執事としてルシウスの側で影のように仕えてから数ヶ月が経った。
ルシウス含めて新入生達もホグワーツでの生活に慣れ、授業も問題なく過ごせるようになった頃。俺はいつものようにスリザリン寮でソファに座り優雅に休日を過ごす
談話室の一角、寒くなってきた今では暖炉に1番近いここが特等席だが、当たり前のように一年生のルシウスが座っている。
その事に近くに座るベラトリックス、アンドロメダ、そして監督生やほかの純血一族は誰も文句は言わない。
勿論、ベラトリックスとアンドロメダはブラック家の子ではあるが、本家ではなく、男でもない。この中で最も高貴な血が流れているのは、マルフォイ家の次期当主であるルシウス・マルフォイ、その人なのだ。
下級生が何食わぬ顔でいい席に座ることができる。
それ程、スリザリン寮の中で純血というものは尊く特別なものになっているらしい。
俺が学生の時はそうでもなかったが、ヴォルデモートという今1番アツい話題の人が純血を何よりも敬っている──らしい──という噂なのか事実なのか微妙な話が一人歩きし、今ではスリザリンでは純血であるほど偉く、発言力を持つようになっている。
彼らの話を聞いている限り、どうやらヴォルが混血だと言う事は…子ども達はあまり知らないようだ。子どもの親なら同世代もいるだろうし知っていてもおかしくないが、緘口令を敷いているのか、それともスラグホーンのように優れた魔法使いや魔女の血は当然のように尊いものであり、混血などありえないという根強い思想があるからなのか、──それとも、混血をトップに置く事が、彼らは耐えられず見て見ぬふりをしているのか。
スリザリンは昔と比べてやや閉鎖的にはなっている。まぁ純血が圧倒的に多いのだから仕方がないだろう。
だが、それでも闇の魔法使いばかり排出している寮、というイメージはそれ程なく、何となく他の寮とも交流がある者も多い。
勿論、混血やマグル生まれを元々下に見ている者が多いのは事実であり、やや白い目で見られてはいるが。
まぁ、ヴォル…ヴォルデモートの思想に賛同しているのはなにもスリザリン生だけではない。レイブンクローやハッフルパフ、グリフィンドールにも、表立って「ヴォルデモート様万歳!」とは言わないが、隠れて不便な生活をしなくてもいいのならいいんじゃない?というものは多い。
いや、マグルの制圧がどのレベルなのか、気になっていて沈黙を守っている者が多いと言うべきだろう。──最も、マグル生まれはかなり肩身の狭い思いをしている。
家族は手にかけないとはいえ、隣人やマグルの友人はその制圧対象なのだから、彼らの気持ちはよくわかる。俺の親はマグルだった。
……と、俺はずっと思ってるんだけど、実際のところどうなんだろ?マグルの強盗に殺されて、マグルの警察に保護されて、マグルの運営する孤児院に入所した。──多分、マグルなんだよな?知らんけど。今更マグル生まれって言いまくっていて実は魔法族ですなんてちょっと恥ずかしくて言えないな。
話がずれた。
とりあえず、マグル生まれは肩身の狭い思いをしているが、かといって反乱するわけでも、不死鳥の騎士団に入るわけではない。誰だって負け戦には参加したくないだろう。──それ程、ヴォルデモートの力は大きくなりつつある。
皆、どちらに付くべきなのか、流れに身を任せる事にするのか、悩んでいるのだ。
子どもですらこうなのだから、きっと大人たちはよりそれが顕著なのだろう。
マグルの世界でも隠れる事なくいつでも好きに魔法を使い不便なく暮らしたいけど、マグルの制圧までは望んでいない。──だが、ヴォルデモート率いる死喰い人の数が多すぎて、何も言う事が出来ない。
そんなとこだろうな。
「ベラやアンはヴォルデモート卿とお会いになった事があるのか?」
ルシウスが、クッキーを摘んでいたベラトリックスとアンドロメダに静かに聞いた。
2人は顔を見合わせた後、特にその質問に関する不信感も見せず首を振る。
「会ったことは無いわ」
「父様は集会でお会いになった事はあるらしいけど。…私たちはまだだね」
「そうなのか…」
「…ルシウスは、ヴォルデモート卿の思想に賛同しているのかい?…あんたの父さんは──断ったらしいじゃないか」
ベラトリックスは目を細めてルシウスを見る。
ルシウスは一口紅茶を飲み、肩をすくめた。
「父上は、別の人に忠誠をお誓いだったからな」
「何?…それは、初めて聞いたね。…まさか…ダンブルドアなんて馬鹿なこと言わないよねぇ?」
「いや、ノア・ゾグラフだ」
ルシウスは俺の名前を呼び捨てで言う。少し指が震えていたがそれでもぴくりとも表情は変えない、きっと内心では後悔と懺悔が渦巻いているだろう、開心術を使わなくてもわかってしまう。
「ノア・ゾグラフ…ああ、ノア様かい?」
「ノア様!本当に、美しいお人ですよね…」
ベラトリックスは怪訝な顔をしていたが、納得するようにあっさりと頷き新しいクッキーを口の中に放り込む。アンドロメダはぽっと頬を赤らめうっとりとした声で呟くと感嘆の吐息を吐いた。……おやおや?
