが、爆豪の勢いを一時的に止めることは出来た。操は爆豪から視線を逸らさないまま、続けて足でステージを壊し瓦礫を蹴り上げる。

 それを破壊せずに爆豪は上空に飛ぶことによって避けるが、操は敢えて前進して距離を詰め、爆豪の真下から血液を撃ち込んだ。

 爆豪はさらに爆破することによって撃ち出された血液を散らし、爆風の勢いに乗って移動を行う。

 奇しくも二人はスタートと逆の位置に立ち、そして睨み合った。

 

《始まってすぐの攻防!しかし無傷のままお互いの位置が入れ替わっただけだァー!!》

 

 戦いに言葉はいらない。二人は再びお互いに向かって駆け出した。

 操は瓦礫や血液を利用しながら爆破を受けないようにしつつ爆豪に近づいて行く。爆豪は瓦礫を避け、時には爆破して同じように操に近づいていく──が、何かを察してその場から飛び退いた。

 

《爆豪、何かを避けた!?》

《足元を見ろ》

《ん?おっと──爆豪のいたところに赤黒の血液が!一回戦の時のように動きを封じようとしたのかァ!?》

 

「ちまちま小賢しいことしてんじゃねぇ」

「やっぱ一度使った戦法は警戒するか」

 

 血液を回収しながら操は薄く笑う。

 爆豪はそんな様子の操に舌を打ち、鋭く尖らせた瞳で睨みつけている。

 

「ンなら小細工出来ねぇようにしてやる──よォッ!!」

「──!」

 

 爆豪はそう吠えると、小さな爆発を乱発させて前進してくる。操が瓦礫を飛ばそうとも弾き飛ばされ──いや、むしろ細かな粒子が爆風によって舞い上がり邪魔になってしまった。

 そしてそのまま凄まじい速さで距離を詰めた爆豪は操の上を飛んで背後をとり、その背中を爆破しようと手を向ける。しかし操は動きを読んでいたのか咄嗟に振り返り、その手首を弾いて爆破を逸らした。

 そしてそのまま懐に入り、逆の手で爆豪の腕を掴んで──その腕を容赦なく折った。

 爆豪は突然腕を駆け抜ける痛みに驚きつつも動きを止めることはなく、操を蹴り飛ばして距離を取った。

 

《爆豪の腕を折ったァ!やっぱ赤黒、容赦ねぇ〜!!》

 

「テメェ……!」

「ごほ、一撃が重いなぁ……!」

 

 爆豪は折られた腕を抑えながら顔を上げるが、視界に入ってきた血液の存在に気が付き地面を蹴ってその場を飛び退いた。

 操は宙に浮く血液を操作して爆豪を牽制しつつも、腹部に感じる鈍い痛みを回復しようと体内の血液を回していった。

 ──何かしら攻撃を受ける覚悟で骨を折ったが、めちゃくちゃ痛いな……!

 痛みで思わず顔も歪めてしまうが、その瞳は爆豪を捉えて離さない。いつでも動けるように腰を落として、彼の動きを警戒している。

 ──厄介な爆破を片方塞いだのは大きな収穫だな。

 そう思いながら、腹部の痛みが治まる前に爆豪に向かって駆け出した。

 

 その後も操と爆豪の両者は激しい攻防を繰り返していた。

 折れた腕を満足に動かせない爆豪は体を捻って無理やり爆破の軌道を合わせていく。しかし折れた手で爆破をする度脳には痺れるような痛みが駆け巡るため、あまり使用することはできなかった。

 操は先程と変わらず、瓦礫や血液で意識を散らしながら近付いて爆豪に一撃を与えていく。

 しかし時にはセンスの良さを発揮した爆豪によって正面から爆破を食らうこともあった。武器にしたはずの瓦礫の破片が飛んできて、自身を傷つける事もあった。

 故に、爆豪も操も身体中の至る所に大小の傷を負っていた。

 

《ここまではいい勝負だ!しかし時間が経てば経つほど有利になる爆豪に対して、決め手がない赤黒は厳しいかァ!?》

 

「それは私の課題でな……!今回はお茶子のを真似するとしよう」

 

 決め手がないのは血液の量が少ないからだ。

 そう理解していた操は瓦礫によって切れた腕から血液を抽出した。輸血パックと合わせて800㏄の血液が、雨のようにステージに降り注ぐ。

 そしてそれは辺りに散らばった瓦礫に付着して、瓦礫は雨を逆再生したかのように宙へ浮かんでいった。

 爆豪の真上へ、無数の瓦礫が集まっていく。爆豪はそれを見上げ、忌々しげに睨みつけていた。それは麗日との試合を思い出すような光景であったからだろうか。

 

