5D's:武藤遊戯の孫 作:ジャガイモ
「へー、どうせエンシェンドラゴンの進化系一枚とかでしょ? それだけじゃデッキが組め…………妖精獣?! 妖精霊!? し、しかも漫画版もだと!? 小説タグを変更しなきゃ……!」
遊太がデュエルステージへ出ると、まばゆい陽光が彼の目をさした。
強烈な光に、思わず目が焼かれるような気分になる。デュエルディスクで陽射しを遮りながら、所定の位置へ着くため歩いていく。
初日のような緊張はない。
初日のような高揚感もない。
あるのは、ただただどうしようもないまでの動揺と、どうしようもない憂鬱感のみだ。
デュエルをするのがこんなにも億劫なのは、生まれて初めてのことだった。
立っているだけで吐き気が込み上げてきそうになる。気持ちが悪い。まるで車酔いの最中、無理やりフルマラソンを走らされているような気分だ。
対して目の前に佇む十六夜は、なおも顔を涼しげにしていた。
さっきデュエルスタジアムの裏側通路で邂逅した時、ディヴァインが彼女を庇ってくれたために精神が安定したのか。はたまた遊太がデッキを盗まれたことと、自身が所属しているアルカディアムーブメントは無関係。もしくは、関係していても、それこそが組織の大義名分だと開き直っているのか。
彼女の表情は誰が見ても大きく機能していないため、その鉄面皮のような表情の裏に何が隠されているのかを見抜くことはできない。
だが、遊太に対して一ミリも罪悪感など抱いていそうにないことは、すぐに見抜くことができた。
「……ねぇ、十六夜さん」
所定の位置につき、そんな十六夜と向かい合った遊太が声をかけた。
今にも崩れたくなる足をグッと堪え、彼女の顔色を伺いながら尋ねる。
「十六夜さんはいつから……」
返事など最初から期待していない。
でも彼女と出会った時から、そう尋ねずにはいられなかったから、口にする。
「いつから……デュエルが楽しくないものになったの……?」
そうボソリと吐かれた言葉に、さっきまで一ミリの変化も訪れなかった十六夜の目がわずかに細められた。
「……どういう意味だ?」
「……言葉通りの意味だよ。十六夜さんの目は、昔の僕と同じ目をしていたからさ……」
一回戦の時に遊太が気づいたこと。
いや正確には、彼女の目と同じ目をしていた「過去の自分」を思い出してしまったこと。
それは祖父が亡くなって暫くの間、何もかも手につかなくなっていた頃の自分だった。
それまで祖父としていたゲームが、嘘のように全て楽しくなくなったあの頃。プレイするだけで辛い記憶が思い返されるような錯覚がし、目に触れるだけで無性に泣きたくなっていたあの頃の自分。
遊太は祖父の形見の一つである黄金櫃を床に置きながら、十六夜の顔を見る。
今だってそうだ。
彼女の目は、じっと遊太を見ているように見えるが、実際には目の前の人間なんて見ていない。
それよりもずっと奥。どこか偶像的なものに目を向けている。
それは、自分がゲームをしている時、祖父の影を追いかけている時にそっくりだった。
「僕も今、おんなじ気持ちだよ……正直やりたくない、こんなデュエル……!」
「だったら棄権すればいい……それで済む話のはずだ」
十六夜の冷たい物言いに、遊太はかぶりを振る。
「……それはできないよ。色んな人と約束したから。色んな人に励まされて、僕は今ここに立ってる」
「それがあなたの戦う理由? ……くだらないわね」
