よう実 最速Aクラス卒業RTA Aクラス綾小路籠絡ルート 作:月島さん
綾小路清隆の誕生
きっかけはいくつかあった。
その1つは、白波千尋というBクラスの生徒が、須藤暴力事件に関してオレたちの協力者である一之瀬帆波に告白するという出来事。
……いや、きっかけも何も、オレ自身本当は理解していたことだ。だが、改めてそれを突き付けられた。そう感じさせるような出来事だった。
オレは、白波の告白を誰も傷つける事なく切り抜けたいと考えた一之瀬に彼氏のフリをするように頼まれた。
はっきり言って、全く気乗りしない。
だが、オレは一之瀬に押し切られる形で現場に連れていかれた。
そして、白波が一之瀬との待ち合わせ場所に現れる。
「あの……一之瀬さん、その人は?」
当然、白波は何故かここに居るオレについて聞いてきた。
「じ……実は、綾小路君は、その私の──
「ただの友達だ」
言った瞬間、一之瀬がまるで話が違うと言わんばかりの表情でこちらを見てくる。
別に、偽彼氏を了承したわけじゃ無いんだけどな。
……いや、今のオレは、たとえどんな理由があろうとそんなことをするわけがない。
「……一之瀬。オレをここに呼んだのは間違いだったと思うぞ」
「告白されたことがないオレが言うのもどうかと思うが、誰かに告白するってそんな生易しいものじゃないだろう」
もし仮に、オレが告白する際に、今の一之瀬のようなことをされたら……想像するだけで全身に身震いが走る。
今のオレには、誰に告白するか、どういった光景になるか、が具体的に想像出来てしまうだけに。
「毎日のように悶々とした時間を過ごして、何度も何度も頭の中でシミュレートして。それでも告白できなくて」
それは一体誰の事を言っているのか。
「告白しようと思っても『好き』の言葉はなかなか出てこない」
その一言を言う為に必要な勇気はどれ程の物なのか。
「その必死の想いに一之瀬は応えなきゃならないんじゃないのか? でないと互いに後悔するだけだと思う」
仮に高校入学前のオレだったとしても、同じような状況下になった場合一之瀬に同じような事を言ったと思う。
だが、それは単に聞き齧った知識から導き出される何の意味も無い言葉に過ぎない。
今のオレならば、その言葉に重みを、何よりも想いを込めながら言うことが出来る。
そしてオレは2人の元を去り、しばらくして白波が泣きながら走っていく姿を確認した。
少しして一之瀬が現れる。
「……私が間違ってた。千尋ちゃんの気持ちを受け入れようとしないで。傷付けない方法だけを必死に考えて……」
「…………」
「……恋愛って難しい。明日から……いつも通りやっていけるかな」
「それは……2人次第だな」
言いながら、オレはこの状況を自分に当て嵌めて考え、悩んでいた。
オレはどうすべきなのか……
まさかこのオレがこんな、普通の人間のような悩みを抱くことになるとは思わなかった。
これも全て怜山のおかげだ。
確かに、悩むことにより胸は苦しくなるし、時間も随分と食われる。だが、ホワイトルームに居たオレからすればそれすらもまた幸せと言えるのだ。
一之瀬と協力して須藤の一件を終わらせ、佐倉のストーカー問題も解決した。
そのため、全てを終えたと判断したオレは怜山にメールを送った。
もう厄介事は終わったから、前みたいに一緒に昼食を取らないか、と。
送ってから、オレは緊張していた。
休日には普通に遊びに行っているし、メールも毎日続けている以上、断られる事はあり得ないとわかってはいる。
だが、それでもオレの感情は理性に反して揺れ動いているのを止める事は出来なかった。
返事は、直ぐに来た。
『いいよ』
と。
いつも通り非常に短い文章。
だが、オレはそのたった三文字に、高校に入るまでは決してあり得なかった喜びの感情を抱いた。
これで、オレの何にも代え難い日常がまた戻ってくる、と。
オレは、須藤の一件で勝ち取った勝利の美酒などよりも遥かに大きな喜びを怜山との日常の復活に感じていた。
この世は『勝つ』ことが全て? 過程は関係ない? どんな犠牲を払おうと構わない? 最後にオレが『勝って』さえいればそれでいい?
