そういう事も、あるものです。
とは言え、それが切っ掛けになったりも。
人間万事塞翁が馬、なるようになります。
雛祭りと言うものを良い意味で捉えた事は、物心ついて以来殆ど無い。
三月三日生まれだから雛、なんて安直な名前を付けられさえしなければ、こんな風には思わなかっただろうに。まったく、親を怨みたくなる。
自分の名前がそういうイベントに関連付けられている、それを理由にからかわれ続けること十年以上。すっかり雛人形を嫌いになったのが私だ。
とは言え、だ。話のきっかけくらいには使えるわけだから、棄てたもんでも無いかもしれない。拾ったもんでもないけどさ。
「そういや明日って、ひ……桃の節句だな」
私の名前の事を知っているから、大喜は咄嗟に言い換えてくれた。気にしないけどさ、今時期どーこ行ったって雛祭り雛祭りなんだから。商店街歩けば雛祭りセールだし、コンビニもスイーツショップも雛祭り便乗しまくりだもの。
「まね。今年は平日だし、特になんもしないよ」
誕生日に大騒ぎするガラでもないから、休日だとしても平常運転でいくつもりだったけど。
とりあえずうちでは取り立ててなにもなく、精々これからケーキでも買って帰って夕飯の後に一人で食べるくらいか。雛人形やらプレゼントやらは今年も御預けだろうな、去年と一緒で。競技に集中するため常に心をフラットにしておけ、なんて言うけど実際はイベントなんかどうでも良いんだろう。個人の感性を悪く言う気はないけど、その性格を娘にも求めないで欲しい。というかそんな理由で、十代女子の人生を粗末に扱わないで欲しい。
あの人たちや周囲の大人にとって、私には「蝶野弘彦の娘」以外の意味はない。あったとしても「蝶野弘彦のスペア」くらいだ。歳を取ろうが巻き戻そうが、結果だけ出せばそれで構わない。その程度だ。
「まあ大した事出来ないけどさ、なんかしてほしい事とか無いか?」
プレゼントがわりに言うこと聞いてやるよ、と大喜は笑う。自分が何を言ったかわかってないであろう、アホ面で。
してほしいこと、そんなの無いわけがないじゃないか。
だって私は大喜が、――好きなんだから。
切っ掛けは多分、中一の花火大会。練習が長引いて、みんなとの約束に間に合わなかったあの日だ。
大喜は一人で待ってくれていた、私がちょっと話しただけのりんご飴も買ってくれていたし。
そこから私たちは良く話すようになり、どんどん仲良くなっていったんだ。
でもそれが「好き」という感情だと分かってきたのは、高校に入ってから。大喜が千夏先輩を、好きになってから。だから必死で、目を背けてきた。
それなのにあのバカと来たら、無駄に優しいんだから。私は気付きたくなかったのに、直視せざるを得なくなってしまった。
大喜が好き、それが私を奮い立たせてくれる。どんなに辛くても苦しくても、大喜の為ならどこまでも強くなれる。
でもそれは、決して成就しない恋だ。大喜が好きなのは、千夏先輩一人だから。私が願っても祈っても、奇跡は起こらない。大喜が私を好きになることは、絶対に無いんだ。
でも、もしも。今私が大喜に好きだと言ったら、千夏先輩より私を見て欲しいと言ったら。
大喜は「言うこと聞いてやる」と言ったんだし、きっと受けてくれる。最初は恋人ごっこでもいい、それで私はこの先も頑張れる。そこから、出来ればもっとずっと、一緒にいたい。本当の恋人になりたい。
一言言えば、それで私の想いは叶うんだ。千夏先輩を押し退けるチャンスなんて、そうそう無い。せっかく大喜からああ言ってきたんだから、乗ってしまえば良い。
「……そう、だね。そうしよっかな」
言うべき事は一つだ。それさえ言えば良い。悩む必要なんか、何処に有るんだ。
言え、言ってしまえ。これは千載一遇の機会なんだ。
胸の高鳴りが静まらない、口がどんどん渇いていく。
ここで、私は――。
「――そっか、でもそんなんで良いのか」
大喜はちょっとだけ驚いた顔をして、でも笑ってそう言ってくれた。
「うん、明日じゃないけどさ。今度遊びにでも連れてってくれれば、それで良いよ」
私が頼んだのは、結局それだけ。まったく、度胸の無い話だ。
私が好きなのは、この大喜なんだ。遥か格上の千夏先輩に身の程知らずの恋をして、それで私の気持ちなんか気づきもしない。バカで鈍感でバカでバカで大バカなこのバカ野郎に、恋をしているんだから。無理矢理私を好きにならせたって、意味がない。
いつか、振り向かせて見せるさ。
不死身の身体と不屈の闘志、いつだって心を燃やして突き抜ける。蝶野雛は、無敵なんだから。
もう明日ですので、なんとか間に合わせました。