よう実 最速Aクラス卒業RTA Aクラス綾小路籠絡ルート   作:月島さん

22 / 24
番外編1 2週目堀北鈴音の奮闘記1

 1人の女子生徒が感極まった様子で私に声をかけてくる。

 

 

「堀北会長、今までありがとうございました!」

 

「もう……今はあなたが生徒会長でしょう? けれど、嬉しいわ。こちらこそありがとう」

 

 

 最も気にかけて接した後輩である彼女にそんな声をかけ、私は3年もの間過ごしたこの場所を去ることにした。

 

 

 

 

 

 

 東京都高度育成高等学校。

 

 

 この学校で私は言葉にし切れない程沢山の経験をした。

 

 

 本当に、色々な事があった。

 

 入学時、Dクラスに配置された事が受け入れられず、惨めな行動をしていた未熟な私。

 そんな私を認めず、面と向かって理由を話さずにただ突き放すだけだった兄さん。そして、そんな兄さんを盲信し、ひたすら後ろを追うだけだった私。

 

 今の私なら、兄さんもまた完璧な人間などではなく、高校生らしく未熟な面も多々あったのだと理解出来る。

 無論、あの時の私が見るに堪えない醜態を晒していた事実は言うまでも無い事だが、少なくとも兄さんの後を追うだけだった私は既に居なくなったという事実もまた、ここにある。

 

 その他にも、語り切れない程色々な事があった。

 

 

 後悔は当然沢山ある。

 

 

 綾小路君の抱える事情に気付かず、私が彼に寄り添わなかったせいでクラスから離れてしまったこと。

 退学者を……櫛田さんを含め、複数出してしまったこと。

 そして何より、私が自らのクラスをAクラスに導く事が出来なかったこと。

 

 

 だが、いいのだ。

 これが私の、いや私たちの行動の結末なのだから。

 

 

 全員が全員、初めから全力を尽くした訳ではなかった。

 私は今でも理想の自分に成れたとは言い難いが、そんな今の私よりも、1年生の頃の私は遥かに未熟だった。

 私も、クラスメイトも、もっとやれる事は沢山あった筈だった。

 

 

 だがそれもまた、私たち自身だ。

 最初から最適解を取り続ける事の出来る人間など、私が知る限りあの人物くらいしかいないのだから。

 

 

 私はこの学校の歴史上初の、生徒会長を務めたにも関わらずAクラスとして卒業する事が出来なかった人間だ。

 

 いや、出来なかった、というのは少し語弊がある。

 私1人ならば、2000万ポイントを使ってAクラスに移籍するという選択肢があったのだ。

 

 それでも、私はその道を選ばなかった。

 

 2000万を貯める事に成功したあの段階だと、既にそれが不可能と理解していながらも、私だけではなくクラスそのものをAクラスに引き上げなければ意味がないと考えたから。

 

 

 つまり何が言いたいのかというと、私はこの結果を自分で選んだのであり、後悔こそあれど納得はしているという事だ。

 

 

 

 

 

 

 だが、後輩と別れて校門に差し掛かった時。

 

 私はふと、過去の様々な場面を思い返し、あの時ああしていればどうなって居ただろうか、と考えた。

 

 先程言ったように、後悔はあるものの、私たち全員の成した結果に納得はしている。

 

 過去を変えたい訳ではない。

 ただ、知りたいという願望だけはあるのだ。

 

 特に。

 かつて私の隣の席であり、クラスを裏切り移籍した人物である綾小路君。

 過去を知る私を憎み、最終的に秘密を全て暴露されて退学していった櫛田さん。

 彼らに対して何か出来る事が、事態を円満に収める手段があったのだろうか。

 

 

 そして、かつての私の理想像の体現者である、怜山静香さん。

 

 私は結局最後まで彼女に勝つ事は出来なかった。

 悔しいという気持ちは当然ある。彼女曰く、自らをどうにか出来る可能性があるとしたら私だけだったらしいから。

 

 どうすれば、本人の言うように私が彼女に対抗する事が出来たのだろうか。

 

 

 

 いや、そもそも私は本当に彼女と戦いたかったのだろうか? 

 

 

 

 今になって考えると彼女は、私にだけは他の人とは違った対応をしていたように思える。

 ならば戦うだけでなく、私たちはもっと違った関係性を構築する事も出来たのではないだろうか? 

 

 

 ともすれば、彼女と私は親友にすら成れたのではないのだろうか? 

