それからグレイバックに行った実験の結果。
脱狼薬とポリジュース薬は相性が悪い、ということがわかった。
グレイバックはポリジュース薬を飲んだ途端大量嘔吐、発熱、四肢痙攣、意識混濁、という残念な結果になってしまった。
蘇生させたから死んではいないけれど。
ぶっちゃけ脱狼薬を飲まなくても、ポリジュース薬だけ摂取していれば人狼化は防ぐ事が出来るんじゃないか?とそっちも次の満月に試してみたけれど。
見た目は人間のままで脳は本人のものだから、なのか。めちゃくちゃ噛み癖と自傷癖のある凶暴な人間が出来上がってしまった。
グレイバックは実験を円滑に行う為に、騎士団の牢獄から本部の地下へ移送されている。
部屋全体に厳重に魔法をかけ、俺特製の拘束衣を着ているから逃げる事は不可能だ。
満月が昇る前、俺はいつものようにヴォルと共にグレイバックの元を訪れた。
俺の手には新しい薬が入った試験管が数本ある。
ヴォルは記録係として目が見えない俺の代わりに全てを記録する。リーマスの時は他の研究員が行っていたけど、なんかヴォルが自分からやりたいって言ってきたから任せてみた。
指を鳴らし厳重な魔法のかかっている扉を開ければ、グレイバックはすぐに俺の元に駆け寄って足にぴったりとくっついてきた。拘束衣で手が使えないからくっつくだけだけど、多分両手が自由なら抱きついていただろう熱烈ぶりだ。
手を伸ばして頭を撫でれば、ヴォルはなんだか嫌そうに舌打ちをこぼしている。
グレイバックにかけていた口封じ魔法を解呪すれば「ノア様!」と直ぐに叫んだ。
グレイバックも、他の魔族同様に俺の呪いにかかっている。
かかっていたけど、人狼を増やす信念はとまらなかったから…さらに強めに呪いをかけたら──信念は曲げる事が出来ず、むしろ俺に対する盲信っぷりが倍増してしまった。
グレイバックは俺にのみ尻尾を振る可愛いオオカミちゃんになってしまったわけだが、外に出せば俺のために人狼軍団作りますと言って聞かないため、出す事は出来ない。
「グレイバック、今日は新しい薬を作ってみたんだ」
「…そ、れは…?」
「これは、単純に魔力にアプローチする薬。一時的に魔力を1時間消失させる事が出来る。タイマーをセットしておくから、1時間ごとに一本ずつ飲んでね?」
「……は、はい!勿論です!」
グレイバックの声が震えているのは、俺に貢献できる喜びだろう、きっとそうに違いない。
小さな机と試験管立てを出現させ、そこに薬入り試験管を置く。多めに12本用意したし、とりあえずこれで様子を見よう。
魔力を失わせる薬は、まぁ闇の劇薬と言われる分類だけど、こういう利用ができるなんて思わなかったなぁ。グリンデルバルドに使われたものを俺が使うなんて、変な感じがする。
「この治験が終わったら、ちょっと大掛かりな実験をするから」
「実験…?」
「うん。魔法族は、マグルとは異なる遺伝子情報を持っていてさ、それが魔力を帯びて魔法が使えて──あー…つまり、それを無くしたらどうなるのか?無くすことが出来るのか?という実験。マグルの医者の手を借りて、マグルから脊髄移植を行う。大丈夫、適応するかどうかは既に調べてるから。どこから魔法細胞はつくられてるんだろうなぁ、多分、骨髄だというのが俺と医者の見解だけど、こればっかりは調べないとわかんないかな。もし脳も影響しているのなら、そっちも研究したいけど、…脳はまだちょっと早いかなぁ……マグルの医療も思ったより進んで無いし……研究体を失うのは…ああ、でも死にさえしなければ培養して──」
「ノ…ノア様…?」
あ、ちょっと思考の海にどっぷりしてた。
グレイバックに実験内容を伝えても、マグルの医療なんて全く知らないからちんぷんかんぷんだろう。
ぶっちゃけ俺も医者に何回も説明されて、何日も本を読んだけどぼんやりとしかわからない。ロウェナの髪飾りは魔法界の知識しか与えてくれなかったし。
「大丈夫!…俺のために、頑張ってくれるか?」
「は、……はい、勿論です、ノア様…」
「ありがとう、グレイバック。薬はすぐに飲めよ?」
「はいっ!」
グレイバックのちくちくした無精髭の生えている顎を撫でて、俺は彼から離れた。
グレイバックはついてくることはない。この部屋にいなければならないと、しっかり躾けられてわかっているんだろう。
再び部屋の扉に鍵をかける。
