着いた先は、今と変わらない校長室だった。…いや、物の配置が少し違うかな?
机の向こう側にはダンブルドアが座っていて、誰かを──ヴォルを待っている。
その後ろにある窓の外は暗く、ちらちらと雪が降っているのが見えた。外の窓枠には雪が沢山積もっている。
辺りを見回したけれど、ダンブルドアは俺の隣には現れない。…まあ、1人で見る事に異論はないかな。別に。
少しして扉を叩く音が聞こえた。
「お入り」
ダンブルドアが扉に向かって言えば、静かに扉が開き──ヴォルが現れた。
「──あ?」
ヴォルのその姿は、俺が寝ている時に見た夢の姿によく似ていた。今現れたヴォルの方が若いが、それでも──似ている。
あれはただの夢だと思っていたけど、実際は…予知?だったのか?
ヴォルは黒く長いマントを纏い、その肩に白い雪をうっすらと乗せている。…雨とか避ける魔法使えば良いのに。
顔色はなんか悪いけど、イケメン度合いは変わらずで、最後に見た姿のままで年相応のイケメンに成長している。10年前って事は、30歳くらいか。
顔の半分を隠すように黒い仮面をつけていて、なんとも──雰囲気のあるダークサイド主人公のようだ。どこぞの怪人だよ。
アブラクサスの話では火傷のような跡を隠してるって言ってたっけ。…うーん、今は見えないな。
「こんばんは、トム。掛けるがよい」
「ありがとうございます」
ヴォルはダンブルドアが示した椅子に座り、目の前にいるダンブルドアを見据えた。ダンブルドアは寛いだ様子で柔和に微笑む。
「…貴方が校長になられたと聞きました。素晴らしい人選です」
「君が賛成してくれて嬉しい。──何か飲み物はどうかね?」
「いただきます。…遠くから参りましたので」
ヴォルは立ち上がり棚に向かうダンブルドアを横目で見ていたが何もせず、ただ座って待っていた。
差し出されたワインの入ったゴブレットを受け取り、静かに口をつける。うーん…絵になる!
「それで、トム…どんな用件でお訪ねくださったのかな?」
「…私はもうトムとは呼ばれていません。この頃私の名は──」
「君が、なんと言われているかは知っておる。しかし、わしにとっては、きみはずっとトム・リドルなのじゃ。気分を害するかもしれぬが、これは年寄りの教師にありがちな癖でのう。生徒達の若い頃を完全に忘れる事は出来んのじゃ」
ダンブルドアは笑いながらヴォルに乾杯するようにゴブレットを掲げた。ヴォルは目を細め、無言のまま少しだけゴブレットを上げる。
無表情だがわかる、ヴォルはめちゃくちゃ機嫌が悪くなってる。
トム・リドルと言う名前が昔から大嫌いだったヴォルにとって、ダンブルドアのこの言葉は受け入れ難い事だろうなぁ。…それに、会話の主導権を握られたっぽいし。
流石のヴォルも、ダンブルドアの交渉術には敵わないか?
