見えないものですからね。
傍から見たらバカらしい話でも、本人は真剣なんですよ。
多分、ね。
「じゃあ、ここで」
また後でね、と大喜くんに手を振って。私は一人、駅の東口から表に出る。
帰る家は同じだけれど、その間は別々だ。ちょっと寂しいけど、でも気分は悪くない。
これは私たちにとって、必要なルールだから。
家族でも親戚でもない私たちは、色々とあって春から同居中。
そしてついこの間、その関係は少しだけ変わった。
切っ掛けは小さな噂話だ。
「ちーさ、花火大会で見掛けた一年生って覚えてる?」
渚がそんな事を言ってきたのは、インターハイも終わって秋の気配を感じ始めた頃だったと思う。
それより少し前の花火大会、蝶野さんと大喜くんは二人で来ていたのだ。正直あの時は、ちょっと傷付いた。「友達と行くよ」と言っていたのに、二人きり。蝶野さんは浴衣姿で、とても幸せそうで。大喜くんも、笑顔で。――どう考えても、付き合っているとしか思えなかった。どうして嘘なんか吐くんだろう、私はそんなに信用がないんだろうか。
まあ、仕方ないよね。何ヵ月か一緒にいるだけで、私は所詮他人だから。
にしても、何でこの女はそんなことを。
「ん、うん。まあ……」
同居をバラすわけにはいかないし、どうせ曖昧にしか応えられない。適当に流してしまおう。そう思っていたのだけれど。
「なんかね、あの男子がねー……、ちーの事好きらしいのよ」
「え"?」
とんでもない爆弾を落としてきくさった、このバカは。
大喜くんが、私を。私を、好きらしい。いや、それは。それは……。
いや、いやいや。いやいやいやいや。まさかまさか。
「でも、たー……あの子、彼女連れだったじゃない」
そうだ、大喜くんは蝶野さんと付き合っている。それは確かな筈だ。例えそうでなくとも、こんなワンパクでたくましい子に挑戦状を持ってくる男子なんかいるものか。
「彼女がいたって、人を好きにはなるでしょうよ。世の中そういう人たちで溢れてるんだよ、恋愛コンシェルジュとして栄明中学高等学校の泥沼スクールラブを見続けてきた私が言うんだから間違いないって」
コンシェルジュがいて泥沼になる、ってそれは無能も良いところな気がするけど。
まあ、そうか。プーキヤンも「若者に「一人を愛し決して心変わりせぬ事だ」などと言うのは、月に向かって「そこに留まれ!」と言うのと同じだ」とか言ったそうだし。でもあれ、そう言えば「若い女」だった気もするな。
いや、でも。もしそうだとするならば、私はどうすれば良いのか。
ここから私が押していけば蝶野さんは泣くだろう、でも気付かないふりをして生活するには距離が近すぎる。
そもそも私は、一体どうなりたいんだろうか。
もし渚の与太話が真実だったとしたら。
大喜くんは彼女持ちにも関わらず、私に懸想している。それは色々と、不味いのではないか。だって私たちは壁一枚隔てただけの距離にいるのだから。
もし大喜くんがオトコノコ的な、その……そういう
私は私で、大喜くんを嫌いではない。いや正直に言えば、……好き、かもしれない。あくまでどちらかと言えば、だけど。多分。
でも、とは言え。私は居候の身で、家主のご子息相手にそんなことを言うわけにいかない立場だ。それに蝶野さんに顔向けできなくなる、それはそれで辛い。
……何でこうも私はダメなんだろう。床に転がりながら、自分の愚かさを嘆いても意味はないのだけれど。
どこかでハッキリさせなければいけないのに、その勇気が出ない。
進むのが怖い、でも留まっているのも怖い。行くも戻るも等しく辛い、果てぬ躯の棘道だ。
さて本当に、どうしようか。
「大喜くん、てさ。週末、出掛けたりする予定有るかな。蝶野さんとかと、さ」
「へ? いや別にないですけど」
キョトンとした可愛い顔の大喜くんは、嘘をついてるようにもとぼけているようにも見えない。
まあ学校で毎日会う相手だから、休日まではそこまで一緒にいないもんなのかもしれない。
「いやね、渚に映画のペアチケット貰ってさ。良かったら行かないかなって」
本当は自分で買ってきたんだけど、それは別に良い。
どうせ色々理由つけて断るだろう、それならそれで良い結果だ。チケットはそれこそ渚にでも売り付けよう、くらいに思っていたのに。
「行きます!」
スゴい速度で返ってきた元気な御返事に、ちょっとだけ内心は複雑だ。いやさ、大喜くんや。君はそれで良いのかい。彼女持ちのくせに。彼女以外の女子ですよ私は。それとも、やっぱり……?
