よう実 最速Aクラス卒業RTA Aクラス綾小路籠絡ルート 作:月島さん
堀北鈴音の決意
3学期が始まった直後、私たち東京都高度育成高等学校に所属する学生全員が林間学校に参加する事になった。
私は茶柱先生からCPやPPに関するやたら長い説明と、責任者関連の説明を受け次第、綾小路君に何か考えがないかを確認するためにメールを送ったが、何もないと返事が来た。
もう、その言葉を信じる私ではない。
結局のところはいつも通り、綾小路君は本心を話すつもりはないらしい。
綾小路君は自称事なかれ主義者でありながら色々と動き、何やら不審なこともしているために人として信頼する事は出来ないが、なんだかんだでクラスのためになる行動をしている、底知れない能力を持った人物。
とはいえそこまでなら、いい。
だが、彼は恐らく、先日龍園君たち4人を退学させて現Dクラスを再起不能の状態に落とし込んだ。退学の理由は、龍園君たちがとある女子生徒を4人がかりで虐めていたから、という事らしい。その女子生徒とは軽井沢さんだという事がすぐにわかった。
なぜなら、龍園君たちが退学処分となった終業式の日、全身が濡れ鼠のようになり、恐怖に打ち震えた軽井沢さんの姿を目撃した人が多数居たのだから。そんな目立つ姿、何かしらの手段を用いて隠さなければ人の目に触れるのは避けられない。
当の軽井沢さんは3学期になってからも一応登校はしているものの、目から力が完全に失われていた。
私は、綾小路君が一連の事態を引き起こしたと確信して彼に仔細を聞いたが、当然教えてはくれなかった。
私は彼の事がわからなくなっていた。
それは、これまでの綾小路君のやり方とは違った物に見えた。これまでは、須藤君の一件といい、口では色々言いつつもなんだかんだ彼は温情を持って動いていると思っていた。
だが、先日櫛田さんを退学させると言った件といい、今回の、軽井沢さんを生贄に龍園君たち4人を1度に退学させるという俄には信じ難いような恐ろしい所業といい、彼は一体どうしてしまったのか。
いや、むしろこれこそが綾小路君の本来の姿だったのだろうか。私は彼の事を何一つ理解していなかったのだろうか。
私は何か、決定的な誤ちを犯してしまったのではないのだろうか。
そんな、悪い予感が拭えなかった。
……いや、今は眼前の特別試験について考えるべきだ。
今、私の目の前で繰り広げられているのは、林間学校における6つのグループ分けの話し合い。
私は可能ならばCクラスで固め、他クラスの人間を1人ずつ入れる……とまでは言わないが、それに近いグループを1つは作りたかった。
だが、私たちの年頃の女子の性質上、他クラスに1人だけで入ることが出来る人間は少ない。よって、グループを同クラスで固めるのは非現実的。
更に言えば、1グループ内にあるクラスから4人、他クラスから2人ずつ、といったような組み合わせも難しいだろう。2人側に回される女子からクレームが発生する事が目に見えている。
そのため本試験において、ある程度均等な配備にならざるを得ない女子側ではさしてクラス間のCPの差は推移しないのではないか、と思われる。
だが、私たちCクラスがAクラスに上がることを考えた場合、1つであろうと特別試験を無駄にすることは出来ない。
ただでさえ既に圧倒的なポイント差や基礎学力の差があるというのに、Aクラスにはあの人物が居るのだから。
今回も、私が未だに自分のクラスを掌握し切れていない事がネックとなっている。やはり、私に櫛田さんのような力、あるいは自らの実力のみで有無を言わさず全てを従えるあの人物のような力があれば……
いや、これが今この時点での私の実力。未来に起きるだろう試験ならばともかく、この試験では今の私に出来ることをしなければならないのだ。無い物ねだりをしても仕方がない。
どうにかしてCPを多量に得られるような組み合わせを作る事が出来ないか……と考えていたところ、
突然
「堀北さん」
なんて声をかけられた。
聞き覚えのある声。そして、絶対に無視など出来ない声だった。
「……怜山さん。どうしたのかしら?」
私に声をかけてきたのは、先程少し考えた、悔しいことだが私たちの学年において間違いなく一番優秀であり、綾小路君と何故か妙に親しくしている人物である怜山静香さん。
そんな彼女が一体何故私に声を掛けてきたのか。
「私とグループを組みましょう」
私は一瞬、自分の耳を疑った。
「……理由を聞いてもいいかしら」
「あなたには素質があると思うから。それに、むしろあなたの方が私を近くで見てみたい筈」
素質。
一体何の素質なのか。
私にはわからなかった。
噂通り、彼女はこうして唐突によくわからない事を言うようだ。
だが、その噂には続きがある。
彼女の言葉はその時点ではよくわからないものの、後になって考察したら必ず何かしらの深い意味を持っている。常人には理解出来ない、天才故の先を見通し過ぎた発言なのだろう、と。
噂が言っているのはこれか、と思った。
私が彼女と比肩し得る程の実力を身に付ければ、今の言葉の意味がすぐに理解出来るようになるのだろうか?
