よう実 最速Aクラス卒業RTA Aクラス綾小路籠絡ルート 作:月島さん
茶柱先生がこの学校のシステムについて説明する。
説明内容は過去に記憶している通りだった。
一部の、しかし最も重要とも言える情報を隠した説明。
行動方針を固めた今冷静になって考えると、もしかしたら、私の記憶とこれからの出来事には差異があるのかもしれない。
例えば、この学校のシステムは今茶柱先生が説明した事が全てであり、毎月10万ポイントが普通に支給されたり、クラス間闘争など起きなかったりなどといった事態が発生するのかもしれない。
これは極端な例ではある。実際、茶柱先生の説明には今の私からすれば記憶抜きにしても違和感が多々感じられるし、監視カメラの存在も確認出来る事から、恐らくこの学校のシステムは私の記憶通りの可能性が高いと思われる。
だから、ここで結局何が言いたいのかというと……あまり過去の記憶を頼りにし切ってはいけない、という事だ。
記憶に踊らされるのではなく、どの情報を、どんな風に使うのかは私自身が決めなければならないのだ。
私は茶柱先生が説明している間に、今日自分が為すべき事を考えていた。
そして、先生が説明を終えて教室から出て行く。
まずは、ここだ。
「みんな、少しいいかしら」
私は記憶とは違い、平田君に先んじてクラスメイトに問いかけた。
基本的に、物事は初動こそが重要であり、主導権は常に自分が握り続けるべきだ。誰よりも早く行動し、場を支配する事こそが肝要なのである。
呼びかけによって全員とは言わないが、大半のクラスメイトが私に注目する。
声を上げるタイミング、声量、声色の作り方。
生徒会長を務めた経験の賜物だ。
一瞬だけ綾小路君の方を見てみると、どうやら彼は私がこんな行動をするなど思いもよらなかったらしく、呆けたような顔をしていた。
まあ、そんなのはどうでもいい事だ。
「私たちは今日から三年間共に過ごすことになる。だから、今から軽く自己紹介を行い、親交を深めるべきだと思うのだけれど、どうかしら?」
私は、記憶で平田君がやった事と全く同じ事をした。
別に、現時点で全員がそれに従う必要は無い。
だが、これで一先ずは私がクラスの主導権を握る事になる。
記憶の中で平田君がそうであったように。
「そうだね、僕もそう言おうと思っていた。賛成するよ」
思った通り、一番最初に平田君が賛成の意を述べる。
すると、次々と賛成の意見が上がり始めた。
やはり、彼は優秀だ。私の意を汲んですぐにこの行動。
彼が記憶の通りの人物だとしたら、平田君にリーダーを任せるのは様々な面から考えて無しと言っていいが、私の補助をしてもらう分にはとても有難い存在である。
記憶と同じように、現状彼には私の補佐をお願いするつもりだ。
とはいえせっかく最初に発言をした以上、誰よりも先んじて私の自己紹介をしなければ。
「なら、まずは私から。私の名前は堀北鈴音。趣味は読書。罪と罰、誰がために鐘は鳴るといった書籍を好むわ。本に関してなら色々話す事が出来ると思うから、気軽に話しかけてちょうだい」
気軽に話しかけてちょうだい、ね……
かつての私が今こんなことを言う私を見たらどんな感想を抱くのだろうか。
無論、私が他者と話す事を好むようになった訳では無い。
だが、コミュニケーションの重要性は痛い程理解しているつもりだ。人を、クラスを率いるのならば尚更。
クラス間闘争があるにせよ無いにせよ、私はクラスのリーダーとなるつもりだ。
勿論、記憶とは違って私以上にリーダーに向いた人物がいるのかもしれない。だが、仮にそうだとしても関係ない。
生徒会長を務めた兄さんの真似というだけではない。
