3度目の正直と言うべきか、授業中に先生トイレ!と言い、生徒達の注目を集める事に耐えきれなくなったと言うべきか。
なんとかヴォルは秘密の部屋を見つける事が出来た。それとなく3階の女子トイレに誘導した甲斐があったぜ!
深く長い穴を降り、体感温度が10度は低く、じめじめとし、苔むした暗い通路を進む。足元には何か小動物の骨が散らばっていて、流石のヴォルも表情は固く緊張していた。
スリザリンの継承者には従順だと言われている怪物が、本当に従順なのかは出会ってみなければわからない。従わせる為に、何かしなければならないのかもしれない。──そう、ヴォルは思っているのだろう。
2匹の蛇が絡み合う扉の前で止まり、ヴォルが開け、と蛇語で呟いた。
音を立ててその蛇たちは動き、そして壁は二つに裂けぽっかりとした空洞が現れる。
ヴォルと俺はちらりと視線を交わし、どちらともなく頷くとその先へ足を踏み入れた。
その場所は薄く仄かな明かりが灯り、蛇の彫刻が施された太い柱が天高く伸びていて、その先はかすみ見えなくなっていた。
あたりを見渡すが、これ以上進むべき扉は見つからない。きっとここが終点なんだろう。奥には一際巨大なスリザリンの石像が聳え立っている。
あまりに広い部屋に、これ程広い空間が必要とされるほど、巨大な生き物が生息しているのか──ヴォルは緊張と、言いようのない興奮から目を光らせ少し後ろにいる俺を振り返った。
「ノア、もしバジリスクなら──目を見たら死ぬからね」
「わかってるって」
「さて…何が出るかな…ここに棲む怪物よ…現れろ」
たしか、スリザリンの石像の口が開いて出てくるんだっけ?
何か物音がしたらすぐに目を閉じる為に薄目で見ていたが──何も出てこない。
ヴォルは少し黙った後、また「出てこい!」と叫んだが、かえってきたのは沈黙だった。
「…まさか、秘密の部屋はあっても…怪物は居ないのか?」
その声に苛立ちと狼狽が滲む。
ヴォルにとってそれは喜ばしくない結果なんだろう、ただ隠された部屋を探し出す為に五年もかけたなんて、何か収穫がなければ納得できないようだ。
うーん?ここにバジリスクいるはずなんだけどなぁ。
「出ておいでバジリスクちゃん!パパですよー!」
おーい!と叫んでみた。
「そんな呼びかけで来るわけがないよ」と言いたげにヴォルは俺を見たが、その言葉は突如聞こえた何か大きなものを引き摺るような異音に飲み込まれる。
スリザリンの口が音を立てて開き、土煙が舞う。
そして中から黒くて巨大なものが音を立てて這い出てきた。ヴォルはまさかそんな呼びかけで出てくるとは思わず驚愕し、それを見たまま動かない。
「危ねぇ!死ぬぞ!?」
「──っ!」
咄嗟に後ろから引き寄せ、ヴォルの目を腕で隠す。あっだめだ蛇がゆっくり顔を上げている!えーと、何か、何か目を隠すもの…!
