2年目が始まった。
ルシウスは学年トップの成績を収め、スリザリン生からの評価を上げつつ、交友関係を広めていった。
まぁ、由緒正しい純血一族であるルシウスの評価は元々かなり高かったが。
1年目とあまり変わりのない日々を過ごしていたが、その中でも僅かに変化はある。
変わった事といえば、ルシウスの将来のお嫁さんであるナルシッサが入学した事だろう。とても愛らしく可愛い少女と、美しいルシウス。2人が座ってるだけでまじで絵画かな?って思うほどの圧倒的な美!
そこに、紅茶を渡すイケメン執事の俺が加われば、ただの談話室が一気に華やかになる。
ルシウスは決められた許嫁であるナルシッサの事を、とても優しい目で見つめていた。多分、普通に愛してるんだと思う。決められた結婚だとしても、その2人の間に確かな愛があるのだと、俺は知っている。
──いや、違う、駄目だ。
俺は幸せそうにゆったりとした時間を楽しんでいるルシウスとナルシッサを見てそう思ったが、内心ですぐにこの考えを否定した。
駄目だ、
彼らは今を生きている、俺の知っている人とは別だ、情報に引っ張られるな!ちゃんと、1人の人間として、見ないと──。
「ノア?」
「──、申し訳ありません、坊ちゃん」
ルシウスの怪訝な声にハッとして笑みを作り、空になったカップに向かって指を振り紅茶を注ぐ。ルシウスも、俺がこんなミスをするのは珍しいと思ったのか少しだけ心配そうに目を揺らせたが、2人きりでない今、俺に気遣う声をかける事は出来ない。
頭を下げる俺に、ルシウスは何も言わずにナルシッサとの会話に意識を戻した。
駄目だ、ちゃんと俺は今を生きる。
そう、ヴォルと話した時に決めたんだ。
16歳の記憶であるヴォルに突きつけられた言葉と、紛れもない事実──俺の過ち。
俺は彼らがこの世界の登場人物だから──その未来を知っている。
ルシウスとナルシッサの間には愛があり、将来生まれるドラコを愛し慈しむのだと、知っている。
だけど、それが、俺の過ちだ。
俺はこの世界に生きる彼らを知っているあまりに──本当の彼らを見てなかった。
俺が持つ情報とは、既に乖離した世界だ。それもわかっている、だがどうしても知っているキャラクターを見ると「この人の性格はこうだ」とわかってしまう。それが、駄目な事だと、ヴォルと話していて、ようやく理解した。
俺は、ヴォルをもっと──理解しないといけない。
「…坊ちゃん、ダンブルドア校長に呼ばれておりまして…少し、失礼しても?」
「……構わない」
「申し訳ありません。すぐに、戻ります。──ナルシッサお嬢様、失礼致します」
「ええ」
俺は2人に深々と頭を下げ、踵を返す。
そのままの足で校長室まで向かい、ガーゴイルに合言葉を告げる。その先に現れた螺旋階段を駆け上がり、扉を開けた。
「ダンブルドア校長、聞きたいことがあります」
「なんだね、ノア。…急ぎかな?」
奥にある机に座り何やら事務仕事、だろうか?羊皮紙に目を落とし羽ペンを動かしていたダンブルドアは視線を上げると眼鏡の奥の目をきらりと光らせる。
俺は指を振り、校長室にある肖像画にカーテンをかけ遮断すると姿を元に戻した。
ダンブルドアと2人きりの時は、こうして姿を現している。まぁ、俺なりに偽るつもりはないという、誠意を見せているつもりだ。
「ヴォルの事を教えて欲しいんです。…俺が眠らされてから…ヴォルは、あなたに会いにきてませんか?」
机の前に立ち、ダンブルドアを見下ろす。
ダンブルドアは探るような視線を俺に向け、暫く沈黙したあと「一度、来たのぅ」と顎髭を摩りながら答えた。
「じゃが、それを知って何になる?」
「それは──…」
俺は言葉を止め、深く息を吐いた。
少し、力無く笑う。俺がこんな顔をするのが珍しいのか、ダンブルドアは目を瞬かせた。
「何にも、ならないかもしれません。──ただ、俺はヴォルと向き合うと、決めたので」
「……いいじゃろう」
「ありがとうございます!」
険しい顔をしてるから、無理かなって思ってたけどダンブルドアはゆっくりと頷いてくれた。嬉しくてぱっと笑顔を見せたが、ダンブルドアは硬い表情のまま立ち上がる。
「わしは、確かに一度…10年前に、トムとここで会った。しかし──その時の記憶を見せるのならば、ノア、君の記憶も、わしに見せてくれるかね?」
「…俺の、記憶?」
「ああ、そうじゃ」
ダンブルドアは校長室の中央にある低い机に向かって杖を振り、憂いの篩とクリスタルの小瓶を出現させた後、俺をじっと見つめた。
俺の、記憶。
──間違いなく、ヴォルに関わる事だろう。
そして、内容によっては俺の身体を傷付けかねない。
「どの、記憶ですか?」
ダンブルドアは押し黙った。
おそらく、彼の中で幾つも知りたい記憶はあるのだろう。その中で何を優先すべきか──その冴え渡る頭脳で考えているんだろうな。
どの記憶だろ、普通に家で過ごしてる記憶とか、ヴォルの付き人時代の記憶ならいいんだけど。あー学生時代の
「…君がトムに眠らされて居たと証明出来る記憶を」
「え?」
眠らされた記憶。つまりマグルに撃たれてから次の日までの記憶か。いや、別に良いけど。その流れは既に会った時に説明したよな?
