重大な問題がある。
今、ホグワーツで秘密の部屋が開かれ中から恐ろしい怪物が現れ、マグル生まれの何人かが石になっていることでは無い。
いや、もちろんそれもマグル生まれの生徒たちからしてみれば重大な問題だろうが、そんな事ではない!
「何で俺はまだ童貞なんだ…!」
自身のベッドの上に寝転び、枕を叩く。ぼすぼすと鈍い音が響き飛び出た羽毛が部屋の中を舞った。
少し離れたベッドの上で同じように寝転び何やら小難しい本を読んでいたヴォルは身体を起こすと楽しげに俺を見る。
「へえ?まだなんだ」
「うるせー!お前はどうなんだよ!」
「──ま、この外見で女に困る事はないね」
「くそっ…!」
俺は全てのものに愛される外見を手に入れた。
16歳になった俺は勿論声変わりもとっくに終わり、鈴を転がすかのように高く透明度のある声は、低くて柔らかで暖かみのある声へと変わっている。
身長も、ヴォルの隣に並んでも少し低いかな?程度だろう。勿論スタイルは申し分ない、ズボンの丈など逆に脚が長くて困ってしまう程だ。顔も頬の膨らみはなくなり、すっきりと美しく整っている。
世界一の美青年、誰もが感嘆を漏らす美貌。その弊害がまさかこんな所で現れるとは思っても見なかった。
女の子達は俺のあまりの美しさに誰も告白も夜のお誘いもしてこない。ファンクラブ内で手出し厳禁という俺にとって残念すぎる暗黙のルールがあるらしい。
いや、そもそもそのルールがなくとも、俺の美しさに不相応だとして、誰も名乗りをあげなかった。
それなら俺から声をかけよう!きっとどんな女の子も二つ返事でベッドへダイブするだろう!と思ったが。
声を掛けたいと思う女の子が居なかった。いや、俺の息子がピクリと反応する子がいないというのが正しい言い方だろう。
つまり、興奮しない。
何度かこの子なら…!とお誘いをしたものの、いざその時が来ると俺の息子はもじもじして俯いたままだった。
不能だと思われるのは耐えられず女の子にはオブリビエイトをかけてそっと廊下の端に座らせる事となった、情けなさ過ぎる。
俺はあまりに美しく、完璧だった。
つまり、そう。
「俺の見た目が完璧に理想すぎて興奮出来ないなんて…!」
ガッデム!と枕に顔を埋めて叫ぶ。
ヴォルは俺を見て少し沈黙した後、本を脇に置いて俺のベッドに座った。
「…ノアって
ちらりと枕から顔を上げてヴォルを見れば、ヴォルは何とも形容し難い複雑な表情をしていた。
「違う。俺はノーマルだ。ただ、俺の幼少期が完璧すぎて…理想の少女すぎて…いや、男なんだけどな?」
「ふーん」
身体を起こしてベッドに座り、ヴォルを見る。
ヴォルは俺の隣に並んでいても見劣りしない程の美貌だ。俺とは違い、美青年…と言うよりはイケメンでハンサムという言葉がぴったりだろう。
「──僕、ノアならいける気がするけど」
「…何がだ」
「セックスの話でしょ?」
「……」
形のいい口からセックスという直接的な言葉が発せられるのがなんとも奇妙だ。
俺はじっとヴォルを見つめる。ヴォルは少し、目を細め挑発するように笑っていた。こんな目で見られたらくらりとくる女の子は多いだろう。
「──俺だって、俺とはヤれるな。でも、俺は処女を失いたいんじゃなくて、童貞を卒業したいんだよ!」
「それは難しいね、僕ヤられるのは嫌だし」
残念、とヴォルは笑う。
──いやいやいや、違う、なんかおかしい!
いつの間にか俺とヴォルがヤるだのヤられるだのそんな話題になっているが、論点はそこじゃなかった筈だ!
「ヴォルは、どっちでもいけるのか?」
「さあ?男となんて経験無いから。ただ、ノアは男臭さが無いからね。まだ生えても無いでしょ」
「……ナニ見てるんだよ…その通りだけどさ…」
天然のツルツルである。
いや、産毛のようなものは生えているが、黒々したものでは無い。そもそも体の色素が薄い俺は足や腕、脇までも永久脱毛要らずだ。
「何処かに俺レベルの美人いないかなぁ…」
「いないでしょ」
「…童貞のまま死ぬなんて嫌だ!」
「ホークラックス作れば?」
「そんな動機で作ってたまるか!……いや、待てよ?」
作る。
成程、彼女が出来ないのなら、作ればいいのか!