それは置いておくとしても、確かに私の方が彼女を近くで見て学び、対策を練る……とまではいかないかもしれないが、何かしらを掴みたいとは思っていた。
だから。
「わかったわ。あなたと組んであげる」
私は決意を持って、彼女と向かい合うことにした。
近くで見たいとは思ったが、寝る場所すら隣なのは予想外だった。
別に、何か問題があるわけではないのだけれど。
林間学校2日目のある時、とあるグループの複数の2、3年生が明らかに手を抜いている姿がちらほら見られた。
確か、3年Bクラスの生徒が責任者を務めるグループだったか。生徒会の橘先輩も所属していた筈。
何故こんな事が起きているのだろうか。
3年Bクラスを妨害したいということなのだろうか?
自学年の他クラス相手というならば、仮に他学年にも龍園君のような生徒が居ると考えた場合ならまだ100歩譲ってわからなくはない。
だが常識的に考えて、2年生が自分や自クラスに入るポイントを犠牲にしてまで3年のBクラスを妨害する意味がわからない。
私は怜山さんならばこの状況をどう考えるのかを知りたくて話しかけてみた。
「……揉めているわね」
「そうね。予想通り」
怜山さんから予想外の事を言われた。
一体どういう事なのだろうか。
彼女はこの状況を予想していた? どうやって?
仮にこの状況を引き起こした相手が居るとして、その人物と通じている? いや、そうだとしたら予想通り、という反応にはならない筈。
私には何一つ理解が出来なかった。
「どういうこと? あなたはこの状況を予想していたとでも?」
「ええ」
短い返し。
……先程言っていた以上それはそうなのだろうが、私が聞きたいのは、どうやって予想したのか、だ。少しは行間を読んで欲しい。
船上試験での葛城君はこんな気持ちだったのだろうか。
「……どうやって予想したのかを教えて欲しいのだけれど」
すると、怜山さんは私の方を少し見てからまた予想外の事を言い始めた。
「……あまり柄ではないのだけれど、少しアドバイスをする」
「? 一体何を言って……」
私の疑問を遮って怜山さんは話し始めた。
「あなたは他人の力を借りるようになったと聞いている」
一体何の話だろうか。
何故いきなり私の話を始めたのだろうか。
そしてそれは綾小路君から聞いたのだろうか。
疑問は尽きない。
とはいえ、一応答えることにする。
夏休みにプールに行った際、積極的に話しかけていた一之瀬さんを全く相手にしていなかった彼女がこうやって会話に応じるなんて非常に珍しいことだろうから。
「……そうね。悔しいけれど、この学校には私1人ではどうにもならない状況が多いから」
そう。
1人の力で全てを捩じ伏せる事が出来る、まさに私の理想の体現者とも言える怜山さんとは違って。
だが、それは悪い事ではない筈。
現実に、それによって事態が好転した事例はあるのだから。
「それはいい事だけど、今度は別の問題が発生している」
「……それは何かしら。そして、どうしてあなたにそんな事がわかるというの? 私たちは会話をした事なんて数える程度な筈なのに」
「そこ。まずは自分で考える、ということをやめている」
「…………」
私は思わず口をつぐんでしまった。
心当たりがある、というよりも今しがた怜山さんに対してそれをやってしまっていたのだから。
更に言えば、林間学校に向かうバスでもまず最初に綾小路君に何か考えがないかを聞いた事も思い返される。
私はいつの間にか、自分で物事を解決しようとするのをやめ、他者に頼り切りになってしまったのだろうか。
「偉そうに言ってごめんなさい。お詫びじゃないけど、これから私のやり方を隣で見ていて」
最後にそれだけ言って、彼女は口を閉ざした。
