6月のある日、俺はダンブルドアに呼び出された。
まぁ何のために呼び出されたかなんて、想像に難くない。
指示された時間にダンブルドアの研究室の扉を叩けば返事はすぐに返ってきた。
扉を開けて中を見る、既にダンブルドアはティーセットの準備をバッチリとして膝掛け椅子に座り、俺を待っていたようだ。
「ノア、そこに座りなさい」
「はーい。何分ですか?」
「そうだな、30分で」
「はーい、先生」
30分コース入りましたー!
と頭の中の黒服君が元気良く叫んだ。
ダンブルドアが杖を振るえばティーポットは浮かびカップに温かな紅茶を注いだ。うん、良い匂い。
「ノア、秘密の部屋の事で…何か知ってる事はないか?」
「さあ、知りません。俺の両親はマグルなんで、ちょっと怖いですよねー」
紅茶を一口飲む。
流石にこの人にヴォルの事も、
今はまだ、疑われてるだけだし。ヴォルは一見すると模範的な優等生であり、闇に堕ちてるとは思えない。
「…そうか…では、一つゲームをしないか?」
「ゲーム?」
ダンブルドアは鸚鵡返しに聞いた俺の言葉に頷き、杖を出した。何する気だよこのイケオジ。もしかしてゲームという名のちょっと過激でいけない事か?
「えっちぃ事はだめですよ?」
「そんな事しない。…お互いに、一つずつ質問をしていく。それには嘘をついてはいけないと…絶対的な誓約をする。しかし、黙秘する事は出来る──どうかな?」
「うーん、でもそれずっと黙秘していたら、結局ゲームは成立しないのでは?」
言いたくない事は黙っていたら良いんだし。
しかしダンブルドアは薄く笑い、瞳をきらりと光らせた。
「黙秘という確かな答えもあるのだよ」
「…沈黙は肯定と取る。なんていう格言もありますしねぇ──まぁ良いでしょう」
「そうか。…そうか。わかった。──手を出してこの紙の上に乗せる。嘘をつけば指の爪が一枚剥がれる」
「げぇっ!えげつな!」
ダンブルドアが杖を振り机から取った一枚の紙を見せながら説明をした。な、なんつーえげつないもんあるんだよ…あれじゃん、捕まったスパイが拷問される時に生爪剥がされるやつじゃん…それの魔法バージョンかよ…。
しかし、初めからこの紙があるという事は、そのつもりで準備してたんだなぁ。
何やら複雑な呪いが書かれているその紙を、ダンブルドアは机の上に置き、自分の手を置いた。先行はダンブルドアから、という事なのだろう。
「さあ──どうぞ?」
「んー」
ダンブルドアは挑発的な目で俺を見る。俺がどんな質問をするのか、それすらも試しているようだ。…実際、試してるんだろうなぁ。何で俺こんなに警戒されてんの?我最強の美青年ぞ?
さて、どうしようかなぁ。まぁ、何でもいいか。
「──俺は、将来どうなると思います?」
「……」
おや、それ程答えにくい質問だったか?
