よう実 最速Aクラス卒業RTA Aクラス綾小路籠絡ルート 作:月島さん
切りどころがわからなかった(無力)
葛城康平の結論
俺は、昔から学問に力を入れて励むと共に人の前に立つ仕事を率先して行ってきた。
誰かに認めて欲しいという気持ちも無い訳ではない。そもそもその気持ちで行動することが間違っているとも思わないが。
だが、それ以上に俺自身が、皆を率いて一致団結して事を成すことに大きな意義と喜びを感じる人間だからそのような行動をしている。
リスクの高い策は好まない。
何故なら、それで失敗してしまった場合自分だけでなく俺に付いて来てくれる仲間にも代償を与える事になってしまうから。
クラスメイトに坂柳という人物がいる。
彼女は非常に優秀で、人の上に立つだけの才覚を持った人間ではあるが、俺とは真逆の方針を取る。
別に、彼女が間違っているという訳ではない。
ただ、彼女のやり方だと今は成功しているかもしれないが、それを続けているといずれ仲間が傷ついてしまうのではないか、と考えてしまうとどうしても俺は坂柳の案に同意する事が出来なかった。
だから、俺は坂柳とクラス闘争に向けたクラス内リーダー闘争などという、側から見たら極めて愚かな行動をしている。
本来なら他クラスと競い合うことに注力すべきにも関わらず内々で争うという愚行。更に言えば、クラスで一番優れた人間は俺でも坂柳でもない事など明らかだというのに。
そのリーダー争いにあたって、夏休みに俺は大きなチャンスを得た。
無人島試験と船上試験という、2つの特別試験だ。
何故なら、対立候補の坂柳が体調の問題でその2つの試験に参加する事が出来なかったのだから。
ここで実績を残す事が出来れば、俺のリーダーの座は確約されたも同然と言ったところだろう。坂柳の身体的ハンデを利用するようで心苦しいが、この機を逃す訳にはいかない。リーダー争いなどさっさと終わらせてしまうべきなのだ。
だが、俺はその1つである無人島試験でしくじってしまった。
俺は、無人島試験において、Aクラスの拠点に取引のために訪れて来たCクラスの龍園と手を結ぶ事にした。
契約内容は、Cクラスがサバイバル物資とB、Dクラスのリーダー情報を提供する代わりに、Aクラスが龍園に莫大なPPを支払うというもの。
PPの額は高いとはいえ、無人島試験で大量のCPを獲得出来れば十分ペイ出来るため、俺はその内容に署名する事にした。
龍園が取引しに来る前、試験中のリーダーにしていた弥彦が逸って周囲を確認する前にスポット占領をしてしまうというミスをしてしまい、慌てて俺がカバーするための偽装工作をした。
が、内心の不安が拭い切れなかった。
何故なら、俺にはあの偽装工作など簡単に見破れるであろう人間に心当たりがあるからだ。そいつは一応Aクラスの味方ではあるが、優秀な人間であれば見破れるであろうという事実を具体的に想像出来てしまうと、どうしても心中にしこりが出来てしまっていた。
そのため、龍園が契約書に仕込んでいた罠……仮にリーダー当てを失敗してしまったとしても龍園に明け渡すPP取引はそのまま実行されてしまう、という罠に気付く事が出来なかった。
それを助けてくれたのは、先程偽装工作を見破られる姿を想像してしまった人物、怜山静香だった。
怜山は龍園との取引の際、何も言わずに俺の横に立ち、俺たちの契約内容を見ていた。まあ、それ自体は構わない。別に俺に害を成す行為では無いし、好きにさせていた。こいつには取引に口を出す事が許される程の実力がある事は既に確認済みなのだし。
そこで、怜山は龍園の罠と、それを発見出来なかった俺のミスを指摘して来たのだった。
そして、
「葛城君、落ち着いて。あなたは十分優秀なのだから」
と言って、その場を去った。
その時の俺の顔は、側から見たらとても面白いものだっただろう。
何故なら、あの怜山が。
誰にも興味を示さず、あの坂柳だろうと片手間に一蹴する程のずば抜けた実力を持った人間が。まさか俺を励ましてくるとは思わなかったから。それに、怜山から見て俺が優秀と見做されていることも驚きだった。
俺は取引内容を改めて確認してから契約書に署名し、無人島試験を本格的に迎えることにした。
龍園はやはり気の抜けない相手ではある。だが怜山の言う通り、落ち着いて対処しようと思えば出来ない相手ではない。俺は恥ずかしさを感じると同時に、怜山への感謝の気持ちを抱いていた。
怜山はあれから特に動く事は無く、基本的に拠点に居るか、物資の補充の為に外に出るという普通の生徒と同じ事をしていた。
彼女は知能こそずば抜けているが、身体能力は普通の女子生徒と相違無い為、この手の試験だと流石に出来る事はないか、と俺は思っていた。
しかし、俺はその考えが間違っていたと最終日に知る事になる。