「貴方がこれほど長くここにとどまっている事に、驚いています。貴方ほどの魔法使いが、なぜ学校を去りたいと思わないのか、いつも不思議に思っていました」
「さよう。わしのような魔法使いにとって1番大切な事は、昔からの技を伝え、若い才能を磨く手助けをする事じゃ。わしの記憶が正しければ、君もかつて教えることに惹かれた事があったのう」
「今でもそうです」
「そうか…。…トム、君とノアが…同時期に教師になるのではないかと思っておった時期もあったのじゃが…ノアはまだ見つかっていないのかね?」
「──ええ」
ヴォルはワインを一口飲み、視線を落とした。
そういや、この時期は行方不明者扱いだったっけ?目の前にいる俺を行方不明にした張本人は、涼しい顔で沈黙している。
「あれ程教師に憧れ、研修期間を終え──後は書類にサインするだけじゃった。…何故ノアが考えを改めたのか、トム、君にはわかるかのう?」
「…ノアは、不相応だと思ったからだ、と…私に伝えましたが。…そのように言ったのではないでしょうか?」
「おお、その通りじゃ。その言葉に違和感を──トム、君は抱かなかったのかね?」
ダンブルドアは楽し気に微笑み、ヴォルを見つめる。ヴォルは暫し沈黙した後、無表情のまま首を傾げた。
「──いえ、特には」
「そうかの?わしは、ノアらしくない言葉だと思ったが…。あの子が、自分に不相応な事があると考える慎ましい性格をしているかね?」
教員を断りにダンブルドアの前に現れたのは間違いなくポリジュース薬を飲んで俺に変わったヴォルだからな!違和感を抱くのは当たり前だけどさ、なんか酷くね?褒められてるのか貶されてるのかわかんねぇなこれ。
俺だって少しくらい慎ましくする事だって……いや、無かったか。
「……さあ、私にはわかりません。…彼が戻ってきた時にお聞きになればいいのではないでしょうか」
「ほう。トム、君はノアの生存を信じているんじゃな?巷ではもう…誠に残念な事に、亡くなったのだと囁かれておるが」
「ええ、ノアは生きています。…きっと」
初めてヴォルは口先だけで微笑んだ。
いや、生きてるってか眠ってるけどな。
「ダンブルドア。…私は戻ってきました。ディペット校長が期待したよりは遅かったかもしれませんが…この城に戻って教えさせていただきたいと、あなたにお願いするためにやってまいりました。ここ数年、私はノアを捜索しながら──多くの事を成し遂げ、見聞しました。私は、生徒達に他の魔法使いからは得られない事を示し、教える事ができるでしょう」
ヴォルのお願いは、教職に就く事だった。
…やっぱり、まだそれを思っていたのか。ってことは、断られたからその代わりに死喰い人の勢力を拡大するプランに変えたのか?
「そうかもしれんな」
「私の知識と、私の才能を、貴方の手に委ねます。──教師として、戻る事をお許しくださいますか?…貴方の指揮に、従います」
「すると、君が指揮する者たちはどうなるのかね?──死喰い人、と称する者たちはどうなるのかね?」
ダンブルドアは眉を吊り上げ、厳しい目でヴォルを見る。
あ、既に死喰い人の存在を知っているのか。ヴォルが予想外だって顔をしてるから、多分…まだ、あんま広まってはないのかな?
「私の友達は──」
ヴォルは沈黙した。
と、友達って言葉がこれほど似合わないのはヴォルだけだぞ!──友達、うん、いや……俺が何か言う資格は無いか。
「私がいなくても、やっていけます」
「その者たちを友達と考えているのは喜ばしい。むしろ、召使いの地位では無いかという印象を持っておったのじゃが」
「間違っています」
当たってます、ビンゴです。
ヴォルは即座に反論したけど、どう見てもダンブルドアは信じてなさそうだった。
「さすれば、今夜ホッグズ・ヘッドを訪れても、そういう集団はおらんのじゃな?まさに、献身的な友達じゃ。雪の夜を、君と共に──彼らにとって、ノアは尊敬の対象ではあったが親しくは無かったじゃろう。そんなノアのために、これほどの長旅をするとは、わしは夢にも思わんかったよ」
