ノア・ゾグラフは何よりも崇高な人間であり、誰よりも端麗で、圧倒的な魔力を持つ。
その強すぎる光に寄せられる羽虫のように、ノアの周りにはいつも人が群がっていた。ただその甘い蜜を吸おうとする卑しい者が現れないのは、単にノアがあまりにも人智を超えた存在に見えるからだ。
自分と違い過ぎる存在に、誰もが憧憬こそすれ、触れる事は出来ない。
自信に満ち、輝き、身体中からエネルギーを発しているかのような、関われば全てを虜にしてしまう魔性の男。ノアはそんな人間だ。
しかし、知性は些か足りて無い、と言うべきだろう。その形の良い口から発せられる声は勿論歌の一つでも歌えば聞き惚れ、何も考える事が出来なく成る程の美声だが、言葉は年相応にやや粗暴で愚かで途方もなく馬鹿だ。
何も言わなければ完璧。そう思ったのは僕だけでは無い筈だ。──まぁ、欠点が1つある事で、人々はノアが同じ人間なのだと安堵しているのかもしれない。
全てにおいて油断なく完璧な人間だったなら、ノアの周りにこれ程人が集まる事は無かっただろう。人間は異質を嫌う、受け入れない。──マグルのように。
天は美貌と魔力と力を与えはしたが知能はいっそポンコツだった。
そして、倫理観もやや欠如しているのは、僕の行いを止めようとしないところを見れば、すぐにわかることだろう。
いや、ノアがもし──万が一全てを博愛し、性善説を解き、愛を語り、守るべき秩序を尊む人間なら、僕はそもそもノアを受け入れなかっただろう。
ノアは完璧に見えて、酷く歪な人間だと、最近気が付いた。
何を考えているのか掴み所がなく、霞のように捉えられない。捕まえたと思っても、簡単にするりと抜け出てしまう、そんな人間だ。
聞けばなんでも答えてくれる、それは耳障りの良い言葉ではあったが、酷く薄っぺらい言葉でもあった。彼は本気で何かに悩んでいる事も、真面目に説くことも無い。
ごく稀に、本音を吐く事はあったがすぐにいつものふざけた言動に戻ってしまうのだから、ノアという人間はよくわからない。
先にも言ったように、彼には人が群がる。
しかし、友人と呼べる者は──実は、ごくごく少ない。本人はそれに気づいているのか、あえて深く付き合うものを作らないのかは分からないが、踏み込ませない一定のラインがノアには存在している。
1番近くにいる僕ですら、ノアの心の奥底まで踏み込めているかといえば、疑問を感じざるを得ない。
ノアは何よりも特別で誰からも愛されている。しかし、本人にとっての特別が誰1人として存在していない。
ノアは先日、あまりに自分が完璧すぎるから彼女の一つも出来ず童貞なのだと嘆いていたが、それを聞いて妙に納得した、納得してしまった。
ノアの周りには人が群がるが、ノアは、独りだ。
それはきっと、ノアがノアであり続ける限り仕方のない事なのだろう。
完璧すぎるが故、永遠に理解者が現れない──永遠に孤独だ。
このホグワーツに来て魔術を学べば、間違いなく自分は優れた魔力とセンスを持ち、誰よりも偉大な力を持っていると知った。同級生も、上級生も、教師でさえも、上辺に騙される馬鹿ばかり。──ただ、ノア、1人を除いて。
ノアの異質な才能に気付いたのは早かった。何でも出来たのだ、彼は。どんな難しい魔法もたった一度で難なく、それも適当に、面倒臭そうに、つまらなさそうに、成功させてしまう。
無言魔法は勿論の事、杖を使わずともどんな魔法だって、杖を使った時と同等の力で使えた。本来杖を使わずとも、ある程度の魔力を持つものなら魔法を繰り出す事は可能だ。ただ杖を媒介に魔法を使った方が、理に適っている。しかしそんな理を、最も簡単に壊してしまうのがノアという人間だった。
正直、彼の力を畏れたこともあった。
間違いなく、自分がこれから行おうとする事の唯一の障害になるだろう。あのダンブルドアより──ノアに勝てるビジョンが一つも浮かばない。
本気で戦闘をすれば、間違いなく負ける。それは僕がどれだけ凶悪な魔法を習得しても、力を得ても、拭い去ることの出来ない事実だった。
しかし、ノアは僕が何を考えているか、これから何をしようと思っているのか──知りながら、何故か止めなかった。ただ「好きにすれば?」と、気軽に答えたのだ。
いっその事、罵り軽蔑してくれたほうが良かった、安心してノアから離れられる。勝てないまでも、対策を立てる事ができる。
だが、ノアは、何か裏があるのではないかと、そう思ってしまうほど普通だった。僕らの関係に何の影響も無く──普通に、隣に居た。