最終日、俺は龍園から知らされたDクラスのリーダー、堀北鈴音の名前を記入して提出しようとしていた。
そこに
「葛城君。Dクラスのリーダーを指名するのは止めて」
などと怜山が言って来た。
「……何を言っている? 俺はリーダーカードに堀北の名が書かれていたのを確認したんだぞ?」
そう。
龍園にリーダーを口で教えられたというだけでなく、俺は実際にこの目でそれを確かめたのだ。
だから、リーダーの名前が間違っている筈がない。
それにも関わらず
「リーダーは変更されている。もし私が間違っていたら、今後私はあなたの下に付いていいから」
「一体何を言って……」
そこまで口にしてから、ふと何かを感じて視線を少し横にずらしたところ、真嶋先生が怜山に驚愕の表情を向けている事に気付いた。
それは、何を言っているんだ、という呆れや困惑の顔ではなく、何故それを知っているんだ、と言わんばかりの驚愕の顔。
それを見て、俺は自分のミスと怜山の正しさを察した。
リーダー変更は、確かやむを得ない理由が無ければ出来ない、と説明された筈。つまり、逆に言えば何かしらの事情さえあればリーダー変更は認められるということを指すと今になって理解出来た。
試験中、特別な事は何もして居なかった筈の怜山が何故Dクラスが俺でも今まで理解出来ていなかったその制度を利用し、リーダー変更を実際に行ったのかを知っているのかはわからない。
だが、俺はDクラスのリーダーの名前は記載しない事にした。
その結果、龍園はしくじってCクラスが0ポイント、Dクラスがトップとなり、Aクラスは2位。怜山の言葉が正しい事が証明された。
俺は、自分の失敗を恥じていた。
龍園の策に乗っかり、自分では特に何も動かなかった末の敗北。ルールの穴を考慮しなかった故の敗北。それはクラスメイトから詰られても仕方ない、無様な敗北だった。
だが。
「一体何をどうやった……?」
その言葉が誰から出たのかはわからない。だが、皆の意識はしくじった俺の責任より、どうやってリーダー変更を見抜いたのかさっぱりわからない怜山への驚愕と畏怖の方へと向いていた。
まさか、怜山はクラスメイトの反応がこうなることすらも読んでいたというのか?
……一体彼女には何が見えているのだろうか。
俺に怜山のような能力さえあれば、もっと皆を正しく率いる事が出来たのだろうか。
俺はそのようなことを考えてしまっていた。
無意味な仮定とわかっていながら。
その怜山からついさっき、
『明日の午前8時、優待者のメールが送られ次第、葛城君の派閥だけでいいから優待者を割り出して、私に伝えて欲しい』
という指示が来た。
俺はそのメールを見て、先程真嶋先生から船上試験の説明を受けた直後の出来事を思い出す。
『葛城君。あなたは私に借りがある筈。返して貰うから、連絡先を教えて』
『……連絡先だと? ……いや、構わない。確かにお前には恩が沢山ある事は事実』
本人が言っていた通り、俺は怜山に多数の借りがある。
中間試験、無人島試験での契約書、無人島試験でのリーダー当て。更には俺の失敗に対するヘイト逸らし。
ここまでの借りがある以上、俺は怜山に恩を抱きすらしていた。
だから、今回の指示には素直に従うことにした。
そもそも、クラスで優待者を共有するというのは至極当然の事。
俺と坂柳の派閥争いでそれが難しくなっているだけで、本来ならば怜山に優待者を教えることは当たり前の事でしかない。
俺は午前8時になった直後、派閥の人間2人から知らされた優待者の情報を怜山に送信した。
奴がこの情報を何に使うのかはわからない。
だが、俺は俺で自分で考えた策を実行するだけだ。
無人島試験では、龍園の立てた策にただ従う事により失敗した。
だから今回は、決して失敗し得ない安全策を俺が立てた。
この作戦ならば、何の問題も無いはずだ。
俺はそう考えて、試験に臨む事にした。
『──ではこれより──1回目のグループディスカッションを始めます』
試験が始まった直後に俺は立ち上がって提案する。
「Aクラスの葛城だ。学校からの指示があるから、一先ず自己紹介をしよう」
俺の提案にいち早く反応したのはBクラスNO2の神崎。
「そうだな。この部屋の話を学校側に聞かれているかも知れない以上、俺もその意見に賛成しよう」
やはり優秀な男だ。
明らかに各クラスの中でも優秀な人材が集められているこの竜グループに一之瀬が居ないのは疑問だったが、この男が居るならばこの場において一之瀬の代わりは十分務まるだろう。
「まずは俺からしよう。葛城康平だ。よろしく頼む」
「Aクラス、西川亮子です。よろしくお願いします」
「的場信二です。よろしくお願いします」
ここまではいい。
だが、あいつは自己紹介をちゃんとしてくれるのだろうか?