 

 

 そんな、今更何の意味も無い事を考えながら校門を潜る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、私の視界が真っ暗になった。

 

 

 一体何がっ……!? 

 

 

 一瞬の事。考える時間すらない。

 そのため状況に全く対応出来ず、自分の身体に何が起きているのか一切わからないまま、私の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付いたら、私は何故か自分がバスに乗り、席に座っている事を認識した。

 

 

 一体いつの間に私はバスに乗ったのだろうか……? 

 

 

 誰かが意識を失った私を運んだのだろうか。

 ならば、何故病院や救急車の中ではなくバス? 

 せめて校内の保健室などであればまだわかるのだが。

 

 

 何もわからないまま私が状況確認のために周囲を見渡してみると、信じられない光景がそこにはあった。

 

 

 まず、私のすぐ近くの席に綾小路君と怜山さんが座っている。

 彼らの姿は明らかに今より幼いように見える。まるで、3年前の入学式の時のような……

 

 

 だがそこまでならばまだ、途轍もなく不可解というだけで、100歩譲って自らを無理矢理納得させる事は出来る。

 

 この2人が私を運んできた。

 2人が1年生の頃の姿に見えるのは気の所為に過ぎない、と。

 

 

 

 

 私にとって信じ難い事は、バス内に櫛田さんの姿があった事だ。

 

 

 彼女は2年生時に退学した筈なのに、何故か私と同じ制服を着てバス内に立っていたのだ。

 

 

 一体どういう事なのだろうか。

 

 

 何故、彼女はここに居る? 

 何故、制服を着ている? 

 何故、彼女は憎む相手である私や綾小路君に関わってこない……いや、そもそも認識すらしていない? 

 

 

 訳の分からない状況の中、私は何が出来る訳でもなくひたすら呆けたようにしているだけだったが、直ぐに状況は動いた。

 

 

「席を譲ってあげようとは思わないの?」

 

 

 OLらしき女性が、優先席に座る高円寺君に声を掛けた。

 老婆に席を譲れと主張する女性と、反論する高円寺君の……3年前に行われたのと全く同じやり取りが私の目の前で繰り広げられた。

 

 ふと外の光景を眺めてみると、このバスは学校から離れていくのではなく、逆に学校の方へと向かって行っている。

 

 

 ……この状況を説明するのに最も相応しいであろう言葉。

 

 

 走馬灯

 

 

 という現象だろうか。

 私は自らの身体に何らかの異常が発生したために、過去の記憶を思い返しているのたろうか。

 

 だとしたら、実に皮肉な事だ。

 

 まさか、死に瀕して最初に思い出すのが入学日の最初の光景だとは。

 この日の事が、私の記憶に最も根強く残っているとは。

 

 私は思わず自嘲したような笑みを浮かべてしまった。

 

 

 状況を理解し、私は自らの身体について考え始めた。

 

 

 何故、私は走馬灯を見ているのだろうか。

 突発的な病気という所だろうか。

 

 校門を潜る以前にそんな兆候は一切無かった。

 

 急病とはそういう物なのかもしれないが、それにしても違和感がある。

 

 

 

 私は今、記憶の中の出来事にしてはやたら現実味を覚えながら眼前のやり取りを眺めているのだ。

 

 そして、長い。

 走馬灯とは、ここまで長時間見る物だったのだろうか。

 

 それだけではない。

 

 

 今の私には、明確に肉体の感覚が存在しているのだ。

 

 

 空気の感覚、耳が震える感覚、バスに揺られる感覚。

 腕を思いっきり抓ってみた所、普通に痛みを感じた。

 

 

 じんじん痛む腕の感覚を感じながら、私はこれが走馬灯なのか疑わしく思えてきた。

 

 

 だとしたら……いや、それこそ荒唐無稽な話だ。

 

 

 あり得ない。

 真っ先に選択肢から外すべき妄言に過ぎない。

 馬鹿げた話だ。くだらない妄想だ。

 

 

 だが、私の頭からどうしても

 

 

 

 

 

 

 

 時間遡行

 

 

 

 

 

 

 という言葉が離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 結局、私が必死に思考する間に席を巡った争いは終わり、バスが目的地へと到着した。

 

 

 私は一体何をどうすべきなのだろうか。

 ひたすらに過去の追体験をすればいいのだろうか。

 

 