僕は思う、ノアは結局。
自分さえ良ければそれで良いのだろう。
究極の身勝手、誰よりもナルシスト。
ノアは自分が好きに生きる事が出来れば、いくら他者が心を痛め嘆き、命を落とそうと、少しも心を揺らせる事は無いのだろう。
名前の如く、自分の方舟だけが、自分の少しの世界さえ無事ならたとえ大きな戦争が起ころうとも、それを止められる力があろうとも、何も気にしない。ノアにとってはどれもこれも対岸の火事の如く、清々しい程他人事だ。
僕にとって幸運だったのは、ノアの方舟に──間違いなく、自惚れでも無く、自分が乗っている事だ。
だから、ノアは僕が何を起こそうと気にしない。他者よりは、大切に思ってくれている、と考えて良いのだろう。
ノアは善人でも無い、聖人でもない。
圧倒的カリスマ性と人を魅了し本気を出せば世界を掌握出来る可能性を秘めながらも、何もしない。謙虚さからくるものでは、きっと無いだろう。
──10年以上そばに居ても、僕はノアのカケラほどしか理解していないのかも知れない。
「ヴォルの考えている事を当ててやろうか」
ノアの事を考えていると、にやりと悪戯っぽく何よりも美しい笑顔で言われた。
「…何だと思う?」
「ずばり!今日の晩ご飯はステーキが良いでしょう!」
「全く当たってないけど」
「あれれー?」
一瞬何を言われるのか身構えていたが、ノアの口から出たのはいつものような他愛もない戯言だった。
ノアの隣は、居心地がいい。
唯一、素が出せるからかもしれない。
──他者に心を許すなど、愚かな事だ。親しい者を作れば障害になり弱点となってしまう。そんな生ぬるいもの、僕には必要ない。
ただ、そう、きっと、ノアは弱点にはなり得ないから、守るべき存在では無いから。だから、側に置いているだけだと、自分に言い聞かせている。でなければ、なにかが──僕の中での何かが、僕自身を赦せない。
ノアから友情のようなものを、確かに感じている。だが一方で、ノアが自分との関係に友人という言葉を避けている事も、知っている。冗談や揶揄い混じりに友情を示唆する事はあれ、本気で友だとは言わなかった。
それなら、僕とノアの関係は何なのだろうか。
同じ孤児院に居るただの隣人。
ホグワーツでのルームメイト。
──たった1人の、幼馴染。
「なぁ、暇だし、森に行こーぜ」
「…そうだね」
また思考に耽ってしまった僕を、ノアが覗き込んだ。
艶やかで絹のような銀髪が、さらりと重力に従い流れる。この完璧な体が、誰からも穢されて無いと知り、僅かに安堵したのは何故なのだろうか。
愛でも独占欲でも無い。
ただ──きっと、僕は誰よりもノアという存在を、神格化している。たった1つ、たった1人の僕の世界。(ノアさえいれば、それでいい。)
愛人にしたいわけでも、穢したいわけでも無い。ただ、逃げる事も離れる事も許さないだろう。今のところノアが自分から離れる事は無さそうだが、きっとノアがそれを口にし選択した時、僕は──。
「ねぇノア」
「んー?」
「血の誓い、しようよ」
森の入り口でそう言えば、ノアは驚きにただでさえ大きい目を見開き、ぱちぱちと瞬かせた。
「血の誓いぃ?」
「うん」
ヴォルは何をさっきから考えてるのかと思ったが、まさか血の誓いの事だとは思わなかった。
素っ頓狂な声を出した俺にヴォルは簡単に頷き、やや真剣な目で俺を見る。
周りには、おあつらえむきに人っ子1人いない。
まぁ
森には愉快な生き物とか居るんだけどなぁ。何で立ち入り禁止なんだろ、そんなに危険には見えないけど。
「内容は?」
何となく落ちていた木の枝を振り目の前の茂みを叩きながら森の奥へと進む。
ヴォルは顎に手を当て考えながら、小さく呟いた。
「──互いに裏切らない」
「裏切らない?漠然としてるなぁ…どこからが裏切りか判別つき難いだろ。誓うならもっとシンプルな方がいい」
「…そうだね。…互いに戦わない、にしようか」
俺はくるりと振り向き、ヴォルと向かい合った。
その言葉は、俺がいつかヴォルにとって敵となり得るかもしれない未来を牽制しているかのようだった。…んな事しないのになぁ。
「血の誓いなんてしなくても、俺はヴォルと戦わねーよ」
「わかってるよ。でも──これは僕にとっての誓いでもあるんだ」
「…お前が俺を攻撃する事の無いように、か?」
ヴォルは頷いた。
真意は、その目から読み取れない。それが上辺なのか本気なのか、俺にはわからなかった。
うーん、別にそれで満足するなら良いけど。無駄じゃ無いかな?