「同じ人だとは思えないわよね?父様と母様も写真を持っていたの、初めて見た時…絵本の中に出てくる天使様だと思ったわ!」
「亡くなられた今でも熱狂的なファンは世界中にいるからねぇ。…歩くだけで全ての人を魅了し侍らしていたらしいじゃないか?実は、唯一の男ヴィーラじゃ無いかって聞いた事があるよ」
「ルシウス、マグルの手であんな素晴らしい人が…殺されたって噂…本当なの?あなたの父さんは何かおっしゃってた?」
本人を目の前にして、噂話を聞くなんて思わなかった。
アンドロメダは声を顰めながらルシウスに聞く。ルシウスは紅茶を飲んでいるふりをしていたが、なんと答えていいのか悩んでいるようだった。
ルシウスは知っている。俺がマグルのせいで居なくなったのではなく、ヴォルデモートの手によって眠らされていたのだと。
「…何も、仰らなかった。その日の事は思い出すだけで辛い最悪の記憶らしい。──ただ、何処かで必ず生きておられる。…そう、ずっと言っていた」
「ふーん…?まあ、狂信者達はまだ生存を諦めずに探してるって聞くしね。どっかの国で幽閉されてるとかなんとか、聞いた事があるよ」
「囚われのお姫様なのよね?ヴォルデモート卿も、ノア様を探しているらしいわよ?…何でも、ノア様はかなり優れた魔法使いでもあられたから…」
「まぁ、死喰い人の半数はノア様の信者だったからねぇ…」
色んな噂が一人歩きしているようだ。
15年も経つんだ、きっと色々言われていると思ったが、なんともまぁ──俺の魅力は尚も健在のようで。
「同じ名前の、ノア。…お前はノア様について何か知ってる事はあるのかい?」
アンドロメダが俺を見て笑った。
俺とノア様では全然魅力が違うと言いたげな目だが!この外見もイケメンだぞ!?ブラック家がイケメンパラダイスすぎて基準がおかしくなってるだけだ!
「そうですね。私は…微かにノア様が生きておられた時の事を覚えています。…歩くだけで全てをインペリオし、その流し目により恋のクルーシオに苦しめられた者が多数居る。──その噂は正しく。何よりも美しい人でしたね」
自分の事を過大評価するのは恥ずかしい事だろう。
だが、この評価は過大評価でも何でも無い──事実だ!
「一度でいいから、写真じゃなくて本物を見てみたかったわぁ…」
アンドロメダは目を輝かせて虚空を見つめる。その脳裏にどんな妄想が巡っているのか…ちょっと開心術しようと思ったけど、乙女の妄想ほど強烈なものはない。マートルの一件で嫌ほどわかっている俺はアンドロメダから視線を外し、ベラトリックスににこりと微笑んだ。
ベラトリックスは少し目を見開き、青白い頬を染めると紅茶をごくごくと一気飲みした。
「ルシウスは、ヴォルデモート卿の考えに賛同するのかい?」
「ああ…魔法族が隠れ暮らすのは間違っている。…それに、今の魔法界には…純血を第一に考えない者が多すぎる…ある程度分らせなければならない。…そう、思う」
気を取り直したベラトリックスが話題を戻せば、ルシウスは静かに答える。
ベラトリックスはすっと目を細めてルシウスを見ていたが、満足そうに笑うと無言でまたクッキーに手を伸ばした。
「父様に言っておくよ。父様は、何度か集会に呼ばれるからね…純血貴族を代表して、ヴォルデモート卿と話す機会があるらしい」
「そうなのか。…ああ、是非頼む」
「お前に借りを作っておくのも悪くない。…将来シシーの旦那になるんだしねぇ?」
くすくすとベラトリックスは何かを企んでいるような顔で笑う。
ルシウスは
「──さて、皆様そろそろ就寝の時間ですよ」
俺は手を叩き机の上からティーセットを消す。
彼らは壁にかけられた時計を見てもうそんな時間か、と立ち上がりぐっと伸びをする。
「坊ちゃんは、寝る前に
「…ああ、わかった」
机の上に教科書や羊皮紙を出せば、ルシウスは頷き一度上げていた腰をもう一度椅子の上に下ろす。
ベラトリックス達はこんな遅くまで大変だな、という目でルシウスを見たが、1人、また1人と部屋に戻って行く。