「決めた!俺は俺の理想を詰め込んだ彼女を作る!」
「……はぁ?流石に、人を作る魔法なんて…見たこと無いけど」
「いや、いけるいける!俺なら出来る!人間じゃなくても、ほら、コッペリアとか…そういう人形的な…」
ヴォルは少し考え、呆れたようにため息をつく。
「…それって、結局精巧な
「……はっ!そ、そうか…童貞卒業したことにならないか…所詮人形…オナニーだもんな…」
魔法界ではかなり人間に近いダッチワイフが存在している。しかし、あくまで人形は人形。どれだけ見た目が人間のようで、動き反応するとしても、だ。
がっくりと項垂れる俺の肩をヴォルはぽん、と叩いた。
「まぁ、ノアが女とするのなんて誰も望んでないよ」
「何でだよっ!俺が望んでるわ俺が!」
俺は膝を抱えていじけてしまった為、ヴォルが小さくため息を吐き「残念」と言葉に出さず口の奥で呟いたことに気が付かなかった。
「それよりもさ、ヴォル。あれからオロチマルを何度も出してるだろ」
「ああ…そうだけど」
いじけていたポーズから気を取り直し、話題を変える。
数ヶ月に一度ヴォルはオロチマルをホグワーツに放ち、何人もの生徒が犠牲になり石化している。
石化で済んでいるのは、偶然窓ガラス越しや水たまり越しに見るなんて奇跡が起こっているわけではなく、ただ俺がオロチマルにサングラスをかけさせているからだ。
「あのダサいサングラス、外してほしいんだけど」
「ダサく無いわ!そんな事すると死人が出るだろ?今ただでさえ夜に出歩くことも出来なくなってる、このまま犯人が見つからなかったらホグワーツの閉鎖も視野に入れてるって、ダンブルドアが言ってただろ?閉鎖されたらずーーっと、あの孤児院で過ごさなきゃならなくなるけど、いいのか?」
事実、今ホグワーツではクラブ活動や夜の出歩き、休み時間の自由行動、全て禁止されている。唯一監督生や首席は見張りと称しある程度許されているが…これ以上被害があれば、それすら禁止されるのは時間の問題だろう。ヴォルとしても、ホグワーツの閉鎖は避けたい筈、かと言って名乗り出る気はさらさら無いようだし。
ヴォルは俺の言葉に眉を顰め少し考え込んだ。
「…それは困るね」
「だろ?あの怪物を使ってマグル生まれを一掃するなんて、現実的じゃねーよ」
「…良い案だと思ったんだけどね」
「そろそろ潮時だな」
「…そうだね…」
はあ、と残念そうなため息を漏らし、ヴォルはそのまま仰向けに倒れ込む。目は鋭く天井を睨んでいた。
ヴォルは年々純血思想に染まっている、魔法界からマグル生まれを一掃したいのだろう、それは自分のルーツが本人的に認められるものではなかったことも、原因の一つなのかもしれない。
父親こそ魔法使いに違いない、そうヴォルは思い込み何度もホグワーツで父親の軌跡を探していたが一切見つかる事はなかった。そのかわりに見つかったのは、マールヴォロの名を持つ一族が居るということ、それは母親の一族由来の名前であり──ヴォルは渋々ながら死ぬことしか出来なかった母親が魔女だったのだと、ついに認めざるを得なかった。
「ノア」
「何だ?」
ヴォルは自分の顔を腕で隠した。
表情が見れない中で、露わになっている口だけが何か言葉を探すように開いては、閉じる。
「…ノアは、──僕の幼馴染だ」
「…そうだな」
「…昔言った事は、今でも変わらないよね」
ヴォルにしては、珍しくちらりと不安そうな、声だった。人を見下し全ての頂点に立とうとするヴォルからは想像も出来ない声で、少し俺は目を見開き、寝転ぶヴォルのその顔の隣に手を置き、表情を見ようと覆いかぶさった。…完全に隠してやがる。
「変わらない」
「……そう。ならいいんだ」
ヴォルは何でもない事のように、軽くいうと腕を顔からどけた。
嬉しそう、と言うよりは──安心してるような表情に、何とも言えない気持ちになる。
「ま、俺は人道から外れた事はしない方が良いと思うけどな」
「…それを言うには、もう遅すぎない?」
ヴォルは手を伸ばして俺の頬を撫でた。
ま、その通りだな。止めるなら秘密の部屋を開ける前に止めるべきだった。…いや、闇の魔法に陶酔する前に止めるべきだっただろう。──止まるとは思えないが。
もうヴォルは引き返せない、まだギリギリ殺人を犯してはいないが、それをする事を何とも思っても無いと、俺は知っている。
それに──本気で、止める気もない。俺は聖人でもなければ、善人でもない。
それがヴォルもわかっているから、俺に全てを曝け出し、側に置いているんだろう。裏切る事がないと、ある意味で俺を信頼している。
「俺は俺の好きなようにするから、ヴォルもそうすればいい」
「そうだね、そうするよ」
「…いつまで触ってんだよ」
「ん?いや、やっぱりその辺の女の肌よりノアの肌の方が手触りがいいって思って」
「ぐっ…!そりゃそうだが、その言葉は胸に刺さる…!」
余裕の表情で笑うヴォルを睨む、それは童貞の俺に対する嫌味なのか!?