妹紅憑依で二人三脚ラクーンシティ   作:虹色ちゃんデスヨー

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少女の迷い

 

 

 

 死から蘇り、万全の状態で復活した彼女は、この場から去ろうとする敵──タイラントを斬り伏せる為に、即座にスタンロッドを回収し、そのまま青い炎を点火した。それを強く握りしめると、一気に飛び掛かる。

 巨漢の背後、僅か一メートル。彼女の間合いである。

 

 

 殺した筈の敵が無傷で起き上がり──自分の背後から斬りかかっているなど一切想定していなかったであろう怪物の背後には、海よりも蒼い火柱が、揺らめき立ち上っていた。それは、一瞬の内に振り下ろされると──怪物の肩口から一直線に、両断した。しかしタイラントも、堅牢なその骨格こそ焼ききられずに残し、かろうじて生きていた。しかし神経の大部分を焼き切られ、下半身は不随となり、訳も判らぬまま床に臥せられた。腕を忙しなく動かし、藻掻き、どうにか体勢を立て直そうとするタイラントだったが、その首を彼女が踏んでいた為、それが叶う事はなかった。

 そんな状況下でも変わらず無表情を貫く巨漢の顔色は、これ以上無いほどに最初から真っ白であったが、更に白くなった様に彼女には見えた。

 

 

「ここで殺しておけば──だいぶ楽になるはず」

 

 

 それは誰に言ったことだったのか。彼女はそう呟いた後、怪物の心の臓に、剣を突き刺し、とどめを刺した。

 

 

 

 それから暫く。彼女は、こつこつと足音を静かに響かせながら、ほとんど静寂の戻った警察署内をぶらついていた。タイラントを殺し、ゾンビを大方殲滅し、リッカーとも初回以降相対せず、要は、彼女は暇だったのだ。彼女には、警察署の先──地下施設へと至る道についての知識は一切なかった。どこから行けばいいのかが全く、ほんの少しの記憶さえ無く。少なくとも先程まではいたであろう生存者も、どこにも見当たらず、既に先へと進んだのだろう、というのが彼女の結論だった。部屋にかかっている時計は、あと少しで日付が変わる事を示していた。

 

 

 彼女自身、やる事が思いつかない、という訳ではなかった。タイラントの様な、少ない生存者の命を更に脅かす怪物は他の場所にもおり、行けるのならば地下施設に行き、そこに集うだろう者達を陰ながらでも手助けしたいのだが──いかんせん、どこに行こうにも道が判らぬのだった。生粋の市民ではない彼女では、朧気な記憶に残る場所の位置を正確に特定するのは難しいのだ。警察署やその周辺のごく一部は、転生した後一度だけあらかじめの偵察にやってきてはいた為、辿り着く事が出来たが、他については、彼女はさっぱりだった。

 

 

 

 そうして、警察署二階のある部屋にて、彼女は椅子に座りながら、考え事をしていた。これからどこに向かうかを思案しているのだ。向かう場所がありながら、向かう術を持たない彼女は、非常に悩ましそうにしながら、頬杖をついてうつむいていた。

 

 

「……うーん。このままぶらつきながらゾンビを殺すのだってキリが無い上にそこまで意味が無い。かといって何もしないのだって嫌だし、でも行くべき場所にどうやって行くのか判らない。あー、難しい」

 

 

『研究所とやらは地下にあるんだろう? どこかに地下に通じている様な入口は無いのか?』

 

 

「地下ねぇ……」

 

 

 彼女の思考は行き詰まり、そのまま暫く、沈黙が続いた。彼女以上に知識の無い妹紅はどう口を出す事も出来ず、彼女も黙りこくった。

 だが、このままいても仕方がないと彼女は思い、もはや誰も居なくなった警察署を後にし、どうにか地下への入口を探し出すべきだと結論づけた。街が消し飛ぶまで、あまり猶予が無い事を彼女は何となくで理解していた為、そうして悠長に探すのにあまり気乗りしない様子だったが、動かないでいるのはもっと気分が悪いと、そうして決めたのだった。彼女が街へ繰り出し、地下施設への入口を探し当て、生存者の手助けをするという、曖昧な計画を、彼女は実行する事にしたのだった。

 