「うん、くだらないことだ。本当に、誰が見てもくだらない理由だと思う…………でも、僕にとって、その人たちとの繋がりは何よりも大切なことなんだ」
遊太はそう呟き、黄金櫃の天蓋を開けて、そこに収めていたデッキを取り出した。
デッキを握れば、温かい記憶が、冷たい空気に閉ざされた心を、内側からじんわりと溶かしていくのがわかる。
モクバとの出会い、友人たちとの時間、そして、これまで支えてくれた全ての人たちの顔が、彼の脳裏に鮮やかに蘇る。
「――――あのデッキも、その繋がりの一つだった。モクバおじさんがくれた大切なカードも入ってた。あれは、デュエリストの魂そのものなんだ!」
言葉に温度が宿り始めた遊太に、十六夜は冷たい視線を向ける。
感情の波一つ立たない彼女の橙色の目は、遊太の心からの叫びを嘲笑うかのように、さらに冷たい空気を放った。
「だから許せない。人のデッキを盗んでまで勝とうとする奴らに、僕は負けたくない」
「……証拠もないのに、勝手に犯人扱いをするなんて滑稽ね。
いいわ。だったら私は、私に居場所を与えてくれたディヴァインの無実のため、そして私が戻るべき場所を守るために、貴方を誅する……どんなデッキを使ってきても構わない。文句のつけようのない敗北を、あなたに教えてあげる」
そうして十六夜はデュエルディスクを起動させる。
遊太も十六夜に合わせて、黄金櫃にしまっていたデッキをデュエルディスクに装填し、起動させた。
互いに山札から5枚の初期手札を引き抜く。
ディヴァインによって因縁を深められた二人。
これで、もう後戻りはできない。
「「――――デュエル!!」」
今ここに、戦いの火蓋が切って落とされた。
× × ×
「精々、私の役に立ってくれよ、少年」
観客席で立ち見するディヴァインが、人知れずほくそ笑んだ。
× × ×
ディエルディスクのモーメントが回れば、デュエルがスタートされる。
デュエルディスクが先行を示したのは、遊太だった。
「僕のターン、ドロー! 手札から魔法カード<強欲で謙虚な壺>を発動!」
遊太の宣言にあわせ、
片面は強欲な壺の煩悩まみれの顔。もう片面は謙虚の壺の思慮深い顔。
強欲な壺の口から3枚のカードが吐かれ、そのうち2枚が謙虚な壺によって吸い込まれる。
残った一枚だけが、遊太の手札に入れられた。
「……モンスターをセット。カードを一枚伏せ、ターンエンド」
たったそれだけ。
裏守備モンスターが一体と、伏せカードが一枚。たったそれだけで遊太はターンを終わらせた。
十六夜は先ほどまでの遊太の激情を鑑みた上で、眉をわずかばかり顰める。
「(ブラック・ローズ・ドラゴンのある私に、たった2枚……デッキの内容を悟らせないための布石……? いえ、それでも先行を捨てる意味はあまりない)……私のターン、ドロー」
頭の中で冷静に分析を進めながら、十六夜は山札からカードを引く。
ブラック・ローズ・ドラゴンは文字通り、フィールド全てを破壊することのできるモンスターだ。場に出るだけで、戦況が簡単にひっくり返ってしまうほどの力を持つドラゴンでもある。食い止めるには、それ相応の準備が必要だろう。
あれだけ啖呵を切っていたのだ、無策でデュエルしているとは思えない。
もし、遊太の言うことがすべて本当であるのならば、彼の怒りは頂天に達しているに違いない。そんな人間が、このような守りのデュエルをするのか?
