5D's:武藤遊戯の孫 作:ジャガイモ
『ラリーたちに伝えろ。また会いに行くと』
ジャックとのデュエルが終わったすぐ、遊星が連れられたのは、
「どうも、初めまして。私は治安維持局長官 レクス・ゴドウィンと言います」
「長官が俺に何の用だ」
「そう邪険にしないでいただきたい。私はあなたに此度のデュエルの勝敗を教えに来たのです」
「なに?」
遊星の片眉がぴくりと動く。
デュエルの勝敗を教えると言うセリフは、正しくは不釣り合いだ。当人たちが知らない事実を、さも知ったげに話す男に遊星は不信感を抱かずにいられなかった。
だが、そんなことも気にせずゴドウィンは続ける。
「あのまま続いていれば、勝利はあなたの手にあったでしょう。あなたはエンジェル・バトンの効果により、あるモンスターを墓地に置いていた」
「……」
ゴドウィンは黙秘を続ける遊星を流し目で見ながら、ディスプレイにあるシーンを
映す。それは、遊星がエンジェル・バトンを発動した時のものであった。
遊星の手に握られ、墓地に送られているのは《シールド・ウォリアー》。
その効果は——
「場のモンスターの戦闘破壊を防ぐもの。このカードを墓地から除外することで、あなたはスターダストを守ることができ、そしてエンドフェイズにレッド・デーモンズを破壊できた」
間違っていない。遊星が狙ったのは、レッド・デーモンズの効果にチェーンし、スターダストで破壊することだ。そうすることで、ガラ空きとなったジャックに、スターダストのダイレクトアタックが決まる予定だった。
そのため、ゴドウィンの言うとおり、あのまま続けていれば勝ったのは自分だろうと、遊星も思っている。
「だが、デュエルは中断した。今更とやかく言うつもりはない」
「あなたはそれでいいのでしょうが、こちらとしては知っていただきたいことがあるのです」
ゴドウィンが映していたシーンを早送りにして、進める。
次に映像で映し出されたのは、ジャックがエンジェル・バトンを使った瞬間だ。
「可笑しいとは思わなかったのですか? キングは《クリッター》の効果でモンスターをサーチしていた。つまり、あの場面に相応しいモンスターを手元に引き寄せていたのです」
「何が言いたい」
「キングが加えたカードが何か、気になりませんか?」
ゴドウィンが拡大して見せるジャックの手元のカード。
そこに映っていたのは、遊星にとっては信じられないものであった。
「《フォース・リゾネーター》っ」
「効果はご存知ですか」
「ああ……、自身のモンスターを一体選択し、その選択したモンスターが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時までモンスターを対象にする魔法・罠・効果モンスターの効果を発動する事ができない……」
効果を思い出しながら語れば、遊星は静かに拳を強く握り締める。
「つまり貴方は、バトルフェイズ以外で罠を発動する他なかった。そうなれば必然、キングは強化されていないモンスターを攻撃し——」
「貫通ダメージで俺が負けていた」
自身が敗北していた事実に、遊星はどことなく喪失感を覚えた。
しかし、それも一瞬のこと。次に遊星の頭に浮かんだのは、なぜジャックが自分から勝ちを手放したのか、という点である。遊星の知っているジャックならば、このような手抜きと思われるプレイングは絶対にしない。
「キングの心情は私にも計りかねています。ですが、最後に見せた彼の晴れ晴れとした表情を見る限り、どこか確信しているのでしょう」
「なにを確信していると言うんだ」
「貴方と相応しい場でもう一度戦うことを、ですよ」
「……」
遊星の視線が鋭くなった。デュエル終盤で現れた赤き龍と言い、このゴドウィンが語るジャックの心情といい、遊星には理解できないことが多すぎる。
ゴドウィンは「相応しい場で、もう一度」と言った。
しかし、自分たちにとって、あれほど相応しい舞台は無かったとも思える。
「私からの話は以上です。何か質問は?」
「一つだけ聞きたい。お前は”相応しい場”と言った。それに心当たりはあるのか」
その問いかけにゴドウィンは一度目を伏せると、遊星に背を向けた。
「デュエル・オブ・フォーチュンカップ」