 そして彼女は席を立つと、机の上で妹紅がじっと見つめていたスタンロッドを拾い上げ、紙切を数枚懐に仕舞込むと、肩から力を抜き、深呼吸の後、進みだした。その肩に火トカゲ──妹紅が飛び乗り、そうして、警察署には誰もいなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 明るい月の照らす街は、水平線の(きわ)に見える月よりも真っ赤に染まり、人々の作り出していた文明の喧騒は、時代が回帰した様にぱったりと止んでいた。血と火によって赤黒く変貌し、静寂の中、屍体の上げる呻き声が辺りに響く街中からは、残された建造物や車からしか、人の営みを感じる事は出来なかった。

 

 月下、地獄の渦中を駆け巡るのは、肩に燃え盛るトカゲを乗せた一人の少女。警察署を後にし、街の地下へと繋がる道を探す彼女は、ひたすらに走り続けていた。弾丸の様に大通りを駆け抜ける彼女に伸ばされる手は、目標に到達する前に焼き切れていく。烏のしわがれた鳴き声を置き去りにして、彼女は駆ける。

 

 

「……研究所へと向かう人の姿を見つけられれば、それを尾行出来ればたどり着ける」

 

 

 彼女には、無数にある建造物を検めて地下に繋がっているかどうかを虱潰しに探す時間は無い。だが、ルートが判らない以上、本来であれば闇雲に探し回るしか殆ど方法が無かった。だが、彼女には一つ、知識がある。

 それは、その研究所へと向かう者が居る、という事だ。そしてその者が姿を現すのは、正に今日の今頃である事である。

 尤も、それがどんな行動をしながらそこへ向かうのかを彼女は知らないのだった。結局、闇雲に探し続けるという点に於いては、あまり変わらなかった。

 

 

『……本当に見つかるんだろうな』

 

 

 妹紅は、疑う様にそう呟いた。この広大な都市の、警察署の近くと限定できるとはいえ、やはり闇雲に探す事に対して、彼女はあまり肯定的ではなかった。警察署の中でのタイラントとの一件といい、妹紅は彼女の探索能力が、ドベではないかと疑ってもいた。

 

 

「大丈夫……だとは言えないのが辛い。私も、見つからないんじゃないかと思ってるし」

 

 

 そして、彼女もまた不安を持っていた。警察署内という非常に狭い中で、自分に向かって来る者すらも探し出すのに時間がかかっていた以上、更に範囲の広くなり、また自分とは無関係に行動する者を探し当てるのは、非常に難しい事である、と彼女は思っていた。

 

 しかしその程度の不安では彼女は歩みを止めなかった。警察署付近を尋常でない速度で駆けまわり、ゾンビを殲滅しながら細い路地の一つ余す事なく探し回り、時に屋根に上がり、見下ろすようにする。時間に追われている以上、妥協はしていられなかったのだ。あらゆる角度から、あらゆる隙間に至るまでを探し尽くす。どうしてでも見つけなければならないという彼女の意思が、その行動に現れていた。

 

 

 

 そして、彼女は見つける。それは地下へと向かう生存者──ではなく、下水道への入口だった。

 

 

「……いかにも怪しいけど……ここに入ったら最後、探索には異様に時間がかかって出られなさそう」

 

 

『地下の奥深くに繋がっていそうだが……確証が無い以上、難しいな』

 

 

 その下水道は、恐らくは市街の地下全域に広がっているのだろう。それ程までに広大な場所を探索するとなれば、一日かかっても終わるかどうか判らない。最後に回すべき場所だが、この場所以上に怪しい所が他にあるかどうか、彼女は悩んでいた。この下水道を探索する事にすれば、他の場所を探索する事はほぼほぼ諦める事になり、しかし怪しさだけで見れば、彼女がこの街で見た中では一番であった。

 

 

 

 彼女が唸り、思索する中──突如、彼女の鼓膜を一つの破裂音が震わせた。彼女の──というよりは妹紅の身体の──常人より高い聴力が、遠くから聞こえる反響音を拾う事を可能にした。その破裂音は、遠くから響いている。僅かにエコーのかかったそれが意味するのは、つまり下水道の奥から、何かの音を立てた者が居るという事である。耳馴染みは無いが、しかし彼女という、近代文明をよく知る者であれば、その音の正体はすぐに想像が出来た。

 

 銃声である。

 

 

「……丁度、今ので答え合わせが出来たよ」

 

 

『あぁ。私は知識でしか判らないが──お前が言うのなら銃声で間違いないのだろう』

 

 