いや、やはりどれもこれもが虚言で、ただ子供のような浅慮な考えで自分たちに牙を向けているだけなのか……だとしたら、やはり許せない愚行だ。
だが、それにしてはあの目は……。
十六夜はそこまで考え、そして首を横に振って全ての考えを一蹴した。
(何を考える必要がある……私は何も考えず、ただ機械的に蹂躙すればいい。そうすれば、あとはディヴァインが考えてくれる)
遊太に敵意を向けられたせいか、いつの間にか自律的思考をしていたことに気がついた十六夜は、再び己の中から自我を薄れさせていく。
何も考える必要はない。ただ言われるがまま衝動的にデュエルをすばいい。
それだけで全てが終わる。全てが丸く収まる。だって、自分に居場所を与えてくれた人が、そう望んでいるのだから。
見たくないものは、見なくていい。
「……私は<
十六夜から飛び出したのは、紅蓮に燃える髪をたなびかせる小柄の魔女だった。
場に出た紅蓮薔薇の魔女は、「フン、あんたなんかに興味ないんだからね!」というセリフが似合いそうな勢いで、顎を上に逸らす。
それを見ていた一部の観客から、歓声が沸き起こった。
「早速決める気か、アキ。いけない子だ」
十六夜の出したモンスターを見て、その後の展開も見えたディヴァインが後方保護者面で髪をすきあげる。
<
光属性|レベル1|植物族/チューナー/効果
攻800守1700
「<
紅蓮薔薇の魔女が杖を掲げると、空からミニキャラ風黒魔女がフィールドへと舞い降りた。そして紅蓮薔薇の魔女の杖先に光がぽっと灯れば、ゆらゆらと揺蕩いながら、十六夜の山札へと光が移る。
「そのまま、<紅蓮薔薇の魔女>の効果で<黒薔薇の魔女>を召喚。さらに召喚された<黒薔薇の魔女>のモンスター効果により、私は山札から一枚ドローする」
黒薔薇の魔女でドローしたカードは、モンスターカード出ない場合、墓地へ送られるデメリット効果を持つ。
しかし、十六夜が引いて見せたカードは当然モンスターカード。
紅蓮薔薇の魔女の効果で、デッキトップを操作しているのだから、外れるわけもない。
「引いたカードは<薔薇の妖精>。そのまま手札に加わった<薔薇の妖精>のモンスター効果発動……このカードを特殊召喚する」
そこまで処理をし終えれば、十六夜の周りを
薔薇の妖精は、先に出ていた黒薔薇の魔女を見つけると、すぐさま手を振りながら駆け寄る。近づいて来られた黒薔薇の魔女は、そそくさーと距離を離しながら、他人行儀な軽い会釈だけをした。
薔薇の妖精の背後で「ガビーン」という効果音が鳴った。
<
闇属性|レベル4|魔法使い族/チューナー/効果
攻1700守800
<薔薇の妖精>
風属性|レベル3|植物族/効果
攻600守1200
「合計、レベル7だ……!」
「まずいんじゃないのぉ、遊太くん!? あのブラックなんとかってドラゴンが……!」
「落ち着け、爺さん。まだ出てくるシンクロモンスターが決まったわけじゃないだろ」
観客席では共に観戦していた、龍亞、矢薙、氷室がそれぞれの反応を示す。
まだまだ始まったばかりだというのに、ギャラリーの熱気は白熱しているようだった。
かたや初代デュエルキングの孫。
かたや破壊の限りを尽くす、嫌われ者の魔女。
どちらの歓声が多いのかは一目瞭然であろう。
「でも、もし出てきたら昨日の人みたいに、遊太君も……」
隣の3人が食い入るようにデュエルを見ているのと違い、天兵はあまりまじまじと目の前のデュエルが見えないでいた。見るというより、半ば俯き身を縮こまらせているのに近い状態だ。
始まる前から、辛いデュエルになることは予想していたはずだ。
見るのも恐ろしいデュエルになると覚悟し、家を出てきたつもりでいた。
しかし、いざ本番が始まるとやはり萎縮してしまう。デュエル開始前に、あの十六夜へ寄ってたかって叫びつけていたのが信じられないくらいだった。
