ヴォルデモート卿が国際魔法使い機密保持法の撤廃の要求を出した事は数日後には魔法界全土に広がっていた。
日刊預言者新聞は連日ヴォルデモート卿の事について有る事無い事を書き、人々の興奮と不安を煽っている。
なんか俺はヴォルのロマンス相手って感じで書かれていて、ヴォルは美しき恋人を失った悲しき男みたいに書かれてるけどこれ見て誰が喜ぶんだ?一部の女性陣か??
俺とヴォルとの関係はともかく。
今までヴォルはその理念を掲げてはいたが、公の場に立ち宣言することは無かった、しかし正式に発表され指針が示された今、魔法界はヴォルを支持する魔法界に不満を持ちマグルを嫌う者が暴動を起こし混乱している。
まぁ、その暴動を収めるのが魔法省ではなく、なぜか死喰い人であるところを見ると──その暴動すら計算されたものである事は明確だ。
各国の魔法省は民間人から上がる賛同の声を出来る限り抑えようとするものの──その数は膨大であり、抑えることが出来ない。そもそも思想を持つ事は自由であり、声を上げる民間人は犯罪者ではない。
人々に冷静になるようには告げるが、ただそれだけしか出来ない。魔法省は苦渋の判断でヴォルに国際魔法使い連盟の選挙に出ないかと持ちかけたらしいが、ヴォルは何も答えなかった。グリンデルバルドの二の舞になるつもりは無いのだろう。まぁ、麒麟がヴォルにお辞儀するとは思えないな、うん。
魔法族達の中で、最も神聖な魔法生物であり、純粋そのものである麒麟は魂の本質を見る。良き魂の持ち主には、お辞儀をして服従を示す。
大昔には、麒麟に魔法界の指導者を選ばせていたらしい。今でも魔法族達は麒麟を神聖な生き物として崇め、愛している。
ヴォルはお辞儀されないとわかっているから、政治の中に身を置くつもりが無いんだろうな、麒麟にそっぽ向かれたら一気に風向きが変わっちゃいそうだし。
「ノアさん、生徒達の間でも動揺が広まっています…やはり、マグル生まれの者は特に…」
「そうだろうな。1月11日を境に…世界はどうしても、揺れるからなぁ…」
ミネルバは深刻な表情をして、胸の前で組んだ手を強く握る。
実際、マグル生まれや混血の立場はどう足掻いても危ういものになるだろう。それを感情に敏感な子どもたちは、周りからの視線と大人の雰囲気で感じ取ってしまっている。
ミネルバの研究室にある肘掛け椅子に座りため息をこぼす。
あの日からダンブルドアはたびたび学校から姿を消している、おそらく、魔法省か国際魔法使い連盟に呼び出されているのだろう。俺以外でヴォルデモート卿を止められるのは、グリンデルバルドを倒した偉大な魔法使い、アルバス・ダンブルドアしか居ないと誰もが思っている。
しかし、ダンブルドアが動けるのは──少なくとも、ヴォルが世界に向けて攻撃を仕掛けてからだ。
ヴォルは国際魔法使い機密保持法に、反する思想を持ち集会を開いているが、まだマグル界には表向きには手を出していない。意味のない殺人を行っていない。──つまり、捕らえられる理由がない。
完全に潔白ではない、限りなく黒に近いグレー。
しかし、ヴォルを支持する声が多い今、あやふやで軽微な理由でヴォルを捉えれば暴動が起きかねない。
「ミネルバは、生徒達のケアを頼む。…ダンブルドアは今日、居ないよな?」
「はい…魔法省に呼ばれたようです」
「やっぱり?朝食の時もいなかったもんな」
ダンブルドアとも話したいが、機会がなかなか無い。
──いや、ダンブルドアが意図的に俺を避けているとも言えるだろう。
俺がヴォルのスパイでは無いと理解しているが、かと言って俺はダンブルドアの思想に賛同していない。どちらかといえばヴォルが掲げる思想に近い俺に、身の内を晒さないつもりなんだろうな。
「…ノアさん。…この前、マートルの娘が…噂を聞いたのですが」
「ルカが?」
「ええ…。レイブンクロー生の純血一族出身の者が…死喰い人の集会に誘われたらしい、と…」
「やっぱりそうなるよなぁ…」
保守的な老人達を納得されるより、若くまだ何もわからない子どもたちを洗脳する方が簡単だもんな。
レイブンクローに居る純血一族が誘われたのなら、ルシウスが誘われるのも時間の問題だろう。
「…ちょっと探るか…またな、ミネルバ」
「はい…ノアさん、お気をつけて」
「ははっ!…そうだな、気をつけるよ。──ミネルバも、気をつけてな」
ミネルバの静かな言葉に、俺は思わず笑ってしまった。
俺に、気をつけて、だなんて。
そんな言葉かけるのはミネルバだけだろう。その優しさが、初めてかけられた言葉が、なんだかこそばゆい。
俺はミネルバの研究室からスリザリンの談話室へと向かう。合言葉を告げて入れば、談話室の中央にあるソファにベラトリックス達ブラック家の者と、ルシウス、他にも有数の純血一族達が勢揃いしていた。