俺には一抹の不安があった。
「怜山静香です。よろしくお願いします」
俺を含め、Aクラスの3人ともほっと胸を撫で下ろした。
ただ立ち上がって名前を言うだけの普通の行動だったが、それだけの事なのに安心感がとても強く感じられた。
そんな俺たちの反応を他所に他クラスの生徒たちは、みな怜山に緊張した目線を向けていた。
それは当然の反応だ。
間違いなく学年で最も優秀な、天才とも呼べる人物が、この試験で一体何をするのか。気にならない奴が居る筈が無い。
特に今回は、試験の説明があった直後に怜山が俺に話しかける姿を見ていた人間が多々存在した以上、多少なりとも奴に動く気があるというのは全クラス周知の事なのだろうから。
怜山への反応は置いておいて、一先ず全員が自己紹介を終える。
龍園が自己紹介を促す俺に無意味に食ってかかるという事態はあったが、奴も学校側からのペナルティを恐れたか、結局は自己紹介をした。
自己紹介を終え、俺は早速昨日から考えていた策を実行した。
そもそも話し合いの場を設けない、という策だ。
こうすれば、少なくとも結果3で狙い撃ちされるのを避ける事が出来るから。
堀北に苦言を呈され、龍園につまらないと詰られたが、構う事は無い。この策ならば既に大量リードしている俺たちAクラスは確実に得が出来るのだから。
策は会議が始まる前にクラス全員にメールで伝えた。
怜山にも一応送信したが……彼女がどう動くのか、俺にはさっぱりわからなかった。もし動いたら止める術は無い。だから俺はただ祈るようにして怜山を見るしか無かった。
怜山は、特に誰とも話す事なく、部屋の人々を適当に眺めているようだった。
俺は一先ず安心した。
まあ、怜山の性格上、誰かと仲良く話すなんて可能性の方が低いだろうとは思っていた。だが、どうしても不安が拭いきれなかったのだ。
そうして10分程度時間が経過したところ、それまで適当に部屋を眺めてぼーっとしているように見えた怜山が、唐突にスマホを弄り始めた。
まあ、それ自体は別段変わった事でも何でもない。
だが、俺は何故かスマホを弄る怜山から目を離す事が出来なかった。虫の知らせとでも言うべき何かの予感が俺の中にあったのだ。
そうして少し経ち、怜山がスマホの操作をやめた瞬間に俺たち全員のスマホにメールが来た。
まさか。
『竜グループの試験が終了しました。竜グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないで気を付けて行動してください』
竜グループの皆がざわつき、即座に全員が1人の人物に目をやる。
誰がやったかは明白。
俺は怜山の元に詰め寄った。
「怜山。俺はお前の事はある程度理解したつもりだ。きっと、何かしらの根拠があるのだろうし、その行動はいつも通り正解なのだろう」
そう。
こいつが間違えるなんて事は無いだろうことは既に理解している。
俺には怜山が何をどうやっているのかはわからない。何よりまだ10分しか時間が経っていない。一見あいつは10分間ただぼーっとしていただけにしか見えない。それでわかれと言う方が無理がある。
しかし、それでも同格の天才ならばわかるような何かがあるのだろう。
だが。
「だが、説明責任はあるんじゃないか?」
そうなのだ。
説明。怜山にはそれが致命的に不足し過ぎている。
説明さえしてくれたら、俺は何も言わない。
いつどこで何をしていようが好きにして構わない。
正しいのは常に怜山の方なのだろうということはわかっている。
だから、せめて少しでも歩み寄りの姿勢を見せる……とまでは言わないが、最低限の説明責任くらいはあるのではないか、と俺は思う。
そんな俺に、怜山は本当に必要最低限、しかしながら試験の根本を揺るがしてくる衝撃的な説明だけをして来た。
「優待者の法則。橋本君にも教えたから、後はあなたたちで好きにして」
「優待者の法則……だと?」
俺は思わず呆けたような声を上げる事しか出来なかった。
