チート能力を駆使して転生人生謳歌します!   作:八重歯

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31 お仕事体験

社会人になって、早いもので2年が過ぎた。

つまり俺は20歳になった。

 

最早俺の知名度は知らない人なんてこの地球に存在しているのか?というレベルになっている。魔法界でも、マグル界でも俺の美貌は全てを虜にし、熱狂的なファンがいる。

メイソンの事務所には常に夥しい量のファンレターや小包が送られ、途絶えることなくフクロウ便が飛び込んだ。

マグル界で活動するにあたり、ちょっと色々細工してそちらにも仮初の事務所を作り──メイソンが経営者として拠点を置いているそちらの事務所にも、郵便配達の人が毎日大変そうに手紙やプレゼントの山を届けた。

 

 

最近オーバーワーク気味だった俺は三日間の休みをなんとかもぎ取り、家に帰ってきていた。およそ1ヶ月半ぶりの我が家は知らない間に新しい家具が増えている。きっと、ヴォルが勝手に買ったのだろう。まぁ、別に文句はない、ヴォルのセンスが良いのは間違い無いし。

 

 

「ヴォルは明日も仕事?」

 

 

確か、明日の曜日は日曜日だったはずだ。

芸能活動に定められた暦通りの休日なんて勿論無い為、曜日感覚が狂うなぁ。ヴォルの店はいつ定休日なんだろ。

夕食後、暖炉の前のソファに座り赤ワインを飲んでいたヴォルに後ろから聞けば、ヴォルはグラスを少し下げて頷いた。

 

 

「うん、外商があるんだ。かなり珍しい宝物を持ってる資産家…コレクターが居てね。それを手放すように説得するのが僕の役目」

「へー?明日遊びに行ってやろ!」

「…だから、外商だってば。店に来ても僕はいないよ」

「つまんねー」

 

 

ソファの前に周り、ヴォルの隣に座る。せっかく店員してるヴォルを見に行こうと思ったのになぁ。

ヴォルは俺をじっと見て、「…一緒に来る?」と聞いた。え、仕事について行っていいものなのか?

 

 

「いいのか?」

「うん、外商先の女…ヘプジバ・スミスっていう老女なんだけど、ノアのファンらしいし、喜んで宝物の一つや二つくれるかも。僕は信頼されてるからね、店主は何も言わないさ」

 

 

ヘプジバ・スミス…。

うーん?聞いたことあるような、無いような。

まぁ、ヴォルの敏腕ぶりを見れるチャンスだ!せっかく誘ってくれたし、行ってみようかな。

 

 

「じゃあ、行く!楽しみだなー!」

「…あんまり楽しい外商じゃないよ。…ほんと、あの老女鬱陶しくて…仕事じゃなきゃ絶対関わりたくないね」

 

 

ヴォルはため息を一つ溢した。

めちゃくちゃ嫌そうに眉を寄せてるところを見ると、なかなかに偏屈な人なのかな?超頑固でなかなか宝物を売らないとか?ヴォルが相手の勢いに押されてたじたじになってるところなんて想像出来ないけど、それはそれで見てみたい!

 

 

「ふーん?まぁ、明日は邪魔にならないように大人しくするさ」

 

 

指を振りワイングラスを出現させる。俺がワイン瓶を手に取る前にヴォルがさっと手に取ると何も言わずグラスに注いだ。

 

 

「明日は、ちゃんと接待してね。…魅了させるんだ。お手の物でしょう?」

「はいはい…ま、ノア様の美貌にかかれば余裕だな!」

 

 

少し辛味の強い赤ワインを飲み、笑う。ヴォルがそれ程手こずる相手なら、ちょっと頑張っちゃいますか!