私が、リーダーという仕事をしたい。
今ならば素直にそう思える。
そうして、私に続き平田君が自己紹介をし、続いて他のクラスメイトが順に自己紹介していく。
その中には、記憶の私が救うことのできなかった様々な人物が居た。
特に、彼女の表情は……
……今、それを考えるべきではない。優先順位を見誤っては全てを失うのみだ。
それはそうと、自己紹介は須藤君の順になる。
「俺らはガキかよ。自己紹介なんて必要ねえよ、やりたい奴だけでやれ」
彼は記憶と全く同じ発言をする。
「別に構わない。個人にはそれぞれのペースがあるのだから。こういう事が苦手という人も居るでしょうし、強制するつもりはないわ」
「……チッ!」
須藤君は大きく舌打ちをして教室から出て行った。
私は続ける。
「みんなも、今の彼のように自己紹介したくないならしなくて構わないし、そういう人を責めるのは出来ればやめてくれると嬉しいわ」
「そっか……そうだね」
平田君が何やらとても嬉しそうな顔をしながら私の言葉に頷く。
そして、記憶と違い……教室から出る人間は極少数だった。
その理由は簡単に想像出来る。
生徒会長の経験を活かした場の掌握能力に加え、記憶と違って私と平田君の2人が主体となり、男女それぞれの支援を受ける事に成功しているから。
もっと具体的に言おう。
意義や是非はともかく現実的な話として、私の容姿はこのクラスで最も優れている。
そんな私に気に入られたいと考える男子。
全く同じ事を平田君に思う女子。
そして、出て行く人間が少ない事を理解して、周りに巻かれる人間。
私は未だに自分自身では容姿というものに大した価値を感じては居ないし、私からの人物評価基準に影響を与える事はない。
だが、使える武器は何でも使うべきだと今の私ならば理解しているから。そのためこういった場面で有効に働くのならば、それを使う事に躊躇は無いのだ。
自己紹介は続き、先程私のことを呆けたように見ていた綾小路君の番になる。
「えー……えっと、綾小路清隆です。その、えー……得意なことはありませんが、皆と仲良くなれるよう頑張りますので、えー、よろしくお願いします」
彼の実に無様な自己紹介によって微妙な雰囲気が流れる。
……こうして改めて彼を見ると、2年次以降の綾小路君と今の彼は完全に別人にしか見えない。
少なくとも、私と2年間戦った彼はここまで惨めで哀れ極まる姿を晒すような人間では無かった。
一体何があったのかはわからない。
詳細は伏せられたが、彼には複雑な過去があるという話は聞いているから、それが原因なのだろうか。
何にせよ、
「皆と仲良くなりたいと思うのは立派なことよ。私も協力するから少しずつ行動していきましょう」
綾小路君の自己紹介のせいで微妙な空気となる中、私は彼に他のクラスメイトの自己紹介と同様に一言コメントをした。
綾小路君は何やら感動したような様子を見せていた。
……何というべきか、今の彼は少し簡単過ぎないだろうか? 俗な言い方をするならば、あまりにもチョロ過ぎると言える。まあ、私にとって都合の良い事ではあるのだが……
これでは2年もの間、彼への対処に苦心していた私があまりにも馬鹿馬鹿しくなってくると言うか……いえ、別にいいのだけれど。
その後、入学式があった。
少し探してみるとそこには生徒会の姿、つまりは兄さんの姿があった。
……思う所は当然ある。抑えきれずに溢れ出る想いも。記憶の中で生徒会長としての経験を経た今、話したい事はかつて以上に沢山ある。
だが、今それはいい。
他のメンバーも記憶と変わらない。
南雲先輩はこれからどうするのだろうか?