まさか一発目から黙秘かと思ったが、十数秒後ダンブルドアは口を開いた。
「──闇に飲まれると思っている」
彼の爪は剥がれない。つまり、それは──ダンブルドアの本心だ。
「ええええ…俺がぁ?闇に飲まれるなんて、そんなことあり得ます?こんなに見た目光属性なのに?光り輝いてるのに?」
闇すら照らして見せますよ!なんて冗談で笑いながら言ってみたが、ダンブルドアは険しい顔をしたまま無言で紙の上から手を離した。視線が次は俺の番だと訴えている。──ちぇ、つまんね。もうちょっとこのゲームを楽しめば良いのに。
俺は肩をすくめ、その紙に手を置いた。
「ノア、君は秘密の部屋を開いたのが誰か知っているかな?」
まぁ、そりゃ流れ的にこの質問が来るとは思ってた。そもそも呼び出したのも、秘密の部屋について知りたかったのだろうし。
さてさて、YESと答えればすぐに真実薬の一つ飲まされるかもしれない。黙秘すれば、何故黙っているのかということになり──結果同じ事だ。
…このゲームを始める前から覚悟は出来ていたさ。
「いいえ、知りません」
にっこりと特別な笑顔を見せた。
ダンブルドアはすぐに紙の上に置いた俺の白魚のような手を見る。
五本の指、全ての爪は綺麗なままで剥がれる事は一切ない。
ダンブルドアはしばらく俺の爪を見ていたが、深い息を吐くと見るからに表情を緩めた。
俺は紙の上から手を離し、机の端に追いやられている茶請けのクッキーを一つ掴んだ。
「まーだ疑ってたんですか?知らないって言ったのになぁ。先生ひどーい!」
「すまない…」
揶揄うように茶目っ気を見せ頬を膨らませ口の中にクッキーを放り込む。
うん、血の味がする。舌を噛みすぎた。
冷や汗が流れる。耐えろ俺。
何気ない動作でよよよと肘掛けにしな垂れかかり、手で顔を覆い「あんまりですぅ」と演技じみた声を出し、眉間に伝う冷や汗を拭った。
起き上がる際に左手を机の下に何気なく隠し、痛みの走る左薬指を治癒した。
ようやく燃えるような痛みから解放されて小さく一息をつきながら右手で紅茶のカップを掴み、ため息と共に一口飲み込んだ。
嘘をつくと、爪が剥がれる。
どの爪が剥がれるか分からなかった俺はとりあえず左手の爪に魔法をかけ、何が起こっても通常の爪が見えるように、した。
実際、俺の薬指の爪は音もなく剥がれた。激痛につぐ激痛だ。血が流れてしまえばバレかねない。すぐに血を止めたが、あまりにダンブルドアがじっと見ているせいで治癒までは出来なかった。
治療するってなるとどうしてもその箇所に光の残滓が現われるからなぁ、身体から出る血液を止めるのとは、またわけが違う。
激痛と引き換えに、ダンブルドアの疑惑を晴らす事が出来るのなら安いものだ。
…ま、バレるかちょっとヒヤヒヤしたが。
俺の爪は透明になってどこかに転がっているんだろう。それは見えないだけで、確実に机の上にあるはずだ。すぐにアクシオを無言で唱えれば机の下にある手の中にコロリとした薄いものが飛び込んできた。ひぇえ、生爪…!
「じゃあ次はまた俺の番ですよ!手を置いてください」
「ああ…」
ダンブルドアは一気に肩の力を抜き、すぐに手を紙に置いた。
あーそうそう、質問、質問ねぇ、別に聞きたい事無いんだけどなぁ。
正直あの痛みを経験して頭が回らない。今痛みがないとは言え一度引いた血の気はなかなか戻らず吐き気と眩暈がする。うわ、俺の馬鹿。初めから痛覚消しときゃ良かった!
「んんー。じゃあ、好きな人は誰ですか?」
「………黙秘する」
「ええー恋バナ出来ないじゃないですかー」
そんな重大な質問だったか?
あー、そうか、もしかして今でもグリンデルバルドの事が好きなのかな?この辺の事、まだ詳しく明かされてなかったからなぁ。
「私とそんな話をして何になる?」
「ゴシップ好きなもんで、つい」
「ノアにはそのような存在がいるのか?」
「…まだ俺、手置いてないですけど」
「ただの雑談だよ」
つまり、嘘をついても爪が剥がれる事はないと。
俺は少し悩んだ。好きな人ねー。
──めちゃくちゃ沢山いるわ。ヴォルも好きだしこの人のことも好きだ。ってかハリポタファンだぜ?みんな好きに決まってるじゃん?