低く発せられた一つの単語。言葉を溢したゴドウィンは、ゆったりとした動作で、再び遊星に顔だけを向ける。
「貴方に資格があれば、必ず参加することになるでしょう」
「? どういう意味だ」
「いずれ分かる時が来ます。それまでは、収容所で再教育プログラムを受けてください」
話は終わりだと告げるように、ゴドウィンが席に座る。すると、見計らっていたかのように、治安維持局の職員が遊星を連れて部屋を出た。
結局、遊星に与えられた情報は、ジャックが勝てたはずの勝負を捨てていたこと。ゴドウィンという男が胡散臭い人物であるということ。
そして何より、
「デュエル・オブ・フォーチュンカップ——」
ゴドウィンが何を考えているのか知らないが、そこに行けば、遊星はジャックと再戦する運命にあるのだろう。ただのイベントごとだと思い込むには、いささか楽観的だと感じた。きっと、デュエル中に発現した痣と、あの赤い龍に関係しているのかもしれない。
此度のデュエル、蓋を開けてみれば、遊星はジャックに勝たせてもらったようなものである。スターダストは己のデッキにあるものの、自身の実力で取り返したとはとても言えない状況だった。
だがそれでも、遊星にとって悔いはない戦いであったのも事実だ。
ジャックはきちんとラリーたちにした行いに罪を感じていたし、悔いていた。ジャックが最後に発した言葉からも、それが伝わる。未だ、キングであることに価値を見出しているものの、それがジャックらしくていいとすら思える。
だからこそ、遊星に未練はなかった。
カードを信じ、仲間たちとの絆を信じた結果ジャックに負けたのならば、それは仕方のないことだ。ジャックの言う、「見えるけど見えないもの」の方が強かったということだろう。そこに悔しさはなく、ただ純粋に「見事だ」と言ってやりたい。
”だが、一体ジャックを誰が変えたんだ?”
少し気になると言えば、そのことについてである。
デュエルが終わった今もなお、遊星はジャックの指し示していた人物が分からない。
まぁ、どちらにせよ、ジャックはいい仲間と巡り会えたのだろう。彼を大きく動かしてしまうほどの存在に。心寂しいと思う気持ちもあるが、遊星はただ己の旧友の門出を祝したい気持ちとなった。
その後、遊星は収容所にて再教育プログラムを受けることとなる。何人かの仲間を作り、ともに悪徳看守を成敗するのはまたの機会にでも記載しよう。今はそれよりも、1人の少年のお話が先決なのだから。
遊星とジャックがデュエルして数日が経過した頃——、
ふふふ、ついにこの日がきてしまったぜ。
洗面台の鏡に映る自分と睨めっこしながら、オレは堪えきれない笑いを出す。にやけた口角は最早オレの気持ちだけで抑えることはできずにいた。
楽しみで楽しみで仕方がない。はやる気持ちを我慢しようとも思わない。
充実するだろう1日の始まりとは、ここまで心地のいいものだったのか。まさしく快晴・上昇・ハレルーヤ! である。つい心地のいいラップを口ずさんでしまう。
今日は龍亞たちとハンバーガーを食べにお出かけなんだ。
そう、O・D E・K A・K E!
素晴らしい響きではないだろうか。友達とO D E K A K E。いつもママや、時々ばーちゃんと外を出歩くことはあるけど、友達がいなかったオレは、同年代の子と遊びに出かけたことがないんだぜ。(金色の悪魔は拉致のためカウントしない、そもそも友達でもない)
胸を張って言えることじゃないのは分かってる!
11歳にもなって、友達と遊びに出かけたこともなかったのー、と笑われてもおかしくない。というか、実際にママからは笑われてる。本当にオレのママなのか、その時は一瞬怪しんだくらいだ。
まぁ、そんなことは今更どうでもいい。今日からオレも、立派に子供社会で生きていけるようになったのだ。初めての友達と、初めてのO D E K A K E。なんだかわからないけど、胸が張り裂けそうなくらい緊張する。
よし、約束の時間よりも2時間早いけど、早めに行ってた方がいいよね!
オレは昨日1時間かけて悩み選んだ、黒のチェック柄シャツと淡い水色のジーパンの具合を鏡で確かめる。
ちょっと地味すぎるだろうか? レプリカ版千年パズルのおかげで
prrrr...prrrrr......