何でそれが最優先する記憶なんだ。
──あ、成程。
「ダンブルドア校長、俺が…ヴォルのスパイだと思ってたんですね」
俺の頭脳はすぐに結論を出す。
言葉で何を言おうと、この人は俺を一度も信用して居ないんだ。ホグワーツにいる許可を出したのも、やっぱり見張るためだったのか。
ダンブルドアは否定も肯定もせず沈黙したままだったが、まぁ、──沈黙は肯定である、って、この人とゲームした時にわかった事だ。
「良いですよ」
俺はクルリと手を回し、クリスタルの空き瓶を出現させる。そのまま指先をこめかみに当て、ゆっくりと引き抜いた。
「あ、一回寝てるので…記憶は分割されてます。…ついでに、本当に15年間寝ていた証拠に起きた後の記憶もおまけにつけましょう」
「…言っておくが、細工をすれば──」
「はは、分かってますよ、──取引に細工するほど俺は愚かじゃない」
真剣なダンブルドアの声に俺は苦笑する。
マグルに撃たれてから家に帰って寝るまで、起きてからヴォルに眠らされるまで、目覚めてから騎士達に会うまでの記憶を小瓶に詰めコルク栓をしっかり閉めた後、ダンブルドアに投げ渡した。
ダンブルドアはしっかりとそれを受け取り、手のひらに収まった小瓶の中で渦を巻く銀色の靄を見つめる。
「先に、俺の記憶から見てください」
「…ノア、君も共に見なさい」
「え?何で。…自分が撃たれるところとか2度も見たくないんですけど…」
この時のミスが原因だし。と喉の奥でもごもごと呟けば、ダンブルドアはさらりと「わしが覗いている間、君がここで何をするかわからないじゃろう」と答える。
いっそ清々しいほど信頼のかけらもない俺への対応に、肩をすくめため息をつく。
うーん、こんなに嫌われるの普通に心に刺さる。
俺はダンブルドアの隣に立ち、憂いの篩を見下ろす。渦を巻いたその中に、ダンブルドアはゆっくりと俺の記憶を注ぎ込んだ。
「ノア、先に入りなさい」
「…はいはい」
俺は屈み込み、篩の中で波打っている銀色の物質に顔を沈めた。
途端に体が引き込まれ──俺は、路地裏に立って居た。
すぐに隣にダンブルドアが現れ、少しも見落しの無いように注意深く辺りを観察する。
「ここは?」
「マグル界の路地裏ですよ」
微かな足音が二つ聞こえ、それが近づきすぐに走りながらヴォルの手を掴んでいる俺とヴォルが現れる。
苦笑いする俺と、めんどくさそうな表情をするヴォル。──この時はあんな事になると思ってなかったなぁ。
足を止めた俺とヴォルの後ろから、すぐに目をぎらつかせた女性が現れた。この人さえいなければ、あんな事にならなかったのに、と──思わず暗い感情が俺の胸に浮かんだ。
『──ノア!!』
『あー…』
喚く女性と宥めようとする俺、苛立ちを隠せず嫌そうな顔をしてるヴォル。
ダンブルドアと俺はそれを静かに見つめていた。
乾いた発砲音が複数響き、俺の胸から鮮血が流れる。ぐらりと体が傾く俺の後ろで、ヴォルが目を見開き杖を掲げ死の呪文を放った。
『ノア!!』
俺の身体をヴォルが支える。
その顔は蒼白で、支えた時に手についた俺の血を見て顔を強張らせた。目に映るのは──焦燥感だろうか?…必死な声で俺を呼ぶヴォル。…そんな顔してたんだな。
『──帰る、ぞ』
俺は女性の死体と血を消して姿をくらます。その途端周りの風景が自宅の居間へと変わった。
俺を支えたヴォルはソファに俺を座らせると、血の気の引いて死人のような顔の俺を心配そうに見ていた。
その後俺は少しヴォルと会話をして気絶するように眠る。また、場面が変わり、今度は寝室へと移動した。
「…ノア、君とトムは共に暮らしていたのか」
「…ええ、卒業してからずっと」
