6年生になった。
今ヴォルが頭を悩ませているのは、きっとホークラックスの作り方だろう。ホークラックスを知ってからというもの、禁書棚で探してはいるが言葉と存在が書かれているだけで、詳しい内容が書かれているものを、まだ見つけることができてない。
どこかには、あるのかもしれない、だが限られた時間で探しきれるほど図書館の禁書の本は少なくない。
また今年も探しまくるんだろうなぁ。
「ノア、教師で誰か知っている人が居ると思う?」
「さあ?ダンブルドア先生とスラグホーン先生は知ってるんじゃね?」
「…取り入るならスラグホーンだな、僕は彼のお気に入りだし」
ヴォルは禁書棚から借りてきた──パクってきた本の一つから目を上げ、思慮しながら呟く。
「今度のクラブで聞いてみたら?貢物一つでも持っていけば喜ばれるかもな」
「そうだね…何がいいかな」
「そりゃ──知らないのか?」
「知らないよ流石に。教師の好物まで把握してないしね。…知ってるの?」
不思議そうなヴォルの言葉に、俺は首を傾げる。あれ?開心術使えないのか?閉心術は世に知られてない魔法ってセブルス言ってたよな、…開心術もそうなのか?
「開心術は?」
「ああ…あれは、練習相手が必要でしょ。アイツらに僕の心を覗かせると思う?」
「あー…」
アイツら、とはエイブリー達を指してるんだろう。確かにヴォルが彼らに練習したいといえば、当然彼らもその魔法を習得したくなるに違いない。そうなると──お互いに開心術を掛け合う必要がある。ヴォルは、それが嫌なんだろうな、…ま、友達じゃないってバレるわけにもいかないだろうし。
「んじゃ、俺と練習する?」
「え…。…いいの?」
「俺は開心術も閉心術も使えるから練習する必要は無いしな」
「…閉心術?それは…書いてなかったな、ノア、どこでそれを?」
「ま、いーからいーから」
ヴォルはすぐにどちらも使えるようになるだろう。
ベッドに寝転んでいた身体を起こし、立ち上がる。ぐっと伸びをして同じように立ち上がったヴォルと向かい合う。
「呪文と、やり方は知ってるよな?」
「まぁ…。…良いんだね、本当に」
「良いって。──開心術と閉心術の個別授業の開始だ!俺のことは先生と呼ぶように」
何故か困惑してるヴォルに、からかい混じりに言えば、ヴォルは少し呆れたような顔をして苦笑した。
そのあとヴォルは、いつも教師達に見せるように緩く微笑み、ゆっくりと口を開いた。
「ノア先生?開心術を教えて頂いても?」
「ははっ!…勿論だよ、トム君?」
こうして俺とヴォルの個人授業が始まった。
結論から言えば、ヴォルはすぐに開心術も閉心術も使えるようになった。
元々才能があったのだろう、数回で俺の心の奥まで入り込みかけた為、俺が防がなければならなくなったほどだ。
見られた記憶はこの世界に来てからの日常だったから特に問題は無かった。賢者の石を作ってるところを見られた時は少しヒヤリとした。俺が賢者の石持ってるって知ったら絶対欲しがるだろうし…ヴォルはただ薬を調合しているだけだと思ったのか、なにも追求しなかった。…危ねぇ、そうか、知られる場面が選べるわけではないのか。
この世界に来る前の事が知られなくて本当によかった!
