5D's:武藤遊戯の孫 作:ジャガイモ
ジャックは亀のゲーム屋からの帰り道、夜の公道をDホイールで駆け抜けていた。いつもであれば、寄り道もせず自分の住むタワーマンションへと引き返すのだが、今日は何故か妙な胸騒ぎをする。月明かりに照らされた公道を、速度制限など無視して走れば、いつの間にか湾岸が見える場所に辿り着いていた。湾を見れば、
ジャックはサテライトを見ながら、今日会っていた遊太のことを思い出す。懐かしい男と似ている子供、ジャックにとって遊太とはそんな認識だった。
遊太と出会ってからというもの、ジャックはどこか変わったようである。サテライトの記憶を忌々しいものとせず、彼は自分の過去さえも受け止めるようになった。
そこには仲間との思い出があり、裏切った彼らへの罪悪感が染み付いている。キングとなった事への後悔は感じないが、それでも、仲間を裏切る方法は取るべきじゃなかったと後悔はしていた。
たった1人の少年が、何気ない言動でジャックに変化をもたらしたのだ。
当然、遊太本人はそんなことに気がついていない。ジャックのことは、かわらず悪魔と内心で罵っているし恐れている。
周りから見れば、ただ仲良しな2人にしか見えないのだが、お互いがお互い、他人との距離感をうまく認識していないため、齟齬が生まれていた。
ジャックは腰に巻かれているデッキホルダーから、一枚のカードを取り出す。そのカードには神々しく銀翼を纏う一体のドラゴンが描かれていた。
いつかはこのカードをあるべき持ち主に返さなければいけない。それがこのドラゴンの望むことであるだろうし、自分が真のキングとなるために必要なことだ、とジャックは考えていた。
恥ずべき過去に囚われている現状、「本当の意味でキングになれた」とジャックは思っていない。真のキングとなるためにも、自身がサテライト出身であることを明かす必要がある。己をキングとして奉ったゴドウィンには悪いが、ジャックはフォーチュンカップ終了と同時、自分からサテライト出身者であることを明かそうと考えていた。
きっと何もかも手放すことになるだろう。今まで応援していた者たちは手のひらを返し、絶望と憤怒で溢れかえる。
だが、それでもいいとジャックは思えた。
何もかも手から零れ落ちたとしても、たった一つ、消えないものがあることを知っている。
それは、見えるけど見えないもの。
ある少年から教えてもらった、魔法の言葉だった。
「フン、俺には似合わんな……」
ぼんやりと月光に濡れるサテライトを眺め続けていると、一台のDホイールが、高架下にある工場から飛び出してくるのが見えた。
なにごとだ? とジャックが気になって、目を凝らして見てみれば、そのDホイールには見知った男が乗っていた。
「ジャック……」
「久しぶりだな……遊星」
遊星と呼ばれた男。
かつてジャックが裏切り、過去の遺物として切り捨てた友が、そこにいた。
「懐かしいな。まさかお前がこのネオ童実野シティに来るとは。何年になる?」
「2年だ」
「2年、か」
感慨深いと言わんばかりに目を伏せるジャック。それを見た遊星はジャックの行動に妙な違和感を覚えた。
しかし、その違和感もすぐに払拭されることになる。
”スターダスト……”
ジャックの右手に持たれているカード。裏面のため、なんのカードかまでは遊星に確認できないものの、すぐにそれが《スターダスト・ドラゴン》のカードであることを直感できた。
「いいDホイールを作ったな。さすがだ」
ジャックが真紅に彩られた遊星のDホイールを見て言った。
「前に作ったものはお前が乗って行ったからな」
「悪いとは思っている」
ぴくりと遊星の片眉が釣り上がる。
遊星の知っているジャックであれば、「キングはチャンスを逃さないものだ」などと言いそうなものを、目の前にいる男は、あろうことか自身の行いに罪悪感を感じているらしかった。
「乗っていったDホイールは?」
「もう壊れてしまった。一年前、整備に出したが、制御チップが焼き切れていたようだ」
やはりだ——遊星は確信にも似た考えを持つ。
サテライトに居た時、ジャックは語りすぎる悪癖はあったものの、それは相手を煽るようなものが大半だった。なぜならジャックは常に自分がキングであると自負し、頂点だと考えていたからだ。
しかし、今のジャックは、まるで敏腕セールスマンが訪問販売で物品を売り捌くが如く、丁寧なトークスキルを披露している。
誰だ、コイツ。
遊星は内心でそう呟いた。
「一応聞くが、おまえ本当にジャックか?」
「? それ以外の誰に見える」
「いや、本人ならいいんだ。悪い」
いっそのこと、ジャパネット高●さんと名乗ってくれた方が遊星は嬉しかった。
「ちょうどいい。ずっとお前に返そうと思っていたモノだ。受け取れ」
ジャックにより的確なコントロールで遊星の手元に投げ込まれたスターダストのカード。