「…勿論、彼らはノアと親しくはありませんでした。…ただ、──ノアという存在は心を捕らえて離れないものでしょう?彼らは何年経とうとも、ノアを信じているのです…生きていると」
えーと。
マルシベール達のことだよな?あいつら俺に心酔してたっけ?…いつも顔を合わせたら真っ赤な顔であわあわしてたけど、それは基本的にどの人たちもデフォだからなぁ。…正直あんま喋った事ないけど。…なんかヴォルが吹き込んでそうな雰囲気はあるな、これ。
「率直に話そうぞ。互いにわかってる事じゃが、望んでもおらぬ仕事を求めるために、腹心の部下を引き連れて、君が今夜ここに訪れたのは何故なのじゃ?」
ダンブルドアは空のグラスを置き、椅子に座り直して、両手の指先を組み合わせヴォルを見つめる。今まで見せていた微笑みを消した、疑い深く真剣そのものの表情だ。
だが、ヴォルはダンブルドアの言葉に冷ややかな視線を向け、少し驚いたように首を傾げる。
「私が望んでない?…とんでもありません。私は、強く望んでいます」
「ああ、君はホグワーツに戻りたいとおもっておるのじゃ。しかし、18歳の時も今も、君は教えたいなどとは思っておらぬ」
「それは──」
ヴォルは言葉を止めて、ゴブレットを机に置き、縁を指で撫でた。
「…そうですね。──ああ、そうかもしれません」
わりとあっさりとヴォルは認めた。
ダンブルドアは、まさかヴォルが認めるとは思っていなかったのだろう、怪訝な表情で片眉を上げてヴォルの真意を読み取ろうとじっとヴォルを見つめる。
「ノアにも、──昔、言われました。教師になりたいのなら、ホグワーツに拘らなくても良いのではないかと。…ですが、私は…この学校で教えたいのです。ここに居たいと…そう、…強く思っているのは事実です」
「……それは、何故じゃ」
「…貴方が私に仕事をくださるつもりがあるなら──」
「そのつもりは勿論ない。それに、わしが受け入れるという期待を君が持ったとは、全く考えられぬ。にも関わらず、君はやってきて頼んだ。何か目的があるに違いない」
「……、…」
ヴォルはゴブレットを見ていた視線をゆっくりと上げ、ダンブルドアを見据える。
小さくため息にも似た吐息を吐くと立ち上がり、冷ややかな目でダンブルドアを見下ろす。
「…他に何か言うことは?」
「何も無い」
「では、互いに何も言う事はない」
「…いかにも、何もない」
ダンブルドアのきっぱりとした低い声に、交渉の決裂がはっきりと示されていた。
ヴォルは無言で背を向け扉の方へ歩み寄る。
ダンブルドアは、どこか悲痛な、辛そうな目でヴォルを見ていた。
「──トム、もし、今でもノアが君のそばに居たのなら…わしはそう思うよ」
ヴォルは扉のノブに手を伸ばしかけていたが、ふと手を止めると振り返る事なく呟いた。
「そばに、居るさ」
静かな声はダンブルドアの耳にも届いたのだろう、ダンブルドアは目を見開き、「まさか──」と驚愕を滲ませたが、ヴォルは黙って扉を開け出て行ってしまった。
成程、このヴォルの最後の一言のせいで、俺はダンブルドアにずっと疑われていたんだな。どう見ても実はこっそり暗躍してますって感じの言葉だもんな、まさかベッドで眠り姫だとは思わねぇよな!
俺は無意識の中を上昇し、校長室に戻る。
身体を上げて、目を瞬かせれば、なんとも言えぬ表情でダンブルドアが俺を見ていた。
「さて、ノア…感想は?」
「うーん。ヴォルの最後の一言めちゃくちゃ余計ですよね」
苦笑すれば、ダンブルドアは同じように笑う。
「あの言葉を聞き、わしは君がトムと一緒だと思っていたのじゃ」
「まぁ、それは仕方ないですよ」
俺は椅子に座り、ダンブルドアを見上げる。
ダンブルドアは憂いの篩から記憶を戻すと棚の中に大切に仕舞った後、机を挟んだ反対側の椅子に座った。
手には、記憶の中で見たゴブレットと同じものをもっている。きっと、ワインが入っているんだろう。
「飲むかね?」
「どーも、いただきます。遠いところから来てないですけどね」
やっぱりワイン入ってた。
記憶見てたら飲みたいなって思ったから良いけどさ!その人のジョークはブラック過ぎてなんとも反応に困るんだよ!俺みたいな可愛いジョークにしてくれ!