(そう考えると、今あの場に立っている遊太君はどれだけ怖いんだろう……)
天兵がそう思い、そっと遊太の表情を盗み見るように顔を上げてみる。
ちょうどカメラにアップされているおかげか、今の遊太の表情を大きなソリッドビジョンで見ることができた。
そこにある遊太の表情は――――、
「……楽しくなさそう」
――――天兵の隣で、ボソリと龍可が呟くのが聞こえた。
場に揃った2体のモンスターを見て、遊太はただ唾を飲んだ。
恐れていない――――なんてことはない。
昨日の第二試合。十六夜とル・ド・ランスボウの戦いを見ていて、恐怖を抱かない人なんていないだろう。
ましてや、遊太はまだまだ年端もいかぬ子供である。今すぐにでも、逃げ出したい気持ちはある。
質量をもったソリッドヴィジョンでの攻撃。それは下手をすれば、大怪我に繋がり、最悪人を殺すことだってできるかもしれない力。
なるべく、それも考慮してのデッキ編成をしているつもりではあるが、やはりどれだけ準備を重ねようと、実際の戦いになるとうまくいかない。膝が笑ってしまうものだ。
目の前で佇む十六夜は、そんな遊太のことを気にもかけていないのか。
デュエルを始めた頃よりも感情のない橙色の瞳を向けていた。
「……十六夜さんは」
不意に、遊太の唇から声が漏れた。
「まるでデュエルしているようで……していないみたいだ」
そう言った瞬間、十六夜の瞳にまたもや感情の煌めきが映る。
だが、それも一瞬のこと。
カメラのフラッシュを焚いた時のような刹那しか、十六夜の反応を勝ち取れなかった。
しかし、遊太の声を待つように十六夜の手が止まっている。
MCも、彼女の初めて見せる長考に戸惑いを覚えているのか、狼狽えるような実況を流していた。
遊太が滔々と語り続ける声に、十六夜は耳を傾けているのかいないのかわからない。
だが、手が止まっていることを、話が聞いていると断定した遊太は、構わず語りかけた。
「でも、十六夜さんは僕なんかより、きっともっと本当はデュエルモンスターズが好きなんだと思う」
「何を、言って……」
「あのお兄さんが言っていたよね。”たかがカード”だって。その時のお姉さんの顔は……すごく悲しそうだった」
「っ」
十六夜が息を呑む。
その隙を遊太は見逃さなかった。
「お姉さんにもあるはずなんだ。見えるけど見えないもの――――誰かとの繋がりを示すカードが。じゃないと、あんな顔は」
「うるさい!! 知ったような口をきくな!!!」
十六夜の叫びに合わせて、フィールドに衝撃波のようなものが広がる。
突風の如く吹き抜ける一陣の風。
観客席からは「魔女の力だ」と悲鳴が上がる。
遊太は風に煽られるのを必死で堪えながら、それでも語りかけることをやめはしなかった。
「……確かに僕は十六夜さんのことを何も知らない。だから正直に教えて欲しいんだ。お姉さんが所属するアルカディアムーブメントが、僕の大切なデッキを盗んだのか」
「何度も言わせないで。そんな事実はない」
「僕はただデッキを返して欲しいだけなんだ! ……お願いだよ……お姉さんだって、誰かとの繋がりのカードを盗られたら、悲しいはずだろ!?」
「そんなものも、無い!! 私に、繋がりなんて……ひとつもっ!」
デュエルディスクをつけていない方の腕を横に薙ぎ、十六夜は強く叫び否定する。
そして、かっと目を見開いたまま遊太を見ると、刹那シンクロ召喚のためにモンスターを2体墓地へと送った。
「私にとってデュエルとは苦しいもの。こんな力のせいで、私は……私は……! っ、私はレベル3の<薔薇の妖精>に、レベル4の<黒薔薇の魔女>をチューニング!」
薔薇の妖精が星へと転じ、次に黒薔薇の魔女がサークルへと変じる。
3つの並んだ星がサークルを潜り抜ければ、眩い閃光エフェクトとともにヨウラクユリの花弁が、デュエルスタジアムに吹いた。
「シンクロ召喚――――!」
