ついに5年生になった。
つまり、待ちに待った日がやってきたのである。
「頑張れー!」
「うぅっ…!」
「ほら!ひっひっふー!ひっひっふー!」
「うっ…!んんー!」
「あと少し!ほらもう前足出てきた!が、頑張れー!」
おぎゃあおぎゃあ!…とは言わなかったが、ずるんと勢いよく赤ちゃんが銀色の血と羊水に塗れ生まれ出た。
お母さんははぁはぁしてめちゃくちゃ疲れてるけど、すごく優しい目で赤ちゃんを見てぺろぺろとその小さな体についた血や汚れを舐めている。
「誕生日おめでとう!生まれてきてくれてありがとう!お母さんお疲れ様!」
「ありがとう…貴方が毎日運んでくれた月草のおかげで…充分な体力で出産に臨めました…」
この日禁じられた森の中で、新たにユニコーンが生まれた。
キラキラと輝く純白の毛は少しぺっとりとして汚れてはいるが、それでも尊さを感じるほど美しい。純粋無垢、世界で最も穢れを知らない存在だ。
生まれたばかりのユニコーンの赤ちゃんはぶるぶると顔を振るい、よろよろしながら何とか立ち上がると、草の上に横たわる母の元へゆっくりと向かいその腹部からお乳を飲んでいる。…おお、すげぇ…。牧場ふれあいパークみたい…。
「じゃあ…これ、貰ってもいいかな?」
「ええ…でも、こんなので良いのですか?」
ユニコーンママは少し離れた足元にあるものを不思議そうに見下ろした。
俺はそれを浮遊させ清潔な袋の中にそれを入れる。ずっしりとした重みと、独特の生臭い臭い。まだ生暖かいそれを袋の上から撫でて、俺はにっこりと笑った。
「勿論。じゃあ、子育て頑張って!」
ユニコーンママとこの集団の長であり、多分パパに手を振りすぐに城近くまで姿現しで戻る。
ようやく、手に入れる事ができた!3年間待ち続けていた、賢者の石の材料の一つ…!これだけどう頑張っても他では入手できなかったんだよなぁ。
「ユニコーンの血!…もとい、胎盤!」
ユニコーンの血を取ろうとすると傷付けなければならない。そうすると血は穢れて呪われてしまう。
ということは、呪われない血が必要になる。それも、大量で、可能な限り生命力に満ちたもので無いとダメだ。たまたま木にひっかけて流れた血ではきっとうまく作れないだろう。
何よりも生命力に溢れ、穢れなき血。──それをどうやって手に入れるか…かなり悩んだが、野生の生き物は出産時に自分の胎盤を食べる事がある、そんなシーンをテレビで見た事があった。正直グロテスクだったが、出産で失われた鉄分補給にはちょうど良いのかもしれないな。
自分自身で口にする事が出来るのなら、きっとそれは呪われていない血だ。あのユニコーンは胎盤を食べなかったが、赤ちゃんについていた血を舐めとっていたのはちゃんと確認済みだ。
まぁ、そんなわけで。
「ユニコーンの血、ゲットだぜ!」
俺は早速魔法薬学の空いている作業机に行き賢者の石を作り始める。スラグホーン先生は空き時間に先生から許可されている生徒が自由に薬を作る事を認めている。勿論、それはスラグ・クラブの者や成績優秀な生徒であり、俺は両方に当てはまっている。
既に真っ黒だった魔石は水晶のように透き通っている。これで何とかなるはずだ!
ピアスを取り、金具から魔石だけ取り出し大鍋の中に入れる。袋からユニコーンの胎盤を取り出し杖を振りぎゅっと絞ればぼたぼたと銀色の液体が滴った。
後は事前に用意していたいくつかの材料を放り込み…。
「後は煮込む!」
杖を振り炎を点火させ、匙を突っ込み魔法をかけて一定方向にゆっくり混ぜ続ける。
「ただ煮込むのめちゃくちゃかかるんだよなぁ…後でスラグホーン先生に研究室に鍋ごと移動して良いか聞かなきゃな」
椅子に座り、少しずつ薄い桃色に変わりつつある液体を見て、俺の気持ちは上機嫌だった。
今俺は一生遊んで暮らしても余裕な程の金を持っている、賢者の石は、まぁ金目的でいえば必要無いものかもしれない。──けど、折角材料が揃ったんだし、ニコラスさんも出来たかどうか気になってるみたいだし!