「──食らえ、流血メテオ!」

 

 麗日の時と同じく爆豪に向かって無数の瓦礫が降り注ぐが、麗日との違いは"血が付着していてそれを操作している"という点であった。

 そして爆豪にはそれを爆破するしか選択肢は無かった。

 爆破すれば操血による操作で避けられる可能性もあったが、爆破しなければ容赦なく瓦礫をぶつけてくるだろう。そういう女だ、赤黒操というのは。

 弱い力で爆破し瓦礫を残しても面倒臭い。何より──完膚なきまでの一位を獲ると決めているのだ。

 

「鬱陶しいんだよクソチビがァ!!」

 

 一回戦と同じように、爆豪は超火力の爆破で瓦礫を吹き飛ばしていく。

 しかし爆豪の予想は外れて、ステージには熱風と砂埃が蔓延していた。それは瓦礫を全て木っ端微塵にしたということで──

 

「流石だな、勝己。私はお前を信じていたよ」

 

 ──けれど先程の試合と違うのは、爆豪の周りに無数の赤い花弁が舞っているということだった。

 

「季節外れの桜だが、これも風情があるだろう?」

 

 ──赤刃(せきじん)・千本桜。

 赤い刃が爆豪に音もなく襲いかかる。そしてその場には、全身を切り裂かれ血を噴き出した爆豪の姿があった。

 

 

 準決勝第二試合の前。

 赤黒操は爆豪勝己に対する必勝法を考えていたのだが──驚く程思い付かなかった。

 強烈な範囲攻撃、凄まじい判断力に応用力。そして爆風による機動力に、相手を冷静に観察して推測する洞察力。

 言動は酷いものだが、戦闘力や個性は一級品。決定力に欠ける操が勝つには、爆豪の武器を減らしていくしかないと思った。実に脳筋な考え方であった。

 方法としては二つ。赤縛によって手のひらや関節を抑え、それを操作することによって爆破の軌道をズラこと。

 操作しながら戦う手間は増えるが、倫理観を捨てないのであればこのやり方が一番いいだろう。

 そしてもう一つは腕や手を潰すことだ。

 どこかしら折れば動くたびに振動が伝わって痛みが生じる。例えアドレナリンがあろうとも、爆破という衝撃は耐え難い苦痛を生むだろう。

 両手の爆破で上手いこと移動している爆豪だからこそ、片腕は確実に封じる必要があった。

 

 そう思って挑んだ準決勝だったが、思ったより早く片腕を折る事が出来た。

 次に操が行わなければならないのは、時間が経てば経つほど体が温まり有利になる爆豪を疲弊させることである。

『個性だって身体機能だ、轟にも(・・)何らかの限度があるハズだろ』

 これは爆豪本人が、轟対緑谷戦で言っていた言葉である。ここで注目したいのは、轟にも(・・)ということだ。それは言い換えると爆豪にも限度があるということだろう。

 ──爆破という個性を考えるに、乱発し過ぎれば手のひらは爆破に耐えきれず痛みを訴えるのではないか?操はそう結論付けたのだ。

『そういえば、お茶子ちゃんとの試合の時、爆豪くん手首を抑えていたような──……』

 葉隠のその言葉を聞いて、操が思いついた作戦はひとつ。

 超火力の爆破を撃たせて、その痛みの隙に深いダメージを負わせること。

 操の個性は決定力に欠ける。しかし扱う血液の量を増やせばできることは増える。

 そして有難いことに自身が投げつけた瓦礫によって傷を負ったので、操は血液を抽出してその作戦に移行することができたのだ。

 

 赤刃(せきじん)・千本桜。

 それはピクシーボブの出した魔獣との激闘の末に思いついた操唯一の範囲技。

 体外に放出された血液の血中成分を操作し、赤血球の主成分であるヘモグロビンの鉄原子のみを増やしていく。そしてそれを血液凝固と組み合わせ、刃を作ることに成功したのだ。

 血液に含まれる鉄成分が少ないことから操作は極めて難しく、一般的な刃物より脆いため正直コストパフォーマンスは悪い。しかし刃物を持ち込めない体育祭ではこれ以上にない奥の手だった。