そうして十六夜が召喚するモンスターは、薔薇の羽をもつ漆黒のドラゴンではない。
赤い花弁ではなく、十六夜の目と同じ橙色をした蕾がふわりと揺れる。
「舞い降りよ! <
ヨウラクユリを模した装束を身に纏う、一体の美しい女。
それが十六夜の横に寄り添うようにふんわりと、地面へと爪先を立て舞い降りた。
「っ、ブラック・ローズ・ドラゴンじゃない」
「華は見るものの心を奪い尽くす……あなたにも見せてあげる。ペリアリスのモンスター効果、手札より……っ、<ギガプラント>を守備表示で特殊召喚」
十六夜が一瞬躊躇いを見せるも、しかし、召喚宣言がなされた。
ペリアリスがヨウラクユリの蕾を、ふっと息を吹きかけ飛ばす。
するとその蕾は空中で開花し、ヨウラクユリからやがて十六夜の背丈を何回りも凌ぐ巨大植物へと変化した。
巨大植物の頭部に赤い蕾が生え、一文字が刻まれる。ぎょろりと大量の目玉と思わしきものが形成され、ぐぱりと開かれた一文字線は巨大植物の口のように唾液を漏らした。
<
光属性|レベル7|植物族/シンクロ/効果
攻1600守2400
〈ギガプラント〉
地属性|レベル6|植物族/デュアル/効果
攻2400守1200
「ペリアリスは手札または墓地から、上級植物族モンスターを呼び寄せることができるシンクロモンスター。それだけじゃない……さぁ、ペリアリスよ。その瓔珞に光を灯しなさい!」
ギガプラントが力を注ぎ込むように蔓のような触手を向ければ、ペリアリスの腰から下げられた4つの瓔珞のうち1つが発光を始める。
<
攻1600 → 攻2000
「そして私は、手札から装備魔法<スーペルヴィス>を<ギガプラント>に装備」
「っ、<スーペルヴィス>だって……!?」
「どうやら効果は知っているようね……<スーペルヴィス>を装備された<ギガプラント>は、もう一度召喚された状態となる。そのままギガプラントの効果」
ギガプラントの体外に赤い紫電が奔る。
強制的に再召喚された状態となったギガプラントが、蔓の触手を激しく地面に打ちつけ始めた。
「私は手札から〈
激しく地面を打ちつけていた蔓の触手がとうとう、デュエルステージの地面にヒビを入れた。
遊太は揺れのせいで姿勢を崩しそうになる。
が、そんなことに構っている余裕はない。
額に脂汗を滲ませながら眼前を見てみれば、ギガプラントがヒビを入れた箇所に向日葵の花が咲く。一房の蕾。黄金に輝く花弁がゆっくりと開き、開花した向日葵から新たなモンスターが姿を現した。
それに応じ、ペリアリスのもう一つの瓔珞が光を灯す。
〈
炎属性|レベル8|植物族/効果
攻2800守1600
<
攻2000 → 攻2400
「(まずい……!!)」
そう、そのモンスターは遊太にとって最悪のカードだった。
〈
その効果は自身以外の植物族モンスターが破壊された場合、相手フィールドにあるカードを強制破壊する効果をもつ。
つまり、迂闊にマリーナを無視して、植物族を呼び出し続けるギガプラントとペリアリスを破壊しに行くことができないのだ。
賢人は、攻撃は最大の防御と言った。
まさに十六夜アキが展開する戦術こそ、その言葉に相応しいものだ。
「バトルフェイズ。マリーナでセットモンスターを攻撃」
マリーナが両手を前に突き出し、狙いを遊太のセットモンスターへと定める。
瞬間、マリーナの掌から射出された黄色の砲弾が炸裂し、遊太のモンスターが砕かれた。
ソリッドヴィジョンの衝撃が――――現実の質量となって遊太を襲う。
「あぐぅ……!!」
想像をはるかに凌ぐ痛み。
ライフは一切削られてはいない。遊太にダメージなど入るはずもない。
しかし、十六夜の目は鋭く遊太を突き刺していた。
彼女の右腕に刻まれた赤き龍の痣が、鮮烈に光を発する。
本来なら受けるはずのないダメージ。そして十六夜の忌むべきような目に、呼応するように輝き始めた赤き龍の痣。