直ぐそばで待っていただろうヴォルに向かって手を伸ばせば、すぐに手首あたりを握られた。あ、そこにいたんだな。
「あいつ、飲んでる?」
「ああ、今一本目が空になった」
「よし。…あの牢屋の窓と外は連動させてるし、月が昇るまで…あと1時間だな。これでなんとかなったら、楽でいいんだけどなぁ。後いくつか案はあるけど。月1でしか試せないから時間がかかる…」
「…他の人狼を使って、同時進行で試せばいいんじゃない?」
「え?そんなの可哀想だろ?」
こんな新薬をその辺の人狼に試す事は出来ない。何当然の事を言ってるんだ。
ヴォルも、そう思ったのか、無言で俺の手首を一度強く握ったあと離してため息をこぼし「君がそう言うのなら、そうなんだろうね」と低い声で呟いた。
ーーー
リーマスは久しぶりに騎士団本部を訪れた。
ノアがリーマスの元に突如表れてから既に一年と半年が過ぎていた。「暫く魔法薬と魔法開発に取り組むから」とノアに言われ、1年以上連絡がなく──やはり、無理だったのかと諦めかけていた時、なんの前触れもなく手紙が届き「完成した」という信じ難い言葉と共に日時が記されていた。
その日、リーマスは本当に薬か魔法が完成したのかと胸を高鳴らせながら浮き足立つ気持ちのままに、はやる気持ちを抑えられず本部へ駆け込む。
ロビーにいる魔法使いに手紙を見せれば、すぐにノアが居る部屋の前へ案内され──リーマスはドキドキとうるさい胸を押さえながら何度も深呼吸をして、扉を叩いた。
「リーマス・ルーピンです」
「ああ、入っていいよ」
「失礼します」
ノアの優しく低い声を聞き、リーマスは目に興奮を滲ませながら扉を開く。ノアはいつものように、優しく微笑み大きなソファに座り、その背後にはヴォルデモートが静かに立っていた。
「よく来たね。さあ、座って座って!──紅茶はいる?チョコレートは好き?」
「は、はい、ありがとうございます」
促されるまま対面するソファに座ったリーマスは、期待を込めた眼差しを向け、ノアの言葉を待った。
ノアは机の上に紅茶セットと高級チョコレートを出すとリーマスに飲むように進める。
リーマスは紅茶を飲みながら──正直、早く人狼を克服するための方法を知りたくてたまらなかった。
辛抱強くノアの言葉を待つリーマスに、ノアは暫く紅茶を味わい美味しそうにチョコレートを食べた後、にっこりと笑った。
「完成したよ。改良版の脱狼薬だ」
「ほ、本当に…?」
ノアは机の上に真っ赤な液体で満たされたフラスコを置いた。
本当に、これが完璧な、人間の姿のまま過ごす事が出来る薬なのだろうか、自分だけでは無い、人狼になってしまった全ての者が──この薬の発明を渇望していた。これがあれば──僕は、人間として、彼らと共に生きる事が出来る…?
喜びの滲むリーマスの声を聞いたノアは、わずかに表情を陰らせ目を伏せた。
「──ただ、ちょっと厄介な事がある」
「厄介な事…?」
「うん。…この薬は、ポリジュース薬のように満月の夜、1時間に1度飲まないと駄目だし、この薬を飲んでいる間魔法を使う事は出来なくなる。さらに強い倦怠感があるようだ」
「魔法を使えない…?」
「うん、あと…そうだな、薬の制作費も、従来の脱狼薬の10倍、調合の難易度も桁違いだ」
「…そう、ですか…」
今売られている脱狼薬ですら、かなり高額だ。それを手に入れる為に沢山の日雇いの仕事を掛け持ちし家財を売ってきた。
ノアの元で研究費として毎月まとまった金額を得ることが出来ていたが、それは無限に続く金では無い。今は潤っていたとしても──いずれ枯渇する事が目に見えている。
「そう。だから…この薬はあくまで脱狼薬の改良に過ぎない」
ノアは指を鳴らし、リーマスの前に分厚い書類の束を出現させた。
真っ白な紙には『人狼化における脊髄移植の施術方法とその記録』と書かれており、リーマスはとりあえずそれを手に取り上から目を通したが──全くもって理解不能だった。
「これは…?」
「それは、魔法とマグルの医療を組み合わせて新しく生み出した人狼化現象を確実に食い止める方法。この施術を行えば、満月の日に人狼になる事は無くなる。費用も長い目で見れば薬を飲むよりは安い。人狼という病気を克服する画期的な施術だ。ただ、一切魔法は使えなくなる──つまり、マグルになる」
「マ、マグルに…?」
「うん、人狼ではなくなるけど、魔法を捨てなければならない」
リーマスは、かなり困惑した。