「居ますよー俺はみーんな好きなんで」
軽く言えば、ダンブルドアは目を細め、ただ「そうか」と呟いただけだった。
その後何度か質問を交わしたが、ダンブルドアの質問も取り止めのないもので、もう秘密の部屋の事を俺に聞くことは無かった。
30分が経過し、俺は金を受け取りポケットに爪ごと入れた。
「はぁー…無駄に疲れた」
窓の外はもう真っ暗だ。さっさと部屋に戻ろう。
今日、ヴォルは
スリザリンの地下寮に向かいかけていた足をくるりと移動させ、誰もいない廊下を歩き三階の女子トイレに向かった。
トイレの扉を開ければその先の洗面台の前にヴォルが1人で立ってるのを見つけた。物音がして驚いたのかヴォルが杖を持ち勢いよく振り返ったが、俺だと分かるとほっと息を吐き杖をおろす。
「…誰かと思ったよ」
「はは、悪ぃ。…もう
「いや、今から── オロチマル、おいで」
彼方からずりずりと何かが這いずる音が響く。洗面台が動き秘密の部屋への入り口が開き、その奥からにょろりとオロチマルが顔を出した。サングラスをしているとはいえ、目を見てしまったら石になってしまう。俺たちは視線を下に向けその目を見ないようにした。
「呼んだか…?」
「ああ、今日はお別れを言いにきたんだ。これ以上事を起こすと学校が閉鎖されるからね──暫くのお別れだ」
「またな!オロチマル!」
「そうか…ならば私はまた、継承者が現れるまで眠りにつこう…」
ヴォルと俺が手を伸ばしてオロチマルの頭を撫でれば、するりとオロチマルはヴォルの体に頭を擦る。…うーん、殺傷能力が無ければめちゃくちゃ良いペットになりそうなのになぁ。ヴォルも心なしか嬉しそうだし。あーまぁこいつ動物から嫌われて蛇しか懐かないからなぁ…。
「よし、サングラス外すから。ヴォル目を閉じとけよー」
「うん、わかった」
ヴォルが目を閉じたのを横目で確認し、オロチマルの顔あたりを手で撫でる。真っ黒のサングラスはこれで消えた筈だ。
「じゃあな、オロチマル──」
かちゃり、と異音が後ろからした。
後ろを勢いよく振り向けば、その扉が薄く開くところで──。
「──眠れっ!!」
扉が開き切る前に強く叫ぶ。ゴツっと何かがぶつかり続いて倒れた音が響く。
隣にいるヴォルは目を閉じたまま体を硬くし「何が…」と困惑し呟いていた。
「ヴォル、オロチマルを早く戻して」
「あ、…そうだね」
ヴォルがバジリスクに別れを告げ、またずるずると引き摺る音が聞こえ小さくなっていった。開かれた秘密の部屋は、音を立てて閉じる。洗面台はいつものように、普通の洗面台のフリをして静かに鎮座する。
てっきり誰も居ないと思っていた、マートルはもうここに籠る理由なんて無いはず、だが──。
「…マートル…」
扉を開けば、床に倒れ込むマートルが居た。
その足元にはいつものノートと羽ペンと中身をぶちまけているインク壺が転がっている。開かれたページには──。
「あーはいはいなるほど。そりゃ人気が無いところ探すわなぁ…」
「……何これ」
「こらこら、こういうのは見ちゃ駄目だ」
隣からトイレの個室を覗き込み、床に広がっているノートを見たヴォルは怪訝な顔をしてノートを指した。
そこに書かれている──描かれているのはえっちな絵だ。わかる…わかるぞ、背伸びして描いちゃうよな、18歳じゃなくても、そういう妄想をして描きたくなるよな。うん、俺は絵の才能が無かったが何回か描いたよ…いっそ画伯的な絵だったからちっともエロくならなかったが…。
誰にも見られたく無くて、このトイレに篭って描いてたわけだ。まさかそんな理由でトイレに篭るなんて思ってなかったぞ──危ねぇ!