最近よく手紙で賢者の石の進歩はどうか聞いてくるペンフレンドの事を思い出して思わず笑う。
そういや、今あっちは大変なんだっけ?よく考えたら、いきなり現れた俺に真実薬飲ませるのも仕方ないよな、グリンデルバルドの手先だと思われていたのかも。
「さて…次は呪文学だったかな」
椅子から降りて、杖を振るい台座ごと浮かせ誰もいないスラグホーン先生の研究室に運ぶ。とりあえず一筆書いて置いておけば大丈夫だろう、授業行く前に職員室寄ろうっと。
ヴォルはよくトム・リドルの一団と連むようになったが、相変わらずの完璧な笑顔を振り撒き、誠実な善人に擬態している。最早俺以外の前ではほぼ優等生のトム君なので、どっちが仮面だかわかったもんじゃない。
新学期が始まってすぐ、秘密の部屋を探すためにトイレを散策しているが、まぁこの城はめちゃくちゃ広くてトイレの数も驚くほどある。つまりそう簡単にトイレ全てを見て回る事は、なかなか難しかった。
それに、トイレというものは、休み時間人が多いところである。
──当たり前だ、だって休み時間しかトイレいけないもんな、手を上げて「先生トイレ!」なんて、下級生じゃあるまいし、流石に五年生になってそれは恥ずかしすぎる。
ヴォルもそれはわかっているのか、なんと俺に頼んできた。
「ノアが先生に腹痛でトイレ行きたいって言ってよ、僕は付き添うから」
「何でだよ!流石の俺も恥ずかしいわ!」
呪文学の授業中、一番後方の席でまじめに授業を受けているとヴォルがとんでもない事を言い出した。いや、流石に1年生の時ならいいけどさ、もう5年生だぜ?いい年だ、俺もそこそこ美青年に変わってるのに、排尿のタイミングミスったとか、日刊ノア新聞の見出しになるよ??
「僕は嫌だから。僕の完璧なイメージが崩れる。それにひきかえ、ノア、君は大丈夫だ」
「どこが!?っていうか別に俺が部屋探してるわけじゃないし!」
「きっとまたアイス食べすぎたんだろうなって思われるだけだよ。──ねえ、幼馴染がこんなに困ってるのに、助けてくれないのかい?」
ヴォルは都合の良い時だけ俺の事を幼馴染と呼ぶ。これを言われたらついつい俺が甘くなると言う事がわかっていんだろう。
それに、ヴォルの顔面はさらにイケメンになっている。美少年とは違う、男らしくも涼しげなイケメンだ。──そんなイケメンに至近距離で微笑まれてみろ?イエスしかねーよな?
「……これは貸しだからな!いつかこの借り返せよ!──先生!トイレ!」
「ノア、先生はトイレじゃありません」
「…昨日リドル君が俺の毛布を取っちゃって…お腹冷やしたのかもしれません、なのでトイレに行かせてください」
「──なっ…!」
悔しかったので、恥ずかしそうに頬を赤らめ悩ましげに視線を伏せれば教室内がざわついた。
勿論一緒のベッドで眠るなんてそんな事実は無いが俺の一言に何を勘違いしたのか、色めきたつ者、ヴォルを呪い殺さんとばかりにぶつぶつ呟く者…様々だった。
ヴォルは口をぱくぱくとさせて「そんな事してない!」と狼狽を露わにしたが、生徒達からの視線に気づくとすぐに「何か問題でも?」と涼しい表情を取り繕った。少々顔が引き攣っているがその切り替えの速さは流石だ!