人狼でなくなるのなら、なんだって差し出していいと思っていた。どれだけの金がかかろうともその薬を得るためなら苦労は惜しまない。
だが──魔法を失う。
考えもしなかった言葉に、流石に即答は出来なかった。
20年以上、魔法族として暮らしてきた。この世界で生き、辛い日々もあったが幸せな時だって勿論あった。
魔法族では無くなっても、きっと、友人や家族達は変わらないだろう、だが──…。
「それは──…それは、僕には選べません…」
「ま、そう言うと思ったよ」
ノアはリーマスが持っていた書類の山を消すと、手のひらをくるりと回し、今度は一枚の羊皮紙を出現させリーマスに差し出した。
「んで、これが魔法を使用する方法。月の光を浴びないようにするための魔法だ」
「…か、開発出来たんですか?」
「うん。まぁ…なんとかね」
その羊皮紙には、ノアが開発した新しい魔法について記載されていた。
「この魔法はちょっと習得するのは難しいらしいけど、理論は単純だ。発動者の周りに太陽の光の膜を貼り続けるイメージかな。太陽と月は相対するものだから、月の光を退ける事が出来る。問題はめちゃくちゃ熱いし眩しいから、同時に
「えっと…合計で、5つの魔法を同時発動させるという事、ですか?」
「うん」
5つの魔法──それも、全てにおいて最上級と呼ばれる魔法を同時に使用する事が出来るのか、リーマスには全くわからなかった。リーマスは幸運にもかなり、優秀な魔法使いだ、一つずつなら可能だろう。
だがその魔法を、対象を自分にのみ制限し発動させる事は、理論的には可能だとしても、うまく使う事が出来る自信が微塵も無い。
だが、僅かにでも可能性があるのなら、やってみる価値は──あるだろう、魔法というものは修練により、研ぎ澄まされ魂に刻まれるものだ、生半可な努力では不可能だとしても、リーマスにはそれをやり遂げたいという強い意志はあった。
高価な薬を飲み続けるよりは、よっぽど良い。
「…必ず、習得してみせます」
リーマスは確かな意志と決意を胸に、ノアの目を見つめた。
ノアはその言葉を聞いて満足そうに微笑み、大きく頷く。
「うん、頑張って!練習にはヴォル…ヴォルデモートが付き合ってくれるから」
「え…ノア陛下じゃ…ないんですか?」
てっきりノアが教えてくれるものかと思っていたリーマスは驚き、ノアの背後に控えるヴォルデモートをちらりと見た。
しかし、ヴォルデモートは自身の名前が話題に上がってもなんの反応も返さず、無表情な目でリーマスを射抜く。
その視線を見たリーマスは困惑し、思わず視線を逸らした。
ヴォルデモートはいつもノアの側に居るが、特に話したことはない。ただいつも冷たい視線で見られることから、間違いなく人狼に対していい感情は持っていないと思っていた。
「俺、魔法教えるの苦手なんだよ。なんでも出来るからさ、なんで出来ないのかがわからなくて」
「……そうなんですね…」
天才は凡人の気持ちが理解出来ないのだろう。リーマスは学生時代、誰よりも優秀だったジェームズの事を思い出した。彼は優秀過ぎるあまりに、上手く魔法が使えず失敗ばかりするピーターに対し心から不思議そうに「なんで出来ないんだろう」と首を傾げていたが、きっと──この人はその究極だ。
ヴォルデモートに魔法を教わる。
かなり、厳しいものになる事は間違いない。だが、それでも──なんとしてでも、その魔法を習得したい。
「ヴォルデモート卿、…よろしくお願いします」
「…ああ」
リーマスとしては、かなり勇気と敬意を持ってヴォルデモートに頭を下げたが、頭上から降ってきた言葉は冷ややかで素っ気ないものだった。
こんな事で挫けてたまるか。
必ず習得して、ジェームズ達と満月の夜に、人間の姿で三本の箒に行くんだ。
リーマスはささやかな願いを──今まで夢でしか見なかった光景が、もう少しで手に入るのだと自分を鼓舞し、足の上に置いた拳に力を込めた。
「そしてこれが──」
「…ま、まだあるんですか?」
てっきりその魔法が最後の方法だと思っていたリーマスは驚愕する。わずか一年の間に、何通りの方法を生み出したのだろうか。
「これで最後だから安心して。──これは俺が作った人狼化を防ぐ魔法道具だ。作り方は…まぁ、商品化するには難しいかなぁ、危険度的な意味で。変に解析されてこれが暴走したら辺り一面焼け野原じゃすまないだろうし…」