昔のオレは一体何をくだらない事を考えていたんだ。そんなの今のオレにとっては最早どうでも良いこと。
いや、むしろオレに取っての勝利とは、怜山と一緒に過ごす平穏な高校生活だと言える。それ以外の事など全くのくだらない些事だ。
そう考えると……いくら須藤の身体能力は利用価値が十分にある物だとはいえ、これ以上面倒事を起こしてオレと怜山の至高の時間を奪うならば排除も考慮に入れなければならないな。
堀北への協力に関しても一旦再考しなければならないだろう。今後オレはどういうスタンスで過ごすべきか……
だが、そんな風に普通の高校生のような、普通の喜びや悩みを抱いたりして生活していたオレの高校生活が、全く予想外の人物によって崩壊させられることになる。
ある日、オレは唐突に茶柱先生に職員室に呼び出される。
「急に呼び出して一体何の用ですか、茶柱先生。……呼ばれた理由が全くわからないんですけど」
「中で話す」
そう言って、先生は指導室の中に入り、オレを招いてきた。
「指導室と聞くとイメージが悪いがここは都合がいい。なぜなら、監視の目がない。個人のプライバシーに関する話をすることが多い故の配慮だ」
「それで話って何です? 今から夏休みの予定を立てるんで忙しいんですけど」
それは本当の話。
オレは怜山とどこに遊びに行くかの計画を立てようと思っていたのだから。無論、怜山の予定と好む場所こそが最重要事項なのだが、それを聞く前にオレだけでもある程度の当たりを付けておきたかった。
「友達……か。まさかお前があの怜山静香と仲良くしているとはな。全くの予想外だったぞ」
「それってどういう意味ですか」
オレは思わずジト目になって茶柱先生に問いただす。
「いや、全ての意味で意外でな。お前が友達を作ること、あの誰も必要としていないようにしか見えない怜山が友達を作ること、そしてそんなお前たち2人が友達になること」
「…………」
まあ、それはそうなのだろう。
怜山がクラスメイトに興味を示していない、という噂は嫌でも耳にする。そしてそれが許される、オレですら勝てるかどうかわからない程の圧倒的な実力。
隣人の堀北と違って真の意味での孤高。
それが怜山静香という人間だ。
だが、そんな怜山がオレにだけ興味を持った理由。
オレにはわかる。
怜山は最初に出会ったあの日に、その高すぎる判断力と、未来予知じみた凄まじい観察眼にてオレの力を見抜いていたのだから。
「まあ、いい。これから話すのは私の身の上話だ」
そうして茶柱先生が話したのは、かつて先生がこの学校のDクラスで、自分の失敗のせいでAクラスに上がれなかった、という身の上話だった。そのためAクラスに上がる夢を未だに持っていて、それにはオレの力が必要なのだ、と。
そこまでは正直言ってどうでもいい話だ。
だがその後、茶柱先生は信じられない話をオレにしてきた。
「数日前、ある男が学校に接触してきた。綾小路清隆を退学にさせろ、とな」
一瞬、一体何を言っているんだ? と思った。
だがオレは、即座に状況を理解して返答する。
「退学させろって……それが誰だか知りませんが、本人を無視して退学なんてさせられませんよ。ですよね?」
誰だか知らないなんてのは嘘だ。
そんな事を言ってくる男など1人しか居ないのだから。
とはいえ、あの男が直接出てきたのかまではわからない。部下にやらせている可能性は十二分にある。
それに、この学校は政府の手が入った学校。本人を無視して退学させるなんて不可能だと見込んで入学したのだから。
だが、またしても茶柱先生は信じられないことを言ってきた。
「もちろんだ。この学校の生徒は全てルールによって守られている。しかし……問題行動を起こせば話は別だ」
「いじめ、盗み、カンニング……お前の意思は関係ない。私がそうだと判断すれば……全て現実になる」