ぱちぱちと暖かい火の粉が弾け、ゆらりと暖炉の火が揺れた。

 

 

「…にしても、ヴォル。髪伸びたなぁ」

 

 

俺は手を伸ばしてヴォルの顔に陰影をつけるその黒髪をさらりと撫でた。

俺よりは短いけど。男にしては長い方だろう。

 

 

「切った方がいい?」

 

 

ヴォルは首を傾げ、自分の毛先を指で摘む。うーん。いや、普通にめちゃくちゃ似合ってる。久しぶりにじっくりとヴォルの顔を見たけど、年相応に成長してさらにイケメンに磨きがかかってるな。

 

 

「いや、似合ってるから良いんじゃね?俺の次にはイケメンだ」

「まぁ…そうだろうね」

 

 

ヴォルは俺の言葉に、あまり嬉しく無さそうだった。自分の顔を幾ら褒められても何とも思っていないような薄い反応に、首を傾げる。俺なら褒められたら嬉しいけどな。

 

 

「ヴォルって、自分の顔嫌いなのか?」

「…便利な顔だと思う。それだけさ。…母を捨てた奴と似てるなんて、嬉しくも何ともない」

 

 

ワインを飲みながらヴォルは低く呟いた。

あ、そういえばそうだったな。普通に忘れてたわ。

 

 

「そ?俺はヴォルの父親見たこと無いから知らないけどさ。ヴォルの顔は好きだけどな」

「……」

「…ヴォルって、まだ分霊箱作る予定なのか?もう2つでいいんじゃね?」

「いや、7つは作る」

「ええー…魂分け過ぎたら外見に影響出そうじゃね?実際ヴォルの顔色…昔とくらべてちょっと悪いし。ヴォルの顔面が醜くなったら……つ、辛すぎる…」

 

 

醜くなるどころか、鼻も無くなってまじで蛇みたいになるんだけどな。

まぁ、あの顔も、鼻がないのと、肌がなんか土気色を通り越して灰色なのと髪の毛がないハゲな事を無視すれば、目だけは綺麗なんだな、うん。

 

 

「──そんなに、この顔が好き?」

「俺は綺麗なものが好きなんだよ!俺のこの顔も勿論だけどな?」

 

 

ふふんと胸を逸らして言えば、ヴォルは呆れたような目で俺を見る。実際、美しいものは眼福なのだから仕方がない。

 

 

「ノアを分霊箱にしていいなら、それで終わっても──良いよ」

「……まじで?」

「うん」

「…ちょっと考えさせて」

「良い返事を期待してるよ。…お互いのためにね?」

 

 

ニヒルな表情で笑われた。

俺を、俺を分霊箱に!?まだその事考えてたのかよ…いや、まぁヴォルは7の魔法数字に拘るというか、それ程多くの保険をかけなければ不安だったのだろう、もし一つが壊されたとしても、まだ六つある、そう思いたい気持ちがわからないでもない。

だが、俺が分霊箱になれば、なによりも安全であり、それ以上作るつもりは無い…まじで?

 

さ、流石に即答できん!

これ、頷いたらなし崩しにヴォルに付き合ってマジで不死にされそうだし。

い、いやそもそも?万が一…もし、原作通りヴォルが闇の道に突き進んだら、俺最終的に死ぬやつじゃん!い、いやいや…それは…。まぁ、ヴォルを無惨に死なせるつもりは…もうあんまり、無かったけど…俺は善人じゃないし。

 

 

「ヴォルの顔面か、俺の分霊箱化か…」

 

 

唸る俺を見てヴォルはなんか楽しそうだった。

いや、流石に即答は出来ない!ちょっと暫く考えよう。うん。

 

 

「俺の分霊箱化は、まぁひとまず置いといて…明日、何時に出る?」

「四時に屋敷を訪問するから、…三時ごろかな」

「おっけー、んーっ…もう、俺は寝る」

「おやすみ。──よく考えてね」

「うっ…お、おやすみ…」

 

 

くすくすと笑うその声に、俺は口先をひくりと引き攣らせ、手を振って自室に向かった。

 

 

 

 

翌日。

ヴォルはヘプジバの屋敷に行く前に真っ赤な薔薇の花束を購入していた。イケメンに薔薇って、似合い過ぎて寧ろ気持ちがスンッてなる。飾り気のないシンプルな黒スーツ姿も、なかなかに似合っている。

俺も流石に私服じゃまずいかな、と思って同じような黒スーツを着ている。イケメンが2人道を歩けば自然と女性の目は俺たちを捉えて離れない。うんうん、イケメンのスーツっていいよな、めちゃくちゃわかる。

 

 

「ノア、その魔法具(眼鏡)…ちゃんと効いてる?」

「いやー俺の美貌はこんな道具で抑えられないんだよなぁ。騒ぎになって大混乱してないからさ、まだマシだぜ?マグル界で何度警察が出動したことか…」

「…これで、マシ…?」

 