腕に銀のブレスレットを嵌めようか悩んでいると、リビングから電話のコール音が響く。今は下でママが店を開ける準備をしているため、生活スペースには、ばーちゃんとオレしかいない。ばーちゃんは足腰を今痛めているため、電話に出られる人間がオレしかいなかった。
「へろー?」
リビングに移動し、鳴っている電話の受話器を取った。
こんな朝に電話かけてくるなんて、なんの用事だろう。新聞の勧誘とかなら丁寧に断ろう。
『そのふざけた声は遊太か。俺だ、ジャック・アト』
すぐに電話を切る。丁寧に断ることなんてしない。
何も聞かなかったことにするんだぜ。電話などかかってきてなければ、ジャック・アトラスと名乗る不審者もオレは知らない。知らないったら、知らない。
サテライトの人とデュエルしてからというもの、あの悪魔は毎日のように来店してくるようになった。理由はオレを鍛えるため。腑抜けた根性を叩き直すとかなんとか言われた。正直、求められたって、あの2人と同レベルのデュエルなんて出来っこないぜ。
こちらとしては龍亞とデュエルできればそれでいいのだ。確かに決勝戦で、オレたち2人が戦うシチュには燃えてたけど、あんなデュエル見せられたら自信無くすぜ。はぁーあ、見てた時は興奮したんだけどなー。現実がやたら重い。
「……さて、ちょっと早いけど行くか」
嫌なことなど今は考えず、目先の幸せに集中しよう。
かくして、オレは早々と身なりを整え、出かける準備を終わらせる。
最後に、「行ってきまーす」とばーちゃんに挨拶をすれば、今もなお鳴り響くコール音をB G Mに出かけた。
楽しいことを待つ時間は、あっという間に過ぎると思う。
約束の10分くらい前、いつものラフな格好で龍亞と龍可はやってきた。
なるほど。やっぱり1時間半前に集合したのは早過ぎたのかもしれない。半分はあの悪魔が家に来たら嫌なため、早めに出たというのもあるからいいけど。これからは30分前くらいに集合しよう。
「おーい、遊太ー! 早いじゃん、もしかしてかなり待った?」
「全然。僕も今来たところだよ」
綻んでしまいそうな頬を、無理矢理引き締めてオレは言った。
「今来たところだよ」まさかこれを言える日がくるなんて! オレが勝手に作ってる、言ってみたい言葉ランキング上位なのに! やっぱり今日はいい日だ。
心の内で感激していると、龍可がオレの方に寄ってきた。
「遊太、ごめんね。龍亞の無理な誘いに付き合ってもらって」
「え? 無理な誘い?」
「だって、昨日の夜、急にメール行ったでしょ? あれ、龍亞がハンバーガーのC M見て、その場の雰囲気で送っちゃったの」
龍可がちらりと龍亞を見てみれば、龍亞も申し訳なさそうな顔をしている。
常識的に考えて一日前の夜、唐突に友達を誘うのはダメらしい。初めて知ったぜ。オレなら予定がない限り、いつでも、なんでも付き合うけどな!
「そんなっ、気にしなくていいよ! 僕も暇だったし。(悪魔のことは知らん)それに龍可や龍亞と出かけてみたかったんだ!」
オレが本当に気にしていないと分かったのか、龍可はくすりと笑った。
「だったらいいの。うん、ありがとう」
「——っ」
まただ。なぜか龍可を見ていると、こうやって時々胸が強く脈打つ時がある。同い年の女の子に慣れてないからって、流石に過剰反応しすぎだぜ。もう少し自重しろ、オレ。
「約束通り、ハンバーガーを食べに行きたいんだけどさ、遊太ってハンバーガー屋に詳しいんでしょ! 俺たち、あんまり知らないからオススメとかない?」
「んー、それなら無難にバーガーワールドがいいじゃない? じーちゃんが学生の頃に出来た店らしいけど、今もリニューアルし続けながら残ってる店なんだぜ! なんでも、噂では脱獄犯が閉じこもったとかなんとか」
「えー! なになにその伝説! すごい面白そうな店じゃん! それに、遊太のじーちゃんの時代からあるって、相当なシミセだよね!」
ウヒョー、と龍亞は巨大扇風機のごとく腕を回す。隣では龍可が呆れた様子で「それを言うなら老舗」と突っ込んでいた。
龍亞の言う通り、バーガーワールドはかなり歴史あるショップだ。オレも常連として、じーちゃんが生きてた頃から恥じない回数お世話になっている。
そもそも、オレがハンバーガーを大好きになったのも、じーちゃんがよく連れて行ってくれたからなんだぜ。オレが初めて連れて行ってもらった店も、バーガーワールドってばーちゃんから聞いた。
「じゃあ、そのバーガーワールドでいい?」
「うんうん、そこでいいよ! そこにしようよ!」
身を乗り出し、早く早く、という気持ちを目一杯伝えてくる龍亞。
今日も元気がいいなー。オレもこれくらい元気があれば、周りに人が集まってくるのだろうか。少しだけ、自分が龍亞のように大袈裟な素振りで接客しているところを想像する。
“ウヒョー! オレとデュエルするんだぜ!”