そんな俺を一瞥し、怜山はそれ以上何も言わずに去っていった。
……優待者の法則。
確かに、そんなものがわかるというのであれば、最早全てが無意味。即座に指名して終わらせるだけで良い。
だが、ならば一体何故怜山はもっと早くに終わらせなかった? 法則がわかっているならば、そもそも会議をする必要すら無かった筈。
いや、会議中あいつは自己紹介以外は一言も発しては居なかった以上、『会議をした』とは言えないが……とはいえ、理由として考えられるのは数パターンある。
1つ。
怜山はずっと法則について考え続け、あのタイミングで導き出した。
挙げておいてなんだが、これは有り得ないと言っていいだろう。普通の人間ならそれが一番可能性が高いのだろうが、奴の常軌を逸した能力から考えると……法則があるとして、それを導き出す為にさしたる時間がかかるとは思えない。
いや、普通の人間にはここまで早く法則を導き出すなど不可能なのだが、そこを考えても仕方がない。とにかく、この説はあり得ない、という事だ。
1つ。
俺たちの反応を見て遊んでいた。
これも有り得ないだろう。普通の精神性を持った人間ならばそれも有り得る。例えば、龍園のような人間ならばそれをやった可能性が十分にある。
だが奴は、そんな少し捻くれているだけの一般人のような感性を持ち合わせては居ない。いや、龍園のように他者を甚振って弄ぶような人間の思考は俺には全く共感は出来ないが、そういう人間が居る、というのは一般的な事実としてある。少なくとも、あの怜山と比較してしまっては、龍園のような人間の方がまだ予測出来ると言わざるを得ないのだ。
1つ。
法則は導き出したが、100%そうだという根拠が無かったため、その未来予知を思わせるような観察眼にて対象を観察し、確信を抱いた。
これが、一番有り得ると思われる。普通の人間ならば、自らが辿り着いた答えを真実だと考え、即座に飛び付く。優待者の法則などという莫大な利益を齎すものならば尚更だろう。
だが散々語る様に、奴には普通の人間の感性といったものを当て嵌めない方が良い。そう考えると、自らの答えにすら疑問を抱き、その法則を確定させるために少々の時間を費やした、と考えるのが一番合理的と思われる。あれ程の眼力があれば、優待者を見抜くのは容易だろう、とは試験のルールが判明した時点で俺も考えていたことだから。
他にもあるかもしれないが、俺にはもう思い付かなかった。
そこまで考えてからふと部屋を見渡してみると、ほとんどの人間が戦慄した表情を浮かべており、言葉を発する者は誰一人居なかった。
当然だろう。
奴のこういった振る舞いを幾度と無く見た俺たちAクラスですら驚愕を隠せないのだ。初めて目の当たりにした他クラスの生徒がこの状況に付いていけるとは到底思えない。
そんな中、いち早く気力を取り戻したのはやはりあの男。
「ハハハハハッ! 面白れえ!! 無人島試験だとやる気が無いみたいだったが、いざ本気を出すとこうなるってか? ……しかし、だとすると……あいつと戦うのは最後か」
とはいえ、どんな悪辣な手段だろうと躊躇無く使い、獣のような眼光を誇るこの男でも、怜山に今すぐ挑むのは悪手と判断したらしい。
変な所で冷静なのは、やはり野獣の本能が為せるもの、といったところか。
「まずはBとDだ。……葛城、せいぜい俺が奴らを潰してお前らと戦う準備を整える前にはあいつを従えておくんだな。まあ、お前にそれが出来るとは思えねえが」
「…………」
そう言って龍園は部屋を出て行く。
Cクラスの他生徒が慌ててその背に付いて行った。
怜山の手によって竜グループの試験が終わってから少し経った辺りで、全生徒の端末に再びメールが届いた。
『蛇グループの試験が終了しました。蛇グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないで気を付けて行動してください』
蛇グループ。
橋本が居るグループだった。
俺は直ぐに蛇グループの会場へと向かい、橋本に声をかけた。