「もしかして、オレを脅してるんですか」
オレは思わず怒りによって立ち上がり、茶柱先生の胸倉を掴んだ。
自分でも、ここまでの怒りを感じるとは思っていなかった。オレにはこんな感情は無かった筈なのに。
「これは取引だ、綾小路。お前は私のためにAクラスを目指す。そして私はお前を守るために全面的にフォローする」
「つまりAクラスを目指すか退学するか……だ」
およそ教師とは思えない脅迫をしてきた茶柱先生から解放され、オレは1人考える。
Aクラスを目指す。
それはつまり……怜山を本格的に敵に回すということを意味している。
退学する。
それはつまり……自由な高校生活が失われると同時に、怜山との永久の別離を意味している。
どちらを選ぶべきなのか。
オレにはわからなかった。
まさか、こんな風に悩む事になるなんて思っていなかった。以前までのオレならば、躊躇なく自分のためにAクラスを目指すことに決めていただろうから。
そんなかつてのオレが今の自分を見たら一体どのように思うのだろうか。
そうして永久にも思える長い時間を迷った結果、オレが頼り、メールを送ったのはやはり怜山だった。
ほんと、我ながら無様だな……
自覚はあった。オレは心が弱くなっている、と。
送ったのは、相談したい事がある、という内容。
すぐに了承の返事が返って来た。
恐らく、オレの並々ならぬ状況を察してくれたのだろう。だが、彼女は何があったのかを聞かずに、直ぐに行くとだけ答えてくれた。
お前がそんな風にしてくれるからオレは……
きっと、オレは怜山のおかげで感情を手に入れることが出来たのだろう。それはとても喜ばしい事だ。
だが今だけは、かつての機械のように淡々と判断していたオレの精神が少しだけ羨ましくなっていた。
カラオケ屋で怜山と合流する。
普段、怜山は放課後に何処かに行ったりはしない。
これはAクラスでは有名な話のようで、基本的に彼女は放課後になった途端直ぐに寮へと直帰し、その後出てこないらしい。
それにも関わらず、オレのいきなりの呼び出しに何も言わずに来てくれて、本当に嬉しい。
だが……退学というのは、そんな怜山と2度と会えないという事も意味している、ということをどうしても考えてしまい、オレは素直に喜び切る事が出来なかった。
「こんにちは」
「あ、ああ……来てくれてありがとう」
普段通りの怜山とそうではないオレ。
怜山はいつも通り無表情でありながらも、何やら心配しているかのような色をほんの少しだけ浮かべていた。
怜山にそんな顔をさせた事実を恥ずかしく思う自分と、彼女の表情をそんなふうに変えられるのは恐らく自分だけで、自分のために彼女はこんな顔をしてくれた、という事実に嬉しさを感じる自分……
思わずそんな事を考えてしまうオレ自身に驚く。
オレってそんな奴だったんだな……
思わずそうやって自嘲してしまう。
個室に入り、早速本題に入る。
怜山はいつも通り無表情で、オレの話を正面から聞く体制を取っていた。
「オレには、父親との確執がある。この高校に入学したのも、政府の手にあるここならば父も手を出せないと考えたことが大きい」
まさかこれを誰かに、しかも同級生に自分から話す日が来るとは思っていなかった。流石にホワイトルームについて今ここで話す気は無いが、怜山になら、必要になったら話しても構わないとすら今のオレは考えていた。
「目論み通り、オレは平穏な高校生活を送る事が出来た。……いや、怜山のおかげで、入学前に考えていたよりもずっと楽しい時間を過ごすことが出来た」
そう。
オレの高校生活は、怜山と過ごす時間は、あまりにも幸せ過ぎてもうオレという1人の人間にとって必要不可欠なものとなっている。
だが。
「だが、そんなオレの日常が崩れ去ろうとしている」