 

ヴォルは怪訝な顔で後ろを振り向いた。

俺の魅力に当てられた人達は立つことが出来ず皆壁にもたれかかり胸を抑えている。…あ、あの女の子気絶しちゃってるなぁ。

 

 

「ノアって、…もしかして、本当にヴィーラの血をひいていたりしてね」

「それはないだろ、…俺の美しさはヴィーラ以上だ!年々神がかってきて、正直自分の魅力が怖くなる時があるな。美しさは罪…!」

 

 

肩をすくめて苦笑する。

昔、戯れに──冗談でこの顔面で世界征服しちゃおうか、なんて言ってたが、なんだかマジで出来そうな状況だ。

 

 

そんな事を話しながらヴォルは迷う事なく道を進み、一つの馬鹿でかい屋敷の門前にたどり着いた。うーん、アブラクサスの屋敷と同レベルのデカさだな。…まじで、大金持ちが住んでるんだな。…いや、俺の財産を持ってすればこのくらいの屋敷、買えるっちゃ買えるんだけど。既に俺のグリンゴッツの金庫は1つでは収まらず──ガリオンと、贈り物の宝石と金で埋め尽くされた金庫がなんと4つある。資産にすると、数えるのが馬鹿らしくなる程の金額だ。

 

ヴォルは大きな門扉を開け、玄関まで進む。

しかし呼び鈴を押すことはなく、じっと腕時計を見てしっかり四時になるまで待つつもりなのだろう。

 

 

「ヴォルの敏腕っぷりを見るの楽しみだ」

「…ま、頑張るよ。…色んな意味でね」

 

 

小声で言えば、ヴォルは同じようにひそひそと囁き、腕時計から顔を上げ玄関のベルを鳴らした。接待するなら、眼鏡は外して胸ポケットに入れておこうかな。

 

 

チリンチリンと高く澄んだ音が鳴り、少しして扉が開く。俺のヴォルを迎えたのはハウスエルフだった。

 

 

「お待ちしておりました…マダムは、貴方様を大変お待ちしております。さあ、中に──今日は、2人ですか?」

「ああ」

 

 

ヴォルはハウスエルフにぶっきらぼうに伝え、それ以上何も言わなかった。ハウスエルフは少し迷ったが、ヴォルを連れて行くことが最優先だと思い直したのか、俺とヴォルを通した。

 

 

う、うわー。

部屋の中がすげぇ。俺には宝物の価値なんて分からんけどさ、色んなものが無造作に詰まれ過ぎてない?これ泥棒きたら一発で全部盗られるんじゃね?…ちゃんと大事な物は隠してるのか?

 

ヴォルは何度もここに来た事があるのだろう、沢山の物に躓く事なく部屋を通り抜け、その奥にある扉に向かった。きっとこの先にそのヘプジバが待ってるんだろうなぁ。

 

 

俺は何回か床に転がってる物を踏み潰しそうになりながらさっと扉の向こうに消えたヴォルの背中を追った。ちょ、ちょっとくらい待ってくれよ!

 

何とか奥の小部屋に入ると、その先も同じように様々なもので溢れかえっていた。部屋の中央にある大きなソファには、ちょっと…いや、かなりふっくらともっちりと、でっぷりとした老婦人がヴォルをうっとりとした目で見ている。化粧のやりすぎで顔だけが白くのっぺりと浮いていて、頬は驚くほど赤い。

 

ヴォルはヘプジバの短く肉のたくさんついた手を取ると、深々とお辞儀をしその手に軽く口づけした。うっ…よ、よくやるなぁ。これも仕事のうちなんだろうけど…い、いや、俺もファンサービスはするから、うん、サービスの大切さはよくわかるよ…。

 

 

「お花をどうぞ」

「いけない子ね、そんな事しちゃだめよ!」

 

 

口でダメだと言いながら、ヘプジバは満足げに笑いすぐそばの空の花瓶に直ぐに大輪の薔薇の花束を飾り、うっとりとその花弁を撫でた。

 

 

「トムったら、年寄りを甘やかすんだから…さあ、座って、座ってちょうだい──」

 

 

ヴォルはヘプジバに促され、小さなテーブルを挟んだ前に座った。すると、丁度その少し後ろに居た俺と、ヘプジバの小さな目がパチリと会う。

 

 

「う、嘘──あ、あたくし、夢を見てるのかしら、トム?あ、ありえないわ、ノア…ノア・ゾグラフが居るように見えるの…」

 

 

ヘプジバはわなわなと口を震わせた。ヴォルは無言で俺を見て、顎でヘプジバを指し示す。あー、懐かしい!スラグホーン先生への接待を思い出す!