「橋本。……俺の用件はわかっているな?」
「ああ、当然わかってるさ。いいぜ、場所を変えよう」
俺と橋本は、他の人間に聞かれない様にカラオケボックスに移動した。
カラオケボックスに到着してすぐに橋本は契約書を取り出し、俺からは見えない様にしながら話を始めた。契約書は会議前にあらかじめ作っていたようだ。
やはり、怜山は会議前から既に法則を割り出していたらしい。
「まず、俺の指名についてだ。女王様が指名してから直ぐに俺は、法則に従って導き出された蛇グループの優待者であるCクラスの奴にカマをかけた。どうなったかは言うまでもねえな?」
「それでお前は指名した、ということか」
その生徒が動揺を隠せなかっただろうことは想像に難くない。
何せ、開始直後にいきなりリーダー格が集結する竜グループが終わり、その直後にピンポイントで揺さぶりをかけられたのだ。
俺がその立場だとして想像しても、表情を動かさずに切り抜けられるとは流石に言えないのだから。
「これで葛城君と俺が集めたAクラス3人、竜グループのDクラス1人、Cクラス1人に、更に法則を使えば優待者の数は全クラスちょうど3人ずつ。もう十分だろ?」
「……根拠は別に、いい。あいつを疑うのは愚かだとは俺ももうわかっている」
俺らしくは無い発言。だが、流石の俺でも目の前の状況に対して頑なに理解を拒む程愚かではないつもりだ。
「ハッ! そうかよ。まあ、ここまでの事を考えたらそりゃそうなるよなあ。葛城くんもようやく女王様に跪く気になったってか?」
「そうではない。だが、俺もこの状況を理解せず、怜山の力を未だ認めない程愚か者であるつもりはないだけだ。それに、怜山に集団を率いるつもりは無いだろう」
そうだ。怜山は、集団を率いるという事に一切の興味を示さない。
仮に怜山がリーダーに立候補していたとしたら、こんなことをせずとも最初から確実にクラスのリーダーは奴になっていただろうから。
「ハハッそれもそうだ。じゃあ、契約だ。残った他クラスの全ての優待者を指名したら、CPだけじゃなく、PPを合計350万得られるだろう?」
「……ああ」
当然、それは言われるだろうと予想していた。
問題はいくら要求されるか、だ。
200万なら、いい。
半額だと175万である以上、妥当な額だろう。
俺の派閥だけで指名させたら、150万を7人と陣営の貯金に割り当てる事が出来るから十分な成果と言える。
1人当たり10万で我慢してもらい、陣営に80万が追加される。それならば説得も容易だろう。
だが。
「300万だ」
わかっていた。200万で済む筈が無いことなど。
だが、300万となると、7人に10万ずつ与えることすら出来ない。説得も難航してしまうだろう。
「流石に強欲が過ぎる。200万だ」
俺は橋本に想定していた額を伝える。だが。
「わかってんだろ? 最悪なのは、ここでまごついて他クラスの連中が手を組んで優待者を当てさせ合うことだと」
そうだ。それは誰でも理解出来る事。
Aクラスの一人勝ちを防ぐ為に他クラスで優待者を教え合い、極力損をしないやり方で互いに指名する、という策だ。
流石に、竜グループの会議終了からここまで早くクラス間で手を結ぶのは裏切りを考慮したら有り得ないとは思う。特にBクラスは、一之瀬のグループが終わっていない以上まだ何もできない筈。
だが……それに期待をして時間を消費し、確定している優待者の指名権を失うなど愚かにも程があるというのもまた、誰から見ても明らかな事実。
「それに、俺からすりゃあ他クラスに売ってもいいんだぜ? 各50万どころか上乗せしてでも欲しい奴はいくらでも居るだろうさ」
堂々と裏切りを示唆した発言。
しかし、橋本がこう言う理由はわかる。たとえここでCPを多少失おうが怜山ならば容易に取り返す事が出来ると踏んでの事だろう。そうだとしたら、ここはCPに拘るよりもPPを数十、いや数百万手にした方が得なのだ、と。
ここまでの結果を見せられたら誰でも、そして俺でもそう思う。