”このカードいいでしょ? ねー、買ってあげてよ、ねーねー”
”オレのターン、ドロー! ジャキーン!”
……うん、似合わないからやめておくんだぜ!
「もう、龍亞ったら、ちょっとはしゃぎ過ぎじゃ無い?」
「そう言う龍可だって、『昨日は楽しみであんまり寝れなかったー』って言ってたくせに」
「えぇっ!? 龍可、寝不足なの!?」(一緒だぜ!)
「っ、余計なこと言わないで!///」
そんなこんなでオレたち一行は、和気藹々と話しながらバーガーワールドへと歩き出した。
ジャック視点
”おのれ、奴め俺との修行をほっぽり出して遊びに行きおった!”
遊太に電話を切られてすぐ、ジャックは亀のゲーム屋へと向かった。店に行ってみれば、遊太の母親しか居らず、話を聞いてみれば今日は友達と昼飯を食べに行ったそうだ。
”クッ、前に友達が出来たという話は聞いたが、まさかそれにかまけるようになるとは”
無理矢理にでも引っ捕まえるべく、ジャックはDホイールを街中で走らせる。友達との集合場所は母親も知らなかったため、ほとんど当てずっぽうだった。
だが、当てずっぽうの中にも微かな推論はある。
遊太がめっぽう好きな食べ物はハンバーガーだ。ジャックがカフェに連れて行けば、絶対にハンバーガーを頼む。それくらい遊太はハンバーガーに取り憑かれている。
ならば、遊太が友達と食べに行くのは8割くらいの確率でハンバーガーであろう。さらに、遊太のお気に入りで、かつ、小学生レベルの金銭感覚で気軽に行ける場所。そうやって絞っていけば、自ずとルートは見えた。
「このキングから逃れられると思わんことだ」
逆巻く風にかき消される笑い声。
フォーチュンカップまであまり日もない。遊太の実力であれば、ほとんど心配もないが、それでも万が一ということはある。
ジャックが思い出すのは、遊星とデュエルした次の日。
ゴドウィンに呼び出され、聞かされた「赤き龍」「星の民」、そして「シグナー」の概略。己の右腕に刻まれた痣がどのような意味を持つのか、ジャックは初めて知らされた。
その話を聞いてからと言うもの、ジャックは胸騒ぎのようなものを覚えていた。
フォーチュンカップの裏事情とでも言えばいいだろうか。ゴドウィンが何かを企んでいることは、ジャックにも分かる。自身が推薦したということもあり、遊太の身に何か起こるのではないかと危惧しているのだ。
それに、もう一つ懸念すべきことがある。
「遊星……」
シグナーの証は腕に刻まれた痣。だとすれば、あのデュエル中に見せた遊星の痣も、シグナーの証ということなのだろう。ゴドウィンの態度から見ても、フォーチュンカップに遊星が出てくるのは必然。無理矢理にでも出場させるに違いないと予測していた。
「ここか」
Dホイールを止め前方を見る。
大きな柱時計が飾られている広場に、遊太とその友達らしき子供が二人いた。
遊太の腕にデュエルディスクもはめられていないことを見るに、今日はデュエルをするつもりもないのだろう。友達のうちの1人は、きちんとデュエルディスクを持っていると言うのに。そのやる気だけでもアイツに学んで欲しいものだ、と感じた。
「フン、あの方角はバーガーワールドだな」
向かっている方角から、遊太たちがこれから向かうであろう店を特定する。
バーガーワールドは遊太の行きつけの店のひとつだ。多分、あの友達2人におすすめの店でも聞かれたりしたのだろう。愚直にいつもの店を選ぶとは、まだまだ思慮深さが足りない。
さっさと連れ去ってしまおう。ジャックはDホイールに降り、ヘルメットを取った。
遊太はフォーチュンカップに向けて、遊んでいる暇など存在しない身。一緒にいる子供たちには悪いが、今アイツに必要なのは鍛錬である。
だが、ジャックの行く手を阻むものがあった。
「あれ、ジャック?」「うわ〜キングだ〜!」「いつも応援してるよ」「生で初めて見たなー」「この前のデュエルスゴかったね!」「本物は3割増でカッコいいわ」