「…これを使えば秘密を知る事も出来るし、僕の真意を誰も知る事がなくなる」
「だろうな」
「…ありがとうノア。今日ほど君と…幼馴染で良かった事はないよ」
「いやいや!もっと他にあるだろ!?」
そうかな?と笑うヴォルに少し不貞腐れてベッドに座りそっぽを向けば、ヴォルは楽しそうにくすくすと笑い俺の隣に座った。
「本当に、良い幼馴染だよ」
新しい魔法を習得したヴォルはご機嫌な声でそういうと俺の顔を覗き込む。
そんな顔を見ると──ま、良いかって思ってしまうあたり、俺も大概だな。
それからヴォルは開心術を密かに使い沢山の情報を集めた。勿論バレないように──ダンブルドアに不審がられないように──するのは簡単では無かったが、ホークラックスの為だと考えれば、ヴォルには苦では無かったのだろう。
クリスマス休暇が始まる前に開催されるスラグ・クラブでホークラックスの事を聞くつもりなのだろう、ヴォルはスラグホーンの好物の砂糖漬けパイナップルや彼の気に入りそうな話題を幾つか用意し、万全の準備を整えた。
「ノアはスラグホーンの接待をしてね」
「報酬は?」
「…レポート2教科分、どう?」
「のった!」
夜の8時から開催されたスラグ・クラブでは俺とヴォルを含めた6人の生徒たちが招待されていた。その中にはヴォルの一団のメンバーであるエイブリーやレストレンジも居る。まぁ由緒正しい家柄だからなぁ。
「ああ、ノア!さあさあここに座りなさい」
「ありがとうございます、先生」
俺が部屋に入るとスラグホーンは嬉しそうに俺を歓迎し、自分の隣の席を指した。そういや、俺がこのクラブに来るのは久しぶりだったな、スラグホーンは悪い人じゃ無いんだけど話がつまらないからなぁ…。
「先生、俺ワイン持ってきたんです。仕事で──あ、俺の
「ありがとうノア!」
喜んでワイン瓶を受け取ったスラグホーンはいそいそと棚にワイングラスを取りに行った。ちらりとヴォルを見れば「良くやった」と満足げな褒めるような目で俺に向かって微かに頷いた。
俺たちが席につき、スラグホーンが手を叩けば目の前に豪華なティーセットが現れる。それからは取り止めのない話や、スラグホーンのいつものような輝かしい過去の
さすがです、知らなかったです、すごいです、センス良いですね、そうなんですか?
男を喜ばせるさしすせそを大量発生させているお陰でスラグホーンは大変心地良さそうにワインに舌鼓を打っている。──俺だけキャバクラみたいになってねぇ?まぁ、手のひらで転がすのって意外と楽しいし悪い気はしないけどな!
「先生、メリィソート先生が退職なさるというのは、本当ですか?」
「トム、トム。たとえ知っていても君には教えられないね」
ヴォルの言葉にスラグホーンは叱るように指を振ったが、表情は明るく意味ありげなウインクをこぼす。
「まったく、君って子は…どこで情報を仕入れてくるのか、知りたいものだ。教師の半数より情報通だね、君は」
ヴォルは謙遜を思わせるように薄く微笑し何も言わなかった。他の生徒達はスラグホーンの言葉に笑い、ヴォルに称賛の眼差しを向ける。ちなみにメリィソートが退職するという情報は、ヴォルがメリィソートを開心術した時にたまたま知った。
「知るべきではない事を知るという、君の謎のような能力。大事な人間を喜ばせる心遣い──ところで、パイナップルをありがとう。君の考え通り、これは私の好物だよ。君は、これから20年の内に魔法大臣になれると、私は確信しているよ。引き続きパイナップルを送ってくれたら15年だ。魔法省には素晴らしいコネがある」
くすくすと笑い声が響く。それが冗談なのか、本心なのか──きっとエイブリー達は冗談だと取ったのだろう、だがこの言葉には僅かにスラグホーンの本心が混じっている。パイナップル云々ではなく、つまりこれからもスラグホーンにとって良い人間であり、彼のおかげで魔法大臣になれたと将来感謝するのならそのバックアップは惜しまない──という事だろう。
「先生、僕に政治が向いているかどうかわかりません。一つには、僕の生い立ちが相応しいものではありません」
「馬鹿な。君ほどの能力だ。由緒正しい魔法使いの家系である事は火を見るより明らかだ。──ああ、ノア!気分を害したかな?そんなつもりで言ったわけではないんだ」
「え?」
目の前のチョコケーキを食べていた俺はいきなり名前が呼ばれ首を傾げる。俺の顔を見てどう勘違いをしたのか、スラグホーンは焦ったように目を泳がせ眉を下げた。
「私は今でも君が魔法族生まれでないと信じられないのだ──いや、君のご両親を蔑むつもりではなく──その、つまり──わかるだろう?」
何がだ。と言いたい気持ちを堪え、にっこりと笑った。
「ええ、わかってますよ」
「そうか、それなら良かった。──トム、君は出世する。生徒に関して私が間違った事はない。ノア、君は将来どの道に進むかね?このまま…芸能界で?」
「うーん…そうですねぇ…まだあまりしっかりと考えてはいませんので…また、今度ご助言を頂いても?」
「勿論だとも!」
途端にスラグホーンは嬉しそうに何度も頷く。うん、扱いやすい人だ、悪い人では無いが、うーん。この人絶対キャバクラ行かない方がいいと思う。間違いなく尻の毛まで抜かれる羽目になる。
魔法界のキャバクラ…ちょ、ちょっとだけ気になる…!大人になったらヴォルと行こうかな。いや、俺とヴォルが行ったら逆にホストクラブみたいになるか?