確認してみるが傷らしい傷は一切無い。ジャックが自分のカードと同じくらい大切に使っていることが分かった。
「どうした、デッキに収めろ」
じっと遊星がスターダストを見つめたまま固まっているせいで、訝しんだジャックが言った。
少しの間、思考する。
ジャックにスターダストを奪われた理由は、ラリーを救うか、デュエルで奪い合うかという選択を迫られたからだ。結果、遊星はスターダストではなく仲間の命を選んだ。
どちらも遊星にとって大切な存在だったとは言え、デュエルを放棄し、みすみすスターダストを手放したことに変わりない。このまま受け取ってしまうというのは、遊星のデュエリストの誇りとして許せなかった。
「デュエルで返してもらう」
「正気か、遊星。お前がスターダスト無しでこの俺に挑むなど」
「ああ。そうでなくては、俺がスターダストを持つ資格はない」
遊星が心を鬼にして、スターダストをジャックへ投げ返そうとした時だった。
ジャックが見下しように遊星を嘲笑ったのだ。
「フン、笑止千万だな。貴様はスターダストの気持ちも分からんらしい」
「なんだと」
遊星は怒りを露にジャックを睨みつける。
全てのカードを信じる、デュエリストの魂——それが一番大切なことだと信じ、遊星はこれまでひたむきに走ってきた。
なのにジャックは、遊星にカードの心が分からないと突きつけたのだ。
「スターダストはお前が使ってこそ意味をなす。誰でもないお前だからこそ、そいつは美しく、気高く、誰よりも高く羽ばたくのだ」
「だが……」
「それはスターダスト自身が、お前自身が一番分かっているはずだ。違うか、遊星?」
「っ」
遊星に返す言葉は出てこなかった。
この世で最も《スターダスト・ドラゴン》が本領を発揮できる場所。そこは間違いなく、遊星の手元でしかない。
「俺とデュエルで決着をつけたいのなら、スターダストをデッキに入れ勝負を挑むのだな。でなければ、お前と俺では勝負にすらならん」
ジャックは暗に告げる。
カードの気持ちも理解できないデュエリストに負ける気がしない、と。
遊星はそこまで言われたことが虚しく、何より自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えた。
「スターダスト・ドラゴン……」
手元にあるスターダストに視線を下ろせば、かの龍が鳴いているように錯覚する。決して現実では無い。遊星にカードを実体化させる才能は無いのだから。
それでも遊星には分かる気がした。スターダスト・ドラゴンの気持ちが……共にデュエルで決着をつけようと意気込む、己のデッキに潜むカードたちの心が。
「考えは付いたようだな」
「ああ。俺はスターダストと共に、お前と決着をつける!」
「良いだろう。この俺も過去の因縁とけりをつけたいと思っていたところだ!」
2人が向かう先はデュエルスタジアム。
多くのデュエリストたちが火花を散らしぶつかり合い、数々の観客が心躍らせる場所である。
新しいデッキが出来たのは夜が更けた頃である。金色の悪魔が帰ってからも、オレは晩御飯を片手間にデッキを組み続けた。
ここまで気合が入っている理由というのも、昼頃の話まで遡る。フォーチュンカップとかいう特に興味関心も湧かないイベントごとに参加させられることになったオレは、唯一の面白みにすがるべく龍亞たちへメールをしたのだ。
以下、オレと龍可のやりとりだぜ。
『龍可へ、フォーチュンカップ出るらしいね! 僕も招待されたよ』
『え、本当!? 偶然ってすごいのね。でも残念。私出る気ないの。代わりに龍亞が出るのよ』
『そうなんだ。じゃあ、龍亞と公式大会でやれるの楽しみにしておくね』
『うん、私も見に行くからがんばって。あ、あと龍亞が決勝で会おうだって。まったく、気が早いんだから……( ´•д•`; )』
龍可は呆れた様子らしかったけど、男としては何だか燃えるシチュエーションである。かくいうオレも、龍亞のその言葉で妙に盛り上がってしまい、こんな夜遅い時間までデッキを構築していたくらいだ。晩御飯を用意してくれたママが、無理矢理ダイニングへ連れていくくらい熱中していたからね。ふっ、これが若さ故の過ちというものか。(絶対に違う)
と、デッキの構築は終わったけど、まだ試運転は済んでいなかったの忘れてた。
亀のゲーム屋にあるレンタルデッキじゃ話にならないかもしれないから、ママに対戦相手を頼もうかな。でも、この時間じゃ「嫌だ」と言われるのが関の山な気がする……仕方ない、今日はもう寝るか。
そう決意してベッドに入る準備をしていた時だ。
ぶーぶー、と机の上に置いてあった端末が震えた。オレは携帯を手に取り、メールボックスを開く。オレにメールを送ってくるのは家族、ネット通販サイト、バーガーショップ、あとは龍亞と龍可しかいない。もしかして龍可が何か言い忘れたのか?