老若男女問わず、わらわらと集まり出す民衆の波。下町で見るキングの姿がさぞ珍しかったのだろう。手に触れられる距離で出会えた幸福にあやかり、皆が皆、ジャックのもとに集まってくる。5人や8人という数ではない。数十人というジャックのファンが、その場で塊を作り上げてしまった。
我ながらキングというのも楽なじゃないと思った。人気が出れば出るほど、こういったしがらみは増えていく一方だ。
ファンたちの肩越しに遊太がこっちに振り返ったのが見える。けれども、ジャックが作り上げた群衆だとは気付かなかったらしい。遊太は興味なさげに顔を逸らし、友達と歩いて行ってしまった。
このままではファンサービスだけで一日を終えてしまう。
「くっ、ええい押すな! 落ち着け貴様ら! 子供たちには握手くらい応えてやる!」
振る舞うファンサービスを子供たち限定にし、ジャックは時間の効率化を図る。
こういった状況下だと、下手なパニックになってしまうため、余計なことはしないほうがいいのだが、なぜか子供達には甘くなってしまうのだ。やはりジャックは、
「だから押すなと言っているだろう!
そら、そこの小僧、前の女の子を押してやるな! 男ならば、常に女には気を使ってやれ!
オレンジ色のリボンをしたお前は外に出過ぎだ! それでは俺と握手することなどできんぞ!
大人は子供に道を譲ってやれ! 人が集まりすぎて危ないからな!」
テキパキと指示を下しながら列を整えていく。民衆の目を盗み、ぬるりと前を見てみれば、既に遊太の姿はなかった。
”クッ、悪運の強いやつめ!”
ジャックの心から溢れるのは、そう言った負け犬じみた言葉だけであった。
遊太視点
少しだけ寄り道をしつつも、昼時にはバーガーワールドに着いた。ハンバーガーは誰が口にしても美味しい食べ物で有名である。サイドメニューのポテトやコーラと一緒に食せば、全人類の9割は満足できるほどだぜ。
そのため、昼時には客が店内にごった返しているのが当たり前だ。バーガーワールドは、ドライブスルーなども取り入れているせいで、店外にも客は溢れている。
初めて来る店に感激の声を漏らした龍亞と龍可は、店内をぐるっと見渡しあらぬ方向へ指差した。
「とりあえず、席に座って待ってればいいの?」
「うーん。先に席を取るのは合ってるけど、そのあとはレジカウンターに自分たちで注文して、商品を受け取るんだ。この時間は混んでるからさ」
「へー、私こんなお店初めて」
なんというかあれだ。2人とも浮世離れしているぜ。
聞けば、二人はトップスが出身らしかった。両親は二人とも、仕事の都合で海外を飛び回っているらしい。家には兄妹2人だけで生活してるんだとか。
「お気楽でしょ」龍可が軽い冗談を交えて笑った。
笑顔に硬さがないことからも、龍可と龍亞が本気でそう思っていることに違いはない。オレのパパも海外赴任中なため、不思議と二人の身の上話には共感を抱くことができた。
レジで龍可と龍亞が、注文方法が分からないという事件はありつつも、無事、全員が全員望んだ商品を手に入れることができた。
龍亞が頼んだのは、チーズバーガーセット。龍可は女の子らしくパンケーキのセットを頼んでいる。オレは期間限定のカラカラバーガーというものを頼んだ。
全員の料理が出そろえば、いざ実食。オレは二人の反応をしげしげと窺った。
「あ、おいしい」
「ほんとだ。流石は遊太のおすすめってだけあるよ!」
パンケーキを美味しそうに食べる龍可に続き、龍亞もほっぺにケチャップを付けて笑った。
よかったぜ。トップスの生まれと聞いた瞬間、連れてくる店を間違えたかもしれないとビクビクしていた。かの有名な金色の悪魔もプロフィール上トップスの出身だし、もしかしたら、あの悪魔みたく食にはこだわりがあるかもしれないと勘ぐったのだ。(悪魔の場合はカップヌードル好きでよく分からないけど)まぁ、全ては杞憂だったらしい。龍亞も龍可も特に止まることなく口が動いている。オレも安心して、自分が頼んだ真っ赤なバーガーを食した。へー、普通に辛過ぎるぜ!