 そんな事を考えていると、ふと怜山さんと綾小路君がほぼ同じタイミングでバスを降りている姿が目に入った。

 

 特に何か意図があった訳では無い。

 

 ただ、何となく。

 私は、2人の……私が知る限り最も優秀な人間であり、今ならば認めるが、あの兄さんすらも超えた天才であるこの人たちの少し後ろを歩く事にした。

 

 これは、3年前のあの時にはしなかった行動だ。

 確か私は彼らよりも先にバスを降り、1人早々に教室に向かったと記憶しているのだから。

 

 2人の会話が聞こえて来る。

 

 

 

「私は怜山静香。あなたは?」

 

「オレは綾小路清隆だ。よろしく」

 

 

 どうやら自己紹介をしているようだ。

 

 

 ……これは、やはり私の記憶には無い出来事だ。

 とすれば、やはり時間遡行こそが……いや、あまりにも荒唐無稽。私が勝手に想像で補っているという線がまだ残っている。

 

 私は、最早自分の本心を誤魔化すような思考をしていた。

 

 すると、

 

 

「……それで、あなたは?」

 

 

 怜山さんが唐突に振り向いて、私に向かって話しかけて来た。

 

 私は内心では、自らの心臓が止まってしまうのではないか、と思うほど驚いてしまった。

 だが、3年間で鍛え上げられた私の能力がそれをどうにか誤魔化して問いに対応した。

 

 

 そう。怜山さんはこういう事をしてくる人間なのだ。

 それはもう、十分に理解している事なのだから。

 

 

「……堀北鈴音よ。2人とも、よろしくお願いするわ」

 

 

 それを聞いた怜山さんは、いつもの無表情で話を続けた。

 

 

 そう。それは一見すると何の変化もない無表情。

 だが、私は3年間で他人の表情を読む能力も向上した。

 そんな今の私ならばわかる。

 

 

 怜山さんは、何やら楽しげな顔をしている、と。

 

 

「よろしく。……あなたたち、面白い」

 

「え? ど、どういうことだ?」

 

 

 綾小路君が困惑した様子を浮かべて答える。

 

 彼には怜山さんの表情が理解出来ていないのだろうか。

 いや、これもまた綾小路君が初期に行っていた、実力を隠すための演技なのだろうか。

 

 私も綾小路君も、一見するとこの短い会話の中で何の面白い事も言っていない。

 だが、怜山さんはそんな表面に過ぎない物を見る人間ではないのだから。

 

 

 そんな彼女は次に、

 

 

「普通、私と話す人はもっと動揺する。男子であれば尚更。あなたたちはそれが薄い」

 

 

 なんて事を言ってきた。

 

 それは彼女の事をよく知っている私としては全面的に同意する意見だ。怜山静香という天才を前に、平常心で接する事の出来る人間などほとんど居ないと断言出来るのだから。

 3年間で鍛え上げられた私の表情筋が仇になる事もあるのか。

 

 

「堀北はともかく、オレは十分緊張しているつもりなんだけどな」

 

 

 私がただ思考に耽るだけで何も言わない中、綾小路君がそんな事を言うと、彼女はその下らない誤魔化しの言葉を一切相手にせず、

 

 

「それに。あなたたち、私の事を分析しようとしている。この、私の事を」

 

 

 そう、言われて私は過去に散々思い知らされた彼女の天才性を再認識した。

 

 やはり、バレている。

 

 怜山さんの言う通り、私は彼女の事を分析していた。

 綾小路君も同じだろう。

 彼女が初日の時点で一体どのような発言をするのか、その天才性はどこまで発揮されるのか。気にならない筈が無いのだから。

 

 だが、そんな私の思考は彼女には簡単に見透かせる事らしい。

 やはり、彼女の能力は常軌を逸していると断言出来る。

 

 

 だが、

 

 

「分析? いや、そんな大層なことはしていないぞ。怜山はどんなやつなのかな、と何となく考えてただけだ。それくらい、誰でもするだろ?」

 

 

 綾小路君は、無駄とわかっていて誤魔化すことを選んだらしい。

 はっきり言って、お粗末もいい所だった。

 

 そういえば、この頃の綾小路君は、2年次からの彼と比較して大分一般的な反応、言い換えると付け入る隙がかなりある振る舞いをしていたな、と思い返される。

 

 

 すると彼女は、

 

 

「そう」

 

 

 とだけ無表情で答え、私たちは無言で歩き始めた。

 