 銃声一つ。普通であれば、それだけで確証に至れる材料にはならないが、この時起きている特異な惨禍が、その銃声に多くの意味を持たせる。また、彼女には一切の、行く先へのアタリが付いていない為、その一つの音でさえも確かな判断材料となるのだった。

 

 そして彼女は、外の肉の焼けこげる様な醜悪な臭いとは違う、生理的に嫌悪される様な悪臭漂う下水道へと足を踏み入れて行った。指先に灯る、僅かな燭に先導されながら、暗闇の中の、蕭々たる狭い円筒へと入って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぴちゃりと水音を何度も反復させながら彼女は進んでいた。偶にそこへ水滴の滴る音が一つ混じり、場所にさえ目を瞑れば、それは梅雨の季節の雨上がりを歩いている様な、そんな様子だった。そしてそんな状況に感化されたのか、はたまた悪臭に嫌気がさしたか、彼女は梅雨の大雨の様に陰鬱な気分であった。

 

 

「……この道、一体いつまで歩けばいいんだか」

 

 

『さあな。さっきの音は大分遠かったが、そう時間がかかる距離でもないだろう』

 

 

 水路の中は、元より人通りが少なかったのだろう。奥へ進むにつれて、ゾンビも減っていった。時たま見かけるのも、死体ばかりであり、その中の、銃創のある死体を見かけて、彼女はここを生存者が通った事は間違いないだろう、と考えた。奥に進むにつれ、その死体の傷口から、まだ鮮やかな彩を放つ血液が流れる様になり、ますます、彼女は確信を得る。

 

 

 そして歩き続け、彼女がふと逸らした目線の先に有る襤褸の扉を見た後、それに入る必要はないと考えながらも──次の瞬間には、咄嗟に扉の中に入って行った。外の壁の上方、配管の裏に妹紅を登らせた後にである。

 

 彼女は、下水道の奥に動く影を見かけたのだ。しかしそれは生存者というよりは──むしろ、怪物のそれであった。彼女の知識には無いものかもしれない怪物と何も知らないままに会敵する前に、偵察の為に妹紅を残し、隠れたのだ。それが怪物であったとしても、見間違いで生存者だったとしても、遭遇するメリットは彼女にとって無かった。彼女の戦い方が、人間のそれよりはむしろ怪物よりである事は、とっくに彼女は理解していた。それを生存者である人間に見られれば、疑われる事は間違いないだろう。そう彼女は考えた。

 

 

 やがて、彼女は這い回る様な音を扉越しに聞く。と同時に、妹紅はそれの姿を確認した。それは、今まで彼女や妹紅が見たどんな生物とも特徴が合致しない、醜悪な、気味の悪い姿をした怪物だった。目を複数個まばらに持つそれは、彼女達に気づく事なく、水中を、ずるりと自身の肉体を引き摺りながら去って行った。

 

 音が遠ざかるのを聞いた彼女は、ゆっくりと扉を開けた後、妹紅と合流して、告げられた。

 

 

『……何というか、すごく気持ちの悪い見た目の化物だった。目が大量にあったのと、溶けて固まったみたいな見た目の』

 

 

「目が大量に、ねぇ……あぁ、あれか」

 

 

 彼女の少ない知識にも、それの特徴が合致するものはあった。それは二つあったが──このような場所を徘徊し、這い回る様な怪物となれば、G成体である、と。そう呼ばれている怪物であろうと結論付けた。

 その怪物は強力であることには間違いなく、また複数個体いるものだが、タイラント程厄介ではない。だがそれが徘徊しているとなれば、一層気を付けて進むのが肝心だな、と彼女は心内で思い、そしてまた歩みを再開させた。

 

 

 

 また一つ銃声が彼女の耳に飛び込んだのは、それから暫くの後であった。それは彼女の進む方向と同じ方角から来て、更に最初聞いたよりもかなり近くから聞こえた。彼女が、はっきりと火薬の炸裂した音だと即座に判断できる程に、それは鮮明だった。硝煙が見えたり、火薬の臭いこそしないが、それが近い事は、発砲口から見えるだろう、火を見るよりも明らかだった。

 

 

「……と。もうすぐそこだって訳だ。自分から死地に行くだなんて、私も傍から見たら酔狂に見えるだろうな」

 

 

 独り言ちりながら、彼女は進む。その手に侍らせる炎と稲妻の剣は、今はそのなりを潜めていた。だが、すぐにでも出番はやって来るだろうと、彼女はそれを持つ手を一層強く握ったのだった。

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