記憶では、彼は……いや、これも今考える事ではない。
今の私には他にやるべき事があるのだ。優先順位を間違えるな。
入学式を終え、茶柱先生から再度軽い注意事項等についての説明を受ける。私はそこで、またしても記憶とは違う、とある行動を取る事にした。
「先生、質問があります」
「ふむ……いいだろう。何だ?」
茶柱先生が意外な物を見たといった感じの雰囲気を宿しながら私に次を促す。
「ポイントで買えないものはないと言っていましたが、例えばテストの点を購入する事は可能でしょうか」
私の発言に教室が騒めく。
まあ、それは当然だろう。
だが、今はこの質問に対する答えだ。
茶柱先生は、何やら少し面白そうな物を見つけたかのような表情で答える。
「ふっ……そうだな。まさか点数を売ってくれと言い出すとは……」
彼女はそう言って少しだけ考える様子を見せた後。
「可能だ。とはいえ今まで点数を売ったことは1度も無いからな……1点につき10万ポイントといった所だろう。これでいいか?」
「わかりました。ありがとうございます」
意外な事に、思っていた程には余計な口を挟まず素直に茶柱先生は答えてくれた。
記憶では、この頃の茶柱先生は、意図はともかくとして無闇矢鱈と生徒の実力を試そうとしていた。
それは、2年次のとある試験の際に伝えられた彼女の過去が原因な訳だが……正直な話、記憶の中の茶柱先生は私情で行動し過ぎだったとは思う。
だが……いや、今それはいい。
……この文言を使うのはこれで何度目だろうか。けれど初動の重要性を、何を優先すべきなのかを今の私は重々理解しているのだから。
先生が教室を去る。
そうすると当然、
「な、なあ堀北ちゃん。さっきのあれってどういう事だよ?」
池君がクラスを代表する様な形で私に問いかけてきた。
そのやけに馴れ馴れしい呼び方に少し思う所はあるが、まあいい。これもまた、私の行動の結果という事なのだろう。
……本音を言うならば今すぐその巫山戯た呼び方を改めさせたい。羞恥と屈辱を強く感じる。あろう事か、この私をちゃん付けして呼ぶなど……
それでも、ここは我慢しなければ。
「……テストの点が買えるということは、ポイントを使えばある程度の無理は利くということを意味していると言っていいでしょう」
呼び方は兎も角。
勿論、私が知りたかった事の本質はテストの点を買えるかどうかなどではない。これは、ポイントの使い道が記憶のそれと同じかどうかの試金石となる情報。
質問の意図は他にも多々あるが、何にせよ今は会話を続けるべきだ。
「つまり……あまりポイントを使い過ぎずに一定額は温存すべきだと思うわ」
「どれくらい残したらいいんだ?」
池君は私が予想していた通りの質問をしてくる。
「それは、自分で考える事ね。全てを私に従っても仕方ないでしょう」
「そ、そんなこと言われたって……」
彼は完全に思考を停止させて困惑したような発言をしてくる。
……ここで、少しでも自分で考える素振りでも見せてくれたならば話は別だったが……仕方ない。
「はあ……仕方ないわね。参考程度に、だけれど、私はとりあえず4月の間は生活必需品を揃えるに留める予定よ。娯楽の為の本は図書館で借りるつもり。次のポイント配布までの1ヶ月があればある程度見える物はあるでしょうから」
「そんな……じゃあ、1ヶ月は何も買わずに我慢しろってことかよ?」
ふと他のクラスメイトの姿を眺めてみると、大抵の人間が池君と似たような感想を抱いているようだった。
本当に、この頃の彼らは……
正直言って、学校側から不良品と評価を下されるのは至極妥当と見做さざるを得ないだろう。
かつての私と同じ様に。
けれど、人は成長出来る生き物なのだから。
「参考程度に、と言ったはずよ。私の考えが正しいかどうかはわからない。どうするかを強制するつもりもない。好きにしなさい」
そう言って私は帰宅準備に取り掛かる。
勿論、私のこの軽い注意喚起だけで全員がポイントを節約するだなんて絵空事を私は思い願ってなどはいない。もし最初からそこまで聞き分けの良い人間たちだったならば、彼らがDクラスに配属される事も無かっただろうから。