それが意味することとはなんのか。
その導き出された答えにいち早く気がついたのは、観客席にいたディヴァインであった。
「ふふ、ふはははははは! そうか、それがお前の力か、アキ……! ライフに関係なく、モンスターへの攻撃も相手にフィードバックさせるとは……デュエルのルールを無視した力の行使……! これが、これこそが、サイコデュエリストの頂! 素直に感謝の言葉が出てきそうだよ、武藤少年」
そして、別の観客席では。
「まずい……!」
「な、なんだか、遊太君、苦しそうにしてないかい……?」
「や、やばいよぉ……! 絶対、魔女の呪いだってぇ……!」
氷室が腰をあげ、隣にいた矢薙が狼狽する。
親友のデュエルを片時も見逃さないようにしていた龍亞ですら、遊太が苦しそうに胸を押さえた瞬間、目に手を当ててしまった。
「た、多分だけど、さっき破壊されたモンスターのダメージが、そのまま遊太君に返ってきてるんだ」
目を伏せがちにしていた天兵が、手を震わせながら呟いた。
氷室は彼の言葉を聞き、固唾を飲んで頷く。
「……ああ、考えたくないが、その通りだろう。これじゃもはや普通のデュエルなどできん! 子供のやることじゃない! 今すぐ、中止させるよう大会本部に言ってくる!」
「わ、わしも行くぞぉ! あんなデュエル、もう収容所の中でお腹いっぱいじゃし!」
「助かるぜ、矢薙の爺さん。抗議者は多い方がいい。お前たちはここにいてくれ。デュエルの被害が拡大してきたら、すぐに逃げるんだ。わかったな?」
「う、うん……」「わかった……」
氷室は龍亞と天兵の返事を聞くよりも早く、矢薙を連れてその場から離れていってしまった。
残された子供3人。遊星はDホイールのメンテナンスをするために、この場にはいない。彼らとは別のところでデュエルを観戦しているだろう。
頼れる大人がいなくなり、さらに目の前で傷つこうとしている親友を目にして、龍亞はぎゅっとズボンを握りしめた。
「……負けるなよ、遊太」
それは、生死の意味なのか、デュエルの勝敗の意味なのか。
どちらの意味で呟かれた言葉なのかは分からないけれど、龍亞の眦には涙が浮かんでいた。
そんな時、これまで黙っていた龍可が苦しそうにうめき声をあげていることに気がついた。
「あ、頭が……いたい……!」
「龍可!?」「龍可ちゃん、大丈夫!?」
龍亞と天兵は急いで龍可の体調を確かめるべく、そう問いかける。
けれど、彼女はろくすっぽ会話できないほど頭痛がひどいのか、頭を抱えたまま蹲るように呻きを漏らすばかりで、返事を返さない。
「や、やばいよ、龍可まで! まさか、これも魔女の呪い!?」
「お、落ち着いて、龍亞! だ、大丈夫だって、そんな、デュエルもしていない龍可ちゃんにまで――――」
天兵がそう宥めようとした瞬間だった。
龍可の腕に刻まれていた赤き龍の痣が、突如として輝き始めたのだ。
今もなお、デュエルステージに立つ十六夜と同様に。
赤く発光するそれを見て、龍亞と天兵は唖然とする。
そんな中でも龍可は、まだ戦いを続けている遊太を、かすれた視界の中で捉え続けた。
「今ならまだ間に合うわ……貴方の暴論を取り下げ、棄権しなさい」
十六夜は苦しみに膝をついた遊太を見下ろしながら、冷徹に呟いた。
彼女の瞳に感情の色はない。
残虐性に彩られているわけでも、悲しみに打ちひしがれているわけでも、怒りに飲み込まれているわけでもない。
ただただ、何も分からない。
いろんな感情が、水に溶けた絵の具のように混ざり合い、汚濁にも似た瞳をしてしまっている。
遊太はそんな十六夜を見て、立ち上がり、デッキに手を伸ばした。
対戦中にデッキに手を伸ばす行為――それはサレンダーを意味する。
十六夜は遊太が自分の非を認めたのだと思い、静かに目を伏せた。
しかし。
「破壊……された、<黒き森のウィッチ>の、効果を……発動……」
「っ――――正気なの……?」