談話室には俺とルシウスのみが残り、しん、と静まり返った。
「さて──」
俺はルシウスと自分自身を囲うように防音魔法をかける。これで誰かが談話室に戻ってきても黙って勉強しているようにしか見えないだろう。
「ルシウス、そんなに急がなくてもいいんだぜ?」
「申し訳ありません…」
「謝らなくていいって。まぁ、暫くは何も言わなくていい。ベラトリックスの動きを待とう」
「はい。このまま…純血主義を掲げて、ヴォルデモートに賛同を示せば…良いのですね?」
「ああ、頼むよ。ありがとうな」
「はい…。──ノア様!」
「な、何?」
ルシウスは突然俺に向かって祈るように指を組み、その手を額に押し付けぎゅっと目を閉じた、僅かに手は震えていて、顔色もとても悪い。
「私はとんでも無い罪を…!ノア様を、──よ、呼び捨てにするなど…!」
「…は?」
「お許しください…!」
「いやいや、俺全然気にしてないから!」
慌てて言えば、ルシウスは少し表情を緩めたが、それでも自分自身が許せないのかぎこちない表情で俯いてしまう。
うーん、主人してる時は堂々としてるのになぁ。
「大丈夫、ちゃんとわかってるから。…な?」
「……はい…お慈悲を、ありがとうございます…」
慈悲とかでは無いのだが、ここでまた違うと言えばルシウスは変に深読みして鬱々としてしまうだろう。俺はルシウスの肩を慰めるようにぽんと叩いたが、その瞬間ルシウスはびくりと震え俺の顔を情けない表情で見た。
「…さ、もう部屋に行って寝ちまえ」
「はい…おやすみなさいませ、ノア様…」
俺は周りにかけていた防音魔法を消し、ルシウスに笑いかけてすっと美しくお辞儀をした。
「おやすみなさいませ、坊ちゃん」
ルシウスは少し虚をつかれたような目をしたが、小さく頷くと無言で自室へと上がった。
誰もいない事を再度確認して、俺も自室へと戻る。
ベッドの上にある鞄を開き、なんとなく中から日記や指輪──家から持ってきたものを出して並べた。
「……分霊箱、増えてないよな?」
なんとなく、どれもぼんやりと魔力を感じる。日記を除き、それなりに力のある秘宝ばかりだからかな。
だけど、ヴォルの力を感じるのは、日記と指輪の二つだけだ。何度調べても、それは変わらない。
最後に見たヴォルと、今生きているヴォルの外見の差から何個か分霊箱を作っているものとばかり思っていたが、スリザリンのロケットとレイブンクローの髪飾りにはヴォルの力を感じない。
あの後アブラクサスに調べてもらったが、ヘプジバはまだ在命だ。──おそらく、ハッフルパフのカップもまだ彼女が所有しているのだろう。
他に、ヴォルが分霊箱にする可能性があるものといえば。
「……まさか、あいつ…」
血の誓いのペンダントか?
……あり得るな。あのペンダントは、間違いなくヴォルにとって価値のあるものだ。大切に肌身離さず持っているだろうし、可能性は高い。
俺は、血の誓いを破るつもりは──本心を言えば、したく無い。
だが、俺とヴォルが出会い、交渉が決裂した時、俺はきっとそのペンダントを破壊しなければならない。
そうなった時、もしペンダントが分霊箱となっていたら──俺の手で、ヴォルの魂の一部を消滅させる事になる。
それは、嫌なんだよなぁ。
こうやって、分霊箱を集めてみたけど、別に壊したいわけでも、交渉の材料にしたいわけでもない。
ただ、今のヴォルの姿が気になったから、それだけだ。
原作通り分霊箱作りまくってたら蛇面になっているだろうし、そうじゃ無いなら──アブラクサスの言うように、まだ人間らしくイケメンなのだろう。
「…40歳のヴォルかぁ……めちゃくちゃイケオジになってそう」
想像も、出来ないが。
どーしても蛇面のお辞儀様が出てきてしまう。愛すべき蛇面。ちょっと抜けてて癇癪持ちの闇の
「ほんと、どこで何をしてるんだか…」
俺は黒い日記の表紙を優しく撫でた。──ちなみに、前につけたミネストローネの汚れはまだ残っている。