「遊太はいつもこういう所でご飯食べてるんだね。俺たち、あんまり外でないからさ、いっつも同じところにしかいかないんだ」
「いやいや、僕も同じようなものだよ。バーガー屋に行く時か、ママの買い物に付き合う時以外は外に出ないからさ。今日みたいに友達と出かけるのも、これが初めて」
実際オレが通っている店なんて、片手で数えるくらいしかない。悪魔のおかげで洒落た店を何軒か、人より多く知っているくらいだろうか。
「それにしては不思議よね〜。遊太って年上みたいな落ち着きを感じるもの」
「うんうん。本当に同い年? ってなる時あるもん」
「そうかなー」
龍可の言う「落ち着き」は半分あっていて、半分間違ってると思う。
オレが落ち着いているように見えるのは、ただ単に下手を打ちたくないから慎重に会話をしているだけだ。それこそ、今みたいに内心で物事を考えているときや、感情が一定以上高まった時には、素が出てしまう。今、落ち着きを払っているオレの姿は、ほとんどじーちゃんの真似をしているにすぎない。
じーちゃんは友達が多いんだ。今だって、お盆になったら色んな人が尋ねに来るくらいだぜ。オレもじーちゃんみたいになりたいって思ってるし、そのためには、子供っぽさも少しは隠さないといけないんだぜ。
「あっ、でもさ。遊太が子供っぽいって感じる時もあるよ」
「え、うそ」
ピコン、と何かを思い出しように龍亞が言った。
あれれ〜、おっかしいぞ〜。さっきと風向きが変わった気がするんだぜ。
隣で聞いていた龍可も気になったらしく、パンケーキを食べ進めながら横目で龍亞を見る。
「ほら、二日前、遊太の家にデジタルゲーム持って行った時だよ。遊太、俺のゲームを見るなり『やらしてー!』って一言だけ言ってさ、その後『3時間で全クリするから待ってて!』って言ったきり、部屋に籠っちゃったじゃん」
「あー……あれかー」
思い当たる節しかありません。
あの時は、オレがまだ手に入れてなかったゲームを、たまたま龍亞が持っていたため、プレイさせて欲しいと懇願したのだ。まさかあそこでスイッチが入っちゃうなんて思わなかった。ママに、「友達を捨て置くとは、とんだバカ息子ね!」と拳骨されるまで気が回らなかったんだぜ。
「あの時はごめんよ」
「別にいいって、いいって! その後、遊太が持ってるおすすめゲームで俺と一緒に遊んでくれたじゃん!」
「うん! 龍亞もゲームが上手で驚いたよ!」
どうやら機嫌は損ねていなかったらしい。いや、多分損ねていたのかもしれないが、ギリギリの所で盛り返せたのだろう。ありがとう、ママ。オレに人の心を教えてくれて。
そうしてオレと龍亞は、そのまま思い出話に華を咲かせる。人間とは不思議なもので、お互いに知り得ている話題になると、火山が噴火したかのように口が止まらないものだ。
あの時はあれだったよねー、とか。
あの時のあいつ強すぎだよ、とか。
あの時の戦術はえげつない、とか。
特に懐かしくもない話まで掘り下げて、オレと龍亞が最高潮まで盛り上がりかけた時だった。だん、とオレンジジュースの入った紙コップを、龍可が勢いよくテーブルに置いた。
「……わたし誘われてないんだけど」
段々と青ざめる龍亞。
その日、オレたちは思い出したのだ。
龍可を誘っていなかった事実を……誘っていないにも関わらず、盛り上がってしまった後悔を……。
「あ、あの龍可、これは違うんだ!」オレが必死に声を上げる。
「うんうん、俺も龍可を誘うつもりだったんだよ! でもあの時、遊太がしたいって言ってたゲームが怖いやつでさ!」龍亞は捲し立てるように弁解した。