遊太が口にしたのは、破壊された伏せモンスターの効果宣言。
つまり彼が選んだ選択は――――デュエルの続行であった。
「僕は、デッキから……<ベリー・マジシャン・ガール>を……手札に、加える……!」
デュエルディスクが示したカードを、遊太は抜き取る。
そうしてぐっと顔をあげ、十六夜を見た。
「タダじゃ済まないわ……それを分かっての続行?」
「うん……僕にも譲れないものがあるんだ……お姉さんと同じだよ……お姉さんも譲れないものがあるから、怒ってるんだ……」
「それを分かった上で、まだ私たちが貴方のデッキを盗んだと言い張るつもり?」
十六夜の言葉に、遊太は遅れて首を横に振った。
「……違う。デッキを盗んだのは、お姉さんじゃない……お姉さんは、そんなことをしなくても、ずっと強い人だ……それにカードを愛してる……そんな人が、他人のカードを盗んだりしない……」
「何を馬鹿なことを。私は魔女だ。他人が苦しむ姿を見て、ほくそ笑む。呪われた私がカードを愛しているだと?」
十六夜はそう言って、腕を広げる。
「聞きなさい、彼らの声を。誰もが私を恐れている。誰もが、貴方を傷つける私を魔女だと罵る」
「……」
「デュエルを使い、誰かを傷つける怪物。それが私だ。それでも貴方は、私がカードを愛すると本当に言えるの?」
「おかしいじゃんか、そんなの……さっきまで、盗んでないって言い張っていたのに、どうして今は自分を蔑むように言うの……?」
「っ――――!?」
遊太がそう問い返せば、十六夜は息を呑み、手をかざす。
「っ、うるさい! ペリアリスで相手プレイヤーにダイレクトアタック!! 傲慢なる子供へ、痛みの鉄槌を下しなさい!!」
攻撃宣言により、ペリアリスの腰に下げられていた瓔珞が遊太へと伸びる。
そのまま砂塵を大きく舞わせるように、重い一撃がデュエルステージへと入った。
「うああああああああ!!」
遊太の体が大きく吹き飛ばされる。
さっきは伏せモンスターを破壊されたことで、そのダメージのフィードバックが入ったが、今回は直接、遊太の命を削るようにモンスターの攻撃が入った。
「これでも、貴方はまだ戦えるというの!?」
十六夜の投げかけに、倒れ伏していた遊太は震えながらも立ちあがろうとする。
「あの時……ギガプラントを出す時、お姉さんの目が、一瞬……一瞬だったけど、懐かしむような目に見えた……」
「違う。そんな目はしていない!」
「それが! お姉さんが誰かと繋がる、大切なカードなんだよね……? じーちゃんが言ってたんだ……デュエリストはデュエルをすれば、相手を理解できるって……本当だ……僕には分かる。お姉さんはイイ人だ……お姉さんは、僕がお姉さんの大事な人たちを悪く言えば怒るけど……お姉さん自身が悪く言われることは、受け入れてしまえる……自分なんかより、仲間を大切にする人なんだって……僕にはそう見えるよ」
遊太は完全に立ち上がり、そしてさっき自分の立っていた場所へと戻るため歩き出す。
「だから、ごめん……仲間を悪く言われるお姉さんの気持ちを、僕はちっとも考えていなかった……。お姉さんの言う通り……証拠もないのに、犯人だと決めつけるような言い方、しちゃってた……」
「何を今更……!」
「僕は、少しの間……ブルーアイズたちのことを忘れる……今は、全力でお姉さんと向かい合うべきだと、そう思うから……!」
そう言って場に伏せていたカードへと、遊太は手を振った。
遊太LP4000 → 1600
「
表に切り替わった罠カードから、日輪が姿を表す。そうしてまるで皆既日食をするように、日輪は隠れ、暗く閉ざされた闇の奥より、一体のモンスターが遊太の場に現れた。
「僕がダメージを受けたことで、このモンスターを、守備表示で特殊召喚……! 来い、<ディメンション・コンジュラー>!」
〈ディメンション・コンジュラー〉
闇属性|レベル1|魔法使い族/効果