「どう見ても僕とノアだ」
「…他人の空似だろ」
「なんでノアの背中に羽が生えて鎖でぐるぐる巻きにされてて僕は悪魔の羽が生えてるの」
「マートルの流行りなんだよ…」
「なんでノアの服は──」
「お前はなぜなぜ期か!」
これ以上マートルのイラストノートを晒すのはかわいそうだ、俺が他人に見られたら憤死する。そっとノートを閉じれば「天使と悪魔の
まさかこれ4冊目!?どんな大作なんだよ。…ちょっと気になるじゃん。
「…どうする?…聞かれたよね」
「蛇語だし、何を言ってるのかわからなかったと思うけど…俺の姿、見たかもなぁ」
「殺す?」
「おいおいおい…物騒な奴だなぁ…」
マートルは完全に眠っている。死んでは無い、ちょっといきなりすぎてあまりに強い眠り魔法をかけてしまったようだ。多分──俺が解呪しなければ永遠に目覚めない程の、強制的な眠り。ヴォルの事を考えればこのまま眠りの少女になってもらった方がいいだろう、でもこのまま永遠に眠るなんて可哀想だな、うん。せっかく…この世界のマートルは楽しい学生生活を送れているんだし…。
「殺さなくていい、マートルは俺の騎士だ。俺には忠実だから…黙っていてと言えば守るかもしれないけど…」
いや、流石に良心の呵責に耐えきれず、報告しに行くかな。それに、共犯者にさせるつもりはさらさら無い。
「ちょこっと記憶を弄ろう」
しゃがみ込み、マートルの額に手を当てる。掌が熱くなり、ぽう、と淡い光がマートルの頭を包み込み消えた。
「よし、これで大丈夫。ここで見た事、聞いた事は全て書き変わった。あとは…5分後に目覚めるように解呪して……──うん、戻るぞ」
「…そうだね」
マートルが小さく唸っているのを聞き、すぐに俺たちはトイレから廊下へ飛び出し、誰にもバレずスリザリン寮へ戻った。
翌日、朝食を取るために大広間に向かっていたら、マートルが興奮して顔を真っ赤にしながら俺たちの前に飛び出してきた。
あまりの勢いに、俺とヴォルは少し身を引いた程だ。
「ノ、ノアさん!わ、私!私昨日見たんです!」
「──何を?」
興奮するマートルの言葉にヴォルは一瞬目を鋭く光らせ、俺とマートルの間に入ると首を傾げた。途端にマートルはぽっと顔を赤らめ「大天使ノアを堕天させた悪魔トム…!」と呟いた。──聞かなかったことにしよう。
「昨日の夜、私トイレでノアさんの身体が光に包まれて輝き、そして、そして──女神様になっていました!」
「あー…」
成程、記憶を弄って俺がトイレにいた理由を適当にマートルが考えられる最も違和感の無い理由に置き換えた。辻褄を合わせる為だったけど、まさかそんな理由で納得するのか。
「黙っててくれる?」
「も、勿論です!黙ってます。誰にも言いません、私驚いて気絶しちゃって…あまりにノアさんが美しすぎたから…」
「ごめんね、俺びっくりして置いて行っちゃって」
「そんな!大丈夫です!…ふふっリドルくんとお幸せに!」
とんでもない捨て台詞を吐いてマートルはパタパタと走り去った。
唖然としてマートルを見送ったヴォルは俺を睨む。うん、何も言わなくとも言いたい事は伝わった。
「仕方がなかったんだよ、記憶を消すだけだったらトイレで何で気絶したのかって不審がられるだろ?」
「…そうかもしれないけどさ、…何?女神って…」
「そりゃ…女子トイレに俺が居たから、そう置き換えられたんだろ。少なくともマートルは俺が実は女体だと信じ込んでるな」
「……はぁ…」
ヴォルは額を押さえ深いため息をついた。
きっと、マートルのイラストノートの内容が書き換えられるのも、時間の問題だろう。
短い期間だったにも関わらず、沢山の投票ありがとうございました!
マートル生存ルートに入りました。
ちなみに死亡ルートだと概ね原作通りに進みますが、マートルはノアの背後霊よろしくずっと周りに浮遊することになっていました。