「女の子には、ちょっときついかなーって思ったんだよ! ホント、ホント!」それに乗じ、すかさずオレも援護射撃する。
「龍可って怖いもの苦手じゃん!? いや、案外平気だったりするけど!」必死さのあまり、龍亞が支離滅裂になり始めた。
あれやこれやと弁舌を振るい、オレたちは自身に降り掛かろうとする火の粉を払った。
やがて龍可は、慌てふためくオレたちを見て馬鹿らしく思えたのか、はぁと小さく息を吐く。さながら、懺悔を聞く牧師のような器の大きい所作だった。
「もう、いいわよ……今度は誘ってよね」
「「当たり前だよ!!」」
意図もせずオレと龍亞の言葉が被れば、次に龍可はくすくすと笑った。
「そう言えば、今日はこの後どうするの? 私は龍亞の付き添いで予定知らないから」
「んー、僕は何も考えてなかったや」
龍亞からのメールも、ハンバーガーを食べに行こう、という内容で完結していたのを思い出す。
念の為、本日の企画者に案が無いのか目で問いかけてみると、龍亞が頷いた。
「だったらさ、うちに来なよ!」
刹那、オレの思考回路がショートした。
「それって、僕が龍亞と龍可の家に行くってこと?」
「それ以外に何かあるの?」
「え、いや……」
友達の家にお呼ばれなんてしたことないから、放心したなんて言えないぜ。
龍亞の提案に龍可も反対じゃないらしく、「どうせなら泊まってく?」と冗談めかして言ってきた。
「いいじゃん、泊まり! フォーチュンカップまで日がないから、どこかで特訓しようと思ってたんだ! 遊太がいれば練習相手に困らないよ!」
「え、えぇ、そういう問題なのかな?」
言い淀んだものの、特に断る理由は思い当たらなかった。強いていうなら、あの悪魔が面倒くさそうだなと思うくらいだ。まぁ、流石にオレの交友関係まで口出ししてこないとは思うけど。
「龍可は本当にいいの?」
「え? 私は別にいいわよ。最初は冗談半分で言ったけど、龍亞がやる気出しちゃったしね」
「ほら、龍可も良いって言ってるしさ、泊まりにきなよ!」
龍亞がぐいぐいと顔を近づけてくる。
お泊まりで、デュエルの特訓か……うん、なんか青春ぽくていいな。
結局、オレの決め手となったのはそこだった。悪魔とデュエル三昧の日々を過ごすよりも、友達とわいわいしたほうが楽しそうだ。ジャックさんには、きちんとメールしておこう。「旅に出ます、探さないでください」って。
「じゃあ、お泊まりさせてもらうよ! よろしくね、龍亞、龍可!」
オレがそう言えば、龍亞は表情を途端に明るくさせる。
よほど嬉しかったんだろうなー。龍亞はポテトを一心不乱に掴み、口に放り込んだ。
「ふぉーひぃ、ふぉうと決ふぁへば、ふぁふぁく帰っふぇデュエルふぃほう!」
「ちょっと! 龍亞汚い!」
ポテトをくわえたまま喋り出した龍亞に、龍可が遠慮なしの暴言を吐く。龍亞はそれを我関せずといった様子で、手と口を動かし続けた。
うん、いつも通りだぜ。
オレはめちゃくちゃ辛いハンバーガーに舌鼓を打ちながら、そう思った。
楽しみだな〜、友達の家でお泊まり。最近はこうして初めてのことばっかりが溢れてて、本当に充実してる。夜は枕投げとかするのかな?
そんな妄想を膨らませていると、心なしか千年パズルが光ったように思えた。
バーガーワールドってぇ?
お答えしよう!
バーガーワールドとは、「ちくったら殺ス」で有名な店だぞ!
真崎杏子の元バイト先で、アテムに惚れるきっかけとなった場所だぞ!
アニメでは、変な男(原作の占い超能力男が元ネタだろう)に脅されて、いやらしいことをされそうになったぞ!
そこを遊戯にマインドクラッシュされたぞ!
ちなみに、遊戯はめちゃくちゃハンバーガーが好きだぞ。