多分IF(もしも)のエッセイ。

1 / 1
世紀末

ともすれば、今は朝。

顔を洗って歯を磨き、髪整えて乾パンを口に運ぶ。

親の顔より見た自分の顔を割れた鏡で確認して、洗面所を後にしリビングへ。

充電が終わった携帯電話と、ボロボロだけど丈夫な鞄を手にとって後は玄関へ向かう。

鍵の壊れたドアのノブを押し、ギィッとした音と共に外に出る。

アパート2階の共用通路を歩いて階段に向かったら階段を降りて家を離れた。

凸凹のアスファルトが熱い日差しに照らされて熱気を放ち、それに当てられて茹だる気持ちを抑えながら職場にゆっくりと向かう。

遅刻なんて無いから、ゆっくりと。

 

今はどこか遠い国と国のいざこざから始まった争いも終わった時代。

結果それによって色んな人が居なくなった。

分かりやすいところでいえばあの有名漫画家も死んだし、幾つかの賞も受賞したアニメ監督だってそうだ。

長者番付によく目にする企業の社長もそう、誰もが忘れられないくらい目にしたアナウンサーも死んでるしスポーツ選手もいっぱい死んだ。

そりゃ飛行機が撃ち落とされるんだからみんな死んだ。

船も沈むんだからどうしようもない。

当然、身近だった人で聴かなくなった声もそうだ。貧しい人だってそう。

 

そんな事があって過ぎた今に、自分はこうやってゆっくり歩いている。

 

まあそれらがあったその時にはいっぱい感情があったけれど、今はもう今だ。

生きている人は生きているから俺もみんなも今を生きていて、飯は食うし、食うからお金が欲しいし、だから働くし、疲れるから家に帰る。

やっぱりこんなサイクルにはなる。

 

まあどうしても偶に初対面の人には驚かれるんだ、

「なんでそうやって生きていられるの?」って。

 

俺の職場の同僚もやっぱりみんな聞かれた経験あるんだろうか。

 

なんで、って聞かれたらまあそりゃ答えられるんだけど、答えにはなって無いと思う。

少なくとも聞いてきた人が求める答えにはならないだろう。

と思ってる。

 

こうなる前に、これと比べる事が出来ないくらい差があるんだけど、でもこれと似た経験があるんだ。

別に誰も死んでないんだ、いや死んでるんだけど。

やっぱりこういう味なんだ。

いつも感じる唾液の味なんだけど、なんか苦いんだよね。苦くないけど。

 

似た味を感じながら生き続けていた時代。

当時からあった娯楽で誤魔化していたけど、その娯楽までそんな味がしてきた時に。

それに出会ったんだ。

一瞬の様な、でも数年の様な濃厚な熱狂。

熱狂だけど頭はすごく冴えてて、でも心の底から笑えた瞬間。そんな瞬間があったのを覚えている。

 

その熱狂もあっという間で、惰性に変わったんだけど…、でもその熱狂を素直に思い出せる許しを得て。

 

今があるんだと思う。

 

だから今でも思い出す。

 

鮮明に思い出す。

あの人、あの声、あの場を。

思い出す。

 

だから今生きている。

 

(救世主にもう出会ったんだから)

(どんな時でも、生きている)




BGMは辻井伸行さんの「春よ、来い」かな。
まあ聴いて湧いたので…。
曲が歌詞がというより「音」にインスピレーションが掻き立てられた気がします。
念のため後書きました。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。