攻500守500
「僕は<ディメンジョン・コンジュラー>の効果で、デッキから<ディメンション・マジック>を手札に加える!」
腕組みをしていた黄金と黒の縞模様のモンスターは、空間に穴を開けて、そこから魔法カードを一枚抜き取り、遊太の手札へと投げ入れる。
十六夜は一連の流れを見て、不可解そうに目を細めた。
「何をするかと思えば、攻撃力たったの500……? そんな低級モンスターを呼び寄せて、何ができるというの。私はこのままターンエンド」
十六夜のターンエンド宣言により、遊太にターンが回ってきた。
「僕のターン!」
そしてデッキから一枚引き、モンスターを場に召喚する。
ドローしたカードを見て、遊太は驚いた顔をした。
「っ――――、僕は<ベリー・マジシャン・ガール>を召喚!」
遊太の場に、ストロベリーを模した被り物をする、おしゃぶりを加えた魔法使いが現れる。
セクシーに思われたかったのか、肩を竦めてウィンクをしてみるものの、どこぞの配管工のようにオーバーオールが台無しにしているのは言うまでもない。
しかし、一部の大きいお友達には刺さったのか、「オオオオオ」と野太い声が響いた。
〈ベリー・マジシャン・ガール〉
地属性|レベル1|魔法使い族/効果
攻400守400
「<ベリー・マジシャン・ガール>の効果! 僕はデッキから<ブラック・マジシャン・ガール>を手札に加える」
遊太はそんな観客など意識の外にいっているのか、続けてベリー・マジシャンの効果発動を宣言する。
しかし歓声を受け、やる気まんまんといった様子のベリー・マジシャンは、クルクルと魔法のステッキを、まるでサーカスにでもいそうな曲芸師のように振り回した。
すると、某女児向けアニメが使っていそうな効果音とエフェクトがフィールドに出る。
そして、ぼわんと煙が立ち込めれば、その中からブラック・マジシャン・ガールのカードが飛び出した。
召喚されてもいないのに、カードのイラストであるブラック・マジシャン・ガールが、さっきのベリー・マジシャンと同じく、肩をちょっとあげてウィンクする。
言うまでもなく、観客は湧いた。
そしてベリー・マジシャンは拗ねた。
『ま、ま、ま、まさかあああああ! あの初代デュエルキング、武藤遊戯のデッキにしか入っていないと噂の伝説のカード! 生でこの目で見れる日が来るとはぁ、MCである私も感激だあああああ! さっきまでどよめいていた観客たちも、大いに盛り上がっているぞぅ!!』
「……なるほど、貴方のデッキは理解したわ。魔法使い族を中心とした初代デュエルキングの再編デッキ……まさか伝説のデュエリストが使ったカードと対戦できるなんて」
「まだ、驚くには早いよ」
「……なに?」
「僕がじーちゃんからもらったカードは、まだ他にもある。僕は<ディメンション・コンジュラー>をリリースし、あるモンスターを攻撃表示で特殊召喚する――――」
十六夜が驚嘆の声をあげるよりも早く、遊太はディメンジョン・コンジュラーを墓地へと送った。
遊太が引き継いだのは、何もブラック・マジシャン・ガールたちだけではない。
名もなきファラオが愛したカードたち。確かにそれは祖母が遊太へ渡した黄金櫃の中に眠っていた。
しかし、それだけではない。
「来い――――」
それは、かつて武藤遊戯が名もなきファラオを打ち破った系譜のカード。
それは、武藤遊戯という少年が、最強を倒すために使用したカード。
それは――――。
「<沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン>!」
祖父から孫へ、確かに受け継がれたカードの一枚であった。
さて、ブラック・マジシャン・ガールは次回確定演出となりました。
やってね、ようやくこの小説に出番ができたよ!
皆さん、大変お待たせ致しました。
いや、待ってた人いるのかな?