怜山静香に対抗出来る人間など存在しないだろう、と。
だが、クラスを率いる俺がそれを許容する訳にはいかない。
「……わかっている。だが、せめて指名者に1人10万は与え、陣営に多少なりともプラスがないと説得が難しい」
俺は目を瞑って考える。
「…… 仕方ない、250万だ。これ以上は出せん」
「ハッ、いいだろう。取引成立だ!」
恐らく橋本は最初から250万を想定していたのだろう。
そういう反応だった。
橋本は続けて、追加事項としてもう一つの要求を口にした。
「それと、どのクラスにAクラスの優待者を当てさせるかはこっちで決めていいな? ……安心しろ、Dクラスだ。問題無いだろう?」
「いや、待て。どうしてそうなる。確かに当てさせるならばDクラスだろうが、そもそも話し合いを最後まで拒否してしまえばそんな事をしないで済む筈」
言いながら、俺にはわかっていた。
俺とて愚かではない。
橋本も怜山も一応はAクラスである以上、手に入るであろうPPを考えたらそれが最善手だろうとは理解出来ている。
「おいおい。わかってるだろ? B〜Dの奴らだって馬鹿しか居ないわけじゃない。手を組んで死に物狂いで法則を割り出そうとすりゃあ流石に試験終了までには法則がバレるだろうよ」
「…………わかった。好きにしろ」
言うが早いか、橋本は即座に契約書に最後の記載、俺の派閥が優待者を指名して得られるPPの内250万を渡すという文を追加し、俺に記名を求めてきた。
記名と同時に、橋本から法則と優待者の氏名を記したメールが送られて来た。きっと、メールの文面もあらかじめ作っておいたのだろう。
すぐさま橋本はこの場を去っていった。
先程言っていた様に、これから他クラス、可能ならDクラスにAクラスの優待者を指名させ、その分のPPを得るための交渉を開始するのだろう。
俺は直ぐに自分の派閥の7名に優待者の情報を教え、その7名がそれぞれ指名した。
少し経ってから、3名が指名したとのメールがほぼ同時に届いた。橋本が交渉した結果だということは最早考えるまでもない、
2日後に結果が発表された。
予定通り、Aクラスが他クラスの優待者を全て指名し、Dクラスが残りのAクラスの優待者を指名し、正解するという結果。
つまり全グループ結果3となり、Aクラスは完全独走状態となった。
無人島試験では、Aクラスという間違いなく学年最大戦力を率いているにも関わらず、活かしきれなかった俺のミスで2位という苦渋を舐めさせられたが、そんなもの完全に吹き飛ばす圧倒的な結果。
……もう、これは全員が思っているのではないだろうか。
誰が何をどうしようが、怜山静香が少し動くだけで全て無意味と化す。
クラス間闘争の結果は既に見えてしまった、と。
俺のこの学校における役割は、皆を率いることを厭う怜山の露払いに過ぎないのだろうか。
俺と坂柳のリーダー闘争に、一体何の意味があるのだろうか。
リーダーなど……最早ただクラスが崩壊しないようにするだけの役割しか無いのではないだろうか。
俺はもう、何もしない方が良いのではないだろうか。
……どうしても、そんなことを考えてしまう。
だが、決して悪い事が起きている訳では無いのだ。
少なくとも俺たちAクラスにとっては。
むしろ、怜山の行動は俺たちにこれ以上ない程の利益を与えてくれているという方が正しい。
俺自身、怜山には助けてもらった恩を感じているのが事実としてある。正直、それを素直に受け入れたくは無いという気持ちも少しあるが……それでも、受けた恩を忘れる程俺は恥知らずではない。
だから、俺はこれからも今まで通りに動こうと思っている。
仮に、それが何の意味も持たない些事であろうと。
俺に付いてきてくれる仲間を放り出すなど、受けた恩を忘れてのうのうとするなど、あり得ないのだから。
だが、しかし、が多い葛城君
ちなみに、追記修正やよくわからない場所の指摘は容赦なくバンバンしてもらって大丈夫です。むしろ大変有難いことなので。