 

 

「夢…ではありませんよ、マダム?…無礼をお許しください、今日は…貴女に会うために、彼に無理を言って連れてきてもらったんです」

 

 

にこり、と微笑みヘプジバに近づいた。

ヘプジバの顔は頬のチークの色を超えて真っ赤になり、まるで恋する少女のような目で俺を見つめる。うーん、俺のファンだっていうのはマジだな、……あ、ヘプジバ!思い出した!

 

 

「マダム…いえ、ミス・ヘプジバ、とお呼びしても?」

「ノ、ノア…ノアに名前を…!も、勿論、勿論よ、ノア…!」

「ブルー・ダイヤモンドの指輪を、贈ってくれましたね?俺の誕生日に…ありがとうございます。いつも沢山の宝石や、珍しい品々…そして、何よりもファンレターを送ってくださってますね」

「あたくしの事を、知ってるの…?まぁ…!な、何てこと…!」

 

 

そりゃ、貴女の贈り物で俺のグリンゴッツの金庫が一つ埋まってますからね。流石に名前くらい覚えますって。

返事は出した事ないけど。これは事務所の方針だから、仕方がない。

 

 

「彼──トムは、俺の友人なんです。ミス・ヘプジバに会うと聞いて、感謝を…貴女だけに、直接伝えたくて」

「なっ…そんな、そんな…!大した事は、してないわ…!ああ、ノア、ねえ、その…こ、これからも応援しているわ」

「ありがとうございます」

 

 

ヘプジバが震える手を差し出してきた。

ファンサービスだ。流石に口付けは出来ないが、俺はその手をそっと握り微笑んだ。

 

ヘプジバは「この手、もう洗えないわ」と呟き恍惚とした顔で自分の手を見つめている。

ちらり、とヴォルを見れば、しっかりとした対応が出来る俺を意外に思ったのか、少し複雑な表情をしていた。

俺だって社会人になってそれなりだからな、この業界も長い、ある程度人を喜ばせる話術は習得してる。──ま、ヴォルには負けるけど。

 

 

「俺の事は、気にせず…トムと話をしてくださいね」

「えっ…ノアも話しましょう?ね??ねっ?いいでしょうトム?」

「勿論です」

「ね?ほら、トムもこう言っているわ。…ノア、ほら、座って?」

 

 

なんと、ヘプジバは少し体をずらして自分の隣をぽんぽんと叩いた。

隣…かなり狭くねぇ?普通にくっつくんじゃねえ??いや、魔法で椅子出現させてくれよ…──いや、この顔は確信犯だな!?んで、ヴォルは……はいはい、この人を不機嫌にさせるなと言いたいんですね。わかりましたよ!

 

 

「…失礼します」

「ふふふっ!ノア、ああ、可愛いノア…」

 

 

俺が隣に座り何とか離れようと身を縮こませたが、ヘプジバは甘えたような声で俺の耳に囁き、俺の太ももの上にそっと手を置いた。──俺はホストじゃねぇ!!

 

 

「それで?トムはどういう口実でいらっしゃったのかしら?」

「…店主のバークが、ゴブリンが鍛えた甲冑の買値を上げたいと申しております。500ガリオンです、これは普通ならつけない、よい値だと申して──」

「あらまあ、そんなにお急ぎにならないで。それじゃまるで、あたくしの小道具だけをお目当てにいらしたと思ってしまいますことよ!」

 

 

ヘプジバは睫毛をぱちぱちとさせ、悪戯っぽく意味ありげな目配せをヴォルにする──そうしながらも俺の太ももを撫でる手は止まらない。耐えろ、俺、この外商について行きたいって言ったのは俺だ。ヴォルの仕事の邪魔をするわけには…!ヴォルの言う、絶対関わりたくないの意味がようやく理解できた!