一緒に家を出るわけにもいかないので、いつぞやの水族館の時みたいに駅で集合/解散という事にして。とんとん拍子に決まった週末の予定をスマホに放り込んで、お休みなさいを行って部屋に戻った私は、想定外の疲労でベッドに倒れ込んでしまった。
意味のわからない疲れ方をしてしまった、なんだこれは。
私は大喜くんの真意を知りたい、それだけだ。それを見極める為、こうやって策を練っているんだから。
適当に決めた映画は甘い甘いラブロマンス、ガサツでガラッパチな私には正直合わない。一方の大喜くんは、どうもこういうのがお好きらしい。画面にすっかり引き込まれ、夢中になっている。可愛いなあ、この子。
隣にいるのが私じゃなくて蝶野さんだったら、どんな顔をしたんだろうか。観終えた後もパンフレット片手に嬉しそうな大喜くんを見ていると、そう思ってしまう。
「蝶野さんとこういうの、観に行ったりする?」
「いや、アイツは映画とかダメなんですよ。二時間も黙ってられないですもん」
まあ、そうか。蝶野さんも、私に近いタイプか。
しかし大喜くん、蝶野さんの話をするときは楽しそうだ。やっぱり好きなんだろう、好きだからこそ、良く知ってるんだ。
でも私といる大喜くんがつまらなそうな感じかと言えば、それも否だ。まるで私の事を、好きみたいに。
どちらも好き、とかそんなふしだらなのは良くないと思うけどな。せめてどっちかにしなさい。
しかし映画はあまり良手ではなかったかもしれない。もっとアクティブな方が本心を引き出しやすそうだ。
となると、次はどうしようか。猪股家の大人たちに変な感づかれ方をしたくないし、学校でまさかそんな話は出来ない。こうやって外に連れ出して、油断した所で本音が出てくるのを期待しよう。
「ちー、ちょっと聞きたいんだけど。あんたいつぞやの後輩と付き合いだした、ってほんと?」
深刻そうな顔でそんなことを言う渚に、そんなわけないでしょうとチョップ一閃。
「バカ言ってると私の岩山両斬破が炸裂するよ、まったく」
「いや今のがそうなんじゃないの!?」
やれやれだ、と詳しく聞いてみると実際単なる勘違いらしい。どうも私と大喜くんが一緒にいるのが女バス連中に目撃されて、尾鰭背鰭に胸鰭までついた結果そんな話になっているのだとか。
そんなのあるわけない、大喜くんの彼女は蝶野さんだ。私の事を好きかどうかは、まだ分からないけど。あれから何度も出掛けては尻尾を掴もうと頑張っているのに、なかなか上手く行かない。毎回一人の帰り道が、歩きながらの反省会になっているくらいだ。一緒に帰れないのはやっぱり少し寂しいけど、それは仕方ないよね。
にしても、だ。そんな風に見えたりもするのか。まるでデートみたいに。おかしな話だ。
でも本当にそうなれたら、それはそれで楽しそうだな。いつかなってみたいものだけど、その為には大喜くんが蝶野さんと別れなきゃいけないからね。そんなのは嫌だ。
さて、来週は何処へ連れていこうかな。