教師は冷ややかな目でヴォルを見て、ため息を一つ零す。
「リドル、貴方のせいなら付き添ってあげなさい。あまりに体調が悪ければ医務室へ。……わかってますね?…まさかとは思いますが、より腹痛になる行為は──」
「そんな事しません!──ノア、行くよ!」
「はぁい」
全力で否定したヴォルは強く俺を睨む。周りの好奇と呪いの視線に耐えきれなかったのかすぐに俺の手を取って教室を出た。
「…何であんな事言ったの。…僕のイメージが…」
「ふん、ヴォルが自分でトイレ申告するよりはマシだし、一緒に抜け出せただろ?」
「……」
ぐぬぬ、みたいな表情で睨まれた。
それに僕のイメージが、とか言うけど、おそらく、一部ではイメージ通りだと思いますよ。
すぐに近くのトイレへと向かい、無人なのを確認して入り口の痕跡が無いか、何か目印は無いかと探したが、やはりこの男子トイレには無かった。
「やっぱり無いね」
「まぁ、いきなり見つかるものでも無いだろうしなぁ…」
「…そうだね。じゃあ見つかるまでよろしく」
にっこりと笑われた。
まさか、見つかるまで俺に「先生!トイレ!」って言わせる気か?その度に一緒に出たらそれこそ色んな意味で疑惑の人になるぞ。
「…あー…女子トイレは探さないのか?男子トイレはいつでも入れるけど、女子トイレなんて中々探せないけど」
「…それもそうだね。ついでに探そうか」
これで、いつかあの3階のトイレにたどり着くだろう。
「…ねえノア」
「ん?」
2階の女子トイレの中を探しながらヴォルがぽつりと呟く。ここに入り口がないことは知っているが、とりあえず探しているふりをしながら返事をする。
「
「ああ…なんか魂を分けて肉体が死んでも、安心してください!生きてますよ!──ってやつだろ?この前見つけた本に書いてあったな」
「やっぱり、知ってたんだね…僕はそれを作りたい。…だけど、どの書物を調べても詳しく書かれてないんだ…」
「ふーん…まぁ、危険だろうしなぁ、魂を分けるなんて」
「危険でも、やってみる価値はある。そのホークラックスが無事である限り…不死になる。…僕にはできる」
振り向いてみれば、ヴォルは手洗い場にかけられている鏡をじっと見ていた。俺に言っているというよりも、自分に言い聞かせているのだろう。
ホークラックスの作り方は知っている。どんな呪文かは書いてなかったから分からないが、殺人を犯して分かれた魂を別のものに固定する。幾つも作るうちにヴォルは蛇面になってしまう。こんなイケメンなのに勿体ない!
「ノアも、作る?」
ヴォルが鏡越しに俺の目をじっと見た。
何もせずとも不老不死になれるのなら楽しそうだが、俺の!素晴らしい!この姿が!あんな風になるのは耐えられない。
醜く生きるくらいなら死を選ぶ。──とは、流石に言わず、すぐに首を振った。
「俺は不死に興味無いから。…死んだあと、意外と楽しい人生が待ってるかもしれないぜ?」
にやり、と笑えば「死んだら何も無くなるんだ、──何も」とヴォルは低く呟いた。
いや、死んでも意外と別世界に転生してスリリングでデンジャラスでカオスな運命が待ってるかもしれないぜ?
ヴォルはまたいつもの意味のわからない話か、と興味なさそうにすぐ俺から視線を外すと手洗い場の鏡や洗面台、蛇口を調べ始めた。
終業のベルが鳴ったところでヴォルは諦めたようなため息をつき、出口の方を顎で指した。
「先に出て」
「何で?」
「女子トイレから出てくるなんて見られたく無いから。ノアならいつもの奇行かって思われるだろうし、なんとか誤魔化せるよ」
「俺は奇行種か!」
「奇行種?…いいから早く」
なんだか、孤児院時代の方がヴォルは優しかった気がする…これが反抗期か?!