 

 

「…そうした物のために、ここに来るよう命じられております。マダム、私は単なる使用人の身です。命じられた通りにしなければなりません。店主のバークから、お伺いしてくるようにと命じられまして──」

 

 

ヴォルの声は静かで、機械的な言葉だった。うーん、ヴォルの仕事大変すぎる、こんな人ばっか相手してるのか?まぁ、この人はヴォルにメロメロ状態──いや、今は俺か?──だけど、ストレス溜まりそうだなぁ。

 

 

「まあ、バークさんなんか…!ふふっ!まぁ、でもいいわ、ノアに会わせてくれたお礼に、500ガリオンでお売りするわ!」

「…ありがとうございます、マダム」

 

 

ヴォルもこれ程スムーズに決まると思ってなかったのか、少し目を開いたが薄く微笑んだ。よし、仕事終わったか?んじゃさっさも帰ろう。

 

 

「そうだわ!ノアもいるし…トムとノアにだけ、特別に我が家の最高の秘宝をお見せするわ!でも、秘密を守ってくださる?バークさんには、あたくしが持ってるなんて言わないって、約束してくださるかしら?バークさんにも売らないわ、誰にもよ!…でも、トム、あなたには、その物の歴史的価値がおわかりになるわ…ガリオン金貨が何枚になるのかの価値じゃなくってね…」

「ミス・ヘプジバが見せてくださる物でしたら、なんでも喜んで拝見します」

 

 

ヴォルも、ミス・ヘプジバ呼びになっている。名前を呼ばれたヘプジバは少女のように頬を赤らめくすくすと笑った。

 

 

「ホキーに持ってこさせてありますのよ…ホキー?どこなの?トムとノアに、我が家の最高の秘宝をお見せしたいのよ…ついでだから、二つとも持っていらっしゃい……」

「マダム、お持ちしました」

 

 

このハウスエルフはホキーと言うらしい。

ホキーは二つに重ねた革製の箱を運び、ヘプジバに渡すと少し後ろに下がった。

 

…おや?…なんか、この流れ…知ってるような…?

 

 

「きっと、気に入ると思うわ、トム、ノア…ああ、あなたたちにこれを見せていることを親族が知ったら…あの人たち、喉から手が出るほどこれが欲しいんだから!」

 

 

ヘプジバが蓋を開け、絹の中にすっぽりと埋まる、金の小さなカップが姿を現した。なかなかに細やかな細工された二つの取手がついている。

 

 

「何だかお分かりになるかしら、トム?さあ、手にとってよく見てごらんなさい!」

 

 

ヘプジバが囁くようにいい、ヴォルはすらりとした手を伸ばしカップを掴み上げた。

その暗い灰色の目が一瞬赤く光る、うーん、やっぱり、これってあれじゃん。

 

 

「穴熊。…すると、これは…?」

「ヘルガ・ハッフルパフのものよ、よくご存知のようね。なんて賢い子!」

 

 

ヘプジバは前屈みになり身を乗り出すと、茶目っ気たっぷりに笑い、ヴォルの頬を撫でた。ヴォルの眉がぴくりと動いたが、こちらずっと足撫でられてるんだぞ??頬くらい我慢しろよ。

 

 

「ほらほらノア、あなたも見て?」

「…ええ、ありがとうございます」

 

 

ヘプジバはヴォルの手からカップを取ると、俺の手にそっと乗せた。

うん、確かに美しい品だと思う。つまり、ということは。この後この人はヴォルに殺されるのか。やべぇ…これ、俺が分霊箱化しなきゃ、ヴォルがこれとあれを分霊箱にする流れになってしまう!

 

 

「…とても綺麗なカップですね」

「そうでしょう?ああっ、ノアが持つと一段と輝くわ…!あたくし、ハッフルパフのずっと離れた子孫なの。これは先祖代々受け継がれてきた物なの。こうして、安全にしまっておかないと…」

 

 

ヘプジバは俺の指を掴み、一本一本ゆっくりと離すと、甘ったるい顔で微笑み、カップを戻した。うーん、先祖代々か、こっちは流石に手に入れるのが難しそうだ。

 

 

「さて、それじゃあ。ホキー、これを片づけなさい。…トム、ノア…あなた達はこちらがもっと気にいると思うわ」

 

 