スラグホーンの背後で、机の上の小さな金時計が11時を打った。もう11時か、そろそろお開きかな?
「なんとまあ、もうそんな時間か?みんな、戻った方がいい。そうしないと困ったことになるからね。レストレンジ、明日までにレポートを持ってこないと罰則だぞ。エイブリー、君もだ」
エイブリーとレストレンジは肩をすくめ、スラグホーンに背を向けたあと嫌そうに舌を出しくすくすと含み笑いをこぼす。
彼らが出て行った後、残ったのは俺とヴォルだけだった。
俺も、戻った方が良いか?と扉に視線を向けヴォルに聞けば、ヴォルは小さく首を振った。つまり、ここに居ろと言うことだろう。
スラグホーンはワイングラスを片付けていたが、俺たちの気配に気付くと振り返り、少し怪訝な顔で帰ることのない俺たちを見た。
「トム、ノア。早くせんか。時間外にベッドを抜け出しているところを捕まりたくないだろう。トム…君は監督生なのだし」
「先生、お伺いしたい事があるのです」
「それじゃ、遠慮なく聞きなさい、トム、遠慮なく…」
「先生、ご存知でしょうか…ホークラックスの事ですが…」
スラグホーンはじっとヴォルを見つめた。無意識だろうか、指で忙しなくワイングラスの足を撫でている。
暫くヴォルを見ていたスラグホーンは俺に視線を移すと、「ノア、君も聞きたいのかね?」と低い声で聞いた。えーと、どうしようかなぁ。
「…そうですね、知識に穴があるのが耐えられなくて。本には言葉しか載ってませんでしたから」
「ふむ……まぁ…ホグワーツでホークラックスの詳細を書いた本を見つけるのは骨だろう、闇も闇…最も闇深い術だ」
「本が、あるんですか?」
あれだけ探しても見つからなかったのに、スラグホーンの言い方だと何処かにあるのだと示しているように聞こえた、つい思わず口にすれば、スラグホーンは頷き「たしか、深い闇の秘術という本に載っていた筈だ」と、とんでもない事を言った。
本の名前まで教えてくれるなんてまぁ…ほらヴォルめちゃくちゃ喜んでるじゃん。
「でも、──先生は全てご存知なのでしょう?つまり、先生ほどの魔法使いなら──すみません。先生が教えてくださらないなら、当然──誰かが教えてくれるとしたなら、先生しかないと思ったのです。ですから…僕らは、先生に──伺ってみようと」
ヴォルの言葉は流石、人の心を掌握する術に長けている。遠慮がちに思慮深く、慎重にスラグホーンを煽て上げ、彼の弱い部分をくすぐり、俺という存在もさりげなく強調している。本が見つからなかった事を考えて、スラグホーンに引き続き聞くつもりなのだろう。
「まぁ──勿論、ざっとした事を君たちに話しても別に構わないだろう。その言葉を理解するためだけになら。ホークラックスとは、人がその魂の一部を隠すために用いられる物を指す言葉で、分霊箱の事をいう」
「でも、先生…どうやってやるのか、僕にはよくわかりません」
「それはだね、魂を分断するわけだ。そして、その部分を体の外にある物に隠す。すると、体が攻撃されたり破滅しても、死ぬ事はない。なぜなら魂の一部は滅びずに地上に残るからだ。しかし、勿論そういう形での存在は…」
スラグホーンは言葉を切り顔を顰める。まぁ、ゴーストとも言えないぼろぼろの畜生みたいになるからなぁ…映画館で見たあの姿はなかなかに強烈だった…。
「トム、ノア。それを望むものは滅多におるまい。滅多に。死の方が望ましいだろう」
「どうやって魂を分断するのですか?」
ヴォルは気持ちを抑えきれず、食い気味にスラグホーンに聞いた。いつもの微笑を消し、その目には凶悪な闇が宿っている。あー、スラグホーンが当惑してるぞ、ヴォル?いいのか?