パッと思い浮かんだのは五条先生のアイマスクだった。強くそれを思い浮かべ、バジリスクを睨む。
すると、小さな破裂音と共にバジリスクの頭に俺にとって見覚えのありすぎるアイマスクが現れ、その目を隠した。──間一髪だったな。
俺は息を吐き、腕の中で身を固まらせていたヴォルを離した。
「もう大丈夫、目は隠したから」
「……ありがとう」
「どーいたしまして。…うわ、デカすぎ…」
バジリスクは目を隠されても特に嫌がる事は無く、じっと俺たちを見下ろしていた。赤い舌をちろちろと出しているところから、俺たちの匂いを嗅いでいるのだろう。
「どちらが、スリザリンの継承者だ?」
「僕だ。…僕こそが、スリザリンの思想を継承する者だ」
「俺は遊びに来ただけだ。なあなあバジリスク!上に乗ってもいい?」
「構わないが…」
「やったー!」
「ちょっと…ノア!」
ヴォルの声を無視してバジリスクの側まで駆け寄り、自身に魔法をかけて高く跳躍する。
バジリスクの頭に飛び乗れば、バジリスクはしゅーと小さく鳴き声をあげ、俺が落ちないように少し頭を上げ水平を保った。
おお、冷たい!ツルツル!持つところが無いから少し不安定だな。
「すっげ!おい、ヴォルも来いよ!」
「嫌だよ…」
「見晴らし抜群だぞ?勿体ない!バジリスクに乗るなんて人類初かもしれないのになぁ」
「そもそも…乗ろうと考える事自体が人類初だと思う」
何だか蛇の頭に乗るって、既視感があるな…アニメで見た気がする…。
「──はっ!大蛇丸か!」
「何それ。…オロチマル?…何かの名称?」
いやいや、ちょっとショタコンの蛇顔の麗人です。…ヴォルにそういや似てなくも…ないかも。
「ねぇあなた!トトロっていうの?オロチマルっていうの?」
「…名はない。好きに呼べ」
「うーん、じゃあバジジで!」
トトロの発音で言えば、バジリスクは少し黙った後はっきりと答えた。
「断る」
ひでぇ!好きに呼べって言ったじゃん!
バジリスクは俺の名付けがお気に召さなかったのか、顔を上げ俺を頭の上から下ろした。
「うわっ──はははっ!すげー!滑り台じゃん!」
ちょうどバジリスクの身体を滑り降りる形のようになり、そのツルツルする鱗も相まってかなりの速度が出た。
めちゃくちゃスリリングな滑り台に、嬉々としてもう一度頭の上に登りまた降りる、鳩尾がひゅっとなる感覚は滑り台よりジェットコースターが近いかもしれない!
何度も滑り降りていると、バジリスクはついに俺を頭から振り下ろす事を諦め、地面を這うように身体を下ろしてしまった。──楽しかったのになぁ。
まぁ、あまり怒らせて暴れられても面倒だな。噛まれたり尾で叩かれるのはノーサンキュー。
俺はバジリスクの頭の上から降りると「ありがとう」と言って頭をぽんぽんと撫で、何か考え込んでいるヴォルの隣に並んだ。
「何考えてんの?」
「名前だよ。…さっきのオロチマルって言うのは何なの?…聞き慣れない響きだけど」
まぁ、日本の言葉だしヴォルが知らないのも無理はない。
日本の有名な漫画のキャラ名です、なんて言っても意味不明だろうし、そもそもまだこの時代には無い。…いや、この世界ではその年代になっても存在しないかもしれない。
「あー。…日本語で蛇ってオロチ、とも言うんだよ。丸──マルっていうのはだな。日本名でよく男につける言葉…みたいな?」
「ふぅん?…オロチマル…オロチマル…うん、いいんじゃない?」
「まじでか」
「オロチマル──って呼ぶよ、いいだろう?」
「いいだろう」
「まじでか」
バジリスクはオロチマルになりました。
オロチマルとか、シリアスなシーンが台無しじゃん!まだバジジの方が100倍マシじゃん!
残念ながら俺の心の叫びはヴォルとバジリスク──もとい、オロチマルには伝わらず、2人…1人と1匹は何やら納得したような雰囲気を見せている。まじでいいの?オロチマルで??し、知らんぞ…俺のせいじゃない…よな?
「オロチマル、僕らが呼んだ時にはすぐに現れろ、いいな?」
「──ああ、いいだろう」
バジリスク──じゃなくて、オロチマルの言葉にヴォルは満足そうに笑う。
だ、だめだ、笑うな俺!俺の表情筋よぴくりとも動くな!
ヴォルはオロチマル──だめだ、笑ってしまう。耐えろ俺──に近づき、ゆっくりと手を伸ばし、一瞬躊躇したが、すぐにその大きく艶やかな鱗を撫でた。
ヴォルが、──未来の闇の帝王が、スリザリンの部屋を見つけ、中にいた怪物と出会った重要なシーンだ。闇を思わす危険な魔法生物との遭遇は、かなりシリアス雰囲気のあるシーンだ。
「僕が君を使ってあげるよ。──オロチマル」
──名前のせいで全てが台無しだ!