『差出人:キング(**********@k.com)
件名 :デュエルスタジアムに来い 』
「……」
なーんだ。本文も無いし、ただのスパムメールだったぜ!
オレはさっさと端末を閉じて、もう一度ベッドに入る準備をする。明日はママに頼んで作ったデッキが回るのか試さないといけない。そういう意味でも忙しくなるぞー、なんて思っていたら端末がまた震えた。
『差出人:キング(**********@k.com)
件名 :来なければ母親に、お前がこの前こっそり店のお菓子食べていたことを言う』
「…………」
今度は本文なんて見なくても分かる。自分に今世紀最大級の危機が迫っていることなど。
その瞬間、オレは脱兎の如く家を出た。
遊星とジャックは久しぶりのドライブを終え、デュエルスタジアムに来ていた。
煌々と輝く投光器は、闇を塗り潰しスタジアムを光で覆っている。いつもなら満席確定の観客席も、今は伽藍堂になってしまって、寂しさすら感じてしまうほどだ。
そんな人気のないスタジアムの中心で、ジャックは自嘲した。
「ここが俺の戦場だ」
その言葉が意味するものは何なのか。キングとなったジャックを知らぬ遊星には分からない。ただ、ジャックの言葉の裏には何かがあるのだろうと察することは出来た。
「追われるってのは気分がいい……自分がキングだと実感できる。全てが俺の手元にあるという感覚。誰もが俺の背中を追い、誰もが俺の一挙一動に注目する快感。あそこにいたら実感できるはずもない事ばかりだ」
キングのなんたるかをジャックは昂然と語る。富や名声に興味のない遊星からしてみれば、終始どうでもいい話だ。あくびが出そうになる。
だが、そんな遊星でも、サテライトを馬鹿にした言葉だけは反応せずにいられなかった。
「だからお前は、仲間たちを裏切ってまでサテライトを出たのか」
「ああ。その通りだ。俺がいるべき場所はあそこじゃない。スラムでいくら王者を名乗ったとしても、所詮はスラムの一部だからな。俺はそれが我慢ならなかった」
「ラリーを危険な目に合わせてもか」
遊星の拳が強く握られる。
自分たちを下だと決めつけ、這い上がるために仲間の命をも危険に晒した。目的にとやかく言うつもりはないが、ジャックのとった方法だけは遊星に許容できるものではなかった。
「遊星、お前の言う通り、俺はラリーを危険な目に合わせてまで、シティのキングになることを選んだ。仲間よりもキングとなる道を選んだ俺は、それが正しいものだと信じていたからだ。他の何者を切り捨てようと、己の力だけでキングになるのだと……。
だが、ある日面白いヤツとデュエルしてな。
どれだけ切り捨てようと、手放せないものがあることに気付かされた」
「なに……?」
「支えられていたもの、それがあるからこそ今の俺がある。もうそれは既に失われたかもしれないが、それでも俺にはまだ残っているものがある」
ジャックが熱弁を振るえば、呼応するかの如くDホイールのエンジン音が轟いた。デュエリストならば、この先はデュエルの中で感じろという事なのだろう。遊星もその流儀は理解できているため、ライディング・デュエルを行うべくスタートラインに着いた。
ヘルメットに付いているシールドを降ろす両者。
デュエルディスクを同期させ、再発進のためDホイールをふかす。
Dホイールに取り付けられたディスプレイには、速度や回転数、コースマップなどが表示された。
「さあ、楽しもうじゃないか。観客が1人だけというのは寂しいがな」
『デュエルモード・オン
オートパイロット・スタンバイ』
遊星はジャックの指し示す人物が気になるものの、周りを見渡す暇はない。既にフィールド魔法《スピード・ワールド》は発動してしまっている。あたり一面、ソリッドヴィジョンの範囲内と化せば、ライディング・デュエルの始まりはすぐだった。
「「デュエル!!」」
デュエル開始の宣言が響き渡る。
次の瞬間、2台のDホイールが風となった。