カップの入った箱をハウスエルフに渡したヘプジバは、平たい箱をよく見えるように机の上に置いた。

 

 

「少し屈んでね、よく見えるように…もちろん、バークはあたくしがこれを持っている事を知ってますよ。あの人から買った物ですからね。あたくしが死んだら…きっと買い戻したがるでしょうね…」

 

 

ヘプジバはくすくすと楽しげに笑い、留め金を外し、箱を開ける。箱の中では、滑らかな真紅のビロードの上に金のロケットが静かに鎮座していた。

 

ヴォルはそれを見るとヘプジバの言葉を待たずに手を伸ばし、ロケットを明かりにかざしてじっと見つめる。うーん、やっぱスリザリンのロケットだったか。

 

 

「スリザリンの印」

 

 

ヴォルが小声で囁く。

魅入られたようにじっと見つめるその表情を見てヘプジバは手を叩いて喜んでいたが、ヴォルは間違いなくただ魅入られているわけではない。

このスリザリンのロケットは、もともとヴォルの家系のものだった。…絶対手に入れたいと思ったに違いない。

 

 

「身包み剥がされるほど高かったわ。でも、見逃す事は出来なかったわね。こんなに貴重なものを…どうしても、あたくし…コレクションに加えたかったのよ。バークはどうやら、見窄らしい身なりの女から買ったらしいわ。その女はコレを盗んだんでしょうね、全く価値がわからなかったようだもの」

 

 

その言葉を聞いた途端ヴォルの目が赤く光った。ロケットの鎖にかかる手が、血の気が失せるほど白くにぎられ微かに震えている。

 

 

「さあさあ、ノアも見て?美しいでしょう?」

 

 

ヴォルは手を離さないかと思ったが、その手からするりとロケットはすり抜け俺の手のひらに収まった。…うーん、確かにめちゃくちゃ輝いてて綺麗。別に俺はいらないけど。

ヴォルは──凄い目で見てる、そりゃ、欲しいよなぁ。元はと言えば自分の家系のものだし。

 

 

「ヘプジバ」

「な、なぁに?ノア?」

 

 

俺はそのロケットの銀色の鎖を持ち、自分の首にかけた。鎖に巻き込まれた髪を手で払い、小首を傾げ、ヘプジバの座るソファの背に腕を乗せ、至近距離でヘプジバの目を見つめる。ちょっと上目遣いの特大サービスだ。

 

 

「知ってると思うけど、俺…スリザリン生だったんだ。かなりスリザリンには思い入れが深くてね…ねえ、これ、俺にちょうだい?」

「えっ!…そ、それは…それは無理よ、だって、凄く高価で…その、凄く美しくて価値があるものなの…」

「ヘプジバ、その高価で、美しくて、価値があるもの…俺に相応しいと思わない?」

 

 

ヘプジバの声は狼狽えていたが、俺が彼女の耳に揺れるなんかでかいピアスを優しく撫でて甘く──強く、力を込めて囁けばびくりと肩を震わせ恍惚とした笑みを浮かべた。

 

 

「ええ…ええ、そうね…たしかに、よく考えれば…あなたに1番相応しいわ…ええ、そうよ、ノア…あなたに1番相応しい…」

「これ、くれるよね?」

「勿論よノア…」

 

 

いやぁ、ちょっと魅了して服従させちゃったかな?まぁ、ほら、俺は普通に喋っただけだから無問題。俺の魅力が凄すぎるせいだから!

 

 

「ありがとうヘプジバ。代わりに何が欲しい?」

 

 

流石にただで貰うのは気が引ける。

幾ら高額な金を言われても出せる程度には金持ちだし、服をくれと言えば脱ごう、サインなら喜んで!

 

 

「ノア……あなたの唇がいいわ」

「……えぇ…」

 

 

まって。

いや…流石に…。

いや、でも、このロケット…俺のキス一つ分くらいの価値はあるのか?俺のキスって、値段つけるとしたら100000ガリオンくらいするんじゃね?

…仕方ない、ヴォルの為だ!!

俺は覚悟を決めると、ヘプジバの顎を掴んだ。

 

 

 

「──ヘプジバ、目を閉じて?」

 

 

うっとりとした目を見せていたヘプジバはそっと目を閉じる。ちらり、と横目でヴォルを見れば、…何だその顔。ショックと苦虫噛み潰したような顔でめちゃくちゃ渋い顔になってる。

 

キス──するわけねぇだろうが!!