「それは──魂は完全な一体であるということを理解しなければならない。分断するのは暴力行為であり、自然に逆らう」
「でも、どうやるのですか?」
「邪悪な行為──悪の極みの行為による…殺人を犯す事によってだ。殺人は魂を引き裂く。分霊箱を作ろうと意図する魔法使いは、破滅を自らの為に利用する。引き裂かれた部分を物に閉じ込める──」
「閉じ込める?先生、どうやって──」
結論を急がせるヴォルの袖を引いた。なんだ、と怪訝な目で見られたが、スラグホーンを顎で指せば、ようやく自分が急ぎ過ぎたのだと気付いたヴォルはぐっと唇を噛んだ。
「呪文がある、聞かないでくれ、私は知らない!私がやった事があるように見えるかね?私が、殺人者に見えるかね?」
「いいえ、先生、勿論違います。すみません…お気を悪くさせるつもりは…」
「先生、そんなつもりじゃなかったんです。…ただ、俺たちは知りたかっただけで」
スラグホーンは首を大きく振り、それ以上何も言う気が無いのはすぐに見てとれた。
しかし──やはり、気を悪くしたのは間違いない。いつもの目ではなく、どこか厳しい目でヴォルを見て「いや、気を悪くしてはいない」とぶっきらぼうに伝えた。
「こういうことに興味を持つのは自然な事だ…ある程度の才能を持った魔法使いは、常にその類いの魔法に惹かれてきた…」
「そうですね、先生」
この言葉は、スラグホーンのせめてもの言い訳──に、俺は聞こえた。
「でも、僕がわからないのは──ほんの好奇心ですが──あの、一個だけの分霊箱で役に立つのでしょうか?魂は一回だけしか分断出来ないのでしょうか?もっと分断する方が、より確かで、より強力になれるのではないでしょうか?つまり、例えば7という数は、1番強い魔法数字では無いですか?7個の場合は──?」
どうやらヴォルはこの機会に全てを聞き出すと決めたらしい。つまり、それからいくら疑われたとしても──ヴォルにとってスラグホーンはもう、用済みなのだ。
「とんでもない、トム!7個!1人殺すと考えるだけでも充分に悪い事じゃ無いかね?それに…いずれにしても…魂を2つに分断するだけでも充分悪い…7つに引き裂くなど…」
スラグホーンは困惑し、ヴォルをじっと見つめていた。この話をヴォルに伝えるべきでは無かったと、僅かな疑念と後悔がその目に揺れている。
「勿論、全て仮定の話だ。我々が話している事は。そうだね?学問的な…」
「ええ、勿論です」
「そうですよ、先生」
「しかし…いずれにしても、トム…ノア…黙っていてくれ。私が話した事は──つまり、我々が話した事は、という意味だが──我々が分霊箱の事を気軽に話したことが知られると、世間体が悪い。ホグワーツではこの話題は禁じられている…ダンブルドアは特に、この事について厳しい…」
「一言も言いません、先生」
「先生、ありがとうございました」
俺とヴォルは視線を交わし、頭を軽く下げると直ぐに部屋を後にした。
誰もいない廊下を足速に進み、無人のスリザリンの談話室を横切る。自室に入った後、ようやくヴォルは顔中に暗い歓喜の色を見せながら俺に向き合い、笑った。
「ノア、ありがとう。まさか本の名前を聞き出してくれるなんてね…これで、探しやすくなった…」
「ヴォル。お前は不死になりたいのか?」
「勿論」
「ふーん、なら俺が死んだ時は泣いてくれよ?」
「…ノア、僕と永遠に──一緒に生きるつもりは、ないの?」
その言葉は、なんていうか──あれだな。
ヴォルの中で俺への感情がまた溢れてるぞ。それじゃあまるで、俺がいないと嫌だって言ってるようなものじゃないか。
「俺は不死を望まない。まぁ、死ぬまでなら…側に居るさ。幼馴染だからな」
「…ま、今はそれでいいよ」
ヴォルは俺がすぐに頷くとは元々考えてなかったのだろう、気にせず少し肩をすくめただけで、それ以上深く聞く事はなかった。
いやいや、今はって、ずっとこの気持ちは変わらない。
……まぁ、賢者の石持ってるし、ある程度長生きするつもりでは、あるんだけどな。