怜山さんは今から何をするつもりなのだろうか。
他学年同士の争いというこの状況を解決して、彼女に何か利があるのだろうか。
やはり、疑問は尽きない。
だが、指摘されたばかりの今の私はそれを聞こうとは思えなかった。
その日の夕食の時間、私と一緒に夕食を取っていた彼女が唐突に立ち上がり、歩き始めた。
ついていく理由も無いため、食事をしながらもなんとなく彼女を眺めていたら、なんと怜山さんはあの兄さんに何やら小さな紙を渡していた。
思わず唖然とした顔をしてしまう私を余所に、それを見た兄さんは驚愕したような表情をし、一瞬彼女の顔を見つめていた。
が、すぐに食事を切り上げて何らかの行動を開始した。
一体彼女が渡した紙には何が書かれていたのだろうか。
そして、怜山さんと兄さんとの間に繋がりがあったのか。
兄さんから彼女が生徒会に勧誘されたという話は聞いていたが……
彼女を見ていると、常に疑問しか湧かない。
これが私と怜山さんの実力差、ということなのだろうか。
私は思わず、悔しさから顔を歪ませてしまっていた。
次の日、そこには驚愕の状況が繰り広げられていた。
先日、明らかに妨害行為をしていた2、3年生の一部がそれをやめていたのだ。それを見て、話が違う、とやり取りしている姿も見られた。
……誰がやったのかは明らか。
兄さんが、彼女たちに何らかの働きかけをしたのだろう。
だが、その兄さんを動かしたのは……
私は、思わず隣に居る怜山さんのことを見つめてしまう。
聞きたい。
だが、それは昨日指摘されたばかり。
けれど、一体何故彼女がこんな事をしたのかわからない。
何故3年Aクラスの兄さんが、言っては悪いが自分には関係無いはずのこの状況を変えようとしたのかもわからない。
そんな風に逡巡していた私を見て、彼女は口を開いた。
「彼女たちは、南雲先輩の指示で橘先輩を嵌めようとしていた」
「えっ?」
あまりにも疑問が多すぎる発言だった。
そして、今回はどうして教えてくれるのかもわからない。
だが、そんな私を余所に彼女は説明を続ける。
「ルールがそもそも変だった。特に道連れ。明らかに誰かを退学させようとして作られたもの」
「…………」
言われてみればそうかもしれない。1人を選んで道連れなんて、冷静に考えると明らかにおかしなルールだ。
責任者はまだわかる。だが、それ以外の人間を退学させるというペナルティを作るなら、点数辺りの何らかの明確な基準を設けるべきな筈。
「生徒会は、特別試験のルールに介入できる」
それは、私も知っている情報。
一之瀬さんが以前そんな事を言っていたから。
彼女はきっと兄さんから聞いたのだろう。
だが、まだ疑問は残る。
どうして標的が橘先輩だとわかったのか。
「今も、そして大グループ決めの時も、彼女たちの視線は責任者ではなく明らかに橘先輩に向いていた。そして、堀北先輩から聞いた南雲先輩の人格や行動パターンを照らし合わせたら予想は容易」
よく、見ている。
彼女は他人にあまり興味を示さないが、持っている観察眼は異常と言っていい程だと綾小路君が言っていたのを思い出す。
実際に、彼女は様々な疑問を抱く私の心が完全に読めているかのように会話を組み立てているのだから。
「つまり南雲先輩は、堀北先輩に挑む策として試験のルールを改変し、橘先輩を退学させようとした、ということ」
これが、今回の一連の流れ、ということか。
言われてみれば、確かに理解は出来る。
きっと、南雲先輩はあらかじめ3年Bクラスの女子に何らかの交渉をしていたのだろう。そして、彼は2年生をほとんど掌握している、という話がある。だからこそ、こんな事が出来たのだ、と。