「まぁ、良いけど」
「…本当?…本当に、いいの?」
自分で提案しながら信じ難い目で見られた。何でだよ!その目をするのはお前じゃ無いだろう。
それに、予想ができなかったわけではない。血の誓いを知ったヴォルが、最強で最高である俺を野放しにするとは思ってなかったしなぁ。
将来、俺がヴォルの障害になる前に、その手段を塞ぎたいんだろう。いくら口で敵にはならないと言ってもだ、──疑い深過ぎる!何年の付き合いだと思ってるんだよ。少し悲しいぞ!
「お前がそれで安心出来るなら良いさ」
持っていた枝を捨て、杖を手に取る、掌を切り裂けばチリッとした痛みが走り、真っ白な掌からじわじわと鮮血が溢れ出した。
「──俺のたった1人の幼馴染のワガママくらい、叶えてやるよ。…俺は誓う。ノア・ゾグラフは…ヴォル──トム・マールヴォロ・リドルと戦わない」
指先を天に向け、手を差し出した。
真っ赤な血は手首をつたい、白いシャツを赤く穢す。
ヴォルは同じように掌を杖で傷つけ、そっと俺と掌を合わせる。俺たちは無言で指を絡ませ、強く握り合った。
「誓う。──僕、トム・マールヴォロ・リドルは…ノア・ゾグラフと、戦わない」
視線と鮮血が混じり合う中、俺たちは同時に古の魔法を唱えた。
双方の手から混じった血の塊が空を舞い、そして1つのペンダントが現れる──誓いの結晶だ。
空に浮いたそれをヴォルが開いた手で掴み、じっと見つめる。
不思議な感覚だった、この契約を交わす前と、何ら変わらないように見えて、ただ当然のようにストンと理解した。
──俺はヴォルと戦えない。
「これ、僕が持ってても良い?」
「ああ、俺持ってたら無くしちゃいそうだし。ヴォルも無くすなよ?」
手を離し、血がついた掌をまじまじと見つめる。…他人の血が体に入ったらまずくなかった?
手を軽く振れば血の汚れはさっと溶けるように消え、ついでに傷口も治癒させる。うん、痛みももう無いな。
「無くさないよ」
「ホークラックスにもするなよ?」
「………しないよ」
先に釘を刺せば、ヴォルは途端に目を逸らした。こいつ…絶対ホークラックスの一つにするつもりだっただろう。
ヴォルは美しいペンダントを首からかけた。しっかりと服の下に隠し、その上から酷く、優しく撫でる。
「つか、今思ったんだがお互いに戦わないよりも、攻撃しないとかにした方が良かったかもな」
「そう?戦わない、の方がわかりやすくていいよ」
「ふーん?まあ良いけど」
言葉のニュアンス的に考えれば。
戦う──とは、魔法を使って戦うだけではなく、心理的な意味も含まれるのでは無いか。うーん、ややこしい。
マートルについて2通りのルートを考えているのですが。
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マートルの未来について
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ニヤつきのマートルとしてゴーストになる
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生存しノアのストーカーになる