「茶柱先生に、オレを退学させるためにとある男が接触してきたと言われた。父が直接来たのか、部下にやらせたのか……そのどちらかはわからないが」
「先生はオレのことを守ってくれるかと思いきや、それどころかAクラスに上がるために尽力しなければ退学させる、と脅迫された」
Aクラス……つまりは怜山の居るクラス。
「Aクラスを本格的に目指すということは、Dクラスのポイントを稼ぐだけじゃなく、Aクラスを蹴落とすような真似をしなければならない」
「それはつまり……怜山の居るAクラスと本格的に敵に回らなければならないことを意味している」
言いながら、オレは再び焦りや悲しみ、怒り……様々な負の感情を抱いていた。感情はあれほど欲しい物だった筈なのに、今だけは邪魔な物でしか無い。
そんなオレの言葉を、怜山は特に口を出す事なく黙って聞いてくれている。
「かつてのオレならば躊躇なく自分の為にその選択肢を取っただろう。だが、今のオレは……どうすればいいのかわからない」
「オレは、怜山の敵になんてなりたくない。だが、退学は怜山との別れも意味している。オレは……
そう言って思い悩みながら自分の現状を相談すると、いきなり怜山は立ち上がり、オレのすぐ隣に来て、
何も言わずにオレの頭を撫でてきた。
「!? お、おい、怜山……
「うるさい。黙って」
それは、字面だけ見たら隣人の堀北を彷彿とさせるような罵倒の言葉。
だが、そんなことを言われたのに、怜山の言葉からは、その手からは、オレは茶柱先生に脅されたせいで冷えてしまった心がまるで急速に溶かされていくかのような温かさしか感じなかった。
怜山から感じる温もり。
高校に入学するまで感情が無かったオレの胸から形容し難い何かが込み上げてくる。
オレは……
もう、認めよう。
オレはこの怜山静香という少女に恋をしてしまったのだと。
そして、しばらく撫でられた結果、オレの心はすっかり落ち着きを取り戻す事が出来た。
「ありがとう。もう、大丈夫だ」
「良かった」
怜山はいつもの無表情ではあったが、やはりほんの少しだけ、とても穏やかで優しい表情を読み取る事が出来た。
「怜山のおかげで、オレは今後どうすべきかがわかったよ」
「そう」
茶柱先生から、クラスはPPを2000万ポイント支払う事で移籍出来ること、しかし歴代最高でも1200万までしか貯めた生徒はおらず、それに詐欺がバレて退学になった、という話を聞いた。
つまりそれは、その気になれば沢山のポイントは稼げる事、そして2000万ポイント支払うことさえ出来れば、茶柱先生の手から離れることが出来る上に、怜山と同じクラスになるという夢のような状況が完成するということを示している。
それ以外にも方法など幾らでもある。
例えば、一旦時間さえ稼ぐ事が出来れば、その内茶柱先生の弱みを握ってしまう事も出来るだろう。
他の先生を味方に付けても良い。ベターなのはAクラスの真嶋先生か。少し面倒だが茶柱先生と何やら因縁があるらしい星之宮先生でもいいだろう。
こんな風に、落ち着いてほんの少し考えるだけでいくつも方法が浮かんでくる。
オレは本当に冷静さを失っていたんだな……
だが、もう大丈夫だ。
オレには怜山がいる。
彼女さえいれば、今後何があっても切り抜ける事が出来るとオレは確信している。
オレはもう1人じゃない。
もはや恐れる物など何もない。
想いの力は無限大なのだから。
……しかし、実はさっき撫でられた時、怜山は隣に座り、後ろから手をまわしてオレの頭を撫でてきたために、オレの背中には何やら柔らかい感触が……
いやいや、一体何を考えているんだオレは。
オレを救ってくれたかけがいの無い少女に対して余りにも恥知らず過ぎる。
だが。
……怜山って着痩せするタイプなんだな。
この1話めちゃくちゃ難産だった……(疲労)