 斬撃のエッジとして使用し、一般的な人間の皮膚を切り裂くくらいはお手のもの。

 問題点としては爆破によって血液を散らされてしまえば意味がないことと、操作が複雑で数が多いために操自身が動けなくなることだった。

 だからあのタイミングでこの技を仕掛けたのだ。

 一回戦と二回戦で操血によって瓦礫を操作するのを見せてきたからこそ、あえて上空で瓦礫に付着した血液を離したのだ。「この瓦礫は操作されているから爆破を避けるかもしれない」と、少しでも判断を鈍らせてまで。

 

「でも、それくらいじゃ勝てないよな」

 

 血だらけのまま立ち上がる爆豪を見て、操はより警戒心を強める。操の背後には800㏄の血液が、一つの球体になって存在を主張していた。

 操も爆豪も、この瞬間に考えていることがあった。

 操はもう一度同じ戦法を使えれば(・・・・)勝てるだろうということで、そして爆豪はもう一度同じ事をされたら負けるだろうということだった。

 爆豪勝己は「一位になる」と宣言し自身を追い込んだように、負ける選択肢を黙って受け止める気はなかった。負けるつもりなんて一切なかった。故に──操に同じ手を使わせる訳にはいかなかった。

 

「うっぜえぇんだよテメェは!!俺の前に立つんじゃねぇ!!」

 

 折れて痛む腕を無視して両腕による加速を行う。

 突如眼前に現れた血液凝固による防壁を無理矢理叩き壊し、その間に折れた左手側に回っていた操を、折れた(・・・)左腕で無理矢理掴む。

 驚き目を見開く操が何かをする前に、痛みで痺れる脳を無視して爆破の個性を使用した。

 

「!?」

「デクが出来たことを──この俺が出来ねぇワケねぇだろ!!」

 

 ゼロ距離で爆破を受けて、操の体は後方に吹き飛ばされる。

 折れた腕で爆破したことにより、脳みそがもう止めろと警告してくるが──爆豪はそんな痛みよりも、負けという辛酸を嘗める事の方がずっと傷を負うと思ったのだ。

 だからその痛みを奥歯で噛み殺し、操に考える隙を与えないように追撃していく。

 対する操も目の前に迫った爆豪に対してどう対処すべきか判断を迫られていた。

 血液凝固の防壁を作るにも、赤縛で動きを封じるにも赤刃を作るのにも、まずは散らばった血液を操作して集めなければならないのだ。

 しかし爆豪はそれを操作する隙を与えてくれそうにない。ならば──己の体内に流れる血液を使用するしかない。

 そう思った操は吹き飛ばされながら、咄嗟に昔の癖で手首を切ろうとした。手首から飛び出した血液で爆豪の気を散らすか、上手くいけば動きを封じる事ができると思ったから。

 しかし操の手首には自傷を防ぐための防壁があった。

 そのため血液を補充することは叶わず、操は爆豪に対して一瞬の隙を見せてしまう。

 

「あっ──」

「死ね!!!!」

 

 眼前にて繰り出された爆破に、操の視界は一瞬にして白く染まっていった。

 体が吹き飛ばされて宙に浮く。

 目を開いているはずなのに視界は何も映さず、長く感じる浮遊感が徐々に心を不安にさせていく。

 喉が焼けるように熱く、息をするたびに肺が焼き切れてしまいそうだった。

 そして長く感じた一瞬の浮遊の末に、操の体は勢いよく砂埃を立てて地面に転がっていく。

 

「や、ば……!」

 

 視界が奪われたため受身すら取れなかったが、操は昔の癖で痛い身体に鞭を打ち慌てて立ち上がり、追撃を警戒してその場から飛び退いた。

 しかし視界が開けた先で、自身がステージの外にいることに気がついた。

 そしてステージの上では、血だらけの爆豪がよろめきながら片膝をついて、こちらを真っ直ぐに睨みつけていた。

 

「やべ、外出ちゃった……」

「──赤黒さん場外。よって爆豪君の勝利!」

 

 こうして操の体育祭は、場外という情けない結果で幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

「それではこれより表彰式に移ります!」

 

 三位の表彰台に上がった操は、上空に打ち上げられた花火を見つめていた。色とりどりの花火は青空を背景に咲いては散ってを繰り返していく。

 ──夜に見たら綺麗なんだろうなぁ。

 そう考えながら操は夜の花火を想像していたのだが──真横でガッチャガッチャガッチャガッチャ暴れる爆豪のせいでうまく集中できなかった。

 