確かに、3年と2年を巻き込んで何かを成せるのは南雲先輩か、それこそ兄さんくらいしか居ないだろう。
その2人がそれぞれ動いた結果が、今目の前の、疑似的な兄さん対南雲先輩の構図が繰り広げられている、と。
……彼女は、それをかすかなヒントと2、3年生のやり取りを見ることによって即座に見抜いたというのか。
あまりにも能力が高過ぎる。
異常、と言っていいだろう。
私はこれからこんな人間と戦っていかなければならないのだろうか。
勝ち目など、本当に残されているのだろうか。
どうしても、弱気になってしまう。
だが、そんな私の心情を余所に彼女は続ける。
「今回私が橘先輩を救うように堀北先輩を動かした理由は、堀北先輩には恩を売るだけの価値があるから」
「…………」
あの兄さんすらも、彼女からしたら駒の1つでしかないと言うのか。
「堀北先輩からは色々教えてもらった。Sシステムについて。試験の過去問について。生徒会について。南雲先輩の情報について」
「……待って。待ってちょうだい。頭が追いつかない」
彼女からもたらされる怒涛の情報に、私は混乱してしまう。
一体、いつから彼女は兄さんと接触していた?
いつから、この状況を想定していた?
だが、彼女は待ってくれはしない。
「他人の力を使う事は悪い事じゃない。けれど、使い方は自分で決めるべき」
私は思わず頭をハンマーで殴られたかのような気持ちになった。
確かに、今回の彼女のやり方がそうだ。
実際に行動したのは兄さんだが、兄さんをそういう風に使ったのは彼女でしかない。
ただ兄さんに頼り切るのではなく、兄さんの利を考え、どう使うとベストなのかを彼女が選んだ。
私のやり方とは根本的に異なるものだ。
「人を動かす方法はいくつかある。あなたは情で人を頼る。長い目で見た場合それが一概に悪いとは言わないけれど、それだけだとなかなか動かない事がある筈」
「………………」
まさに、それは私が今櫛田さんの説得に難航している事、綾小路君が本心をまるで話してくれない事が示している。
彼女の能力があれば、櫛田さんの改心も容易なことなのだろうか。
綾小路君も、彼女にならば全てを話すのだろうか。
そんなことを考える私を横に、上手く併用しないとね、と言ってから怜山さんは会話の締めに入る。
「説明したのは、偉そうなことを言ってしまったお詫び。けれど、それだけじゃない」
「…………?」
彼女が以前の発言を気にしていた事はわかった。
正論そのものでしか無い以上、別にそこまで気にする事でもないとは思うが。なんならあれは私へのアドバイスな訳だし。
だが今回、私に色々と懇切丁寧にしてくれたのには、それ以外の理由もあるらしい。
それは何なのだろう、と思っていたら、彼女は今日一番の驚くべき発言をしてきた。
「あなたには、期待している。私に対抗出来るとしたら、あなたしか居ないだろうから」
「……え? それって……」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。
思わずその場でフリーズしてしまう。
だが、遅れて彼女の発言を理解したとき、私は自分の中から何やら熱が込み上げてくるのを感じた。
あの、怜山さんが。
兄さんすらも掌の上で操る、この学校における頂点が。
私の事を、競うべき相手だと見做している。
私は思わず勢いよく怜山さんの方を見たが、彼女は既に移動を開始してしまっていた。
慌てて私も移動を開始する。
そうだ。立ち止まってなどいられない。
私と彼女との差に落ち込んでなどいられない。
櫛田さんの説得が難航している? 綾小路君が信じられない? クラスを掌握し切れていない?
そんなの知った事か。
私は、彼女のライバルなのだから。