いつものようにルシウスの後ろに向かい、静かに立つ。ルシウスはチラリと俺を見たが何も言わず、ベラトリックス達は俺に気付くと不自然に「じゃあ」と言って話を中断しそれぞれの自室に戻った。
ナルシッサは、どこか不安げな顔でちらちらとルシウスを見ていたが、二人の姉に手を引かれてしまえば振り払う事は出来ずそのまま姿を消す。
生徒がまばらになった談話室で、ルシウスはぐっと唇を噛む。
「──坊ちゃん、紅茶をいれましょうか?」
「…ああ…」
他の生徒の目がある前では、俺はあくまでルシウスの執事だ。彼もそれがわかっているから、何も言えない。
俺は窓の外に広がる夜空を見上げる。
湖の地下にあるスリザリン寮でも、外の風景を見る事が出来る様に一つの大窓には魔法がかかり外の景色と連動している。
星が瞬くその窓には、眩い満月が薄雲と共に浮かんでいる。
俺は魔法でティーセットを出し、ルシウスの前に置いた。
そして、一息ついて時を止め、姿を元に戻す。
ぴたり、とルシウスはカップに手を伸ばした途中で動きを止めた。
俺はルシウスの隣に座り、伸ばされていた右手をするりと握る。
途端にルシウスはびくりと肩を震わせ、驚愕に目を見開き俺を見上げた。
「ノ、ノア様?」
「大丈夫、今この世界で動いているのは俺とルシウスだけだ」
「え…?」
ルシウスは俺と握っている手を見て頬を一気に赤く染めあわあわとしていたが、俺の言葉に困惑すると辺りを見渡した。
話している者も笑顔を見せたままぴたりと止まり、談話室の奥で教科書と羊皮紙を広げ勉強している者はペン先を羊皮紙につけたまま固まっている。
ルシウスは、息を飲みどこか──恐々と、俺を見た。
流石に、びっくりさせちゃったか。世界を止めるなんて、きっと俺にしか出来ないだろうし。
「大丈夫、すぐに戻るから。──さっき、ベラトリックス達に何を聞いた?」
「…死喰い人の集会に、誘われました。
「そうか…。詳細は?」
「はい…マルフォイ家次期当主として参加するよう、ベラトリックスに言われました。おそらく…父上は拒絶するだろうと思ってのことでしょう。名家の子ども達のみが集められ、ヴォルデモート卿も直々に現れる、と。──強制ではない、と言っていましたが…」
「実質、強制みたいなもんだな」
子どもしか集められないのは、純血一族の中に潜む
その集会に参加すること自体が、ヴォルの思想に共感を示す事になり、逃れる事は──難しいだろうな。
まぁ、純血一族で、ヴォルの行動に否定的では無い子どもたちは特に深く考えず参加するだろうし、彼らの保護者もそれを喜び否定しないだろう。ヴォルの勢いを見て静観していた彼らは「我が一族はこれで安泰」とでも思っているんだろうな。
「ルシウス、その日は?」
「8月1日です」
「…そうか」
丁度ホグワーツは夏休みだ。子ども達はダンブルドアの監視と加護から外れる事になるその期間。
きっと、そうだろうとは思っていた。数日後に修了式があり、生徒達は家へ戻る。加護から離れた若き魔法使いと魔女達を、ヴォルが逃す事はない。
「…夏休み、家に帰ってから騎士達と話し合うか…」
「…はい…私は、ノア様に従います」
「……ありがとう、ルシウス」
ルシウスは顔を赤くしたまま微笑み、首を振った。まだ三年生にもなってない子どもだ、こんな子供を巻き込んでしまって──正直、俺の決断が正しかったのか、自信がない。
ルシウスや騎士達は、絶対不幸にはなってほしくない。誰よりも幸せなまま、過ごしてほしい。
「そろそろ時間だ。世界を進める」
「…はい」
俺はルシウスの頷きを見た後、手を離した。
ルシウスは俺を見たまま動きを止める。
少しだけ──世界の誰も、何も俺を見ていないこのわずかな時間に俺は深いため息をつく。
「…どうすれば、いいんだ…俺に──俺が、そうするしか無いのか…?」
誰にも吐けない弱音をこぼす。
俺は、先人達の叡智が詰まった思考と、唯一無二の力がある。ヴォルの宣言により未来は変わり、俺の脳は幾つか答えを指し示した。
だが、どれを選んでも俺の、望みでは無い。
修正が効かないほど、この世界はハリー・ポッターという世界から乖離してしまったのだろう。
それなら、俺はその導き出された答え達の中で──俺が納得のいく世界を示さなければならない。
「…ああ…これは、俺の──」
唐突に理解し、ソファの背に体を預け、四肢を投げ出す。
これは、ハリー・ポッターの世界では無い。
俺が恋焦がれた偶像の中にあるキラキラと輝く夢のような、お伽噺の世界では無い。
人が確かに生きて、憎しみや悲しみが蔓延り、生々しい人間の感情が剥き出しになっている、それでいて懸命に生きる人の息吹が美しい、紛れもなくリアルな世界だ。
そして、今この世界は──。
「──ノア・ゾグラフの物語なんだな」
世界すらも認識できないその呟きを吐き、俺は立ち上がりルシウスの後ろに回る。
ぐっと目を閉じた後、俺はいつものように──ルシウスの執事として姿を変え、目を開き、世界を動かした。