「10年くらい前から、既に死喰い人は居て、ヴォルは活動をしていたんですか?」
「世界を周り闇深い魔術を得ておったのは事実じゃが…目立った活動は、当時はまだしてなかったのう。…あの会合の後、トムは更に世界中を巡り──己の理念を説き、賛同者を募り、ノアの狂信者を手中に入れたのじゃ」
「教師にしてあげればよかったのに」
ワインを一口飲んで言えば、ダンブルドアは厳しい目で俺を見る。その目はそんな事出来るわけがないだろうと、ありありと訴えていた。
「闇深い魔法ばかり得ている者を、ホグワーツに置くと思うかね?」
「んー。でも。校長の前でそれ程大きな活動しないと思いますけどねぇ。…裏で何しでかすかわかったものじゃないので、まぁ…うん、校長の考えもわからないでもないですが」
「…わしは、15年前なら…トムをここにおいてもいいと、考えていた。君と2人ならば、構わないと…」
ダンブルドアは悲しげな目で俺を見る。
俺は小さく笑って、ワインを飲んだ。
少しのズレで、こうも未来が変わってしまうなんて誰が想像しただろうか。ヴォルも、俺を眠らせなければよかったのになぁ。
暫く、何となく気まずい沈黙が流れる。
「ノア、君はトムが何故わしに頼んだのか、わかるかね?」
「んー…」
静かな問いかけに、俺は少し考える。
何故、ヴォルが叶えられないと分かっていて、わざわざダンブルドアの元に向かったのか。
俺は、少し前はホグワーツにレイブンクローの髪飾りを隠すつもりなんだと思っていた。だが、あの髪飾りは家にあった。つまり、願いにきた理由は──ひとつだけ、俺には分かる。
だが、その事をこの人に言ってわかるとも思えない、この人は俺たちの関係を知らないし、俺たちもそれを周りには見せなかった。
だから、まぁ俺が伝えるのはこの言葉だ。この言葉も、真実には近いだろう。
「真意なんて、無かったんですよ」
「…何?」
「ヴォルは、本当に…ホグワーツに戻るのを強く望んでいました。それに、まだギリギリ不可能では無いと、思っていたのかもしれませんよ。…最後の賭けだったのかもしれませんね」
俺の言葉を、ダンブルドアは理解できただろう。顔中に驚愕と、少しの後悔が広がる。
──もし、本当にただ教師になりたかった、ホグワーツに戻りたかっただけなら。
「…それは──なら、…わしは…」
「…俺にとっての分岐点は、学生時代でした。もっとヴォルと話し合うべきで…その機会を逃した。あなたにとっての分岐点は、きっとその日だった」
「…わしは、…間違ってしまったのか」
ダンブルドアは深く椅子に座り込み、眼鏡の奥の瞳を揺らせた。
何故か小さなただの老人に見えるその人を、俺はじっと見つめる。
間違いだった、かもしれない。
だが、それを責める事は出来ない。
何故なら、この人も俺と同じで──トム・リドルという人間を理解していないからだ。学生時代から…いや、孤児院で初めて会った日からの疑念を晴らすことが出来ず、心の奥に棘のように残り、どうしても懐疑的な目でヴォルを見てしまい、慎重に慎重を重ねてしまう。
それに、ヴォルは俺以外の他人には一切本当の姿を見せなかったのだから、──この人だけが悪いわけでは無い。
悪いのはきっと、──俺なのだから。
ただ、あの時にダンブルドアが頷けば、ヴォルは俺をすぐに目覚めさせただろう。
共に教師になり、ホグワーツで過ごし──まぁ、中から若くて純粋で無垢な魔法使い達を闇に引き込んで勢力拡大しようとしていたのかもしれない。
ただ、その隣には俺がいるのなら…それが俺の為にならないと、ヴォルは分かっただろう。
「さあ、わかりません。俺の話も想像でしかありませんからね」
ダンブルドアは無言で、ワインを一口飲んだ。この言葉が慰めにもならないと、ダンブルドアはわかっているのだろう。俺も、この人を慰めるつもりは無かった。
俺はヴォルの目的をわかっている。
ヴォルはただホグワーツに戻りたかったから、あの日ダンブルドアを訪ねたわけではない。
俺が──俺が教師になるのを強く望んでいたから。
俺の願いを叶えることのできる最後のチャンスだと、ヴォルはあの時思ったのだろう。
ヴォルにとって、俺を眠らせてからそのことだけが引っかかっていたのかもしれない。
空になったゴブレットを見て、俺はそう思った。