魔法で何とかするわ魔法で!!

 

 

俺は無言でヘプジバの口元に手をかざす、「チュッ」と小さくリップ音を舌で鳴らせば、ヘプジバはびくりと体を震わせそのまま──気絶した。

 

 

「……ミス・ヘプジバー?……イっちゃってるな」

 

びくびくと痙攣し、口から涎を流すヘプジバの目は薄く開いて白目を剥いている。うーん、軽くホラーだ。

 

 

「えーと、ハウスエルフの…ホキー?だっけ、君の主人はこうなってるから、俺たちは帰るから」

「か、かしこまりました」

 

 

俺はロケットを首から外し、革の細く平たいケースに戻すとしっかりと留め金を閉じ、ポケットに無造作に入れた。

 

 

「ヴォル、帰るぞ。もういいんだろ?」

「…うん、そうだね」

 

 

俺たちはまたごちゃごちゃとした物の間を通り、屋敷から出た。

いやーちょっとヴォルの仕事っぷりが見たいと思ってたけど、とんでもないタイミングだったな。

 

周りに人が居ない事を確認した俺はヴォルの腕を掴み、家に姿現してすぐに屋敷を後にした。

 

 

「あーー!疲れた!俺めちゃくちゃ頑張った!」

 

 

スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイに指をかけ緩めぽいと捨てた。ジャケットとネクタイはふわふわといつもの洋服ダンスに勝手に収まる。

 

暖炉の前にあるソファに座り、撫でられすぎて気持ち悪い前腿をズボンの上からゴシゴシと撫でる。

ぐったりとしていると、ヴォルはジャケットも脱がずに俺の前に立つと急に目線を合わせるようにその場に膝をついた。

 

 

「ノア…そのロケットだけど──」

「ああ、やるよ。…はいどーぞ」

 

 

俺はポケットに手を突っ込みヴォルに向けて差し出した。ヴォルは目を見開き、その箱を受け取ると「いいの…?」と呟く。

 

 

「だって、それ…スリザリンの子孫のならさ、ヴォルのなんだろ?」

「…うん、そうだ。…あの老女が言ってた女は──きっと僕の母親だ」

「そうだろうな。なら、俺が持つ物じゃない、ヴォルが持った方がいい。…ってか、その為にあの人から貰ったわけだし」

「…ノアが欲しかったんじゃないの?」

「別に?綺麗なロケットだとは思うけど、興味ないね」

「……僕のために?」

「そうだけど」

 

 

ヴォルはぐっと言葉を詰まらせた。そんなに欲しかったのか、そりゃそうだなぁ。スリザリン家系の家宝でもあり、母の形見…のような物なのか?

 

 

「ありがとう、ノア…」

「もっともっと言ってくれ!俺マジで頑張ったんだからな!褒め称えよ!」

 

 

踏ん反り返り、茶化すように言えばヴォルも少し笑って俺の隣に座り「流石ノア、凄いね」と素直に言った。…何だかその言い方が子どもに対して褒めるような声音だったのはもう無視しよう、うん。

 

 

「ハッフルパフのカップも欲しいな」

「…今度は俺の唇じゃなくて、体を要求されそうだ」

「魔法で何とかなるでしょ」

 

 

キスも回避してたし。とヴォルは簡単に言うが、そういう問題ではない。

 

 

「何とかなる。──だけどな、あの老女の中で俺とヤったっていう事実がある、それに俺は耐えられない!」

「…確かに気持ち悪いね」

「だろ!?さっきの唇が欲しいっつーのも大概ぞわぞわしたのに…危うくファーストキスがあの人になるところだった…俺最強の魔法使いで良かった…」

「…え。…童貞なだけじゃなくて、キスもまだなの?流石に……ちょっと引くね」

「てめぇ!!ロケット返せ!」

「嫌だ」

 

 

ファーストキスはレモンの味なのかどうかを早く知りたいのに、何故俺は童貞で、キスの一つもしてないんだ。

 

ぶつぶつ文句を言っていると、ヴォルは何故か笑っていた。そんなに俺がファーストキスもまだなのが面白いのか!?

 

 

 

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