「んん゛〜〜〜〜〜!!」

「オイ、私が目立たないだろう。大人しくしろ」

「〜〜〜〜!!!!」

 

 爆豪は決勝での轟の立ち振る舞いが気に食わずに暴れるので拘束されているのだが、あまりに前代未聞の一位の姿にカメラは軒並み爆豪を抜いていくのだ。

 なので操は彼が拘束されているのをいいことに爆豪の脇腹を容赦なく突いてやった。私がカメラに映らないだろう、と。

 しかしそんなやりとりをしているとメダル授与式が行われることになり、ステージの外から颯爽とオールマイトが現れたのだ。

 ミッドナイトからメダルを受け取ったオールマイトはまず三位になった操の目の前に来て、その首に銅色のメダルをかけた。

 

「赤黒少女!常に個性を発動し続けるキャパシティの多さ!そして複雑な操作を一気にやってのける頭の回転の速さは本当に凄いぞ!三位おめでとう!」

「ありがとう。でも来年はもう少し血を増やしてほしいなぁ」

「HAHAHA!キミがこれ以上強くなったら手がつけられないさ!しかしあまりにも容赦のない攻撃は、相手に深いダメージを負わせてしまうこともある。今後は別の戦い方も身につけていこう!」

「……そうだな、今後はもっと技を増やしていこうと思う」

「うん!一緒に頑張ろう!!」

 

 そうして大きな腕を広げて操を抱きしめたオールマイトに、操は「カッテェなこのオッサン」と場違いなことを思っていたのだった。

 同じく三位の飯田は家の都合で早退し、続いては轟が、そして最後に爆豪にメダルが授与されて、長いようで短かった体育祭は幕を下ろしたのだった。

 

「さァ!今回は彼らだった!しかしみなさんこの場に立つ誰にも、ここに立つ可能性はあった!競い高め合い、さらに先へと登っていく姿!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!」

 

 操の一回戦の相手が心操だったら、轟だったら、塩崎だったら。もしかしたらこの場には立っていなかったかもしれない。

 そして来年種目が変わったとしても、操が唯一持っている"経験"というアドバンテージの差は埋まってしまうため、ここまでうまく勝ち上がることはできないだろう。

 この体育祭の果てに、私はいったい何を得たのだろうか。何を得ることが出来ただろうか。

 ──今回の体育祭を、兄が見ているかはわからない。

 しかし暫くの間は雄英体育祭についてテレビが取り上げるだろう。それを見て、兄は私を見つけてくれるだろうか。

 私を殺すために、会いに来てくれるだろうか。

 兄が先か私が先か、未来のことはわからない。けれど沢山の人々を踏み台にして蹴散らして、操はここに立っている。

 

「それではみなさんご唱和ください!せーの!」

「プルスウル──」「プル──」「プルスウルト──えっ」「プルス……」

「お疲れ様でした!!!!」

 

 兄の嫌いな身勝手な信念を持って、ここに立っている。

 

 

 

 

「お疲れっつーことで、明日と明後日は休校だ」

 

 委員長である飯田以外のA組全員は、体育祭が終わってから制服に着替え教室にてホームルームに参加していた。

 

「プロからの指名はこっちでまとめて休み明けに発表する。ドキドキしながらしっかり休んでおけよ。んで赤黒──」

「なに?」

「お前は帰る前職員室に来い」

 

 数多くのクラスメイトを待ち受ける未来は明るく、胸が膨らむものだろう。

 しかし操の運命は非情なことに、彼女を指差して嘲笑っていた。

 

「…………?」

 

 クラスメイトと別れ職員室に向かう道すがら、操はすれ違う人から様々な視線を感じることになる。

 その視線に少しだけ嫌な予感がし、足早に職員室に向かえば室内には異様な空気が漂っていた。

 

「赤黒、こっち来い」

 

 相澤に呼ばれ、操は小さな会議室に通される。

 相澤の真剣な眼差しに操はつい身構えてしまう。

 そして彼が発したその言葉に、心臓が音を立てて崩れ落ちたような気がした。

 ──取り返しのつかない出来事が起こったのだと、一瞬にして理解したのだ。

 

「落ち着いて聞け」

 

「ヒーロー殺しステインがまた被害者を出した」

 

「被害に遭ったのはターボヒーローインゲニウム」

 

「──うちのクラスの、飯田の兄にあたる人物だ」

 

 

【体育祭編:了】

 

 

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