だが、今はこれで良いのだ。
帰宅準備を終えて、私は隣の席の彼に声を掛ける。
「綾小路君、行きましょう」
「行くって、どこにだ?」
白々しい真似を。
まあ、ここにはクラスメイトが居る以上は彼と交わした約束と違えてはいない。思う所は当然多々あるが。
「怜山さんとの朝の約束よ」
「ああ、そうか。今から連絡先を交換しに行くのか?」
そうでなければこんな風に話を展開させはしないだろう。
本当に、この男は……
私がつまらない演技を続ける綾小路君に内心で毒づいていると、
「ねえねえ、堀北さんって綾小路君と仲良いの?」
クラスメイトの1人である松下さんが私たちに話しかけて来た。
彼女の性格を考えたら、私がこのような行動を取った場合は近いうちに来ると思っていた。
松下さんはこのクラスどころか学年でも上位1割に入るくらいには優秀な人物だったから、クラス間闘争を戦って行くためには是非とも力を借りたい人材だ。
記憶においても、私は後期においては彼女の力を良く借りていた。
それは平田君や須藤君、幸村君に次ぐレベルで。
肝心の彼女を取り込む方法についてだが、記憶の中で松下さんはクラス間闘争に向かうのではなく、個人として優秀な人間に取り入ろうとしていた。
初期のDクラスがあまりにも悲惨だったために、クラス単位でのAクラスへの向上を諦めた結果の行動だと言っていた。
だが、彼女は……
いや、もう何度繰り返すかわからないが、今それはいいのだ。
それにしても、私と綾小路君が仲が良いのか、ね……
私は一瞬目を瞑ってから松下さんに返事をする。
「……そうね。私たちは友人だから」
友人。
もし、私が記憶の中に於いて綾小路君とその関係を築いていたならば……
などと考えながらふと横を見ると、綾小路君がやけに嬉しそうにしながら、
「そ、そうだな。オレたちは友人なんだ。仲が良いのは当然だろう?」
なんて、少し吃りながらも発言していた。
もう、言いたい事があまりにも多すぎる。
「そうなんだ〜。堀北さんって結構友達作るタイプなんだね。……なら、2人とも。私とも友達にならない?」
「え、いいのか?」
「わかったわ」
私と綾小路君の声が重なる。
思わずため息をつき、そして彼をジト目で睨み付けながら私は端末を出す。
「綾小路君も、早く端末を出して。友達を作りたいのでしょう?」
「え、あ、ああ。わかった。松下、よろしく」
そんな私たちのやり取りを見て、松下さんは楽しそうに笑いながら自身の端末を出して連絡先を交換した。
そうして松下さんと軽く雑談をした後に教室を出て、綾小路君と共に移動してAクラスの手前に差し掛かった所。
「綾小路君、少し待っていてくれるかしら」
Aクラスはどうやら会議をしているようだった。
私と違い、彼らには記憶など無いであろうにこの行動。
やはり、Aクラスは強敵だと私は再認識した。
……もしかしたら……いや、気にしても仕方ない事だ。
「どうだった?」
「何やら会議中みたいね。教室の中までは見なかったけれど……どうやら怜山さんと話すのは明日にした方が良さそうね」
「そうか。……残念だが、仕方ないか」
そうして、私たちはAクラスの前から去った。
この時私は、何か大切な事を見逃しているような気がしてならなかった。
だが、言い訳にはなってしまうが、今日はあまりにも多くの事があり過ぎたのだ。
卒業、時間遡行、行動方針の決定、記憶と違った行動を何度も取る……
肉体的疲労はあまりない。
だが、私は精神面において既にかなり疲労していた。
いくら時間遡行したといっても、別に私自身が完璧な人間になったとかいう訳ではないのだ。限界は当然存在していて。
そして、今の私はそれを明確に認識している。
だから、今日はこれ以上特に行動したりはせず、コンビニで物資を確保してから一旦寮で休息し、今後の策を練ろうと考えた。
しかし、そんな私の思惑と反して、今日の出来事はまだ終わらなかった。
「あなたのお兄さんに会って来た」
それを聞いた時の私は。
手強さを感じ今後の苦難を予測すると同時に。
理由はわからないが明確に。
歓喜、していた。