 それは気まずい緊張ではあった。

 けれど、綾小路君の誤魔化しをわかっているのに、私が先程からひたすら分析するだけで何も発言していないのに、それぞれ追及して来ない怜山さんに、彼女は最初からこういう人間だったのだなと認識出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちは歩きを終え、クラス分けの掲示板を見る。

 やはり私と綾小路君はDクラスで、怜山さんはAクラスのようだ。

 つまり、私たちと怜山さんはここで別れることになる。

 

 

 何か言うならばここだ。このタイミングだ。

 

 

 歩きながらそう考えていた私は、怜山さんに声をかける。

 時間遡行? 走馬灯? 怜山さんを前にした以上、そんな事はもうどちらでもいいのだ。

 

 

「どうやら私たちはクラスが違うようね。……けれど、私はもっとあなたの事が知りたい。入学式の日に携帯端末が渡されると資料にあったから、後で連絡先を交換しましょう?」

 

 

 私はボールを投げた。

 

 怜山さんは、以前の記憶によると私には一定の興味を持っていたと思う。今も、どうやらそれは同じようだ。だから、勝算はあった。

 

 もう細かい事はどうでもいい。

 何よりも、私は彼女の事が知りたい。

 それが、今の私の偽らざる本心だった。

 

 

「……本当に、面白い。是非そうしましょう。綾小路君も、一緒にね」

 

 

「私たちは、もうお友達なのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、怜山さんと別れて私は綾小路君と一緒にクラスへと向かう。

 

 

「堀北、少しいいか?」

 

「何かしら?」

 

 

 今の私ならば、綾小路君が問いかけてくるだろうとはわかっていた。

 その、内容も。

 

 

「どうやら怜山も堀北も、オレの実力に気づいているな? まあ、それはいい。2人の洞察力がオレの隠蔽能力よりも高い、というだけだからな。だが、出来れば他の人間には言わないで欲しい」

 

 

 そう。

 この頃の彼は、何故か自らの力を隠したがっていた。

 

 私には理解に苦しむ行動だ。

 だが、人の考えは千差万別。

 

 ここで綾小路君と敵対する理由もない。

 いやむしろ、怜山さんと同じく綾小路君とも積極的にコミュニケーションを取るためのいい機会とも言える。

 

 そうすれば、彼がどうしてクラスを裏切ったのか、一連の非道な行動を取ったのか、が理解出来る、あるいは止める事すら出来得ると思ったから。

 

 

「そう。わかったわ。ただし、条件がある」

 

「何だ?」

 

「私と2人、あるいは怜山さんと3人で居る時には、さっきやっていたような見え透いた誤魔化しを止める事。私たちとは可能な限り本心で接してちょうだい。どうやら私たちはもう友人みたいだから」

 

「友人……わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここから、私と綾小路君、そして怜山さんの関係は記憶とは違ったものになるだろう。

 それがどのような結果を招くのかは私にはわからない。

 私には、怜山さんのような未来予知を思わせるような予測能力は無いのだから。

 

 

 正直言って少しだけ、やってしまった、と思った。

 これでもう、私がこれから記憶の通りに高校生活を歩む道が無くなってしまったのだから。

 

 

 だが、私の気持ちはむしろ清々しい物となっていた。

 

 

 私はこれから過去と違って早々にクラスを掌握し、記憶にある高校生活とは違った毎日を送る事になるだろう。

 それに従って、私は自らの性格上、かつて取りこぼしてしまった数多くの人間を救う事になるだろう。今の私ならば、その方法は簡単に思いつくのだから。

 

 

 これで良かったのだ。

 

 

 未来を知る私が動くのは傲慢? 

 救われなくとも人は生きていける? 

 そもそも、救うという事自体が私の定義に過ぎない? 

 

 

 そんなの知った事か。

 

 

 私は私が望む行動をする。

 

 

 何故かって? 

 私がそれをしたいからだ。

 校門で考えたように、それをしたらどうなるのかをこの目で見てみたいからだ。

 

 

 既に賽は投げられた。

 もう、誰にも止められはしない。

 

 

 私は私が望むように他者と関わり、皆を導き、私が正しいと思う結果を出して見せる。

 

 

 これはそんな、堀北鈴音という1人の人間の逆行物語。




番外編は作品を分けた方がいい気がしているため、数話完成した時点でそうするかもしれません。
何にせよかなりの亀更新になると思うので、気を長くしてお待ちください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。