ことん、と机の上に置かれたのは銀製のシンプルな指輪だった。
「この指輪にはさっきの5つの魔法がかけられていて、特別な詠唱を唱えればオートで人狼化を防ぐ魔法が発動するようになってる。満月まで毎日少しずつ魔力を貯めなきゃ駄目だから、倦怠感はちょっとあるらしいけど、日常生活には困らないってさ」
リーマスは、その小さな指輪を呆然と見下ろした。
「──それがあるなら初めから言ってくださいよ!!」
リーマスは思わず叫んだ。
不敬罪だとかノア陛下だとかいうことを一瞬で忘れた心からの叫びに、ノアはきょとんとした目を瞬かせ、ヴォルデモートは小さくため息をついた。
「この方法にする?毎日疲れるけど」
「それでも…!それでも、欲しいです。…値段は…?」
「ああ、あげるよ。研究に付き合ってくれたお礼として、そのつもりでサイズも合わせて作ってるし」
「ほ、本当ですか?…そんな…本当に?」
「うん、ただ…次の満月の夜、ここに来て正常に作動してるか見せてほしい。大丈夫だとは思うけど、念のため。それと半年に一回は指輪のメンテが必要かもしれないから、ここに来てね」
「勿論です!…本当に、ありがとうございます!」
リーマスは震える指でその小さな指輪を持つ。きらりと光を浴びて輝く指輪の中央には小さな赤い黒い魔石が組み込まれていた。
これで──これで、本当に、満月の夜に恐れる事はない。指輪をつけておくだけなら、薬のように飲み忘れてしまい、うっかり人狼になってしまう心配もない。
そっと、右手の薬指にその指輪をつけてみたが、ノアの言っていた倦怠感などはまだ感じない。本当に、ただの指輪のように見える。
「ありがとうございます…!」
リーマスは掠れた声で何度もノアに感謝の言葉を伝えた、何度言っても、足りない。こんなこと夢だと思っていた。
リーマスの頬を涙が伝い、止まることなく流れ続ける。
「よかったな、リーマス。これでジェームズ達と満月の夜に三本の箒に行く事が出来るな」
「っ…はいっ!」
ノアは手を伸ばし、リーマスの肩を優しく叩いた。
何故ノアが自分のささやかな願いを知っているのかはわからない、だがそんなこと、今のリーマスには些細な問題だった。
ノアに対する感謝と、惜しまない敬愛を胸に、リーマスは頭を深く下げる。ああ、この人が世界を統べる事になって、本当に良かった──…そう、心から思った。
目の前で繰り広げられるどうでもいい茶番劇をヴォルデモートは冷ややかな目で見下ろす。
この人狼は、感激に震え何も考えていないのだろう。
改良した脱狼薬を誰に試したのか。
脊髄移植手術を、誰に行ったのか。
それを知っているのは、自分とノア本人だけだ。
ノアの中にある異様な狂気に触れる事が出来るのは──自分だけでいい。
ヴォルデモートは目を閉じて、ノアが見せた心地良い闇を思い出していた。
その後、脱狼薬の改良版はノアにより世界に発表された。
だが材料の希少性と調合の難しさ、そして高額な値段により、あまり浸透する事はなかった、と言えるだろう。
一方で開発した魔法は、かなり難易度が高く習得する事が困難だったが──なんとか、習得できた人狼は、もう満月を恐る事は無くなった。
こうして、ノア・ゾグラフはまた歴史に名を刻む事となったのである。
人狼編でした!
原作を読んでて、人狼ってなんか防げそうだなぁと思ったのが始まりです。雲で覆われてるだけで人狼にならずに済むのなら、わりと魔法でなんとかなりそうだなぁ…と。
単純に、人狼の為に何かをしてあげようとする魔法使いがいなかったのですかね?脱狼薬も完璧なものじゃないですし。
そして世界を変えた後に絶対書きたいなぁと思っていたノアの狂気が少し見せる事ができて良かったです。
ノアは世界最強の魔法使いですが、世界最強のメンタルを持つわけではないので、世界を呪ってる罪悪感と重圧から少しずつ狂っていきそうだなぁと思っています。無自覚に。
大衆に向けては慈愛に満ちた偉大なる魔法使いであり神さまの面しか見せて無さそうですね。
ヴォルと上級騎士4人にだけ本音を見せるので、彼らの前では狂気的な面もチラリズムする事でしょう。それで何とか発狂せずに自己を保っているのですね。
いつかめちゃくちゃ弱音吐いてるノアとか書いてみたいですが、私が楽しいだけですね…。
ちなみに私は医療系さっぱりなので、ある程度調べたりしてますが間違っていても魔法パワーでスルーお願いします…。