ダンブルドアは俺を何か言いたげな目で見たが何も言わずにベッドに眠っている俺と、ベッド脇の椅子に座り上半身をベッドに乗せて眠っているヴォルを見た。
眠っていた俺が起きて、頭を押さえる。暫く痛そうに眉を寄せていた俺は水の入ったグラスを出現させ飲みながらヴォルの寝顔を物珍しげに見ていた。
あー、たしかに、ヴォルの寝顔ってあんまり見たことないなぁ。ホグワーツでも同じ部屋だったけど、勿論ベッドは別だしいつもカーテンが引かれてたし。
少ししてヴォルが身じろぎをして覚醒し、俺に声をかけられた途端、切羽詰まったような表情で俺を抱きしめる。
『心配した?』
『…っ…当たり前だ!丸一日、目が覚めなくて…!』
『え?そんなに?寝過ぎたなぁ』
いや、俺客観的に見たら酷いやつだな!
全然深刻そうにしてないけど、ヴォルの表情やばいぞ、まじで、何でこの時の俺はこんなに飄々としてるんだ!…いや、まぁ…怪我治ってたし、うん。ヴォルがそんなに──心配してくれるなんて思ってなかったし。
ヴォルの表情は、見ているこっちが申し訳なくなる程顔色が悪いし俺のことを心から心配していたんだろう事が読み取れる。
抱きしめられてるせいで見れなかったけど、…この顔をあの時見てたらなぁ。
その後ヴォルと俺は暫く話していたが、ヴォルは食事を作るために部屋を出て行き、暫くして戻ってきた。
俺は渡された料理を食べ、進められるままに薬を飲む。
俺はベッドの上に倒れ込み、暫く眠気と格闘し、なんとかヴォルに訴えかけていたが、睡眠魔法により、ついに眠りに落ちた。
ヴォルは満足気な狂気が宿る目で笑い──そうして場面はまた暗転する。
その後俺は再び目覚め、家の中を歩き回りヴォルを探していたが諦めたように騎士達を呼び出す。
現れた騎士達は戸惑った目で俺を見ながら、何があったのかを話していた。
「──もうそろそろ終わりますよ」
「…ああ、戻ろう」
俺が言えば、静かにダンブルドアは頷く。
俺たちは無意識の中を上昇し、校長室に戻った。
憂いの篩。初めて入ったけど──なかなか良いな。客観的に記憶を見るのは、確かに有意義だ。それが俺にとって辛い記憶でも、その時はわからなかった事を知る事が出来る。
「…ご感想は?」
くるりとダンブルドアに向き合い、おどけたように言えばダンブルドアは篩から俺の記憶を抜き出ししっかりと小瓶の中に戻した後で俺を見た。
「…確かに、ノアの言葉に嘘は無かったようじゃ」
「ええ、勿論です」
「トムは…本当に、君の事を大切に思っていたようじゃな……。君のために、世界を変えようとする程に」
ダンブルドアが低く呟いた言葉には、悲しげな色が含まれていた。
全てを敵に回しても、ヴォルは俺だけは離れないと微塵も疑っていない。
だから、ヴォルは今世界を変えようと──それが俺の望みでは無いと知らずに、心を攻撃しているとわからずに──する事ができる。
「そうですね。…俺たちなら世界を変える事だって出来る──そう、思っていた時期もありました」
「今は、思っていないと?」
「いいえ、今でも思ってますよ。きっと出来ます。…けど、出来る事と、望む事はまた別でしょう?」
ダンブルドアは、少し微笑んで目を伏せた。
彼が何を──誰を思ってるのかは、まぁ俺はわかる。けれどこの考え方は駄目だ、本心はこの人のものなのだから。
「──そうじゃな」
「…校長の記憶を、見せてください」
「ああ…。10年ほど前、トムがわしを訪ねてここに来た──その時の記憶じゃ」
ダンブルドアは小瓶を開け、中に銀色の物質を流し込む。
渦を巻いた篩に向かって手を広げ「さあ」と俺を促した。
俺は、先程のように身を屈め記憶の渦の中に身を委ねた。